中国史上の大乱における犠牲者数について [無断転載禁止]©2ch.net

1名無しさん@お腹いっぱい。2017/03/13(月) 05:14:05.66ID:b5Z+y21s0
確か安史の乱で唐王朝の人口4分の1が死亡
太平天国に至っては2000万人
中国史はいちいちダイナミックすぎる

2名無しさん@お腹いっぱい。2017/04/03(月) 02:18:44.00ID:00xFQ9700
まあ人口も多いからな

3名無しさん@お腹いっぱい。2017/04/17(月) 13:50:41.36ID:Ae4XNEeO0
あれちょういい加減な号数で正規の統計に則ってないから、
中国史はそういう乱雑な憶測とご都合だけで、公正な事実を論理的に計算する能力がかける

4名無しさん@お腹いっぱい。2017/04/28(金) 21:08:35.87ID:9FL2Y+zh0

5名無しさん@お腹いっぱい。2017/07/21(金) 18:50:45.02ID:aT85QJYu0
>>1
中国の古来からの人口統計、及び死者などは実数と乖離してる

これは中国が人口を数える上で、数えたのではなく、原則概数で憶測で数を割り出すから(それこそ今の人口予測は経済と開発状況からの憶測になってる)
また地域が分離したりで、領民人口が安定しないから

また虐殺死者も雑な推測で30年戦争の矛盾した死者のように、離散者を死者カウントしたり雑推量で推し量ってる

しかし清の時代を迎えるまで、内乱で30%、餓死で70%の人口が死にまくったのはがちなようだ
根拠は人口増加率で、人口増加率が常に1.005%くらいあった清代は約100年ペースで人口は倍々ゲームで増えた

しかしその前の人口増加速度は1300年で3倍、750年でせいぜい1.8倍ペースだった
人口増加率は清代と清前だと1対.2くらいで人口増加率が全く違う

この原因を清代の農奴拡大と、輸入と新大陸の食物の影響と雑な解釈をするのが主流だが、原因はそんなんじゃない
清代は末期まで内乱がなく、後期の内乱はすべて早期鎮圧して、経済影響は小さかった

清前は大規模内乱と餓死で死にまくった
清代は幼児の若年死亡率が50%(雑推量)、成人の餓死リスクが5%とすれば
清前は若年死亡率が75%、成人餓死リスクが15%くらいあったとすれば、清代の人口増加率の1/5の人口増加率になる

清前は腐敗と行政機能の低さで人口成長率は漢代に2000万代に到達したあと、そこから6000まんまでの成長速度は異様に低かった。
同時期の300-1700年までの日本は人口が10倍規模で成長した。日本が多い例としても、他国でも一般的に7-8倍くらいは人口が成長してる

これが非常におかしなことで、清代の人口成長率が他国平均より高め、なぜか清前は他国より桁外れに人口増加率が低い

これは中国の内政が紛争と腐敗で荒廃状態になって、行政停滞してたことが原因である証拠

けど皮肉な事に食料、基金、内戦の早期制圧で内紛を阻止した最大英雄的な清の王権は
中国の人口を増やして、学習水準を下げまくって、国民を無知化させた責任のある政権でもあったりする
これは皮肉、最高の善政で国が自滅する

6名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/25(土) 16:45:52.21ID:zUUTpRWc0
清が人頭税を廃止したから
統計が実数になっただけ

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