五胡十六国時代について語るスレ5

1名無しさん@お腹いっぱい。2018/01/31(水) 12:24:26.80ID:O5nnHikF0
すげぇ! ここまでスレが進むとは思ってもみなかった!
五胡十六国とか南北朝について語るスレです。
さぁ、今宵もネタを献ぜよ。


前スレ
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/chinahero/1500994248/


参考サイト

参考となるサイトやら何やら

中国歴史地図集
http://www.ccamc.co/chinese_historical_map/index.php

2名無しさん@お腹いっぱい。2018/01/31(水) 16:41:10.68ID:/Ab5KcbY0
【レイプ】  ___伊藤詩織___  ≪世界教師 マイトLーヤ≫  マギー 川島海荷  【レプロ】
https://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1517365009/l50

3名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/01(木) 00:33:21.82ID:yxigWrdh0
なんと言うか、この>>2が五胡十六国時代の不毛さを体現してるような気がしてならない…

4名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/01(木) 22:41:11.71ID:YxHJBTUU0
劉淵

5名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/01(木) 22:41:43.84ID:YxHJBTUU0
劉聡

6名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/01(木) 22:42:20.16ID:YxHJBTUU0
劉曜

7名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/01(木) 22:43:09.35ID:YxHJBTUU0
石勒

8名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/01(木) 22:43:28.82ID:YxHJBTUU0
石虎

9名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/01(木) 22:48:27.78ID:YxHJBTUU0
冉閔

10名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/01(木) 22:49:54.99ID:YxHJBTUU0
苻洪

11名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/01(木) 23:06:04.09ID:z5PUCA240
中原に「腰掛ける」風習が広まったのもこの頃だよね。
椅子に腰かけるのは北方の胡族の風習で、秦漢からの漢民族は日本のように座布団の上に正座か胡坐。
食事や書物を記すときの卓も低い。皇帝の玉座も、モンゴルのハーンの銅像のようにどっかと腰掛けるのではなく、
あくまでも台の上に正座するだけ。

三国志演義で、椅子とテーブルの会場で酒宴を開いたり、董卓や曹操が椅子の上でふんぞり返ってたりする場面があるけど
まだそんな時代じゃなかったはず。地べたに座る最後の時代。

12名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/01(木) 23:09:51.38ID:YxHJBTUU0
苻健

13名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/02(金) 00:15:36.38ID:C4hBfHPz0
苻堅

14名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/02(金) 00:16:11.35ID:C4hBfHPz0
慕容垂

15名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/02(金) 00:16:41.36ID:C4hBfHPz0
沮渠蒙遜

16名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/02(金) 00:17:12.60ID:C4hBfHPz0
姚弋仲

17名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/02(金) 00:17:47.11ID:C4hBfHPz0
姚興

18名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/02(金) 00:18:43.82ID:C4hBfHPz0
拓跋珪

19名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/02(金) 00:19:19.08ID:C4hBfHPz0
慕容恪

20名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/02(金) 00:19:53.37ID:C4hBfHPz0
李雄

21名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/02(金) 10:43:42.53ID:38fyhOTu0
>>11
世説新語かなんかで曹操が椅子に座ってたって記述も後付っぽい(チビをイジるために)

22名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/02(金) 12:43:59.06ID:YcYxhDbR0
【同時刻テロ】 阪神46 福島46  ≪以軍F-35A 対 海自F-35B≫  エルサレム空爆 【いずも出撃】
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1517539306/l50

23名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/02(金) 17:07:29.81ID:Rdoz2fkh0
漢(前趙)建てた劉淵ってホントに蔡エンを嫁にした劉豹の子なのかな?
年離れすぎてるし....

24名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/02(金) 20:42:40.76ID:F3Hmv7eB0
西方からみた東アジア観って、中原よりも北方の胡族の影響を受けている気がする。
君主の呼称である「カガン・カーン・ハーン(可汗)」の称号は、遠く東欧やイスラム世界でも使われ、
ロシア語で中国を指す「キタイ」は、「契丹」に由来する。
主に欧州やロシアで、ムスリムのアジア系民族を総称する「タタール」も、元はといえば突厥人が自分より北方の諸部族を指した単語で
後に中国人も「韃靼」と呼ぶようになった。
それどころか、「突厥」という名称自体が、「トルコ」の語源になったらしい。

25名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/02(金) 22:39:37.70ID:/PbBV7rC0
張賓があと10年長生きしてくれたら、後趙はどれくらい勢力を伸ばしていけたろうか

26名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/02(金) 23:22:28.26ID:1wrWg4+B0
関連

ttp://www2.ktarn.or.jp/~habuku/tsukankize.htm

ttps://www.pixiv.net/member.php?id=2623906

ttp://home.t02.itscom.net/izn/ea/index.html

ttp://www.geocities.jp/shokatusei/Tang/16nations/

ttps://www.youtube.com/watch?v=-foZ5RcCm8U

ttps://www.youtube.com/channel/UCtGfNwPAscPzQyo3NDBpP3Q

27名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/03(土) 00:58:28.31ID:rUdEw3t+0
>>26
この絵書いてる人ガチホモすぎるやろ

28名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/03(土) 06:59:33.30ID:Cv3K//Jw0
>>23
西晋の大物名士と一族ぐるみで付き合いがある事からしてもただの馬の骨ではないと思う。

29名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/03(土) 07:10:55.03ID:621imqoz0
華雄「俺もそこそこ強いのにこの時代は呂布、関羽、張飛、趙雲、馬超、黄忠、張遼、夏候惇、魏延、典韋など
   の化け物クラスがごろごろいて陰に隠れてしまう…」

顔良「せやな」
文醜「同意」

30名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/03(土) 07:12:03.50ID:Cv3K//Jw0
>>27
その内慕容沖と苻堅の69描きそう

31名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/03(土) 10:14:46.71ID:2nwiYVFs0
劉豹の系統は間違いなく廃れてるっしょ
そこに傍系の劉淵持ってきたけど、
劉豹系に差し替えなきゃいけないから捏造したんだろう

つっても、後釜に座れるだけの一流傍系だったろうけど

32名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/03(土) 12:18:17.60ID:rqDpoUJB0
拓跋力微の年齢といい、どうも魏〜晋武帝期の異民族の記述は信用ならんように思える

33名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/03(土) 12:35:23.09ID:78fwVYqj0
>>32
拓跋力微の年齢ってまさか半年を一年とカウントする暦で計算してたとか
(所謂2倍年暦)

34名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 14:29:36.61ID:UL3RuNI10
この時代の面白い小説はあるんですか?
三国志のようにまとめることは難しくて誰かを主人公にしたほうがいいかと思うけど

35名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 14:29:56.12ID:KdoMMS0d0
神武天皇の年齢は、古事記では137歳、日本書紀では127歳

36名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 14:32:08.53ID:KdoMMS0d0
>>34
名前は忘れたが劉淵が主人公の作品(劉備の末裔という設定)と
「苻堅と王猛」という小説の2つが思いついたわ

37名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 15:18:04.97ID:9Ns7VTi20
石勒主役のやつあったら読みたいわ
めっちゃ面白そう

38名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 17:46:00.83ID:m8s8btcl0
東晋の興亡を王導(司馬睿)〜桓温〜謝玄(謝安)〜劉裕の主人公交代させていくをの読んでみたい

39名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 17:48:17.01ID:2CTOFlCC0
>>38
王導から桓温の間でもにょる

何充にスポットライト当てるんか?

40名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 17:50:16.22ID:2CTOFlCC0
たぶん苻堅は主役よりも悪役にした方が輝く男

41名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 18:06:59.36ID:Dv2dfcKQ0
姚興とか苻登とか

42名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 18:34:07.44ID:rvsoDkOq0
>>39
そこは三庾で良くね?

43名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 18:36:13.10ID:rvsoDkOq0
あとは、三庾と同時期の琅耶王氏を敢えて語り手におくとか
この頃から琅耶王氏、割とフィクサーっぽい立ち回りになり始めてるし

44名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 18:59:26.81ID:rvsoDkOq0
つーかプロ作品だと、
五胡十六南北朝辺りってこんなもんだと思う。

少女漫画辺りにならありそうなんだけどなー


宛城の少女/田中芳樹氏
荀灌(荀ケの子孫)

中国美人伝/陳舜臣氏
羊献容

洛陽の姉妹/安西 篤子氏
賈南風 

柳絮/井上祐美子氏
謝道蘊(謝玄の姉、王羲之の子の妻)

王朝晦冥なり/相木 鍾三氏
劉宋の年代記(※自費出版)

45名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 20:19:01.00ID:2CTOFlCC0
謝玄の姉ちゃんよりは崇徳太后の方が小説の題材としては面白いと思う
東晋と苦楽をともにした六十年の人生

46名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 21:17:34.46ID:rvsoDkOq0
>>45
現状自家発電か、もしくは台中韓辺りの歴史小説を漁るしかないんだぞ

47名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 21:45:17.66ID:iLJ2H/xL0
韓ドラの「広開土太王」は慕容雲(高雲)が主役だっけ。

48名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/04(日) 22:48:58.06ID:c/shna+v0
小説でなくて漫画かイラストに飢えている

49名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/05(月) 00:00:23.84ID:sjNUjHZe0
>>43
王洽短命やからね

50名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/05(月) 06:19:06.69ID:UAF2cbuk0
>>47
慕容雲はライバルポジ
主人公は談徳(好太王)

51名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/05(月) 11:55:21.96ID:0CVmbeuV0
この時代全般を描いた小説って
小説十八史略くらいなのかな

52名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/05(月) 12:00:25.66ID:0CVmbeuV0
この時代

陳舜臣氏の作品だと
(うろ覚えだけど)中国の歴史・小説十八史略・中国五千年
あたりを読んでイメージ作ったけど
描く陣営を絞らないと、プロでも書きにくいんだろうな

53名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/05(月) 12:13:02.42ID:094NavaJ0
陳先生も五胡十六国のあたりはかったるそうだったもんなぁ。

54名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/05(月) 20:33:57.52ID:sjNUjHZe0
陳先生には苻堅の一代記を書いてほしかったわ
ただ東晋が悪役にするには微妙なのがね
難しいテーマだと思う

55名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/05(月) 21:01:37.55ID:ReUl2FVd0
タニオの新しいブログやってるのは喜ばしいけど俺が生きてる間には新しいところまで行きそうにないな

56名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/05(月) 23:01:08.27ID:Q/5ETFj40
>>43
語り手なら陳留王曹氏みたいな空気が語るのも宜しいかと

57名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/05(月) 23:42:59.70ID:C4iA6c2i0
くそっ今日一日魏晋南北漫画探しに費やしちまった……

それで結果が、ようやく司馬師司馬昭のカスる
青木朋「三國志ジョーカー」だってんだから笑えない

あと恋姫無双スピンオフ系は滅んでくれねぇかな

58名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/06(火) 00:10:47.71ID:8Atp6AVM0
中国の歴史ドラマとして知ってるのが
「蘭陵王」だな。ちょっと時代的に五胡十六国よりは後になるが。

仮面のイケメンにして武勇がありしかも品行方正な悲劇のスーパースター蘭陵王と
一人のヒロインとの恋物語。
しかもヒロインに惚れてしまった男がもう一人いて、それがなんと隣国周の名君にしてこれまたイケメンの宇文ヨウ(武帝)
ヒロインをめぐって両国のイケメンスターが激しく火花を散らすというちょっとトンデモな設定。
蘭陵王にとって本当に癌なのが、暗愚な皇太子の高緯でこれが悪役。

内容はともかく、時代考証的には面白い。鮮卑族政権というが、すでにこの頃には見た目は漢人と変わらなくなってるね。

59名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/06(火) 00:17:56.94ID:S4w0eczb0
蘭陵王その人は知名度先行の割に展開が暗鬱でアカン
バッドエンド好きな人はいいかもしれんが

60名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/06(火) 01:26:32.81ID:hiG/1n2r0
蘭陵王(高長恭)は悲運の名将のテンプレそのものやからな。

61名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/06(火) 08:25:03.22ID:Ysq+l5gg0
馮太后もドラマ化されてたね
まあでもやっぱ南北朝なんだよな……

62名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/07(水) 19:12:37.88ID:s6cotFex0
蘭陵王前後も好き。てか鬱展開嫌いだったら五胡十六国〜南北朝楽しむの無理じゃないか?

63名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/07(水) 19:15:10.57ID:x1YP7DJZ0
斛律光も好きだよ
韋孝寛に土をつけた数少ない男

64名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/07(水) 20:33:46.22ID:Ca/A18Si0
郗鑒ってあんま印象に残ってないな
陶侃はけっこう面白いのに

65名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/08(木) 01:04:55.29ID:aMQo/3fV0
劉裕の人生は波乱万丈で物語の主人公に最適なんだけど、簒奪前に寿命尽きてればヒーローになれたのになあ

66名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/08(木) 01:29:56.91ID:IF78mqwN0
桓温に対する扱い見てればそれは無理だろう
遺臭万載

67名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/08(木) 01:37:31.08ID:sxHYrIel0
ちかんさんは名前が可哀想
ついでにちんちんさんも

68名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/08(木) 07:06:51.55ID:Kd/RrTPM0
陶侃は名将というより、大親分って感じで受け入れる度量が大きい面が最大の魅力かなと思う

69名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/08(木) 21:10:24.64ID:vXIPEOqH0
隋唐時代の宇文さんや独孤さんは
漢服を着て、髻をして冠を被り、五経を読んだりしていたが

この時代の宇文さんや独孤さんは
筒袖の胡服を着て、毛皮の帽子を脱いだら、剃り上げた頭で辮髪を垂らしていたんだよな。

70名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/09(金) 21:51:31.66ID:I5g7gGiB0
>>68
民衆には優しくて人気あるけど直属のスタッフには糞厳しい面倒な上司の典型じゃないかな

71名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/10(土) 06:26:14.81ID:e5EPnWSf0
自分から後任にユ亮推したんだっけか

72名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/10(土) 06:34:01.22ID:wLDRnFCS0
陶侃は武廟に祀られたから名将っぽく思われてるけど
戦績としては地味な方
朱序とどっこいどっこいかもしれん

73名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/10(土) 06:52:18.05ID:+xQSlbAO0
蘇峻倒しきれるかちょっと自信無くしたりそういうとこ人間臭くて好き
部下の進言をよく拾ってるのが印象的

74名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/10(土) 07:02:12.77ID:wLDRnFCS0
陶侃の息子らの処遇見てると東晋って嫌な国だわと思わされる

75名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/10(土) 10:47:19.87ID:AnU7iA/t0
と言うか朱序の戦績やべえのに抑え込まれ過ぎだろ
まぁそれ以上に謝玄の戦績が抑え込まれ過ぎだが

76名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/10(土) 11:24:07.87ID:uvvVoERX0
謝玄は武廟に名前連ねてるからそこまで不遇ではないだろ
子孫の方が詩作でネームバリューあるのは陶侃と一緒なんだろうが

77名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/10(土) 21:06:54.89ID:YEUK1Ac40
>>72
朱序もけっこうな戦績あげてると思うがなあ

78名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/10(土) 21:16:32.33ID:oAwVUMw20
>>72
陶侃の相棒の周訪の方が戦績から名将っぽい
ただし陶侃は周訪より上寿(長生き)で韮好きなのが原因で
後世の扱いで圧倒的な差が出来たのは塞翁が馬

79名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/10(土) 22:22:32.60ID:wLDRnFCS0
>>77
朱序より上なんてそれこそ劉裕、桓温、謝玄、祖逖、陶侃、王鎮悪ぐらいしかおらん

80名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/12(月) 07:40:50.85ID:v2C4gm1d0
>>78
杜曾に勝ったの周訪だしな

81名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/12(月) 12:10:33.13ID:OPwFYJ3D0
陶侃は強いって感じがあまりしないな
部下に背かれて、そいつに大敗喫してしまうし。けど、自ら背いた部下を説得して、降伏させるってのもあるし、器量はデカイ気はするな

82名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/13(火) 06:02:15.98ID:9ywFHucW0
ポジション的には桓温って曹操よりも司馬懿に近いと思う(曹操に近いのは一度滅びかけた東晋を形だけでも再興させた劉裕)
実績だけなら司馬懿をはるかに凌ぐだろう
ただ息子のスペックが司馬懿には及ばなかったな

83名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/13(火) 06:12:11.81ID:9ywFHucW0
桓豁や桓沖が司馬師、司馬昭の如く振る舞うことができなかったのは結局のところ龍亢桓氏が朝廷の完全な第一人者ではなかったことの証左なんだろう
龍亢桓氏の専権は限定的だった、少なくとも琅邪王氏や陽夏謝氏、太原王氏らが彼に抵抗の意志を示した時点で桓温の禅譲工作が遅滞してしまうくらい微力なものだった

ここから桓温の権力の源泉に実はバックが存在していたのではないかという推測に繋がっていく

84名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/13(火) 06:26:06.44ID:9ywFHucW0
晋書の桓温伝自体が「桓温=司馬懿フォロワー」を印象づけるような構成になっているので
桓温が司馬懿の如き人物であったかのような認識に陥りがちではある、確かに政敵潰しとかエゲツないところはそっくりだ

85名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/13(火) 07:35:53.06ID:V1R/0woX0
司馬懿は司馬師と司馬昭の息子二人もチートだけど弟も司馬孚もチートでちょっと反則だよなぁ。

なお、孫世代以降はお察し

86名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/13(火) 08:11:21.17ID:2vxQTd1c0
倫みたいな失敗作もいたがな
賢人の一族でもダメな奴はダメだな

87名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/13(火) 08:35:52.11ID:WBd9nUjR0
司馬駿も師 昭に隠れて地味だけど優秀だと思う


司馬炎の子だとまともな評価って司馬乂だけかな?

88名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/13(火) 10:05:34.48ID:ehcWHMHK0
夭逝した奴の中にすげえ奴がいたかもしれないだろ(棒

89名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/13(火) 10:55:13.65ID:5jEwwGKB0
なぜ司馬攸からあんなちゃらんぽらん野郎ができてしまったのか

90名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/13(火) 22:37:51.44ID:d+pPhf6k0
曹嶷のファインプレーって広固城を築いたってくらいか?でも、けっこう落とされ率高いよなあ

91名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/13(火) 22:56:03.04ID:uxmIzEfX0
司馬紹が長生きしたら、東晋はどうなってたんだろうと思う。
っていうか明帝の逸話って、俺的には真っ先に落語の元ネタしか出てこないというところがあれだけど。

92名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/14(水) 09:49:40.15ID:RAlBOajc0
明帝さま長生きしてたら東晋の危ういバランス崩して大変なヒャッハーを招いたくさい気がするんですがねえ

93名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/14(水) 10:16:44.26ID:RydPwhgO0
あの光武帝ヘイトで名を上げたボクちゃんが再始動したみたいだぞw
あの界隈も懲りないな

94名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/14(水) 14:18:50.70ID:3hqhMmFN0
【2.14】   環 境 破 壊 の 日   ≪バレンタインデーは必要?≫  チョコを配るって何  【CO2】
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1518571383/l50

95名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/14(水) 21:46:27.52ID:lq5/ySDm0
司馬紹が長生きしたとしたら娘婿の桓温はどうなってたか気になる

96名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/14(水) 21:54:57.24ID:7kvZz0cP0
>>95
義父と一緒にヒャッハーしてる

97名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/15(木) 20:17:32.56ID:kl0hYc220
明帝長生きしてたら蘇峻の乱も起きなかった可能性あるので(むしろ後趙とガチ激突してもっと悲惨なことになっていたかもしれないが)
司馬興男と桓温が巡り会うことがなかったような気がする
おそらく桓温仇討ちで名前上げられなかっただろうし

98名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/15(木) 22:57:56.37ID:A7Ps3BIB0
>>97
どうだんび

蘇峻の名前こそ目立つが、あの乱って蘇峻ひとりに収斂出来ねーとは思うのよね でなきゃ異常なまでのあの打撃力に説明がつかない

明帝さまも正直理想主義的なところある印象なので、庾亮系なアレになってたんじゃないかすら

99名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/17(土) 21:39:06.54ID:dh+fo2A70
明帝の時代の中原は人口が流動化していて案外奪回しやすかったんじゃないのかな
石勒にしろ劉曜にしろ東晋では勝てる算段なさすぎる相手だけど
使える駒が見当たらない、蘇峻?祖約?郭默?

100名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/18(日) 00:19:41.78ID:OEgM3d3g0
蘇峻の軍権を強化するのは怖すぎる

101名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/18(日) 07:59:32.98ID:fcDJe6Sh0
どちらにしろ石勒石虎に勝てる気がせえへんわ

102名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/18(日) 09:25:44.18ID:rsG+3DAG0
>>99
祖逖に蘇峻や祖約や郭默の寿命を与えてやりたい

103名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/18(日) 11:56:56.85ID:kSG38WDm0
>>101
石勒、石虎、冉閔の三凶スリートップ

104名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/18(日) 13:04:06.33ID:7qLC8daE0
桓温が表舞台に出てきたらおもしろくなるんだろうけど
それ以前の東晋は苦しいわ

105名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/18(日) 13:05:04.96ID:7qLC8daE0
桓温の存在って周瑜や諸葛亮、陸遜をはるかに越えるよなあ

106名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/18(日) 20:04:50.73ID:6fZYw94f0
昭明太子の墓陵発見ときたか
この人が健在なら武帝の耄碌失政
元帝の蔵書道連れも無かったのかね

107名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/18(日) 20:22:30.51ID:dqySpC3c0
たらればは言い始めたらキリがねえ

108名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/18(日) 23:12:08.49ID:zvCuWt9q0
>>105
ふっつーに苻堅慕容垂と張るレベルだしなー
両方とも君主とか最高司令官として最強クラス
なのに桓温さんだけ人臣に過ぎないとか頭おかC

109名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/19(月) 03:18:57.49ID:oJEeB4u10
桓温は一族がしょぼい司馬懿って印象。

110名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/19(月) 09:27:52.43ID:HvG1Zxi80
世説新語でも自分を司馬師司馬昭になぞらえたエピソードがあるね、桓温
まァさすがに創作だろうけど、そう言う印象は当時にももう持たれてたんだろう

111名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/19(月) 12:29:22.02ID:7c85oXMe0
>>109
弟たちのスペックは司馬懿以上だろ
息子がことごとくクソ

112名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/19(月) 15:55:19.35ID:XFEs+XxI0
>>111
かんげんさんこうていだぞふざくんな

113名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/20(火) 01:47:48.02ID:tbfe1JGY0
桓温が司馬懿なら王猛がやっぱ諸葛亮かね。慕容格はわからん

114名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/20(火) 02:03:50.88ID:VaclcEnB0
慕容恪は前後の時代眺めてみても同タイプ不在なんだよなー
普通なら慕容俊亡くなった時点で後継いでお家騒動パターン

115名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/20(火) 07:12:26.20ID:KrIvST+T0
慕容格は立ち位置は霍光や多爾袞だけど両者は政治家で戦争屋ではないしなぁ。

116名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/20(火) 21:15:55.31ID:oefMC0OJ0
北魏の皇帝の肖像画とかないのかね
南朝の皇帝のは結構あるのに

117名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/20(火) 23:13:38.21ID:sAVuiIbm0
北魏は皇帝をモデルにした仏像くらいか。

閻立本の歴代帝王図巻に描かれてる陳朝の皇帝はマッチョそうな北周の武帝に比べて
いかにも軟弱って感じで草。

118名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/21(水) 06:39:05.29ID:vYzXFgVK0
石勒って調べれば調べれるほどエピソード盛りだくさんだな

119名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/21(水) 06:45:21.75ID:bvW1jL7q0
>>118
本来であれば曹操に匹敵する華北の覇者だったわけだし…
載記二巻だけとかってキッツイわ

120名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/21(水) 09:47:07.21ID:jzRy31RT0
あと高僧伝とな

121名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/21(水) 22:04:48.41ID:1gsFLOm50
>>24
100人余りの歩兵が魚の鱗のような陣形や盾を持った陣形を組み、土で築いた城の外に木の城を築いていた。
『漢書・陳湯伝』
これひょっとしてパルティアとの戦いに負けたローマ軍の敗残兵かな?

アレクサンドロス大王の英雄譚も良いけど
個人的には十字軍の方がワクワク感が半端ない
異教徒ぶっ倒して聖地奪還とかこれ以上のロマンはないわ
聖十字架を発見した騎士たちの感動も一入だったろう

122名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/21(水) 22:14:50.23ID:b6u/BNZ30
【福島トップ】  心筋梗塞ワースト  ≪大杉漣(66)急性心不全≫  安全デマの犠牲者  【未必の故意】
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1519215487/l50

123名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/21(水) 22:17:22.32ID:1gsFLOm50
>>85
司馬炎「(諸葛亮を)自分の補佐にしていれば今日の苦労はなかったであろう」

>>105
桓温「諸葛丞相は、今で言えば誰と比べられるか?」
百歳を超える老人「諸葛丞相が存命中の時はそれほど特別なお方のようには見えませんでした。
         しかし諸葛丞相がお亡くなりになられてからは、あの人のような人はもういらっしゃらないように思います」

124名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/21(水) 22:23:36.23ID:jw+ula2t0
西晋の諸葛亮ageは正直謎だよね。
司馬昭の代からやたらageてて、旧蜀臣の陳寿あたりは距離を置いた冷静な書き方してるし(勿論正史三国志で立伝された人物の中では最もリスペクトはしてるけど)西

125名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/21(水) 22:33:52.95ID:1gsFLOm50
個人的には中国人の異様なまでの劉禅sageが気になる
蜀将の墓所では劉禅の像のみ何度も破壊されてるしね
つか中国史を見ても彼よりヤバい暗君も沢山いるのに
(近い時代でも呉の孫皓とか西晋の司馬衷とかいるし)
ここまで叩かれるのはやはり演技の影響かな

126名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/21(水) 22:49:18.98ID:Hr1LyK3u0
演義以前から阿斗ちゃんは叩かれてるで(晋書など)
だいたい蜀志も華陽国志も後主伝(阿斗ちゃんの伝記)は年表みたいな作りで阿斗ちゃんの人となりを伝えるものはほぼないからな。
(せいぜい出師の表で生活態度の悪さをキツく注意される程度)
別伝(旧臣の側室をNTRして側室をボコった旧臣を処刑)やその後の後継者のグダグダである程度の「ひょっとしたらこいつやっぱ暗君じゃね?」的なものは見えるけど。

127名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/21(水) 22:49:49.99ID:bvW1jL7q0
>>124
司馬懿が野戦で勝ってたらそこまで持ち上げられなかったかもな、諸葛亮
王朝の始祖が勝てなかった相手だから称揚せざるを得ない

128名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/21(水) 22:51:10.68ID:bvW1jL7q0
>>126
李雄と比べるとクソさ加減が際立つ

129名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/22(木) 01:00:11.57ID:AOFhNfZY0
李雄とかいうド名君と比較するのはひどい(ひどい)

李勢と較べてさしあげろ

130名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/22(木) 01:17:14.56ID:p48Sar7S0
劉宋の後廃帝ってマジでシリアルキラーだったのかね
史書に書かれてるのが真実なら中国史全体でもヤバいレベルの皇帝だけど

131名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/22(木) 01:19:33.78ID:4OUnEkJv0
酒鬼薔薇聖斗もびっくりのシリアルキラー皇帝やからな

132名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/22(木) 01:43:48.75ID:3ZyVo/Ci0
それに比べると苻生はかわいいというかまだわからんでもないというか

133名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/22(木) 01:45:26.80ID:4OUnEkJv0
陳舜臣先生は「苻生の暴虐エピソードって正直盛ってね?」的な事を言ってたな

134名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/22(木) 01:52:35.90ID:kUXj+j9qO
>>126
けど武侯祠での劉禅の塑像を度々民衆が破壊するのは、明代に入って見られだした現象で
それ以前は特に無かったというし、しかも明末期の最後の破壊には取り締まるべき地方官までが一緒になって煽り
事後は塑像の修復再興が行われなくなったというから、民間レベルの劉禅への極端な憎悪は、やはり演義の流布が大きい様に思うがな。

135名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/22(木) 10:08:01.09ID:rg0j1Y7p0
>>133
石虎もそうだと思うが
あんな通りに運営してたら死ぬ前にもう壊れてる

136名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/22(木) 11:39:27.84ID:78xv0gy30
>>135
載記だと十五年保つのは理解できる
通鑑だと曹叡越える暴君やな

137名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/22(木) 11:45:17.23ID:INE/C0w00
>>135
陳先生は石虎も盛ってるとか言ってたしね

138名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/22(木) 20:47:02.82ID:8Knpadr00
>>121
十字軍w確かに楽しいけど
第1回十字軍の前に行われた民衆十字軍なんて
五胡もビックリの虐殺狼藉ヒャッハーな挙句
エレサレムに程遠いトルコ辺りで正規軍と戦闘になって一瞬でほぼ全滅
赤眉賊や黄巾賊もビックリの烏合の衆w

139名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/22(木) 21:29:48.11ID:INE/C0w00
南北朝時代の士大夫と社會 上製
http://www.toho-shoten.co.jp/toho-web/search/detail?id=4876364312&bookType=jp

高え

140名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/23(金) 06:25:55.75ID:iLWruxFw0
>>129
そンなド名君でも最期はいいもんじゃなかったしな

141名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/23(金) 06:50:49.89ID:etMQHtB90
性格はクソだが李壽がいなかったら成漢は李雄崩御後間もなく滅亡してたような気がする

142名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/23(金) 17:22:35.84ID:Yo7yYR0W0
そういえば東晋の司馬睿の祖母って諸葛誕の娘なんだよな

司馬一族と諸葛一族の血が三国志終了後の中国史を引っ張るってちょっと胸熱
東晋皇帝陣がほぼ空気なのが残念だけど

143名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/23(金) 18:11:58.35ID:rJ7jvO9R0
微妙にスレチだが杜甫が杜預の子孫ってのもなにげにロマンある
なんで血筋残ったのにあんな貧乏なのかは気になるが

144名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/23(金) 18:41:11.22ID:HH+2BP3Q0
>>143
梁の崩壊時に漢代から続いてた名家も相当数没落してる
謝安の子孫で餓死してるやつとかも居るレベル

145名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/23(金) 20:01:06.38ID:2/tZgPNh0
隋の楊氏は漢の楊震の子孫、唐の李氏は老子の子孫を自称してるけどな
実際は鮮卑らしいが

146名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/23(金) 20:26:09.62ID:tldWKA0o0
問題のページ。チンギス・ハンの肖像に落書きがされている
http://pbs.twimg.com/media/DWo7WY4UQAAxPk-.jpg

147名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/24(土) 00:22:09.95ID:aMn7YBSr0
金!暴力!セックス!をここまで地で行った男もいないだろう
この男に比べたら董卓も石虎もまだ可愛いもんよ

148名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/24(土) 00:58:29.29ID:QR8jYRe10
>>143
>>144
後漢建国の貢献者の1人馬援の子孫の馬騰(馬超の父)なんて
後漢中期の馬騰の父の馬平の頃には既に没落して貧乏だったからな
貴族でも堕ちる時は簡単

149名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/24(土) 01:09:58.35ID:V9EH+3PgO
なんだかんだで孔子や顔回、孟子、張魯の末裔なんかが今だにゴロゴロ居るもんな。
張魯の末裔の所は後継者争いで当主が乱立してる真っ最中らしいけど。

150名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/24(土) 01:15:14.81ID:C3m0YvNE0
太原王氏とか唐代でも大貴族やしな

151名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/24(土) 08:59:39.53ID:Ta1P9X/A0
そんな先の話するまでもなく晋末の段階で餓死寸前の琅邪王氏とか普通にいますんで

152名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/24(土) 10:00:03.85ID:jCSVRTEw0
日本の伊達氏も後漢の霊帝の末裔を称したらしいしな

しかし何で霊帝なんだよ
宦官の悪政を放置し、酒色に溺れた典型的な暗君じゃねえか

153名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/24(土) 10:16:54.43ID:sDy/Qs2J0
霊帝再評価しようとしてる人間もたまに見かけるけど、普通に凡庸だわ

154名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/24(土) 18:41:40.39ID:v8ZoQqi80
南朝の国力が一番充実してた時期って桓音が洛陽奪還した辺り?

それともヒスイの戦い勝利後?

または粱の時代の陳慶之が活躍してた時期だろうか

155名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/24(土) 18:46:43.79ID:YKpBNSbH0
経済的には梁一択
ただ武門を賤業扱いして軽視しだしたのもこの頃なんで武力込みならどうかなぁ

156名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/24(土) 19:03:03.40ID:sDy/Qs2J0
>>154
劉裕が後秦を滅ぼした直後じゃね
若しくは謝玄が三魏の地まで到達して苻丕を降伏させた後か

157名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/25(日) 00:19:50.78ID:9WWjJ1FR0
前燕の皇帝イケメンに描かれ過ぎィ
https://www.youtube.com/watch?v=U5C7B96uX28

158名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/25(日) 00:34:11.84ID:F0z5NEEK0
>>157
石勒が髭ないとか…

159名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/25(日) 03:50:12.89ID:Q5Xof2ft0
陳慶之だろうなあ。おかげで武力がなくなったのはアホだけど。これだから長生きの皇帝は

160名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/25(日) 21:47:03.12ID:XabWpj+i0
>>157
石勒のコレじゃない感…
誰?

161名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/25(日) 21:52:25.51ID:XabWpj+i0
苻菁、苻黄眉の動向って結構謎だよな
苻健在世時から謀叛する気マンマンとか

苻健自身、問題の多い君主だったように思われる

162名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/26(月) 00:29:13.17ID:os1Oursi0
>>157
五胡十六国時代のいい意味での「えびす」っぷりを見たかったのに
普通すぎて萎えた。
もっとこう、毛皮の帽子に筒袖の服に辮髪って格好じゃなかったのか?
しかも東晋のあといきなり隋でこれにも拍子抜け。

163名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/26(月) 11:02:13.16ID:nx2+u55u0
劉淵一家とかは西晋のエリート士大夫と見分けつかない格好してそう。

劉曜だけ微妙にキムチ臭い格好

164名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/26(月) 17:49:28.95ID:pl7mlC7B0
>>162
北魏の皇帝が総スル−で草

165名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/26(月) 18:19:16.13ID:8J9MrQqL0
>>164
彼らは皇帝皇后じゃなくて可汗可敦だから
仕方ないよね

166名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/27(火) 04:31:27.95ID:Hzkwvp3Q0
法天啓運聖武皇帝

167名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/27(火) 07:23:03.15ID:426onniX0
>>163
半島への亡命経験あるからな

168名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/27(火) 22:47:58.54ID:8XTDD5PR0
自称歴史通ねらーの三大主張

諸葛孔明は戦下手
真田幸村なんて名前の人物は歴史上いねーよ
坂本龍馬はただの武器商人

169名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/28(水) 01:17:08.97ID:b0si+FP70
諸葛亮は李寿と同程度
とか言ったら怒られるかな
さすがに簒奪しなかっただけ遥かにマトモだが

170名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/28(水) 17:15:46.41ID:kUFCmL480
主君を補佐する立場だとこの時代最高峰の人物って誰だろう

王導
王猛
慕容格のどれかかな

171名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/28(水) 23:01:14.22ID:rplosY0r0
補佐に徹したという意味では、張賓あたりも良さげ

172名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/28(水) 23:25:01.00ID:b0si+FP70
嫌いな歴史上の人物を叩くことに快感を覚えてる人とかたまにいるよね

173名無しさん@お腹いっぱい。2018/02/28(水) 23:30:10.31ID:7Gr3L/ZS0
王導は間違いなく能力は超一級品だけど皇帝の権力を削ぎ落としたままどれだけ回せるかに特化してた印象も残るから王佐としてどうかなと思う

174名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/01(木) 05:34:54.43ID:VMU4Mer40
>>173
司馬睿のスタート地点が揚州都督とか琅邪王府とかそんなものだから、もともと権力なんて大きくなかったのでは

175名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/01(木) 10:52:52.62ID:897fBD0T0
最初は司馬越の弟分の扱いやったしね

176名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 15:04:34.18ID:KZN5+jId0
皇帝権力を高めようとしたユ亮は蘇峻の乱を招いたんだから王導路線が正解だろ。晋室自体に力がなかったから無理

177名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 20:48:53.79ID:QWxYVqhi0
>>176
庾亮だろうが王導だろうが蘇峻祖約は爆発してると思うけどな

178名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/04(日) 08:54:34.94ID:+zZllQ3c0
陶侃とかユ亮アンチなイメージだったのになあ
西府軍も反乱側にいってたら、蘇峻の乱も違った形になってたと思う

179名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/04(日) 09:27:19.09ID:dFiPQddw0
蘇峻の乱では西陽王司馬羕の存在が結構大きかったような気もする

180名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/04(日) 12:23:19.29ID:rbhM6Ezm0
>>178
あの辺は庾亮の折衝能力のヤバさが際立つよね

181名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/04(日) 12:29:48.59ID:u4xh43GJ0
庾亮は建康陥落までは散々無能っぷりを晒したが温嶠と合流してからは本来の冷静さを取り戻した感。
まぁ焦りすぎてたんだろう、優秀な官僚ではあるが影から親政出来るほど器用でもなかった。性格も多少尖ってるしな。

182名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/04(日) 12:32:28.75ID:dFiPQddw0
あの兄弟は揃いも揃って正論を唱えてさえいれば人は勝手に着いてくると思ってるようなところがある

それじゃあ王導や何充には勝てんよ

183名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/04(日) 14:12:33.85ID:waVsmQ9N0
良くも悪くも優秀な内政官なんやろね

184名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/04(日) 19:19:22.53ID:A1McM2UT0
石田三成的なイメージなんだよねぇ
三成よりは融通利くし天運もあったけどね

185名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/04(日) 20:35:52.90ID:yCHlPIlj0
桓温とそこまで親しくないよね

186名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/04(日) 20:50:51.32ID:rbhM6Ezm0
何充さん、いちばん王庾がバチバチの頃に間にいたのか……
普通なら禿げるわ

187名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/04(日) 20:54:59.04ID:yCHlPIlj0
>>186
たぶん王導よりタフネス
三庾相手に逃げ切った末に庾翼死後に荊州を武力使わないで制圧してる

188名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/04(日) 23:12:35.64ID:rbhM6Ezm0
>>187
王導やべえけど、案外王敦あっての王導な感じもした

189名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/05(月) 18:42:32.37ID:pTTLggPx0
そりゃまぁ琅琊王家の武を担ってた部分が逆賊になって切り落とされてしまった訳だから弱りはするべ
累年の功で中枢に残ったけどさ

190名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/06(火) 17:54:05.36ID:FMUKg+kE0
五胡十六国時代の総人口ってもうむちゃくちゃだよね後漢時代の157年から蜀滅亡263年までで5600万➡750万位になってたらしいけど…

191名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/06(火) 21:39:20.46ID:8LgadftM0
>>190
そうだな無茶苦茶だな
けどごめんな、一応確認させてくれ、「政府が把握できた数」だってのは大丈夫だよな?

頼むから人口実態がその数字だとか言わないでくれよ?

192名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/06(火) 23:19:36.70ID:14mOguG+0
>>191
ああごめんw戸籍未登録で流民もすごく多かっただよね

193名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/06(火) 23:43:26.92ID:tjOZ/Pjl0
>>189
王舒「私に武の功績が無いと言うのか。」
王允之「王敦の反乱計画聞いてしまったので寝ゲロ。ォエ〜( ̄┳ ̄|||)・・・・・」

194名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/07(水) 14:00:12.58ID:o5T8Y45s0
>>193
王允之は毒殺回避スキルもあるし…

195名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/07(水) 21:30:06.25ID:ESYgJ++k0
琅耶王氏の武力を云々するなら王セン王賁王離を持ち出してどやった後まったくどやる意味ないことに気付いて一人寂しく泣くのがいいよね

196名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/07(水) 22:23:36.73ID:DYw3CV1P0
蘇峻の乱で後の北府軍と西府軍の初めての共同作業というレアなもん観れるというのも、見どころの一つかもしれん

197名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/07(水) 22:39:25.76ID:NNaMSBHm0
北府、西府による祖約の豫州府虐めという構図でもあるんだよな
とどめ刺したのは後趙だけど・・・

198名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/07(水) 23:26:26.58ID:xF3J76dT0
>>196
桓温様が散々実現なさってるだろいいかげんにしろ

199名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/07(水) 23:32:18.69ID:NNaMSBHm0
>>198
第三次北伐で荊州の桓豁は動いてなくね?
江州の桓沖も動いたかどうかすら不明
(世説新語の桓石虔による救出逸話を見る限りだと参加していた形跡が伺えるのだが)

西府と北府両方の領袖になったのは桓温だけなんだよな
北府は二回も就任している

200名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/08(木) 00:07:20.16ID:YtZ8OFZC0
>>199
そんなん西府が下手に動きゃ苻堅にあっちゅう間に飲み込まれるし
動かなくて当然だろ、っつーか動かないことが協働だろ、
と思う桓温さまマニアの放言

201名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/08(木) 02:01:26.06ID:pHl23+uo0
馮跋子供100人ぐらいいたのかよ
姚弋仲もびっくり

202名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/08(木) 06:39:15.77ID:4yBe2Zgz0
この時代暗君率もヤバいけどまだまともな君主でも終わり全う出来なかった人多いよな

符堅
北魏の道武帝
劉宋の文帝
梁の武帝

本人の能力不足かまたはそういう時代だったのか

203名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/08(木) 06:41:14.09ID:Vu4WmTgI0
北魏は明元帝や太武帝もアカン死に方やから

204名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/08(木) 06:53:23.93ID:Vc0FyEIo0
>>202
道武帝は残念でもないし当然だろ

205名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/08(木) 12:20:36.58ID:uTwLBik10
暴君暗君は南朝にやたら多かった気がする
これじゃあ北の異民族王朝を野蛮人扱いできないだろ

北の暴君はまだ武勇と決断力、統治能力はあったが
南のはそれすらなく、ただ荒淫と親族皆殺しに狂奔していたイメージ

206名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/08(木) 12:39:00.32ID:D+JwMX+d0
殺人鬼皇帝  宋の後廃帝
父親の葬儀中に部下の禿頭見て大爆笑 南斉の東昏侯
陳滅亡時に井戸の中で隠れてガクブルしてた 陳の後主

辺りが南朝暗君(暴君)君主トップ3かな後廃帝は色々盛ってそうな気もするけど

207名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/08(木) 12:52:09.92ID:hv2IU5N20
【ゴチ大杉漣(66)】 小森常務゜:(つд⊂):゜「致死量の放射能を放出しました」 【ブルマ鶴ひろみ(57)】
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1520303016/l50
【中尾翔太(21)が癌】「実は東京が危ないということは報道できない」と全面カット【報道ステーション】
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1520121841/l50

208名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/08(木) 13:14:40.54ID:2PwRJtAn0
>>205
粱武帝「ワシは正徳が多少のおいたをしても許してやったで。一族を大切にしてこそ国が守れるんや

209名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/09(金) 15:40:54.87ID:WAFgr5cX0
倭のような野蛮なやつらでも王は殺さないらしいがワイらときたら…
みたいに嘆いた皇帝って誰だっけ

210名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/09(金) 23:04:18.90ID:28c+b6/k0
殺戮皇帝の反動で、殺さなすぎる皇帝登場で滅亡とか
何で0か1しか無いようなのばっかり輩出するんだ感

211名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/10(土) 01:07:16.03ID:Fk1WBN+40
楊堅「畜生には国を任せられない。はっきりわかんだね」

212名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/10(土) 09:12:48.99ID:7LC8mO5j0
苻堅さんは殺し過ぎる皇帝ですからねちなみに

213名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/10(土) 12:43:26.02ID:vCVwOKrA0
>>212
苻堅とかいうメンヘラ。振り回される苻融かわいそう。
南斉の皇帝に熱烈な仏教信者で一人親戚粛清する度に号泣しながら香焚くヤツいたよな。

214名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/10(土) 14:00:35.30ID:etrYQPxG0
>>213
>>206 の東昏侯の父親ですね

215名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/10(土) 14:03:43.42ID:lTKziHJ+0
王猛「訳がわからないよ」

216名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/10(土) 14:54:00.56ID:YK3hjYE30
>>212
主要な身内は大体殺してる
殺す前に慚愧の念を露にするから「あー本当は殺したくないのか」と同情してしまいそうになるが結局何人も殺してる

217名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/10(土) 15:02:09.21ID:BdyYoSsu0
自らの手で兄貴と弟を殺した李世民は五胡系君主の優等生

218名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/10(土) 15:09:05.13ID:VM+iVY/M0
>>217
李世民オタは否定するかもしれないけど立派な五胡君主だわ
しかも高句麗遠征失敗のおまけ付き
石虎とか煬帝レベル

219名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/10(土) 15:14:11.16ID:7zdNwq/D0
李世民は成功した苻堅だからね。
苻堅と違って現実感覚と過去の失敗例から学習してただけで。

220名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/10(土) 19:08:14.04ID:eKu/ffuB0
リアル鳥人間コンテストやった皇帝もこの時代だっけ?

221名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/11(日) 08:32:53.63ID:0Sxy4/tq0
鳥人間コンテストは王莽さんもやってるで

222名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/11(日) 08:36:58.84ID:qK2EY3VY0
石勒が徐龕に紐なしバンジーやらせとゆな

223名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/11(日) 08:53:25.43ID:TPM/sBFy0
袋詰めバンジーとか言う俺ジナル溢れる殺し方

224名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/11(日) 09:26:32.31ID:OGRXmNlJ0
チンコ主は息子がかっこええんだよなぁ

隋の將韓擒虎は南掖門より城内に入ると、百僚は逃散した。
陳深はこの時十歲少々であったが、
寝室で坐し、舍人の孔伯魚を側につけていた。
隋軍が寝室になだれ込むと、深は彼らを労わった。
「軍旅の途、さぞ疲れたことであろうな」
この振る舞いに軍人らはみな敬服した。

うーん、劉禅と言い、人物が子にいるんだよね

225名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/11(日) 09:30:26.77ID:XeD3OyVm0
>>224
阿斗ちゃんの六男(西晋で阿斗ちゃんの跡継ぎ)問題児で旧蜀臣の悩みの種やったぞ。

226名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/11(日) 10:26:29.72ID:OGRXmNlJ0
>>225
ぼくが言いたいのは阿斗ちゃんの五男やぞ

227名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/11(日) 22:09:03.98ID:MDPp61vt0
左翼つーかリベラルな人間にとっては苻堅は理想的な君主じゃないか?
殺るか殺られるかの戦国の世に、現代のリベラル思想とほぼ同一の、寛容の精神、多文化共生を目指した君主だからな。
ヒ水の戦いの前、東晋の皇帝のために洛陽に新しい邸宅を建ててやったらしいじゃないか。

結果的には度が過ぎた性善説が裏目に出てしまい
恩を売った相手に次々と裏切られて、悲しい最期を遂げてしまったが。

228名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/11(日) 22:12:36.73ID:zAgJ93qx0
>>218
そう考えると
高句麗蹂躙した毌丘倹とか
石虎や煬帝じゃ話にならないぐらいの名将だなw

229名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/11(日) 22:33:04.05ID:+GsTAzAX0
>>227
符堅は生まれるのが早すぎたね

230名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/11(日) 22:33:13.16ID:nFhauSBk0
こう見ると親征ってなかなかの失敗フラグだな
財政面無視しても北東に出掛けて国許を留守にするってなかなかの暴挙

231名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/11(日) 22:55:21.32ID:qK2EY3VY0
>>228
三国時代当時は漢族の亡命者もそこまで多くなかったし、後年の高句麗とは別物と言ってもいいくらいだろ
隋唐の高句麗は慕容部みも加わってとてつもなく手強そうじゃあないか

232名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/11(日) 23:29:24.08ID:wy0TXdYL0
国の骨格もなってない蛮族の集まりから300年でずいぶん変わったからな、亡命漢人の受け入れ先として機能したし
隋を破滅させて唐も百済を先に始末しないと倒しきれなかったから三国時代とは別物

233名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/12(月) 09:23:56.32ID:1K7/pcYF0
>>227
苻堅の理想は北魏や隋唐に引き継がれてるからな。下半身の鬼畜ぶりも含めて。

234名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/13(火) 10:40:39.13ID:HRIaNsoZ0
皇上来了、万歳、万歳、万々歳!

ワンスイ、ワンスイ、ワンワンスイ!

235名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/13(火) 17:11:02.48ID:2+WIaJRM0
そういえば南朝の首都の建康って仮に長江突破されたら目と鼻の先だよね
それだけ長江が天然の要害だったんだろうけど遷都とかの案はそんなに無かったのだろうか

236名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/13(火) 18:03:29.13ID:/u0xY9GF0
>>235
蘇峻の乱後に検討されたけど結局建康維持で落ち着いた

237名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/14(水) 00:41:17.14ID:9MrE51JG0
歴代の北朝は四川、荊州方面から建康を攻略した方が良かったのではないのかな。

238名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/14(水) 01:56:53.52ID:7unGpo7Z0
南蛮のインフラでは厳しいなぁ
荊州も水壕みたいになっててじっくり守備されると結構攻め取るのは難しい

徐州から南下がやはり最短

239名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/14(水) 05:23:07.09ID:Rw4yo0Cy0
>>237
苻堅はそれをやろうとして東晋に完封された

そして楊堅はそれのさらに上を行く構想立てて建康陥落させてる

240名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/14(水) 10:45:17.22ID:tCFOcOdg0
綿菓子のように溶けた呉の防御を見てると
構想というよりは南朝側の弱さ次第な気もする

241名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/14(水) 12:33:41.66ID:NRVlQcjo0
>>240
隋は郢州正面の作戦ですら欺瞞で援軍やら行事やらで建康が手薄になる時期見計らっての侵攻
西晋のチグハグな侵攻からはだいぶ洗練されてる

242名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/14(水) 12:41:43.40ID:NRVlQcjo0
徐州から南下して寿春近郊まで来たであろう梁成を謝玄が瞬殺しているの本当にヤバみ
東晋は積極攻勢に平気で出てくるから怖い

243名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/14(水) 17:53:38.11ID:EXvn5CrT0
蒋介石「南朝は糞雑魚、はっきりわかんだね」

244名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/14(水) 21:22:46.27ID:ygDN0DR50
>>242
ぶっちゃけ洛澗戦の兵力差、
たぶん淝水本戦よりひどかったよね

245名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/14(水) 23:15:32.87ID:tCFOcOdg0
清談やってた貴族寄りの指揮官が軍事的にも強いとかなかなかワケわからん

246名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/14(水) 23:19:21.15ID:nfjxZ9tw0
殷浩はショボいぞ

247名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/14(水) 23:19:53.66ID:nfjxZ9tw0
謝安はただのニートだぞ

248名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/14(水) 23:20:32.71ID:nfjxZ9tw0
謝安とかなろう系小説の主役みたいな存在だろ

249名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/14(水) 23:46:51.14ID:6HYY12xx0
>>245
後漢や魏晋の清談の士って実務駄目か実務出来ても脇甘くて刺されるタイプしかいないのに謝安さんの老獪さは謎。

250名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/15(木) 06:24:03.89ID:maaxUSfg0
謝安も最後は脇刺されたぞ

251名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/15(木) 08:35:14.17ID:mMYM5/Gq0
でも左遷されただけで畳の上で死ねただけマシじゃないかと。
何晏や夏侯玄なんて弟分の司馬師に刺されてあぼ〜んやし

252名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/15(木) 09:32:58.69ID:KsfVjX400
何故謝玄さんの話になっていないのか

つーか謝安さんのどこがなろうだよ
御曹司やぞ まぁチートなんやが

253名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/15(木) 09:42:11.14ID:40vx5HeO0
謝安からはお兄様的なアレさを感じる
兄弟思いだし

254名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/15(木) 18:19:28.53ID:maaxUSfg0
>>245
謝玄はキャリアがほぼ軍一色だろ
謝玄が清談やってたなんて孫ぐらいしか主張してないぞ

255名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/15(木) 21:39:49.26ID:KsfVjX400
いや元服までは家にいるわけで、どう考えてもその間に清談の素養は得てるから……

256名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/17(土) 13:25:20.78ID:Eyd1ju4a0
慕容垂と慕容泓は同族でありながら淝水の戦いの敗戦後別々に国を立てたけどこれがもしどっちかに一つにまとまってたら北魏が台頭してくることもなかったのかな

257名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/17(土) 13:39:12.67ID:qrLM2JUv0
何その壮絶な慕容垂disり

258名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/18(日) 08:56:17.83ID:AF4rD0Ll0
さすがにそのifはあんま意味なさそうかな。
結局慕容のお家芸キメて終了するっぽい。

廆と吐谷渾、
皝と翰、儁評と垂。
挙げ句の果ての沖と垂。
後燕なんぞは言わずもがな。

どんだけ仲良しへたっぴ民族だ。

259名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/18(日) 08:58:41.90ID:AF4rD0Ll0
廆パパの涉帰さんも
弟の耐と仲悪かったくさいしなー

何か呪いでも掛かってんのかあいつら

260名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/18(日) 09:09:01.34ID:DHME9Oy70
恪はやはり異質…

261名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/18(日) 09:34:31.46ID:dhwSj00X0
慕容部の中から武廟に選出されてる時点で奇才ですわ

同格が王猛というのが若干アレですけど

262名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/18(日) 09:45:25.68ID:D2XJFuWM0
格は常に爽やかな風が吹いてるからな

263名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/18(日) 10:12:29.62ID:Fobmplyx0
>>261
恪の子孫は隋唐時代も高官なんだわ
紹宗の血統は恪の後裔を自認してる

264名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/18(日) 21:25:00.77ID:AF4rD0Ll0
>>261
功績的に問題ないが人品的にちょっと待ってね? と言いたくなるアレだなそれわ

265名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/18(日) 22:12:38.76ID:1ns7olg/0
爽やかな風が吹いている人間が少な過ぎて目眩がする

266名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/18(日) 23:19:05.97ID:0WgCSpkU0
鮮卑族って漢族と親和性があるのだろうか?
隋唐だって、事実上は漢化した鮮卑族政権でしょ。北周や北斉と同じ北魏六鎮出身の軍閥政権だ。
しかし7世紀には鮮卑語話者がいなくなり、名実ともに漢族に吸収された。

後世の契丹族も、女真族も、モンゴル族も、統治時代は征服王朝の支配階級として漢族とは一線を画した状態で存続したが
(彼らが漢族に同化したのは王朝滅亡後の動乱ガラガラポンのとき)
鮮卑族は支配的だった統治時代から漢胡の融合が進んで区別がつかなくなっている。

孝文帝の極端な100%漢化政策はともかく、その後の六鎮の乱を機にやや先祖返りしたものの
結局は再び漢化して、姓以外は鮮卑のアイデンティティーは消失してしまった。

267名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/19(月) 01:14:10.10ID:wCkZTKh40
鮮卑時代は代表する自分の文化とか文学とかが結局何もなかったから
だんだん漢民族の官僚を国家運営に使って支配層に学が付くと鮮卑文化の後進性を見下すようになったと思う 

モンゴル帝国の時代まで行くと蒙古文字も体型が組まれてる

268名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/19(月) 02:17:54.50ID:jXCouVjp0
鮮卑の場合、後漢の後期からは農耕生活とかもやってて漢化の下地はあったし

269名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/19(月) 02:21:04.61ID:myXfpzvp0
>>264
王猛は晏嬰さんと同じで苻堅ってボケ役がいないと性格ゲロ以下やから

270名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/19(月) 06:29:22.57ID:7+vJU89I0
>>269
煽りスキル高いってレベルじゃないからな
一身にして諸葛亮と禰衡を兼ねたり

271名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/19(月) 13:48:29.96ID:dHD3dL1A0
>>266
五胡十六国の段階では部族的アイデンティティの確立が
うまく機能しなかった、と言えるのかもしれん

そして鮮卑を経た隋唐のありようを見て
「おっ、ワイら別に漢族チックに振る舞う意味なくね!」
ときづいた、のやも。

しらんけど。

272名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/19(月) 17:47:44.68ID:wCkZTKh40
そもそも振り替えって「鮮卑らしさ」とはなんぞや?と考えても于文泰とかも定義出来なかったと思う。

273名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/19(月) 18:13:28.23ID:+tpFF1fW0
漢族ですら大統一の崩壊と胡化でDNA的にも文化的にも半ば違う人種と化してんだし
鮮卑如きが保てるわけがねぇ

274名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/19(月) 18:40:46.23ID:7+vJU89I0
髪型とか言語とか

275名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/19(月) 19:32:09.31ID:OHUVGl9a0
鮮卑って文字文化無いんじゃね?何も残ってないし
そりゃ飲まれるわ

276名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/19(月) 20:18:56.34ID:Au6vA+TW0
例えば南朝側は、北朝の人間のことを蔑意を込めて、「索頭虜」もしくは「索虜」と呼んでいた。
これは北魏領内の胡族が少なくとも初期においては辮髪だったことの証である。
ましてやそれ以前の五胡十六国時代だったら、代にせよ燕にせよ鮮卑族は辮髪で漢族とは異なる風俗を維持していたことは間違いないだろう。

ただし中華ドラマの「フウ太后」では、太武帝の治世からストーリーが始まるが、
太武帝は既に魏晋の皇帝と変わらぬ姿をしていたんだよなあ。まあ所詮ドラマだけど。

277名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/19(月) 20:50:09.95ID:SS5SuMvJ0
>>276
可汗たる代主が中華皇帝風の格好する理由が分からんね
首都が中原にあったら分からなくもないけど

278名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/20(火) 00:01:37.88ID:Dj7h4vqT0
中華ドラマはストーリーはともかく、時代考証は侮れないと思うよ。
三国志の衣装も、70年代80年代製作のものと、最近の作品とでは全然違う。
もちろん最近の方が正確で、かなり原始的。ただしビジュアル的には華が無い。

昔の三国志は衣装や宮廷内がカラフルで華やかさはあるが、後漢末の設定にもかかわらず唐や宋、
下手すると明代の風俗が取り入れられてたりして、時代考証はかなりいい加減。

文書にしても、昔の作品では既に「紙」を用いていたが、最近の作品では、後漢末で紙の普及はまだ途上と分かったのか
紀元前のように竹簡・木簡(勅書の場合は絹)を用いている。

279名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/20(火) 01:41:23.94ID:B5NsEIsp0
最近の中華ドラマは金かけてるしな

280名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/20(火) 08:37:40.81ID:luQE9gnW0
>>278
日本の漫画だと蒼天航路あたりからだよな竹簡の登場は。

281名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/20(火) 10:03:52.20ID:E49au5Ad0
その手の考証だと馬のサイズとか五胡が弩を使ったかとかも気になるな

282名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/20(火) 13:33:41.24ID:bDK54l2w0
太平御覧に、桓玄が文書を紙に統一しろと指示したとあったな

283名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/21(水) 01:47:03.33ID:C+Y1hVyG0
当時の正確な風俗は資料が残ってないから分からないんだろうな。

東晋には顧ト之がいたから、南朝についてはある程度イメージできる。
北朝も斉周の時代に入れば壁画などが残っていて、当時の様子をうかがい知ることができる。

しかしそれ以前、特に五胡十六国時代の華北にはビジュアル的な記録が無いから
当時の様子は想像に任せるしかない。

284名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/21(水) 03:52:08.98ID:Efvp5OQZ0
ドラマって見てて面白いかが重要だから時代考証に拘って絵面がしょぼくなると駄目な気がする

285名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/21(水) 05:01:26.37ID:bBxsX/rg0
>>283
最近陶器の俑とか出土してきていたりするのよん

286名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/22(木) 06:19:40.32ID:EtFX0Yz90
北朝社会における南朝文化の受容 外交使節と亡命者の影響 【最新刊】 上製
堀内淳一
http://www.toho-shoten.co.jp/toho-web/search/detail?id=4497218094&bookType=jp

高い

287名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/22(木) 08:26:30.55ID:lOt6GVXT0
そんなどう頑張っても量さばけねえ本に対して無茶言うな

288名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/22(木) 10:40:47.25ID:iZeMTFCI0
仇池とかいう影が薄いくせに五胡十六国時代のほとんどに存在した政権が個人的に気になる

289名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/22(木) 12:29:13.33ID:iu6tMKfW0
>>288
劉宋北魏の時代も現役だぞ

290名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/22(木) 16:30:48.90ID:+0xmzUhg0
安達裕章 @adachi_hiro: 早くとも3月いっぱいはかかるんじゃないかと思っていた田中さんの中国を舞台にした新作小説。脱稿してしまった。
……春分の日というのに雪交じりの雨。……そうか、そういうことか。
https://twitter.com/adachi_hiro/status/976269455402532864

また南北朝ものかな

291名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/22(木) 18:42:51.19ID:iu6tMKfW0
田中芳樹に期待しているやつがまだいるのか
才能枯れてるだろ

292名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/22(木) 19:03:25.91ID:MEMO97Js0
もとより田中氏の中国モノには期待していないから駄作でも失望しない

293名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/22(木) 20:49:12.43ID:fWCGeUiV0
匈奴や鮮卑は文字を持たなかったから、情報の記録や伝達には漢字を借用するしかなかった。
あと北方民族は遊牧と略奪で生計を立てていたから、農耕定住社会の統治方法を知らない。
そこは漢族の官僚を登用し、歴代漢族王朝の制度を取り入れるしかなかった。
さらには、胡族といえども、華夏の文化に対して漠然とした憧れもあった。

塞外民族で初めて独自の文字を持つようになったのは突厥。
これはアラム文字由来のアルファベットで、なんと西洋から取り入れたもの。

元は中原に進出する前から色目人と触れあっており、イスラームなど西方の先進文明を知っていたから
中原の文化には特に憧れも敬意もなかった。ただの東方文化くらいの認識であったのだろう。

清は漢化を防ぐためか、中原征服後早期に全土に剃髪易服を強制し、漢族社会の風俗を一気に満州化させてしまった。
一方で制度的には漢族の統治法を踏襲し、満州族国家としての体裁を整えつつ中原方式の現実的な政権運営を行った。
他王朝と比べ、清の歴代皇帝には名君が多く暗君が少ないと言われる所以かもしれない。

294名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/23(金) 01:15:46.73ID:Hbgkx1YL0
漢文化ってイマイチ伝播力が足りないよな、古来隣り合ってるモンゴルやチベットすら漢化できてない
それとも英米とかキリストとかイスラームとか仏の洗脳力が高杉るのか……?

295名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/23(金) 12:10:35.54ID:cQ0oDxF+0
漢化して自分の支配下に置く必要がなかったからだろう

ヨーロッパは自国資源のクソさとヨーロッパ内での競争もあって
植民地を獲って教化する必要があったが
中国側には自分たちと競る勢力もないし必要なもんは自国内で揃ってたから
周辺なんて貿易どころかちょろっと朝貢すればOK程度のもんだったんだろう

296名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/23(金) 12:14:34.31ID:9OqtFsnH0
「お兄ちゃん」と呼ぶだけでお小遣いが貰える朝貢外交。なお、お小遣いを貰いすぎると漢化する模様。

297名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/23(金) 18:07:50.19ID:BnHbhNPo0
匈奴「金と女よこせ」
漢朝「お兄ちゃん!持ってきました!」

>>295
でも競る勢力が比較的近距離にあったら中国文明ヤバい気がする
アラーやら宣教師やらに浸食されまくりだしさ

298名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/23(金) 18:26:29.45ID:rBE/ZUOT0
>>289
つうか隋の頃まで存在確認出来るので
ある意味五胡時代の異民族の中でも勝ち組

299名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/23(金) 18:54:05.40ID:KBdSJjbG0
最強の勝ち組は吐谷渾さんだろいいかげんにしろ
(なおとっくに羌族系のもよう)

300名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/23(金) 21:50:08.40ID:Hbgkx1YL0
高句麗「オレもまぜろよ」

301名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/23(金) 22:04:56.12ID:j5DC25Vh0
慕容部にアへ顔ダブルピースされた糞雑魚はNG

302名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/23(金) 22:17:55.36ID:5QwYnsBi0
最強の勝ち組は禿髪部やろ

303名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/23(金) 22:30:24.33ID:u95aNMi/0
>>302
            |
            |  彡⌒ミ
           \ (´・ω・`)また髪の話してる
            (|   |)::::
              (γ /:::::::
               し \:::
                   \

304名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/23(金) 23:32:49.74ID:KBdSJjbG0
>>303
     ', \               イ
     ',  丶       /l    /  /
        ,   `'へヘ/ lイィ/   /
      〉               /_
     7    ,ヘ      ,ヘ  〈   `丶_
 _ , '"´     l  \   /  l   ',   _ 〈
 〉         ー’  ‘ 一    |/   `
 >――r '  \ー-----一/  |
      l     ヽ l | l /   ,
     /〉       ̄ ̄    /\
    ∠./ \             /  |
     |     丶  ___     \
     l    /      \    <
    ∠ __/           ̄ ̄ ̄

禿髪? そんな名前は忘れましたね

305名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/23(金) 23:33:21.94ID:KBdSJjbG0
ズレた……

306名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/24(土) 00:47:43.53ID:aAvVr2Xl0
匈奴というと冒頓単于みたいに、塞外から侵入して領地を荒らしまわり、
殺戮や略奪、人さらいして長城外へ帰っていくイメージがあるが、
後漢末や魏晋になると内地で農耕を営む者も出てきて、特に五胡十六国時代の幕を開けた劉淵は
匈奴の皇子として洛陽に留学し(人質としてであるが)、後に官職にもついている。学者にも師事して、春秋左氏伝や孫呉も暗誦できるほど博学だったという。
前漢時代のようなヒャッハーなイメージとは異なってきている。
例えは悪いが、安禄山みたいな存在だったのかもしれない。

匈奴に限らず鮮卑も烏桓も、騎馬戦に優れる胡族は後漢末から
兵力の供給源として中原の軍閥に好まれ、特に晋の頃には後先考えず登用され、傭兵として活躍した。

五胡の侵入というとこんなイメージがあるが、
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-a8-89/yahuoku_san/folder/457331/13/9258113/img_1?1377947233
実際はもっと身近な存在だったのかもしれない。
劉淵は匈奴ながら漢の復興・後継を唱え、漢の官制を導入し、劉禅を追尊し、高祖劉邦以下の三祖五宗を祭った。
劉曄も暴君ではあったが、一方では儒学教育の振興を図っている。

307名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/24(土) 01:21:25.05ID:Z27PUade0
劉淵親子は匈奴って言うよりエリート士大夫やからね。所謂「異民族の侵入」は慕容部あたりから。

308名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/24(土) 05:29:29.66ID:3Y5twp8f0
>>307
名族である新興郡の劉氏って扱いなわけか

309名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/24(土) 13:12:27.01ID:GUkSz7Pl0
そして赫連勃勃起きる

310名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/24(土) 16:11:57.37ID:SSfdXk760
劉淵は劉禅の孫だからな

311名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/24(土) 17:02:40.28ID:q92qQnOh0
>>308
漢族「なーんだ蛮族じゃないのか、戦争とかめんどうやし好きにしてええぞ」

312名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/24(土) 17:12:55.41ID:GUkSz7Pl0
赫連勃勃も劉勃勃なんだからね!

313名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/24(土) 17:14:25.63ID:sylDDzam0
劉淵は学のある漢人を初期でスムーズに回収してるので彼の蜂起成功は異民族王朝への心理的障壁を多少取り払ったと思う
前趙の将軍として石勒にもブレーンが作れたしな

314名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 06:13:53.13ID:SIPA0aMF0
漢が滅んで威光は衰えてもやっぱり劉姓はそれなりに別格って事なのか独立する際の大義名分も立てやすいし

315名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 06:14:28.38ID:SIPA0aMF0
漢が滅んで威光は衰えてもやっぱり劉姓はそれなりに別格って事なのか独立する際の大義名分も立てやすいし

316名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 07:00:57.62ID:IR0J7cz90
と言うよりも魏晋二王朝続けてウンコみたいな王朝だったのが劉漢待復興論みたいなの巻き起こしたんじゃね
劉姓に依ったのが劉淵、劉邦リスペクトで乗り切ろうとしたのが石勒

317名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 08:39:28.40ID:k0Z/TRu70
劉淵(もしくは外祖父の劉宣)は阿斗ちゃんへの諡号(孝懐皇帝)や宗廟をキチンと立てたりしてるのをみても相当念入りに決起の準備してたと思われる。

逆に劉備とかは慌てて称帝した印象。

318名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 09:58:29.98ID:Imf1DeWl0
漢リスペクトのはずが
劉協や劉禅の子孫ぶっ殺した挙句
漢捨てて趙になるところが所詮蛮族だけどなw

319名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 10:48:53.27ID:XSIbRzaK0
劉聡がね…仮にも洛陽で生まれ育って教育も受けた身の上なのになんであんなに野蛮なのか

320名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 13:25:37.30ID:SxN5ZrBQ0
>>319
劉曜はまだええねん
アイツ間違いなく漢帝室嫌ってたから
(でなきゃぼくとつ立てたりしない)
やらかすだろうけど、劉聡がなあ

虐殺の行動原理がさっぱり分からん

321名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 13:32:21.97ID:IDQjSjeq0
劉聡は晋書だと洛陽陥落までは比較的まともなのに急激にSAN値が下がって発狂した印象。あと石虎や苻生ほどではないにせよ結構悪事は盛られてるかも。

322名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 13:37:12.24ID:mQFwsnT+0
劉和に力があればってところか?

323名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 13:56:53.97ID:dSV0CYJn0
劉和が排除に動くことはもうある程度は読まれてたし劉聡のスパイも身内にいた
そもそも即位一月の脆弱な地盤で兄弟全員を殺そうと謀るとかこいつも大概狂ってる

324名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 14:39:31.85ID:YVXQGcW00
劉和は行動そのものは後漢の幼帝のテンプレみたいやけどね(外戚に空気入れられて
功臣や皇族を排除する)

325名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 20:47:48.51ID:ggORGzWh0
>>316
劉禅「晋は暗君だらけや。それに比べ乱世で在位40年のワイはなかなかやるやろ?
   反乱を起こした臣下も魏延くらいやで。魏は司馬氏に乗っ取られて間抜けやな
   呉は孫権が老害化、後主も暴君で踏んだり蹴ったりやし」

326名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 21:14:08.59ID:0V+gtAT90
>>319-320
ダメ王朝の洛陽で生まれ育ったのが不味かったんでは?w
リアル漢族社会は教育に悪いぞきっと

327名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 21:21:22.08ID:XSIbRzaK0
>>326
まぁ政府の豪奢三昧の腐敗と胡への偏見で歪んでいったのは想像に難くないわな

328名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 21:27:23.42ID:yXsVXRmO0
人乳で育てた豚とか食わされたらもうね

329名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 21:27:43.92ID:ggORGzWh0
漢族(文明人)の明朝は暗君だらけ、満州族(蛮族)の清朝は名君だらけ
ふむ・・・

330名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 21:29:33.55ID:ggORGzWh0
何進「羊肉いかがっすかー?」

331名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 21:43:29.45ID:WhG0Xb8U0
>>329
それよく言われるけど清朝でも運用された官僚システムを整備した洪武帝永楽帝には清朝のどの皇帝も足元にも及びませんっていう情けない話だと思っているのだが
清朝なんて八旗制が早々に堕落したりしてるところ見ると自前の制度立ち上げ、運用が結構問題あるような気がするぜ

332名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 21:44:00.27ID:W+tJpJiI0
ワキガのことを胡臭って呼んだらしいね
楊貴妃の逸話で知ったけど
石勒はワキガ(暴論)

333名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 22:03:32.17ID:0V+gtAT90
さすがに洪武帝は傑物だけど、清の名君レベルですら情けないなら歴代王朝の皇帝全てダメだわw
いかなる漢族王朝をも凌ぐ広大な版図、諸民族に君臨する統治システムを構築した清朝の諸帝が足元にも及ばないとは思えん

334名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 22:29:08.38ID:y8+wIGR90
明朝擁護のアレは名家的な趣を抱くべきだろう

「馬は馬である、故に白馬は馬ではない」的な

335名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/25(日) 22:38:38.75ID:y8+wIGR90
>>321
第一次洛陽攻略に失敗して、
直後に偉大なるパパを喪えば、
洛陽に変な思い入れ持つのも仕方なさそうではある。

……あーそうか、ある意味で洛陽の人間は「オヤジの仇」なんだな。劉聡にとって。

336名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/26(月) 08:22:51.39ID:9lM1wmDF0
晋書懐帝紀だと309年9月の洛陽攻撃の時に劉聡は洛陽の西明門まで攻め込んでるしな。

つか劉元海載記や劉聡載記だと匈奴漢が西晋に圧勝してるイメージだけど懐帝紀だと結構司馬越が善戦してる感じ

337名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/26(月) 12:13:35.81ID:L8hubwV/0
>>336
拓跋猗盧健在だった頃はむしろ劉聡劣勢だった印象すらあるわ

338名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/26(月) 21:23:29.99ID:+yehgzOG0
洛陽から撃って出て漢軍を撃破した王衍と石勒にクッソ情けない命乞いした王衍は別人

339名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/26(月) 21:29:27.99ID:c337kXyw0
見方によっては匈奴漢による晋軍の戦意喪失を目的としたプロパガンダの可能性もあるよね、王衍の命乞い

340名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/26(月) 21:58:52.79ID:ZbQ7oqsI0
洛陽攻略の石勒の指揮は芸術的
官軍をズタズタに分割して手早く本丸の王衍を生け捕りにして詰み

ああもやられたら自信なくなる

341名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/26(月) 22:06:02.47ID:OwXwV6Gh0
むしろ懐帝が自滅した印象

342名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/26(月) 22:22:19.91ID:hGlxWLEf0
全ての戦犯は懐帝のような気がする
司馬越と対立する理由が分からん
司馬越は別に帝位なんぞ狙ってなかったろうに

343名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/26(月) 22:42:20.36ID:I+SWwJVm0
なお、当時懐帝18才な

その年齢で政治的判断下せたら化け物だわ、しかもナチュラルボーン政治家って訳でもなく、隠棲の末引きずり出された口なんだし

344名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/27(火) 00:57:16.42ID:8FSvk09i0
司馬けいはいろいろと惜しい

345名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/27(火) 01:29:07.06ID:tZNHlXRj0
懐帝といえば、匈奴の捕虜になってから
奴僕の服装で宴会で酒を注いだり皿洗いをさせられたり、帝の傘持ちをさせられたりして
あれが晋帝の成れの果てだと群臣から嘲笑されたというエピソードが有名で
奴隷のような身分に落とされて日夜虐待されてたと思いきや、
意外にも列公に封ぜられて、帝の話し相手にもなっているんだよな。

劉聡 「卿の一族は骨肉の争いを繰り返したが、なぜこのような事態になってしまったのか」
懐帝 「すべて天命によるものです。大漢の興隆も天意であり、そのため臣の一族は自壊したのです。
     もし天意が臣にあるならば、我が九族は協力し合って武帝の大業を継ぎ、こんにち臣が陛下に跪くことは無かったでしょう」
劉聡 「ムム。左様か」

こんな会話が記録されている。後に懐帝には劉聡から側室の一人を妻として与えられた。
しかし最終的には懐帝は処刑されてるんだよな。劉聡の考えてることは良く分からん。

346名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/27(火) 08:35:47.80ID:7cxXwGtV0
懐帝と劉聡ってダーツ大会の話とかしてたしな。

347名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/28(水) 15:02:53.19ID:nZCBtluD0
もしかして:麴充に与えた「節閔公」についても、ガチで哀れんでる可能性が微レ存

348名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/28(水) 15:34:25.09ID:o2UuoSwU0
劉聡が愍帝をイジった(狩りの勢子をやらせた)時は息子から「武王が紂王を嬲り殺しにしたのですか?」と諌められて劉聡が「でも殺すのは忍びないんや」と返しててこれもよくわからんエピソード。

旧西晋の不満分子の炙り出しでもしたかったのかね

349名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/28(水) 15:44:20.63ID:nZCBtluD0
酒毒にやられてあっぱらぱーになった
(orキン準にさせられた)
のかねえ……

返す返すもアル中でごめんね宣言は熱すぎる

350名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/28(水) 18:06:28.17ID:Awtjzfqe0
そんなアル中も漢の最大版図を築いた男だしなあ
まあ、東西の司令官が優れていたんだけども

351名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/28(水) 18:37:11.61ID:lxSROG690
高澄「酒は飲んでも飲まれるな」
高洋「せやせや」

352名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/28(水) 18:49:15.31ID:zPiirnqM0
願後身世世勿復生天王家

353名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/28(水) 21:34:01.18ID:4IJRelXo0
  ∩∩ ぼ く ら の 春 は こ れ か ら だ !  V∩
  (7ヌ)                              (/ /
 / /                 ∧_∧            ||
/ /  ∧_∧     ∧_∧  _(´∀` )   ∧_∧   ||
\ \( ´∀`)―--( ´∀` ) ̄      ⌒ヽ(´∀` ) //
  \       /⌒   ⌒ ̄ヽ、石虎 /~⌒    ⌒ /
   |      |ー、      / ̄|    //`i 劉聡  /
    | 冉閔 | |苻堅  / (ミ   ミ)  |    |
   |    | |     | /      \ |    |
   |    |  )    /   /\   \|       ヽ
   /   ノ | /  ヽ ヽ、_/)  (\    ) ゝ  |
   |  |  | /   /|   / レ   \`ー ' |  |  /

354名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/29(木) 14:01:50.23ID:aHLIABYW0
劉聡が有能を殺しまくらなければ前趙の天下が続いていたかもしれないのに

355名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/29(木) 22:09:23.19ID:BNreZeSf0
粛清した程度で傾く国とかどのみちダメでしょ
生かしといてもどうせすぐ滅ぶよ

356名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/30(金) 01:40:08.57ID:7hENHoxR0
自分の器量において制御しきれないと思ったから粛清するんだろうしな
粛清しようがしまいが滅び方が変わるだけだろうね

357名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/30(金) 03:03:21.81ID:t13qxZ420
>>350
石勒のこと制御できてねえよなアレw

358名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/30(金) 08:12:00.37ID:76VuO7Vz0
張賓だよな「王弥今殺せばいける」って提言したの
とんだ狸

359名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/30(金) 08:35:33.32ID:eRIJMPy00
王浚殺害も張賓が入れ智慧したんやろな

360名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/30(金) 18:35:22.10ID:9kKyEOgt0
>>358
あそこで殺してなかったら王彌が自立していた可能性は高い

361名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/30(金) 22:52:25.80ID:c5PAyquH0
石勒の「仲直りしましょう」「許して下さい」には、「月が綺麗ですね」並の趣がある

362名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 01:20:46.46ID:V+NH3eSq0
石勒対石虎という毒電波を受信した

363名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 01:25:22.60ID:rAuPXQm80
石勒は慕容垂ほどではないけど義理低いのに妙に恩義に厚いのが面白い

364名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 01:26:26.98ID:4csDDGRF0
程遐徐光が石虎を排除しようとしたのが先なのがキナ臭い

365名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 01:32:37.97ID:NswwSY980
なんか晋の皇帝って可哀そうになるな。
劉曜と羊皇后の間でもこんな会話があったな。

「のう后よ。朕と、司馬の小僧(恵帝のこと)とでは、どちらが天子たるに相応しいか?」

「比較になりませんわ。陛下は天下に覇を唱える英主、あの男は亡国の暗主。
 国どころか妻子さえも守れない人でした。高位高官の娘に生まれた私は男を信用できなくなり
 早く死にたいとさえ思っていましたが、後に陛下に巡り会えて、初めて逞しくて頼もしいお方を知りました。
 今はこうして陛下の后となることができ、本当に幸せでございます。」

「うわははは。左様か。」


これをどう捉えるか。蛮族の王妃になってしまった以上、生き残りのための必死のリップサービスかもしれないが、
最後の最後に掴んだ幸せをかみしめた上での、本音の発言ともとれる。
羊皇后って、三国志演義に出てくる、晋の天下統一に貢献した羊コの一族だよな。
建国の功臣の家系の皇后にまでdisられる晋帝って。

366名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 01:35:36.90ID:wxQAxQOZ0
そりゃ前の旦那ガイジやからな

367名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 01:51:07.89ID:KVdDgJxJ0
恵帝の美談?は本当なのかね「これは余を守って死んだ臣下の血だ〜」っていうくだり

劉禅も気の毒だよねw自分よりはるかに下の暗君がちょっと先にわんさかいるのに演技のせいで中国暗君の代表みたいにされちゃってwww

368名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 02:04:50.61ID:NswwSY980
羊氏もこれだけ翻弄されたら、晋に嫌気がさすのも無理はないかな

300: 誅殺された賈南風の後継として、恵帝の皇后に立てられる
301: 1月に廃位、4月に復位
304: 2月に廃位、7月に復位、8月に再び廃位、11月に復位
305: 4月に廃位、11月に復位するも、再び廃位
306: 6月に復位、11月に恵帝が死去し、皇后位を去る

311: 劉曜の攻撃で洛陽が陥落し、平陽に連行される
    その後劉曜の目にとまって妻となり、3人の子を産む
318: 劉曜の即位とともに皇后に立てられる
322: 死去 劉曜によって手厚く葬られる

369名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 06:13:09.77ID:4csDDGRF0
>>367
恵帝は別に国滅ぼしてないぞ
懐帝が決定的にやらかした

370名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 06:49:39.48ID:KeqOPUXC0
>>368
晋時代より立場が安定したのは揺るぎない事実なんだよなぁ
割りと本心なんじゃないの

371名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 07:03:48.83ID:4csDDGRF0
>>363
郭敬や師懽に報いているのを見ると義理は高いだろ
義理低いような逸話ってあったっけ?

372名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 08:44:41.42ID:gE9MB+KH0
>>367
習鑿歯「阿斗ちゃんを暗君にしてスマンな」

373名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 09:43:44.60ID:Wn80lBCs0
>>368
晋の妃となってたのが11年
劉曜の妃となってたのが11年
境遇見てると、後の11年が幸せだったと思うんだよなあ
もしかしたら、蘇峻の乱のときの庾文君みたいになってたかもしれないし

374名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 10:19:48.87ID:aCVTE58x0
創作だったら王弥の軍にレイブされてる羊献容を劉曜が「この女はオレが連れて行く」とか言って連れてくとこだよな。

375名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 11:10:13.97ID:wnDEXDzI0
石勒はなんかヤクザ的なんだよな

376名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 11:48:21.55ID:8r7ryFjM0
河北は遊侠の徒の産地だと思う

377名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 12:09:33.21ID:TZCDTGmi0
石勒は劉琨の甥の劉啓も「劉琨にはママと石虎を助けて貰ったから」って助けてるんだよな。

378名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 12:38:54.34ID:KeqOPUXC0
汲桑なんてまさにあれ任侠でしょ
ヤツから初期に受けた影響は大きそう

379名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 12:51:31.49ID:0q02kC6k0
ネットで李淵や李世民を侠として評価してる人見かけたけど、どう見てもファッションやろあいつら

380名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 13:31:47.52ID:TVVfupqb0
>>379
歴代の侠者が「鮮卑の狂犬ども獣とは貴様らの如きを言う!」とか怒り出しそう。
https://i.imgur.com/oOoi0ki.jpg

381名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 16:19:29.57ID:5zsNKEz70
よく言われるが、李世民と康熙帝ってどっちが中華最高の君主なの?

382名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 16:30:45.66ID:yzUluors0
何をもって「最高の君主」と定義づけるのか

統一事業の速さか?
制圧した領域の人口・面積か?
創建した帝国システムの持続期間・効率性・柔軟性か?
その後の帝国の人口増加率か?
安定した後継者選定による政争の未然防止か?

そもそも名前の上がった両者は統一事業の最終ランナーではあるけれど
一代でそれをやっちゃった人らには及ばないのではないかという意見も出てくるのではなかろうか

383名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 17:02:07.05ID:uJeOq5GH0
俺の感覚では康熙帝。李世民て次代でほぼ乗っ取られてるし

384名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 17:49:17.71ID:Hogdk7Dc0
光武帝なんかは創業と守成を一代でやってるんだっけ
石勒は劉邦の方が上って言ってるけど

朱元璋も粛清なければ守成もしっかりこなせる時間はあったよな・・・

385名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 18:04:04.23ID:Fdwy6YAP0
隋文帝「女遊びはさせてもらえず働き過ぎな位がんばったのに西晋よりも短命とか…orz

386名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 20:57:05.96ID:pBzlAknA0
この時代の簡単な年表作った事あるけど
五胡の国々は
最強国が入れ代わっても、それに服属したり離反(再独立)したりして
完全に滅亡するまではしぶといんだな

387名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 21:00:49.59ID:pBzlAknA0
この時代(に限らず?)
○○が部衆を連れて○○に移ったとかいうのは
「東京都民が全員大阪に移住した」みたいな感じなのかな

388名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 21:37:44.05ID:p4WTbu+/0
>>385
王莽「俺だってお前よりも頑張って中国最長期の王朝に回帰しようとしたのにどうしてこうなった」

389名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 22:58:26.26ID:5zsNKEz70
始皇帝、光武帝、李世民、朱元璋、康熙帝あたりが五本指かな
劉邦、趙匡胤、永楽帝、雍正帝、乾隆帝を加えて十本指や

390名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 23:48:59.75ID:48wNNZmV0
五胡十六国時代〜隋唐まで見渡したらどうみても楊堅の方が李淵李世民親子セットより上だわ
楊堅を低く評価する点ってどっかにあったか?

391名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 23:49:00.96ID:MMLIj8nb0
1950年代位であっさり自然死してれば、毛沢東さんがナンバーワンだろ

392名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/31(土) 23:52:38.85ID:5zsNKEz70
毛さんは軍事的には天才だが、天下取った後の治世がな・・・

393名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 00:06:12.85ID:SHrhavxa0
劉邦「農家出身です」
朱元璋「農家出身です」
豊臣秀吉「農家出身です」
毛沢東「農家出身です」
ポル・ポト「農家出身です」

394名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 04:37:43.10ID:NPSOX0td0
周恩来は中華王朝によくいる「初期に偶然回収出来た優秀なNo. 2」だなぁ
蕭可、趙普、李善長みたいな

395名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 07:23:31.00ID:p4ulchVF0
>>390
海西の菩薩天子さんは天下とりまでの過程が楽すぎるのがね。

396名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 08:14:02.21ID:YRd/fU3I0
>>395
南朝滅ぼすのは楽じゃないだろ
むしろ一番の難事業だわ

397名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 09:31:29.86ID:NPSOX0td0
大運河完成前の江南は本当に攻めにくいので舐めてはいけない
宇宙大将軍は皇族の不和をついて渡河の手引きがあったし

398名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 09:39:04.37ID:zaZnfiVF0
太武帝が長江渡れたとは思えんが
もし渡っとったら普通に河西や漠北で反乱起きそう
そうでなくとも朝廷内に怪しい連中おるし

399名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 09:43:40.67ID:M73hMWNx0
何故かスルーされる司馬炎さん

400名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 09:51:39.47ID:zaZnfiVF0
張悌さんがなぜかカミカゼアタック気味に自爆死したのは草
もう少し戦い方あったやろ

401名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 10:24:02.29ID:s5SfTqch0
ケ艾(補給切れかけ)から手紙で挑発されてわざわざ野戦挑んだ諸葛瞻よりましな気が

402名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 10:31:52.75ID:zaZnfiVF0
亡国の瀬戸際にあって自暴自棄にならなかった謝安の方が逆にヤベーだろ

403名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 12:32:13.38ID:SHrhavxa0
劉禅「敵との国力差あり過ぎて無理ゲー杉」
陳叔宝「ですよねー」

404名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 14:45:13.76ID:nIiR+xR60
仇池のしぶとさ、楊一族の有能さはもっと評価されてほしいもの

405名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 16:23:04.49ID:qQIxDWuk0
小前亮「王道の樹」読んだけどいくらなんでも苻堅きれいに書きすぎじゃねえ?
(作者本人も内心思ってそうな書き方だったけど)

406名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 16:50:22.71ID:uJW3vtXW0
>>405
三国志演義に出演するみなさんが滅ぶので…

407名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 19:12:43.95ID:EQ+yAZtq0
>>400
その辺は轟沈艦の艦長みたいに
沈み逝く艦船と共に殉じる美学
日本人は張悌さんはじめ孫呉の子孫説は
朱然の墓の出土品からも関連性が唱えられている

408名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 21:43:22.56ID:qWEODfnh0
>>402
アレは自暴自棄と言うべきではなかろうか

409名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 22:05:13.69ID:SHrhavxa0
武廟六十四将

斉:管仲  越:范蠡  田斉:孫臏・田単  趙:廉頗・趙奢・李牧  秦:王翦

前漢:曹参・彭越・周勃・周亜夫・霍去病・衛青・趙充国・李広

後漢:ケ禹・呉漢・馮異・耿弇・寇恂・賈復・馬援・段熲・皇甫嵩

曹魏:ケ艾・張遼  蜀漢:関羽・張飛  孫呉:周瑜・呂蒙・陸遜・陸抗

西晋:羊祜・杜預・王濬  東晋:陶侃・謝玄

前秦:王猛  前燕:慕容恪  劉宋:檀道済・王鎮悪

北魏:長孫嵩  北斉:慕容紹宗・斛律光

梁:王僧弁  北周:宇文憲・于謹・韋孝寛  陳:呉明徹

隋:楊素・賀若弼・韓擒虎・史万歳

唐:李孝恭・尉遅敬徳・蘇定方・裴行倹・王孝傑・張仁愿・王ラ・郭元振・張斉丘・郭子儀

410名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 22:08:49.11ID:SHrhavxa0
王猛がいるなら諸葛亮がいてもいい気がするがな

411名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 22:17:11.53ID:uBqm7R1L0
三国志を読んだ後、その続きを知りたかったのが、五胡十六国時代に興味を持ったきっかけなんだが、
当初は、司馬懿、司馬師・司馬昭、司馬炎の三代にわたる帝位簒奪劇がむっちゃ胸糞悪かったので
晋王朝の短命、帝室の不幸にはざまーみろと思ったものだ。
(もっとも曹参の末裔でありながら漢から天下を奪った魏の曹家も、ざまーみろなんだが)

ただ悲しいのは、魏の時代に司馬氏に取り入って簒奪劇の悪謀をめぐらした賈充がいたが、
この建国の功臣の娘(賈皇后)が、のちに朝政を私物化して、政敵を粛正し、邪魔な司馬氏の王族も殺して、父と正反対のことをやらかした。
怒った司馬一族が賈皇后を誅殺し、賈氏一族も皆殺しにしたが、時すでに遅し。
国家の重鎮が殺し尽くされ、外に目を向ければ匈奴の勢力はいよいよ増し虎視眈々と天下を狙っていた。

かつて簒奪劇で手を組んだ者同士が、あさましい粛清合戦を繰り広げて共倒れしたあげく、西晋滅亡
というのが何とも皮肉だ。

412名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 22:26:21.83ID:cIVc53Hi0
>>410
諸葛亮はひとつ上の十哲に入ってる

413名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 23:15:21.03ID:DQ1V1sA+0
>>391
そこで終わると毛沢東のボスである同志スターリンがナンバーワンやんけw
1950年代であっさり自然死する毛沢東は悪名こそマシになるけど創業者としては半端
軍将としてみたら解放軍の元帥や上将には及ばない、統治者としてはこれから

414名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 23:20:02.88ID:2HSZBmuD0
>>412
明らかに実績では格落ちなんだが書物での「主君を立てる理想の宰相」ってキャラが唐代にはもう固まってたという証左にもなりうるな

415名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 23:20:50.96ID:qWEODfnh0
>>411
ずいぶん美しい歴史観に生きてんだな
まぁ、止めはしないさ。

416名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 23:22:57.70ID:tvjGVuXD0
そう言えば蕭何の子孫って基地外とか宗教に填まる奴とか碌な奴がいないな。

417名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 23:48:22.35ID:DQ1V1sA+0
>>414
武廟に格落ちがまじるのはよくあることだしな

418名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/01(日) 23:53:42.88ID:qWEODfnh0
>>417
おおっと王鎮悪さんの悪口はそこまでだ

419名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/02(月) 00:01:01.94ID:X1b/FQa80
>>410
常識として知っている人も調べた人もいるだろうが、一応。

武廟十哲
姜斉:司馬穰苴
呉:孫武
魏:呉起
燕:楽毅
秦:白起
前漢:韓信、張良
蜀漢:諸葛亮
唐:李靖、李勣
※武廟とは太公望・呂尚の廟

孫武も楽毅も韓信も李靖も六十四将にいないから妙だと思った。
唐の徳宗期の選定とのことだけど、今選定すると唐後期〜現代の誰が加わるのか?
芳樹先生が十哲と六十四将のリストを見たら(知っているかもしれないけど)カーッとなりそうだな。

420名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/02(月) 00:35:24.56ID:K4HEimzS0
もっとも、東晋の皇帝は始祖たちよりは良心があるらしい。
明帝は、王導から司馬師・司馬昭の行為(曹髦殺害など)を聞くと、顔を覆って
「そんな大逆非道を働いたのなら、我が皇統は永くは続かないだろう」と言った。

魏の後期における司馬一族の専横と陰謀は、後世の司馬家支配の晋代でも周知の事実になっていたようで、
桓温は、閑居の身であったとき
「このままでは、俺は名声どころか、景文(司馬師・司馬昭兄弟)のごとき悪名も残せなくなってしまう」
と嘆じたという。

421名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/02(月) 00:39:34.56ID:ZGAxBuoh0
田中先生、武将百選の時李牧の事見逃してたわー言ってたから少なくともその時は知らなかったんだろうね
そう言えば陳慶之はいないな

422名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/02(月) 02:12:29.67ID:i79lcBMZ0
>>419
呉漢ないな

423名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/02(月) 02:40:30.08ID:HjDSUaKP0
司馬家支配いうても有力なのが殺しあってほとんど居なくなった後の名目王朝だしなあ

424名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/02(月) 06:02:40.15ID:ggD/xtke0
>>422
六十四将の方に入ってるぞ

425名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/02(月) 20:01:22.23ID:Rf93SYhp0
>>419
正直戦績微妙なヤツが半分ほどいるよな…

426名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/02(月) 20:33:55.70ID:HJaYpdBp0
>>425
張良とか率いれば負け指揮官だろ

427名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/02(月) 23:11:15.68ID:4dQLU+8X0
ほぼ経歴不明の人とかほぼ一発屋とかがベスト10に入る釣り人の廟だぞ
実績がどうとかこまけぇことは気にするな

428名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/03(火) 00:13:42.16ID:2wROfikX0
司馬氏の印象が悪いのはやっぱ司馬昭の曹髦殺害が大きいだろうなあ。
しかも実行犯の成済に全部罪を押し付けてるし。
因果応報か、八王の乱と漢の皇族殺戮で、司馬昭・司馬炎系の皇統は断絶してしまった。

曹操でさえ、ここまでの大逆のエピソードは無かった気がする。
吉平のアレは演義の創作だし、
演義では忠臣扱いされてる董承も、実は元董卓系の武将で、曹操による粛清はただの権力闘争。血の密勅なんて受けてないw
曹操がやったのは伏皇后を殺して、自分の娘を献帝に押しつけた。

429名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/03(火) 00:17:00.19ID:k9Xhr5ny0
ぶっちゃけ跋扈将軍(笑)梁冀の方がクズっぷりは酷いんだなぁ。
曹操や司馬昭はおろか董卓ですら温厚な紳士にみえるレベル

430名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/03(火) 00:36:41.19ID:osDBAEC3O
>>419
朱重八「あ゛?皇族でもねぇ癖に武成王たぁフザケたジジイだな。オメェ今日から武廟から完全追放。名臣枠に入ぇってろ!!」

のちに何故か紅い顔の長髯さんとか腕に四文字入れ墨の人が、その後釜に据わったとか据わらなかったとか。

431名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/03(火) 09:05:54.11ID:DubFpGZE0
>>430
腕にfxxk……?

432名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/03(火) 12:40:48.41ID:pUi3EyN+0
田中の武将百選は慕容恪の存在を完全無視してるんだよなあ。散々武廟六十四将を引き合いに出しといて慕容恪の存在を知らなかったはあり得ない。異民族差別ここに極まれりですわ。

433名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/03(火) 13:30:50.01ID:zCr40Qcz0
慕容格は一応ガイエの「政治的功績の方が軍事的功績より大きい人はスルー」の縛りに入ってるからじゃね。王猛も入ってないし。
(後書きでは苻融ともに取り上げてるけど)
そもそも陳慶之も忘れてるし。

434名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/03(火) 14:09:24.99ID:ZDr3nXl40
>>433
凄え恣意的な基準ではあるよな
選者が一方的に「こいつは政治的業績の方が大きい」とか主張すれば将よりも相として評価されるって

435名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/03(火) 16:06:37.95ID:PwPGQU1R0
たとえ守備範囲の時代であっても普通によく知らなかったがありえる田中芳樹氏じゃね?

つかスゲェわかりやすく恣意的なガイエの評価が公平な訳ないやろ!笑

436名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/03(火) 16:12:16.73ID:hiV8mj550
まあ曹操司馬懿ありで桓温なかったりとか
語り下ろし形式なのもあって選別適当やからね。

437名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/03(火) 17:33:47.94ID:rZAJ2W7p0
呂光は左腕に巨覇って文字が浮かんでたらしいな

438名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/03(火) 17:50:30.06ID:Q5FOLESw0
頭悪そう

439名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/04(水) 21:02:49.55ID:SG5kFT2T0
陳安が字を虎侯にしたのめっちゃ厨二

440名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/05(木) 06:55:33.06ID:nJgucK7I0
許褚のファンなのかね

441名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/05(木) 15:09:10.55ID:lT/66QqY0
冉閔

442名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/05(木) 17:19:08.74ID:vL0FWxAT0
棘奴

443名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/05(木) 20:32:37.62ID:XZk2ydTF0
改名で一番厨二っぽいのは黥布かな

「英」布という姓名を持ってたのに
占い師に「入墨を入れられて、そのあと王になる」と言われて
その後罪を犯して入墨の刑罰を受けたら
「あの占いは当たってるぞ」と喜んで、姓を黥(いれずみ)に変えちまったからな

漢の創成期は、こういうDQNが一躍王侯貴族になるから面白い

444名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/06(金) 05:12:24.07ID:xZyo7Mhj0
南北朝のDQN命名と言えば宇宙大将軍だけどあれって当時からそのまんまの意味(当時から宇宙と呼ばれていたのか)かまたは近い意味合いで付けたのかね?

445名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/06(金) 06:55:56.89ID:mjZxOXOv0
天上天下唯我独尊的な感じやろ

446名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/06(金) 21:54:54.63ID:lywR6u+W0
淮南子かなにかによると、宇宙=全世界(東西南北)+全時空(過去現在未来)という意味になるらしいから
漢籍的な感覚だとDQNというより厨二病的なアトモスフィアじゃないかなあ

447名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/06(金) 22:19:18.10ID:ytRfNLiU0
ぶっちゃけ宇宙大将軍の乱は確かに酷いけど
梁の皇族がもう少し責任感があったら
最小限のダメージで済んだ気が。

元帝なんて西魏(実質北周)宇文泰に「弟がオレをイジメるから後ろから弟を殴ってくれ」的な事を言い出してるし。

448名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 00:59:06.48ID:43gWMkoN0
五胡十六国・南北朝は民族ガラガラポンの面白い時代なのに
扱いが地味なんだよなあ。
世界史で機械的に覚えてる人だと、後漢と晋の間に三国時代があって、晋と隋の間にまた長い動乱時代があった
くらいの認識しかないらしい。
漢と晋とでは、人種的・文化的にはほとんど同一だが、晋と隋ではまるで違う。

隋唐なんて事実上の鮮卑族王朝だし、
かつて辺境を荒らしていた鮮卑や匈奴たちが、隋唐には衣冠を正して華夏の中枢を担うなんて感無量じゃないか。
隋の高祖の奥さんは独孤さんだが、尉遅さんも好きになってしまった。
日本の平城京のモデルにもなった、長安の新都市をデザインしたのは宇文さんだぞ。

449名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 01:15:32.99ID:WwIA/9T40
>>448
伝統的な鮮卑の血統ですらなくて辺境防備の馬の骨たちのルサンチマンから生まれた王朝だと思うぜ→隋唐
ルーツがごちゃごちゃし過ぎてて漢族だの鮮卑だの結論出てないけど切り分けできない時点でもう馬の骨

450名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 01:16:49.82ID:WwIA/9T40
血統を飾らなかった時点で石勒って凄えと思うよ
前秦苻氏は圖讖に頼った

451名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 01:56:16.26ID:6TZKg8P50
>>449
海西の菩薩天子「ウチは楊震先生の子孫やぞ」
天可汗「ウチは李信将軍の子孫やそ」

452名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 09:12:36.46ID:ul3JntxE0
李世民も漢族と鮮卑のハーフ
てか兵馬俑みてても今の中国人とあんまり変わらん顔つきだし
基本的に人種はそこまで変わってないと思う

453名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 09:24:44.83ID:SFKG08nW0
>>450
劉邦リスペクトも肯けるな。

454名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 09:41:09.85ID:WwIA/9T40
人種的に見たら晋明帝(黄色い体毛)や晋孝武帝(母ちゃんがゴッツい体格のインド?系)の方が李世民よりコーカソイド的風貌がキツかったのでは
孝武帝の場合ドラヴィダ系の可能性も否定できないが

455名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 09:48:44.94ID:jmgogQkO0
みんな二メートル超えてる劉淵一家とかビビるわなぁ

456名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 10:11:44.36ID:gsmqSlf/0
毛が黄色いってのは実際はどんなもんなんだろう
それこそ曹彰だって黄色い髭と記録されてるんだし

457名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 12:49:51.69ID:lzsI+di90
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458名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 13:44:07.14ID:v0NvIXbA0
>>456
赤毛のアンとかも、日本人から見たら「ブラウンだろ?」だしなー

多少茶色がかってきたら言われるんじゃなかろうか

流石にアングロサクソン系みたいのがいたとは思えないし

459名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 13:56:09.26ID:6YEFm8sf0
>>451
こいつらホンマに草

特に李虎なんて変に神格化されたせいで実情不明とか何やねんコイツ

460名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 14:49:08.15ID:+yOdx3Eq0
>>448
普通の書店にあるような中国史本、世界史本での両晋十六国+南北朝の300年、あと五代十国の100年の扱いのペラさにはいつも悲しくなる。
三国志から隋の大運河まで一気に飛んでしまう感じだものな。

拓跋さんは元さんに改めた。
普六茹さんや大野さんは元々楊さんや李さんだったことにしてしまった。
独孤さんや宇文さんはその後も北族由来丸分かりの姓を使い続けた。
これらの違いはどこから来るのか?

461名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 16:13:06.48ID:9pgK/qac0
でもまぁ色々と歴史の中に分け入った時の個々人の破天荒なまでの動向の面白さはともかく
通史として俯瞰的に把握するなら次の時代のスタンダードが決まるまでの生みの苦しみの混乱期という認識で十分だしなぁ

462名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 16:27:04.49ID:kIPgTbNL0
東晋対後趙→前燕→前秦のフェーズと
宋斉梁対北魏のフェーズと
梁北魏崩壊後の三国鼎立から統一に向かうフェーズ
これらは結局別物でいっしょくたに「魏晋南北朝」とか括るから扱いがペラッペラにされてるんだと思う
特に末期の三国鼎立の時代は隋唐世界帝国に向けての助走期間でもあるわけだからもう少し丁寧に説明されるべきじゃなかろうか

463名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 18:33:13.57ID:mZ4SJmbR0
ユ亮とユ翼、愛され具合ならユ翼の方が上だな

464名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 21:07:05.45ID:ul3JntxE0
司馬炎と李世民
どこで差がついたのか、慢心、環境の違い

465名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 21:19:08.84ID:9zqNH46K0
>>463
ユ亮は失脚前はプライドの高い嫌味な名門キャラだけどユ翼の方は多少親しみやすい性格してる印象
西府預かってからは王導嫌いなこと以外は部下の面倒見も良くなった感じ

466名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 23:11:01.35ID:v0NvIXbA0
>>463
圧倒的勝ち組は案外冰じゃねえのかとかは思う

467名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 23:15:04.82ID:v0NvIXbA0
>>464
ほぼ平定待ったなしとよりによって大分裂との違いはあるが、更に言えば李世民は漢滅亡以後の「大帝国のしくじり」を蓄積出来た。

五胡十六国とか言う「やっちゃいけないこと」のモデルケース祭はやばい。人間、成功する理由は見出せないが、失敗する理由なら見出せるしな。

468名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/07(土) 23:28:29.71ID:SFKG08nW0
司馬炎の時も樹機能、劉猛の乱起きてたけど李世民のとき見たく長安近郊まで攻め込まれて略奪されても何も出来ないってほど酷くはないからなぁ。

それこそ一代で劉邦から武帝のあたりまで持っていたから

469名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/08(日) 01:15:33.43ID:KiefAGLk0
>>460
北魏孝文帝の時代に胡姓が廃止されて漢姓に統一、
その後軍閥が実権を握ると胡姓を復活、
北周の世になると逆に漢人にも鮮卑姓を与えて改名させ、
北周末期にはそれも撤廃。
孝文帝の政策以降、漢胡の通婚・混血も進んでいて、自分のルーツが分からなくなってる人も多かったと思う。

北周末期の姓の「自由化」で、好きな方名乗れってことになって
精神的に漢化した人は漢姓を、鮮卑や匈奴の血筋を誇りたい人は胡姓を、
出自によらず今の姓に馴染んでいて変えたくない人は、そのままの姓を名乗ったんじゃないかな。

楊さんと李さんは、漢の名家の末裔を自称するくらいだから、相当漢化していたのだろう。
もしくは六鎮の社会を生き抜いてきた本当の漢族だったかもしれない。
独孤さんは、匈奴屠各種の名門で、北魏時代から歴代皇室と繋がりを持ってきたから、ルーツを大事にしたかったのかな。

鮮卑語話者は唐の時代に消滅し、民族自体は完全に漢族に吸収されたが
鮮卑姓や匈奴姓はそのまま残存し、唐はもちろん宋代の著名人の中にも宇文、呼延、慕容といった五胡時代の匂いがする姓が散見される。
事実上の漢姓として扱われ、一部は朝鮮半島にも伝わり、現代まで残存しているのもある。

470名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 18:53:53.66ID:jsVdG7HQ0
李淵は石勒と同じジレンマに陥った感が強いわ
軍事上の必要性から有能な指揮官の李世民を粛清するのに躊躇した結果簒奪の悲劇を招いてしまった

471名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 19:47:56.87ID:7q8lGdRm0
李世民の行動は
内部抗争だけど、簒奪って言うのかな?

472名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 21:22:22.88ID:F9meFHle0
グランドジャンプの「こうううんりゅうすい」に李淵が出てきて草

473名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 22:09:53.66ID:t3ks0hlK0
>>472
徐福と始皇帝と卑弥呼がその後の日本の歴史をずっと見ていくって漫画じゃなかった?
ちょっと前は聖徳太子や推古天皇や蘇我三代が出てきていたけど。
唐高祖よりも隋煬帝の方が出てきそうな気もするけどどんな感じなんだろう?

474名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 23:42:18.36ID:/Y2k62H5O
>>471
方孝儒「唐太宗など燕賊の仲間っス!燕賊!燕賊!」

475名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/10(火) 01:01:28.06ID:D7z0qjro0
>>474
永楽帝「お前らがワイを謀反に追い込んだんやろが!このマッチポンプが!」

476名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/10(火) 17:21:55.75ID:ZRXUS8S30
もし東晋がヒスイの戦い後に再統一なんかしてたら三國志演義の続編?の両晋演義(だっけ)も話題になったのだろうか

東晋の皇族は三國志の後半の主役である諸葛氏と司馬氏の血を受け継いでるし
異民族に一族ほぼ殺されて僅かな生き残りだけで再興し最後は統一とか経過だけ想像するとロマンがあるが

477名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/10(火) 18:09:57.74ID:duyk+8Do0
>>476
戦犯 司馬道子

478名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/10(火) 20:50:04.04ID:MxKdgQIK0
ないない
慕容垂が戦力完全に温存しとるがな

正直、劉裕でアレに勝てる気がしない。

479名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/10(火) 22:45:48.71ID:nrQKoZc+0
物量あれば負けながらでも劉牢之みたいに戦線は押し戻せるから劉裕なら慕容垂には五分五分の勝負狙えるだろ

野戦で慕容垂に勝ったことのある朱序って凄えわ

480名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/11(水) 00:06:06.52ID:/5mxn6k50
史実通り息子がポカやって主力壊滅させてたらどうにもならん
ような

481名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/11(水) 05:18:40.06ID:ydg1aF6y0
>>480
後燕が滅亡したのは慕容垂死後に北魏が侵攻してくる最中にあっても跡目争いに没頭していたからであって
参合陂で主力を損耗したからではないと思うのだがな

482名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/11(水) 05:35:28.06ID:ti3+4YMK0
劉裕さんはヤンの頭脳をもつオフレッサーだけどそれでも慕容垂には手を焼くだろうね。

483名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/11(水) 05:57:27.77ID:ydg1aF6y0
慕容垂ははじめから身分高い上にシスコンじゃないラインハルトだから…

484名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/11(水) 22:37:31.99ID:12KN7Evq0
>>476
君権の弱さ半端ないからすぐ簒奪されそう

485名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/11(水) 22:46:01.58ID:36LDP3bL0
でも宗族に嫌忌されて追い出されちゃうじゃん

486名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/12(木) 03:10:01.41ID:qOSYuqfA0
個人的には羅貫中が東晋と五胡の連中にどういうキャラ付けをするのか気になる

487名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/12(木) 08:16:23.43ID:b7pKxERG0
羅貫中じゃなくて平話以降の連綿とした流れだから……

488名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/12(木) 11:01:36.27ID:i32f38MY0
世説新語のキャラづけに引きずられておしまいだろ
桓温が梟雄じゃなくてツンデレキャラ

489名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/12(木) 12:15:06.67ID:Y0RtKOB10
【マイトLーヤと放射能】 『不必要に死んでいます』  『人間の脳に作用』  『問題は、日本政府』
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1523495859/l50

490名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/12(木) 12:59:26.49ID:zyTc97NG0
後燕建国した後の慕容垂とか迷走してるイメージしかないわ。不意討ちでギョウ包囲したのに陥落させられず最後に逆転したとはいえ劉牢之に押しまくられるわ最後は参合陂で主力壊滅して憤死とか

491名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/12(木) 13:22:02.54ID:twYxTeKA0
前秦から独立した時点でもう58くらいだしな

60超えたらお迎えが来る時代によくも70まで現役でハッスルできたもんだ

492名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/12(木) 18:09:44.23ID:FAI2Tjnb0
そう考えると慕容恪って生年はっきりしてないけど亡くなったの多分40半ば〜行ってて50前だよね
(亡くなったのが367年慕容垂42の時)つくづくもったいない

493名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/12(木) 21:01:13.20ID:oKzBBnHI0
五胡十六国から南北朝時では、
北朝が南の人間を「島夷」(島国の土人)呼ばわりし、
南朝が北の人間を「索虜」(辮髪野郎)呼ばわりしていたらしい

胡族も中原に進出するや気分はすっかり「華夏の人」で、
江東の人間を蛮族扱いするとはずいぶん偉くなったもんだが、
何で島夷なんだろうな
日本人のようにリアル島国住民なら分からんでもないが、
大陸でも、南船北馬、湿潤気候の華南の住人なら、「水辺の蛮人」くらいの意味合いになるのかな

494名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/12(木) 23:05:37.69ID:b7pKxERG0
>>493
長江を海に見立てて、海の向こうの蛮人、みたいな感じであざけった、って感じだったと思う、確か

都から海を渡って逃げ出したヘタレ、的な

495名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/12(木) 23:15:43.67ID:i32f38MY0
>>492
慕容恪が長生きしてたら建前だけでも前秦が桓温に帰順しそう
そうなったら魯陽の慕容垂マジで死ねる、…いや、生き延びるか

496名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/13(金) 01:24:21.07ID:3iNY9WfF0
桓温が北伐やった時の前秦って死にかけだったしな

497名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/13(金) 18:25:04.26ID:yFSArd0x0
>>494
代が都の人たちに言われても「はぁ」としか言えんわ

498名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/13(金) 19:16:48.99ID:lgjxvYNu0
それ気にしてたから遷都したんだろうねぇ

499名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/13(金) 21:49:42.16ID:+/S7030a0
>>497
なんつーか。

「俺が正しい! 俺以外正しくない!」
って言明してくる人間は、
時代地域を問わずいくらでもいる。

この衰退著しいジャパンで、この期に及んで
ジャパンサイコー!
ジャパン万歳!

って言ってる奴がどれだけいる?


代を都としてる俺らが時代の最先端!

って思ってる奴らは幾らでもいただろう。


あんま神の視点で
奴らの二人称を評価するもんじゃないぞ。

いや、してもいいけど、
それをやらかすと「奴ら」と
実態からはどんどん離れてくぞ。

500名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/13(金) 22:40:02.83ID:TFWxKfUD0
>>494
まぁ確かに腰砕けのヘタレではある(笑)
南遷した漢人のレコンキスタは永遠にならず

501名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/14(土) 07:14:06.54ID:Tdk8iVG70
>>498
崔浩「せやせや。あんなの野蛮人が住むとこやからね」

502名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/14(土) 07:21:07.35ID:BGo4LWBV0
>>499
建康はその後も都として何度か使われたことあるけど平城は北魏後半は単なる辺境の旧都まで落ちぶれてその後は泣かず飛ばず
まだ薊県を使った方がセンスあったんじゃねえのかな
そういう点では慕容部の方が先見の明があった

503名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/14(土) 07:46:05.40ID:mLTiegg40
北斉の皇族って結構有能多いな。まあ皆死ぬんやけど

504名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/14(土) 07:58:27.33ID:FeD8LYKC0
蛮族しかおらんやんけ!

505名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/14(土) 19:44:50.30ID:KOhUmup50
>>491
竜造寺家兼「息子と孫全員ヌッ頃されたので94歳だけどハッスルハッスル!(実は曾孫は生きてるよテヘッ))」
呂岱「俺92歳で老い先短いのに71歳の小僧孫権に後事託されたorz」

506名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/14(土) 20:08:21.59ID:zDBcdrgk0
蜀役人、「諸葛丞相が存命中の時はそれほど特別なお方のようには見えませんでした」

507名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/14(土) 20:21:54.02ID:zKcDa0de0
>>491
戦国時代に室町幕府の申次衆であった伊勢宗瑞が駿河に下向し、
今川範満一派を滅ぼして興国寺城を与えられたのが56。
その後、堀越御所を襲い、足利茶々丸を滅ぼしたのは64。
小田原城を奪取したのも64。
それから相模に勢力を拡大し、三浦一族を滅ぼして相模を平定したのが
何と85。その後、87で長男氏綱に家督を譲って引退し、翌年88歳で死去。

上には上がいるものだよ。

508名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/14(土) 20:54:31.04ID:WrjiX0nF0
北斉は後主(高緯)の清々しいくらいの屑っぷりが印象的だ。
北斉に限らず、この時代は亡国の人材が豊富だねw

宋の前廃帝、後廃帝、南斉の廃帝鬱林王、廃帝東昏侯、北周の宣帝(自称天元皇帝)、陳の後主

北周は南北統一目前だったし、武帝の次がもうちょっとまともなら、中国史でも特異な、鮮卑族による統一国家が誕生していたかもしれないのに…
(隋唐も鮮卑系王朝だけどね。ただ創業者が漢化してしまいその自覚が無かった。)

509名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/14(土) 21:25:14.47ID:bVCT9ePB0
>>508
楊堅というバランス感覚の塊

正直楊堅>李世民だわ
太宗の代わりは建成で務まるかもしれないが楊堅の代わりは前後の時代見ても不在

510名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/14(土) 21:30:01.41ID:fk9tFWI90
>>507
最近の学説だと、伊勢宗瑞は享年64歳で、
その辺の経歴は全部24歳若返るんだよなあ

511名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/14(土) 21:55:52.25ID:VpPtIwpH0
>>505
龍造寺家兼爺さん、92歳だったような。
それでも当時ではおろか、今の時代でも化け物だけどw

512名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 00:00:45.71ID:Pgslav6P0
拓跋力微「みんなわしのこと忘れてないか?」

513名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 00:08:03.50ID:1xM8jsDo0
推定七十代で劉淵を仕込んだ劉豹もなかなかのもんかと

514名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 00:23:16.01ID:7nN4rjwo0
劉淵は劉宣(劉豹の父の兄弟?)の子の説もあるんだっけ名目上は大叔父だけどこの人も相当な年齢だったはず

515名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 00:24:56.25ID:1xM8jsDo0
>>514
そんな説聞いたことないわ
そんなのあったら北魏が弄り倒してそう

516名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 01:31:31.94ID:JGssW5nI0
胡太后複数居て紛らわしいな。経歴も似てるし

517名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 07:59:10.97ID:YmTv6joN0
上党馮氏って漢代からの旧家なんだよな
隴西李氏や趙郡李氏といい、華北は何だかんだで旧名門が脈々と生き延びてたことになるわけか

518名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 09:59:59.84ID:S9triBL90
江南貴族の方が宇宙大将軍の乱以後崩壊が深刻だわな
東西魏に移籍したものの日干しの家系もある

519名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 10:13:48.25ID:D/e7CBBS0
なんだかんだ生きてた太原王氏
大事なのは数だな

520名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 11:41:32.22ID:YmTv6joN0
陳は果たして六朝というカテゴリーでよいのだろうか

521名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 13:37:56.06ID:7nN4rjwo0
この時代三国時代の魏や呉の有力貴族の末裔?はまだ良く聞くけど蜀出身者の一族は全く話題になってないよな

羅憲の甥の羅尚くらい?

522名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 13:41:20.63ID:7nN4rjwo0
劉淵のが劉宣の子説はある歴史考察サイトで仮説で上げてるのだった申し訳ない

523名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 14:50:32.24ID:JR+rdxVM0
>>521
譙周の孫の譙登とか

524名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 16:36:30.20ID:7nN4rjwo0
>>523ありがとう 譙周といえばよく見ると後蜀(405〜413)の譙縦も一族なのかな本貫がほぼ同じなんだけど
譙周は巴西郡西充
譙縦は巴西郡南充

525名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 19:41:23.84ID:D/e7CBBS0
あとは李福の孫くらいか
顕官クラスの家は滅亡時に洛陽に連行されてそのまま消えたんだろうから
ほとんど残らないのも仕方ない

526名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 20:13:10.37ID:liSF1FRe0
張微は張翼の息子だっけ?

527名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/15(日) 21:11:00.15ID:DD3B0iWs0
蜀人で面倒くさそうな連中は鍾会の乱で殆ど死に絶えたからな。

528名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/16(月) 21:09:49.28ID:nCKHOtzW0
なんか漢の時代は劉姓が何十人といたって言ってるのに、どうしてしまったのか

529名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/16(月) 21:11:59.82ID:cUQlf0wO0
爨があるじゃろう

530名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/16(月) 22:55:12.14ID:reUf/Tge0
なぜこの時代の五胡は中原に進出したんだろうな。
匈奴や鮮卑のような遊牧民なら、晋が弱体化して中央のくびきから自由になったのなら
冒頓単于の時代みたいに、辺境を荒らして略奪や人さらいで生計を立てた方が遥かに楽だろうに。
中央の統制や防衛が及ばないのだから、それこそやりたい放題できただろう。

それをわざわざ不慣れな農耕定住社会に参加して、奪う方から生産する方に回った。
国家の重要案件はテントの中で部族長会議で決めるという伝統も捨て、めんどくさい魏晋の官僚制度を導入。
遊牧民にとって分からないことだらけだから、結局は漢族を雇用し、自らも漢字や漢の文化・思想・教養を学ばなければならなくなった。

劉淵は建国にあたり漢の三祖(高祖、光武帝、劉備)を祭ったらしいが、なぜ(匈奴にとって)異民族の王を祭り上げなければならないのか。
そこまでして中原の覇者になりたいのか。高祖なんて自分のご先祖様(冒頓単于)と戦った宿敵だぞ?
北魏の拓跋氏は、柔然の侵攻を防ぐべく長城の防御を固め、帝自ら柔然討伐に赴いたがが、その柔然はかつてのあんたの姿だぞ?

531名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/16(月) 23:09:06.79ID:VssIyK980
4世紀の異常気象でしょ
寒冷化、凶作、干魃、蝗害が連発する
中華より痩せた北が過酷な状況に置かれてるのは想像に難くない

532名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/16(月) 23:16:58.54ID:rh4RNJSt0
>>530
ヒント:しみん

つーか、劉淵劉聡辺りにキバミンゾク要求すんの酷だぞ。あいつら漢人どもに漢族スタイル仕込まれまくってるし。むしろキバミンゾクのお作法のがあいつらにゃキツかったろ

533名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/17(火) 00:27:34.52ID:wNdITww20
>>531
曹丕の時代ですでに「長江が氷結した」って記述あるからチャイナプロパーでさえ寒冷化に苦しんでた訳で、ましてや長城以北はお察しやろね。

>>532
劉聡あたりは帰国子女が無理に本国の流儀に合わせようとしておかしくなった印象。

534名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/17(火) 18:54:20.19ID:4GSUbnqx0
劉聡載記って魏書の劉聡伝よりいろいろ盛りまくってるけど出典何やろ

535名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/20(金) 00:07:12.48ID:eKdgqwsq0
鮮卑は遼東から西涼まで広範囲に分布していた。
その全員が中原に移住したとは考えにくく、ある者は南下し、ある者は故地に留まり、
「離れ離れになっても我ら同族、今後も仲良くしような」となっていれば
内地の華北王朝も、塞外の遊牧国家も同族経営で、争いが起こることは無いと思っていたのだが。

柔然と鮮卑は言語(古モンゴル語系)や風習(辮髪など)に共通点があり、もともと同族だった可能性が高いらしい。
つまり北部に留まった鮮卑(の一部)が柔然で、中原に去った同胞とやがて疎遠になり、いつの間にか同胞であることすら忘れ、
それで北魏太武帝と敵対するようになったのだろうか。

536名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/20(金) 07:49:05.60ID:Ty9Rol5s0
騎馬民族って
出ては興り、衰退し消滅したりするけど
北方で、馬を飼ったり狩猟で食ってたりする民族なのかなあ?
ユダヤ人みたいな「○○という習慣をもつ集団」なのかなあ?

537名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/20(金) 09:08:07.24ID:/dXuyBKM0
馬乗ってて定住してなかったら騎馬民族

538名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/20(金) 18:55:16.98ID:SjoaATK60
最後の騎馬民族の大帝国ジュンガル帝国は天然痘でほぼ絶滅
騎馬民族どんだけ弱いねん

539名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/20(金) 22:42:12.01ID:KLnX+67Q0
米帝>ソビエト>日帝>女真>騎馬民族>漢民族

540名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/20(金) 22:49:49.81ID:eKdgqwsq0
ただ騎馬民族は、その機動性ゆえに、遠隔地までその爪痕を残しているのが凄い。
北方民族の王の称号である「可汗(ハーン・カガン)」は、ロシアやウクライナまで伝わっている。
ロシアを支配したカザン・ハーン国も、クリミア半島のクリム・ハーン国も、
支配者の先祖をたどればモンゴル人で、支配下のトルコ系住民に同化してイスラームの王となったもの。

文豪のイワン・ツルゲーネフもモンゴル系と言われている。(姓は「ツルゲン」というモンゴル語から派生した)
あと、ロシアのフィギュアスケート選手に、トクタミシュワという姓の人がいるが、
チンギス・ハーンの長男ジョチの子孫に、トクタミシュという人物がいて、ジョチ・ウルスのハーンに即位している。
名前からして彼女も出自はモンゴルにあるとみて間違いないと思う。

541名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/20(金) 23:27:35.71ID:M46PusTa0
>>538
マジレスすっぞ
お前予防接種なしで天然痘に勝てんのか?

542名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/21(土) 10:24:33.49ID:Ob0J9TGi0
>>541
いや馬乳酒飲んでるぐらいの健康ヲタクで
家畜飼ってて遠征ばかりで牛痘とかインドの人痘法とか知っててもおかしくない騎馬民族が
人類史上最も天然痘に弱い部族とか笑止

543名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/21(土) 10:31:36.23ID:js5fsp370
最近出たのは顔氏家訓と魏晋南北朝通史のいまくらいか

544名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/21(土) 11:46:19.04ID:sWvRIMyP0
>>521
諸葛亮の末裔は沢山いるっぽいがな
司馬懿の末裔は劉総や劉淵に皆殺しにされた

545名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/21(土) 11:46:59.20ID:eDNg/L3y0
モンゴル帝国みたく極端な粗食にも耐えて戦争慣れしてる奴らが一番ヤバい

546名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/21(土) 16:16:54.63ID:3fk8wrY50
>>544
司馬光「ワイは司馬孚おじさんの末裔やぞ」

547名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/21(土) 19:01:11.19ID:Af59+Zeo0
王朝の交代期に直面した皇族(王族)って、立ち位置難しいだろうなあ

548名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/21(土) 21:16:09.04ID:H1PojN7L0
>>546
チョイスがせこい、系図詐称の上にせこい

549名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/21(土) 22:17:49.47ID:ZmhH7v2lO
>>547
後世になると「先聖(各王朝初代天子)の末裔」で誰かは生き残らせてもらえるけど、生き残らせてもらえるのは程々嫡流に近いが毒にも薬にもならぬ箸にも棒にも繋からぬ人ばかりなんだよな。
後は邪魔だから禄は与えずただの庶民降格か黄泉に行って頂くが普通だもの。

550名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/22(日) 03:28:27.76ID:j3a8blim0
調べたら意外と東晋の皇族って滅亡以降も生き残ってるのいるんだな
劉裕に皆殺しにされたと思いきや北朝に亡命して重職についてたり北周の皇后になってるのもいる
皇后の兄弟は最後にまた南朝の陳に亡命したみたいだけど皇后自体は唐の時代まで生き残ってる

551名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/22(日) 04:35:26.85ID:9FKs6/AY0
>>547
趙匡胤はぐう聖

552名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/22(日) 14:36:59.00ID:wxwxnInr0
姚興の晩年は冴えないなあ。さっさと粛清すればいいのに

553名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/22(日) 21:09:05.40ID:9FKs6/AY0
大和とアイヌ
漢族と匈奴・モンゴル
ローマとゲルマン

農耕民族と狩猟民族は相容れない

554名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/22(日) 21:20:39.75ID:I2IRF1ye0
日本に住んでるのに、近海で狩猟された魚介類を食べたことない人がいるのか…

555名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/23(月) 20:06:21.33ID:xcEYQ72k0
【拡散希望】
日本ウイグル連盟会長のトウール ムハメットさんより
緊急告知
(27- April Tokyodiki Namaish Uqturushi)
日本ウイグル連盟主催
「中国のナチス型“再教育キャンプ”の即座閉鎖を求める抗議活動」
時間: 2018年4月27日 14:00集合 14:30スタート
集合場所:麻布税務署前
抗議場所:中華人民共和国駐日本大使館前
住所: 〒106-0046 東京都港区元麻布3丁目4−33
連絡:080-4196-8973(トゥールムハメット)

日本ウイグル連盟のトウール・ムハメット会長は、昨日の拉致問題の救う会の国民大集会にも来て下さっています。
中国に弾圧されているウイグルをみんなで支援しましょう。

活動へのご寄付のお願い
日本ウイグル連盟の活動は、全て日本の善意ある皆様の御支援の下で行われています。
当連盟の人権活動に賛同いただけます方々には、ご寄付を通じて応援いただければ、
大変有り難く存じます。
uyghurjapan.org/jp/category_juu/juu_donation/ 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:f70dfdc711a7c6ae6accccb939f27fbf)

556名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/25(水) 15:26:38.96ID:P9fVHN+g0
梁の武帝がそのまま斉を引き継がなかったのってやっぱり東昏侯とかの悪評の為かな?同族で別王朝建てるってかなり珍しいケースだと思うけど

557名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 05:29:09.42ID:rAM4NS2o0
>>556

劉曜、李寿

558名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 06:49:30.89ID:wwh6/ZNB0
>>557
ゴメンwそういえばそうだったw
漢→趙とかは同一史として扱われてるぽいのに斉と梁は別れたのはそこそこ梁が続いたからかなあ

559名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 08:53:28.49ID:2h19rbtR0
梁の場合、愚かな同族と決別したいという思いもあったんじゃないかなあ。
南斉の歴代皇帝なんて、遊蕩と殺戮ばかりやってたイメージ。

せっかく宋の自壊を目の当たりにした蕭道成が、後世に戒めの言葉を残したのに
それが継承されず宋以上に腐敗してしまった。

560名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 08:59:39.29ID:2h19rbtR0
漢→趙 は単なる名前変更だと思うが
斉→梁 の場合は、禅譲の儀式も行われている

561名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 09:51:34.32ID:NvEYh56s0
蕭斉は何だかんだで孝文帝の洛陽遷都や漢化政策を正面からブチ込まれてその対応に七転八倒してたイメージ
正統王朝としてのプライドが危機に瀕してた時代というか

562名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 22:33:10.78ID:1E83NbNi0
劉裕 蕭道成 陳霸先 在位2〜3年で死去

563名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 22:57:31.52ID:Q99cdfJd0
>>562
陳覇先の後継者が嫡子じゃないの、なかなか熱いよな

564名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/27(金) 00:40:34.70ID:Gyy/aYzS0
蕭道成(太祖高帝):斉を建国。残った宋の皇族を殺害。臨終の際に「皇族間で殺戮し合った宋の轍を踏むなと」と戒める。

武帝: 父の遺言を守り、安定した治世を心掛ける。後世、南朝の中では名君と評された。

廃帝鬱林王: 武帝の孫。父や祖父が危篤の際は表向きは涙を流しながら、自邸に戻ると狂喜して酒宴を開き、早く死ぬよう呪詛したという。
         即位後は淫蕩に耽り、わずか1年で国庫を空にする。最後は後宮で愛妾と戯れてるところを蕭鸞の兵に殺される。

廃帝海陵王: 鬱林王の弟。蕭鸞によって擁立されたが全くの傀儡で、わずか2か月で廃位され殺される。

蕭鸞(明帝): 鬱林王、海陵王を殺害したあと自ら即位。皇族を大量に殺戮し、武帝の系統を根絶やしにする。
         一方で敬虔な仏教徒で、毒薬の調合を命じておきながら、皇族殺害の際は涙を流して焼香していたという。

廃帝東昏侯: 明帝の子。あまりもの暗君ぶりに死語は帝号どころか王号も貰えなかった。
         父の葬儀の際、「喉が痛い」といって慟哭を嫌がり、家臣が棺の前で拝礼したときに頭巾が落ちて禿げ頭が露わになったとき
         腹を抱えて大笑して群臣を唖然とさせた。即位後は父の遺命で輔弼にあたっていた重臣や忠臣を粛正、奸臣と遊楽に耽り、
         民衆から収奪し宮殿を造営するなど王朝滅亡フラグを立てる。兄を殺された蕭衍が反乱を起こしても、
         なおも目が覚めず後宮に引きこもって淫楽に耽るが、最後は蕭衍の兵によって殺された。

和帝: 東昏侯の弟。南斉最後の皇帝。蕭衍によって擁立されるもわずか1年で禅譲させられ、王朝滅亡、その後殺された。

565名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/27(金) 01:51:30.33ID:OEDWqgPb0
>>561
あと洛陽遷都は明らかに攻勢限界点を南下させた訳だから否が応でも北魏とガチンコにならざるをえない訳で。

566名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/27(金) 21:24:22.19ID:VpmUwCFo0
日本最長寿の方が117歳で亡くなられたから仏図澄もあり得ない話ではないんだな

567名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/27(金) 21:56:22.84ID:pw73hBuZ0
魏晋南北朝時代における在位年数2トップが蕭衍の47年、劉禅の40年
中国の歴代皇帝でもかなり上位に入る

568名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/28(土) 00:02:47.68ID:hFcG11FL0
斉の廃帝東昏侯の「昏」は、暗愚という意味である。
つまり東昏侯を日本語で言うと、「東のバカ侯爵」となる。(もはや帝や王ですらないw)
これは、在位27日にして廃位させられた前漢の「海昏侯」にちなんで名づけられたが
ここまで露骨に蔑意が込められた諡号の皇帝も珍しい。
よほど救いようのない人物だったのだろう。

明帝は、自分の息子が帝位を脅かされぬよう、他の皇族を殺しまくったが
さすがに我が子の不肖ぶりを自覚していたのか、
晩年には6人の忠臣を選んで息子の補佐を要請し、バカ息子でも政権を運営できるよう苦心した。
しかし父親の生前の労力も虚しく、東昏侯は即位するやこの重臣たちを全員殺して暴政を敷き、それを諫言した家臣も殺してしまった。

569名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/28(土) 01:12:52.46ID:ZcX7Sx2R0
蕭衍は孫権と被る長男死後の迷走ぶりとか

570名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/28(土) 08:12:07.30ID:bfZev7nQ0
愛息に死なれるのはキツいからね。
長曾我部も子供死んでからおかしくなったし

571名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/28(土) 18:30:40.75ID:oO/RkAcA0
五胡南北は跡継ぎで失敗してる奴ばっかだろ。長生きでボケたってのは似てるけど

572名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/28(土) 20:01:36.90ID:7Y6EbBAF0
名君の子供が暗君の場合は結構あるけど
逆に暗君の子供が名君だった例はあるのだろうか

573名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/28(土) 22:45:02.96ID:XcQFoxlz0
>>567
中国の歴代皇帝全員合わせても昭和天皇の在位年数に敵わないからな
その昭和天皇でも在位年数世界一では無いからな

574名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 00:17:36.55ID:PQep+VN+0
長寿王

575名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 00:19:21.16ID:QjMbC9Rc0
この時代の匈奴ってやたら「劉氏」が多いよな。
名前だけみてると漢人と区別がつかない。
むしろ後世の方が、「劉」氏だったのを「赫連」「鉄伐」「独孤」といった胡姓に改めている。

もっとも、「赫連」は、匈奴古来の姓ではなく
「天(赫)に連なる」という意味でつけられた新姓で、漢字に意味が込められてるので
むしろ漢姓といってもいいくらい。

576名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 01:34:29.73ID:w2qlw/1y0
>>572
時代違うけど明の弘治帝とかはそれに該当しそう

577名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 10:53:45.09ID:4n8F3S3P0
高歓が長生きしてたらなあ・・・

578名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 13:22:05.99ID:bb5put9V0
陳はパワーバランス的に北周ではなく北斉と組むべきだったな

579名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 20:04:06.90ID:bxUqn5Ik0
高歓が多少長生きしてもしゃーないやろ。普通に高澄が生きてた方がいい。弟と変わらん感じになりそうな気もするけど

580名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 20:37:45.36ID:O54kHnzk0
宇文護が政権トップやったら高歓ならそのうち勝つやろ
むしろ高洋時代によく滅びんかったな

581名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 20:45:53.22ID:bxUqn5Ik0
高氏って戦争得意な奴多いよな。処刑されるんやけど

582名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 21:02:16.37ID:zT7Je3FJ0
北周武帝が長生きしていたら北周が統一していた?

583名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 21:16:09.09ID:D8FeKaUm0
高洋は有能だったことには間違いなかろう・・
有能だけど酒乱の暴君という周りからすれば悪夢でしかないが・・・
戦争にも強かったし始末が悪い

584名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 23:27:08.21ID:vGmFax0g0
高歓はなぜ国力が遥かに下だった宇文泰の西魏を滅ぼせなかったのだろうか
候景の乱で大幅に国力を増した西魏・北周からの侵攻をほぼ撃退した高洋らの息子達はもしかしたら父よりも戦闘能力では有能だったのかもな

585名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/30(月) 00:05:53.72ID:ik28XBz30
高歓は符堅みたいな致命的なやらかしはしなかったけど、ちまちま細かいやらかしが多い印象

586名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/30(月) 00:33:46.79ID:qs22qEqf0
北朝の皇帝はみんな短命だね

15前後で小作り、ハタチ前にオヤジが死んで(親も短命ゆえ)皇位に就き、20代で最盛期、
そして30過ぎると死ぬ、しかも晩年は暴虐になったり精神に異常をきたすようなケースが多い

鮮卑族の民族的な特異性なのかな

587名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/30(月) 00:55:34.12ID:ULgDsVIK0
少しは拓跋力微を見習うべき

588名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/30(月) 01:55:30.01ID:IkfiNdAL0
>>584
そりゃ玉壁だろ
守護神韋孝寛渾身の防戦

589名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/30(月) 05:28:59.13ID:3n2Z8ziF0
韋孝寛も上柱国に任じられているみたいだけど、序列的に八柱国〜十二大将軍のどこに位置付けられていたのか気になる
功績でいうと下手な八柱国より上だろ

590名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/30(月) 08:01:11.68ID:IkfiNdAL0
あのときに玉壁を突破できてたら西魏は滅んでただろうな
高歓死亡→宇宙大将軍反乱とかあって軍政改革の時間稼ぎが出来た

591名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/30(月) 18:24:49.00ID:sioscd1i0
楊堅って15歳で父の功績により散騎常侍・車騎大将軍・儀同三司に任命されたらしいけどこれってどのくらいの地位なのかな大分高そうではあるけど

592名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/30(月) 20:15:35.55ID:qs22qEqf0
現代でいう厨房の年齢で、車騎将軍になったのは凄すぎない?
というか、15のガキに務まるのか?

三国時代の蜀では張飛が就任したくらいだぞ

593名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/30(月) 21:53:09.00ID:Mk6Om6GF0
>>592
車騎将軍自体が大将軍・驃騎将軍の次だから高い地位なのは確かだが
張飛が就任した(それも僭称政権)そして更に劉琰・廖化・張翼が就任したとあれば
あまり凄い感が伝わらない

まだ西漢の薄昭・灌嬰・周亞夫・金日磾・程不識らを挙げた方がまだ凄い感が伝わる
それも19歳で本人の功績で驃騎将軍に就任した霍去病に比べれば劣るがな

594名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/30(月) 21:57:56.11ID:elLhX61G0
東晋だったら車騎以上の将軍は非常設だからめっちゃ偉い
ほとんど皇族のための将軍号でしょ

謝玄ですら追贈なんだから

595名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/30(月) 23:08:44.94ID:LIGf2uCn0
温嶠は生前にもらってるな、すぐに死んだけど

596名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 00:22:48.27ID:UlROsVL+0
「朕はじきに死ぬ。太子はまだ幼い。よって朕は宋の宣公の例に倣い、社稷を汝に託そうと思う」
「私ごとき不才の者にはとてもその任に堪えませぬ。太子様こそ聖明であらせられ、皇位を継ぐに相応しいお方と存じまする」
「この国難のときに、兄弟で言葉を飾って遊んでいる場合か! 朕は本音で申しておるのだぞ!」
「陛下が本気で私に国事を託すとお考えならば、幼主様の輔弼をさせて頂きとうございます」
「おお、よくぞ申した! 汝が古の周公のごとく補佐してくれるのなら、朕はもはや何も思い残すことはない」

慕容恪の感動的なエピソードだが、このやりとりは本当にあったのだろうか?
この時代に限らないが、中国の史書には
「まるで現場に居合わせたかのような」「会話の当事者でないと知り得ない」やりとりが多く記録されていて
かえって記述の信憑性を疑わせてしまう。(特に史記とか)
東昏侯の喉が痛い禿げ頭で爆笑云々は、多くの人が見聞きしたから事実なんだろうけど。

597名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 00:52:58.96ID:43iHY6iG0
>>596
臨終に史官が立ち会っていたりしたら史実の可能性大だが
実際は記述の信憑性低い場合が多いな

本文が結構簡潔で注がついてて信憑性の検証が他よりも容易な三国志が
エピソード満載の史記よりも信憑性云々で攻撃される事多いのは未だに謎だが

598名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 05:11:05.85ID:GZHZqJWj0
燕書がもとになってる記事だと人物の発言には脚色の可能性あるとか言われてたような

599名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 07:17:58.11ID:DcLfZn2n0
>>596
大枠では合ってるけど燕諸執筆者が余計な脚色加えた、とかはありそう。
だって慕容s

600名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 07:26:43.46ID:GNQNFcfR0
>>597
陳寿は東晋の時点で攻撃されてるのをみてると降伏者が勝者の国で歴史書を書くって行為その者が嫌悪されてたのでは

601名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 07:40:21.55ID:j2XmBCF40
史通で名前出されて指摘されてる慕容垂さんだからな
どこまで弄ってるのかは不明だが

602名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 07:45:48.90ID:DQUzXHl/0
陳寿は劉備アゲ

603名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 07:59:36.58ID:DQUzXHl/0
陳寿「赤壁の戦いで劉備が曹操を破った(迫真)

604名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 08:45:47.08ID:pPD+CdYU0
>>601
慕容垂はヒルメスもビックリするほどの義理ワンやからね。

605名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 08:46:28.08ID:JVbSLDBt0
>>602
諸葛亮ageの間違いやろ。

606名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 09:13:46.10ID:UlROsVL+0
飢えた状態で、枠が復活したら
たちどろに2か月後のことを考えずに湯水のごとく浪費し、速攻で使い果たす
んでまた飢えて、お金返してと悲痛に叫ぶ
枠が復活したら、また後先考えず派手に消費して一気に使い切る
以下繰り返し

まずこの愚かなサイクルから脱しましょう
購入ボタンを押す前に、本当に買ってしまっていいのか三度考え直す
2か月後の自分の経済状況・預金残高を想像する
万が一のことを考え、ある程度お金は残しておく

607名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 09:14:31.52ID:UlROsVL+0
すまん誤爆した

608名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 09:29:49.62ID:46PfAtVg0
>>604
義理ロクくらいはあるやろ
呂護が義理ワン、張平が義理ツー、劉牢之が義理サン、劉衛辰が義理ヨン、苻健が義理ゴ、その次ぐらい
壮絶な底辺争いやわ

609名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 14:02:01.40ID:R0tTEAjC0
というか慕容恪が本当に慕容垂を後継者と考えてたんなら手元において育成するか要職任せてるような気がするんじゃけど

610名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 17:45:26.77ID:X7bEz4P+0
後継者はともかく軍才は買ってて重用しろよくらいは言ってそう

611名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 20:04:34.08ID:0lM33Q/Z0
王含ってなんか褒められるところって有るか?
性格粗暴、汚職大好き、戦の才能無し

612名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 20:08:00.64ID:gZVMHKjW0
慕容恪にしてみれば慕容垂と慕容評が仲違いするなんて生前は予想してなかったんじゃないのか
慕輿根粛清の実績ある慕容恪なら生前両者の確執が顕在化してたらどっちか始末してそう

613名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 20:37:28.46ID:DcLfZn2n0
>>611
生まれ

614名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/02(水) 00:06:57.44ID:fN9DpL7Q0
>>611
母親が狼女

615名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/02(水) 01:38:33.75ID:J42EUwEf0
慕容恪のエピソードが創作なら、劉備が孔明に後事を託すエピソードも怪しくなるのかな。

劉備に、「太子に君主としての才が有ればこれを補佐し、才が無ければ君が取って替われ」
とまで言われ、孔明は全身を震わせて感泣し忠誠を誓ったというシーン。

616名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/02(水) 02:30:45.55ID:F7rFKJth0
一応、李厳がその場にいた可能性が高い(少なくとも永安にはいただろう)から、似たようなことは言ったんじゃね?

617名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/02(水) 06:50:43.12ID:fN9DpL7Q0
劉永・劉理も居たと思われ

618名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/02(水) 13:57:36.18ID:8w/ApqlT0
【笑】 山口達也とキスして2千万、そのJK、絶対ラッキーと思ってるよ、バッグ買ってるって、バーキン
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1525225277/l50

619名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/02(水) 16:59:12.44ID:olbWOmDm0
慕容部でまともに輔政したのが慕容恪くらいで後は全員分裂して殺しあって外敵に皆殺しにされるんだから
司馬氏並みに情けない連中だな

620名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/02(水) 17:20:01.79ID:upbj2kDs0
結局多少学んでも「胡」なんだわ、まだ
弱肉強食、ケツの青いガキが俺様に何の権限があって命令をなすのか、その価値観がなくなりきってない

621名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/02(水) 20:29:20.57ID:eUdZZZOz0
>>620
弱肉強食の「胡」なら
ケツの青いガキでも強ければ
年経ってるだけの老害爺の戯言よりも言う事聞くんじゃね?

622名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 07:14:59.47ID:ZopONNWo0
石勒「文字よめねえ・・・」
劉裕「ワイも」

623名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 07:15:52.57ID:ZopONNWo0
かんこくがかんじをはいししはんぐるのみにしたのはしっぱいだったな
にほんごにたとえるとすべてかなでひょうきするようなものだしね
はんぐるだけだとよみにくいうえにどうおんいぎごにまったくたいおうできない
こうしてかんじごにゆらいするじこくごをどんどんうしなっていった
ゆえにかんこくじんはにちじょうをはなれたこうどなぎろんや
ちゅうしょうてきなぎろんをするのがむずかしくなった

624名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 07:26:56.46ID:MwGkcB9o0
石虎は文盲ネタが記録されてないから実は文書読めたんじゃね疑惑
劉琨のところで十代過ごしてたわけだからさ、俺が劉琨だったら晋の文化に染め上げてオルグしちゃうわ

と思ったのが石虎が鄴への遷都を検討したときに「昔の人は大事に際しては必ず宗廟に告するも、社稷には列せず云々」と言ってる箇所
こいつ普通に漢文化の教養あるっぽくね?
石勒なんて劉琨から手紙で「兵書読めないのに用兵凄えっすね」と言われてるくらい周知の事実だったのに

625名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 07:47:57.89ID:egttX6X90
ポーズくさいよね
演出と言うか

626名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/04(金) 13:54:26.41ID:SN7Gd/5I0
石虎は考えられるほどの暴虐バカでもないとは思うがメンタリティ「胡」のままなのは違いない
実力で簒奪を正当化したのにいざ自分が死ぬ時に都合よく自分の息子へだけ漢民族のルールに則った権力移譲を望んでもそうは行かない、後趙の滅びは必然

627名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/04(金) 16:58:59.56ID:YNQc0yzf0
甥も自分の息子二人も殺してるからな。戦馬鹿一代って感じ。継承が上手くいく要素0

628名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/04(金) 22:08:10.63ID:KXoxil7z0
春秋、戦国、三国、五胡十六国、南北朝、五代十国

春秋  ゆるバトル
戦国  ガチバトル
三国  義が止まらない
五胡十六国  ヒャッハーヒャッハーヒャッハー
南北朝  暗君暴君のオンパレード
五代十国  ほのぼの感

629名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/04(金) 22:35:02.62ID:jnrzKxHf0
リアルは知らんが史書の中の春秋は南北朝に負けず劣らずダメ人間のオンパレードやぞ

630名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/04(金) 23:00:37.09ID:WHarTlt40
>>629
弑逆多過ぎて草も生えないんだよな
たぶん五胡十六国より倫理観ヤバいと思う

ガチ近親相姦の愛憎劇とかね

631名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/04(金) 23:16:21.92ID:cmpvbzLO0
高洋「酒の飲みすぎはあかんな。身を滅ぼすでぇ」

632名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 00:09:12.48ID:+hWECvbQ0
つーか「人権」の概念の確立がなきゃヒャッハー祭不可避やろ

現代の人権意識に照らし合わせれば、「皇帝は人間、それ以外は人間のための栄養」って世界なのが清以前の人権意識やぞ

633名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 01:29:46.05ID:SEKXvCQfO
>>628
五代十国はそりゃ五胡に較べりゃほのぼのかもしれんが、この時代を経た宋になったら何故か中国語の根幹の四声の内、入声の発音が失われて
以降は他の三声で援用する羽目になる程文化面はグッサグサになったからなあ。
あの纏足が生まれたという伝説すらある、文化面では唐以前・以降と大きな断絶が生まれた色々問題が多い時代だ。

634名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 02:10:59.22ID:GkL+Pcy10
ぶっちゃけ戦乱の時代を並べて、どの時代が比較的「ほのぼの」かと言ったって、
平時と比べたら全部ひゃっはーの暗黒時代だよ

635名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 02:12:40.63ID:1ZywIPM40
>>628
五代十国時代って五胡君主ですらやらない「いきなり部下を宮中に向かわせて皇帝殺害」とか「部下全部宦官」とか殺し屋1とかのノリやぞ。

そりゃ最後を締めくくるのがぐう聖趙匡胤だからインパクト弱いだけで。

636名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 02:15:18.37ID:1ZywIPM40
>>632
日本だって鎌倉時代とかは「おっ道歩いてる乞食おるわ!弓の練習の的にしたろ!」だの
「1人旅のまんこは天子様の贈り物だからファックし放題や!」だの北斗感がハンパないしな。
>>633
所謂「処女厨」が出てきたのもこのあたりだしね。それまでは「経産婦は良いぞ」だったのに

637名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 15:52:58.94ID:wAfVSKjR0
宋の頃の契丹の強さは異常。いくら騎馬民族だからって曹彬潘美楊業の宋軍オールスターでボコられるっておかしいだろ

638名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 15:56:22.86ID:lWUNS+Kc0
柴栄とか趙匡胤抜きならそんなもんやろ

639名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 20:59:55.23ID:ooX0iIq70
>>633
中国文化の最盛期が宋でしょ

640名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 21:05:16.58ID:fmZj3u0M0
日本のなんとなくの現在につながる文化が江戸時代(大岡越前とか)のように、
中国では現在につながる文化が、宋だと思う(包拯)

641名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 23:39:30.48ID:YP9tnL370
真宗の肝が据わってれば燕雲十六州奪回できたかもしれないのに

642名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 00:31:56.38ID:1BKtd8520
しかし随唐がセンピ族王朝だったように
宋もトッケツ族の王朝だったという

643名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 02:14:44.61ID:XBqjNTYP0
でもネトウヨ思想に凝り固まってたよね

644名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 10:33:47.37ID:BOcX6cit0
>>628
三国の義が止まらないというのも違和感あるな
まだ魏が止まらないならわかるがw

この時代で後世で最も有名な義絶のお方なんて
散々同盟国や配下を侮蔑した挙句
最後は同盟国や配下ほとんどに見放されて
孤立した挙句囲まれて偽りの降伏して逃げようとして捕まって
義とは程遠い惨めな最後を遂げてるんだが

645名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 10:43:22.38ID:wDbYmivs0
義絶の人は身内からもカス扱いなのがもうね。

646名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 10:44:38.39ID:2EVjM18nO
>>639
あくまで最盛期であるか否かでなく、唐までの文化・倫理観と五代十国を経た宋との間に大きな間隙があるって事なんで。
別に唐=中華大陸文明最盛期という意味では無いんです。
少なくともその地域に住まう元々の住民の末裔達が、自らの言語の発音すら失う程物凄い文化的シャッフルを経験したという事です。

647名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 11:32:09.58ID:AZDdKfCF0
李世民が李淵の功績を食い気味なのって理不尽だよな

648名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 11:41:22.29ID:P9cWToR40
天可汗さんは五胡君主の最終形態やから

649名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 19:16:54.87ID:QoXeiSCW0
兄貴をぶっ殺して皇帝になって後継者問題で有力なの潰して惰弱な子供に継がせて他姓の奴に
王朝乗っ取られるって隋とあんまり変わらない・・・変わらなくない?玄宗が盛り返したけど本人の治世中に
安禄山でクソミソになるしどう評価していいか分かんねえな

650名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 19:23:09.20ID:ddD83F8x0
楊広「李なにがしは小国高句麗に惨敗したクソ雑魚ですよ」

651名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 20:07:46.45ID:BOcX6cit0
李勣「そだねー」

652名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 20:13:45.79ID:KgRtClV40
突厥とか吐谷渾を制圧したのも李靖だし
李世民って他力本願じゃん

653名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 23:32:20.62ID:G2RCzYdA0
明の永楽帝が帝位簒奪した靖難の変は明朝の期間はタブー視されていたのに、李世民が引き起こした玄武門の変はそうでもないんだな。

654名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/07(月) 09:50:19.30ID:cpVjl1ql0
>>652
李靖とか言う圧倒的武力が従いたいと思っていた、
と言う所シカトしても仕方ないぞよ

655名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/07(月) 15:46:35.81ID:dOxhNmXn0
李世民&李靖のツートップとか凶悪すぎるわ

656名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/08(火) 03:10:21.13ID:7e3VhBVl0
>>653
長く統一王朝が続いた後の事件と永らく簒奪ばっか起こってた時代の差だろうな

657名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 20:02:36.83ID:s0NVa9JI0
http://www.rekishinoshinzui.com/
このブログなかなかおもしろいな

658名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 21:29:20.88ID:3DFGYzrM0
面白いゴシップ記事、だな基本

ただ、華皇后あたりの記述は「魏晋南北朝史の今」の小池氏の読みとほぼ完全に一致してたりするから、全部ゴシップとは切り捨てきれない。
思考実験の一つ、てきな感じてみるとよいのじゃなかろうか。

659名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 22:07:46.79ID:6VmD2n+G0
学術的な裏づけないんだろうけど視点はユニークだと思う
直接史書読まないとこうなるわね

660名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 01:30:18.51ID:Y5CwXcjk0
小池氏のあれも極端から極端に走りかけてる気がしてなあ

661名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 05:57:59.99ID:hD+CPSC10
小池直子氏の話の元ネタって福原啓郎先生の西晋の武帝の焼き増しっぽくね

662名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 07:15:30.08ID:AVzriK4L0
賈皇后は資料が少なすぎてなぁ

663名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 08:08:30.03ID:0ehbxSeN0
西晋末は『西晋の武帝 司馬炎』が一番よくまとまってると思うわ
あの感じで誰か東晋の概説書いてくれないかな

664名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 08:11:26.17ID:PPnRLmtY0
司馬業が死ぬあたりをねっとり書いて欲しい。あと蘇峻の乱

665名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 08:42:44.69ID:0ehbxSeN0
石虎の子どもたちの仲違いは酷いな
ザビ家かよ

冉閔がシャア

666名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 08:50:05.53ID:eccJXCm/0
シャアは劉淵じゃないかと

667名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 09:18:03.76ID:C8hjpbaT0
符堅って産まれて来る時代が早すぎたよな

668名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 10:25:35.85ID:TD19xFjx0
相手が劉宋明帝以降の南朝だったら苻堅のワンサイドゲームになりそう

669名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 22:13:26.16ID:CzxSK7sK0
東北の蝦夷ってどうなったの?
和人に同化された?それとも北海道に逃げてアイヌになった?

670名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/13(日) 00:23:45.54ID:6y6XXbac0
>>669
正直このスレに居着いてるよーなヤツが
「蝦夷」をまるで単一民族であるかのよーに
扱ってることに驚愕を禁じ得ない

お前は五胡と聞いて単一の異民族だと思うのか
割とそーゆー事やぞ

671名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/13(日) 01:36:32.73ID:uf6MGjuG0
逃げた話は聞かんな
清原のように混血したり、秋田のように地方豪族化しながら倭人になっていったんであろう

672名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/13(日) 10:56:50.73ID:xZ4H6VAQ0
【バカウヨ安倍政権の末路】 彼らは何をどうすると人が限界を超えるのか、おそらく知らないのだろう。
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1526171997/l50

673名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/14(月) 00:57:16.37ID:kgNeDOBM0
蝦夷が、大和朝廷の中央貴族ばりに「清原」「安倍」を名乗るのって
匈奴が「劉」姓を名乗るのと同じくらい違和感があるな。

奥州藤原氏も蝦夷の血統を受け継いでるんだっけ?

674名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/14(月) 08:28:26.56ID:clclvFCG0
お前、それ言いだしたらあっちの「王」さん相当やで……

675名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/14(月) 11:47:35.18ID:SmtARxgt0
ゴールデンカムイ知識だがアイヌ民族は他民族との婚姻を禁止してなかったから混血がたくさんいたそうだ。そもそも大和民族も漢民族も紀元前から混血しまくりなんだから気にするだけ無駄よ

676名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/14(月) 20:48:49.89ID:2Ql+YGNP0
蝦夷、熊襲、隼人、アイヌ、琉球
日本もかつてはそこそこ異民族がいた

677名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/14(月) 20:58:14.40ID:2Ql+YGNP0
>>675
ゲルマン人とは対照的だな
タキトゥスの記述によると森の中の住んでて多民族との交わりを拒んでいたようだ
中南米がラテン系で混血しまくりな一方(異民族もどんどん吸収したローマ由来かな)
北米が白人は白人、黒人は黒人みたいにはっきり違うのは
アングロサクソン系だしゲルマン由来の傾向なのかも

678名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 06:37:22.82ID:4aMTQQFU0
梁の陳慶之ってなんで六四将に選出されなかったんだろうか

679名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 07:57:16.72ID:7vX9EXOC0
>>678
最後ボロ負けして逃げ帰ってるんじゃ、そりゃねぇ

680名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 08:28:54.43ID:95tnVZTW0
当時の北魏ガタガタだったしな。建国したばっかのイケイケドンドンな前秦や前燕サンドバッグにした桓温や全盛期の石勒石虎と渡り合った祖逖に比べたら格落ちもいいとこよ

681名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 10:08:09.21ID:nQZ5+d+70
アメリカの場合、
ラテン人は男性が単身で南米に乗り込み、現地女性と通婚したから混血ばかりになった。
一方のアングロサクソンは家族で北米に移住したから、人種の純血性が保たれたんじゃね?

もっとも、現代はゲルマン系(北欧・西欧)ほど移民の受け入れに積極的で、
文化の融合や混血が進んでいる。
彼らの多文化共生主義は、元来持っていた純血志向からの反動なのだろうか。

682名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 10:25:19.99ID:nQZ5+d+70
漢民族の場合、周辺民族とは人種的にはほぼ同一だから、
混血しまくっても漢化しちまえば(漢族風に衣冠を整えれば)、見た目は全く変わらないだろうな。
強いて違いを挙げれば、北方の騎馬民族は乾燥に耐えるため
分厚い皮膚で腫れぼったい顔をしていたと思う。(モンゴル人の朝青竜のようなイメージ)

と思ったが、匈奴人は鼻が高かったとか、鮮卑族の血をひく東晋の明帝は碧眼で髭が茶色かったというから
現代の東・北アジア人の容貌とは全く異なる。
さすがにコーカソイドがここまで東進していたとは思えないが、若干混血があったのだろうか?
(今でいうと、中央アジアの○○スタン系のトルコ系民族のイメージ)

683名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 11:43:13.50ID:Zl0Mwriu0
前趙の時代に漢人の崔約が羯人の孫珍を馬鹿にして言ったという
「君の顔は彫りが深いから(眼病の薬として)尿を目に注げば溜まるさ」だな。

で、石虎の子供の中でもっとも目がくぼんでた石宣がこれを人づてに聞いて激怒し
崔約父子を誅殺した。

684名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 12:21:00.35ID:qpscMZKn0
>>680
陳慶之が最後に勝った宇宙大将軍も過大評価気味やしな。
粱の皇族さえしっかりしてればすぐ鎮圧出来た訳だし。

685名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 14:15:05.97ID:bFR0/JtE0

686名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 19:53:51.93ID:gl+lFKwn0
相手の隙に乗じることができるのも名将じゃない

687名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 20:01:35.02ID:nJhDiPUF0
>>684
蘇峻の乱と一緒で宗室内の非主流派が造反者と手を組めば大崩れするのも妥当やろ

688名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/16(水) 09:12:41.32ID:HhTbUYBf0
むしろ爾朱栄のヤバみが強調されるパティーン

689名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/16(水) 18:40:28.47ID:6b3HYQQt0
何進みたいな間抜けな死に方さえしなきゃ中華の歴史変わってただろうな>爾朱栄
家臣団が北朝のオールスター軍団だぞ

690名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/16(水) 20:05:07.08ID:UzxUzIaT0
先鋒の高歓から宇宙大将軍の師匠格の慕容紹宗に賀抜ブラザーズに宇文泰とメンツハンパない。

691名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/16(水) 22:48:43.54ID:OQ29hnR/0
>>675
胡も遥か遠くからシルクロード渡ってきた異国の商人や旅人が部落に来たら
夜は異国のチ◯コ争奪戦だったらしいからな
長い目でみて強さ求めるには混血しないとインブリードで遺伝子弱くなるんよ

692名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/16(水) 22:49:15.23ID:hMJMIUwC0
宇文泰なんて、兄貴が爾朱栄に殺されてるのに、部下になっていたんだよな

693名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/16(水) 22:54:00.27ID:OQ29hnR/0
>>682
コーカソイドは普通に北インド迄分布してるしな
普通に匈奴や鮮卑の勢力圏近くにいるよ

694名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/16(水) 22:57:12.59ID:4FSVQNIi0
グレコ・バクトリアだっけ?

695名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/16(水) 23:00:56.84ID:f1VdLZxH0
漢の使者はペルシャあたりで引き返したんだっけ?

696名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/16(水) 23:09:05.39ID:OQ29hnR/0
>>695
今のトルコやシリア辺りの説もあったような

逆に大秦國の使者名乗る胡散臭い商人は漢に到達

697名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/17(木) 08:51:05.72ID:E7AV+8gp0
>>691
生活環境が厳しい民族は必死に外部の血を取り入れようとする風習を築き、
安定して切り盛りが叶う民族は内部婚化が進む、って感じか

こうやって拾い上げてみると、あらゆる箇所に普遍化できそうだな

698名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/17(木) 12:57:17.38ID:Z4L9xm4Q0
漢の使者は海を見てから引き返したという。
その「海」が、地中海なのか、黒海なのか、カスピ海なのかは分からん。

さすがに地中海はないか。

699名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/17(木) 14:06:30.66ID:YExNo1520
【Jew、Jap、は靴を脱ぐ】 天皇Wお持ち帰り″計画  <アミシャーブ>  皇室Wエフライム族″疑惑
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1526522034/l50

700名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/17(木) 20:31:17.02ID:a5LQNDLB0
>>698
甘英が到達したパルティア(安息国)はローマ帝国のトラヤヌス帝に敗北する少し前
なので普通に考えると海の向こうにローマ帝国が有るとすると黒海が最有力
その後ローマ帝国とパルティアは交通の要衝アルメニアを巡って激しい争奪戦になるので
條支国はアルメニア辺りと妄想

701名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 06:39:56.98ID:TYaF+glk0
北周の武帝が長生きしてたら統一は間違いないとして隋の成立は無かったのかな・・・
いや、跡継ぎがアレな以上ムリか

702名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 07:02:40.04ID:ewt6k33M0
天元皇帝とか言う厨二病あふれるネーミングすこ

703名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 09:09:11.21ID:GyrY+KfZ0
武帝が天下統一していたら
鮮卑語に鮮卑姓の統一王朝が誕生していたな
江南の漢族にも鮮卑姓を強制
まるで清の剃髪易服のようになっていたかもしれない

704名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 09:26:30.19ID:ucZklDrS0
楊堅スタイルじゃなかったら絶対に江南は統治できなかっただろう

705名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 09:41:36.80ID:masZt+n30
北周武帝も最終的には漢族スタイルになるんじゃないかと。そもそも「周」って国名からして儒者に媚び媚びな訳で。

706名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 18:30:56.31ID:ZNGYwp3j0
武帝が統一できても悲しいかな息子があのクソ馬鹿だからな

707名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 20:43:39.10ID:P9LQBU610
楊堅が霍光のボジションとかやってそう。

708名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 21:16:51.18ID:sPFUsJ690
>>706
西晋の話かな?

709名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 22:32:27.19ID:jh7fySSc0
武帝の息子がクソ
なんだろう、候補が多すぎて一人に絞れないな

710名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 22:56:25.79ID:ucZklDrS0
元凶

711名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 23:29:17.22ID:KPMBqHbl0
>>708
成漢や後趙も捨てがたい

712名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 08:55:29.46ID:aXFvJFtv0
宣帝しれっと隋になる前年に亡くなってるけど楊堅が殺したぽくない?

713名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 09:03:30.09ID:ordsaTNv0
この時代のバカ殿は父の死去のときからネタを提供してくれるからな。

父が危篤の際に、やった!と喜んで酒宴を開き死期を早める祈祷をさせたり、
葬儀のときの哭礼に際し、のどが痛いから嫌だと駄々をこねたり、
棺の前に拝礼した家臣の頭巾が落ちて禿げ頭だったのをげらげら笑ったり、
打擲された腕をさすりながら「死すること遅し」と罵ったり。

714名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 21:30:14.31ID:OUUShs2H0
前漢の宣帝は有能だったのに北周は

715名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 21:41:51.67ID:LblB8P9I0
北斉の後主は長安に連行されたけど、そこで宣帝となんらかの交流があったのかどうか

716名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 21:54:12.40ID:BhsG45Ac0
>>703
溥儀「満州語喋れないわ・・・」

717名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/20(日) 08:49:15.44ID:ZmFEZl3QO
>>716
つか乾隆年間で既に満洲旗人の満語読解力は怪しかったらしいし、シャーマン儀礼も宮中で僅かに変形したのが遺るばかりの有様で
清末まで遺った確実に女真風俗は鞭髪と服と一部の料理位だもの。
そこは溥儀を責めるのはちょいと。

718名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/20(日) 10:04:41.35ID:UDztBtHr0
現代中国における満州民族は一千万人ほどいるとされる。
その大半が、清の故地である遼寧省在住であるが、華北や華南の大都市にも多数住んでいる。

が、満州語を話せる者はもはや学者レベルでしか存在せず、満州族のほぼ全員が身内でも漢語で話し、
愛新覚羅、完顔、葉赫那拉、瓜爾佳といった民族固有の姓も捨てて、趙、王、葉といった漢族の一字姓を名乗り、
伝統のシャーマニズムの祭祀も行われなくなり、
満州族とは名ばかりで、もはや100%といっていいくらい漢族に同化してしまっている。
(それでも漢満の区別をつけてるのは、少数民族優遇措置など、行政上の理由のため)

ちなみに満州族は清王朝の支配階級として中原に進出したため、
華北や華南においては現代でも圧倒的に大都市に偏在しており、そのため教育水準が高い。
識字率や大学進学率は漢族その他と比較して圧倒的に高く、社会的、経済的にも優位に立つ者が多い。
都会のセレブ、勝ち組といったイメージ。

719名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/20(日) 22:16:29.35ID:oV5Fk91y0
しかし宣帝がバカだとしても北斉倒してイケイケの北周があんな短期間で楊堅に乗っ取られるとはなあ

720名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/20(日) 22:38:33.14ID:vZSGD4xH0
韋孝寛が尉遅迥の反乱を瞬殺後にすぐ死んだのも幸運と言うか

721名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/20(日) 22:58:37.08ID:PcMk0i4b0
宇文泰が総帥に推される以前の宇文氏が元々関隴集団の中で高い家格を有してなかったというのもあるのでは

722名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 00:05:38.28ID:ba5sUXby0
>>719
武帝の段階で楊堅の根回しが完璧だったんだろうぬ

宇文独孤楊李のズブズブ感マジヤベェ

723名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 03:55:03.72ID:BqH+rgdl0
森安孝夫先生や石見清裕先生は楊堅が北周宇文氏を族滅したのが楊堅を支えていた連合集団の失望を買って李淵の唐王朝建国に繋がってる説を唱えてたな。

隋書でも李コ林伝で「陛下(楊堅)!宇文氏は族滅したらアカンで!」って諫言されてるのに楊堅がシカトして族滅したとか書かれてるし。

724名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 04:47:47.11ID:AsfpKJuv0
北周の宣帝は暗君なのに、なぜ宣の諡号がつくのだろうか?前漢の宣帝にしろ、晋の宣帝司馬懿にしろ、結構有能が多いのに。

725名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 06:14:40.68ID:BqH+rgdl0
唐の宣宗とかも名君やな。
なお、息子はボンクラの模様

726名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 16:05:09.62ID:tnixCEym0
>>718
見た目という最も影響力の大きいカテゴリーにおける漢風伝統を一掃し(まあ言語とかへの影響も相当深刻だが)
リアルで一般的な中国伝統文化を作り上げた偉大なる満州族が優遇されるのは当然アルヨ

727名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 16:36:51.48ID:59tZaGhl0
日本民法の父、穂積陳重の『法窓夜話』を現代語に完全改訳

法律エッセイの古典的名著が短編×100話で気軽に読めます
リライト本です。「なか見検索」で立ち読み頂けます。原版は
国立国会図書館デジタルコレクションで無料で読めます

法窓夜話私家版 (原版初版1916.1.25)
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(続)法窓夜話私家版 (原版初版1936.3.10)
https://www.amazon.co.jp/dp/B07BP9CP5V

728名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 18:08:38.92ID:458x0hPm0
>>724
宣帝をディスればそれは舅にも跳ね返るからやで

729名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 00:15:16.41ID:A5lNQaKu0
>>724
陳頊「よく俺の名前は日本でネタにされるけど俺も宣帝なんだぜい」

730名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 11:10:45.70ID:WCoHM7uO0
諡法解にはまさしく二つ意味があるな。

善聞周達曰宣
 陳情をよく聞き、
 それを広く治世に反映させる。

施而不成為宣
 施政をトチる。

基本的に明君たらんと頑張ったけど、……
みたいな感じのイメージになるねこれ。

ただ南北朝頃は、明らかに皮肉で諡号付けてるからなあ。
簡文とか、明とか。

731名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 18:41:02.34ID:LMnpP6Zm0
>>612
>慕輿根粛清の実績ある慕容恪
遅レスすまぬが、慕容恪は慕輿根の件を不問に付そうとしたんじゃなかったっけ?
皇帝になれと勧められたら、「あなたはどうやら酔っておられるようだ」と返してるし
つか、粛清を実行したのは慕容垂の方…

732名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 19:39:11.80ID:45okCzdg0
>>731
正確に言えば慕容暐が侍中の皇甫真と護軍の傅顔に命じて根の一党を捕らえさせて禁中で斬殺している
主導したのは本人の伝によると皇甫真っぽいな、すまん

733名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/23(水) 15:22:16.62ID:xvNJjbjz0
>>732
どんまい
こちらも思い違いをして人の気を悪くしてるんじゃないかと後悔してた

つか、慕容垂って性格に酷薄な部分があるような気がする
垂の載記のしょっぱなを読むとわかるけど、慕容垂の南征案が通った理由って
慕輿根が賛成したからなんだよね
いくら反逆を慕容恪にすすめた人物とはいえ、いわば借りのある相手のことを
一考もせずに「処刑しよう」と言うのはなんだかなあ…
正直、そういうところが慕容垂の敵を増やしてたんじゃなかろうか

あと、拓跋六脩は無実というか無罪だと思う
これどう考えても親父が悪いでしょ…
六脩は父からの仕打ちによく耐えたよ、いやマジで

734名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/23(水) 17:23:19.83ID:EtxT0kwX0
>>733
拓跋だけで可哀相な宗族列伝作れるよな、
とよこリプ

735名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/24(木) 11:08:47.36ID:VLBAtBmk0
石勒って曹操の事ディスってるけど同族嫌悪な所もあるよね

736名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/24(木) 14:56:12.30ID:evMSjE6o0
慕容儁が夫婦で嫌がらせしまくったから性根が歪んだんだろ

737名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/24(木) 23:51:34.98ID:4Ng52WT+0
当時の曹操評価が低かったんじゃね?

738名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/25(金) 06:54:17.55ID:7PZFhh9e0
劉淵や宇文泰が「魏武の風あり」とか書かれたり「漢高魏武」とか史書に出てくるから有能なイメージはあったんじゃないかと。

739名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/25(金) 22:49:51.65ID:Go9NXCsL0
>>737
尚書の梅陶が親しい曹熾に陶侃を評価する書を送った際に

「陶公(陶侃)の神のような機略と優れた見識は魏武(曹操)の如しである。
忠順にひたすら勤労に励んだことは諸葛(亮)孔明のようである。
陸抗を始めとした諸々の人物でも彼に及ばないであろう。」

と絶賛したとある
当時の曹操は今の諸葛亮みたいな天才軍師のイメージ
当時の諸葛亮は今のブラック企業社員みたいな過労死寸前のイメージかw

740名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/26(土) 03:09:20.83ID:Cne9OlYg0
李寿って若い頃はめちゃくちゃ有能だな

741名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/26(土) 03:13:03.97ID:viAUiBwf0
孔明には軍師としての才能はないしな
劉備の時代の軍師は法正だったし

742名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/26(土) 03:44:34.66ID:KjXdDTGh0
史書でも「謀主(軍事)は法正、股肱の臣は諸葛亮、爪牙は関羽と張飛」って書かれてるしね。

743名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/26(土) 11:14:38.12ID:/VkIknzB0
石勒パイセンは幼少の三法師、秀頼を擁立して結局主君を欺いた秀吉、家康タイプが嫌いなんだよ

744名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/26(土) 12:14:12.92ID:Wy6sS38b0
そういうわけで幼児はぶっ殺して自分が上に立つ石虎に後事を託したのだ

745名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/26(土) 12:26:24.39ID:QGN+kJA80
石虎のクーデターの手腕は鮮やかだがそれ以上に徐光と程遐が無策過ぎる。お前ら謀臣ポジのくせに何石虎に良いようにやられてんねん。

746名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/26(土) 12:36:36.91ID:aUkh5DVc0
張賓が生きててもろくな目に遭わなかったろうな

747名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/26(土) 12:42:59.84ID:pFiAlbvn0
後趙の体制を無理して石勒直系に集権化しないで石虎との分担統治の道を模索するのもありだったのでは

748名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/26(土) 16:13:41.13ID:CZ1wPZlv0
>>743
秀頼の場合浪人衆に大阪城の指揮権半ば取られてたって不運もあるから。
陳後主並の惰弱なら大阪城捨ててカーチャンとヨメさん連れて「おじーちゃん!浪人衆に大阪城乗っ取られちゃった!助けて!」つってたかも

749名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/26(土) 22:40:43.90ID:4Gmofnob0
>>745
徐光と石勒の間は互いに時々反抗期で相手の言う事聞かないからな
程遐は祖約ヌッ殺せるぐらいなのに石虎の側近に妻子レ○プされるぐらいの外弁慶

750名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/30(水) 00:09:55.06ID:Vl9TJMem0
五胡や北魏からも日本に渡った人がいたんだろうか?

751名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/30(水) 00:59:38.69ID:Vl9TJMem0
夏「色んな民族を吸収したぞ」
殷「漢字の原型作ったぞ」
周「政治の原型作ったぞ」
秦「皇帝制作ったぞ」
漢「儒教を活用したぞ」
晋「実は書道が得意なんだ」
唐「律令を作ったぞ」
宋「科挙で人材を確保するシステムを構築したぞ」
元「曲を作ったぞ」
明「西遊記、水滸伝、封神演義、三国志演義とか小説書いたぞ」
清「康熙字典を編纂したぞ」
中国「GDPで世界2位になったぞ」

752名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/30(水) 01:12:23.28ID:2NqtHWp20
新「禅譲を迫ったぞ」

753名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/30(水) 05:55:52.18ID:Fi4qKk0o0
後趙「皇室挙げて仏教を信奉したぞ」

754名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/30(水) 07:07:10.19ID:Vl9TJMem0
唐も仏教が盛んだったけど宋からまた儒教一辺倒になった

755名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/30(水) 15:39:25.98ID:ljFDldVc0
宋はネトウヨ王朝だから

756名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/30(水) 18:11:26.72ID:t4gfcIAY0
>>751
初っ端からテキトーすぎるw

757名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/30(水) 21:14:47.36ID:3Id5Fs7q0
「色んな民族を吸収したぞ」

これはほとんどの王朝に当てはまるやろ。
むしろ隋唐や宋、明の方が吸収してる。
隋唐は匈奴と鮮卑、宋は突厥、明は契丹と女真と西アジアの色目人を漢民族に吸収させたからな(モンゴル人は北に逃げたけど)。

むしろ夏や殷なんて極小エリアしか支配できてないし、吸収どころか少し黄河から離れただけで周りは異民族だらけだったぞ。

758名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/30(水) 21:19:09.05ID:3Id5Fs7q0
厳密に言えば隋唐は鮮卑族王朝だし、宋も突厥系の王朝だし、
吸収したというより自ら漢民族に同化したと言った方が正確かな。

759名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/30(水) 21:25:24.99ID:Fi4qKk0o0
隋唐は鮮卑というより六鎮の混血しまくった懲りない面々だろ
もし鮮卑のままだったら南北朝はもうちっとだけ続いたと思うんだぜ

760名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/31(木) 00:43:16.03ID:DL9fD8Lj0
ゲームでやりたいな
三国志のおまけでつけてくれねえかな

761名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/31(木) 08:51:57.73ID:QFO2PA1a0
「魏書」には、北魏視点で五胡十六国時代を総括した記述がある。
「魏」を名乗るだけあって曹魏の正当な後継者を自任しているのだが、以下がその内容。
鮮卑タクバツ部の身でありながら、完全に中華思想に染まっているのが面白い。


”天に二日なく、地に二君なし”とあるように、世界は一人の有徳の天子によって治められるべきである。
漢末、桓霊の悪政で天下は乱れ、群雄が割拠したが、武帝(曹操)は四方の乱を平定され、文帝(曹丕)は徳を以て天下を治められた。
しかるにエセ孫氏(孫権)や巴蜀の盗賊(劉備)が勝手に帝を称し、曹氏による天下統一の大業を邪魔しやがった。

結果、天下はいったん晋によって統一されたが、これも悪政により再び世は乱れ、五胡の侵入を許すことになった。
劉淵は劉備の後継を僭称して華北を占拠し、石勒がこれに続いて暴れ、さらには秦の符堅までもが真似をした。
江東では司馬叡が孫呉の真似をして勝手に独立政権(東晋)をたて、各地の蛮夷どもみな帝を自称し、天下の秩序は大いに乱れた。

そんななか、曹魏の正当な後継者であらせられる大魏の太祖(道武帝拓跋珪)は、
真の文明王朝の天子として、五胡どもが好き勝手に跋扈する世を改め、華夏の秩序を取り戻すべく、覇業を興され、
世祖(太武帝)は優れた武略で四方のえびすどもを潰し、みごと華北を統一成された。
大魏の神兵は縦横無尽に華夏を駆けめぐり、今や西域の砂漠から東は渤海に至るまでの大帝国を築き上げたのだ。

762名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/31(木) 10:40:59.95ID:cPVaB9ZU0
拓跋珪の廟号ってころころ入れ替わってるよな。
曹魏から繋がる所での正統性を主張する場合には
拓跋珪が太祖になるが、烈祖になってたりもしたはず。

この時は拓跋力微が高祖だったんだっけ?

正統性の典拠をどう後世の人間がつけたか、の変遷は、
確かどっかの論文にあったような。覚えてないけど。

763名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/31(木) 17:44:12.85ID:+IP/c1MV0
>>761
隋唐でも曹魏の評価って高くて李世民が高句麗遠征の時に曹操の祭祀やったりしてるんだよな。

764名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/31(木) 19:02:02.08ID:+u7mi22Y0
蜀漢正統論っていつごろからあるの?
劉淵や符堅は劉備ageだけど、本格的には宋代くらいかね

765名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/31(木) 20:30:04.86ID:iHXtqHJA0
>>764
東晋中期のシュウサクシだな、でかいのは

766名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/31(木) 22:13:40.27ID:yB6vRtTO0
習鑿歯の存在はデカイよね。
阿斗ちゃんdisも習鑿歯も最初だし。

767名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/02(土) 07:00:11.18ID:yRqc7bAa0
宋が攻められた時に檀道済を殺さなければ・・・って話あるけど結構歳だったっぽいしどの道その頃には死んでそう

768名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/02(土) 08:26:19.27ID:OtpQuCRS0
文帝が北伐させた連中に太武帝がきっちりカウンター合わせてきてるから檀道済生きてても餌食になっただけじゃね?
前方にいた皇族指揮官の劉駿との関係もうまくいったかどうか分からんし

769名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/02(土) 08:43:59.01ID:Kn2QXMo70
檀道済周り読んでると、その頃にはほぼほぼ高進之のほうがヤバかった印象

http://blog.livedoor.jp/masudazigo-2nd/search?q=%E9%AB%98%E9%80%B2%E4%B9%8B

まーこれも講談の類くさいが、
それにしたって高進之エグく輝き過ぎである

770名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/02(土) 09:51:44.39ID:OtpQuCRS0
元嘉の頃って沈慶之、王玄謨、薛安都、柳元景、蕭思話、蕭斌、垣護之あたりのメンバー揃ってたわけだから普通に北魏に勝てそうな気がするのは俺だけですか

771名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/02(土) 12:56:52.99ID:mJUTjEAs0
勝てたらいいが下手に戦ってボロ負けしたら凡将として歴史に残りかねん

772名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/02(土) 22:19:44.53ID:24y7eDRX0
武官系が反対してお貴族さまが北伐強行するとか言う創作テンプレートのような展開

773名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/03(日) 21:36:17.46ID:dhVQvZNW0
というかあれは南北朝が元ネタなんじゃないか

774名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/06(水) 21:09:33.54ID:hU4HiVGF0
高長恭が蘭陵王になったのって560年だよな

775名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/07(木) 14:08:48.56ID:Z9/1leXq0
宇宙大将軍ってあっさり慕容紹宗に負けたイメージあったけど慕容紹宗にも斛律光にも一回は勝ってるんだな。まぁ局地的勝利と言ってしまえばそれまでだけど

776名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/07(木) 20:41:20.30ID:z15/3v4b0
蘭陵王の
「軍功を称えて皇帝から20人の美女を賜ったとき、1人だけ選んで辞退した」
というエピ大好き
20人の美女の中から蘭陵王に選ばれる美女ってどんだけ

777名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/07(木) 21:33:13.04ID:Ui5rntok0
・20人全部賜る → 皇帝(武成帝だっけ?)から、「貪欲なヤツめ!」と猜疑される
・全部辞退する → 皇帝から、「こいつ朕の好意を無にするのか?」と猜疑される
・1人選ぶ → 熟慮の末の選択。選んだのは20人の中で一番のぶちゃいくだったかもしれん

778名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/07(木) 21:38:19.35ID:ARL2gTzN0
>>775
馬鹿にされがちだけどあいつ85点ぐらいの将ではあるから決して弱くはないよな

779名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/07(木) 23:12:58.40ID:WUqhN+bM0
>>778
卓袱台ひっくり返し度で言えば董卓とか冉閔、安禄山や黄巣に張るレベルよね

780名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/08(金) 00:47:38.61ID:QHUhA+ou0
糞雑魚だったらそれに国を崩壊させられた蕭衍どんだけだよってなるからな。それにしても酷いけど

781名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/08(金) 19:52:14.66ID:j+P4/KZs0
二線級には遅れを取らないが一流どころにはしっかりパワー負けするのが宇宙大将軍

782名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/08(金) 23:42:12.02ID:ykq7A5tL0
>>780
オーラでビビらせたからセーフ

783名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/09(土) 05:23:09.69ID:T6DeVVpP0
王偉すき

784名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/09(土) 15:01:30.45ID:swmOe8Wi0
>>782
テキトーな説話で自分の体面だけ保ってんじゃねーよ!保ててないけど

785名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/12(火) 23:41:19.93ID:Le4PoQ1w0
長江渡った時何人だったの?→千人です  首都を囲んだ時は?→10万です
とかいう梁の糞政治を知らしめる膨れ上がりっぷり。さっさと津を抑えておけば・・・
あそこら辺はほんと悪手悪手&悪手だな

786名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/13(水) 06:49:18.08ID:PsKsY0vD0
地方に出てた皇子たちが自分等にも皇位継承のワンチャンあるんじゃねと遠巻きに見殺しにした結果だからなぁ
そういう風に育ててしまった武帝の自業自得か昭明太子夭逝の影響か

787名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/13(水) 15:04:10.58ID:UiG0zCy80
宇文泰に蜀をプレゼントした元帝も酷い。
いくらなんでも大局観なさすぎ

788名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/15(金) 16:24:34.57ID:cbBfvtPb0
家臣「流石に貴族共贅沢し過ぎやろ...陛下も言ってやってくださいよ」
武帝「俺は贅沢してないから」
完全にボケ入ってますね...

789名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/15(金) 16:40:42.11ID:s7kyO1Ll0
梁武帝「オレは嫌な思いしていないから。それにお前らが嫌な思いをしようが俺の知った事ではないわ
だって全員どうでもいい人間だし
大袈裟に言おうがお前らが死んでもなんとも思わん
それはリアルでの繋がりがないから
つまりお前らに対しての情などない」

790名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/15(金) 17:23:50.93ID:KOHkjIpJ0
梁武帝はもう少し北伐に熱心だったら状況はかなり変わっていたような気がする

791名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/15(金) 18:32:36.50ID:Vw7orjF00
>>790
仏教狂いやめられんから無駄やで

792名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/16(土) 00:11:16.99ID:694RlAfh0
梁武帝が雲崗の石仏ゲット目指せば
本気の北伐あったかもしれんのに
侵攻とは違う方向の信仰に熱心だったから仕方ないか

793名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/16(土) 01:23:48.63ID:l8P22n+Q0
>>788
捨身とか言って大量に無駄金使ってたんだよなあ

794名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/16(土) 03:20:16.40ID:/j+KPN680
海西の菩薩天子「なんでや!仏門に帰依するば世俗の悩みも消えるんやで!」

795名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/16(土) 04:21:47.12ID:40kKEt4qO
梁武帝が作った梁皇懺はまだ現代でも法要で使われる現役のお経だけど、本人はねぇ。
著作は永遠だが国家は短命。

796名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/16(土) 15:27:20.06ID:y8dFDEot0
王愆期って何した人なん?
桓宣並みに有能なんかな

797名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/17(日) 13:47:31.62ID:L5SnW8X10
>>795
ほとんど一代で終わったから微妙だけど国家としては北斉や南朝斉より長く保ったぞ

798名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/17(日) 14:00:24.84ID:sjuXGZmo0
梁は蕭斉の分家筋みたいなものだから、二王朝合わせて斉梁みたいな呼称で良かったんじゃねえかな
漢趙や成漢と同じカテゴリーだろ

799名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/17(日) 22:46:53.32ID:EixJjuOu0
>>798
「六朝」と呼びたいんだ(陰謀論)

800名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/18(月) 18:40:50.56ID:rkY1Zh200
女児死亡のニュースで王衍思い出した

801名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/18(月) 19:49:17.24ID:+Ffyxuh20
昭明太子が夭逝せず後継いでたら少しは持ったかな 後の後梁の 明帝なんかは北周の武帝に一目置かれる程だし更に明帝の子の蕭瑀は唐の二十四功臣に選ばれる位だし

802名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/18(月) 21:40:12.67ID:BuWKo0tx0
>>801
武帝が長生きしてるから無理だろ

803名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/18(月) 22:56:25.14ID:kIJh6ui60
北元もそうだけど
遊牧民って跡目争いと内紛で弱体化していくセオリーあるね

804名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/18(月) 23:26:32.50ID:MmI783oj0
>>803
というよりも「強くなきゃ生き残れない」世界で、
世襲ってのはだいぶ歪な制度だってことじゃないかな

だって息子を強くするための教育まではできようが、
それで実際に息子が強くなるかは、結局息子の素質による。

息子の素質とかどんだけ危うい確率のガチャだよってゆう。

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