もしハワイ王国が独立維持していたら・・・? [無断転載禁止]©2ch.net

114Traveler2017/11/03(金) 23:52:42.99ID:bnx5cIcU
>>112続き

さて。ここで引用元の書籍のページを大幅にワープさせ、ハワイ王朝の落日となる七代目の国王及び、八代目にして最後の女王となる
リリウオカラニについて触れることで、本連載の締めくくりとしたい。

七代目国王カラカウアの治世1876年には、アメリカとの互恵条約が結ばれ砂糖が非課税で対米輸出されるようになった。カラカウア王
は砂糖産業と移民を奨励し、1880年に宮廷内でフラを復活した。明治政府に移民を奨励したのも彼である。世界周遊の途中81年に訪日
して皇族との婚姻を画策したが、これにはアメリカ牽制の意味もあった。かれの姪であるカイウラニ王女(当時 5歳。父親は白人)を
山階宮定麿親王(東伏見宮依仁親王・当時13歳)と縁組みさせようという企てである。白人勢力の増長は、国王をそこまで追いこんで
いたのだ。だが開国して日も浅い日本にとってそれは外交上の火遊びという他なく、明治天皇から「我が国に余力なし」と辞退された

また彼は、ミクロネシアやサモアとの間に太平洋連盟(ポリネシア帝国)を締結せんと画策したが、これも欧米列強の横槍で頓挫する
あげく1887年、彼の絶対君主志向をきらう白人勢力に後押しされたクーデターが勃発。かえって権力を大幅に制限される。失意の彼は
アルコールに溺れ、療養空しく1891年サンフランシスコで薨去。かくして彼の妹にして最後の女王リリウオカラニが即位したのである

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