68k v.s. x86 Round 4 [無断転載禁止] [無断転載禁止]©2ch.net

1ナイコンさん 転載ダメ©2ch.net (ワッチョイ cf1d-Nx9W)2016/06/24(金) 09:45:30.740

16Bitパソコン時代のMPU/CPU 68kとx86を語るスレです。
68020,386以降の32BitやZ8kや658xxの話題もOKです。

過去スレッド

68k v.s. x86 Round 3
http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/i4004/1458450955/

68k v.s. x86 Round 2
http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/i4004/1455196631/

68K v.s. x86
http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/i4004/1220728356/
VIPQ2_EXTDAT: default:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured

612ナイコンさん (ワッチョイ 213d-gseB)2018/05/19(土) 13:16:28.900
>>608
640x200モードはあったでしょ。
ピクセル数が少ないから処理が早く出来たってのはないな。
メモリ容量自体は、640x200-16色なら320x200の256色と同じだからね。

613ナイコンさん (ワッチョイ 213d-gseB)2018/05/19(土) 13:20:04.770
>>610
16色で4プレーンあったとして、最大4枚しか重ね合わせ出来ないんだが?
4枚しか重ならなくてゲームが作れると思ってるの?

テグザーもイースもプレーンを分けた上で、苦労してソフトで重ね合わせ処理してるんだが。
なにが完全にハード側に委ねるなんだか。知ったかしてくるのも大概にしておいて欲しいわ。
VGAの件で論破されてもまだ適当な事言って来るところが恥知らずだけど (ワッチョイ b114-RYnA) は。

614ナイコンさん (ワッチョイ 213d-gseB)2018/05/19(土) 13:28:13.430
そして苦労しても、横の移動は8ピクセル単位とかが限界。メチャクチャ苦労して4ピクセル単位とか。
プレーン型はピクセル単位でやろうと思ったらビットシフトしないといけなくなるから
なめらかな移動描画なんてとても・・・
こんな板にいる老人ならこんなの常識の知識だと思ってたんだけど。

615ナイコンさん (アウアウカー Sa4d-+KBU)2018/05/19(土) 13:33:07.50a
>>612
640x200モードってあったっけ?
使った覚えがほとんどない、というか640x400しか使ってなかったから記憶になかったわw

VGAの320x200の256色モードだと、ワークエリアからまるっと転送でも64000バイト、ブロック転送1度ですむからね。
ワークエリアでグラフィックに文字重ねた画像データ作っておいて、1回の転送で更新ってのをやった時に「こりゃ便利」って思ったわ。

>>607
X68000にもPC88VA2にもPCM(ADPCM)搭載されてたでしょ

PC88VAはスプライトRAMが256KBあるんだけど64KBのセグメントが立ちはだかって面倒くさいのなんのって
64KBのセグメントさえなけりゃと何度思ったことか

↑VA2ね

619ナイコンさん (ワッチョイ b114-RYnA)2018/05/19(土) 13:53:54.370
6502のファミコンだって十分面倒だわ。だが名作ゲームは多数生まれた。
セグメントがあるから名作が生まれないとか言ってる奴は無能の言い訳に過ぎない。

620ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/19(土) 14:01:18.050
68000を使ったセガのメガドライブは欧米ではスーパーファミコンと同程度の人気があったみたいだな
米国ではジェネシスという名前だったらしい

621ナイコンさん (ワッチョイ cd8c-+uOs)2018/05/19(土) 14:42:16.410
>>619

>セグメントがあるから名作が生まれないとか言ってる奴
誰も言ってない、強いて言うならお前が言った

他の奴が言ってるのは
おまえがゲーム描画用として優れていると主張してるプレーン式VRAMはゲームでピクセル単位のなめらかな動きを実現するのに不向きだと言う主張だ
そしてファミコンはスプライトとBGスクロールという外部ハードウェアを利用してなめらかなピクセル単位の動きを実現しているからCPUやプレーン式VRAMはまったく関係ない

622ナイコンさん (ワッチョイ b114-RYnA)2018/05/19(土) 15:07:58.100
そんなことは一言も言ってない。
プレーン式はプレーンシ式でそのメリットを活かしたゲーム作りはいくらでもできるというだけの話だ。
ハードの特徴に合わせてコードを書くだけ。スプライトが横に描ける制限があるなら、ギャラクシアンのようにキャラクタで並べて対応するし、
色数が制限あるなら、MSXのイーアルカンフーのよう片方はスプライト、片方はキャラクタで描くだけ。

セグメントを理由にビットマップがまともに扱えないなんて言い訳にすぎない。実際に98はエロゲだらけ。

623ナイコンさん (ワッチョイ 76f0-qlRl)2018/05/19(土) 15:16:35.540
>>584
32bitでは実際に制限に引っ掛かったけど、それはx64版Windowsの登場直前になってからだしな、
さほど深刻な制限にはなってないぞ

624ナイコンさん (ワッチョイ 76f0-qlRl)2018/05/19(土) 15:20:11.730
>>596
ああ、うん

スーパーバイザーに指定されたエリアにアクセスするときにアドレスエラーだっけ?でアクセス拒否される以外はリニアアクセスできると書きたかったつもり

625ナイコンさん (ワッチョイ 76f0-qlRl)2018/05/19(土) 15:22:42.150
>>606
アドレス空間としては2MB確保されてる
容量は512kBだが。

626ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/19(土) 15:23:00.590
エロゲは紙芝居ゲームだから参考にならないよな
PC-98はスプライト使えなかったから、シミュレーションゲームやRPGやエロゲが多かったね

627ナイコンさん (ワッチョイ cd8c-+uOs)2018/05/19(土) 16:30:48.890

628ナイコンさん (ワッチョイ cd8c-+uOs)2018/05/19(土) 16:46:50.310
FalcomのYsIIIは8ピクセル単位の移動だったけど自分的に当時のスプライトゲーよりも楽しかった
同社のスタートレイダーは内容は好きだったが8ピクセル単位の描画でゲームとしては台無しだった

シューティングはピクセル単位で動かせないと駄目だよね

629ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/19(土) 17:15:53.790
セグメントの話になると盛り上がるよな
それだけ64KBのセグメントの壁に苦しめられた人が多かったんだろうけど

630ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/19(土) 17:26:54.600
Windows 95が出るまで、PC-98用のゲームは286マシンでも動作するゲームが多かったよな
Windows 3.x用のゲームはあまりなかったし、386や486に特化したDOSゲームもあまりなかった

631ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/19(土) 17:53:04.130
x86はやっぱりWindows 95の時代で強くなったよな
CPUもPentiumになってRISCに対抗できるようになったしね
メモリの価格も下がって最低16MB以上必要だったWindows NTもやっと使い物になるようになった

632ナイコンさん (ワッチョイ 95ba-NEzo)2018/05/19(土) 18:06:57.800
>>587
Win x86(32bit)時代末頃、ハイエンドビデオカードで搭載されるVRAMが大容量すぎてフラットにアクセスできなかったことを言ってるんじゃないの

現行システムなら10GBオーバーでもバンク切り替えの必要なくフラットアクセスできるから問題なしだ

633ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/19(土) 18:07:57.200
第一世代のPC9821のA-MATEはメモリが14MBくらいまでだったけど
第二世代A-MATEやB-MATEはメモリが16MB以上のメモリが使えたから
Windows 95時代にもなんとか使えた
486をPentium OverDriveに差し替えて使ってた人も多かったかも

634ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/19(土) 18:27:12.650
1994年末に雑誌に付属のはがきを見せるとWindows NT 3.5が割引で12800円で買えるキャンペーンをやってて
Windows NT 3.5を買ったんだがそれを動かすために買った16MBのSIMMが6万円もした時期
1994年末はまだWindows NTの敷居はまだ高かった

635ナイコンさん (ワッチョイ 95ba-NEzo)2018/05/19(土) 18:36:12.270
>>606
>だから256色出せるハードウェアなの640 x 480では16色なんだろうね
初期VGAでは640x480の256色を取り扱える量のVRAMを詰んでないし

256色出せるのは最大640x400の解像度までだ


>X68000だとグラフィック用のVRAMだけで512KBの領域使ってたんだっけ?

X68000のメモリマップでは、VRAM用に割り振ったアドレスは$c00000-$dfffffの2MB分ある
同じ512kBのテキストVRAMが$e00000-$e7ffffの512kB分なのとは違ってな。

グラフィックの方は1ワード1ピクセル固定だったんで、16色モードだと1024x1024ドット分x1ワード=2バイトの2MB分だよ
アドレス空間の領域としては2MB、VRAMの物理的容量は512kB

636ナイコンさん (ワッチョイ 95ba-NEzo)2018/05/19(土) 18:41:29.730
>>615
あった。ググってみたところ参考によかったのが
http://island.geocities.jp/cklouch/column/pc98bas/pc98disphw1.htm
>1982年、テキスト用に8KB、グラフィック用に96KBのVRAM、μPD7220をテキスト用とグラフィック用に2個搭載したPC-9801が発売。
>画面モードは 640x200/モノクロ/6面、640x200/8色同時発色/2面、640x400/モノクロ/3面、640x400/8色同時発色/1面 の4つ。

>>630
286どころかV30で動作するかどうかが壁だった気がするが

>>631
x86がRISCに対抗できるようになったのはPenPro/PenIIからだろ
Pentiumのころだとまだ、Alphaのx86エミュレーションを超える速度は出てなかったのでは?

637ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/19(土) 18:55:55.060
>>636
>x86がRISCに対抗できるようになったのはPenPro/PenIIからだろ
>Pentiumのころだとまだ、Alphaのx86エミュレーションを超える速度は出てなかったのでは?

PenitumではRISCの性能は超えてなかったが
486ではお話にならなかった浮動小数点演算性能が
Pentiumで大幅に強化されて、なんとかRISCと戦えるようになったとかだったはず
(初期のPentiumではリコール問題があったけどね)
Windows 95マシンにプレインストールされたパソコンのCPUは
120MHzもしくは133MHzのPentiumが多かった
(120MHzや133MHzのPentiumはリコール問題になったバグは解消されてる)

638ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/19(土) 19:05:55.860
http://www.atmarkit.co.jp/fsys/pcencyclopedia/008procs_hist02/procs_hist03.html
> しかし、Intel486 DXではついに浮動小数点演算機能が内蔵された。
> 一般的に浮動小数点演算ユニットやキャッシュ・メモリは、プロセッサと同じダイに内蔵(統合)されると、
> プロセッサ・コアとのデータ転送速度が大幅に向上して劇的に性能が高まる。
> Intel486 DXの浮動小数点演算性能は、RISCプロセッサに比べるとまだ見劣りしたとはいえ、
> 以前に比べれば大きく改善された。


http://www.atmarkit.co.jp/fsys/pcencyclopedia/008procs_hist02/procs_hist04.html
> これでも、当時のハイエンドRISCプロセッサには、
> 浮動小数点演算性能で追いつくことはできなかったが、その差は確実に縮小した。
> また、互換プロセッサ・ベンダ製を含むx86プロセッサ全体の中で、
> Pentiumは抜きん出た浮動小数点演算性能を誇ることになる。
> これはAMDのAthlonプロセッサが登場するまで基本的に変わらない。

639ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/19(土) 19:42:57.020
DECのAlphaはRISCの最速マシンとして有名だったけど
UNIXワークステーションで大きなシェア持ってたのがSunとHPだったはず
SGIも人気あったのかもしれないがよく知らない
Pentiumはそれらとある程度、張り合えれば良かったのかもな
SPARCはソフト資産は多かったようだがRISCの中ではあまり速くなかったと記憶してる

640ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/19(土) 20:20:51.690
IAEAの資料だけど142ページから144ページに1995年頃の主にHPとSGIマシンの性能と価格が載ってるね
http://www.iaea.org/inis/collection/NCLCollectionStore/_Public/27/063/27063627.pdf

SPEC INT92 Summary
http://performance.netlib.org/performance/html/new.spec.cint92.col0.html

SPEC CFP98 Summary
http://performance.netlib.org/performance/html/new.spec.cfp92.col0.html

641ナイコンさん (ワッチョイ 95ba-NEzo)2018/05/19(土) 20:34:25.420
>>639
68040から自社開発のSPARCに切り替えたのに大して高速化できなかった激遅失敗作じゃなかったっけ、SPARCって?
高速化競争で躓いてるうちに衰退した印象

HPも似たり寄ったりか、あまりにも難航したことで起死回生を図ってitanium共同開発に乗ったまま消滅した印象

シェアはあっても速度はなかったんじゃなかったかなあ

642ナイコンさん (ワッチョイ cd8c-+uOs)2018/05/19(土) 21:15:15.680
RISCはRシリーズが華々しく成果を上げて68Kを駆逐したけど
その後でてきた色々なのは個々のメーカーが自前で使ってるというだけで
特別印象には残ってないな

643ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/19(土) 21:31:02.220
1997年頃にはUNIXワークステーションをWindows NTワークステーションが駆逐してたな
HPはWindows NTワークステーションにも力入れて宣伝してた
DECもUNIXでは劣勢だったのでWindows NTに力を入れてた

644ナイコンさん (ワッチョイ cd8c-+uOs)2018/05/19(土) 21:42:13.520
今じゃUNIXといったら
WSじゃなくPCで動くLinuxだしね
場所によってはFreeBSD等も動いてるだろうが
基本、組み込みやスパコンまでLinuxになってしまった

645ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/20(日) 05:51:53.920
OracleのExadataもベースに使ってるOSはLinuxだものな

646ナイコンさん (ワッチョイ faf4-r/v7)2018/05/20(日) 08:51:06.450
なんか1983年スレの住人がこっちに入り込んでるような話題をやっていたけど
PackedPixelを実現させようとするのは80年代後半まで現実的では無いんだよな。

当時のメモリではトリッキーなことをしないと実現できなかった。
具体例で示すと水平640dotをPC-9801のCRTに表示することをPlaner(3bpp)とPackedPixel(8bpp)で
考えると表示期間30.4μs中にGDCはPlanerでは40word(1word=16dot)でメモリアクセスは
760nsで済むものがPackedPixelでは320word(同2dot)で1/8の95nsとなってしまい当時の
DRAMのアクセスタイムが150nsとか120nsから考えると全く間に合わない。

そこでNEC μPD7220 GDCや日立 HD68484 ACRTCあたりではアドレス生成を+2や+4として
メモリをDoubleやQuadでアクセスするインターリーブやメモリのアクセスを高速化する
ページモードなどを実現する必要があった。
更に8bppのPackedPixelだとPalletを記憶する高速なSRAMやD-Aコンバーターも必要で
これらは全てコスト増となってしまい68KであってもPersonalComputerでは実現は困難であった。
(Workstationでの実績は知らね)

それを証明するかのように68K愛好家が自慢する機種のAMIGA(1985)はPackedPixelではなく
Planer方式のGraphicを採用していた。

>>641-643
当時のRISCってクロックが全く伸びてなくてあっという間にINTEL VS AMDのクロック競争による
性能向上においていかれたような気がする。

特にINTELなんかはHPと組んで開発していたItanium(Merced)が開発が遅れたのもあるが
出荷時には既に陳腐化してしまっていてこの時の評価は後々のItanium2 にも大きく影響して
しまったぐらいだ。

647ナイコンさん (ワッチョイ faf4-r/v7)2018/05/20(日) 08:55:14.400
>>646
×日立 HD68484 ACRTC
○日立 HD63484 ACRTC

648ナイコンさん (ワッチョイ 95ba-NEzo)2018/05/20(日) 11:32:11.000
>>646
DRAMの高速アクセスを実現する手法、カラムモードとかニブルモードとかはすでに80年代に出てただろ
それを使った連続アクセスで読み出せば、DRAMのアクセスタイムよりかなり高速に連続アドレスの読み出しは十分に可能
間に合わないのはお前さんの頭の中だけだ

>当時のRISCってクロックが全く伸びてなくてあっという間にINTEL VS AMDのクロック競争による
>性能向上においていかれたような気がする。

命令セットを簡略化して高速化するはずなのに、高速化の妨げとなるボトルネックを見誤って、削るべき部分を削らずに放置したせいで高クロック化ができなかったんだよ
命令自体よりもレジスタ数の影響が大きかったんじゃないのかね
本当にネックだったのはアドレシングモードの複雑さであって命令本体じゃなかったんだろうが、そちらはとりあえず削ってたから、初期段階で配置横行クロック化できたけど、
2番目にボトルネックとなったレジスタ数が削れなかったから厳しかったのかと。
といっても、リネームレジスタを使ったx86でも内部的なレジスタ数はワークステーション向けの高速RISCと変わらないだろうし、あんまり関係なかったのか?

649ナイコンさん (ワッチョイ cd8c-+uOs)2018/05/20(日) 11:41:54.650
命令(アドレッシングモード)を簡略化して1命令辺りのクロック数を削減し、かつ高クロック化を容易にして高速化するコンセプトなのに
高クロック化できなかったのはなんだかなーって
やはり大資本で工場もってる企業にはかなわないのかって思った

レジスタ数がネックになるのは知らなかったが
それだと大量のレジスタ使ってメモリアクセスを最小限にするロードストアアーキテクチャ自体がボトルネックという話になってしまうな

650ナイコンさん (ワッチョイ 95ba-NEzo)2018/05/20(日) 12:02:09.740
レジスタと演算器の間をつなぐ配線が増えることで信号長が伸びて高クロック化を妨げるらしいぞ
レジスタ数は程々に押さえないとダメだと、後になって分かったらしい

30とかレベル(32本)ならともかく100を越えてくると(128本とか192本とか、それ以上)、当時の製造プロセスでは厳しかったんじゃないか?

いまでも生き残ってるようなのはたいてい32本か、多いのでも64本じゃん


まあ、リネームレジスタの数は100を超えてるけどさ

651ナイコンさん (ワッチョイ b114-RYnA)2018/05/20(日) 12:05:59.330
当時のインテルが大資本だって!!!!

652ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/20(日) 12:22:02.150
各社で違うRISC CPU開発してたし、
サーバやワークステーション向けだけだとどんなに売れても数十万から数百万個程度しか無理なのでは?
数が売れないので半導体工場への投資も回収が難しくなり製造プロセスの更新が遅れるとかもあったかも
今ならスマホの普及でファンドリが既にIntelに追いつき、追い越しつつあるが当時は無理だったからな
あとはDECの経営が傾いたためにDECから大量にIntelやAMDに人材が流出したしな
AMDのAthlon、Athron64やZenを開発したJim KellerだってもともとDECでAlpha作ってた人でしょ?
DECはソフトウェア技術というよりハードウェア技術が売りの会社だったようだしな

653ナイコンさん (ワッチョイ 95ba-7Q0x)2018/05/20(日) 12:26:25.920
ファブレスのメーカーがつくつてるCPUが、当時どんだけあったんだよ

654ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/20(日) 12:28:01.070
TSMCやSamsungが製造技術でIntelに追いつきつつあるのは
スマホ向けで大量に製造の注文が入るからだしな
ハイエンドのGPUチップやFPGAやサーバ向けなどの高付加価値の半導体製造の注文も入る
AMDのZenが好調なのでGLOBALFOUNDRIESも儲かってそうだ

655ナイコンさん (ワッチョイ cd8c-+uOs)2018/05/20(日) 12:31:29.360
DECは初のミニコンと作ったんだよね?
最初は6bitCPUだったとか
たしかCompacに吸収合併されて消えたと記憶してる
そのCpmpacも今は消えてしまったが当時新興企業だったPC-AT互換機メーカーに名門が…ってショックだった

68kが落ちたのだってモトローラがMPU(CPU)にそこまで本気じゃなくなった(本業は他にある)からだしね
それで自前開発をやめてPowerPC連合に入ったけど、これも目立つ用途はPowerMac位しか知らない
68kみたいに産業用(組み込み)とか、もしくはサーバー用とかに使われてるのかな?

656ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/20(日) 12:34:09.690
MIPSはファブレスだね
日本では東芝やNECがMIPSの製造をがんばってた
富士通がSPARCをやるようになったのは
最初のSPARCが富士通のゲートアレイを使ってた関係だろうね

MIPSのWikipedia見るといろんな会社がMIPSのライセンスを受けて製造してたのがわかる
https://ja.wikipedia.org/wiki/R4000
https://ja.wikipedia.org/wiki/R5000
https://ja.wikipedia.org/wiki/R8000
https://ja.wikipedia.org/wiki/R10000

657ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/20(日) 12:40:39.970
>>655
DECのPDP-7はUNIXが初めて開発されて使われたミニコンとして有名
PDP-11はUNIX Version 6やVersion 7が使われたりして有名
68000のポストインクリメントやプリデクリメントはPDP-11を真似したと言われてる
VAXは1970年代終り頃に出てDECの主力製品になった32bitミニコン

BSD UNIXは4.3BSDまでターゲットマシンがVAX11だった
VAX11/780エミュレーターで4.3BSDまでのBSD UNIXが動く

DECはIBMと同じく1992年に創業以来初めての赤字を計上して経営が傾いた

658ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/20(日) 12:42:17.550
VAX用のOS、VMSを開発したのが、マイクロソフトでWindows NTの開発を指揮したデビット・カトラー

659ナイコンさん (ワッチョイ cd8c-+uOs)2018/05/20(日) 12:53:05.270
>>656
そういえばMIPSはファブレスだったね
それだけ当時のCISCに対しては画期的だったんだな…本当にあっというまに塗り替えられちゃったし
でも最終的にはCPU一筋だったIntelに抜かれてしまったのは覚悟(他に商材が無い)というか本気度の違いかね
今のARMが当時のRシリーズに似た印象を受ける

>>657
もう歴史の世界になっちゃったね
ミニコン→ワークステーション→消滅・・・となって、これらはPCに置き換えられてしまった

68kのスタックポインターが汎用レジスタなのもDECの影響で
DECのCPUはプログラムカウンターも汎用レジスタだったけど特許だかの関係で68kには採用出来なかったという話を聞いた覚えが

そういう話を聞くとDECはUNIXや68kの母と言えるかも
VAX開発したカトラーもMSでWindowsNT作ったし
今に続く色々な技術の源流に居たメーカーの1つだった

660ナイコンさん (ワッチョイ 553d-uPxW)2018/05/20(日) 12:54:20.240
モトローラの半導体部門はモトローラから分離してFreescale Semiconductorになり
そのFreescale Semiconductorは主にARMをやってるNXPに買収され
そのNXPをQualcommが買収

661ナイコンさん (ワッチョイ 95ba-A9b3)2018/05/20(日) 14:22:52.400
>>635
すでに出てるMIPSと、あとはARMがすでにあった
SPARCもCPUに関してはファブレスじゃなかったっけ?たしか富士通の半導体工場使ってたような気が?

>>654
TSMCとか、もともとIntelより少し遅れてる程度でずっと追従してきてなかったか
スマホ好調になる前に一時期は遅れが大きくなってたけどさ

>>655
PowerPCも、一時期にはPC同様な規格作ってワークステーション市場に出ていこうとしてたはずだ、死んだけど。

>>659
ARMがファブレスでCPU事業はじめたのは90年代前半だろ
MIPSが全盛期を迎える以前からずっとあったはずだが

>68kのスタックポインターが汎用レジスタなのもDECの影響で
>DECのCPUはプログラムカウンターも汎用レジスタだったけど特許だかの関係で68kには採用出来なかったという話を聞いた覚えが

その影響が残ったからかな、PCで使える命令やアドレシングモードは汎用レジスタと大差なかったよな

662ナイコンさん (ワッチョイ faf4-r/v7)2018/05/20(日) 15:06:00.040
>>655
00年代だとPC機器類で結構PowerPCは使われていたよ。

例えば3WareのRAID CARDなんかはAMCCのチップが使われていた。
(その後3WareはAMCCに吸収。 AMCCもLSIに吸収される。)
ちなみにLSIのRAID CARD9260はPowerPCではなくARMを使っていたな。

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