【鹿角脇立兜】本多平八郎忠勝【蜻蛉切】

1名無しさん@お腹いっぱい。2006/06/18(日) 05:11:22ID:KLVhOa9K
徳川四天王の一人、本多忠勝を語るスレ。
家康の天下取りを支えた戦国時代有数の豪傑を語りましょう

437人間七七四年2012/07/02(月) 14:37:47.83ID:PdwfjYPD
関ヶ原の戦後、福島正則が褒めた件って、
どういう話なの?

438人間七七四年2012/07/09(月) 17:38:31.68ID:ZiRjJAEA
>>437
関ヶ原の戦いの時に息子を中山道の秀忠隊に付けてた為
忠勝の手持ちの兵は500だった。それを見た、福島正則が
寡兵過ぎるから、邪魔しないでね♪みたいな事言ったが
関ヶ原後半で、島津義弘が退き口の特攻して来たんだが
朝鮮の役で島津義弘の強さを目の当たりにしてる正則は
びびって道を開けるしか無かったが、その島津隊に勇猛果敢に
追撃したのが、井伊直政、本多忠勝、松平忠吉隊。
途中、井伊直政・松平忠吉が捨てがまり食らって被弾して
負傷して、後退する中 忠勝だけが落馬してもかすり傷
一つ追わずに島津兵をことごとく粉砕した。これを見た福島
正則が、忠勝に凄いですね。。って言ったら、忠勝が敵が
弱すぎただけ。と言った。

当時、忠勝が戦国最強なのはこの時に確定したんだよね。

439人間七七四年2012/07/10(火) 08:55:19.01ID:YFhvDmI8
>>438
ありがとう。
勉強になった。

440人間七七四年2012/07/18(水) 08:22:40.48ID:D5BfQcd3
明治時代にアメリカに移住した本多忠勝系の子孫についてご存知の方いますか?
戦前スパイ容疑で逮捕されて獄中死(おそらく拷問死)したホンダリキタという人なんですが、本当にあの本多家の人なのか知りたいです。
アメリカで帝国退役軍人協会みたいなものをやってたようです。

441人間七七四年2012/07/18(水) 21:56:58.67ID:qWYWlIb1
>>415
姉川では一万に単騎で突っ込んでんだよ

442人間七七四年2012/07/18(水) 21:59:35.46ID:qWYWlIb1
>>438
めちゃくちゃカッコイイなそれ

443人間七七四年2012/07/19(木) 00:43:35.94ID:vjEI86/u
武田氏を滅ぼした信長が、駿遠三遊覧で家康の接待を受けた時に家康とその重臣達にこんな話しをした。

信長「三河殿、古今の英雄と言われる人物は数多いるがあなたは誰が最も優れていると思うか」
家康「それは上様以外ござらりませぬ」
信長「余の事はおけ。小平次(酒井忠次)、そちはどうだ?」
忠次「安土様の破格の偉業には頼朝公も義満公も足元にも及びませぬ」

このように信長は居合わせた重臣一人一人に親しく問うたので皆感涙したという。

そして全員が信長こそが古今最も秀でた英雄と褒めちぎるなかただ一人、違う人物を挙げる男がいた。。。

信長「平八郎(本多忠勝)、そなたはどうだ?」
忠勝「それは我が殿、徳川家康公でございましょう。殿は仁篤く、臣下を慈しみ、戦に置いては勇猛、
仮に上様がいなければ天下を統べるのは我が殿以外ござらん!」

これは歪曲して聴けば謀反とも取れる言いようであり、家康以下一同は仰天して腰を抜かし、中には
今にも忠勝を切ろうとする者までいたが。。。

信長は嬉しそうに手を叩き上機嫌で忠勝を褒め囃し、天下統一成れば家康の陪臣として武蔵一国を
宛がう約束をしたという。
信長の死により約束は反古になったが家中に面目を施した忠勝は死ぬまで息子達にこの話しを誇ったという。

444人間七七四年2012/07/19(木) 00:46:33.35ID:vjEI86/u
天正18年(1590)2月、大阪城に諸大名が集まった時、秀吉は家康に聞いた。
「今回は、本多平八郎は連れて来ておられるのかな?」
「はい、連れておりますが…?」本多忠勝が、秀吉の前に召しだされた。
秀吉はさらに、立花宗茂を召しだして言った。

「宗茂よ、この者が東国最強の本多忠勝である。おぬしは西国無双の評判が高い。
東西において無双の者共なれば、わが前にて対面を許す。
今後は力を合わせ、宗茂は西国を守護してますます忠義を尽くし、忠勝は家康を助け、
東国を安んじよ!」

前田利家、毛利輝元など居並ぶ諸大名も、天晴れ武士の面目よ、と感じ入った。

その夜、宗茂の宿舎を訪れる者がいた。本多忠勝であった。
「このたび、関白の御前で天下に面目を施せたのは、ひとえに貴殿の功によるものです。
深く御礼申し上げる。」
と、素直にみずからの喜びを伝える忠勝に、宗茂も答えた。
「何を言われる!?貴殿こそ武勇の誉れ高き老巧の人。さあさあ、上がってこの若造の
後学のために語って下され!」

忠勝もこれを辞退するに忍びず、静かに東国での戦場往来の思い出を語った。
「いや、聞きしに勝る武者かな!」
宗茂は大いに喜び、忠勝を厚く饗応して帰したという、勇者は勇者を知る話。

445人間七七四年2012/07/19(木) 22:19:06.10ID:nyLVDKJR
今更だけど、あの有名な兜は実は息子の兜で本人のでは無い。

446人間七七四年2012/07/19(木) 22:52:08.23ID:FJTcffF/
>>445
残ってるのが息子の兜ってこと?
鹿角脇立兜を被った肖像画は残ってるよな?あれ確か忠勝本人が描かせた奴だし

447人間七七四年2012/07/20(金) 08:32:24.31ID:7hdG4ibb
桑名城の像はデカすぎて違和感あるな
敏捷さのカケラも感じられない

448人間七七四年2012/07/20(金) 13:34:07.62ID:XgH7koc+
>>447
本多忠勝が伊勢桑名に移封された晩年、二男の忠朝とともに城下を巡視した。
芦原のほとりにさしかかると忠勝は忠朝に傍らの櫂を示し「その葭を薙いでみよ」と命じた。
忠朝が葭を横殴りにすると、三間ほどの間の葭が倒れ伏した。
忠勝はそれを見て自ら片手握りに櫂を取って葭を薙いだ。
すると葭は根元から二尺ほど上のところで、刃物で切ったように切れてしまった。
今更ながら人々は忠勝の豪力に舌を巻いたという

449人間七七四年2012/07/20(金) 21:58:25.49ID:NYAnl/mU
>>446
描かせた兜と、現存する兜は全くの別物。
あの獅子の立物は比較的新しい物で、兜鉢も江戸期の物。
詳しくは『史眼』の102ページを参照。

450人間七七四年2012/07/22(日) 04:16:56.40ID:FzJBvCX/
Wikipediaの娘婿の一人の松下重綱のページでは妻は加藤嘉明の娘だけど同姓同名の別人のページに飛んでるってことでいい?

451人間七七四年2012/08/05(日) 16:28:42.61ID:mgqxuzak
徳川家康家臣団vs劉備家臣団
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1344151108/

452人間七七四年2012/10/13(土) 13:23:04.99ID:Vk8pATre
待遇が井伊に劣ったのは不本意だったろう。
子孫も転封されまくりだ。

453人間七七四年2012/10/13(土) 16:46:46.62ID:wAYdkiWf
本多と井伊はまず家格が違うだろ

454人間七七四年2012/10/14(日) 14:47:43.80ID:LIPURnX4
井伊は浜松譜代ですが

455人間七七四年2012/10/27(土) 11:10:59.86ID:54VmITrY
家康と直正は一部女子熱狂の特殊な関係だったから・・・
まあ憶測はさておきこの時代宿老を差し置いて手塩にかけて育てた
小姓上がりを重用する例って多くない?。信玄や秀吉なんか宿老格
を次々粛清して置き換えていってるわけだし。
まあ家康の場合は爺さんの清康や一向一揆や数正の例もあるし独立
心の残っている三河譜代にはどこか警戒感があったのかもね?。この
人も関ヶ原後は真田家の処遇を巡ってえらい啖呵を切ってるし。
しかし結果的にそのせいで結果的に息子が戦死してるんだから悲惨な
話だわな。

456人間七七四年2012/11/13(火) 22:24:24.32ID:UD88xtzD
実際には前線で戦った事すらないから傷一つないのは当たり前

457人間七七四年2012/11/14(水) 01:38:45.72ID:pvqqziGl
つまんね

458人間七七四年2013/01/29(火) 23:01:58.47ID:v3BY5vgF
いい読み物ない?

459人間七七四年2013/06/12(水) 14:41:12.06ID:Hax+dGI+
人気無いな

460人間七七四年2013/12/22(日) 08:11:47.08ID:Odk+SQ2u
武功がほぼ確認できないのになぜか猛将扱いされる謎武将

461人間七七四年2013/12/24(火) 18:56:54.47ID:YVcTdj1i
無傷伝説は同時代でも語られていたの?
後世の創作?

462人間七七四年2013/12/24(火) 19:19:09.58ID:vujF9J9I
資料の正確性から確実なのは 二俣城の戦いでの活躍だろうな

463人間七七四年2014/08/21(木) 12:28:59.01ID:ckjDahYh
井伊直政のほうが猛将

464人間七七四年2014/08/21(木) 19:44:21.00ID:fRDhcKr0
本多忠勝は自分で鎧を軽く改良した

465人間七七四年2014/08/21(木) 19:58:14.10ID:MdlgRtkA
秀吉みたいな狡いのは本多忠勝は嫌いなんや。

466人間七七四年2014/09/01(月) 02:34:13.21ID:5ZiA1gQ7
花実兼備とか東国無双とかエピソードカッコいいのばっかだけどこれって江戸時代成立の話だよね?

467人間七七四年2014/09/01(月) 02:41:04.98ID:lW9XLkck
ものによる

468人間七七四年2014/09/01(月) 20:35:07.93ID:YHMlR1KV
四天王と呼ばれ始めたのも後世だからな
酒井と井伊を同列に語るのは無理がある

469人間七七四年2015/01/11(日) 13:00:03.86ID:28+khL3E
東郷平八郎の名前はこの人にあやかったの?
誰か教えて。

470人間七七四年2015/01/11(日) 19:57:29.31ID:h+ndZa1o
静岡で蜻蛉切りが2月15日まで公開されてるぞ

471人間七七四年2015/01/24(土) 16:22:35.25ID:X/Z0B4/M
佐野美術館で見てきた
これは蜻蛉も切れるわっていう鋭さだった

472人間七七四年2015/09/06(日) 22:28:33.57ID:LILVLlva
福島忠勝
酒井忠勝(小浜)
酒井忠勝(庄内)

473人間七七四年2016/01/07(木) 16:17:51.74ID:+SjMVlRT
最強

474人間七七四年2016/01/08(金) 11:05:59.86ID:yn//rYgE
大河ドラマで忠勝を演じるのは藤岡弘、
「戦国最強」と言ったらこの人しかいないよなあ

475人間七七四年2016/01/27(水) 13:54:25.71ID:AFEAqZ9w
藤岡、ジジイすぎ
このスレ、もうすぐ10年、意外に人気ないな

476人間七七四年2016/02/02(火) 14:35:40.89ID:OGLU3JCx
>>454
家の格の違いの話な

徳川麾下に入った時期の違いの話じゃなくて

477人間七七四年2016/02/10(水) 06:25:52.51ID:ijhC9ro3
https://www.youtube.com/watch?v=IDLUKFTeOp0(パトカーサービス不足ウソ製作費)

https://www.youtube.com/watch?v=IDLUKFTe0p0 メジャールールブック総務京都米予算me-ka-
https://www.youtube.com/watch?v=fDO_QMfIvSc
ニューヨークネックス従業員英産プルトニウム任天プロチャイニーズオージービーフステーキ(キッペイ武田ファンド

478人間七七四年2016/09/26(月) 14:01:00.95ID:yjvRbjnF
>>466
花実兼備ってのは信長が実際に忠勝に言ったんだよ
居並ぶ諸将の前で絶賛した

他に信長に絶賛された武将なんて皆無だからね

479人間七七四年2016/09/27(火) 07:59:34.90ID:BtsgLzFH

480人間七七四年2016/09/27(火) 10:57:28.76ID:oq4mcvZh
>>469
大塩平八郎かも

481人間七七四年2017/01/25(水) 11:05:33.87ID:6aYMIhtB
age

482人間七七四年2017/08/19(土) 16:44:01.03ID:Th4EnM5e
桑名時代の治績は伝わっていますか?

483人間七七四年2017/12/22(金) 02:02:12.29ID:GoLijSO0
>>478
信長は長篠の後に武田方の武将も絶賛してますが…
高齢の牛一が覚えているぐらいだからよほどと思われますけどねぇ

484人間七七四年2018/05/23(水) 19:47:47.78ID:5IcDzEuM
3英傑やそれに敵対した大名とかは人物本も出版されるが家臣はなかなか出ないな

忠勝のwikiも専門雑誌だな

485人間七七四年2018/05/23(水) 23:34:25.89ID:mdhMHFnn
家臣団は史料に残らないでしょ
クソみたいな歴史小説なら無いほうがいい

486人間七七四年2018/05/24(木) 23:48:34.50ID:fkqonx/Y
ミネルヴァで『本多忠勝』が出版予定だったはず

487人間七七四年2018/06/07(木) 00:34:37.98ID:WYCXFo9B
http://www.gakuyo.co.jp/book/b370554.html

圧倒的武勇で家康の天下取りの力となった徳川四天王とおそれられた剛将の生涯。

著者 野中信二 著
ジャンル 文庫
文庫 > 人物文庫
出版年月日 2018/07/19
判型・ページ数 文庫・384ページ
定価 本体780円+税

内容説明
徳川四天王の猛将・本多忠勝(ほんだただかつ)、大鹿角の脇立の兜と大数珠を袈裟懸けにかけた姿で戦場を疾駆し、生涯でかすり傷一つ負わない圧倒的武勇を誇った男。
その男の生涯を丹念な取材に基づき、岡崎時代、三方ヶ原、姉川、小牧・長久手、関ヶ原などの激戦譜とともに家康への忠誠と盟友・榊原康政との熱い友情を盛り込み描ききった力作歴史長編小説。

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