【六分一殿から】戦国山名氏【交代寄合】

1名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/01(土) 15:18:55ID:dRdf1/mm
中国地方東部の覇者、山名氏のスレッドです

但馬山名氏、因幡山名氏どちらの話題も桶

798人間七七四年2015/04/29(水) 22:45:45.88ID:2IjKiw5I
山名氏政って實際なにをした武将なの?。
山名氏の嫡流で、徳川家康とだいたい同じ時代に生きた人だとおもうけど
四職家の正式で正統な末裔ってこと以外、経歴が思い浮かばないんだけど。

799人間七七四年2015/05/01(金) 18:04:01.17ID:WLFUHq97
>>798
織田や毛利との狭間で
上手く立ち回った

800人間七七四年2015/05/01(金) 21:20:57.63ID:leSIxLiq
>>799
たしかにそうだね
山名堯煕(氏政)は旧守護家出身にしては上手く立ち回ったほうだと思う
何が理由で有名じゃないのか解らないんだけど有力な戦国武将の一人だよ
堯煕(氏政)は徳川家康とも親交があったようだけれども
後世に何者かによって履歴が削除されたみたいだね
それが無かったら河内畠山氏と同じく高家の一つになってたんじゃない?
ほんものの正統な山名氏の末裔なんだからさあ

801人間七七四年2015/05/02(土) 22:42:39.66ID:5eKa9nim
>>800山名堯煕は有名な戦国武将の一人として認知されているんだが。
高校の日本史の教科書クラスの書物には載ってるし。
>>781山名義親(氏煕)は右衛門督なんだけど?。

802人間七七四年2015/05/14(木) 22:54:39.33ID:KD9BuUMO
オレが言おうと思ってたんだけどそうだよね
781には、はぁ?って思った
山名氏煕は右衛門督だよね官位

山名祐豊→山名氏煕→山名氏政と山名家惣領の地位は継承された

山名堯政→山名煕政→山名煕豊が以降

803人間七七四年2015/06/05(金) 11:47:41.25ID:df9Vzen/
山名氏政の子孫て続いてたんだね。

江戸時代にも山名嫡流家が存続していたとは思わなかった。

804人間七七四年2015/06/05(金) 13:00:26.39ID:ly5k/Ahz
あほ

805人間七七四年2015/06/05(金) 14:24:08.42ID:cFajGzel
山名の嫡流は日野山名だから

806人間七七四年2015/06/13(土) 18:59:15.90ID:uVD3eyFm
山名豊国の本が知らぬ間に3000円に値上げされとる

807人間七七四年2015/06/24(水) 22:34:39.47ID:trv5Q+Zf
山名氏は但馬守護代の横暴な垣屋氏に居城まで乗っ取られたとき
忠臣の下津屋氏に命じて成敗したよなっ
下津屋氏や宮氏こそ山名氏にとって大切な家臣だと思う

808人間七七四年2015/07/10(金) 15:31:24.83ID:vRERa/qv
下津屋氏や田結庄氏は最後まで忠臣だったね。
八木氏や太田垣氏とくに垣屋氏は独立色が強く
それぞれが小戦国大名って感じだ。

因幡豊国・太田垣・垣屋ら重臣のせいで、戦国時代の
但馬守護の山名氏は
苦労しただろうなあ。

809人間七七四年2015/07/11(土) 05:38:19.25ID:HzxEznk1
そうだね、とくに豊国には
山名氏煕(義親)や山名氏政は苦労しただろう
一族といえど家来は家来なんで

豊国クラスの山名は但馬山名氏惣領家に尽くすのが筋だ

810人間七七四年2015/07/13(月) 16:52:29.09ID:JwJ1S7ex
兵庫県の「天空の城竹田城」へ行ってきた。
羽柴秀長が有子山城に入る前に拠点にしていた城だけあって
見ごたえがあった。
築城者(近代的に改築した)は色々な説があるが羽柴秀長以外
には考えられないくらい巨大で、しっかりした物だった。
国持大名級でないとあれほど大規模な造成は出来ないと思った。
但馬では確かに有子山城(出石)に次ぐ名城と言えるよね。

811人間七七四年2015/07/14(火) 13:34:44.47ID:w8yGqkXp
竹田城は昔行った時は自分以外誰も居なかったのに今はすごい人気らしいな

812人間七七四年2015/07/16(木) 09:40:45.16ID:8MPhRhVE
そうだよ。
すごい人気でした。
昔行かれたなんてすごいですね。
今みたく人気がでるまで存在すら知りませんでした。
最近、羽柴秀長に興味があって色々調べています。
織田信長から「切り取り次第領国として良い」との命令で
太田垣の南但馬や山名以下の中央但馬以北に侵攻し
但馬領有を認められたのが秀吉の弟秀長でした。
竹田城や有子山城を安土桃山の城に変えたのが秀長らしいです。

有子山城にも行ってみて登ってみてください。
山名氏政に替わり但馬の国主となった秀長の
少し気持ちが分かるような感じになれますよ。

813人間七七四年2015/07/16(木) 17:25:24.37ID:ckGFtHTn
山名宗全という本を読んだ
宗全は亡くなったあと
南禅寺の真乗院の達碧軒という御寺に葬られたそうだ

社稷は正統な末裔のかたが行ってらっしゃるらしい

814人間七七四年2015/07/18(土) 08:56:47.53ID:R7wVxJdN
但馬守護山名家の最後の当主山名氏政の子孫の
山名豊明は御作事奉行・槍奉行という幕府の高官
に出世したらしいね。

江戸時代も山名家は繁栄していた?。

815人間七七四年2015/07/18(土) 10:34:33.11ID:0GzE9qBl
山名堯熙を氏政と書いてあるのは全部同一人物による自演
知識が乏しく山名氏が大きな勢力を持っていた南北朝〜戦国前期には触れず安土桃山〜江戸期の山名氏の話しかしない
まあ文体見れば誰でもわかると思うが

816人間七七四年2015/07/20(月) 12:02:41.25ID:21rl1Ojz
>>814
山名堯煕と書いてあげたら?
>>815
山名氏政の名の方を多くの研究者は使っているみたいですよ
あなた御自身が南北朝〜戦国前期についての
記述をなさってはいかがでしょうか?

817人間七七四年2015/07/21(火) 05:09:11.38ID:cwcP24HK
>>805
山名の嫡流は日野山名ですね
日野山名の嫡流はあなただとおもいます

818人間七七四年2015/07/21(火) 10:15:39.07ID:kJHJUDpw
日野山名は足利幕府の外様衆の格式みたいだねw
日野藤幸のころには幕府に出仕もせずw足利家から偏諱だけ
してもらってたみたいだけどw

山名の嫡流は但馬有子山山名なんじゃねーの
日野山名が嫡流なんて「ない」でしょ
山名堯煕と日野藤幸では家格がそうとう違うと思う

>>805>>816は自演

819人間七七四年2015/07/22(水) 12:37:01.94ID:+L6dSYlx
>>818は嫡流と惣領家の違いを理解しているのかどうかが問題だ
別に俺は日野山名氏が嫡流とは言わないけどさ、>>818はなんか勘違いしてる気がするわ
てか>>805も本気で言ってるわけではないと思うけどね

820人間七七四年2015/07/22(水) 14:55:11.29ID:nZTJqA5w
で、こいつは↑
どの流れが嫡流と言いたいんだ?。

嫡流と惣領家の違いをこいつこそ
本当には理解できていない気がする。

821人間七七四年2015/07/22(水) 18:47:35.06ID:d/NTF3X3
>>817>>805に対して皮肉言ってるだけくさい

822人間七七四年2015/07/23(木) 10:06:07.28ID:Q0815b60
>>819>>821を投稿なされた方にお尋ねします
山名氏にとてもお詳しいようなので御教え下さい

備後山名氏という家系があるそうなのですが
歴代の系譜わかりますでしょうか
初代は誰の息子なのでしょうか?

823人間七七四年2015/07/23(木) 12:43:48.99ID:V8pxKDjh
こいつが、それを知っているんだろうか?。

他人を批判するだけのやつっぽい。

824人間七七四年2015/07/23(木) 14:07:10.18ID:YjSfQnbu
>>822
神辺城主の備後山名氏は山名俊豊系
その山名氏を追って名跡を継いだ府中八尾山城主の山名理興は伯耆山名系らしい

でも俺は山名是豊好きなんで、どっちかは是豊の子孫だったらいいなーと思ってる
ちなみに俺は819だけど821は別人な

>>823は安価使えないのか誰に向けて言ってるのかわからん
>>820>>823は偉そうだし物知りっぽいから山名氏の嫡流とか備後山名氏の正体とか教えてくれるよきっと

825人間七七四年2015/07/24(金) 11:11:21.19ID:mYSQgcKM
ありがとうございます
俊豊の子孫が備後山名氏なんですね
俊豊の子孫ならばむしろ但馬よりも直系と
いえますね山名氏の

わたくしも是豊好きですよ
備後山名氏の子孫で有名なか方が
御座いましたら御教え下さい

826人間七七四年2015/07/29(水) 11:13:15.47ID:NS8ZfwnC
>>824
>>820>>823は物知りっぽいね偉そうだけど

827人間七七四年2015/10/08(木) 00:06:41.05ID:kYEw/ucX
織田方の但馬山名氏が尼子党によって支えられ
毛利方の武田高信に奪われた山名氏の因幡鳥取城奪回戦を尼子党が主力となり行われるなど
織田と毛利の代理戦争である但馬・因幡争奪戦は元亀3年には激しさを増した。
ちなみに義昭による美芸和睦が成立すると武田高信も美作から撤兵してる。
そしてこの戦いは丹波の赤鬼との結合を目指す吉川元春の本格参戦により毛利方が勝利し、
信玄や義景にビビっていた信長は援軍を一切遅れず、
終いには但馬は本来なら織田両国だけど毛利が尼子を制圧するために
但馬に侵攻するのは仕方がないよね!などと毛利に融和姿勢で媚びへつらい
義昭の対織田包囲網に完全になす術なく破滅寸前だった信長。
義昭を追放すると来春には但馬に秀吉派遣するからと
毛利を恫喝する態度豹変ぶり小物信長w
しかしロクに調略も終わってない丹波に
無理やり光秀を派遣する無謀な信長のせいで
光秀大敗し播磨別所氏と連携し荒木の摂津一円謀反で秀吉孤立www

828人間七七四年2015/12/31(木) 17:54:13.60ID:DKKekWIO
大晦日age

829人間七七四年2016/02/10(水) 06:19:00.36ID:ijhC9ro3
https://www.youtube.com/watch?v=IDLUKFTeOp0(パトカーサービス不足ウソ製作費)

https://www.youtube.com/watch?v=IDLUKFTe0p0 メジャールールブック総務京都米予算me-ka-
https://www.youtube.com/watch?v=fDO_QMfIvSc
ニューヨークネックス従業員英産プルトニウム任天プロチャイニーズオージービーフステーキ(キッペイ武田ファンド

830人間七七四年2016/06/25(土) 23:59:24.85ID:cQ7IzWD7

831人間七七四年2016/07/20(水) 23:32:25.39ID:zbS0czJG
10年経っても落ちないスレがあります

832人間七七四年2016/07/21(木) 00:01:44.45ID:bzzQboQM
スゲー…

833人間七七四年2016/10/07(金) 22:39:15.30ID:vKbMoXdZ
山名豊数とは何だったのか

834人間七七四年2016/10/08(土) 11:08:20.96ID:ApSrDfLl
0671 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/09/15 07:28:25
>>625
プロと遊ぶのに飽きたから、リスクを承知があっても、素人の女子大生と遊ぶんじゃないかな?
女子大生で小生意気、上昇志向がある子は成り上りに好かれるよ。
おっさん経営者なんて銀座で遊び尽くしてるでしょ。玄人より素人の女子大生が好きなんじゃない?

1年ほど銀座で勤めてたことがあるけれど、枕している女性は少なかったですよ。

0674 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/09/16 18:36:10
>>671
飽きたというかパパ活売春やってるような素人女子大生は圧倒的に格下だからじゃないの?
とにかく金があれば成金でもブサイク中年でも顔とか人格とか育ちなんて気にせず、自分こと無条件に尊敬してくれて、
プレゼントにも食事にもちょっと金掛ければ、キャッキャしながらすごい!って褒めてくれて。
蜂谷眸みたいに若さ故か元々か?馬鹿なら、口だけじゃなく、心からすごいと思ってくれる。
数万掴ませればセックスさせてくれて、プロとするよりも恋人感があるセックス。

銀座やなんかのトップクラスのホステスだとそうはいかないでしょ
コミュニケーション能力も知的レベルも上で店での飲み方も甘え方も落ち着いてて上品
何よりパパ活売春女子大生じゃ繋がられないような育ちの良いエリートも大量に相手してるのが当たり前だし
同じように褒められても成金は、見えない敵と自分比べてコンプレックス刺激されるんじゃない?
キャバでも銀座でも何でも、高級店で異常に威圧的な態度とる成金は大体これだし

ベンチャー系の若い男には、フツーの小綺麗な女が結婚見据えて近寄ってくるだろうし

835人間七七四年2016/10/09(日) 10:35:26.55ID:6GZPdwF/
>>95
群馬県高崎市には山名町があります。
ここが山名氏発祥の地です。今は高崎市民どころか
山名町住民さえその事実を知りません。

836人間七七四年2016/10/25(火) 00:00:06.89ID:h0irL7sG
山名堯煕(元但馬守護)が真田幸村と同役の秀吉の馬廻衆として
生き残ってて
息子の山名堯政っていう武将が豊臣秀頼の近習だったと最近知った


豊臣家時代も六分一殿の但馬守護家の山名って健在だったんだね

兵庫県村岡領主の江戸時代旗本だった山名が、但馬守護家の
分家の分家だったことも驚きだった

確かに山名一族には違いないんだけど残念な家柄

837人間七七四年2017/01/31(火) 20:16:38.96ID:3f55Lk0r
>>835
そんなところの一族が、今の鳥取県を初めてとする山陰に勢力を築けたのだろうかな
大内は、周防の在庁官人だったから、地縁があったけど

838人間七七四年2017/02/03(金) 06:26:38.40ID:BA9BCbcw
>>835
高崎生まれの者です。
確かに、今や一般の住民は知らないでしょうが、
山名八幡がありますから、由来などを知ると、
山名氏にちょっと興味を持つかもしれません。
>>837
南北朝期の山名時氏の活躍に始まるわけですが、
どうして山陰だったのでしょうね。

839人間七七四年2017/02/05(日) 17:38:36.13ID:UCCH1YL6
室町幕府は、なぜ守護不設置国を増やして、御料地(天領)を増やそうとしなかったのか?
明徳の乱の後も守護を他氏に代えているだけだよな

840人間七七四年2017/02/05(日) 23:08:32.71ID:Pgkzf0v5
新たな天領作っても統治能力無かったんじゃないの?

841人間七七四年2017/02/06(月) 22:22:26.51ID:nw+uhNt+
一応義植なんかは大和を領国化しようとはしていた。
結局は成功しなかったが。
歴代将軍は皆、室町幕府の弱点を熟知していてそれを克服しようとしてきたが、それでも失敗の連続だった。

842人間七七四年2017/02/07(火) 00:48:40.13ID:Unjq2/kk
守護の力が大きくなると、もう朝廷からは、国司は派遣されなくなったのだろうか?
もう織田信長の頃からは、ないようだが

843人間七七四年2017/02/07(火) 00:53:43.07ID:Unjq2/kk
大和は、守護不設置国じゃなかったけ?
興福寺が、守護の代わりをしていたという
紀伊、信濃も守護の力が弱かったという。
信濃は、一時、直轄地にしたけど、うまくいかなくて、小笠原氏を守護として復帰させたらしい
守護、地頭は、理解するのは、難しいだよな

844人間七七四年2017/08/01(火) 21:57:44.08ID:gwwiqj4b
山名宗全は名将

845人間七七四年2017/11/06(月) 21:22:21.91ID:o4NOSjYb
スレを追っていて思ったのは、途中でやたらと豊国を叩いていたけどなんやねんw
結局は豊国に好き勝手やられた宗家が情けないだけやん

846人間七七四年2018/05/01(火) 01:18:19.63ID:LxTY1v9N
中世西国武士の研究5 山陰山名氏 市川裕士 編著
戎光祥出版 7344円 2018/6/1
「六分一殿」と呼ばれ、各地の守護や幕府の要職を歴任した有力大名。
山陰・山陽地方の支配の実態や周辺勢力の動向、室町幕府との関係を扱った十本の重要論文を収録し、西国随一の勢力を誇った名族の盛衰を明らかにする。

【目次】
総論 山陰山名氏の動向と研究の成果(市川裕士)

第1部 山陰地方における山名氏の分国支配
 T 伯耆山名氏の権力と国人―山名教之期を中心として―(岡村吉彦)
 U 戦国期因幡国における守護支配の展開と構造(岡村吉彦)
 V 文明・明応期の但馬の争乱について―山名政豊父子と垣屋氏―(片岡秀樹)
 W 戦国期但馬国をめぐる諸勢力の動向(山本浩樹)

第2部 山陽地方における山名氏の分国支配
 T 守護山名氏の備後国支配と国人領主連合―国衆和智氏の歴史的役割―(柴原直樹)
 U 山名刑部少輔、備後国府城で挙兵す!―永享九年の事件をレポート―(谷重豊季)
 V 播磨国における山名氏権力の地域支配構造―郡単位の統治機構に注目して―(稲垣 翔)
W 播磨国における山名氏権力の段銭収取構造(稲垣 翔)

第3部 山名氏と室町幕府
 T 山名宗全と室町幕府(今岡典和)
 U 山名氏の但馬支配と室町幕府(川岡 勉)
https://www.ebisukosyo.co.jp/item/358/

847人間七七四年2018/05/21(月) 03:03:22.69ID:Wg4lP/9k
1569年の秀吉侵攻てどうやったん?
後に敵対する毛利の要請とはいえ丹波も播磨も信長領国ではないしまだ毛利の息も掛かってない土地
加えて当時の信長は浅井朝倉本願寺に三好に長島と敵だらけ優先度最下位
加えて要請に応じただけだから領国化せず金銭で祐豊が復帰
なんか腑に落ちんのだが

848人間七七四年2018/06/12(火) 12:17:53.83ID:UvAWS4qg
 永禄12(1569)年6月に山名祐豊の支援を受けた尼子勝久・山中幸盛らが挙兵し出雲国へ乱入
毛利勢は主力は九州北部へ出陣中であったため、出雲・伯耆・因幡に危機が迫った
信長は秀吉・坂井政尚を但馬へ出陣させて此隅山城などを攻略
(「雲伯因三ヶ国合力として則ち木下藤吉・坂井右近両人に五畿内二万ばかり相副えっられ、日乗、検使として罷り出、但州において、銀山をはじめとして、子盗、垣屋城、十日の内、十八落去候」)

毛利輝元(2016)のこの引用部分が山本浩樹とあるから
>>846にあるかもね

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