【海賊】 水軍スレ 【安宅船】

1名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/17(日) 17:12:45ID:SUGGbYSH
信長の鉄甲船があったとかなかったとか
そんなことについて語ろうぜ

701某研究者2017/10/24(火) 18:36:17.88ID:CAvqGfxT
http://www.eniguma49.sak ura.ne.jp/gunnzi,heiki/sonota/senngokuheuki/senngokuheiki1.html
>当時鉄砲の口径は6mm程が標準で現在の2口径の銃と略同じ威力です、鉄砲から身を守るのであれば10cm程の木の板で十分です、
16cmの木の板の上に10cm以上の鋼鉄装甲を施す理由は完全に砲弾の直撃を意識しているのでしょう、また鋼鉄板は斜めに取り付けられています、
此れにより着弾した砲弾が上へと弾き上がり衝撃を緩和する効果があります、ちなみに大戦中に連合国から脅威とされたティーガ−重戦車の装甲板の厚さは大盾車と同じ10cmで
ソビエトのT34戦車、アメリカのシャーマン戦車の75mm相当の対戦車砲弾を至近距離から弾き返しています、この大盾車も大筒の様な大口径の大砲の砲弾は無理としてもフランキ砲や大鉄砲などの比較的口径の小さい大砲の砲撃からは十分に身を守れたのでしょう。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E7%94%B0%E5%9F%8E_(%E7%B4%80%E4%BC%8A%E5%9B%BD)#.E7.AC.AC.E4.BA.8C.E6.AC.A1.E5.A4.AA.E7.94.B0.E5.9F.8E.E3.81.AE.E6.88.A6.E3.81.84
前面だけ板を厚くした安宅船が第二次太田城の戦いで使用されていただろうが
上の様な分厚い鉄板が安宅船の前面装甲に使われて
城等からのフランキ・大鉄砲を防弾していた可能性は流石に無いのかだが
対大筒用の太い竹束を装備していた可能性は有るのかだが

702人間七七四年2017/10/24(火) 21:10:13.78ID:A8eH0PxN
ちょっと奇特過ぎの牛刀でひよこを裂くような質問なのだが…
WW2の魚雷攻撃は安宅・関舟に爆砕可能でしょうか?

703人間七七四年2017/10/25(水) 05:57:44.98ID:JEZ8xWQH
日本語がおかしい

704人間七七四年2017/10/25(水) 07:57:45.26ID:Jmsj9sZw
そもそも戦闘艦で戦闘艦を叩くというケースが希。
そんなことをしなくとも、根拠地を叩けば敵戦闘艦を無力化できるのが当時の戦い。

なんだか、戦闘機で戦闘機を撃墜するのが制空権争いと思っている人と思考が同じきがする。
制空権争いで重要なのは、敵基地を叩くこと。

705某研究者2017/10/25(水) 19:06:19.75ID:zicQ6Uzp
イルカやシャチに爆弾を積んで特攻させると言う様な事は
戦国期には果たして有るのかだが
焼き討ち船なら確か使われているだろうが
火薬の使用は誘爆等を考慮して無いのかだが

706某研究者2017/10/25(水) 19:13:14.35ID:zicQ6Uzp
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E8%88%B9
>時代が下り火薬が使用されるようになると、火船にも火薬が搭載されるようになった。火薬を搭載する場合は体当たりする時間に火薬に引火するように導火線が用いられた。
しかしながら、敵艦船が火船攻撃から逃れる可能性があったため、乗員は可能な限り火船に留って敵艦船へ船体を近づけた。

八十年戦争(いわゆるオランダ独立戦争)では、オランダ軍が大量の火薬を積んだ強大な火船を使用し、戦果を上げた(en:Hellburnersも参照)。
火船戦術は、17世紀中盤の英蘭戦争で頂点に達した。第一次英蘭戦争では敵艦隊に対し単純に風上から放流するだけで、容易に迎撃や回避をされてしまい戦果が乏しかった。
しかし、第二次英蘭戦争では固定的な目標を狙って使用され、しかも妨害を排除するための護衛艦を伴うなど運用も洗練されたことから、いくつかの海戦で成功を収めることができた[1]。

火薬装備の火船も欧では使われたが
耐弾性は何処迄有るのかだが

707人間七七四年2017/10/25(水) 21:10:52.44ID:qEu03JYl
uuuu

708人間七七四年2017/10/26(木) 01:17:54.84ID:zS2CCqSI
なんで某研究者(アホ)は
スレの流れを全く読まずに自分の思うことだけを長文コピペで長々流すんだ?
性質の悪い荒らしも同然だろ

709人間七七四年2017/10/27(金) 08:26:31.02ID:jLo8PsAN
村上水軍は、九鬼に敗れて滅びたのかな

710藤壮司2017/10/27(金) 08:30:58.45ID:mvky8O4n
そうとしか考えられないやろ

711人間七七四年2017/10/27(金) 08:52:44.99ID:s50/YbUM
九鬼の子孫は、先祖が海賊だということで
後に、持て囃されたらしい

712藤壮司2017/10/27(金) 08:59:15.92ID:omeqQ/05
持て囃されてたん ?
海賊が何をしているのか、わかっているのかいな

713人間七七四年2017/10/27(金) 09:00:01.80ID:zx/w9L0B
北斗の拳の悪党のようなこと

714藤壮司2017/10/27(金) 09:02:22.07ID:8l2cwC56
海賊稼業は、3日やったらやめられない
人の物を奪い取る快感は、やったものにしか
わからない
まったくもって、グズやね

715人間七七四年2017/10/27(金) 09:03:20.39ID:M3cO44L3
グズと言っているわりには、解説していることと真逆だろ

716藤壮司2017/10/27(金) 09:04:34.41ID:Njcv0cVE
世の中、矛盾だらけのほうがおもしろい
矛盾がつまらないと言っているのは、人生を
知らない証拠や

717人間七七四年2017/10/27(金) 09:05:15.18ID:cSzDXV9v
別に、つまらないとは言ってないが

718人間七七四年2017/10/28(土) 20:32:04.90ID:4ZapSmJC
戦国期の若狭武田氏や土佐中村一条氏は水軍を持っていたのか?

719人間七七四年2017/10/28(土) 23:36:05.81ID:77qbFbNp
>>709
木津川口では言うほど大敗してないし
九鬼より村上の方が水軍としての規模はでかい
単に海賊禁止令→関ヶ原で御家再興失敗没落というテンプレ通りになっただけ

九鬼は息子の方がまがりなりにも幕臣になったから生き残れたわけで
実質、水軍どころか船出頭の役も解かれてる

いわば幕府お抱え以外の水軍(海賊)は全て死んだと思えば間違いない

720人間七七四年2017/10/29(日) 06:13:32.33ID:bbNyuO67
>>709
大名になったり、毛利の水軍になって残っているけど?

721人間七七四年2017/10/29(日) 09:54:12.68ID:HssarTjH
>>719

> 木津川口では言うほど大敗してないし


白村江の倭国船団やバルチック艦隊みたいに続々と撃沈したわけではなく、
退却に成功した船のほうが多かったみたいですな。

722人間七七四年2017/10/29(日) 10:05:44.82ID:bbNyuO67
>>721
ネズミ輸送の被害みたいな。

723人間七七四年2017/10/29(日) 11:51:35.34ID:8DJFnErD
封鎖が目的だからね

724人間七七四年2017/10/30(月) 15:48:04.90ID:8bLQ3Zlt
外国のしかも機帆船での質問で済まない…。

どこ行きゃいいのかわからん&同じ船関係だから誰か知る人いるかな?…の期待感で
聞きたいのですが。

下のイギリス最初の航洋装甲艦『ウォーリア』なのですが
これって石炭以外の貨物で運用したい場合総じて何トン喰らいつめれそうなのでしょうか?
ttp://www.d3.dion.ne.jp/~ironclad/wardroom/Warrior1/1860warrior1.htm

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%A2_(%E8%A3%85%E7%94%B2%E8%89%A6)

725人間七七四年2017/10/31(火) 10:19:06.59ID:8fPaygmg
板違いな上よく意味が分からない

726人間七七四年2017/10/31(火) 14:29:48.08ID:J3EeI2Yl
これ多分軍板の分野だな

727人間七七四年2017/10/31(火) 15:08:44.23ID:JoXGqkwv
>>724

軍板に行かれよ

728某研究者2017/10/31(火) 18:29:02.32ID:KYOyAM+o
小田原城攻城戦では大鉄砲+大筒が1000門使われたと言うし
此れの一部は後で船にも搭載されていたと言う事なのかだが
文禄・慶長の役では大部分は当初陸戦に回っていたのかだが
後で船の装備率は増えたと言う事なのかだが

729人間七七四年2017/10/31(火) 20:58:28.81ID:PLQ3TmOm
ここ過疎スレだったのに最近よくあがるようになったな。なんかあったのか?

730人間七七四年2017/10/31(火) 22:33:23.59ID:KYOyAM+o
https://pbs.twimg.com/media/DDh_nSSW0AESl1r.jpg
上の村上海賊の娘の具足の細い袖は  
https://stat.ameba.jp/user_images/20150201/10/saemon-taro/9a/4f/j/o0738096013205217958.jpg?caw=800
https://pbs.twimg.com/media/Bsa5SQvCQAAVugd.jpg
上の信長が上杉謙信に贈った壺袖が似ているが 
1576年にこうした物は使われていたのかだが

731某研究者2017/11/01(水) 11:29:08.15ID:nesXW/Hb
>>730
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/293400
海戦用の船手具足も軽装では無いし
海賊も騎馬武者クラスの人間は村上海賊の娘・景の様に
軽装では無いと言う事なのかだが
とは言え劇中の様に長時間徒歩で移動する場合は
軽装の可能性も高いのかだが
長時間歩く必要の無い船上では重装備なのかだが

http://cubeaki.dip.jp/taiheiki/taiheiki/taiheiki21-30/taiheiki-22-1.html
>彼の甥に所大夫房快舜と言うとんでもない無頼僧がいました。また中間に悪八郎と言うミツクチ(兎唇)の大力自慢がいました。
それ以外に犬獅子と名付けた、不思議な犬を一匹飼っていました。この二人の者と一匹は闇夜になれば、帽子兜(眉庇のない兜)と言う粗末な兜をかぶり、
鎖帷子を着て足軽に扮して出かけたりします。またある時には大鎧を着けて七物(武士の持つ七種の武器)を携えることもあります。

太平記に出て来るこうした高位の者も徒歩で隠密行動する際は
軽装と言う事なのかだが

732人間七七四年2017/11/03(金) 04:43:08.41ID:+gubPHmn
>>729
某研究者ってアホが各スレで暴れてるから

733某研究者2017/11/03(金) 17:37:29.48ID:v8R1G2a9
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561480695/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561480945/
海戦で鎖鎌を使う描写も江戸期には有るが
戦国期には有るのかだが

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%B5%E6%B5%81
>念流鎖鎌術から派生したとされる一心流(流祖・丹一心)の鎖鎌は、鎖の長さが1丈2尺(約3.6メートル)、分銅の重さが300匁(1.1キログラム以上)とかなり大きいものを操っている[3]。

これは妙に分胴が重いから甲冑を想定した物なのかだが
https://myarmoury.com/review_lut_17001.html
フレイルの分胴でさえ700g程度の物も有るが
細長い分胴の物は恐らく更に重いだろうか
3.6mの鎖で1kgの分胴を振り回せば
板金鎧でも危ういのかだが

734某研究者2017/11/03(金) 17:52:48.63ID:v8R1G2a9
>>733
http://sendai.shindomusoryu.jp/kusarigama.html
一心流鎖鎌術は14世紀にも有るのかだが
古い流派なので重い分胴で太平記に出て来る
板金的な金胴も含む甲冑を
打ち砕く事を狙っている可能性も有るのかだが

735人間七七四年2017/11/04(土) 14:31:14.13ID:/hVdovGc
霞ヶ浦の湖賊。

戦国時代には存在していたんだっけ?

736某研究者2017/11/09(木) 19:01:27.22ID:tXjn3WOV
https://www.pinterest.jp/pin/343610646562452166/
上の土蜘蛛草紙の右の人物は渡辺綱かも知れぬが
歩兵の様な格好をしているから違う可能性も有るのかだが
http://www.emuseum.jp/detail/100257/000/000?mode=detail&d_lang=ja&s_lang=ja&class=1&title=&c_e=&region=&era=&century=&cptype=&owner=&pos=81&num=7
此れを着て騎乗している場面も序盤に有るし
下位の騎兵用の胴丸と言う事なのかだが
偉い人間も戦争時では無いから
村上海賊の娘の様な軽装をしていると言う可能性も有るのかだが

737某研究者2017/11/17(金) 18:49:23.19ID:P4hMcVX+
https://www.pinterest.jp/pin/343610646562554933/
上の鎖付き袖絡は捕物用の様だが
海戦用の物に鎖が付いた物も有る可能性は有るのかだが

738人間七七四年2017/12/02(土) 03:09:12.57ID:DVnjah2p
>>735
ほとんど資料ないけど多賀谷氏や江戸崎土岐氏に水軍がいたって話はあるね

739人間七七四年2017/12/02(土) 15:13:11.92ID:PhN2cY0i
>>738
>>735

江戸崎土岐氏は水軍もっていたね。

ただし他の大名や小名と戦うためではなく
霞ヶ浦の商船を狙う海賊と戦うだけだから
それほどの規模ではなかったように思う。

740人間七七四年2017/12/03(日) 09:27:06.68ID:l5dTJbFb
戦国時代は万が一沈没や浸水した時に使う救命用の筏の類はあったんだろうか
水軍の人たちはどうやって対策してたんだろう

741人間七七四年2017/12/03(日) 11:09:18.03ID:ujC6daCI
小早(小型ボートみたいの)で救助したんじゃないの

742人間七七四年2017/12/03(日) 17:41:24.21ID:l5dTJbFb
>>741
ひょっとして小早程度なら安宅船に載せられるのかな
関船だと難しいだろうけど

743人間七七四年2017/12/03(日) 18:02:20.46ID:2GFV9WZu
無理、伝馬船が限度

何より積み下ろしが出来ない

744人間七七四年2017/12/03(日) 18:33:18.11ID:l5dTJbFb
>>743
さすがに無理かぁ
伝馬船…勉強になります

745人間七七四年2017/12/03(日) 18:41:38.74ID:ujC6daCI
載せるっていうか軍船とか大型船とかなら
戦艦と駆逐艦みたいに随伴して航行しなかったの?
商船とかは知らないけどさ

746某研究者2017/12/08(金) 13:29:14.02ID:T/1ycyj0
>>740
大量の小早・関船が有れば
此れに出来るだけ分散して救助した者を乗せれば
部隊の移動に支障はほぼ出ないと言う事なのかだが
救助に時間が懸けられない状況なら
手近の船が最大限乗せた後
後で他の船に最大限分散移乗させれば
部隊の機動性はほぼ低下しないと言う事なのかだが
大量の船損失に備えて人や物資が余り乗らない
予備の船舶も有る可能性も有るのかだが
此れでも足りない場合は
物資を投棄して人を乗せていたと言う事なのかだが


pin.it/d2mfdvbhgtxvdd
こうした先端が長い鳶口も有るが 
船戦用の物は此処迄のサイズは無いのかだが

747某研究者2017/12/08(金) 14:24:47.41ID:T/1ycyj0
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561492649/
上の朝鮮軍図屏風に有る日本船は
蔚山城から脱出する兵を救出する為に派遣された物だろうが
此れは浅瀬に出来る限り入る為に小早を使用しているのかだが
小早とは言え集中射撃に対応する為に対弓の装甲を全面に施しているのかだが
救出用の特殊仕様なのかだが
こうした船は食料や水はほぼ搭載せず
救出に特化していると言う事なのかだが

748人間七七四年2017/12/09(土) 08:10:41.89ID:/lAP/Juo
>>747
まず経緯を考えろアホ
その船がなんなのかわかるだろ

749某研究者2018/01/28(日) 17:12:40.01ID:W2ukGHB9
http://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/354
上の松浦重信の作らせた具足は犀頭兜を用いているが 
此れは 
http://d.hatena.ne.jp/sisiuo0905/20111007/1317960637
上の水犀なのかだが 
水犀なら海や水軍との関連を考えた可能性は有るのかだが
17世紀の具足と言う事なのかだが
戦国期に似た物は有るのかだが

http://blog.goo.ne.jp/minokaidoutabi/e/d09f2eb33a090a24f816c8212fd6a4a5
上の江戸期の物と言う
犀の角の前立の有る兜は早乙女家親の物なら 
大阪陣迄の物の可能性は有るのかだが

750某研究者2018/02/01(木) 22:23:22.18ID:pQEdop9g
海戦用船手具足も
面具は船から落下した際の呼吸の邪魔とは成るのかだが 
http://ikkaiyoroi.com/14.htm  
上の物は口は歯も無く 
割に大きくは開けられている様に見えるが 
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/heritagebig/293400/0/1
上は鼻の無い面頬が有るだろうか

751某研究者2018/02/12(月) 21:28:25.74ID:SZXeKc1B
漫画村上海賊の娘8巻では 
小早は垣盾を装備しているが 
此れは近距離の銃は防げないから 
現実には火矢を止める為の幕或いは薄い竹板を装備していたと言う事なのかだが 
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561492649/
近距離の銃が防げるのは正面の竹束のみと言う事なのかだが

pinterest.jp/pin/343610646561492649/
一番上の船は正面の後方には盾板は有るが 
遠距離の鉄砲なら此れは防げるのかだが 
安宅船同様の10cm等は有るのかだが 
一番下の船にも前の方に盾板は有るがこの後方にも盾板は有るのかだが

或いは当時の垣盾と同様に 
5cm程度しか無い可能性も有るだろうが 
構造は垣盾では無く盾板的にも見えるが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561481063/
関船の場合は下部は薄い竹装甲だが 
正面や上部の銃兵が戦闘する際に居る部分は盾板が装備されていると言う事なのかだが 
この板は10cm等は有るのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561481080/
伏せて漕ぐと言う様な事も 
この構造では困難と言う事なのかだが
前部等の一部の漕手だけは盾板や竹束等で防護され 
方向転換は出来る可能性も有るだろうし 
敵に対し下部も耐弾性が有る正面或いは後方を向けた後漕手を大量に下部に移動させ 
射程外に離脱と言う様な事が出来る可能性は有るのかだが

pinterest.jp/pin/343610646561481063/
盾板は下に倒せて移乗可能な構造だろうから 
此れを斜めに倒して漕手が伏せれば耐弾性が得られる可能性は無いのかだが 
人が乗れる強度は有るだろうが 
果たして斜めにしても防弾能力は何処迄有るのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646563738579/
上の様な形で薄い竹の盾板を固定すれば 
果たして耐弾性は得られるのかどうかだが

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