【三浦介】葦名氏総合スレ【会津守護】

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1人間七七四年2007/07/22(日) 02:17:48ID:ULE6QOe7
桓武平氏良文流三浦氏族で陸奥会津を本拠とし
戦国時代には南奥州に覇を唱えた葦名氏について語りましょう

882人間七七四年2012/06/11(月) 01:12:28.48ID:Pbg6qYV0
それ弟じゃないの?

883人間七七四年2012/06/11(月) 01:26:43.38ID:rRBarGLH
庶兄だよ

884人間七七四年2012/06/14(木) 23:56:01.85ID:BQ1uAtf3
氏方は蘆名氏の第15代当主・盛舜の庶子
盛氏が長沼実国を攻め黒川を留守にした際、義実父子らに奉じられ謀叛を企てるが、数
日で鎮圧され、東山にて家臣と共に自害し果てた。

885人間七七四年2012/06/24(日) 21:17:37.09ID:SgelzeDw
(´;ω;`) ぶわっ

886人間七七四年2012/07/01(日) 22:22:35.13ID:OhfeZDrR
蘆名盛盛

887人間七七四年2012/07/07(土) 00:29:02.26ID:GK4wdTiu
(#^ω^) ビキビキ

888人間七七四年2012/07/11(水) 23:36:52.17ID:FY3vEhts
葦名家は平氏の名門

889人間七七四年2012/07/19(木) 23:46:14.12ID:aAnvuPrq
課棒です

890人間七七四年2012/07/29(日) 00:28:04.47ID:xMwxYaOw
宝賀乙

891人間七七四年2012/08/12(日) 00:51:22.78ID:cSUafMrF
葦名軍は打たれ弱い

892人間七七四年2012/09/04(火) 00:52:56.97ID:Io65Wwek
たしかに、刷り上げ原での瓦解は早かったね

893人間七七四年2012/09/04(火) 12:03:24.05ID:DptfMW88
12年で5人も当主が代わってるからな
その都度、反乱が起きたり家中がガタガタで崩壊寸前だった
摺上原でも結局、まともに戦ったのは富田将監の五百騎と義広の旗本ぐらいで
他の将達は勝手に退却を始めてしまった
まあ、どの国でも滅びる時は内から滅びるものだけど
武田の最後と同じだ

894人間七七四年2012/09/17(月) 22:47:29.43ID:6uJ4Mztb
芦名盛氏が子供をたくさん作っていれば・・・・

895人間七七四年2012/09/18(火) 09:57:41.09ID:uxeoTgKt
盛氏も一人っ子なのに(庶兄はいるが)、子供たくさん作って安定させようとはしなかったんだね
逆に兄に反乱起こされた事で御家争いを恐れていたのかもしれないが

896人間七七四年2012/09/29(土) 23:42:57.81ID:K5auuS/z
御家争いを恐れるあまり御家断絶の危機を迎えたのなら、もうね…
戦乱の時代に嫡男一人はいくらなんでもリスキー過ぎ
せめてあと一人は男子をもうけるべきだった

897人間七七四年2012/09/30(日) 01:07:29.03ID:4KqPKIyW
同腹の兄弟なら割りと仲良い場合が多いしね

898人間七七四年2012/09/30(日) 15:46:16.41ID:vTMMevbN
伊達政宗「………」
最上義光「………」

899人間七七四年2012/09/30(日) 22:21:38.47ID:gzYmCQ10
徳川家光「………」

900人間七七四年2012/09/30(日) 23:46:18.01ID:I8JEzC32
織田信長「………」
大友義鎮「………」

901人間七七四年2012/10/11(木) 10:48:15.25ID:mG3lucmy
俺ん家 「…」

902人間七七四年2012/10/22(月) 23:49:08.20ID:wE2J/arr
wwwww

903人間七七四年2013/02/07(木) 23:47:10.43ID:SU9DOD3C
蘆名止々斎「保守」

904人間七七四年2013/04/05(金) 11:47:54.57ID:JcIrxH7z
>>867
佐橋孫兵衛

905人間七七四年2013/04/26(金) 09:12:42.04ID:Op5fJAUa
マジレスすると芦名滅亡の原因は転封後の独立運動だと思うんだ
客分の分際で母屋まで取るような真似をしたから徹底的に潰された
おとなしくしていれば岩城のように家名だけは存続できた可能性が高い
ひょっとすると今の知事は芦名知事になっていたかもしれない

906人間七七四年2013/04/26(金) 09:23:03.39ID:UXZ1H25D
断絶したんじゃなかったっけ?
もっとも養子入れて家名存続させる事も出来た訳だから
確かに主家から良く思われてなかったんだろうな

907人間七七四年2013/09/26(木) 10:57:24.55ID:Eqf35wtI
葦名といえば、滅亡寸前に猪苗代湖に軍資金放棄した話あるな

908人間七七四年2013/09/27(金) 00:11:37.00ID:4h8de+VE
ありがちな埋蔵金伝説だが、滅亡時の状況からすると有り得なくもないな

909人間七七四年2013/10/21(月) 00:37:40.83ID:+riI+QNf
蘆名家の全盛期の石高ってどんぐらいだったのかな

910人間七七四年2013/11/13(水) 19:47:16.10ID:RdZ3jC64
會津鑑によると何と160万石以上らしいw
まあ、それはホラ吹きすぎだけど
おおよそ葦名家の領地と被る會津藩が23万石+預り地の南會津5万石で28万石ほどだったので
葦名家もそれぐらいと考えて間違いないでしょう
それに支配下にあった二階堂家の5万石余を加えて33万石前後と言ったところか

911人間七七四年2014/01/20(月) 23:33:40.00ID:O8O678Oe
>>905
何を言ってるんだ・・・・。

912人間七七四年2014/01/26(日) 20:58:02.27ID:mYLkADW8
30万石もあったら 優秀な大名じゃん! 大名家として残って欲しかった一族ですな

913人間七七四年2014/04/10(木) 22:50:10.25ID:Pi56qi2R
全盛期はもっとあっただろうな

914人間七七四年2014/05/25(日) 21:08:58.85ID:WbclvVOn
50万はあったんじゃないか?

915人間七七四年2014/06/01(日) 13:52:32.66ID:ve8w8q3p
蒲生が入部し水害灌漑対策を兼ねた開発が行われる以前の実高は20万石程度だった。

916人間七七四年2014/07/18(金) 22:47:00.01ID:nh2X3lbz
>>915
まーた妄想か

917人間七七四年2014/07/19(土) 06:53:19.35ID:LfplY0e8
何か問題あるか?摺上原の蘆名の動員考えたら妥当だが
文句あるならテメエで検証しろや、逃げんなよ糞野郎

918人間七七四年2014/07/20(日) 18:55:42.16ID:8QItkxBx
その動員とやらは正確な数字が残ってるのでしょうか。軍記類ソースだったら論外ですけど

919人間七七四年2015/05/02(土) 07:38:40.28ID:2HDC2b44
葦名

920人間七七四年2015/05/18(月) 21:47:07.87ID:cW+5QadA

921人間七七四年2015/10/05(月) 17:22:24.12ID:gKcWCA/M
>>876

> ていうか佐竹はあの緩〜い統治システムでよく生き残ったな


地形的に防戦しやすかったというのもあるだろうな。

922人間七七四年2015/12/27(日) 05:43:36.62ID:zLsLs++p
DAT落ち予防あげ

923人間七七四年2016/03/26(土) 23:59:06.25ID:on0kBIub
吉川弘文館の東北の中世史ではほぼスルーされてて悲しかった
書く人誰もいなかったのかな

924人間七七四年2016/03/27(日) 09:09:33.40ID:k+FiZhBt
そもそも良質な史料が皆無ですし

925人間七七四年2016/03/27(日) 17:06:57.02ID:E+fKwJDl
ここまで史料が少ないのではどうしようもないな。

926人間七七四年2016/10/07(金) 07:23:34.67ID:XIijdJRw
ここまで書き込みが少ないのではどうしようもないな。

927人間七七四年2017/05/11(木) 06:37:57.82ID:9KEdT5RN
賀正

928人間七七四年2017/07/14(金) 16:24:24.48ID:dwD2v59G
今年2度目の書き込み

929人間七七四年2017/09/18(月) 13:33:29.18ID:ALMeG++D
惜しくも直木賞受賞はならなかったけど会津執権の栄誉読めよお前ら

930人間七七四年2018/02/16(金) 08:10:13.95ID:/qSGCsmp
全体の半分くらい占めるのが架空人物で、しかも名前が会津らしさに欠けてて違和感あった。
隆実はともかく盛備は表題なんだしもっと掘り下げてほしかったな。

931人間七七四年2018/06/07(木) 00:28:02.55ID:WYCXFo9B
戦国期奥羽の地域と大名・郡主
小林清治著作集2(全3巻・第2回配本)
2018年6月刊
編集委員 阿部浩一*・遠藤ゆり子*・菅野正道・佐々木徹・佐々木倫朗*・高橋 充*・ 七海雅人・三宅正浩(* 本巻担当)
編集顧問 伊藤喜良・入間田宣夫・大石直正

第一部 総 論
第一章 東北の戦国時代
第二章 南と北の戦国争乱
第三章 戦国期南奥の武士と芸能

第二部 北 奥
第一章 中世の安東(安藤)秋田氏
第二章 戦国期における大崎氏と伊達氏
第三章 葛西晴信黒印状について
第四章 葛西大崎一揆の背景
第五章 九戸合戦 −中世糠部郡の終末−

第三部 浜通り
第一章 相馬市域の歴史的環境
第二章 佐竹勢力の浸透と岩城氏の衰微

第四部 中通り
第一章 戦国期の田村氏と三春
第二章 陸奥国田村荘における大名権力と荘園制
第三章 岩代地方史の特質
第四章 中世の玉川村地方と大寺氏
第五章 戦国期の石川氏
第六章 結城白川氏と八槻別当 −戦国大名と修験勢力−

第五部 会 津
第一章 中世の会津
第二章 蘆名盛氏と向羽黒山(岩崎)城
第三章 会津時代の伊達氏
第四章 東北織豊大名の領国構造 −会津蒲生領について−
第五章 檜枝岐と舘岩 −南会津の村と村名−


【既刊】@戦国大名伊達氏の領国支配 2017年6月刊・486頁・8800円(税別)
【続刊】B中世・近世の奥羽社会(仮題) 2019年春刊行予定
http://www.iwata-shoin.co.jp/bookdata/ISBN978-4-86602-037-2.htm

932人間七七四年2018/06/07(木) 16:14:53.62ID:Z5/Z9D1y
丸池ポスト御免御容赦

431名無し募集中。。。2018/05/18(金) 22:43:54.02ID:CXdEkNBg
<中略>

それよりも気になるのは「黒川ミのキ衆」「くろ川」のほうなんだが
盛氏って隠居後は向羽黒に移ったんじゃないかしらん
それとも盛隆政権では黒川復帰した?

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