【御館の乱】上杉景虎 その2【北条三郎】

1人間七七四年2011/10/03(月) 00:36:41.56ID:oX3nlpQq
越相同盟から上杉謙信の後継者となりながらも、
謙信死後に起きた御館の乱で悲劇的な生涯を終えた上杉景虎を語れ。


■過去スレ
【何故負けた?】上杉景虎【御館の乱】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1154969043/

■関連スレ
【景勝】御館の乱を語る【景虎】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1212960019/
上杉景勝3
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1234613200/
【早雲】後北条家総合スレッド 其の四【氏直】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1284901329/

363人間七七四年2017/10/14(土) 17:04:42.20ID:TgbYh0HR
謙信の母親は上田長尾氏

364人間七七四年2017/10/15(日) 01:19:39.69ID:wd6J4al8
今福は長尾景満=上田長尾右京亮家=景信弟=長尾右京亮義景説だろ
無茶しやがって

365人間七七四年2017/10/16(月) 00:50:09.86ID:VhIgt3ET
北条研究の中では景虎は誰になってんだ?
氏秀じゃないんなら

366人間七七四年2017/10/16(月) 02:17:37.97ID:rRYNU08Y
景勝自身は、山内上杉を継ぐ自覚はなかったんだと思う
逆に、母の仙桃院の生母が上条氏であって、その時代に越後守護家の
血を引く男子は自分しかいないという自負はあったんだと思う。
だから憲政を見殺しにしても、自分は越後上杉を継ぐのだから関係ない
という考え方だったのでは?子孫の諱も定勝、実勝という越後系だし。

367人間七七四年2017/10/16(月) 03:24:57.73ID:oV1OhF6O
養子が入るとそこから通字が変わるのはよくある事だし大きな意味はないんでないかい

368人間七七四年2017/10/16(月) 06:06:30.26ID:CcgFRbht
>>365
北条研究から氏秀じゃないと出てきたんだろ

369人間七七四年2017/10/16(月) 08:30:36.15ID:VhIgt3ET
>>368
うん。だから誰の可能性高いんだ今だと。

370人間七七四年2017/10/16(月) 09:36:51.10ID:CcgFRbht
>>369
諱って事だと不明
景虎の北条時代の名前だと思われていた「氏秀」という名前が別人の名前だったことがわかりましたって話

371人間七七四年2017/10/16(月) 09:51:14.67ID:CcgFRbht
>>369
もう少し補足すると別に景虎の中身自体が大きく変わったわけではない、ただ名前が違ってたというだけ
氏秀だと思われていた景虎の北条三郎時代の事跡はそのままと考えれば良い
ただし武田家への養子入り等軍記物にしか見えない話は信憑性低かったりと個々の検証は別だけど
むしろ「氏秀」の中身が変わったと言ったほうがわかり良いかな

372人間七七四年2017/10/16(月) 11:29:07.45ID:TtJxXAUZ
景虎に北条時代の名前なんてあるの?
あっても幼名とかじゃないの?
なんとか丸とかの。

373人間七七四年2017/10/16(月) 12:03:04.34ID:VhIgt3ET
>>371
サンクス
まだ曖昧なんだな
ということは、景虎は越後来る前に奥さんいて子供いたってのは確定か

374人間七七四年2017/10/16(月) 12:18:51.03ID:zuN14/nQ
本当の北条氏秀さんは(玉縄)北条孫二郎→北条治部少輔さんだから一次資料による事績の混同ナシ
軍記その他では北条氏秀さんはいない人になってるのでこれまた混同ナシ


逆にこれまで景虎宛て氏康書状と思われていたものが幻庵長男北条三郎時長説が濃厚に
景虎とは活動年代が異なるので本来は混同起こるべくもないのだが、
先の書状は私信のためか年代が書かれていないため解釈が割れたようだ

375人間七七四年2017/10/16(月) 12:31:36.07ID:zuN14/nQ
ところで謙信願文で、氏康の遺命に背き景虎遠山親子を見殺しにした氏政は人でなし絶許
、と書かれた遠山親子なんだが、遠山左衛門尉(父康光)宛て由良成繁書状により
遠山新四郎(子康英)が小田原にいることが判明してしまった

じゃあ願文に書かれた遠山親子の子って誰よ?
まあ願文奉納直後に柿崎左衛門尉とで人質交換の形にしたのかもしれんけどね

376人間七七四年2017/10/16(月) 12:45:15.50ID:zuN14/nQ
>>373
奥さん(北条幻庵娘)は確定
子どもはなんもわからん
新婚生活4ヶ月で引き裂かれて
史料に子どもの言及が見つかってないので
まあいないんじゃないかと

377人間七七四年2017/10/16(月) 13:06:13.52ID:VhIgt3ET
>>375
遠山親子の子って景虎の側室になった人とか?違うか
遠山の娘側室にして子供いたっていうが
>>376
子供はわかってないのか…それは知らなかった

378人間七七四年2017/10/16(月) 13:13:28.93ID:zuN14/nQ
>>372
まず生まれた時に付くのが幼名
**丸とか**千代とか**松とかそういうの

その後元服した時に仮名というのが付く
仮名の中でも一般的にはまず輩行名というのがつく
太郎、次郎、三郎
もしくは源太郎とか平二郎とか吉三郎とかその家の先祖に由来する漢字が1字付く場合もある
というか付かないのは代表的な名家の本家だけで付く場合のほうが圧倒的に多い

それと(だいたい)同時に諱というのが付く
武将と言われれば我々が一番思い浮かべる名前のことね
信長、秀吉、家康
元々は元服の時の烏帽子親(≒後見人役)の名前を1字貰うことが慣習だったが
時代が進むにつれてその家が代々受け継ぐ漢字が決まったり(徳川「家」康「家」光「家」綱)
代々の上司から1字貰うことがルール化する家ができたりした(伊達稙宗晴宗輝宗)

379人間七七四年2017/10/16(月) 13:22:58.02ID:zuN14/nQ
その後、朝廷から役職を貰ったら輩行名を使うのを止めてそれを名前として使う
これを官途名という
ただしこの官途名は自称であることが多いすごく多い非常に多い
本来なら御先祖様が貰った役職名をその御先祖様の子孫ですよとのアピールで自称したんだが
そのうちその御先祖様自体が創作だったりごじつけだったりしてだんだんカオスになっていく

自称だったのを朝廷に働きかけて(≒献金)本物の役職として任命してもらうこともあった
どーせ仕事の無い朝廷の仕事の無い役職だしね

380人間七七四年2017/10/16(月) 13:58:14.78ID:zuN14/nQ
さらにその後子どもが生まれ嫡男として元服したら
官途名を嫡男に譲って別の名前を名乗ることがあった
その場合に安芸守や上野介など地方の国司の役職を名乗るのが慣習とした家もあった
こういう地方国司の役職を名前としたものを受領名という

こういう代替わりで名前が変わる場合非常に紛らわしい反面
年代不詳だった書状の発給年が特定できたり親子関係(養子含む)を確定できたりすることもある

381人間七七四年2017/10/16(月) 15:40:56.65ID:TtJxXAUZ
>>378
結構でかくなってから養子にだされたんだってね

382人間七七四年2017/10/19(木) 23:01:38.19ID:NIVhBsaK
16歳で「結構でかくなっ」た扱いなら
あとはショタっ子になってしまう。。。

383人間七七四年2017/10/20(金) 07:08:04.62ID:XbNWYeK/
>>362
謙信の前の代が戦に出ない病弱ってんで謙信が当主に引っ張り出された経緯を知ってると
当主候補を戦に出さないっていうのは越後的には考えづらい気もする
謙信までの長尾と上杉の関係も含め、越後出身者は現場で戦ってる方が統率に影響力強くなるの身に染みて知ってておかしくない

384人間七七四年2017/10/23(月) 19:24:32.87ID:NfSTj8r1
>>360
別の本と俺が混同しているかも知れんが、洋泉社新書信書の『関東戦国史と御館の乱』が確か、
道満丸=謙信後継者と決まっていたのに、色々あって内戦になった−−説じゃなかったかな?

385人間七七四年2017/10/24(火) 00:07:57.76ID:rBSVuJQq
乃至政彦氏のだね
そこから議論が出てないから乃至さんしか言ってないけどね

386まこと2017/10/29(日) 17:24:54.29ID:nEk7366W
さみしいさみしい

387人間七七四年2017/10/29(日) 17:26:17.50ID:nEk7366W
>>386

話し相手がいないなら、話してあげてもいいよ
ただし、得意のハッキングと1日中の自演をやめたらね(笑)

388人間七七四年2017/10/29(日) 19:10:03.58ID:MSMyOJiu
相変わらず馬鹿だな菅沼

389人間七七四年2017/10/30(月) 02:57:37.04ID:FvdDvkeD
馬鹿なんじゃなくてココロの病気なんだろう

390人間七七四年2017/10/30(月) 07:16:34.51ID:nR5PqEGE
面白いからもう一回やって

391人間七七四年2017/11/02(木) 23:49:59.04ID:6GVnfeCT
桃井清七郎っていう人は結局誰なのだ?

景虎の仲間で一門だったよね?

392人間七七四年2017/11/03(金) 00:46:03.21ID:P5b9iI4a
戊辰戦争?

393人間七七四年2017/11/12(日) 17:21:38.19ID:wjO6Fjdt
>>366
高志書院の謙信本、もう某書店では売られてた
謙信は母が上杉氏じゃないコンプレックスがあったんじゃないかとされてたな
自分に上杉姓を与えてくれた憲政に対して謙信が持っていた遠慮みたいな気持ちは、もしかしたら景勝はあまり持ってなかったかも
そもそも憲政の祖父は修行が辛くて蓄電した破戒僧で、父憲房も一族として管領顕定の元で活躍していただけで、顕定の養子ではなかったというのが研究者の見解
顕定の正式な後継者だった顕実を追放して山内家当主になったけど、上条定憲とかは憲房親子より自分の方が上杉家の嫡流だと書き残している文書が残っている
定憲は顕定の実子説もあるけど、越後国主や顕定の実家である上条上杉一族からしてみれば憲房親子は庶流と思う気持ちがあった可能性もある

394人間七七四年2017/12/03(日) 01:44:00.06ID:zW77Mpkv
いままで全く考えが至らなかったんだが

三郎景虎側室妙徳院(生母説もあるが)と遠山室が姉妹とあるが
生家も判らないこの姉妹ってひょっとして越後人、もっと言えば現地妻なんじゃないか?
遠山家ゆかりの者であれば小田原側で身元なり戒名なりが記録されるだろう

(氏綱偏諱世代の)遠山綱景の弟と(1555年生まれの)景虎が妻同士が姉妹という不自然さも
妾、というか身辺世話係兼監視役と思えば不自然でもなんでも無くなる


ところで妙徳院墓のある関山宝蔵院って軒猿の根拠地て伝説があるってホントですかい?
景虎方の軍事行動がやけに読まれてると思ってたら。。。
本庄顕長は流してると思うんだが顕長が御館入ったのはずっと後やん

395人間七七四年2017/12/05(火) 03:03:30.74ID:QDu202//
今福本上越市史一四八四
「備方については」の備方というのは今までずっと軍事的防備の事だと思い込んでたが
よくよくみれば軍事を司らない女にわざわざ賛否の子細を耳に入れるの入れないのを
起請するのには非常に違和感がある
いくら非常時で財産権を預かったにしても軍事は男の専権だろう

この備方ってのはひょっとして当主の備え=次期当主候補→道満丸廃嫡
・畠山景広への付け替えの話を指すんじゃないか?
それだと家中の批判を仙洞院が耳にする可能性が出るのも尤もだ

それと「おんミつの事」と「備方」というのは同じことを指すんだろうか?
並列関係にある別の項目を指してるような気もするんだけども
「おんミつの事(中略)申ましく候、尤備方ひはん申ましく候」ってなんかくどい
そもそも起請文ってそういうもんなのかもしれんけども、でもくどい


で、結局「おんミつの事」てなんなんだー!?

396人間七七四年2017/12/07(木) 10:16:22.53ID:rVIU6Hc4
見るの忘れた
再放送次の火曜日夕方
ちぃ覚えた

12月12日火曜
NHKBSプレミアム 午後5時30分〜 午後6時30分
偉人たちの健康診断「越後の竜・上杉謙信 死の謎に挑む!」
http://www4.nhk.or.jp/ijin-kenko/x/2017-12-12/10/21210/1800008/

397人間七七四年2017/12/10(日) 03:03:06.28ID:B97QPuxJ
こう言う「現代医学で〜」とか「心理学、脳科学で〜」とかに登場して解説するのは医学のスペシャリストであって本職の歴史研究家じゃないからなぁ。
例えば歴史研究家は「謙信は大酒飲みと伝わるが史料で裏付けがとれるのだろうか」と言ったところから始まるけどそう言った人たちは俗説や通説を前提に考えるし。
本郷和人だって本職はAKB48研究者であって上杉謙信を対象に研究してる人じゃないしね

398人間七七四年2017/12/10(日) 09:54:55.21ID:HPYMo6sz
>>397
本郷和人は歴史学者で、流石にAKB48はついでだよ。
専門は日本中世史。ただ、発言を見る限り源平〜南北朝に詳しく、
上杉謙信に関しては微妙だけど。

399人間七七四年2017/12/10(日) 10:33:24.89ID:9OYVxzWR
最近は雪花の虎で時代考証やってて上越市が講演会とかで呼んでるから謙信のに呼ばれたりするんだろ
TV慣れしてるし

400人間七七四年2017/12/10(日) 18:47:15.73ID:B97QPuxJ
東大教授って肩書きを利用してたいして詳しくもないジャンルにまで手を出すからたちが悪い。一般層は東大教授が言ってるなら本当なんだろう、と思ってしまう

401人間七七四年2017/12/10(日) 19:21:25.88ID:8laFey8D
しかし一般層にはあのレベルじゃないと史学方面の歴史はウケないという

402人間七七四年2017/12/10(日) 22:05:23.86ID:1t0ZXCRA
>>398
ネタにマ(ry

本郷といえば清盛で王家論争炎上した人やね
諸王子の中から最有力者を選んでいた古墳期から
迭立が当然のように行われてた時期くらいまでの
天皇制度を表す造語としては悪くないと思ったけどね
その都度字幕出すわけにもいかんわけで耳馴染みがいい

403人間七七四年2017/12/11(月) 14:28:24.39ID:2esF5uDd
早口糖尿糞ダサ眼鏡おじさんの悪口は止めるんだ

404人間七七四年2017/12/12(火) 00:34:44.30ID:ekYC1zfv
件の番組では生前描かれたとされる坊主頭の謙信の肖像画が紹介され
「この肖像画の謙信が痩せているのは病気が原因」と言っていたがあの肖像画は謙信がまだ若く、宗心を名乗っていた頃のものかもしれないと言う考察もあるんだよなぁ。
番組では直江兼続が「謙信様は最近だんだん痩せ細ってきた」と言う記録を史料に残している、とも紹介していたが直江兼続は謙信にあったことあるんだろうか。確認をとってないが果たしてそれは信頼できる史料なのだろうか

405人間七七四年2017/12/12(火) 01:39:08.04ID:hdcby8MW
口角曲がってない?
1度は脳疾患やってる顔にみえます
http://livedoor.blogimg.jp/gardendesigner-eye/imgs/4/c/4c3fb9c8.jpg

406人間七七四年2017/12/12(火) 18:31:34.52ID:ekYC1zfv
昔、学校の美術の授業でデッサンモデルをやったが皆が真剣に自分を観察してるのが何か面白くてついニヤニヤしちゃったな。
謙信もそれだったりして

407人間七七四年2017/12/12(火) 23:13:58.37ID:hdcby8MW
変顔かよっっ!!
まあどっかの蔵相みたいに五体満足でも24時間口曲がりって人もいないわけではないが

しかし大酒呑みでホントに死の徴候感じて無かったとしたら
そりゃよっぽど侍医がヤブだったかオカルト頼っちゃったかのどっちかだよな

408人間七七四年2017/12/13(水) 04:50:49.26ID:zVuN7ex9
謙信が通説のように「日常的に」たくさんお酒を飲んでた記録はないそうだがなぁ。大酒飲みって言う人物像は江戸時代以降に出来たとか聞く。
近衛前久と大酒を飲んだ、なんてのは云わば取引先のお偉いさんの接待なわけだし謙信も気を使ってたくさん飲んだ…なんてな

409人間七七四年2017/12/13(水) 08:39:41.91ID:uGsfR5YU
三郎景虎への贈答品はその後なんぼか謙信まで廻ることまで想定していると見るべきだし
海鼠腸は酒を飲むためのものとみるべきだ(偏見)

410人間七七四年2017/12/13(水) 10:13:16.37ID:JMhAu1BT
>>405
そういえば手の持ち方もなんか違和感あるけどこういう様式なんだろうか

411人間七七四年2017/12/13(水) 22:49:58.47ID:rOwU6ZuN
http://tomenoroom.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2010/02/06/dsc00231c.jpg
片手に扇子(中啓?)もう片手で印を結んでると思うんだけど
たしかに違和感
右手は置いているだけ感

謙信って左利き説ありましたよね?

412人間七七四年2018/01/12(金) 22:00:34.48ID:ltMoDnOT
>>402
王家はあくまで院が実権を握り、天皇は院になる候補者にすぎない院政期の政治形態の天皇家を表す学術用語
中世史の文献には普通に使われてたがなあ
研究者が使う学術用語を大河みたいな中世史の理解もない視聴者が見るドラマで使ったのが問題で本郷の造語じゃない

413人間七七四年2018/01/28(日) 02:02:17.04ID:908Be69n
>>393
謙信の生母と景勝の母方の祖母は別人で、
景勝は謙信が持っていなかった上条上杉の
血統と正当性を持っていたことになるね。
景勝は別に山内上杉家の正当性に頼らずとも、
上杉(越後)を名乗れると考えていたのかもしれない。

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