【信長のシェフ】戦国時代の食文化を議論するスレ

1人間七七四年2014/08/03(日) 17:41:21.13ID:4qmYxFLX
現代の料理人がタイムスリップして、織田信長に仕えたという
「信長のシェフ」が大人気!!

これにちなんで、戦国時代の食文化を議論しよう!!

信長のシェフ
http://www.tv-asahi.co.jp/nobunaga/

75人間七七四年2014/11/30(日) 11:07:25.94ID:EyDwHNXh
>>74
まるで今の日本を見るような話。

76人間七七四年2014/11/30(日) 18:05:17.27ID:qP4w27BE
>>69
魚醤とかもなかったの?

77人間七七四年2014/12/01(月) 20:46:20.86ID:IUqGJzaW
時代は違うんだが御用牙で刺身を塩汁みたいなのにつけて食う話があったな

78人間七七四年2014/12/01(月) 21:01:58.42ID:N5JP6550
時々親戚から玄米が貰えるから、味噌つけて玄米だけ食べてみようかな。
それだけでいいなら、家計的に助かる。
ただ、頑張っても1日5合は食えん。

戦国時代は何から何でも人力だから戦のときでなくても今より運動量は多かった
だろうけど、よく5号も食べれたな。

79人間七七四年2014/12/02(火) 06:45:52.80ID:QQ6O/w83
おかずが少ないと食べられるものだよ

80人間七七四年2014/12/02(火) 12:17:58.64ID:lJVPFA+6
野菜も食わんとビタミンC不足で死ぬお

81人間七七四年2014/12/02(火) 12:58:55.81ID:hbaxEtCz
>>78
植物性食品だけで飯食ってるとすぐ腹が減るから
1日5合もいけそうな気がする

82人間七七四年2014/12/26(金) 10:22:21.63ID:NcTIcz0p
庶民が鉄の包丁や鍋を持っていたのかな?
貧乏人には錆びる金属包丁や鍋なんて維持するのも大変そう

83人間七七四年2014/12/26(金) 11:46:03.38ID:SfJuMxRa
>>82
室町時代には農具や包丁、鍋はたたら製の鉄のものが一般的になってたらしいから大変ってほどじゃないんじゃないかな?
砥石もあっただろうし

84人間七七四年2014/12/26(金) 14:04:34.85ID:XWwk4SsO
明の記録で、倭寇が好んで略奪していく物の一つとして鉄鍋が挙げられている。
まだ国内の需要に対して供給は不足ぎみだったんだろう。

85人間七七四年2014/12/27(土) 10:47:52.40ID:6J7Cy3nB
>>84
鉄鍋は大きい物が好まれたらしいから大きい物が不足してたんじゃね?
たたらの鉄で小型の物は広がってたけど、ふんだんに使った物は珍しかったんじゃね?

86人間七七四年2015/01/10(土) 10:09:42.72ID:nATNL8Yw
もてようとして鉄包丁を使っていた
男がいたんですよ
       / ∧__∧  
,,∧_∧  /  (-Д- ) 
( ´・ω) \/〇と_丿 
( つつ| ̄ ̄| Y 人  
し―(___)__| (__) J 

        な〜に〜!
         やっちまったな!
       / ∧ ∧  
,,∧_∧  /  (゚`□´゚)  
( ´・ω) \/〇と__丿  
( つつ| ̄ ̄| Y 人   
し―(___)__| (__) J  

         男は黙って!
          石包丁!!
     〃〃 ∧∧  
,,∧_∧ 〃/ ̄7(Д´ ) 
( ´・ω) 从从〇と_ 丿 
( つつ| ̄ ̄| Y 人 
し―(___)__| (__) J 

87人間七七四年2015/01/24(土) 20:33:43.63ID:5vxntBtJ
織田信長生誕の地 勝幡城推定復元模型
http://mirai660.net/castle/shobatajyoh_model.html

88人間七七四年2015/04/21(火) 09:48:08.87ID:r5ltiz8u
なにか手軽にできる戦国料理の料理を作ってみたいな

89人間七七四年2015/04/21(火) 10:46:21.27ID:SYRoUstL
焼き味噌と湯付け

90人間七七四年2015/04/22(水) 11:46:30.12ID:JHqUEsxy
食材自体が変わってるから
味を再現するのはなかなか難しいかもしれない

91人間七七四年2015/06/04(木) 18:47:31.54ID:4a2AsVbv
戦国時代、農民や下級武士は赤米や黒米、雑穀、麦飯あたりが主食だったという。
そこで気になったんだが、年貢として領主に収める米は、全部ジャポニカ米だったのか?
薩摩藩は赤米まじりと聞いたことがあるが、混合していたのか区別していたのかが気になる……
それとも、戦国時代で言う白米とは赤米とかを精米したものなのだろうか

92人間七七四年2015/08/18(火) 03:44:19.92ID:GNcpA6Fp
保守

93人間七七四年2015/08/20(木) 02:24:05.42ID:22Xxluce
>>91
病害虫対策の品種改良で白米系が残っていくことになるんだけど、納めるのは赤黒白どれでも良かったらしいとどこかで見た
ブレンドはさすがにせんだろうが

94人間七七四年2015/09/17(木) 23:42:37.46ID:jGxaqNPi
米は食うものじゃなく納めるもの。あるいは売るものだからなあ
戦国時代の庶民が米を食えるのは戦での兵糧の支給くらいだったらしいし

95人間七七四年2015/09/23(水) 17:24:29.77ID:D2f3WnWC
>>94
大嘘。庶民も日常から米を食っていた

96人間七七四年2015/10/07(水) 21:57:07.31ID:4B09/V4Y
庶民の口に日常で米が入るようになったのは江戸時代からだぞ
平地に大規模な水田を作る技術が全国に広まり
戦のない太平の世になって米余りの状況が発生し
ようやく一般人が食えるようになった

97人間七七四年2015/10/22(木) 21:28:35.98ID:+FUKstTh
ホントかどうかはわからないけど、戦闘糧食には米が出るからそれ目当てに戦参加をする人もいたって話は聞くね。
あと、それでどぶろく作っちゃうので困ったって話も。
戦国時代の田んぼはほとんど湿田だったって話は聞いたことある。

98人間七七四年2015/11/21(土) 00:06:24.19ID:c2GWyhbb
江戸時代前は陸稲がメインだったからね

99人間七七四年2015/12/02(水) 12:28:41.22ID:EpkfVfE6
すいとんもかなり食べられてたと聞いたことがある

100人間七七四年2015/12/22(火) 11:32:56.72ID:Kau3oJF/
舶来もの好きの信長公が
中華をスルーしてたのはなぜか?

101人間七七四年2015/12/22(火) 17:36:33.41ID:G7kRm0rc
舶来物という印象が薄いからだろう

102人間七七四年2016/01/12(火) 12:29:14.61ID:UawgLDr9
信長公は食にはそう興味はなかったんじゃないかな
スリムだし

103人間七七四年2016/02/09(火) 00:08:05.59ID:lBjcgj4L
>>97
戦に行けば米が食えるぞぉ
肉も食える、酒も飲めるって
そんな唄があった様な・・・

104人間七七四年2016/02/13(土) 07:11:36.70ID:LhB6rSJd
>>102
柿や瓜を食いながら馬で移動したり
川で採れた魚をその場で膾にして食べたり
湯漬け飯を普段から好んだりとファストフード嗜好なのかも

105人間七七四年2016/03/18(金) 20:03:37.14ID:E6R+Tckk
グルメの代表格が政宗らしいけど、他にも美食家っていたのかな

106人間七七四年2016/03/29(火) 16:11:47.12ID:O8Ula7Tq
>>13
和食・中華食の間で違うメニューばかりを挙げているから
しかも近世に産まれたメニューばかり(文化交流が盛んだった宋までを無視)
炊飯、里芋の煮物、煮豆など、共通するメニューを除外するのは、
意図的にやっているのか?

>>15
中国での仏教普及率は、半分にも届かない

>>65
そのイメージは初耳
納豆は平安時代中期から

107人間七七四年2016/03/29(火) 21:53:58.35ID:sdC+3aDD
2年前のレスに反論しても
そいつ多分もういないからね?

108人間七七四年2016/03/29(火) 23:04:52.92ID:ldznlRBE
日本昔ばなしか何かであったなあ
戦にでた連中に藁に包んだ豆を届けたら暑さで発酵してたってやつ

109人間七七四年2016/03/29(火) 23:11:04.67ID:ldznlRBE
一般的な糸引納豆を資料上で探すと室町中期の精進魚類物語だそうだ

110人間七七四年2016/05/04(水) 01:18:44.67ID:tMVdOFJc
>>105
今更だが細川幽斎は美食家で料理名人だったはず

111人間七七四年2016/05/04(水) 08:18:09.91ID:vzUHUuRQ
忠興も食にはやかましかったそうだ
細川家の場合は料理まで詳しかったから台所方はやりにくかっただろうな

112人間七七四年2016/05/13(金) 00:13:03.31ID:oMDafI8+
デレのない海原雄山?

113人間七七四年2016/05/13(金) 02:30:36.47ID:Q9LipY8s
忠興の場合、当時最高の教養人の一人で利休七哲にも数えられたぐらいだから、単なる食い道楽じゃなくて、茶道の延長のようなもんじゃないか

114人間七七四年2016/05/13(金) 03:12:42.09ID:kt7LzU2e
細川勝元も鯉料理にうるさかったらしいし、一門の伝統みたいなものもあるんじゃないだろうか

115人間七七四年2016/05/13(金) 03:22:39.24ID:/2jWRyCV
お茶席で出す料理ってのは飽くまでお客の為ってのもあるし、腹を満たす食事ではないってのが一方にあって、ふだんのおかずに不服いうってのは武士にふさわしい態度とは言えないとかで、案外うまく折り合いはついてたんじゃないかな

116人間七七四年2016/05/13(金) 06:45:39.25ID:5o5Wqus/
逆に飯にハエとか入ってても素知らぬ顔で黙って食べた殿様もいたぐらいだしな
騒ぎになると台所方は下手すれば腹を切るハメになるから、気を遣って不味かろうが虫が入ってようが黙って食べた
家臣を大切にして文句言わずに黙って食べた大名と、口喧しく文句言って食文化を発展させた大名
どちらが大名として優秀だったのか微妙なところだ

117人間七七四年2016/05/13(金) 16:02:28.85ID:C2u/z6u+
倹約家で有名な鷹山さんでも現代から見ても
結構な料理毎食喰ってたからな、殿様レベルに
なると一般人の想像とは違う世界

118人間七七四年2016/05/13(金) 17:59:20.44ID:1oRELBji
殿様の食う飯は
黒い盆に米並べて一粒一粒選りすぐったりするんだよな

119人間七七四年2016/05/13(金) 19:21:35.58ID:8IFDHxc+
>>117

ようざん本人も倹約してたんじゃないの?
何食べてたの(ソースもプリーズ)

120人間七七四年2016/09/26(月) 02:44:55.91ID:7tEJbZUo
敗走中に、殿様に食事を出したら「カゴを担ぐ
兵に食わせろ。殿は腹を切るだけだから飯などやるな」
って言って、結局家来だけ食事をしたのはどこだっけ?
あんなとこは食文化が発達しないだろう。

121人間七七四年2016/09/30(金) 18:34:30.36ID:pKNa+RMn
関ケ原から逃げるときの薩摩っぽ

122人間七七四年2017/02/20(月) 05:41:37.39ID:sHcVikPG
age

123人間七七四年2017/10/15(日) 09:45:24.92ID:2JfKYhAf
sage

124人間七七四年2018/04/16(月) 19:28:37.92ID:E3JjTMLL
>>120
それって酷い話にも聞こえるが、切腹をする前には食事を取らないものだからな

125人間七七四年2018/05/31(木) 01:46:51.51ID:HlvE/3VQ
虎眼流ニ輪で見た

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