戦国時代における騎馬武者の実像とは 2騎目 [無断転載禁止]©2ch.net

1人間七七四年2016/06/13(月) 19:13:23.12ID:oQV1xa1J
戦国時代における騎馬武者はどういう存在だったのか、について語りましょう。

戦国時代における騎馬武者やいわゆる騎馬隊の実像とは?
騎馬武者の馬上槍や騎馬突撃は一般的な戦術だったのか?
そもそも軍中における騎馬武者の割合は?

前スレ
戦国時代における騎馬武者の実像とは
http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1245948808/

491某研究者2018/02/02(金) 13:30:38.18ID:6z2p8his
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/chi04/chi04_06349/chi04_06349_p0009.jpg
平治物語絵巻・六波羅合戦巻の上の場面では騎馬武者は名乗り等上げず
いきなり同時多数の騎射戦をしている様にも見えるが
果たしてどうなのかだが
上の場面の
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/chi04/chi04_06349/chi04_06349_p0008.jpg
後に居る騎馬武者も名乗り等せず
一部は援護射撃の構えを見せているだろうか
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/chi04/chi04_06349/chi04_06349_p0007.jpg
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/chi04/chi04_06349/chi04_06349_p0006.jpg
こんな位置から態々名乗って敵騎馬武者の矢を
破壊している共思えぬ訳だろうし
此れは鏑矢だから初弾なのかだが

492人間七七四年2018/02/02(金) 14:15:34.65ID:EposCIOV
槍じゃなくて薙刀だな
薙刀は一対一専用の武器
つまり当時の戦争は一騎討ちが基本だった

493人間七七四年2018/02/02(金) 14:19:51.14ID:EposCIOV
薙刀は縦横斜め八方に振る武器のため集団戦で隣に味方がいると当たってしまうため使えない

494某研究者2018/02/02(金) 19:26:44.90ID:6z2p8his
http://livedoor.blogimg.jp/netamichelin/imgs/c/c/ccfa70e8.jpg
槍は縦に振って殴るのが基本だろうし
短い騎馬武者用等の持槍でさえ
木槌が付いた物を武田軍が使用しているが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646560922302/
大阪夏の陣図では下馬戦闘する
騎馬武者主体の集団に薙刀を持つ騎馬武者も交じるが
足軽が使わないのはリーチを5m等は取れない故だろうし
騎馬武者で減ったのも管槍や大身槍等の高威力の槍も有る故なのかだが
鈎を先端付近に置いた物も鈎薙刀には無い訳だろうか

495某研究者2018/02/02(金) 19:36:23.94ID:6z2p8his
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%99%E5%88%80#%E5%A4%A7%E8%96%99%E5%88%80
大友興廃記には恐らく戦国期の
全長4.8mもの薙刀も出て来るが
此れは現実に存在したのかだが
全長6.4mの本多忠勝の大身槍・蜻蛉切等と異なり
長柄槍程度の長さの物は無いと言う事なのかだが
(刀身が蜻蛉切同様の40cm程度と小薙刀程度の物なら或いは有るのかだが)
重くコストも高いので足軽の運用は無いと言う事だろうか

496人間七七四年2018/02/03(土) 14:09:07.77ID:ILH3Wiyi
>>480
山梨と長野に行ってみな
両県内を徒歩で旅してみな
馬に乗りたくなるから

日本馬は山岳地や丘陵地帯こそ
本領発揮するんだよ
しかもエサはそこら中に生えてる
から持ってく必要なし
雑草を食べて、逞しく働く馬
更に軍馬の能力の高さは農耕馬とは
違うよ

明治に初期、南部馬の盛号が
競馬でアラブ馬を千切ったこと知らない
んだろうね

497某研究者2018/02/03(土) 17:17:19.03ID:auu0Wfdr
https://www.pinterest.jp/pin/343610646563603464/
秋夜長絵巻でも槍と薙刀は混在している様に見えるが
槍の数はこれが書かれた時点では余り無いのかだが

498人間七七四年2018/02/03(土) 21:16:25.43ID:xkjhsaze
サラブレッドやその他大型馬は(西洋の馬は大抵)餌に穀物を要求するが…おやつの草を食べたがるのもまた事実ではあるが…、
日本馬・モンゴル馬 等は草だけで飼う事が出来るのが特徴。ある意味便利ではあるが、
馬に乗るにはそれなりの技術が必要だし、
普通の騎馬トレッキングコースは人馬の疲労が限界に達する前にゴールにつくようになっているから欠点が目立たないだけであって、
馬は揺れが大きく疲れる乗物…モンゴルでも馬よりオートバイのほうが人気…
思ったほどは持久力がなくすぐ疲れてしまう点も問題…現代人はオートバイと比較するからこんな評価になる…
思ったほどは良いものではないという事にすぐ気が付くと思う。

499人間七七四年2018/02/03(土) 22:01:38.08ID:o0YsX5z2
オートバイのほうが人気かあ
なら当時は徒歩と騎乗とどちらのほうが楽だったんだろうね
てか、現在のサラとかと昔とでは騎乗方法も違うやん?

500人間七七四年2018/02/03(土) 22:44:35.73ID:nrc7hUJt
>>496
適当すぎて笑ったw

501某研究者2018/02/04(日) 11:11:55.71ID:VNGwR4lj
>>498
>日本馬・モンゴル馬 等は草だけで飼う事が出来るのが特徴。

日本の場合軍用馬には
大豆も与えていた様な記述も有るかも知れぬが
果たしてどうなのかだが
草だけでも軍用に耐えぬ程の体力低下は有るのかだが

502人間七七四年2018/02/04(日) 16:44:03.66ID:dbTST5qL
もともと草食動物なんだから、草だけで飼えるんじゃないの?
その辺に生えてる草だけだと食い尽くしちゃうから、飼料を運搬しなくてはならなくて、
だけども干し草だと嵩張るから、カロリーの高い大豆を使うんだと思う。

503人間七七四年2018/02/04(日) 18:34:19.94ID:8K/oStAq
お前はカロリー低いものだけ食って人並みの肉体労働できるのか

504人間七七四年2018/02/04(日) 20:32:18.49ID:uzvEmUp9
馬はエネルギーを得るために基本的に暇があれば食っては寝てを一日中繰り返している動物なわけでしょう
豆類や穀類はあくまでも人間が効率よく馬を行使するために使っているだけ
というか近代以前では飼い葉以外にはどんな飼料を与えていたんだろうか?

505某研究者2018/02/04(日) 20:51:08.26ID:VNGwR4lj
http://farmhist.com/category4/entry80.html
>厩作附飼方次第
『放牧している馬(野生)は草木の根や葉を食い、粗末な食べもので生きているが、人を乗せるわけではないので、体力の消耗も少なく、病気にかかりにくい。乗用馬は責馬(調教)などで体力を消耗するので、飼料に注意しなければいけない』

新鮮な豆の葉を飼料として与えている以上、豊富なタンパク質を含んでいる豆の実自体も、また昔から貴重な飼料の1つでした。ただ、生豆としてではなく、「煮豆」に作り変えられて、馬に給餌されていました。本書内でも『豆は新しいものをよく煮て与えること。
(中略)馬は豆を食べて体力を増進させるので、必ず品質を調べて与えること』と、品質の良い煮豆を給餌する様に述べています。

『刈った豆の葉は馬の気力を増すものであるから、いつも与える事。例えば、刈った豆の葉は人間のごはん、煮大豆は人間のおかず、ぬかは人間の汁にあたるものである。人間の食事は、ごはんを主とし、汁、おかずの順にするとよい。もし、ごはんを副食とし、
他の栄養ある食物を主食として食べると、却って脾臓を傷めるようなものであるから、刈った豆の葉を主とし、煮豆とぬかを副食と心得て飼養すること。』


等と有るから
軍用馬では無く乗用馬にも大豆は体力強化の為に
使用されていると言う事なのかだが

506人間七七四年2018/02/04(日) 21:04:56.80ID:8K/oStAq
だから大豆や穀物だろ

507某研究者2018/02/04(日) 22:19:04.50ID:VNGwR4lj
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9005754.html
>当時の馬の兵糧は大豆と糠だったようで。その辺の草というのはあくまで補助的なものだったんじゃないですかね。
当時の標準的な一日あたりの消費量は大豆2升、糠2升で約6kg程度とされています。ちなみに人間は米6合、塩0.1合、味噌0.2合で約1kgだったとのこと。10倍まではいかなかったみたいですね。

草の量は果たしてどうなのかだが

508人間七七四年2018/02/07(水) 15:11:48.90ID:hAEkGugm
牧草を食べてる牛馬は栄養失調w?
質の高い乳や肉の為に栄養の豊富な穀類をプラスするんでしょ

勿論、武士のたしなみとして愛馬を養う必要があり、
戦場で思う存分の騎乗働きしたい者は、豆や穀類を与えていた
だろうが、それは平時の場合でしょうね。
戦時は、野草と現地調達のもみ殻等が主になる。

509人間七七四年2018/02/07(水) 22:23:21.50ID:MVBciRZH
戦時に大豆や穀物を与えてた。わざわざ輸送や購入して。

510人間七七四年2018/02/07(水) 23:42:23.53ID:/LbdXvCd
計100キロ近くある騎馬武者を背負って走らないといけない当時の馬は
さぞええもん食って鍛えられていたんだろうね
馬は高級品だったのは間違いないね

511人間七七四年2018/02/08(木) 00:02:40.73ID:x2lfoHYk
>>510
馬一般が高価だってのは間違いだよ。
大半の馬は農耕馬であり、駄馬である。
戦闘用の馬だって騎馬足軽の馬もいるし。
現代で言えば、ジープやハーフトラック。

重い鎧来た武者が乗る馬だけが特別な高級品。
主力戦車。

512某研究者2018/02/08(木) 14:28:53.74ID:ePz5iXFj
騎馬武者の馬には馬鎧迄装備される例も有るが
南北朝期の30kg等の大鎧に10kg等の馬鎧が追加される例は有るのかだが

https://kotobank.jp/word/%E9%A6%AC%E9%8E%A7-35134
1391年頃成立の明徳記には鎖の馬鎧が有るから 
この辺りから少なく共乗馬に長ける関東の騎馬武者の馬は
馬鎧はそれなりに装備されていたのかだが
太平記では鎖の馬兜しか無いが 
馬鎧も使用されていた可能性も有るのかだが

西欧の馬鎧の大量使用は何時頃なのかだが
乗馬戦闘重視のイタリア式鎧を装備する騎士の馬も 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%AA%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%83%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AD#/media/File:Paolo_Uccello_031.jpg
15世紀中期のサンロマーノの戦いの絵でも馬鎧は皆無だろうし 
http://www.luminarium.org/encyclopedia/barnet-gent.jpg
15世紀では頭部や首にのみ装甲が有る馬が 
僅かに書かれる程度に見えるが
https://www.wga.hu/html_m/d/durer/2/12/8triumph/11triump.html
1515−17年成立のTriumphal Archには馬鎧が大量に書かれるし 
遅く共1515年のラヴェンナの戦いでは 
馬鎧は既に大量使用されていたのかだが
1540年頃には騎兵銃で馬を攻撃される事が増えて
馬鎧は廃れたと言う事だろうか

15世紀なら乗馬に長ける関東の騎馬武者の馬の方が 
弓対策用の革製主体かも知れぬが
西欧より馬鎧の装備率は高いと言う事は無いのかだが

513某研究者2018/02/08(木) 15:06:09.98ID:ePz5iXFj
http://www7b.biglobe.ne.jp/~hitosugi/hojoukasin.htm
1581年の北条家では馬鎧装備は義務付けられていたと言う事かも知れぬが
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/45/17038252d5e384886696410ab7bd4a54.jpg
銃が多いこの時点では上の様な重そうな物が主体だったのかどうかだが
https://i.pinimg.com/originals/80/1d/61/801d61d3aab9e5a0048ff93259997edd.jpg
二人武者絵の小型の物や
http://photozou.jp/photo/photo_only/1849954/187730238?size=1024#content
上の大阪冬の陣図の物の様な厚総を併用した軽い物が
使われていた可能性も有るのかだが

514某研究者2018/02/08(木) 15:24:07.13ID:ePz5iXFj
http://kitakan-navi.jp/archives/11984
>戦国時代に使用されていたとされる馬鎧(よろい)の展示が27日、中之条町歴史と民俗の博物館「ミュゼ」で始まり、来館者の関心を集めている。
馬鎧は、馬に装着させていた鎧で、乾燥させた革に漆を塗るなどして作られている。重さは10キロ程度。

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-57-32/nihonzairaiba08/folder/40206/67/2896167/img_0
此れで10kg程度なら
http://photozou.jp/photo/photo_only/1849954/187730238?size=1024#content
面も無く更に軽装な大阪冬の陣図の物は
厚総込みでも更に軽いと言う事なのかだが

515某研究者2018/02/08(木) 23:38:34.17ID:ePz5iXFj
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561990702/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561990698/
首上部や胴正面等の要所が
革の上からカルタ金で補強される様な馬鎧も有るが
弓に対抗する為の装甲追加では無いと言う事なのかだが

516人間七七四年2018/02/10(土) 10:34:03.04ID:eZSS3rhk
馬のことは馬の専門家
日本古来の馬術は、系統者の話に耳を傾ける。
例えば、
西郷派大東流馬術検索してみて

勝手な想像で話しても意味はない

訓練された軍馬(日本馬)の実力は相当なものだし
馬の素人が遊びで乗馬してるのとは訳が違う

517人間七七四年2018/02/10(土) 11:10:51.73ID:VLAfUseu
西郷派って界隈では有名な捏造流派だぞ
ソースにできるようなもんじゃない

518某研究者2018/02/10(土) 15:58:04.86ID:M4R5FFgR
武陰叢話に小田原攻めで使用された
秀吉の金の瓔珞の馬鎧が出て来るが 
此れは現実に有るとすればどう言う物なのかだが  
http://www.geocities.jp/barakabin/orini-a.html
http://www2s.biglobe.ne.jp/~fusenji/kenkyu/03shumon/note08.jpg
https://www.pinterest.jp/pin/115193702950137607/
上の鎌倉期等の唐鞍の装飾に似た様な物が 
通常の馬鎧に追加された物の可能性も有るのかだが
http://artscape.jp/study/art-achive/10107722_1982.html
上の普賢菩薩像の象には 
唐鞍の馬具の様な杏葉に加え瓔珞が有るし 
こうした構造に似た馬具が
秀吉の馬鎧に付加されていた可能性も有るのかだが

http://avantdoublier.blogspot.jp/2013/04/blog-post_30.html
上の普賢菩薩の象は杏葉は無しで 
瓔珞だけが付いているし 
こうしたタイプの物の可能性も有るのかだが 
戦国期の飾馬には杏葉が有るなら 
此れも装備される可能性も高いのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/635218722414718165/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561159219/
上の様な明軍の馬具には瓔珞の様な物も有るが 
此れと同様の物が有った可能性も有るのかだが

519人間七七四年2018/02/18(日) 16:07:19.55ID:v1pYLWHM
>>517
では、甲州和式馬術探究会
の動画みてくれ

和種もバカにはできんぞ!!

520人間七七四年2018/02/18(日) 19:56:19.38ID:1EnGaA/6
ナポレオン時代でさえも胸甲騎兵と鎧と剣や槍と白兵武装の騎兵が騎兵の主力だったんだよな

521人間七七四年2018/02/18(日) 23:39:18.83ID:bPHfPYDJ
>>520
胸甲騎兵じゃない騎兵って何? 近代騎兵? それならピストルやカービンを使うと思うが。

522人間七七四年2018/02/19(月) 03:16:56.79ID:SCdpZP+P
サーベル騎兵や槍騎兵だろ

523某研究者2018/02/19(月) 12:36:42.69ID:SE1IOgqw
gachi-kaccyu-kassen.com/article/442222424.html
>この頭蓋骨とともに体高160〜170cmの巨大な馬の骨も発掘された。これは日本在来種ではなくアラブ馬であるとのことだ。  

西欧の体重600kg等の重馬種の可能性と言うのは 
無いと言う事なのかだが
ncode.syosetu.com/n1685bu/3/  
西欧のシュバル・ド・オーヴェルニュ等の重馬種の体高は150cmだから 
違う可能性も有るのかだが 
高級品のデストリアは160cm超の例も有ったかも知れぬが 
こちらの可能性は骨格の差を見れば分かるから
無いと言う事なのかだが 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be20a4887bc3d3353f527d3636c44e3)

524人間七七四年2018/02/19(月) 13:51:01.11ID:hCLQuZgj
江戸時代、
150cm超えの南部の巨馬を自慢していた
大名がいた。
馬の大きさは4尺何寸か
つまり120cmよりいくら大きいかで表記して
いたこと
また4尺は省略することが多いことから
それなりの大きさのものを武士は騎乗していたことが
わかる。

525某研究者2018/02/19(月) 18:12:52.77ID:SE1IOgqw
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9C%A8%E6%9D%A5%E9%A6%AC#%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E7%9A%84%E7%B5%8C%E7%B7%AF
>前近代、軍馬として用いられた在来馬は、「相手の馬に噛みつき、歩兵を蹴りつけ、踏み殺し、時に乗り手の命令に従わぬ荒々しい馬が求められた」とされるが、そうした荒い気質の馬が求められたのは、一騎討ちが盛んであった南北朝時代までである。
室町時代から戦国時代に移行する時期では、集団騎馬戦が重要視されてきた為、従順で調教の行き届いた統率の取れる馬に改良が求められた。

集団戦が求められたと言うより
下馬戦闘多用で荒い馬を乗りこなせる技術の有る者が減ったから
そうした技術が無くなったと言う可能性も有るのかだが
荒い馬でさえ平治物語絵巻や蒙古襲来絵詞の集団騎射戦を出来る程度に
コントロールが必要なら出来る技術が
南北朝期迄なら少なく共一部には存在したと言う事なのかだが

526某研究者2018/02/19(月) 18:59:40.35ID:SE1IOgqw
http://www.equinst.go.jp/JP/hidume/hsn1-2.html
>また明治28年、青森、岩手、秋田3県の馬産地で南部馬244頭の体高を測定したところ、平均は 4尺7寸※2(142.4cm)でした。

とは言え明治28年では
アラブ系統の馬の血がそれなりに入ると言う事なのかだが
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E6%94%BF%E7%AC%AC%E4%B8%80%E6%AC%A1%E8%A8%88%E7%94%BB
1906年からの馬政第一次計画以前にはそうした西欧馬の血は
入らない可能性も有るのかだが

527某研究者2018/02/19(月) 19:06:04.51ID:SE1IOgqw
>>526
平均142cmと言うのが事実なら
アラブ馬と同程度の体重の馬は南部馬では割に手に入るのかだが
体高150cm程度の馬も偉い人間用なら
確保出来ると言う事なのかだが

528某研究者2018/02/19(月) 20:01:32.73ID:SE1IOgqw
そうした大型馬も衝撃騎兵としては有用だろうが 
敵からの逃走やこの追撃には速度の高速な馬の方が 
有用と言う事なのかだが 
https://aomori-miryoku.com/2011/01/14/%E5%8D%97%E9%83%A8%E9%A6%AC%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2%EF%BC%96/
盛号を見る限り大型の南部馬が木曽馬より遅いとは 
限らぬと言う事なのかだが
長距離ではどうなのかだが
アラブ馬も長距離の走力は
此れより小型の木曽馬には劣ると言う事だっただろうか

529某研究者2018/02/19(月) 20:58:24.55ID:SE1IOgqw
http://www.jahou.net/ebisuzaki/index.cgi?no=151
>ウマは、最大gallop速度7.8 m/sを持ち、10km走ではヒトより速い。しかし、10-15分以上ではgallop速度は劇的に減少する。
長距離にわたる繰り返し走では、速度は5.8 m/sになり、1日に約20kmしか走れない。それ以上走ると、回復不可能な損傷を筋肉骨格系に受けてしまう。したがって、人間の持久走能力は極めて印象的である。

人を乗せれば更に速度や移動可能な距離は低下するだろうし
10kmより遠くに逃げる際は
装甲を外して下馬した方が良いと言う可能性も有るのかだが
人より高速と言うモンゴル軍の乗馬移動の場合は
道中に別の馬が大量に置かれているのかどうかだが

530某研究者2018/02/19(月) 21:39:45.16ID:SE1IOgqw
http://netouyonews.net/archives/9567514.html
>Yamっていう駅舎制度があって大体40kmごとに設置されてた
これによって平均200km/日の伝達速度をモンゴルは持ってた
同じような高度な制度を持っていたローマ帝国が90km/日、唐が50km/日
これだけで優位性がわかるはず

持久力の高いモンゴル馬なら40kmはそれなりの速度で走れると言う事なのかだが
モンゴル軍が一日に70km移動したと言う説も有るが
替え馬に乗り換えればその程度を走れる走力が蒙古馬には有ると言う事なのかだが

531人間七七四年2018/02/20(火) 06:02:51.90ID:P1kYsf8h
だから戦国時代の馬はポニーだったんだろ

532人間七七四年2018/02/20(火) 07:44:22.68ID:kt8e/gQD
>>531
蒙古馬=ポニー だから

533人間七七四年2018/02/20(火) 13:44:17.31ID:zvr4z3eO
モンゴル人とかいう
ポニーでユーラシアを征した騎馬民族がいるらしい

534人間七七四年2018/02/20(火) 16:36:46.18ID:FSzv0a1a
中世騎士が乗ってたのもポニー

535某研究者2018/02/20(火) 18:20:16.40ID:Exh+P4t1
西欧のシュバル・ド・オーヴェルニュ等の重馬種の体高は150cmだが
ポニーの大型の物とほぼ同様なのかだが
体重はモンゴル馬の倍程度の600kg以上有るが
体高160cm以上等の
高級品のデストリアは此れより100kg以上重いのかだが

536人間七七四年2018/02/20(火) 22:24:35.12ID:kt8e/gQD
>>535
ポニーの大型のものと同様、って表現はおかしいだろ。
150cmしかないなら、体重が何百キロだろうがポニーだ。

537人間七七四年2018/02/21(水) 00:33:00.65ID:8iAowbgI
>>536
150ならポニーじゃない
それは置いといて正しさを求めるなら「平均的な固体はポニーである種のポニーじゃない大型の固体」と言うべきか

538某研究者2018/02/21(水) 21:29:30.41ID:RMBnYWJy
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%8B%E3%83%BC
147cm以下がポニーと有るから
最大級のポニーとほぼ同程度のサイズと言う事だろうか

539某研究者2018/02/22(木) 14:50:11.73ID:jWymyz60
http://www.gachi-kaccyu-kassen.com/article/448073682.html
>ただ敵味方が双方ともに組討や短刀操作のレベルが向上するので、先に懐に飛び込んだ方が勝つという保証はなくなってきた。 
要するに懐に飛び込まれたり槍の柄をつかまれた側は、いつでも槍に執着せずに短刀を抜いて組討ったほうが反撃しやすい。

組討が得意な者は先に組討に持ち込むと言う方向も有るだろうが 
居合が得意な者は 
https://www.pinterest.jp/pin/343610646563871335/
上のイタリア武術の様な形で敵の槍に自分の槍を乗せてから 
居合で敵を倒す方向も有るのかだが

相手が槍の柄で居合で抜かれた刀を防御する可能性も有るだろうが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646563870894/
上の様に柄毎斬られる可能性は有るのかだが

長物に対し短刀で組討に持ち込もうとして 
刀の居合でアウトレンジされ返り討ちに有った例は有るのかだが 
https://www.pinterest.jp/pin/343610646563874562/
上の平治物語絵巻・六波羅合戦巻では 
短刀を持つ者が刀でやられているが 
刀は両手持ちだから居合でやられた訳では無いと言う事なのかだが

長物で勝負していた居合が得意な者が 
長物を持つ居合が更に得意な者に 
長物を捨て居合を仕掛けたら 
逆に居合で迎撃された例は有るのかだが 
先に此れを仕掛けて抜刀すれば多少居合抜きの速度が劣っていても 
先に斬り付けられたり
敵の刀を受けられる可能性は有るのかだが

相手が居合向けの肥後拵を装備していたら 
居合が上手い事は警戒するかも知れぬが 
自身も肥後拵が有り先に仕掛けて抜けば勝てると見る可能性も 
居合に相当に自信が有る者なら有り得るのかだが 
先に仕掛けても相手が脇差しや短刀を先に抜いて刀を受ける可能性等は有るのかどうかだが

片手持ちの脇差でも居合で抜かれる片手持ちの刀なら受けられる可能性は有るだろうが 
短刀ではどうなのかだが 
居合で抜かれた刀を両手持ちにされれば次は受けられるのかだろうし 
組討に持ち込む等する必要は有るのかだが
小太刀術が得意な者なら 
脇差で両手持ちの刀と互角以上に戦える者も居るだろうが 
果たして何処迄居るのかだが 
短刀では流石にどうなのかだが

540某研究者2018/02/22(木) 15:07:31.09ID:jWymyz60
pinterest.jp/pin/343610646563871335/
上の様に槍を自分の槍の上に乗せられ居合を仕掛けられようとしている状況でも 
敵に槍を投げ付けて前進を遅らせている間に 
自らも刀を抜いて対抗と言う様な方向は有るのかどうかだが 
絵のカウンターの様に槍を引く例の方が多いのかだが

リーチが150cm程度の持槍では 
槍を引いてもその侭居合で斬られる危険は有るのかだが
そうした距離で居合を先に仕掛けられれば 
居合では対応する時間は果たして何処迄有るのかだが 
槍の柄での防御や組討に持ち込める可能性の方が高いのかどうかだが

https://youtu.be/2HAmvm4jCSk?t=50
抜刀直後に両手斬りをする居合も有るだろうが 
両手持ちしてからは更に高速には出来るだろうが 
片手斬りより高速には困難かも知れぬが 
先に抜かれたら片手持ちの居合ではやられる危険も有るのかだが

両手持ちの居合なら槍を即座に斬る事や板金鎧を打ち砕く事も可能かも知れぬが 
試した例は有るのかどうかだが
太刀や打刀の天神差しなら 
下から片手で抜刀した後両手で構えて即座に切り下ろすと言うのが 
両手持ちの居合の基本なのかだが 
此れを先にやられれば脇差の居合でさえ受けるのは困難と言う事なのかだが

541某研究者2018/02/22(木) 21:04:52.72ID:jWymyz60
大薙刀は塚原卜伝が言う様に柄が切断出来ないなら 
自らの長物を乗せてから居合の両手斬りで倒すのは 
難しいと言う事なのかだが 
槍よりは反応性は悪いと言う事なのかだが

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