文禄・慶長の役はどうすれば日本軍が勝てたか? [無断転載禁止]©2ch.net

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1人間七七四年2016/12/19(月) 07:17:41.40ID:zRT2zeic
みんなで検証しよう

2人間七七四年2016/12/19(月) 09:54:57.18ID:SsKKT34E
徳川家康という獅子身中の虫がいたからね

3人間七七四年2016/12/19(月) 23:04:05.97ID:RH59pMUn
米価高騰は、庄屋とか米問屋の利益だね。
一応土地持ちの百姓は年貢納めた後
ちょっと売っぱらって利益でたかねーってレベル。
水呑み百姓は物価高にただ押しつぶされる
低所得者がインフレで死に掛かるのはいつの世も変わらない。

>林業、造船、建築も仕事増えて利益
戦争特需で大増産!
でも誰がそれに金払ってるんだっけ。
民間が戦争で儲かるのはいいが
大名の財布はそれ以上に戦争で他国から奪わないと収支が合わない。
簡単なつじつま合わせとして
税率アップしかないね。

4人間七七四年2016/12/19(月) 23:31:06.50ID:RH59pMUn
米の値段があがれば、武士階級は儲けになる話は微妙

まず最初にインフレによる物の値上げってのは
嗜好品から物価の上昇速度の割合が上がっていき
ライフライン関連が嗜好品を上回るって事はありえ無い。
今で言えば大根や、卵、水道代、お前らの人件費は
インフレが来ても少ししか上がらないが
コンビニ弁当だのタバコだの
土地だの、車だの、ガソリン代はガンガンあがっていくという事
従っておかずを買うのに米を売ると、
インフレ前の時代より圧倒的に割があわない筈。
価格は上がれど物には満たされず

第二にどんだけ値上がりしようがしまいが
自分たちで食っちまう分が固定費として計上される。
ここが分水嶺。余剰ができればインフレにのっかれるかもしれないが
余剰がなければ果てしなくあがる物価高にだけ付き合わされる。
低所得者がインフレで死に掛かるのはいつの時代も変わらない。

5人間七七四年2016/12/20(火) 10:25:59.33ID:OUmaUtep
>>1秀吉が長生きする。
これで唐入りも問題ない。
薩摩の琉球征伐の頃には支援もできなくなっている。明は破綻寸前だからな。
>>3
なんか勘違いしているようだが当時は村単位で売買だし、村単位で助け合う社会だぞ。
そして何かあったら村単位で蜂起する。
そして普通に奪っているじゃないか。また生産力に余力があるなら問題ないんだよ。
統一で職人が全部無職になるほうが社会不安が増す。
徳川時代はそのために効率化をやめまくってる。
街道に車輪を通す?んなことしたら大量に失業者がでるだろ、既得権益者が困るだろと沙汰やみになった。
>>4
ガソリン代は国際オイル価格と円相場なので何も関係ない、
そして多くの兼業農家や土豪が帰農しているので、生産力は増している。
総無時令や喧嘩停止令で村が襲われる事もなくなったのも大きい。
余剰が有り余っているからやれること。

6人間七七四年2016/12/20(火) 18:07:24.53ID:Q5vQzQLL
ええと、目的からすると勝利条件は明を征服になるのか?

7人間七七四年2016/12/22(木) 20:09:44.81ID:xHPFhEK6
>>6
目的は明軍(明皇帝)を打ち負かし「豊臣家」を征夷将軍にして幕府を開くことでしょう。

8人間七七四年2016/12/22(木) 21:43:57.65ID:NkA6Tk3P
当時世界最強だったオスマン帝国でさえマルタ島包囲戦で相手の10倍の兵力がありながら惨敗したのを見ると
大軍の渡海自体があの時代如何に難しかったかわかる
あと寒さに弱い西日本中心の軍勢だったのも敗因の一つだと思う

9人間七七四年2016/12/23(金) 01:00:03.80ID:6vO1v4Ed
秀吉を精神病院に措置入院させれば日本にも勝ち目はあった

10人間七七四年2016/12/23(金) 14:41:49.45ID:x4PkawgX
「村」とか「街」とか組織の単位でみれば
戦に使うので物が要るんだから、物は作ったソバから売れていく
生産力についてはまさしく”問題無い”

ただし水呑み百姓の暮らしはインフレで悪化する。

11人間七七四年2016/12/23(金) 14:49:49.59ID:x4PkawgX
インフレで暮らしがよくなるかどうかは
自分の消費以上に富を蓄えれれば儲かる可能性がある。
(儲かると言い切れないのは、富の価値がインフレで更に希薄化するから)

消費に対して、富を蓄える事が難しい。トントンの暮らしの場合は
物価高のデメリットが襲いくるだけ。

12人間七七四年2016/12/23(金) 19:42:34.90ID:gbKw8Hqs
そもそも侵略しなければ、勝ちはないけど負けもない

13人間七七四年2016/12/23(金) 20:42:22.14ID:x4PkawgX
んでもって、戦争で物品を作って富を蓄積できる側は
戦争景気でウハウハだろうが

物資を調達して金払う側の
大名共の財布は、
それ以上に財布に金が落ちなきゃ
真っ赤になる。

略奪がよっぽど稼げるだの、新領地倍増だのがなきゃ
やってられねー

14人間七七四年2016/12/23(金) 21:10:18.31ID:JjSDzmSA
天皇も、「そんな無体な所業はやめよ」と秀吉の反対したのに
やっちまったからな

15人間七七四年2016/12/25(日) 08:01:58.36ID:MMTtB7Oi
>>11
インフレだと金の価値は下がり、資産価値はあがる。
貯蓄より借金したほうがいい。
当時の農村で物価多価の影響などほとんどうけない、
というか物価多価なら江戸時代が酷い。流通コストを大幅にあげる政策をとっている。
>>13
大名は金を使って庶民が潤う、大名は略奪して負担を軽減する。
朝鮮人は困るだろうが日本人は何も困らない。

16人間七七四年2016/12/25(日) 08:15:07.81ID:MMTtB7Oi
勝てなかったのは秀吉の寿命が足らなかったから。
秀吉の寿命内で勝つにはどうするかという話なら、いろいろあった誤算をなおすしかない。

1 朝鮮が雑魚過ぎた。秀吉の想定だと南部で苦戦しつつ勢力圏を広げる、宣戦布告しているわけで明ももっと早く動くと思っていた。
1000年近くぶりの外征で首都が半月で落ちるとか流石に想定外。
結果首都が陥落した後の目的を決めてなかったというか、秀吉が渡海して指揮する予定だったので、決めなかった。
現地軍に総大将がいなかった、秀長が死んでおり、秀吉が総大将の予定だったが、いろいろ問題があり渡海できなかった。
これで困ったことがおきた。首都を落とした後現地軍が分散してしまった。
明と決戦して早期講和して貿易利権ウマーを考える小西などの一派。
朝鮮なんてどうでもいい、さっさと唐入りして北京征服しようぜの加藤一派
明が来る前に半島南部を完全に占領して領有化を進めて明軍とはそのあと戦おうという毛利一派
明とか朝鮮とかどうでもいい。現地で略奪人狩してヒャッハーするぜの島津一派
彼がが好き勝手動き出して、秀吉の指揮下から離れてしまった。
統制したくても連絡に一月くらいかかるから現地の情勢と合わない。
そして秀吉の渡海にもいろいろ障害があった。

17人間七七四年2016/12/25(日) 08:23:55.47ID:MMTtB7Oi
秀吉の渡海の障害とは、秀次が渡海を嫌がる。秀長死亡で、秀勝渡海したが病気、秀秋子供で秀家くらいしかいない。
秀吉の渡海に、家康利家はおろか、天皇まで反対してくると流石に難しくなる。
秀吉の本体が上陸するとなると五万かそこらの大軍になるので、それを受け入れる許容量がなかった。

2 朝鮮が貧しすぎた。現地調達が予定していたよりも厳しい、
3 朝鮮雑魚すぎて戦線が広がりすぎて補給が追いつかない。
3 西国大名が頑張りすぎ。動員兵力が決められていた軍役の倍以上もっていった大名少なくない。
中にはどうやってこんなに動員できたんだという大名すらちらほらある。
結果現地の食糧と輸送を圧迫し、秀吉が上陸する食糧分を現地軍が消費する流になってしまった。
国内で争う事が出来なくなったので仕方ないのであるが、半島に活路を求めたんだろう。

4 戦上手とはとてもいえない小西軍だけで明の反攻軍と戦う事になった。
まあその小西ですら守りに徹すれば明軍では抜けないわけだがね。

18人間七七四年2016/12/25(日) 08:32:51.24ID:MMTtB7Oi
5 水軍が朝鮮のゲリラ戦による補給輸送の邪魔で首都までの輸送が滞っていた。
プサンまで来たときには日本軍が朝鮮海軍を撃破していたのだが、
南部の群島地帯でゲリラ戦をされると厳しい。
陸軍のへタレっぷりと比べて名将がいたのと、朝鮮海軍は日本の海賊と戦い慣れていたので、
五分の戦いができた。そうなるとガレー船の宿命である防衛線有利の流が変わらないので、
海上での食糧輸送に限界があった。
なお慶長の時は日本の討伐軍と決戦してくれたので、いきなり朝鮮海軍は9割以上壊滅してしまったので問題はなかった。

6 統治力の低下が想定以上、中央がつぶれたので両班の私兵や、自称義兵の流民があばれまわり食糧の円滑な輸送が難しくなった。
なおこれは朝鮮軍でも同じで普通に朝鮮軍も食べ物狙いで襲われ、朝鮮軍も国民から略奪しており、
明軍も略奪してたので、国家としてはほぼ崩壊してた。

このあたりかな?戦闘面では問題ない。負けた戦いすら滅多にない。

19人間七七四年2016/12/25(日) 14:36:48.25ID:VCoZJ1nj
漢城を落とした後に秀吉の指示を受ける前に八道国割を決めたのが文禄の役でのだいたいの敗因
一応の大将の宇喜多秀家が一人で勝手に決めたわけじゃないだろうけどさ
戦力を最も割くべき平壌の方に行ったのが少なすぎて、明の李如松が援軍に来たら3日で奪還されて、
漢城も危なくなってたし、小早川隆景と立花宗茂の活躍がなければどうなってたんだか

20人間七七四年2016/12/25(日) 21:58:43.26ID:iAlj95MC
勝つ必要がなかったらな
統治できるわけがない

21人間七七四年2016/12/25(日) 22:41:55.02ID:/uPdH718
>大名は略奪して負担を軽減する
略奪できれば儲かったんですがねー。
おしまい。

22人間七七四年2016/12/25(日) 22:42:52.75ID:/uPdH718
いや略奪はしてるな。訂正
>大名は略奪して負担を軽減する
略奪して凄い儲かればよかったんですがねー。
おしまい

23人間七七四年2016/12/26(月) 00:29:53.46ID:QLa1aRwt
略奪して技術者拉致して将来的に儲かった奴ならいるやん?
加藤とか鍋島とか

24人間七七四年2016/12/26(月) 08:02:12.05ID:45KddEy9
>>19
小西見捨てられてたからなw
自分の占領地を拡大することがみな目的になっててw

>>22
生粋の職業軍人が国内にいてもする事ないんだから、半島で略奪する分にはメリットしかない。

25人間七七四年2016/12/26(月) 14:20:47.33ID:aEnK1snO
石田三成のカスが協力してればもう少しまともに戦えたろうに
三成め、あることない事秀吉様に吹聴しやがって

26人間七七四年2016/12/26(月) 19:07:55.80ID:RZRXlc5z
日本はこの侵略で謝罪と賠償はしたの?
独島と九州を韓国に差し出すくらいの事はしたほうがいいんじゃないだろうか

27人間七七四年2016/12/26(月) 19:33:32.64ID:QLa1aRwt
元寇の謝罪と賠償なんていう日本人は誰もいない

28人間七七四年2016/12/26(月) 20:00:34.42ID:3U+Aoq3I
歴史難民板いけよ
あそこなら、バカなイフいおうが別に珍しくないから

29人間七七四年2016/12/26(月) 20:28:34.68ID:vCZfgY0G
>>26
歴史的に常に負け続けた朝鮮民族ならではの発想ですね

30人間七七四年2016/12/26(月) 21:12:27.75ID:RZRXlc5z
日本の朝鮮大虐殺によって善良な朝鮮人が
100万人殺され奴隷にされたといいます
この大虐殺がなければ今頃朝鮮の経済は凄い事になってた。
歴史直視しない日本人が多すぎ
同じ日本人として恥ずかしい

31人間七七四年2016/12/26(月) 21:29:28.48ID:d5oGMCCI
むしろ不毛な朝鮮に行くよりも琉球と台湾を速攻で占拠
そこを根拠地として倭寇がやったようにゲリラ的に華南地方を襲撃略奪した方が良かった気がする
華南は明の経済中心地だったのでここをやられるのは痛い

32人間七七四年2016/12/26(月) 23:55:53.60ID:LdhIKXLe
ガチって侵攻するのが目的じゃなきゃあんま意味ない気が
列強に対しての武力誇示や小早川秀秋や武断派の処分をしたかったとかがあったんじゃ

33人間七七四年2016/12/27(火) 00:31:05.73ID:IwmOyPu4
列強ってウィーン会議はだいぶ先だぞ
単純に大国という意味なら
侵攻する気は無いけど大国に力を誇示するために大国を殴るって新しいな

34人間七七四年2016/12/27(火) 01:21:43.53ID:ubeBRm4r
秀吉が死んでなければ勝ってたんじゃね
まあ寿命だし難しいけど

35人間七七四年2016/12/27(火) 01:39:38.25ID:PASz6kJ9
ヒトラー安倍は朝鮮侵略をなかった事にしようとしてる

36人間七七四年2016/12/27(火) 08:44:54.58ID:820AfcXB
大陸進攻はメリットが大きい。
その一 太閤検地により国内の兵農分離が進み、半農みたいな連中は帰農させたが、帰農しきれない武士層がかなりいる。
江戸時代初期には50万ともいわれる浪人がいたと言われている。つまり余剰兵力が多い。
彼らは長い内戦を戦っており経験豊富で、中には戦場でしか生きられない人達も多い。
彼らを有効活用しないのは損

その二 在庫と生産力に余裕がある。武器弾薬を製造する職人は多く、質も高い。
武器も国内に大量に余剰があった。むしろ天下統一が急激に進んだ事で大量の無職が生まれる可能性があるくらい。
だが外征をすれば防げる。流通量なども増大しており、これが減ると大恐慌になる。

その三 外敵を作る事で国内をまとめる事ができる。隣の国や村ともずっと争っていた事を考えれば、外国に敵を作り、
また外国から領土や食糧を奪うことで済ませられると考えられるようになれば、日本人同士で争う事もなくなる。

その四 当時西洋諸国は植民地を広げており、南北アメリカやアジアアフリカの侵略を始めていた。
それに乗り遅れるのは損である。

その五 朝鮮や明は本格的な戦争を経験しておらず弱く。日本の戦術に対応できていない。
鉄砲の集中運用の経験もないし、数も足りないから優位に戦える。築城能力なども上。

メリットが非常に大きく外征しない意味が分からない状態。

37人間七七四年2016/12/27(火) 10:31:57.51ID:hAGBulx2
色々ツッコミどころが満載だけどたぶんネタじゃなくてガチで言ってるだろうからそっとしとこう

38人間七七四年2016/12/27(火) 13:11:31.42ID:820AfcXB
一つも突っ込めない馬鹿が負け惜しみですね。わかります。

39人間七七四年2016/12/27(火) 13:46:49.25ID:eVY15/OR
俺はネタだと思っていたけどネタじゃなかったのかw
当時の日本は軍事大国ではあったけど明の侵略は無理
できたとしても維持コスト>利益なんだよな
あと戦術も兵の質も優っていたはずなのに全体では劣勢だった
普通に貿易してる方が確実

40人間七七四年2016/12/27(火) 13:48:29.85ID:eVY15/OR
維持コスト>利益は表現としておかしいな
維持コスト>収入か

41人間七七四年2016/12/27(火) 18:29:00.15ID:6VkE33B+
コストで考えるなら琉球・台湾・ルソン(フィリピン)を占領して東アジアの制海権を握るのが一番だと思う
日本国内の職にあぶれた浪人どもは台湾やルソンに屯田兵として入植させればいい

42人間七七四年2016/12/27(火) 21:25:16.64ID:RkpZ27mA
秀吉がそんなに利口だったとも思えないがな

43人間七七四年2016/12/27(火) 23:43:58.65ID:uePbq52q
利口でないのに天下とれたのか

44人間七七四年2016/12/28(水) 08:10:48.70ID:pwIlmGyg
>>39
全体で劣勢だったとは何を根拠に?最後まで負けたような戦いはないし。
敵の司令官の多くは討ち死にや刑死。
>>40
侵略や植民にさして維持コストがかからない。
また国内においておいても武士のコストは当然かかる。
そして当時において貿易というのは、相手を脅迫するか、ぶん殴って有利な条件を獲得した上で初めて成立するもの。
>>41
開拓されていない所よりも、開拓されたところを襲って奪ったほうがいい。

45人間七七四年2016/12/28(水) 09:21:22.82ID:QJbmqjBg
>>43
2代目で失ったろ
先が見えてない

46人間七七四年2016/12/28(水) 10:38:16.37ID:DzCo+SkI
人種も文化も違うところの統治と国内の統治が一緒って流石にネタだよな?

47人間七七四年2016/12/28(水) 10:44:49.12ID:lPnNqWO+
そいつはガチでヤバい奴だから触れない方がいい

48人間七七四年2016/12/28(水) 10:49:03.18ID:DzCo+SkI
南蛮貿易は成立しているが日本は欧州国家を殴り合ってたんだな
たまげたなあ

49人間七七四年2016/12/28(水) 11:00:31.56ID:pwIlmGyg
>>46
人種と文化が違う所を統治した例など世界中ごまんとあるし。
そもそも当時の日本において、九州や東北なんてほとんど異民族。言葉も通じんぞ。

50人間七七四年2016/12/28(水) 11:17:52.11ID:G/+04OF3
>>48
だから触れない方がいいって言ったろ
統治できないとも言ってないのに勝手に拡大解釈したり九州、東北を言葉が通じないのを理由に外国と同じとか言ったり、これほどヤバい奴はなかなかいない

51人間七七四年2016/12/28(水) 11:19:22.33ID:G/+04OF3
勝手に拡大解釈する奴はどんなに正論を言っても屁理屈を言って認めないから議論するだけ無駄

52人間七七四年2016/12/28(水) 11:19:22.90ID:pwIlmGyg
>>48
ぶん殴ってないから、利益の大半はむこうが持っていく不利なものになってんだよ。
特に主要の貿易商品しってればわかると思うが。
中国と日本との間の貿易を仲立ちして、破格の利ザヤを稼ぐという方法を行っている。

南蛮貿易というが、実は南蛮のものを日本に輸出入しているわけではなくて、
中国のものを輸出入しているだけ。

53人間七七四年2016/12/28(水) 11:22:37.35ID:OxjKSE6+
外国の統治を例に九州、東北の例を出すなよ
見てるこっちが恥ずかしい

54人間七七四年2016/12/28(水) 11:23:52.76ID:pwIlmGyg
>>50
今の国境概念と当時の国境概念の違いがわからんバカは黙ってろ。
>>51
屁理屈言っているのはお前だ低能が。
英国のインド統治は人種や文化が同じだったというのか?
スペインの統治は?いや中国の周辺国への統治、清というか満州族の統治にしてもみな同じこと。
日本にはできないに決まっている。とか思っているならアホですわあ。
逃げ出すならさっさと逃げ出せよ。

55人間七七四年2016/12/28(水) 11:26:39.58ID:OxjKSE6+
いろいろメチャクチャだな
何言ってもキチガイが暴れるだけだからここからはスルー進行で

56人間七七四年2016/12/28(水) 11:28:23.20ID:pwIlmGyg
>>53
同じだよ。統治方法に違いなどない。
武力で押さえつけ、上方の文化や言語を教えて同化させる。
経済的に隷属状態にして逆らえないようにする。

もしくは原住民は全部なくして植民する。アングロサクソン系の方法だな。

57人間七七四年2016/12/28(水) 11:29:19.98ID:OxjKSE6+
そもそも秀吉の年齢と後継の年齢からして朝鮮出兵は信玄の西上作戦に並ぶ失策としか言いようがない

58人間七七四年2016/12/28(水) 11:30:43.01ID:pwIlmGyg
>>55
なら具体的に何が目茶苦茶なのか言ってみろよw
言うだけいって、具体的な内容には触れない。
それなら批判したように見えるもんなw
逃げるなら逃げていいぞ。

59人間七七四年2016/12/28(水) 11:40:58.90ID:DlrkkWIF
短時間ですごい伸びるなと思ったらキチガイが暴れてるだけだった
これ以上暴れられても迷惑だし大陸出兵はメリット満載だったということで
ここからは朝鮮出兵がどうしたら成功するかについて考えよう

60人間七七四年2016/12/28(水) 11:46:39.58ID:pwIlmGyg
でいつものように、目茶苦茶とか基地外とかいうわりに、
具体的に何が目茶苦茶で基地外なのかを言わないのであった。

異民族を統治するのは目茶苦茶で基地外なのかねw

61人間七七四年2016/12/28(水) 11:48:27.61ID:PKpcFkVJ
>>58
キチガイさんこんにちは

62人間七七四年2016/12/28(水) 11:52:16.32ID:DlrkkWIF
キチガイにどこがおかしいか説明して納得したらそれはキチガイではない
キチガイとはどんな正論で説明しても納得しないのが真のキチガイ
つまりそういうことだろ
お前の大陸出兵はメリット満載という結論でいいからさ納得してさっさと消えてくれ
あとスレチだ

63人間七七四年2016/12/28(水) 11:52:36.35ID:PKpcFkVJ
>>60
なぜあなたがキチガイと言われるかというと、文禄・慶長の役はどうすれば日本軍が勝てたかについて議論しないから。
まさにスレ違い荒らしの常習犯。

64人間七七四年2016/12/28(水) 12:04:32.22ID:pwIlmGyg
>>62
そうだな基地外であるお前にはなんで自分が基地外なのかわからないもんなw
正論を主張する俺の言葉が理解できないのは仕方ないよ。

>>63
そもそも勝っているんだからその事については結論が出ているだろ。
スレタイがそもそも間違っているんだよ、
関ケ原でどうすれば東軍が勝てたかとかいうスレがあるようなもんだ。

65人間七七四年2016/12/28(水) 12:08:54.65ID:QNxZGEN7
それはその通りだな>日本が勝ってる
バトゥが死んで撤退したからといって大モンゴルが負けたとは言わないし。

66人間七七四年2016/12/28(水) 12:11:38.79ID:DlrkkWIF
負けてないと勝つは違う
基本的勝つというのは初期に建てた目標を達成することだろ

67人間七七四年2016/12/28(水) 12:20:27.89ID:PKpcFkVJ
>>64
>そもそも勝っているんだからその事については結論が出ているだろ。
>スレタイがそもそも間違っているんだよ

ならば新スレたてて好きなだけ議論したらいいんじゃないかな。

68人間七七四年2016/12/28(水) 12:21:35.56ID:pwIlmGyg
>>66
初期の目標困難であれば、別の目標に変える事はあるだろう。
目標を変えたので勝っていないという理屈は通らんだろう。
敵地を占領し、反攻してきた敵軍を返り討ちにして、維持し続けている。
これで勝っていないというのは無理がある。
そもそも日本側の目標は一つではないから。秀吉の要求した講和条件を見る限り多種多様で、
そのすべてが満たされると思っていたわけでもなかろう。

初期目標完遂を勝利といい、そのためにどうするかということなら、
秀吉が最初から渡海するか、現地に総大将をおき、唐入りを主目標にして厳命させると言ったところか。
兵力が分散しない限り、こと戦闘において負ける事はありえないからな。

69人間七七四年2016/12/28(水) 12:24:21.60ID:DlrkkWIF
じゃあ勝ったでいいから消えてくれ

70人間七七四年2016/12/28(水) 12:26:03.01ID:QNxZGEN7
>>66
連戦連勝だが作戦中に王や司令官が死亡して途中で退却した事例はある。
それは「勝った」と言えないのか?

71人間七七四年2016/12/28(水) 12:28:39.96ID:pwIlmGyg
>>67
関ケ原や大阪の陣、他の戦役のスレでIFとそれについての話が混同しているケースなんてよくあるだろう。
何自治厨気取ってんだ?
嫌ならレスしないで、消えろよ。目障りだな。

72人間七七四年2016/12/28(水) 12:28:46.81ID:PKpcFkVJ
別にこのスレでは勝ったという結論でいいんじゃないか。

73人間七七四年2016/12/28(水) 12:29:37.33ID:PKpcFkVJ
>>71
その通りだけどそういうのはほぼ例外なく追い出されてるよ。

74人間七七四年2016/12/28(水) 12:32:46.53ID:PKpcFkVJ
つうか追い出されてできたのがこのスレなので、追い出された先で荒らしが何しようと関係ないという考え方もできるかも。

75人間七七四年2016/12/28(水) 12:33:05.72ID:pwIlmGyg
>>69>>73
関連する話もしないお前が消えるか追い出されればいいんじゃないかな?

76人間七七四年2016/12/28(水) 12:38:48.62ID:PKpcFkVJ
>>75
実はこのスレは最初からほぼ誰もスレタイ通りの話をしてないんだよな。もともと隔離スレだから。
であれば文禄・慶長の役は日本の勝ちというファンタジーの上に乗っかって続きを話すのもアリかも知れない。

で勝った後どうしようか?

77人間七七四年2016/12/28(水) 12:52:53.34ID:PKpcFkVJ
あれ?なんで急に大人しくなるの?

78人間七七四年2016/12/28(水) 13:10:59.79ID:pwIlmGyg
関係ない話しかしていないお前の相手をしてやる必要があるの?

79人間七七四年2016/12/28(水) 13:20:07.87ID:PKpcFkVJ
まずどの時点をもって日本軍の勝ちと見るかだな。
秀吉没時点の半島南岸に日本軍がべったり張り付いている状態は、日本が勝っている状態と見なしてしてOK?

80人間七七四年2016/12/28(水) 13:31:10.77ID:PKpcFkVJ
スレ違いだから消えろいうと拒否し、どうせ隔離スレだから好きに語れというと消える。
ここはまさにそんな彼らのためのパラダイス

81人間七七四年2016/12/28(水) 14:10:28.94ID:G1rJJlsu
寸土も取れずに撤退しているのだから日本軍の負けに決まっているだろう。
一体何を言っているのか。

82人間七七四年2016/12/28(水) 15:19:41.92ID:xiZO9m9i
国内が激ヤバ状態で
半島に執着する余裕は皆無だからね

83人間七七四年2016/12/28(水) 16:12:12.77ID:G1rJJlsu
>>44
あーこりゃあ触ってはいけない子だ

84人間七七四年2016/12/28(水) 18:25:14.15ID:Ki8faKDr
勝ち=文禄の役での明の占領とするならおまえらどういう見解?

85人間七七四年2016/12/28(水) 18:40:38.77ID:QO23Jacm
軍事的には日本軍の圧勝

86人間七七四年2016/12/28(水) 20:09:40.81ID:piSp8aAh
首都陥落させたのに負けたって伝説作ったの
実は日本ぐらいやろw

87人間七七四年2016/12/28(水) 20:41:45.22ID:TiI5xpSE
>>86
ナポレオンがスペインとロシアでやらかしている
まあそれはともかく最大の敗因は総大将が若僧の宇喜多秀家だったのが一番だと思う
秀吉自身が無理としてもせめて徳川家康か前田利家レベルでないと

88人間七七四年2016/12/28(水) 21:19:09.74ID:KrXRiNfC
>>86
当時の朝鮮は首都があるほどの統一された国家だったの?

89人間七七四年2016/12/28(水) 23:39:35.56ID:piSp8aAh
首都=政府機関のあるところ、国の最高指導者の拠点

政庁としての役割を果たしてるのかはわからんが
朝鮮王がいるんだから、王のいるところ=首都と思っていいんでない?

90人間七七四年2016/12/29(木) 05:27:51.77ID:fHWIxJqN
問題なのは指導者が死んで退却したのを敗北や勝てなかったというのかと定義出来るのか?
しても秀吉が長生きしたらいいだけだし。
バトゥは欧州に負けたのか?楽毅は斉に負けたのか?上杉や毛利は織田に負けたのか?

91人間七七四年2016/12/29(木) 06:46:31.82ID:eUmnEE6a
>>86
指導者が死んで方針が変わって退却というケースはあるが、
退却したからといって負けたとはならないということ。

>>88
どちらかというと首都が全国を統括している律令制国家なので、首都以外どうでもいいし、
首都が壊滅すると全国が大混乱になる。首都が陥落すると自称義兵という暴徒が暴れだして、
これは日本軍が退却した後でも暴れ続けた。

92人間七七四年2016/12/29(木) 07:03:49.39ID:VjbCGVhQ
>>90
日本軍が半島南岸まで後退したのが秀吉の死を理由によるものだったとしたらその理屈は正しかったかもしれないね。

93人間七七四年2016/12/29(木) 07:16:33.29ID:VjbCGVhQ
あと上杉や毛利は普通に織田に負けてると思うなぁ。

94人間七七四年2016/12/29(木) 09:32:49.88ID:eUmnEE6a
横レスだが
>>92
元々南部を制圧したら築上してその倭城で越冬、兵の半分は退却して、
翌年の大攻勢の時に再度海するという計画。
戦闘で負けて撤退したケースなどないよ。

95人間七七四年2016/12/29(木) 09:39:07.34ID:KhKqIlLY
指導者の死以前に秀吉の年齢と秀頼の年齢を考慮して計画をたてろよ

96人間七七四年2016/12/29(木) 11:47:05.26ID:VjbCGVhQ
>>94
それは慶長の役かな。
秋に南に張り付く前に結構な北上をしているが、いったん北上して南に引き返した意図と、
翌年も南に張り付いたままだった意図は何だったの?

97人間七七四年2016/12/29(木) 12:42:31.93ID:eUmnEE6a
>>96
一月で南部が陥落するとは思っていなかったし、予定よりも大幅に進み過ぎてしまったから。
翌年は秀吉が死んで指示がでなかったので、そのままになった。
兵力も半分は帰国してて七万くらいだったからね。

98人間七七四年2016/12/29(木) 12:46:51.34ID:COyf+dKI
>>97
いやそもそもなんで予定していない進軍をしてわざわざ引き返したかということ。
それと秀吉が死んだのは、冬明けから半年くらい経っていたような。

99人間七七四年2016/12/29(木) 13:17:01.51ID:eUmnEE6a
>>98
予定になくても連戦連勝したら追撃して占領地域を拡大してしまうことがよくある。
そもそも文禄でも首都を落としたら、そのまま明への侵攻する予定で、
朝鮮各地を占領する予定ではなかったんだが、首都を落とした後で、
現地軍が勝手に朝鮮分割決めてしまって各地を占領に向かってしまった。

そして98年度中は元々進軍しない予定だよ。
再度軍を派遣するにはそれなりに準備がかかる。
大規模攻勢をかける為に準備中に秀吉が死んだ。
兵士を何年も半島に送っとけないからね。交代する予定で九州勢以外は帰ってた。

100人間七七四年2016/12/29(木) 13:41:45.71ID:VjbCGVhQ
>>99
>予定になくても連戦連勝したら追撃して占領地域を拡大してしまうことがよくある。

ただ、結局占領地域を拡大せずにすぐに撤退しているよね。正確には、いったん拡大した占領地域をすぐに放棄している。
これはどのように解釈すべきかしら。

>そして98年度中は元々進軍しない予定だよ。

そうなんだ。
すると本来はいつぐらいに進軍する予定だったのかちょっと興味が湧いてきた。

101人間七七四年2016/12/29(木) 14:49:40.15ID:VjbCGVhQ
自己解決

>>100
>すると本来はいつぐらいに進軍する予定

慶長4年に予定していた再出兵のことか。
これは慶長2年時点で規定路線だった事が分かる文書か何かがあるのか?

102人間七七四年2016/12/29(木) 15:01:32.65ID:cORWP+Hk
第一次蔚山城の戦いが終わった後の慶長三年正月二十六日に左軍大将の宇喜多秀家を中心に右軍大将の毛利秀元等と合議して、
慶尚道の蔚山、順天、梁山の三城を放棄して、加藤清正を西生浦に、小西行長を泗川に、島津義弘と毛利吉成を固城に、
黒田長政をかとかひに、宗義智を唐島瀬戸口にってそれぞれ移らせようとしたら、小西行長と宗義智が反対し、
島津も渋ってたんで秀吉の指示を仰ぐための注進状を出したんだけど

それを受けた秀吉が固城の立花宗茂等に送った書状が

急度、仰せ遣わされ候。
一、渡海の者共かたより、蔚山、梁山、順天引き払うべきの由、申し遣わし候へども、同心無きに付き、御意を得候由、申し越し候。
御□をも得ず。右三ヶ所引取るべきの由申し候段、曲事ともに候。但し梁山は入らざる所に候間、かとかいへ引き入るべきの由、仰せ遣わされ候事。

一、其の方四人事は、固城に在番仕るべく候。毛利壱岐守、同一手のものは西生浦に在番仕るべきの旨、仰せ遣わされ候事。

一、先年、ゆうげきを以て、お詫び言申し上げ候刻、城々多く候ては、下々自然退屈候てはと、思し食し、
城数十ケ所計りも引き払わせられ、海辺に付き、手堅く仰せ付けられ候。
其の上二年、三年に一度づつ、御人数指し渡され、焼き動きに遼東境目までも、仰せ付けられるべしと思し食し、
城数すくなく仰せ付けられたる事に候。
 然れば、今度仕置きの城々の儀、見計らい申し付け候由、言上候間、上様御覧なされざるところに候条、
おのおの次第と思し召され候処、敵弱く候へば、何方までも、其の分と存じ、城をとりひろげ候。
しかる処、蔚山城普請以下相調えず、兵糧、玉薬未だ入れ置かず候刻、大明、朝鮮一揆同前の者共罷り出で、
城を攻めそこなひ、敗北仕り候間、追い付き候て、悉く打ち果たすべしと思し食し候処、其の段はのがし遣わし、
あまつさえ蔚山の儀、御□を得ず、引き払うべきの由、申し遣わし候儀、曲事の由仰せ遣わされ候事。

一、兵糧の儀は、日本の都へ相届け候よりも、其の方へはたやすく候。 過分の御知行下され候間、
自分にも其の覚悟仕るべき儀は勿論の事に候。其の上に城々、置兵糧、玉薬丈夫に仰せ付けられ、
入れ置かれ候条、城一二ヶ所相抱え候事は、安き儀に候。
 普請の儀存分の如く出来候て、たとひ敵取り懸かり候とも、堅固に相抱うべしと存じ候えば、おのおのかたへ一札を出し、
帰朝させ申すべし、但しおのおの帰朝仕り候跡に、相抱えがたくと存じ候えば、其の通り申し上ぐべく候。其れに随い仰せ出ださるべく候事。

一、来年は御人数指し渡され、朝鮮都までも動きの儀、仰せ付けららるべく候。其の意を得、兵糧、玉薬沢山に覚悟仕り、在庫すべく候なり。

三月十三日                秀吉

慶長3年のだけど、これの最後の文から秀吉は慶長4年の再出兵で漢城まで制圧するつもりだったみたいかな

103人間七七四年2016/12/29(木) 15:12:09.14ID:VjbCGVhQ
慶長3年というのは日本軍が南岸に撤収した後なので、これだけでは攻めあぐねた上での方針変更とも取れる。
当初予定だったのか、方針変更だったのかは、秀吉死後の行動の合理性を類推する上で結構重要。

104人間七七四年2016/12/29(木) 18:25:38.27ID:fHWIxJqN
攻め倦ねた事あったっけ?

105人間七七四年2016/12/29(木) 18:45:46.65ID:COyf+dKI
秀吉直々に>>102みたいな怨み言を書き連ねた書状を見せられては、さすがに順調だったとは考えにくい

106人間七七四年2016/12/29(木) 19:06:01.04ID:yUz59V6d
朝鮮>>>>>>>>>>>日本(笑)

じゃっぷ弱すぎ(笑)(笑)(笑)

107人間七七四年2016/12/29(木) 20:35:07.20ID:SA2ibYQb
民度の低さでは間違いなく
朝鮮>>>>>>>>>>>日本(笑)

108人間七七四年2016/12/30(金) 01:47:45.19ID:criLHQsb
秀吉の脇坂宛ての手紙も何時もこんなもんだった

109人間七七四年2016/12/30(金) 03:41:00.47ID:g78tq5eC
敵の正規軍を倒すのと、その後統治するのは全然違うからね
あれだけ文化も言葉も違ったら、長期占領は無理でしょ

110人間七七四年2016/12/30(金) 07:11:13.79ID:vPtE53al
とうとう「じゃっぷ弱すぎ(笑)(笑)(笑)」とまで書かれても反論できないまでになったのか。>>102砲の威力は絶大だな。

111人間七七四年2016/12/30(金) 08:19:30.94ID:lDTQ1ST1
>>102の内容でどうして>>110の見解が出てくるのか疑問なんだが。
これ宇喜多や毛利などが守りにくい城捨てて、戦線縮小したいと言ったが、
これに反対する小西や島津(他にも立花、加藤など)宇喜多らを批判して秀吉に意見を述べた。
それに対して秀吉は戦線縮小派を批判して、小西や島津などの意見を採用したってこと。
前線にいるへタレ派を批判したわけ。
そして火薬や兵糧を備蓄してため込んどけ、来年攻勢かけるからな。
という内容。

んで秀吉が現場の不手際を叱責する手紙は別に珍しくないんだなこれが。
かなり口うるさく細かい人間だったことがわかっている。
北条征伐の時でも城落とした場合の鹵獲した兵糧の分配など事細かく指示している。
>>108
脇坂だから仕方ない。信長みたいに甘くないからなと何度も脅している。

112人間七七四年2016/12/30(金) 08:50:45.95ID:j55YuJxR
内陸ならともかく、沿岸ばりばりの城を捨てる捨てないの話をしている状況が予定通りとは誰も思わんだろうな。
だってそこより南には海しかないんだから。

113人間七七四年2016/12/30(金) 13:05:11.29ID:lDTQ1ST1
それはプサンからの距離の問題だからなあ。

114人間七七四年2016/12/30(金) 14:16:02.95ID:vPtE53al
釜山から25キロの距離の城を放棄する戦争が順調で予定通りとは豪気ですな。

115人間七七四年2016/12/30(金) 22:14:32.69ID:g9w1tnv1
不思議に思うのだがなぜ日本軍は朝鮮半島東部からの上陸を考えなかったのだろうか?
今の元山辺りに橋頭保を築けば補給にも困らず平壌を放棄することもなかったはず

116人間七七四年2016/12/31(土) 00:46:37.81ID:MmHHMjtF
>>102以来すっかりスレの流れが変わっちゃったね。

117人間七七四年2016/12/31(土) 07:04:34.84ID:xQWgIM4o
>>114
なんか勘違いしているようだが、そもそも放棄していない。
彼らの任務は来年の攻勢に備えて拠点を確保しつつ、そこに兵糧や弾薬を備蓄すること。
守りにくい突出した拠点は捨てて集約したいというもの。
だがそれを批判する小西や島津、立花などの九州勢が中国勢の宇喜多などがへタレだと批判した。
秀吉はその通りといって、放棄させずに維持しろと命令した。

>>115
それは元寇になぜ九州に上陸したんだろう。鎌倉に直接上陸すればいいのに。
という話くらいアホなたわごと
陸地を確保していない状況で、海を通って移動する場合、嵐でもあった場合どうするんだ。

118人間七七四年2016/12/31(土) 10:27:07.51ID:MmHHMjtF
>>117
そりゃまあ釜山から25キロの距離の城を本当に放棄しちゃったらあとは全面撤退しかないもんな。そんなの総司令菅が認める訳がないわけで。
んで、そんな話が出るような戦争が順調で予定通りとは当事者の誰も思わんだろう。

119人間七七四年2016/12/31(土) 10:36:19.48ID:MmHHMjtF
釜山から25キロなどという目と鼻の先にあるような城を棄てる棄てないなどという議論になる上にあまつさえ棄てたらヘタレ扱いされるような戦争が順調で予定通りなのだとしたら、そもそもその予定とやらに問題がありそうだね。

120人間七七四年2016/12/31(土) 11:02:47.38ID:IWVjUdm+
>>117
文禄・慶長の役より千年ほど前に渤海国は日本海を突っ切って交易しに来たんだが?
あと女真の海賊どもが朝鮮半島沿いに南下して北九州を荒らしまわったこともあった
また距離的なことを言えば東シナ海を突っ切って中国まで交易した勘合貿易はどうなる?

それと鎌倉云々は日本列島半周以上の大航海になるので全く話にならん
当時の羅針盤もろくに発達していなかった航海技術では不可能

121人間七七四年2016/12/31(土) 13:24:55.03ID:dSv0y4VX
我々日本国民は朝鮮侵略の謝罪と賠償をしなくてはならない

122人間七七四年2016/12/31(土) 13:33:12.11ID:7TuQ69RG
率直に言って>>102のような状態が作戦通りなのだとしたら、そんな作戦を立てた奴は余程の無能か、敵対する大名を陥れるためにわざとやってるのだとしか思えない。

123人間七七四年2016/12/31(土) 15:19:15.16ID:IaBBraAX
>>118
意味が分からん。長期戦なら防衛拠点を絞るというのは普通にありうる。
プサン周辺を確保していれば上陸に支障はないわけだから、離れた所の城まで守る必要はないと考えている奴もいる。
そして放棄は予定通りではなくて、現地軍の一派の希望。

>>119
プサンの防衛にも関係ないし、上陸地点からも離れている三城を守るのは効率が悪いと判断しているんだよ。
なお三城の中でも遠い城は150キロくらい離れているからな。お前は一番近い城だけあげたんだろうけどさ。
なお一番近い城は内陸部にある城なのでこれまた沿岸部の防衛には関係しない。

日本側の予定というのは再派兵まで上陸地点を守り、そこに食糧弾薬を備蓄すること。その予定には変更はないし、全員が一致している。
離れた所まで守るかどうかで議論が分かれているだけ。

124人間七七四年2016/12/31(土) 15:28:00.13ID:IaBBraAX
>>120
日本海や東シナ海を突っ切って貿易する事と、大規模な艦隊が移動することに何の関係が?

>それと鎌倉云々は日本列島半周以上の大航海になるので全く話にならん

朝鮮半島半周して上陸するのと何が違う?マッカーサーのインチョン上陸作戦は成功したが、
それでも現地の参謀からは99%失敗する、ねーよとフルボッコにされた。
米軍ですら無謀というような作戦を堅実な秀吉がするわけねーだろ。
>>122
何が問題なんだ?
朝鮮は遅れた蛮地なので、食糧と弾薬の現地調達が十分には行えないおそれがある。
大軍が上陸すると飢餓になりかねない。なので大軍を上陸させるために、
拠点を確保して前もって輸送して備蓄する必要がある。
とても合理的な判断だが?
どこに問題があるのか指摘してみたまえ。

125人間七七四年2016/12/31(土) 15:38:57.47ID:MmHHMjtF
>>123
>長期戦なら防衛拠点を絞るというのは普通にありうる。
>プサン周辺を確保していれば上陸に支障はないわけだから、離れた所の城まで守る必要はないと考えている奴もいる。

それはとてもよく理解できる。
であれば慶長2年夏に内陸にまで攻勢をかける作戦は無駄なことをしたことになる。

126人間七七四年2016/12/31(土) 15:46:34.47ID:MmHHMjtF
いや、。長期戦なら防衛拠点を絞るというのは普通にありうるし、プサン周辺を確保していれば上陸に支障はないわけだから、離れた所の城まで守る必要はないという考え方も十分に理解できるんだよ。
であるとするならば、慶長2年中に内陸まで攻め込む指示を出した奴は、ただの無能だ。だって防衛拠点を絞る長期戦と関係ないことをしているし。

127人間七七四年2016/12/31(土) 15:54:04.50ID:IaBBraAX
>>126
築城の邪魔にならないように周辺の敵対勢力の排除。
その間に南部に築城して備蓄をできるようにするという作戦なので。
ある程度周辺の敵軍を排除しないと、築城の邪魔をされてしまう。

ただ予定にない追撃をして必要以上に進軍したのは事実ではあるがね。
敵が潰走しているなら追い首で稼ぎたいと考えるのは人情だろう。

128人間七七四年2016/12/31(土) 16:00:28.80ID:MmHHMjtF
>>127
>築城の邪魔にならないように周辺の敵対勢力の排除。
>その間に南部に築城して備蓄をできるようにするという作戦なので。
>ある程度周辺の敵軍を排除しないと、築城の邪魔をされてしまう。

そんなことをしている間に明の援軍を呼び寄せて築城が完了する前に迎え撃つ羽目になって、そして>>102へ。
やはりこんな指示を出した奴は無能だ。

129人間七七四年2016/12/31(土) 16:20:44.02ID:MmHHMjtF
いやねえ、赤国不残悉一篇ニ成敗を達しきれずに(あるいは大事をとって)計画を修正したとかならば話は分かるんですよ。むしろその思考の柔軟性は称賛されるべきで、まともな指揮官の当然の判断と言える。
ところが、最初からこの計画だったという。だとしたら、無駄な行動が多すぎるんだよねぇ。最初から釜山付近だけ狙うのなら、青国なんかどうでもいいでしょ。

130人間七七四年2016/12/31(土) 16:21:56.02ID:IaBBraAX
築城した城が陥落しているならその通りだが、
築城した城は頑強で明軍では落とせない。
それどころか日本軍の反撃で大戦果をあげている。
蔚山の戦いだけで数万の首、さらに指揮官クラスも多数打ち取ってる。
作戦に問題があるとは思えないのだが?

131人間七七四年2016/12/31(土) 16:33:36.61ID:MmHHMjtF
陥落しなかったのは結果論であって、未完成の状態で迎え撃たなければならずに、ひいては>>102の事態を招いたのが現実。
でさらに結果論を言うなら、秀吉死後にあっさり撤兵が決まって三ヶ月で引き上げたのも事実。
秀吉がいなければ誰も思わんだろうな継戦など望んでいなかったのだろうね。

132人間七七四年2016/12/31(土) 16:50:25.29ID:IWVjUdm+
>>124
>日本海や東シナ海を突っ切って貿易する事と、大規模な艦隊が移動することに何の関係が?

大規模艦隊だとなぜダメなのか具体的に
同じ船だろ?

>朝鮮半島半周して上陸するのと何が違う?マッカーサーのインチョン上陸作戦は成功したが、
>それでも現地の参謀からは99%失敗する、ねーよとフルボッコにされた。

その半世紀程前に行われた日清戦争の日本軍は容易に元山に上陸していますが?
もちろん仁川にも上陸した
むしろレーダーや策敵機による発見や航空機の襲撃の可能性がある近代の上陸戦より容易でしょう
なんせ上陸側は好きな時好きな場所に敢行できるんだから

>堅実な秀吉がするわけねーだろ。

陸路による補給という海運と比べて量も少なく敵に襲われやすい無謀なことを秀吉はやっていますが?

133人間七七四年2016/12/31(土) 17:04:17.58ID:MmHHMjtF
つうかもともとも秀吉の指示が赤国不残悉一篇ニ成敗の上そこに築城であって、実際には残念ながらそれより幾分後退した釜山付近にのみ築城というストーリーじゃいかんの?
それならば赤国とか青国とか言い出した輩が無能にならずに済むし、秀吉死後の撤退戦まで含めて日本軍は整然と作戦行動を遂行できました彼らは皆有能ですで済むんだが。

134人間七七四年2016/12/31(土) 19:44:48.11ID:wiBAPQTF
家康を渡海させればよかったのにな

135人間七七四年2016/12/31(土) 20:09:29.87ID:Tw4vcUf2
明と手を組んで朝鮮を半分ずつ統治するくらいにしとけばよかったのでは

136人間七七四年2016/12/31(土) 20:15:13.99ID:MmHHMjtF
>>135
それってつまり、お前の国の属国の領土を半分寄越せと言ってるのと同義になるんじゃないかと…

137人間七七四年2016/12/31(土) 20:26:52.05ID:4htsX6rZ
実は防衛ライン縮小派は日本に帰る中国勢で、維持派は駐留する九州勢なんだよな。

138人間七七四年2016/12/31(土) 21:50:17.30ID:4htsX6rZ
>>132
史実だとさした犠牲もなく半月で首都陥落させているが、この作戦になにか問題あるの?

139人間七七四年2017/01/01(日) 03:41:30.87ID:AzIlAD34
属国どころか一領土扱いだった気がするぞ朝鮮の扱いって

140人間七七四年2017/01/01(日) 08:43:50.41ID:aBPjcvMw
>>131
倭城が陥落したケースなんてありましたっけ?
つか秀吉の死を隠して、秀吉の命令で退却させているんだからそりゃかえるよ。
>>132
敵国の首都の前で上陸作戦?アホも休み休み言えよ。
あと海は普通に倭寇がうじゃうじゃいるから別に安全地帯でもなんでもないよ。
>>133
日本語で話してください。文意がわかりません。誰も有能無能とか話してません。

141人間七七四年2017/01/01(日) 09:40:01.52ID:qkZnwDaa
>>140
そうだね、もう無理なので諦めたよう。うん、慶長の役は日本の負けだよ。>>102みたいな議論が出たらもう無理だよ。

142人間七七四年2017/01/01(日) 09:41:36.33ID:qkZnwDaa
>>133だが、一次史料の引用だから読んでない人には分からないよ。

143人間七七四年2017/01/01(日) 10:10:03.29ID:tTogCZfa
まさに>>102ショック。
スレの流れが完全に変わった。

144人間七七四年2017/01/01(日) 10:37:02.07ID:aBPjcvMw
>>141-143
そもそも>>102の読んだ上で言っているのかね?
話が通じないのだが、
城を絞る意見は却下、それまで通り維持しろ。城への備蓄はしっかりやれ。
準備整い次第遼東半島まで進撃するからな、半島への輸送は日本よりも楽なくらいで問題ない。
という話なんだが。

145人間七七四年2017/01/01(日) 10:38:37.95ID:tTogCZfa
そして>>102ショックは続く

146人間七七四年2017/01/01(日) 12:19:32.99ID:tTogCZfa
まず相手を論破しようとする姿勢を改めない限りは>>102フィーバーは終わらないよ。

147人間七七四年2017/01/01(日) 16:03:17.08ID:wuZZm8my
ID:tTogCZfa
ゲーム脳しつけえ

148人間七七四年2017/01/01(日) 16:11:17.33ID:qkZnwDaa
>>102のせいで議論にならなくなってしまったではないか。

149人間七七四年2017/01/01(日) 16:36:49.83ID:tTogCZfa
そもそも論破したら相手が納得するとでも思っているのかという。
ましてや一次史料読んでない子が。

150人間七七四年2017/01/01(日) 19:16:24.00ID:gxWt/IS2
つまり論破されたけど納得したくなくて言い張ってるだけと。

151人間七七四年2017/01/01(日) 19:29:11.16ID:PUuU9J/i
つうか釜山からわずか25キロの拠点を放棄とか、>>102はやり過ぎにも程があるだろう。釜山に丸裸になれと言ってるに等しい。

152人間七七四年2017/01/01(日) 19:39:03.85ID:qkZnwDaa
>>150
論破も何も、一次史料読んでないから分かりません宣言しかされていないので何とも。
破の前に論に入っていないので。

153人間七七四年2017/01/01(日) 20:09:52.05ID:gxWt/IS2
>>152
俺にはお前が負け惜しみをしているようにしか見えないのだが。

154人間七七四年2017/01/01(日) 20:12:16.18ID:qkZnwDaa
>>153
一次史料は読んでおいた方がいいよ。

155人間七七四年2017/01/01(日) 20:22:38.26ID:qkZnwDaa
なぜ一次史料がどうこう言ってるかというと、秀吉が当初出した朱印状の中身と実際の日本軍の行動が若干違うから。
これを、朱印状の解釈の問題と考えるなら当初の作戦計画には無駄が多いことになるし、途中で計画を変更したと考えるのなら、従来の定説に概ね沿った流れになる。
そこを明確にしなきゃいかんのに、いつまでたっても読もうとしない。

で、>>102はそれとは別の話で、結果はどうあれ上陸点からわずか25キロの城があんな議論の俎上に上ること自体が論外だろう。

156人間七七四年2017/01/01(日) 21:25:40.30ID:gxWt/IS2
>>155
慶長の時の話なら秀吉の指示以上に派遣軍が戦果を拡大させたから、城の放棄論も予定以上に築城したからだろ?

157人間七七四年2017/01/01(日) 21:28:42.24ID:qkZnwDaa
>>156
違う。つか読むもの嫁。

158人間七七四年2017/01/01(日) 21:43:41.08ID:W49YxHR3
文禄の役では、連戦連勝だったが明軍が参戦してからは押されまくり。
慶長の役では、日本軍(7万ほどか?)は釜山に再上陸したものの、漢城にじつに30万人の
明の大軍勢が来ていたんだぜ。人夫も含めてだろうが。
日本軍だって漢城付近まで進んだものの、これでは引き返すわな。
南岸の倭城にこもって、迎撃に専念することになった。明軍は約10万人を南岸近くまで
押し出してきて大敗することになるが、こんな大軍(明)が朝鮮にいるようでは、
とても勝てない。

159人間七七四年2017/01/01(日) 21:44:00.32ID:qkZnwDaa
少し書くと、慶長2年2月の書状なんだけど、侵攻経路は概ね指示通りで、ただし築城地点については、書状から類推される内容に比べてかなり南に偏っている。

これ以上はちょっとここみたいな場は議論には向かないかなぁ。

160 【大吉】【58円】 2017/01/01(日) 21:49:44.26ID:W49YxHR3
沈惟敬は漢城に明兵が50万いる、とハッタリをかましてきたが、
まるっきり噓というわけでもない。

161人間七七四年2017/01/01(日) 21:54:26.46ID:qkZnwDaa
あともうひとつ、>>102で話題になった拠点なのだが。
別に例の書状の結果どうなったかが問題ではないと思うので特に何も言わなかったが、釜山に一番近い城の守将は実際に退去してるのね。
退去先は、海岸と退去元の城の連絡のために築かれた拠点。

まあ別に現実にどうなったかなんて本質的な問題ではないのだが、秀吉に怒られながらもなお25キロの城から退がるって結構な決断だとは思う。

162人間七七四年2017/01/01(日) 22:05:45.51ID:gxWt/IS2
>>157
なら出すもんだせよ。俺には負け犬が吼えてるようにしか見えんわ。
彼に論破されて逃げ出したけど恥ずかしいから敗北を認めれないだけだろ?

163人間七七四年2017/01/01(日) 22:08:22.87ID:gxWt/IS2
>>158
朝鮮ではそう教えてるのか?
文禄でも首都奪回に失敗し、大敗。
慶長でも連戦連敗で首都まで逃げ帰ったのが明軍だろ

164人間七七四年2017/01/01(日) 22:14:32.09ID:qkZnwDaa
>>162
まこうなるようじゃ議論にはならんよな。
さておき、慶長2年2月21日の立花家文書って、よく知られた文書ではないの?

165人間七七四年2017/01/01(日) 22:26:38.13ID:gxWt/IS2
>>159
あのね、守りにくかったり、加工に手間がかかり時間が足りない、井戸掘っても水が悪いなど、築城に適した場所がない事はよくあるわけ。
調達や街道や人夫の問題もあるしね。
命令文通りに全部出来るなら司令官いらないから

166人間七七四年2017/01/01(日) 22:31:56.33ID:qkZnwDaa
>>165
そうだね。命令文通りに全部できなかった結果沿岸にのみ築城しましたというのは、すごく納得できる。
それがあなたの見解ということでよろしいかな。

167人間七七四年2017/01/01(日) 22:57:00.00ID:gxWt/IS2
>>164
なら出せばいいじゃん。

168人間七七四年2017/01/01(日) 23:06:34.18ID:jG8xP/4G
もうどっちでもいいからどうやったら明を征服できるか議論しようへ

169人間七七四年2017/01/01(日) 23:23:08.95ID:qkZnwDaa
>>167
これがあなたの支持する説を取っている人たちが引用しているサイトだね。
ttp://tokugawa-tokugawa.blogspot.jp/2014_09_01_archive.html
ここもそうみたいだけど、
ttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1374914978

ただし、この書状には築城の位置が明記されていない。

170人間七七四年2017/01/01(日) 23:26:51.82ID:qkZnwDaa
>>161追加
この退去先って、釜山中心部からわずか5キロの距離なのな。
いくらなんでも退去のし過ぎにも程があるだろう。

171人間七七四年2017/01/02(月) 01:49:55.11ID:W2Qca3ji
>>168
秀吉が100才ぐらいまで生きればあるいは。

いや今ここで話題になっている慶長の役の戦法は、
長期戦で朝鮮と明の国力を削ぐことを意図したものらしいのだが、
史実通り秀吉が死んだら10日で撤兵が決まるような状態なので、
少なくとも秀吉が生きていないと継続できない。
60歳の老人が亡くなったら終わる長期戦です。

もっとも生きてて継続できる筋の戦なのかどうかは知らないが、
死んだら即終了の長期戦なのは確かです。

172人間七七四年2017/01/02(月) 05:50:19.67ID:ihCx2EnZ
秀吉は自分で渡海しちゃうぞーっていうくらい死ぬ気がないし、まだまだ生きるつもりだったんだろう。

173人間七七四年2017/01/02(月) 06:10:23.07ID:sOOfn9Ya
立花宗茂が「朝鮮人が弱いからと言って馬鹿にしてはいけない
負けても負けても何度も立ち向かってくるのは立派だ」って言ってるから
朝鮮の兵力は大したことなかったんだろう
日本軍が劣勢になったのは明の加勢の影響が大きいのは良くわかる

174人間七七四年2017/01/02(月) 08:42:00.24ID:gfBTxqqa
だいたい把握した。
ID:qkZnwDaaの元ネタもなんとなくわかった。>>155あたりでやっとだが。

基本的に歴史学者ってのはね。通説を否定したり、独自の史観に基づいて史料を曲解する連中なんだよ。
藤木は秀吉は平和主義であり、朝鮮征伐は兵士をあえて消耗させるためにやったとかいうし、
逆に藤田あたりになると侵略するための難癖の為に総無時令を作ったとか言い出す始末。
お前さんはそうやって史料を曲解する輩の解説をそのまま信じ込んでいるアホの子です。

175人間七七四年2017/01/02(月) 09:02:09.80ID:J+7A2wFY
どうみてもID:qkZnwDaaが抜群な知識を持っていることについて。
噛み付いてくる犬を利用して、さりげなく解説をするのが秀逸。

176人間七七四年2017/01/02(月) 09:04:59.58ID:gfBTxqqa
>>155
戦争は生き物であるし、敵軍の行動や現地の情勢などで現地軍が決められた通りできない事、
もしくはこちらのほうがいいと判断して勝手にやる事は普通にあるんですよ。
それに意図を見出すのは勝手ですが、それはお前の中だけで通る事だってことを理解すべき。

>結果はどうあれ上陸点からわずか25キロの城があんな議論の俎上に上ること自体が論外だろう。

内陸にある城は物資の陸揚げからの備蓄に向かない、離れてて守りにくいとかがあるんだろうよ。
蔚山は北に行きすぎで、順天は西に離れすぎで、梁山は内陸にありすぎるからな。
典型的な山城でさほど大きいわけでもない突出した城なので、放棄論が出たのはわからんでもない。
まあ俺は、撤退には反対だけどな、あの城がある事でプサンを守る出城みたいなもんだと思えばいい。

177人間七七四年2017/01/02(月) 09:14:59.40ID:J+7A2wFY
>>173 当時の明は、楊応龍の乱が起きていたから精鋭の遼東軍は向かっていたが
鎮圧をほぼ終えたあとは朝鮮の日本軍へと向かい、その後の日本軍は押されていく。
明の加勢の影響が大。

178人間七七四年2017/01/02(月) 09:17:22.23ID:gfBTxqqa
>>161
その城だけは内陸部にあって不便なので秀吉に認められただけだろ。
プサンから150キロも離れた城の撤退は却下されたが、そちらは認められたのは、
内陸にあるかどうかが問題だと思うぞ。
>>171
それは秀吉が死ぬかどうかなど誰にもわからんよ。
家康のようにもう10年生きていれば、明は遠征軍が維持できなくなるだろうし、
明の寿命は大きく縮む。
日本に近い所に誘引して戦い消耗させるという秀吉の作戦はとても合理的である。

179人間七七四年2017/01/02(月) 09:23:17.01ID:gfBTxqqa
>>177
楊応龍の乱がおこった(挙兵)のは1596で、鎮圧に動き出したのは日本軍が撤退した99年からだぞ。
時系列が逆じゃねーか。

180人間七七四年2017/01/02(月) 09:25:31.23ID:gfBTxqqa
>>175
んーとね、彼が言っているものや>>102のは朝鮮征伐スレだとよく見るもので、
目新しいものでもなんでもないの。
他板の過去ログぐぐってみるといいよ。
これを抜群な知識とか言っちゃう人はちょっとおつむが可愛そうな子です。

181人間七七四年2017/01/02(月) 10:22:07.80ID:Ov38b5Uz
>>178
>それは秀吉が死ぬかどうかなど誰にもわからんよ。

まあそうだけど、長期戦を意図していることと秀吉が高齢であることから、思いきり図式を単純化すると、高齢者の指揮する長期戦となる。
で、たとえば後金による民の征服って、10年やそこらでなし得たレベルではないし、そこまで日本の国力が持つのかってのもある。

まあ外交交渉による半島の一部割譲くらいはないとまで言うつもりはないが。

182人間七七四年2017/01/02(月) 10:27:53.93ID:W2Qca3ji
>>180
相手が劣りすぎていると普通が凄いに見えるみたいな錯覚の一種でしょう。

183人間七七四年2017/01/02(月) 11:58:51.83ID:m2vPCKeb
>>178
内陸っても河岸から10キロとかだよ?
こんなご近所さんを放棄するのしないのという議論になること自体が、沿岸にべったり張り付いて籠城するしか選択肢を取り得ないことの証左じゃないのかと思うけど。

184人間七七四年2017/01/02(月) 12:12:53.93ID:gfBTxqqa
>>181
日本の国力的にはさして問題はないでしょう。
というかだからこそこの戦法を選んだんだし。
織田家内戦の時から毎年10万以上の大軍を動かしているが、秀吉が金に困ったという話は聞いたことがない。
>>183
海岸に張り付いて籠城してそれで負けたりしたならともかく、誘引された敵軍を撃破して最後まで負けていないのだから問題があるとは思えないのだが?

185人間七七四年2017/01/02(月) 12:28:44.64ID:EB0scWnF
>>184
>日本の国力的にはさして問題はないでしょう。

「国力」という言い方が悪いなら「政治的状況を含む」と言い換えてもいいが、おそらくどこかで日本が大負けするか、負けなくても大老の発言力が増す程度でも継戦の方針自体がどう転ぶか分からんでしょうねぇ。

>誘引された敵軍を撃破して最後まで負けていないのだから問題があるとは思えないのだが?

もちろん問題はない。
唯一それしか選べない選択肢を的確に選んでいるという意味において。

186人間七七四年2017/01/02(月) 20:25:31.96ID:Vi8vy8Fw
>>138
そのあと続いたのかね?
結局せっかく占領した平壌も放棄しているし

>>140
>敵国の首都の前で上陸作戦?アホも休み休み言えよ。

日清戦争時の日本軍は簡単にやっていますが?

>あと海は普通に倭寇がうじゃうじゃいるから別に安全地帯でもなんでもないよ。

海賊禁止令って知っている?
それと当時日本海に秀吉の言うことを聞かない海賊がいた史料をば
あと基本的に倭寇みたいな海賊は大規模船団は襲わない
海賊は小規模船団による奇襲がスタンダードなので大規模船団を襲っても返り討ちに遭うだけだから

まあ結論としては秀吉は事前準備すらほとんどせずに開戦してしまった
せめて朝鮮半島の測量くらいしていれば
橋頭保(補給基地)が釜山しかないとかアホすぎる
食料は現地調達(略奪)で何とかなるかも知れないが日本軍の優位性を保っていた鉄砲の弾薬補給はどうするつもりだったんだろうね?

187人間七七四年2017/01/02(月) 20:28:36.26ID:2AKbXEKo
唯一の道?
慶長でも首都落とそうと思えば楽勝だったはずだが?
陸海共に順調だったからな。

188人間七七四年2017/01/02(月) 20:29:23.68ID:eE1A2gv4
日清戦争wwwwwww

189人間七七四年2017/01/02(月) 20:54:18.85ID:W2Qca3ji
>>187
落とせても維持できる見込みが薄かったから沿岸に張り付いたわけで、その辺の豊臣政権首脳の叡知は称賛されるべきでしょう。

190人間七七四年2017/01/02(月) 21:07:51.46ID:W2Qca3ji
>>186
食糧も何とかなっていたと言えるのかどうか。一年半で全兵力の1/3が戦没していてその大半が飢えと寒さだそうなので。

191人間七七四年2017/01/02(月) 22:00:19.93ID:Vi8vy8Fw
>>188
知っているか?
日清戦争では兵力も装備も清軍の方が上だったことを
レーダーも航空機も人工衛星もない時代では上陸側の方が有利なんだよ
上陸側は好きな時に好きな場所に上陸できるから

>>190
日清戦争でも日本側損害の大半が病死者
ただこのときは陸軍の「白米至上主義」による脚気死亡者が半数を占めているが
平壌の戦いも補給無視で野津さんが強行軍をやって運よく勝ったに過ぎないし
まあそれを差し引いても蒸気船が登場していた日清戦争時でさえこの調子だったので朝鮮征伐時に補給路が釜山からの陸路のみという秀吉の戦略はアホとしか言いようがない
敦賀か金沢を根拠地として元山を橋頭保とするもう一つの補給路を確立すべきだった
そうすれば東国の大名も動員出来るので勝率ははるかに上がったろう

192人間七七四年2017/01/02(月) 22:13:03.88ID:BouQ98TA
>>191
なんでや気球は航空機やろ

193人間七七四年2017/01/02(月) 22:13:28.09ID:BouQ98TA
偵察にも使われてたし

194人間七七四年2017/01/02(月) 22:32:58.97ID:J+7A2wFY
>>179 ボハイの乱の勘違い。多分

195人間七七四年2017/01/03(火) 07:58:26.85ID:9T0ez7z7
>>185
>政治的

秀吉に朝鮮征伐で苦言した奴って誰かいたか?

>唯一それしか選べない選択肢を的確に選んでいるという意味において。

一番効果的で被害の少ない選択肢を選んでいるだけだと思うが。
慶長でもそのまま北上することは可能だったし明の援軍が来る前だったので余裕で落としただろう。
海軍も順調に北上し、周辺の湾口を制圧していた海上からの輸送も十分可能になっている。

ただ首都で明軍や平壌と決戦するより、より近い所で戦ったほうが有利と判断したんだろうね。

196人間七七四年2017/01/03(火) 08:12:41.52ID:9T0ez7z7
>>186
>平壌撤退
あれは現地軍が勝手に朝鮮分割決めて、おのおのが勝手に占領地拡大に向かったので、
小西が孤立したのが原因だから。軍を集結した後は首都で返り討ちにしてる。

>海賊
倭寇を勘違いしている当時の倭寇ってのは日本人だけじゃない、
明の史料でも真倭は三割と言われており、七割は朝鮮人や中国人。朝鮮半島には普通に朝鮮半島の海賊がいて彼らは倭寇を名乗っている。
まあ実際何割かは日本人だろうけど、彼らは日本で海賊が禁止されても中国や半島で暴れていた。
朝鮮半島南部の群島地域は倭寇の巣で普通に危ない。
艦隊ならともかく、そのあとの補給のための物資輸送船団はふつうに襲われかねない。
それに朝鮮の水軍は日本の討伐軍からは逃げまくるが、補給船を狙ってくるゲリラ活動をしているので、
陸地を完全に制圧しないで海上のみを通るのは危険である。

197人間七七四年2017/01/03(火) 08:23:49.42ID:9T0ez7z7
>>190
五万はフロイス説かな?
ほとんどは病気ですよ。食糧に苦労した記録はあるが、餓死が出た記録はない。
だが司令官クラスでも病死でバタバタ死んでいるので、ましてや末端の連中はそれだろう。

つかまあそういうので比較的温暖な南端で越冬しつつ防衛する作戦に切り替えたんだろうね。
食糧と気候と問題を改善できるから。海沿いなら衛生環境もわりとマシだし。
>>191
日清戦争のときは朝鮮は敵ではないから。(味方というわけでもないが)朝鮮軍と共同で現地の抗日分子と戦ってるくらい。
なので状況が異なる。

198人間七七四年2017/01/03(火) 09:06:33.04ID:aGNR7s8+
日清戦争の時に航空機がないとか言い出し痛い子だから相手にするだけ無駄

199人間七七四年2017/01/03(火) 11:24:06.93ID:AKq5mpyQ
気球は軽航空機だけどね厳密には
一般に航空機といえば重航空機(いわゆる飛行機)の事なのに
揚げ足取りで勝った気は痛すぎるね

200人間七七四年2017/01/03(火) 11:43:54.35ID:2hCsVJck
気球の軍事利用は戦争に大きな影響を与えたから戦争について語るなら普通は頭に入れるけどな
あと重航空機がない時代の話なのに現代の感覚を持ち出されてもな
世界初の偵察機は気球だし空から偵察するというのは革命とも言ってもいい
なのに知っているか?とか嫌味含みでドヤ顔で語っていたのはかなり恥ずかしい

201人間七七四年2017/01/03(火) 11:55:41.90ID:VAf6tKHD
スレ違いも甚だしい
そもそも文禄・慶長の役には航空機なぞ存在しない

202人間七七四年2017/01/03(火) 12:47:00.24ID:aGNR7s8+
時代が全然違うのに日清戦争を持ち出したから
こいつはいったい何を言っているのか?
みたいな雰囲気になったのに
知っているか?
航空機とかがない時代は上陸側が有利(ドヤァ
とか的はずれな返答が帰ってきたから思わずな
まあ日清戦争が朝鮮出兵の一例に使えないということ

203人間七七四年2017/01/03(火) 13:53:50.14ID:uptFUyMJ
>>192-193
気球やグライダーも広義では確かに航空機だがこの場合は動力付きのやつな
あと気球による偵察は日清戦争時ではそれほど役に立っていない
航続力もなく無電もなかったしそれより何より風に流されでもしたら終わりだし

>>196
>小西が孤立したのが原因だから。

孤立した小西隊に即座に援軍出せなかった時点でお察しでしょ

>まあ実際何割かは日本人だろうけど、彼らは日本で海賊が禁止されても中国や半島で暴れていた。

だから日本海で暴れていたというソースを出せと

>それに朝鮮の水軍は日本の討伐軍からは逃げまくるが、補給船を狙ってくるゲリラ活動をしているので、
>陸地を完全に制圧しないで海上のみを通るのは危険である。

主に黄海方面に展開していた朝鮮水軍が日本海に行くには日本が制海権を握る対馬海峡を突破しなきゃならんのだが?
そっちの方が相手側にとって如何に危険かわかるかな?

>>200
だったら日清戦争で気球が大きく貢献したとするソース出したら?
ドヤ顔はどっちだっての
だいたい清国軍が気球を活用していたのならなんで日本軍は易々と元山に上陸できたのかねえ

>>202
時代が違うといっても日清戦争時の朝鮮での陸運は昔と変わらず人足だったんだが?
黄海方面からの補給は北洋艦隊がいたせいで出来なくおかげで物凄く苦労した
また日清戦争のころは重砲なども運ばねばならなかったので蒸気船があったのを差し引いても昔より容易だったとはとても言えないだろう
君こそまともに勉強もせずいったい何を言っているんだろうね?

204人間七七四年2017/01/03(火) 14:05:37.42ID:zu1lA2J9
なんというか約一名のせいで健全な議論ができんな

205人間七七四年2017/01/03(火) 14:08:25.15ID:zu1lA2J9
自分はソースを出さないけど相手には出せ出せいうタイプは議論に向かない

206人間七七四年2017/01/03(火) 17:52:15.89ID:uptFUyMJ
>>205
挙証責任は言い出した側にあるってのを知っているか?

>>196は日本海に海賊が出没して危険だから日本海側からの攻撃は無理と言っている
なら当時の日本海にどれだけの規模の海賊が出没していたのか提示する必要があるだろ

また>>200は気球が軍事的に大きな影響を与えたと言っている
なら日清戦争においてどれだけ気球が使われ索敵にも貢献したか提示する必要がある
個人的にはそれほど大きな影響はなかっただろうし日清戦争で貢献した記録も見つからない
まあ貢献したのなら元山に日本軍がああも簡単に上陸出来たわけないしな

それはともかく言い出した連中はそれを証明するためのソース出してくださいな

207人間七七四年2017/01/04(水) 09:33:59.06ID:M8sdZ7Zl
>>203
>小西
自分の領地は自分で切り取る事に現地でなっちゃったからね。
小西助けても領地は増えないが、自分が切り取ったら領地は自分のものだから。
なお助けなかった大友は改易を喰らったがw
>海賊
後期倭寇でぐぐればいいよ。半島から中国まで幅広く活躍している。
>日本海
いや日本海側じゃなくて首都の前で上陸するという話でしょ?
反対側から山越えて首都攻めるのか?

208人間七七四年2017/01/08(日) 12:50:20.87ID:Ae4SiXTo
あの、議論中にすみませんが。
唐入りってあのタイミングでやるのは適切だったんですか?
本とか見ても無謀だの誇大妄想だの言ってるばかりでよくわからないんですが。
無論、絶対にやらなきゃいけないとしたら、です。

209人間七七四年2017/01/09(月) 07:57:56.75ID:pTmKvOSA
>>208
明が衰退期であること。
日本は統一をして兵力と生産設備が有り余っている事。
後知恵だが、女真がまだ勃興していない事。
色々総合するといいタイミングだったと思うが。

無謀とか誇大妄想とかいう奴はアホの子なので無視していい。
そのあと女真が明を征服したがこれは無謀で誇大妄想なのかとね。

210人間七七四年2017/01/09(月) 08:00:08.21ID:AzXNm6mM
竹島と対馬くらいは韓国にあげてもいいと思う
我々侵略国家日本はそのくらいの賠償はしてあげるべきだろう

211人間七七四年2017/01/09(月) 08:09:32.60ID:pTmKvOSA
そして兵士ってのは少し戦闘しないとダメになるからね。
一世代たつと実践を経験していない者たちばかりになる。
大阪の陣で浪人連中に三倍で襲いかかったのに、
わりといいようにやられてしまった。
あの徳川軍がだよ。

212人間七七四年2017/01/09(月) 20:31:59.21ID:vwT9FZqB
ただ、日本の場合、海を渡って進出するのは色々大変だったと思います
結果として女真族に棚ぼたさらわれる手助けしただけなのが残念で、
先ずは、加羅(仁那)回復に留めるが朝旨の御賛同を得られる最良の策だったと愚考致します

213人間七七四年2017/01/09(月) 21:27:46.14ID:53SNZQ1y
>>209
秀吉の年齢と秀頼の年齢を考慮すると最悪とタイミングだけどな

214人間七七四年2017/01/10(火) 00:52:38.37ID:ZefmIt1s
>>209
それて>>102の状況じゃ世話ないわ
唐入りや明治政府以降の海外統治を鑑みると日本人は良くも悪くも几帳面だから大陸式の統治に馴染みにくいのだと思う
女真族も呉三桂らがやらかさなければ史実通り李自成一族を即座に討つことは出来なかったかもしれん
そもそも中国史上最も有能な康熙帝ですらあれ程漢民族統治に苦労したのに呆気なく滅亡した豊臣如きが成功する訳がない
それこそ夢のまた夢よ

215人間七七四年2017/01/11(水) 20:21:28.59ID:ufd5My6l
>>213
ヌルハチが明征服を宣言したのは60歳だよ。
長男次男は粛清していたので、後を継いだ九男のホンタイジはその頃(明征服を宣言したとき)二十歳くらいじゃなかったかな?
>>214
>>102なら予定通りであるし順調じゃないか。何が問題なんだ?

216人間七七四年2017/01/11(水) 20:44:16.02ID:H+t6w6Fh
唐入りをするなら、明の反政府勢力に手を貸す形にする(後年の鄭成功とか)
ということにしなけりゃ無理じゃないかな。
現に、ホンタイジは明から寝返った武将と組んで、明征服をしているし。

217人間七七四年2017/01/12(木) 20:42:41.44ID:xdvhqmTv
明までいけば現地の軍閥と手を結ぶとかなったろうけど、
中国を上回る中央集権国家で現地軍閥もろくにない朝鮮では意味がないな。

218人間七七四年2017/01/13(金) 14:39:22.69ID:tjZa0PzW
なんというか
あんまり対外進出という感覚がなかった気がするな朝鮮出兵の現場は
九州征伐くらいの感覚でやってた気がする

219人間七七四年2017/01/14(土) 11:00:09.42ID:B1gXrtQy
スレ呼んだ。途中の議論をまとめると、

日本軍が南の沿岸部へ後退して城を築き始めたのは予定通り派
ソース
『(慶長二年)二月二一日付・豊臣秀吉朱印状』等
https://sites.google.com/site/woruzan/home/bunrokukeichou/keichou-no-eki/keichou-no-eki-senryaku
http://tokugawa-tokugawa.blogspot.jp/2014_09_01_archive.html

南の沿岸部への築城は予定通りでは無い派の意見 >>133 >>155 >>159 >>169
「慶長二年 二月二一日付・豊臣秀吉朱印状には、築城の場所が沿岸部とは書かれていない。
もっと内陸部に築城の予定ではなかったのか?それが、従来の定説通り(稷山と鳴梁の日本軍の敗北?)、日本軍は明・朝鮮軍に押されて沿岸部への後退を余儀なくされて築城を始めた」
---------------------------------------------------------------------------------------------

意見の対立はこんな感じでいいのかな?

220人間七七四年2017/01/14(土) 12:03:54.20ID:B1gXrtQy
日本軍が南の沿岸部へ後退して城を築き始めたのは予定通り派
の、その他ソース
『(慶長二年)八月二一日付、藤堂高虎宛、増田長盛書状』(同日付、豊臣秀吉朱印状の添状)
これもtokugawaブログ
http://tokugawa-tokugawa.blogspot.jp/2015/12/blog-post.html
内容一部
「・最初に決められた所よりも張り出した地に築城してもよい。」
これに対応する、井邑軍議の報告書として提出された『九月十六日付注進状』
http://tokugawa-tokugawa.blogspot.jp/2014_09_01_archive.html
内容一部
「仕置の城々の予定地について、諸将で相談して、決定しました。小西行長在番の城について、以前は慶尚道内と決まっていましたが、全羅道の順天郡内へ、張り出して築くことにしました。」

朝鮮側の記録である『宣祖実録六月十四日条』
http://tokugawa-tokugawa.blogspot.jp/2015/12/blog-post.html
https://sites.google.com/site/woruzan/home/bunrokukeichou/keichou-no-eki/keichou-no-eki-senryaku
•豊茂守の発言「六七月間, 大兵渡海, 先擊慶尙、全羅等道後, 還駐沿海, 欲奪濟州。」
•豊臣秀吉の諸将への命令「汝等爲先鋒, 躪踏慶尙、全羅、濟州等地後, 退兵宜寧、
慶州等處屯據, 召募朝鮮散卒遺民, 合我軍, 大作農事, 積峙兵糧, 明年又明年, 漸次奪據, 則朝鮮地方將爲日本之地。」

稷山と鳴梁の後の日本軍の前進
これもtokugawa
https://sites.google.com/site/woruzan/home/bunrokukeichou/keichou-no-eki/zenradou-cyuseidou-soutou
http://tokugawa-tokugawa.blogspot.jp/2011/09/blog-post_9643.html
http://tokugawa-tokugawa.blogspot.jp/2014/06/blog-post.html
http://tokugawa-tokugawa.blogspot.jp/2011/10/blog-post.html
http://tokugawa-tokugawa.blogspot.jp/2014/05/blog-post.html

221人間七七四年2017/01/14(土) 19:15:40.13ID:9W/OL5H4
>稷山と鳴梁の日本軍の敗北?

どちらも日本軍の勝利なんだけど。稷山では明軍は毛利軍に蹴散らされ撤退を余儀なくされ、
鳴梁では日本軍は被害を出しつつも、その後も北上を続けて首都あたりまで制圧して途中の朝鮮水軍の根拠地を破壊している。

222人間七七四年2017/01/17(火) 18:59:25.27ID:j0i/N6FW
鴨緑江の川岸に築いた城で戦うならともかく、南の沿岸部で決戦?だからなあ。
朝鮮国王なら「倭兵を1人残らず撤退させる」と言い出すわ。

223人間七七四年2017/01/19(木) 20:34:03.36ID:ef/pb3xm
ジャップって慰安婦とか朝鮮侵略とかぁ
悪さばかりクソみたいな民族なのに
謝罪しないね同じ人間として恥ずかしい

224人間七七四年2017/01/19(木) 20:55:17.87ID:UfjuXb7M
別に朝鮮人が歴史上から消えてなくなっても誰も困らんだろ?

225人間七七四年2017/01/21(土) 14:32:32.10ID:1AINioKS
実は何度も謝罪してる

226人間七七四年2017/01/23(月) 07:01:40.94ID:k+swJCTZ
日韓基本条約も理解してないんだからな
何回条約破れば朝鮮民族は満足なんだよ

227人間七七四年2017/01/24(火) 23:03:54.61ID:FxuTxrEl
ネトウヨスレwww

228人間七七四年2017/01/25(水) 18:37:46.12ID:KsKqMDWw
清正と行長がうまく連携取れてればもっとうまい具合に占領できてたの?

229人間七七四年2017/01/25(水) 20:10:02.97ID:idU4V3hd
秀吉の寿命が尽きるからやっぱ駄目だろ

230人間七七四年2017/01/25(水) 21:03:18.81ID:F7F3oOG7
日韓併合より300年も前にあの民族にかかわっていたら、たぁ〜へん
失敗してよかっ対外た戦争

231人間七七四年2017/01/25(水) 21:45:24.61ID:QIpMGfAt
インディアンみたいにしてあげればよかったことね?

232人間七七四年2017/01/25(水) 21:55:52.74ID:F7F3oOG7
おれのレス、すげえ日本語だ、スマソ

233人間七七四年2017/01/25(水) 22:59:45.93ID:KLLTwmE8
>>232
ネイティヴじゃないんだし仕方ないよ

234人間七七四年2017/01/25(水) 23:47:18.69ID:Tlse5CvA
相変わらずの設定ガバガバ、スレ主の頭の構造そのものだなw
こういうのは勝利条件を設定しないと話にならんぞ?

当初の予定通り明国征服なのか半島南部占領で良しとするかで難易度が変わるよなw

235人間七七四年2017/01/26(木) 00:23:05.01ID:6eZaZBRA
明国征服で勝利もしくは朝鮮半島の従属化で引き分けでしょ

236人間七七四年2017/01/26(木) 00:35:46.96ID:fGesAI7X
>>210
朝鮮人は古代日本が支配してた朝鮮半島南部を返還すべきなんだよ!

237人間七七四年2017/01/26(木) 02:21:40.85ID:6eZaZBRA
せやせや、奈良と宮崎以外の県は全て独立国にしなさい
侵略国家大和政権を許すな

238人間七七四年2017/01/27(金) 10:00:17.75ID:XVLd16c3
古代朝鮮は東夷最強だった高句麗と倭のもの。韓国領土は日本に、北朝鮮領土は中国に返還すべき

239人間七七四年2017/01/27(金) 11:12:19.63ID:oFufVXIv
韓国とか要らんので二度とかかわらないでほしい
在日も送還で

240人間七七四年2017/01/27(金) 14:52:03.83ID:cFWX0wHB
日本が先に手を出したから日本が悪だ
ネトウヨ国家日本は頭おかしい

日本の領土は大韓に譲渡するくらは当然

241人間七七四年2017/01/27(金) 21:32:53.25ID:afm7Z6NR
おい、なに火病ってるんだ?日本語文にしちゃあ、おかしい文だねぇ。

242人間七七四年2017/01/27(金) 22:51:33.57ID:wJY4Nohs
朝鮮ごときを大韓などとほざくのだからお里が知れる

243人間七七四年2017/01/27(金) 23:27:25.43ID:C1ZyncOF
山岡荘八原作で横山光輝の伊達政宗に、「朝鮮討伐に使った金の半分でも朝鮮にやれば喜んで道案内しただろう。」ていうのがあったな。

244人間七七四年2017/01/28(土) 18:31:38.24ID:uAzpCjGL
そもそもウヨ=悪みたいな風潮もおかしいんだけどな
サヨは善かといったら全然クソだし。

245人間七七四年2017/01/28(土) 19:01:07.50ID:u6Viv8Li
>>243
そもそも朝鮮軍そのものは半月もたたずに壊滅してるからさほど問題ではない。

246人間七七四年2017/01/28(土) 19:36:37.67ID:DTklFyZa
むしろパヨクの方が悪だな

247人間七七四年2017/01/28(土) 21:24:20.79ID:58tfqmj/
>>244
中道以外は悪やぞ
お釈迦様も中道を行け言うとるやろ

248人間七七四年2017/01/29(日) 08:55:52.54ID:jGFatVWP
右翼も左翼も自分の事を中道というんだよなw

249人間七七四年2017/01/29(日) 17:49:42.21ID:91Ucz70F
先に侵略したのも日本じゃなくて
モンゴルと一緒に攻めてきた朝鮮側なんだよなぁ
韓国は都合の悪い歴史は抹消して教えないから性質が悪い

まぁこの時の蒙古朝鮮の敗因が悪天候と船の手抜きで沈没というのが朝鮮らしい。

250人間七七四年2017/01/30(月) 16:37:50.48ID:b3K/N+YH
俺が中道(基準)だ!

251人間七七四年2017/01/30(月) 23:09:45.03ID:cfho4ZcC
朝鮮も勿論来てたけどちゃんと本国からも将軍来てたよ
まあ、連日の夜襲で船に避難してたら嵐であぼーんとかねえ…
騎馬軍の兵站の長さと速さがウリなのに、万年内戦してる基地外武者の集まりにタコ殴りにされちゃたまらんわな
日本刀で鎧は貫通してくるし、長弓の射程は長いし

252人間七七四年2017/02/01(水) 14:45:45.28ID:AHb2h/y9
朝鮮人は親日なんだけどな
ネトウヨが嘘ばかり垂れ流す

253人間七七四年2017/02/01(水) 16:08:54.42ID:FBTPuYXr
>>251
ちなみにモンゴルは割と負けてる
朝鮮にも2回負けて撤退してる(その後属国になるけど)
ベトナムにも負けてる
他にも割と負けてる

254人間七七四年2017/02/01(水) 23:33:34.67ID:wkEhpdUe
>>253
朝鮮に負けてるのか…(ドン引き)

255人間七七四年2017/02/06(月) 16:17:40.92ID:fdwHF6LZ
私達ゴキブリ日本人は大韓民国に謝罪と賠償するなくてはならない

256人間七七四年2017/02/06(月) 20:54:15.18ID:hzjA05RX
>>255
>謝罪と賠償するなくてはならない
具体的にどうすればいいのですか?

257人間七七四年2017/02/06(月) 21:58:09.28ID:cEtMh/qK
>>255
そんなに日本が嫌なら祖国にかえ…韓国に帰化することもできるんやで
っていうか、是非韓国で暮らしてください

258人間七七四年2017/02/07(火) 00:52:09.65ID:+gExYnKJ
朝鮮侵略、慰安婦大虐殺などをしておきながら
日本は謝罪と賠償もしないのですか?
酷い国

259人間七七四年2017/02/07(火) 04:37:03.60ID:GD7ENopY
また嘘ばかり…

260人間七七四年2017/02/07(火) 21:23:26.68ID:o8um7HKO
>>258
>謝罪と賠償するなくてはならない

261人間七七四年2017/02/08(水) 10:34:58.82ID:RaK7hUcD
豊臣軍は半島のゴキブリを皆殺しにしておかなかったのが最大の罪
お陰でどれだけ子孫が迷惑を被った事か

262人間七七四年2017/02/08(水) 15:54:15.40ID:j1WCaCHw
大韓民国にヘイトスピーチやめなさい!

263人間七七四年2017/02/09(木) 00:22:32.49ID:3M0Vw63H
日本にヘイトスピーチやめなさいw

264人間七七四年2017/02/09(木) 05:53:47.13ID:GV5I9fD1
私は毛沢東主席を尊敬している
彼は人類史上、最も多くの中国人を殺した英雄なのだから

265人間七七四年2017/02/09(木) 05:57:52.54ID:0i3TeQAe
じゃあ私も李氏朝鮮の両班を以下略

266人間七七四年2017/02/09(木) 12:55:35.26ID:LKTcDBfb
255 名前:人間七七四年[] 投稿日:2017/02/06(月) 16:17:40.92 ID:fdwHF6LZ
私達ゴキブリ日本人は大韓民国に謝罪と賠償するなくてはならない

267人間七七四年2017/02/11(土) 00:09:34.79ID:7pURmP8A
戦犯民族カスジャップに未来はない!

268人間七七四年2017/02/11(土) 06:18:58.92ID:ba4pbOf+
おまエラも戦前は日本国民だったんだから、同じ戦犯やぞ
俺らがドイツだとすると、朝鮮人はオーストリア人だ

269人間七七四年2017/02/11(土) 07:28:21.53ID:wQoasp4s
大日本帝国陸軍には戦犯として処刑された朝鮮人将校もいるからな

270人間七七四年2017/02/11(土) 08:22:27.64ID:t5foOqNt
>>268
あまりにもオーストリアに失礼
日本がドイツと例えるなら朝鮮はルワンダ

271人間七七四年2017/02/11(土) 12:32:28.02ID:ba4pbOf+
いや、属国じゃなくて同胞だったからオーストリアで問題ない
立場の話で例えてるのであって、別にオーストリア=朝鮮とは思っていないよ

272人間七七四年2017/02/11(土) 18:13:14.17ID:+hlwqbRu
モンゴルが朝鮮に負けた事はないぞ。

273人間七七四年2017/02/12(日) 18:00:42.64ID:k+yqmHrs
高麗は蒙古に連戦連勝


ということになっている

対馬海峡の向こう側では

274人間七七四年2017/02/12(日) 18:05:05.37ID:k/YyhT0K
村上水軍と九鬼水軍が全然駄目()

275人間七七四年2017/02/13(月) 16:23:44.62ID:pAH1hhdb
この戦いで日本人より韓国人のが優秀な民族と歴史的に証明された

276人間七七四年2017/02/13(月) 19:36:18.75ID:qCh3UX9B
韓国人がそう思うならそうなんだろう
韓国人の中ではな(AA略

277人間七七四年2017/02/14(火) 02:42:09.98ID:OWyYZ7f3
劣等民族日本人wwww

278人間七七四年2017/02/14(火) 04:31:01.40ID:NpC5YbsE
長いこと属国を続けすぎておかしくなってしまったか…
教科書も捏造の歴史だからね、仕方ないね

279人間七七四年2017/02/14(火) 17:33:13.87ID:EYEQkZ5J
【動画】KBSニュース

[その時のそのニュース]「対馬は韓国の地」日本古地図発見
入力2017.02.14(07:03)| 修正2017.02.14(07:58)
ttp://news.kbs.co.kr/news/view.do?ncd=3428296

現在、長崎県に所属されているテマド(日本名対馬)。 ところが、対馬が韓国の地だったことを認める内容の、日本人が作成した古地図が21年前の1996年に発見されました。

この地図は、壬辰倭乱が始まる1592年、韓国を侵略したプンシンスギル(豊臣秀吉)が家臣に命じて作られたもので、独島と対馬島が私たちの領土と明記されています。

新羅の時から私たちの領土であったことが知られている対馬。 しかし、いつ、どのよう日本に編入されたのか明確でない状況ですが。 独島と関連して続く日本の妄言を防ぐためにも、隠された歴史を明らかにする作業が必要になります。

280人間七七四年2017/02/14(火) 19:41:31.85ID:OWyYZ7f3
やはり対馬は韓国領土という事が歴史的事実と証明された
沖縄も韓国領土

281人間七七四年2017/02/14(火) 20:49:16.27ID:hSoiD6GG
>>275
お前の言ってる韓国とやらの建国年を教えてくれ

282人間七七四年2017/02/15(水) 03:08:47.09ID:D3QCP+Er
宇宙の起源は韓国って聞いたで

283人間七七四年2017/02/15(水) 07:14:26.74ID:mzH/tTC9
馬鹿の起源は韓国!アホの起源も韓国!

284人間七七四年2017/02/15(水) 07:30:33.08ID:cC0yDvCu
>>280
韓国が建国される前の寺とかあるで
ちなみに韓国人は儒教が主だから、仏像の首を切り落としてる模様

285人間七七四年2017/02/15(水) 13:03:07.93ID:D3QCP+Er
正男ガチ暗殺かよ
すぐ口封じ、暗殺、恫喝なんでもありなところがほんと嫌い

286人間七七四年2017/02/15(水) 13:09:06.53ID:0AOuU8Yr
朝鮮について詳しいって
恥だよね

287人間七七四年2017/02/15(水) 21:23:06.16ID:mzH/tTC9
チョンコロは内輪揉め大好きだからな
というかそれしか歴史がない

288人間七七四年2017/02/16(木) 04:04:48.75ID:nqFWL14g
日本は差別大国です

289人間七七四年2017/02/16(木) 04:52:26.17ID:iRe65IY9
韓国は外国籍が公務員になることはできません
韓国では黒人やアジア人は差別されます

290人間七七四年2017/02/16(木) 07:55:49.36ID:UYxt8Pn0
犯罪者は差別されて当然

291人間七七四年2017/02/16(木) 08:15:33.67ID:xjCm1gKX
せめて犯罪者は軽犯罪であろうと強制送還って規定があればともかく、今のままでは歯止めがかからなそう

292人間七七四年2017/02/16(木) 18:09:41.31ID:k0wYvbh8
建物に侵入し女性にわいせつ未遂の疑い、韓国籍の28歳無職男逮捕 容疑者は別の20代女性に性的暴行し先月逮捕
http://news.tbs.co.jp/sp/newseye/tbs_newseye2983697.htm

293人間七七四年2017/02/16(木) 20:01:30.44ID:nqFWL14g
反省しない日本
猿ぷぷぷ

294人間七七四年2017/02/17(金) 13:21:45.23ID:PpeDLCkk
↑こういうゲロは差別されて当然

295人間七七四年2017/02/17(金) 21:56:43.78ID:KeaRmis/
反省しないのはどちらなのか
もう高麗帝国とか好きに捏造してホルホルしたらいいよ

296人間七七四年2017/02/17(金) 22:10:01.98ID:7M5anyRJ
275 名前:人間七七四年[] 投稿日:2017/02/13(月) 16:23:44.62 ID:pAH1hhdb
この戦いで日本人より韓国人のが優秀な民族と歴史的に証明された

297人間七七四年2017/02/18(土) 03:05:41.40ID:EMO61yRE
韓国人て何かあるとすぐネトウヨとか言ってくるけど
韓国人はガチウヨしかいなくね?

298人間七七四年2017/02/18(土) 19:42:07.13ID:A955hSbG
>>297
いや、ただの馬鹿

299人間七七四年2017/02/19(日) 09:57:13.31ID:pDHViU67
話がズレてるみたいだが
結局どうすれば明まで征服できたの?

300人間七七四年2017/02/19(日) 10:31:53.81ID:JzaDcaYK
秀吉が死ななけりゃ勝てたんじゃないの

301人間七七四年2017/02/19(日) 16:23:26.48ID:7RDVkvIa
計画が無謀すぎた
言語をはじめ文化が違う大陸を統治することは難しい
かかわっちゃいけなかった

302人間七七四年2017/02/19(日) 21:15:05.95ID:TaaEt1CD
皆殺しにすれば問題ない

303人間七七四年2017/02/20(月) 02:20:26.11ID:ur36WJN4
首都陥落させて無謀ってこたぁない

304人間七七四年2017/02/20(月) 06:16:20.49ID:ftRZyBJQ
そもそも本当に明まで征服する気があったのか?
半島のゴミ相手にテキトーにヒャッハーしながら
戦国経済のソフトランディングを図っただけでは

305人間七七四年2017/02/20(月) 06:29:43.03ID:cTmBN+FA
秀吉のみぞ知る所ですかね
関東うち入りさせずに明征伐に家康参加させておけば、家康の力削げたんじゃないかね
でも、旧北条領治められる器量のある武将はいないか

306人間七七四年2017/02/20(月) 14:16:03.51ID:2uYH11ln
秀吉は何才まで生きるつもりだったのか?

307人間七七四年2017/02/20(月) 16:52:45.76ID:rHIgyned
年も年だったから焦って国内のこともそこそこに渡海を開始したんでしょ

308人間七七四年2017/02/22(水) 01:06:47.46ID:xlqQfnV/
実際問題中国を負かした勢力はあっても最終的にはみんなミイラ取りがミイラ状態になってるような国を攻め取るなんてどうやるつもりなのか不思議でならん
入植した所で取り込まれて終了じゃん、むしろ日本も中国の一部とか言われかねない分余計にタチ悪い気が

309人間七七四年2017/02/22(水) 05:53:20.77ID:5PAltiCm
ああ、中華を征すると同じ文化圏になった挙句に同化しちゃうからな
あれは途中で切り上げることになってよかった

310人間七七四年2017/02/22(水) 09:51:49.74ID:9Yy/x6lV
そういうこと
某スレで外征の失敗を家康のせいにして家康の邪魔がなければ成功して欧州列強のように
なってたとかわけわからんこと喚いてたのがいたが、欧州列強とは何から何まで条件が違うのに
何もわかってない奴だったな
そういえばそいつこのスレには来てないようだが、単に家康をくさしたかっただけなんだろう

311人間七七四年2017/02/22(水) 11:29:30.11ID:TSYfQvHB
唐入りも太平洋戦争も中韓の事を考えると失敗して良かったと思わざるを得ない
御先祖は本気であの連中と同化しようと思っていたのだからな
お人好しにも程がある
中韓人が馬鹿で良かった

312人間七七四年2017/02/23(木) 04:16:09.43ID:b4RuX8Id
中国と同化しようなんてなんちゅうかどうかしてるぜ


…といって熱くなった板を冷ます試み

313人間七七四年2017/02/23(木) 06:00:06.96ID:XTwKWbV7
日本猿共
弱いくせに負けたくせになまいき

314人間七七四年2017/02/23(木) 06:28:51.57ID:9wAfUXB5
おまエラも一緒に負けたやろ
国力も日本の一都市程度の経済力しかない癖におまエラのが生意気
はよ北朝鮮と併合して苦しんで師ね

315人間七七四年2017/02/23(木) 07:06:17.70ID:hz3JWszW
半島のゴキブリなんぞどうでもいい
とりあえず日本から駆除すればそれで良い

316人間七七四年2017/02/23(木) 09:38:10.03ID:2i0yLai8
275 名前:人間七七四年[] 投稿日:2017/02/13(月) 16:23:44.62 ID:pAH1hhdb
この戦いで日本人より韓国人のが優秀な民族と歴史的に証明された

317人間七七四年2017/02/23(木) 17:26:15.64ID:QQWGug5g
しかし勝ちとは言ってもこの場合の勝利条件ってどこに設定してるんだ?
秀次には北京に陛下を迎えてお前が補佐しろみたいな事言ってたみたいだけど、実現の可能性はとりあえず脇においてこれやると>>308の言うように取り込まれて倭王朝(仮)みたいな中国の次代の王朝になる可能性が非常に強いし、これは事実上の敗北になるからアウト
そうなると宋の頃によくあった朝貢させて事実上の臣従が最上の結果になると思うんだけどそこら辺どうなんだろう?

318人間七七四年2017/02/23(木) 18:43:08.40ID:r1EbvtYI
満州国みたいに傀儡国家を立てさせて欧米みたいに植民地させるのが勝利条件だよ

319人間七七四年2017/02/23(木) 18:52:21.31ID:lKMerqIy
アヘン戦争では、フネで遠路はるばる運んできた兵(インド人が多かったが)を
いきなり北京近くの海岸に上陸させて、そのまま首都占領してしまっている。

輸送船の性能が当時の日本では、遠洋航海能力が無かったことが敗北の主因。
戦いでは負けないのだから。食糧不足はつらいしな。

320人間七七四年2017/02/23(木) 20:15:50.13ID:XTwKWbV7
日本ネトウヨ必死わらた笑えます

321人間七七四年2017/02/23(木) 20:39:24.04ID:+W4Wa8F8
日本に相手にされてない朝鮮ゴキブリw
対馬に大敗北して戦争ひたすら弱いのがバレた朝鮮ゴキブリw

322人間七七四年2017/02/23(木) 22:09:36.72ID:nFowv/NW
やはりウヨ連呼はコリアンなのか
連呼リアンってのは嘘じゃなかったな

323人間七七四年2017/02/23(木) 22:36:39.15ID:XDekgZxd
そりゃ在日チョンコロ以外におらんでしょ
あいつら日本生まれの日本育ちなのに先天的に馬鹿だから日本語がよく覚えられない
従って同じ単語を連呼するだけになる

324人間七七四年2017/02/24(金) 13:53:57.80ID:WSZYg3rk
そういう話はよそでやれ

325人間七七四年2017/02/24(金) 16:41:46.39ID:KiDnjBzZ
むしろここでやれ

326人間七七四年2017/02/25(土) 02:05:00.71ID:HJHGmEWU
我々日本人は云々しなくてはならない
とか日本人名乗って政治活動するところが最悪。。

327人間七七四年2017/02/25(土) 04:34:23.90ID:pUPsi6v6
そもそも秀吉は国内の野戦で勝ててない

328人間七七四年2017/02/25(土) 07:45:03.00ID:pPdgFBH7
はいはい
チョンコロマンセー

329人間七七四年2017/02/25(土) 07:48:29.98ID:9ulk+q1f
そもそも明征伐は秀吉が指揮してないからね

330人間七七四年2017/02/25(土) 20:44:48.31ID:QQIxasdM
朝鮮人が勝ったつもりでいることが笑える
勝ったのはシナ人
そして崩壊

331人間七七四年2017/02/25(土) 20:45:42.09ID:hO2skSPq
そもそも日本軍は最後まで負けてないからな、
秀吉が死んだので退却しただけ。
バトルの征西と同じだ。

332人間七七四年2017/02/25(土) 23:04:38.52ID:zCPWI7hS
負けなかった事より、どうすれば勝てたかが問題なんだから、IFとしては秀吉の寿命がどうであれ、継戦するのが前提じゃなかろうか

333人間七七四年2017/02/26(日) 00:50:19.42ID:TyQg4z8Y
あんまり政治に興味なかったから
関心もなかったんだが、本当に捏造歴史刷り込まれてるのな
恐ろしくなったわ

334人間七七四年2017/02/26(日) 05:22:10.09ID:KKZSwom5
在日本の朝鮮学校とか、韓国の歴史教科書とか酷いもんだよ
朴槿恵はその辺り正そうとしたって話だけど

335人間七七四年2017/02/26(日) 12:29:01.09ID:dHzlphjQ
朴槿恵も韓国は5000年の文化とか言ってたぞw

336人間七七四年2017/02/26(日) 12:41:33.91ID:PQTgdbS2
徳川家康は朝鮮人だから出兵を嫌がっていた

337人間七七四年2017/02/26(日) 13:08:51.94ID:QpCqoCOe
家康は関東に転封されたばかりやぞ

338人間七七四年2017/02/26(日) 14:08:40.48ID:zY5W+7F4
秀吉は下賤だから同族嫌悪で半島へ

339人間七七四年2017/02/26(日) 19:43:32.76ID:TyQg4z8Y
秀吉いなかったらバテレン追放、刀狩りなしやろ。。
なんだかんだ秀吉いなければよかったは危ないと思う

340人間七七四年2017/02/26(日) 21:44:57.18ID:ch5vE242
何よりも唐入りで中朝と疎遠になった事が大きなメリットになった

341人間七七四年2017/02/27(月) 02:45:25.15ID:TO86vKat
むしろ和睦した家康がクズw
無理にでも攻滅ぼしといてくれたらよかったのに(笑)

342人間七七四年2017/02/27(月) 12:03:55.81ID:DYwA5hYP
滅ぼしたら朝鮮流民が日本に流入してきたかもしれんのやで

やるなら根絶やしにするしかないかも

343人間七七四年2017/03/01(水) 21:16:08.09ID:Hj/vArUv
家康は名君だから韓国人が優秀すぎる民族で
とてもじゃないが勝てないと判断したのだろう

344人間七七四年2017/03/02(木) 03:39:54.62ID:8gIRu/Z+
当時韓国なんぞ存在しないし、家康は明征伐に関与してないぞ
朝鮮学校卒でもちゃんと在住国の歴史くらい勉強しとけよ

345人間七七四年2017/03/02(木) 21:13:41.37ID:wsYxDCHW
この戦いで日本人より韓国人のが優秀な民族と歴史的に証明された

346人間七七四年2017/03/02(木) 21:44:38.63ID:q4pqGs4E
必死すぎる朝鮮関係者
頭が悪すぎる
歴史を語る資格がない

347人間七七四年2017/03/02(木) 22:21:28.31ID:3MYPFB2W
内政もまともにできない(今もだけど)治世だったから、白丁がすぐ降伏しちゃうんだっけ
朝鮮戦争の時もそれで米軍が手こずったとかなんとか
すぐ逃げるから支援の為に来た米軍が常に前線にいるとか訳分かんない事になるとか

348人間七七四年2017/03/02(木) 23:09:40.51ID:wsYxDCHW
反省しない日本に未来はない

349人間七七四年2017/03/02(木) 23:33:51.25ID:viFRmri+
でもベトナムじゃ韓国軍は大活躍したよ
民間人相手に
虐殺や強姦は韓国軍の担当だった
でも良く考えると第二次世界大戦でも朝鮮人兵士や朝鮮人軍属による捕虜虐待や強姦が多発していたし
昔からの御家芸か

350人間七七四年2017/03/03(金) 01:32:05.90ID:CkcKWbsl
お前ら韓国に対する愛はないのかw

351人間七七四年2017/03/03(金) 05:32:53.83ID:Rm99qwFr
やつらも日本に対してないじゃん
他人を愛せない人は愛してもらえないの

352人間七七四年2017/03/03(金) 06:37:20.41ID:BscbXuTP
だよな
元々は別に嫌ってなんていなかったけど、あれだけしつこく誹謗中傷を繰り返して喧嘩売られたら嫌いにもなるわ
もはや憎しみしかない

353人間七七四年2017/03/03(金) 07:09:48.78ID:BLuEpqCz
>>348
韓国や北朝鮮も反省しないから今の地位なんだよ
良かったね、ひとつお利口になって

354人間七七四年2017/03/04(土) 00:32:28.73ID:z3sCOUFi
よく優秀な民族アピールしてるけど
まじでいいところないなぁ・・・キムチとトンスルくらいか。。

355人間七七四年2017/03/04(土) 06:40:47.01ID:yeT3b/7X
ウンコ酒が良いところとは…

356人間七七四年2017/03/04(土) 06:54:31.68ID:1z1gPE94
そもそも属国の歴史が長いのに無理やり捏造して教育したりするから齟齬が生じるんだよ
過去は過去として教えて、これからは輝かしい歴史にしましょうってのが正しい教育
だから、国内で教わった歴史が嘘と分かって海外で火病を起こすんだわ

357人間七七四年2017/03/04(土) 10:46:23.52ID:z3sCOUFi
なんでも韓国起源にしたがるところとか哀れみを感じるが
ほっとくとほんとに韓国起源だったことにされるから笑ってばかりもいられない

358人間七七四年2017/03/04(土) 14:03:47.61ID:WCwFn9il
普通は、あんな馬鹿放っておけ、で終わりなんだけど
あの連中の厚顔無知な馬鹿さ加減は限度がないからな
こまめに叩き潰さないとゴキブリのように広がって手に負えなくなる

359人間七七四年2017/03/04(土) 15:18:59.89ID:XC+sQlcy
韓国人最低

360白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/05(日) 02:43:09.61ID:XF3h9Z6S
>>1
侵攻は速度で長期戦にした日本軍は朝鮮じゃ勝てません。
文禄の役で加藤・小西勢が北朝鮮で遼東軍反攻に負け潰走した時点で日本軍の勝ち目は無う
なったよ。
文禄の役でも、イケイケ加藤・小西軍の九州肥後熊本勢が遼東軍に反攻され、
受けに脆い九州勢は敗走して、潰走して逃げる九州勢を追って勢いの乗った遼東軍を叩いたんが
碧蹄館の戦いで、小早川の芸備勢が正面で食い止め、正面激突に脆い立花ら九州勢は
側面攻撃に廻したのう。
これで日本軍の勝利は無うても長期戦になる態勢に成っただけで、勝ち目は無ぁよ。
それが証拠に慶長の役じゃ、局地戦に勝っても、朝鮮の北部や中部に北上出来るだけの勢いは無かった
けんのう。はあ、日本軍の撤退時期だけの問題に成っとったけぇのう。日本軍の敗北は決定的じゃに。

361白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/05(日) 02:49:41.82ID:XF3h9Z6S
>>349
白兵戦でも、臆病な米軍たぁ韓国軍の方がベトコンとガチンコで戦うて当時韓国軍は
世界最強の軍隊と謳われたけぇのう。
 http://www.jca.apc.org/beheiren/kameyama.html
◆韓国兵のまじめさが、救いようのない悲劇だったに、「韓国軍はヘリや火器に依存する米軍を
臆病だといい(中略) 洞くつのなかにも飛び込んで、そのなかに ひそむベトナム人を 短剣で
刺し殺す。」と、あるが火力戦の勝ち負けと違い、接近戦闘、つまり白兵戦で負けた方は、
劣等感で負け癖がつくけんのう。
戦闘行動以前に部隊対抗の喧嘩でも同様じゃ。人間の有史以前からの生物的闘争本能と云うべきか。
白兵戦で勝った方は戦闘主導権を握れる。
「白兵格闘ーそれは敵兵と直接肌を接して刺殺し、組みつき、殴りつけ、瞬間の動作が、
そのいずれかの生命を奪うことになる。余程の自信と気迫がなければ、相手に気負けして
討ちとられてしまう。白兵戦は戦闘の最終の場面であり、最も原始的なものである。 いかに
最新兵器を駆使して、莫大な 物量を叩き込んでも、所詮は人間の対決である。」
朝鮮半島の兵士は、世界的にも精強の代表じゃし、今の日本の自衛隊たぁ強いよ。
http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2010/03/07/0400000000AJP20100307001000882.HTML
【ソウル7日聯合ニュース】韓国陸軍が先ごろ日本の陸上自衛隊員と江原道・洪川の科学化戦闘訓練団
(KCTC)でサバイバル戦を行い、勝利していたことが7日にわかった。
陸軍によると、日本の陸上自衛隊に所属する2尉や3尉の隊員12人は4日午後にKCTCを訪れ、
KCTC所属兵士らで構成された専門対抗軍12人と対決した。
30分余り行われた戦闘で、自衛隊員は11人が体にレーザービームを浴び、1人だけが「生存」した。
実際の戦闘であれば全滅に近い。一方のKCTC兵士らは、全員が無事だった。

362人間七七四年2017/03/05(日) 04:04:44.34ID:lmyue4nD
日本人最低(笑)

363人間七七四年2017/03/05(日) 08:04:55.46ID:nvpJgl8M
ジャップは謝罪しろ

364人間七七四年2017/03/05(日) 08:51:23.96ID:5Vm4iG7M
>>361
なんで調べれば分かる嘘つくの?
それ自衛隊は候補生なんで自衛隊ではないし、ソースが朝鮮ソースじゃない

365人間七七四年2017/03/05(日) 12:01:40.67ID:xV3LxuN6
本当に強い軍はベトナム戦争時の韓国軍みたいに非戦闘員を殺しまくったり、婦女子を強姦したりしません

366人間七七四年2017/03/05(日) 13:18:29.12ID:lmyue4nD
俺たちクソ日本人は歴史的に侵略ばかりの人類最低の民族だから
周辺国には謝罪し続ける必要があります

367人間七七四年2017/03/05(日) 14:29:19.57ID:VNkqtctp
謝罪されなきゃならないほど有史以来最弱であり続けた朝鮮民族
ということですかあ?

368人間七七四年2017/03/05(日) 23:37:17.80ID:ZP0vNc/F
>>366
なりすまし良くない
日本人って日本国籍を有する人だからね、在日は日本人じゃありません

369白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/06(月) 00:04:52.81ID:1p5e5h4T
>>364
嘘の根拠たぁ何なら? 「日本の陸上自衛隊に所属する2尉や3尉の隊員12人」が候補生云う
われの嘘こき根拠を提示せえや(笑)。
まあ、昭和の帝国陸軍戦闘体験者は軍隊のパレード行進観ただけで、今の自衛隊は弱いが韓国軍は
強いと判断されたけぇのう。そりゃあ解るよ(笑)。
>>365
ベトナム戦争で韓国軍が日華事変の日本軍ほど強姦した根拠も無ぁし(笑)。
>>367
朝鮮兵は>>361のように米兵ほどは弱う無ぁし、旧軍時代から並みの日本軍たぁ強いじゃろう。
ほいで、昔から半島壮丁は強かったよ。遊撃戦やりよった衣兵団でも、
「昭和十八年には半島人の現役兵が入ってきました。半島人は強かったですよ。
頭脳がすぐれているのも特徴でしたね」
まあ、平均的日本兵より、体力や機敏さ、理智的頭の良さも半島人の方が優れとるよ。

370白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/06(月) 00:19:16.01ID:1p5e5h4T
>>367
まあ、朝鮮人でも地域性で強弱があるけどのう。
http://blog.livedoor.jp/bagoly/archives/64757633.html
斯様に朝無人は一般に為すことも無く其日を送る遊惰の民であるが、併し其中で又色々気質の
相違もある、或る書に慶尚道の人民は他よりか勉強する美風があつて、農業や漁業をはげみ、
貯蓄心もあつて、文字を解する者が多く、性質もよく品行もマアよい方であるが、粗暴で
喧嘩好きなは咸鏡道の住民に多く、慾深く狡猾なのは全羅道の住民に多い、又愚昧で吝嗇
(りんしよく)なは黄海道に平安道、遊惰で奢侈(しやし)なは京畿道、忠清道、頑固で未開なは
江原道じやと書いてあつたが、果して如何であるか。
 斯う謂へば朝鮮人は実に取り柄の無い人間のやうであるが、併し使ひやうさへ善ければ随分役に
立つ、第一朝鮮人が物を負ふ力の強いことといつたら、実に日本の馬よりも重いものを負ふ、
中には六七十貫目の物でも負ふのは珍しくないそうであるから、よく督励して仕事をさせ、持ち
蓮びに使ふたら中々役に立つ、只なまけさせないやうに約束を守りて能く働くやうに監督が
肝要である。」
 ここの「第一朝鮮人が物を負ふ力の強いことといつたら、実に日本の馬よりも重いものを負ふ、
中には六七十貫目の物でも負ふのは珍しくないそうであるから」と、兵隊の基礎に必須な基礎体力
が平均日本人たぁ違うて頑強な肉体しとるし、甲種合格率上位常連の東北兵ほどの体力が
あったと観てよかろう。まあ、東日本で貧弱で体力に劣る平野部の多い関東地方じゃ、
朝鮮半島の兵にゃ対抗出来んけぇ、衣師団でも半島人にゃ脱帽で、東日本で朝鮮兵と
体力的に対抗出来るんは、東北と越後の兵くらいじゃろうのう。
東日本の戦国時代なら、最上、伊達、上杉の兵くらいよのう。

371白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/06(月) 00:41:52.41ID:1p5e5h4T
>>367
ほいじゃが、東北、越後の兵は機敏さに欠ける鈍重じゃし、理智知的能力も朝鮮半島の兵たぁ
劣ることを差し引くと、機敏な中国南部の広西兵や東北、越後の兵団が負けとることからも、
基礎的な面でぎりぎり半島兵に対抗出来るレベルでしか無なぁし。
兵隊は強いのに戦争が弱いこたぁ朝鮮と日本に共通するんは、上層部が無能ゆえ
じゃけぇのう。
 広西軍に関しては、抗日戦で「本当に頑張った」のは国民党の広西軍スレにも書いとるよ。
http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1440581115/
ここらからのう。
67 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU @転載は禁止:2015/08/30(日) 01:05:39.18 ID:aB2KSg9S
広西軍は強かったよ。さすが明代から土兵(チベット系土族兵)と並んで最強の狼兵(広西山岳民)と
して、対倭冦鎮圧に活躍し、英国兵を広西から撃退したけんのう。
広西兵は、体格も小柄にして剽悍で猿のようにすばしっこく、夜間も音を立てずに忍びよって
襲撃してくる。冬季作戦じゃ仙台第13師団の分哨が夜間、喉切られて、本隊も襲撃され、
会津若松部隊が壊滅に近いダメージ受け、仙台第13師団と名古屋第3師団を粉砕したけぇのう。
広西軍が嫌がるんは猪罠仕掛けられることで、広西軍の地元の南寧戦で、広島第11聯隊が
やりょったんじゃが、朝になったら夜襲してきた敵さんが足がはまって木に逆さ吊りに
ぶら下がっとるんよ。
広島師団と広西軍との戦いじゃ、白兵戦じゃ広島師団が強く、射撃火力戦じゃ広西軍の方が
強かったよ。じゃが、広西軍は白兵戦で負けても白兵戦を挑んでくるし、命知らずの勇敢な
兵じゃったんよ。英軍が広西軍に敗退した崑崙関じゃ…

372人間七七四年2017/03/06(月) 04:57:38.16ID:yawtZ6sV
下等民族猿ジャップは涙ふけよwww

373人間七七四年2017/03/06(月) 08:15:16.96ID:ZoXZLpbQ
池沼が召喚されたか

374人間七七四年2017/03/06(月) 10:17:58.99ID:81R1i9wM
牛のジジイまだ生きてたのか
すげー久しぶりに見たわw
しかも10年くらい前と全く同じ事やっているし、ずっと2chに張り付いてひたすら同じレスを繰り返していたのだろうか
かなり人生終わっとるな・・・

375白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/07(火) 01:48:01.33ID:JXvt3n5O
>>374
 わしん主張は本質的にゃ変らんよ。ほいから、われにわしん人生干渉される筋合いも無ぁわいのう。

376人間七七四年2017/03/07(火) 05:02:31.23ID:/IZdoA31
日本人猿

377人間七七四年2017/03/07(火) 07:47:35.51ID:U4A505oJ
>>374
アク禁が解けてはしゃいでるのかまた荒らしまわってるねw

378人間七七四年2017/03/07(火) 12:35:28.06ID:/IZdoA31
ネトウヨ

379人間七七四年2017/03/07(火) 18:56:29.37ID:vvC7DO5S
まあ、牛はコテ付けてるだけ菅沼の馬鹿よりはマシだけど

380人間七七四年2017/03/07(火) 21:13:37.48ID:NDBw8Dgm
韓国+北朝鮮
で李氏朝鮮
ゲロみたいな民族

381白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/08(水) 02:34:30.97ID:zGPEe5zT
>>379
コテ付けん奴隷民たぁ、カルトネット右翼の嘘姑きん方が罪深いし。

382人間七七四年2017/03/08(水) 02:35:38.32ID:3RkzMi/V
韓国ではソウル陥落はなかったことになってるなw

383人間七七四年2017/03/08(水) 10:08:04.28ID:h4SRY9US
中国の植民地だった歴史もなかった事に

384白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/09(木) 00:47:31.68ID:IJIkfWbK
 まあ、>>360で結論は出とるよ。
http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1439991355/
708 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU @転載は禁止:2015/09/07(月) 01:51:51.96 ID:K9VSzk3M
英米の支援が無うても、日華事変を長期化し泥沼化した時点で日本軍の勝利は無かったよ。
侵攻は速度じゃけぇ長期化、泥沼化したら駄目じゃし、日本軍の撤退は時間の問題になるわ。
敵さんの装備がええほど日本軍の撤退が早まるだけのこと。シコウ作戦で中国国府軍に負けた
時になったら、はぁ、駄目じゃわい。
>>680-707の昭和の聖将と云われた今村均大将は、先の大戦の敗戦の原因に、
「軍隊の慈悲心の欠如である。」と、され、 日清、北清、日露、シベリア事変まで守られた
戦陣道徳が昭和期に なると、
「しかるに時代がかわり、支那(日華)事変当初の指導者は、手間がとれ足手まといになる
捕虜や市民のあつかいをいいかげんにし、ただ入城だけを あせったため、いつでも敵の軍隊
そのものは逸してしまい、のみならず 支那兵をして捕虜になることは戦死と同様のことだと
観念させ、また 荒らされた市民の恨みを買い、敵軍の抗戦意識と後方の兵站線の不安を大きくし、
進むことは進み得るが、いつまでたっても敵は手をあげず、 ついに長期戦にしてしまった。
 すなわち、知る! 戦陣道徳。敵対する敵軍以外の者には、慈悲心をもって接することが、
迂遠のようで、じつは戦勝獲得の近道であることを」

385白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/09(木) 00:50:53.73ID:IJIkfWbK
>>384の続き。
710 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU @転載は禁止:2015/09/07(月) 02:21:26.75 ID:K9VSzk3M
水増しも含め、結局日本軍は鬼ごっこやりよっただけ
じゃし、中国軍は、本隊にダメージが出るようになると引くし、自国の中国軍に拉致されて
鎖に繋がれ逃げれんようにされた生贄の中国人が、死に物狂いで陣地攻略に来る日本軍を射って
来る間の時間稼ぎで中国軍本隊自体は逃げよるわけじゃし、逃げ遅れた者くらいしか成果が
あげられんけぇ、日本軍の攻略成果が三倍以上に水増し捏造した処で、敵さんは降伏せんし、
百々巡りよのう。結局日本軍の長期消耗度の点でも負けじゃし。秀吉の朝鮮の役と長期戦ド泥沼化
同様の愚を繰り返す日本は戦略や兵站云う概念を持ち合わせとらんのじゃけぇ、
日本軍は兵隊が強うても、戦争云う政略や戦略の概念じゃ歴史的に弱い国なんよ。

386白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/09(木) 00:54:06.00ID:IJIkfWbK
>>384-385の続き。
712 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU @転載は禁止:2015/09/08(火) 03:02:26.02 ID:BH5Ha9Xw
森金千秋氏の文から、
「昭和20年6月のシコウ作戦で完敗をしても支那派遣軍は、まだ自分たちが大局においても
惨敗の 状況にあることを認めたがらなかった。軍の幹部たちは戦争がもはやどうしようもない
段階にきていることに気がつかず、眼先の局地的な勝ち負け勘定を計算しては、自分たちは
勝っていると強弁していた。
彼らは戦争と戦闘、の区別もちゃんとつかめないようで、戦争という大きな経済行為を行う力が、
すでに日本軍になくなっていることが、理解できていないようであった。」
 「泣きどころのもっとも大きなものは、肝心の弾薬が底をついていることであった。師団の予備
弾薬は、作戦に使用する一会戦分をあますのみであった。一会戦分とは、一個師団の一週間の
行動で、敵と二回戦を戦う弾薬量である。最前線がこのありさまだったから、後方の兵団では
もっと窮迫していたはずである。
戦争で負けるというのは、つまりそういう手も足もでない状態におちいってしまうことであり、
支那派遣軍は負けるべくして負けたわけであるが、軍の幹部は、面子にこだわって名誉ある停戦に
固執していた。今更面子もないものだが、停戦の条件いかんでは支那派遣軍独自で継続することも
ありうると不穏な空気もなかったわけではないが、蒋主席の「暴に報ゆるに徳を以てす」と有名な
呼びかけのっかって面子をたもつつもりになったようだ。これで面子がたもてたと考えるのは、
おかしな話で、日本軍が「暴」であり、中国軍が「徳」であることを認めて、どうして名誉ある
停戦になるのか、理屈もなにも通らぬ話だが、せんじつめれば、何のことはない、自分たちの
生命が惜しくなっただけではなかったのだろうか。」

387白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/09(木) 01:17:48.14ID:IJIkfWbK
このスレのIQ知能指数が低いと思われる嫌韓カルトネット右翼らも、>>386の無能な日本帝国の
IQ知能指数が高い秀才エリート高級軍人と同しことを云う。
「まだ自分たちが大局においても惨敗の 状況にあることを認めたがらなかった。軍の幹部たちは
戦争がもはやどうしようもない 段階にきていることに気がつかず、眼先の局地的な勝ち負け勘定を
計算しては、自分たちは 勝っていると強弁していた。 」
嫌韓カルトネット右翼も文禄・慶長の役の局地戦で勝った、勝った云いよんじゃけぇ(笑)。
大局の敗北を都合良う忘れさせるんが局地戦の勝利じゃし。
日本の上層部の秀才らは細部も緻密な計算しても大局は観んけぇのう。無能な日本帝国の
秀才高級軍人に考えが近い典型は石田三成じゃろう。頭はキレて緻密な計算はしても大局は
観とらん処なんかものう。

388人間七七四年2017/03/09(木) 11:43:09.10ID:tqvOdxRL
ジャップども早く謝罪しろ

389人間七七四年2017/03/09(木) 11:48:57.38ID:xKIWiQbz
おいチョンコゴキブリ
母国が南北とも瀕死だぞ
早く帰って協力しないとまた同胞からまでゴミ扱いされるぞ

390人間七七四年2017/03/09(木) 15:05:48.55ID:GwtGpIHD
日本人は性格悪いですか?

391人間七七四年2017/03/09(木) 15:18:55.63ID:1COtvk0V
>>390
お前の国籍を書いてみろよ

392人間七七四年2017/03/09(木) 18:21:45.74ID:tqvOdxRL
李舜臣にボコボコにされたジャップどもw

393人間七七四年2017/03/10(金) 06:04:47.40ID:vlLqaPEo
日本人はうんこですか?

394人間七七四年2017/03/10(金) 06:20:35.33ID:iSkGqYMk
このコテの人検索したらヤバい話しか出てこないんだけど、どういう人なの?
ソースも朝鮮ソースか極左ソースだし

395人間七七四年2017/03/10(金) 13:42:09.90ID:wDL4FHpF
制服する価値が全くない
秀吉がバカ

396人間七七四年2017/03/11(土) 03:41:45.49ID:OE0TJUMQ
明の最大の税収源は富裕な蘇州とその周辺の江南地域
江南の豊かな物資を、大運河を通じて北京まで運ぶことが、明にとっての生命線だった

外洋水軍を作って遠征し、長江河口から侵入、
常州から揚州にかけての運河沿いのラインを占領維持し続けられれば、
明を経済面からグイグイと締め上げることができる

特に揚州は塩の生産取引の中心地だったので、巨額の塩税の源

397人間七七四年2017/03/11(土) 06:46:09.52ID:Wa8bAvto
>>396
当時そんな情報なんてわかるはずないだろ
朝鮮の地名すら赤国、青国って言ってたくらいだしな

398人間七七四年2017/03/11(土) 07:56:01.25ID:A36ik9jV
朝鮮人は優秀ですか?

399人間七七四年2017/03/11(土) 15:22:19.52ID:c+wsNKSV
北朝鮮と韓国の現状を見ればわかるだろ
唐入りから400年経っているのに、まったく進歩していない

400白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/12(日) 01:01:32.51ID:KhzkZ/VG
>>396
東シナ海の制海権自体明が握っておったゆえ、日本は参入すら出来んよ。
明の大型船が登場すると倭冦が逃げよった状況で、日本は大型船文化に乏しいし。
>>371の倭冦鎮圧の広西系狼兵軍も、日本の並みの地域軍たぁ強いけぇのう。

401人間七七四年2017/03/12(日) 01:32:48.28ID:msGZr8GC
そもそも西国大名勢だけでも日本勝ってたし
秀吉が長生きしてれば明まで行ってたな

402人間七七四年2017/03/12(日) 06:44:53.62ID:ji3KnlVw
制海権というか港町すらあまりないけどね...倭寇の対策は海岸に集落を作らせない海禁令だから。
ちなみに今の中国の大きな沿岸都市は列強が整備したもの。

403人間七七四年2017/03/12(日) 11:59:14.76ID:YtKh2vTG
朝鮮ってのがな・・
日本が大陸進出の為に橋頭堡を築くには朝鮮半島が最適なのだが、朝鮮はあまりにも貧しく朝鮮民族も当てにならない
むしろ足枷になって併合後は日本にとって頭痛の種でしかなかった
何せ中国が何千年も併合もせず放置していたくらいなので、どういった土地なのか容易に想像できるであろう
大陸進出の為に朝鮮を避けて通れないという時点で日本の作戦は成功する可能性はなかったのだわ

404人間七七四年2017/03/12(日) 16:19:13.23ID:6vLQySsT
韓国人うざ

405人間七七四年2017/03/13(月) 00:21:15.15ID:Fe5cED3J
          ____
       / \  /\  キリッ
.     / (ー)  (ー)\   この戦いで日本人より韓国人のが優秀な民族と証明された
    /   ⌒(__人__)⌒ \
    |      |r┬-|    |
     \     `ー'´   /
    ノ            \
  /´               ヽ
 |    l              \
 ヽ    -一''''''"~~``'ー--、   -一'''''''ー-、.
  ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) )  (⌒_(⌒)⌒)⌒))

406人間七七四年2017/03/13(月) 00:22:00.20ID:Fe5cED3J
        /_ノ  ヽ、_\
 ミ ミ ミ  o゚((●)) ((●))゚o      ミ ミ ミ   だっておwwwwwwwwww
/⌒)⌒)⌒. ::::::⌒(__人__)⌒:::\   /⌒)⌒)⌒)
| / / /     |r┬-|    | (⌒)/ / / //
| :::::::::::(⌒)    | |  |   /  ゝ  :::::::::::/
|     ノ     | |  |   \  /  )  /
ヽ    /     `ー'´      ヽ /    /
 |    |   l||l 从人 l||l      l||l 从人 l||l
 ヽ    -一''''''"~~``'ー--、   -一'''''''ー-、
  ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) )  (⌒_(⌒)⌒)⌒))

407白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/13(月) 00:49:13.80ID:UUX7RE5c
>>401
侵攻は速度の機をのがした西日本ですら勝てんかったし、鈍重な東日本なら尚更朝鮮に勝つんは
無理じゃけぇのう。
>>402
制海権は海域全体を押さえる戦艦軍事力じゃし、隙間コソコソで明の大型船が来たら逃げる
倭冦にゃ無ぁし、ポルトガルや後のオランダも東シナ海の制海権は取れなんだんじゃし。
>>403
朝鮮もさほど貧しゅうも無ぁし、日本人たぁ食生活は豊かじゃったけぇのう。
ほいじゃが朝鮮民族は、昨日は会津、今日は長州の薩摩人同様節操が無うて手の平返しはするよ。
朝鮮の役でも薩摩の出兵を遅らせたんは、明との内通疑惑もあったけんのう。

408人間七七四年2017/03/13(月) 18:40:10.91ID:RL8tJbQI
ジャップども早く謝罪しろ
おまえらの罪は永遠に消えないぞ

409人間七七四年2017/03/13(月) 23:26:13.83ID:aTVa9M87
台湾に攻め入る可能性はなかったの?
台湾が何万石相当か分からないけど琉球台湾抑えたら貿易で潤っただろう
あとマラリアは土着して数世代経つと耐性できたのかね?
西郷従道の時はマラリアに苦労したみたいだけど
第二次大戦で兵隊さんはマラリアでかなり死んだのに
日清勝利後の台湾統治ではマラリアで多数死んだ話は聞かないな

410人間七七四年2017/03/14(火) 00:11:30.00ID:LAdNfzBk
>>408
気持ちわるいな…
また蹂躙されたいのか?w

411白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/14(火) 02:20:15.53ID:hUuQA64F
>>409
マラリアは南支の中国南部でも、日本の将兵の戦力を奪うたけぇのう。
第二次大戦じゃマラリア以上に前線将兵の餓死云う深刻な状況じゃったし。
>>410
九州も中国地方から常に蹂躙されたけぇ、朝鮮人の気持ちに同感出来るんかいのう(笑)。

412人間七七四年2017/03/14(火) 06:30:27.63ID:fHJf0e7x
万暦帝は超がつくぐらいのドケチだから、

大運河のルートを押さえられて、江南からの財源を断たれるのは一番嫌がるだろう

常州〜鎮江〜揚州のラインを占領して、講和の条件交渉だな

413人間七七四年2017/03/14(火) 23:52:06.91ID:uIA5rZXw
日本土人は日本からでていけ!!

414白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/15(水) 00:54:11.51ID:QuETAnAF
>>409
 戦場は野外じゃし、中国南部でも、日本将兵はマラリアや他の病気にも苦しんだよ。
>>412
 日本にゃ無理じゃし、南蛮のイベリア半島勢力にも無理な妄想云うてもつまらんよ。

415人間七七四年2017/03/15(水) 12:59:01.90ID:WvRIMPZf
そんなに在日が嫌なら日本人が日本から出ていけばいいのにな
ネトウヨ頭悪い

416人間七七四年2017/03/16(木) 09:02:47.26ID:nOM01i0a
本当に馬鹿ウヨはすぐ歴史を捏造するよな
勝ってたとか(笑)
いくら日本人が世界一アホといってもこれはないわ(笑)

だが馬鹿ウヨのせいで韓国のほうが歴史を直視してるとはっきりわかる

417人間七七四年2017/03/16(木) 13:04:51.41ID:kDU7xFwI
>>416
漢字を読めない韓国人が
自国の歴史を直視できるのかよ
マジレスをくれ

418人間七七四年2017/03/16(木) 15:55:40.19ID:dKPDMP2u
明治の旧字体の新聞や書物はルビ無しで読めるし
白文はほぼ分からんが訓読漢文なら読み下せる
結構漢字が得意な俺でも幕末から明治後半のご先祖達が書いた
草書体のくずし字はスラスラ読めんし半分も分からん
戦後に書かれた曾祖母さんの綺麗なくずし字でも7、8割くらいしか分からん
少し素養があるから7、8割分かるが普通の人なら読めないだろうと思う
古文書学者も一部読めなくて古文書の当該箇所を□に仕方なくする場合もある
日本でも断絶しかかっている現実がある
現状ベトナムや韓国みたいに学者じゃないと過去の文献は読めないからね
もっともベトナム韓国は漢字を読めないが日本は草書体のくずし字の古文書という違いはあるが
御触書みたいな誰でも分かる文や楷書で書かれた文献は当然読めるが普通の現代人は候文が分からんだろう

419白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/17(金) 01:43:47.67ID:vngwqU2F
>>418
平成育ちの若いもんは、わしが「海」と書いても、ひらかなと間違うて「しあ」と読み
よんじゃし(笑)、ほいじゃあ「毎」は「あ」と読むんかと笑うたことがあったのう。
「思」を「里」と勘違いするもんもおったのう。
そがぁな若いもんの間違えを笑うわしでも、戦前世代の草書は解読出来ん箇所が何回もあるよ。
まあ、江戸期は草書文字の読み書き出来る庶民は逆に楷書が読めんこともあったし。

420人間七七四年2017/03/17(金) 07:10:20.61ID:nFahEZZu
おう、さっさと成仏しろよ

421人間七七四年2017/03/17(金) 18:41:09.48ID:D6GY5Ll0
江戸期をまるでみたように語る

422人間七七四年2017/03/17(金) 22:37:41.49ID:WUI03Q6T
ネトウヨ安倍も辞任ほぼ確定だしやっと日本もまともになるな

423人間七七四年2017/03/19(日) 11:53:14.53ID:ISNu7ON8
          ____
       / \  /\  キリッ
.     / (ー)  (ー)\   この戦いで日本人より韓国人のが優秀な民族と証明された
    /   ⌒(__人__)⌒ \
    |      |r┬-|    |
     \     `ー'´   /
    ノ            \
  /´               ヽ
 |    l              \
 ヽ    -一''''''"~~``'ー--、   -一'''''''ー-、.
  ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) )  (⌒_(⌒)⌒)⌒))

424白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/03/20(月) 03:18:22.40ID:cAHFAfGF
>>422
 ネトウヨを扇情する極左パヨクが安倍ちゃんじゃし(笑)。

425人間七七四年2017/03/20(月) 23:29:54.73ID:CNralzTp
>>409 秀吉が唐入りだと宣言しているのに、台湾へ攻め入るのでは変だろう。
でもフィリピンを征服する計画はあった。
当時の台湾はオランダの城があったので、それを奪取するのが日本にとっても
割りが合う作戦だったと思われるが、やはり朝鮮半島に上陸するのと違って
台湾やフィリピンは遠すぎた。

426人間七七四年2017/03/21(火) 00:38:11.84ID:vZGc+cN1
>>425
オランダ人やスペイン人はマラリアに苦しまなかったの?
これについては東南アジアを植民地にした国家総てに言えるけど

427人間七七四年2017/03/21(火) 13:06:45.13ID:+q2Sbbge
>>425
>時の台湾はオランダの城があったので
ない
年表でよく確認しろよ

428人間七七四年2017/03/21(火) 17:04:13.11ID:TRdmTuKz
明治の台湾征伐でも戦闘よりマラリアで苦しんだからな

429人間七七四年2017/03/22(水) 12:59:10.48ID:MUfHVGfm
我々日本人の犯した罪は重すぎる

430人間七七四年2017/03/22(水) 14:35:35.39ID:nVBEW0v4
世界全体の為にもあんな民族はまるっと消滅させておくべきだった

431人間七七四年2017/03/22(水) 14:44:40.14ID:qDeBCmPJ
かかわっちゃいけない

432人間七七四年2017/03/22(水) 17:39:09.77ID:rZTBSAGb
半島を掃除しなかったのは豊臣政権最大の罪だよな

433人間七七四年2017/03/23(木) 03:05:46.00ID:krSDUAUi
明なんかどうでもいいから半島に絞って滅ぼすべきだった

434人間七七四年2017/03/23(木) 07:25:29.42ID:Z7ATymKY

435人間七七四年2017/03/24(金) 00:35:27.86ID:v65/FH/y
沖縄は中国に九州と西日本は韓国に譲渡しようぜ
日王と安倍は切腹で
これくらいすれば許してくれるかも

436人間七七四年2017/03/25(土) 14:38:21.68ID:/6CA7ADf
当時の朝鮮て鎧どころか服すら着てたか怪しい
近年まで乳だしてたって聞いたで。。

437人間七七四年2017/03/26(日) 00:45:44.90ID:sn7BRuPY
>>436
まあ簡単な服は着てたでしょ。
ただ明も兵卒は鎧なんかなくて分厚い綿入れの服を鎧代わり(清末までそんな感じ)で、日本の胴丸みたいなのすら着けてないからそう威張れる程とは。
まぁ日本は日本で足軽だと胴丸に男児帯一丁もありうるから、朝鮮よりか防御力はマシ程度ではあったけどね。

438人間七七四年2017/03/26(日) 13:10:53.77ID:PfmlZe7H
元寇のとき威力を発揮した
てつはう
は使われなかったのか?

439人間七七四年2017/03/27(月) 01:02:23.07ID:HdHun+AQ
んなわけねーだろ
朝鮮は金属の技術が日本より進んでた

440人間七七四年2017/03/27(月) 11:44:35.95ID:OtgXkK1O
陶磁器は朝鮮が進んでいたのは連れ帰ったのだから確かだけど
文官支配の朝鮮が武器必須の日本より金属製品の製法が進んでいたの?

441人間七七四年2017/03/27(月) 12:54:49.25ID:vnpXVyNJ
冶金学的に進んでいたのかは知らんが、少なくとも火器に関してはかなり遅れていたな
明兵の甲冑は堅くて刃が通らず苦戦しているという記述があるので、中国の甲冑は結構高性能であったようだけど

442人間七七四年2017/03/27(月) 17:53:27.42ID:Y3eCkyzO
鉄砲の前では重い鎧など無意味

443人間七七四年2017/03/28(火) 05:15:44.27ID:X5tlHoNr
ジャップども早く謝罪しろ
おまえらの罪は消えないわ

444人間七七四年2017/03/28(火) 11:34:53.06ID:2qHLJ0QU
泥棒民族朝鮮人
最古の泥棒記録も朝鮮人w

445人間七七四年2017/03/28(火) 12:43:20.18ID:Pp7PwO+y
緒戦シベリアの方まで行く必要があったのか?
オツムが世界征服だよなヒットラー的思考
最初から南朝鮮の支配権程度が目標なら可能だった

446人間七七四年2017/03/28(火) 13:01:11.79ID:TNSzoE6P
>>443
何度も謝罪して、もう蒸し返しませんて約束までしてるのに
何もなかったかのように破ってくるのが朝鮮なんだよなぁ

447人間七七四年2017/03/28(火) 13:38:15.36ID:3WGFUmGN
秀吉が勝利して400年も半島を統治してたら
今頃、何を言われてるかわからないぞ
得るものはほぼ皆無だ、不毛の大地、愚劣な人民

448人間七七四年2017/03/28(火) 13:57:49.03ID:sPyUJXUS
>>446
この場合の罪って皆殺しに出来なかった罪だからねぇ
謝罪するしかないよ

449人間七七四年2017/03/29(水) 17:35:41.21ID:HSD6VOHS
俺たち日本人はゴミ以下の人間
韓国人に奴隷のように使われるしかない

450人間七七四年2017/03/31(金) 07:04:57.10ID:ay9EKV4S
モンキージャップども早く謝罪しろ

451人間七七四年2017/03/31(金) 11:37:21.41ID:iAlJiG58
俺たち日本人は ゴミ以下の人間韓国人 に使われたくはないので諦めてくれ

452人間七七四年2017/03/31(金) 15:16:52.46ID:7wjezzyt
朝鮮ゴキブリは駆除しないとな
あいつらチャバネゴキブリより広域に繁殖していから始末に悪い

453人間七七四年2017/04/01(土) 08:38:56.63ID:+iv50HXs
モンキージャップは関東大震災の時に
朝鮮人が井戸に毒を入れたって言って
たくさん虐殺したからな
ナチスより残虐な野蛮民族だわ

454人間七七四年2017/04/01(土) 12:31:09.78ID:FlNfYzIo
馬鹿はすぐナチスと比べるんだよなw

戦後、日本が敗北すると朝鮮人は
我々は戦勝国だ!といい
土地の不法略奪、金品略奪、強姦、銀行襲撃、殺略、警察襲撃など
暴れ放題の限りを尽くしていた。

国有地も、都心駅前一等地周辺も、軒並み不法占拠した。
そしてそのまま、パチ ンコ屋、飲み屋、風俗店等々が出現し
そのまま彼らの土地として登記され現在に至っている。

駅前に在日が多いのはこういう理由
悪行の限りを尽くして、叩かれると悪いのは全部日本のせいという
他にいっぱいあるけど語るのもめんどい
まぁ史上最低の民族と言わざるをえないねぇ・・・

455人間七七四年2017/04/01(土) 14:33:02.76ID:ZTysVRf6
朝鮮人は侵略されるばかりの超絶弱小劣等民族
侵略する価値もないのにね

456白馬青牛 ◆oX4f.r63wL58 2017/04/02(日) 01:54:50.31ID:YRDJAL6p
>>455
その朝鮮に、負ける戦争した秀吉の無能ぶりや、作戦指導の戦さ下手の石田三成云う無能上層部を
日本は抱えておるわけじゃし、日本は朝鮮にゃ勝てんよ。

457人間七七四年2017/04/02(日) 08:30:48.60ID:4TcSM0hB
>>456
秀吉の作戦指導にどこに問題があったのかね?弱小民族朝鮮人君?

458人間七七四年2017/04/02(日) 10:24:31.65ID:iUC2wxnG
朝鮮の土地の貧しさに苦戦はしたが朝鮮人には負けてないんじゃないか

459人間七七四年2017/04/02(日) 14:41:07.43ID:vPkQXJuH
バルカン半島、イタリア半島、朝鮮半島
半島人は屑ばかり

460人間七七四年2017/04/02(日) 15:48:03.66ID:a9KhTM2S
半島という立地の半端さがそうさせるのか?

461人間七七四年2017/04/02(日) 15:54:15.59ID:O+8T9o12
朝鮮は特別だろ
バルカン半島やイタリアに謝れ
ああユトランド

462人間七七四年2017/04/03(月) 01:30:29.06ID:k9pCgFCM
>>456
三成は馬鹿かもしれないが、無能ではないよ
無職三成が東軍と戦えるだけの戦力を確保したってだけで尋常じゃないだろ、、

463人間七七四年2017/04/03(月) 09:45:35.62ID:MPpnB0gl
>>462
同意。
最近、やたらと三成を貶める奴いるよな。
豊家の為か己の為かはさておき、あれほど大風呂敷を広げた気宇を、どうして評価してやれんのだろうか。

464人間七七四年2017/04/03(月) 17:04:34.15ID:oiUUWrhU
巨いなる企て

465人間七七四年2017/04/04(火) 21:12:01.17ID:gXrFNvGx
モンキージャップども早く謝罪しろ
同胞達を虐殺したのを許さんわ

466人間七七四年2017/04/04(火) 21:56:16.30ID:QRVJWuYt
明と友好同盟を結び朝鮮を侵略ってのは可能?

467人間七七四年2017/04/05(水) 16:00:05.24ID:/l74z31U
明と友好同盟って
バカかよ

468人間七七四年2017/04/05(水) 18:08:12.60ID:hnqom5Ia
女真のヌルハチと同盟なら分かるが
それでも明征服に数十年かかりそうだ

469人間七七四年2017/04/05(水) 22:32:38.96ID:D2EAwU69
韓国人てなんでわざわざ外国の掲示板にまで介入してくるんや
ほんとキモイ
自国の掲示板で暴れてればええやん

470人間七七四年2017/04/06(木) 01:21:50.82ID:5HhQA3qF
持久戦に持ち込めば明も持たなかった
その前に豊臣家が持たなかったけど
秀吉は誰に戦線を継がせようとしていたの?息子はガキだし島津も資金出して貰わんと
現地で収奪しなさいかい、泥縄作戦過ぎる

471人間七七四年2017/04/06(木) 15:04:19.85ID:unMimmds
どーしてそんなに朝鮮にかかわりたいのか?

472人間七七四年2017/04/06(木) 18:50:47.15ID:avaiRgcw
本気で大陸進出を狙うなら足を引っ張る半島のゴキブリは殲滅して入植しながら北上する以外に手はないな

473人間七七四年2017/04/06(木) 23:16:20.44ID:Pc5H/ao2
朝鮮人からしたらここはネトウヨスレに見えるんだろう
真実話してるだけなのにネトウヨガーとか言い出して
聞く耳もたないからどうしようもない

474人間七七四年2017/04/09(日) 11:33:15.72ID:dAbBFSdD
キチガイジャップ早く謝罪しろ

475人間七七四年2017/04/09(日) 14:07:04.84ID:oiwhJHSo
段階的に南部4道を割譲させ、その後再戦して平安道以外を取得、
最後に平壌も占領して朝鮮は表向きは明に服従する親日政権の国にすればよかったんだよ。

朝鮮軍だけなら的じゃないんだから

476人間七七四年2017/04/09(日) 15:16:32.10ID:0KHaeJsz
それが敗因なのだよ
実際そう言った統治をしようとしたけど失敗した
まずは朝鮮人が普通の人間でない事を認識しないといけない

477人間七七四年2017/04/09(日) 21:38:25.49ID:crL4lCo/
朝鮮に渡った軍の中で
リーダーシップを発揮できる総大将的な存在がいなかったことに尽きる。

家康か利家クラスが朝鮮に渡って総責任者やってたらちょっとは違ってたか・・・?

478人間七七四年2017/04/09(日) 21:49:51.46ID:oiwhJHSo
それもあるけど予備兵力の不在

八道担当の部隊に加えて予備隊や遊撃戦力であと4個軍、5〜6万の兵があれば勝てた。
近畿、北陸、東海、甲信から呼べば簡単に編成出来る。

479人間七七四年2017/04/10(月) 13:41:34.85ID:ynbWJu4i
半島が予想以上に貧しくて現地での統治による収益が見込めなかったからな
国内からの兵站を維持するにはあれ以上の増員は難しい

480人間七七四年2017/04/10(月) 23:05:50.90ID:gEAgp60e
いまさら、5万程度の増員なら問題ない。
最も豊かな全裸道に侵攻するしかないのだから。

481人間七七四年2017/04/11(火) 09:47:01.27ID:LjEzInkN
5万程度って・・・
日清日露の頃ですら1個師団増派するのにもかなりの決断を要したのに
この時代に万の軍を渡海させて兵站維持するのは至難の技だよ

482人間七七四年2017/04/11(火) 09:51:28.02ID:lS2GsdJG
徳川を送り込めばいい

483人間七七四年2017/04/11(火) 22:22:06.83ID:8NPb2SFj
絶対に講和しないで戦い続ける。文禄・慶長も戦い続けていれば朝鮮は内乱で潰れていたろう。

484人間七七四年2017/04/13(木) 00:33:32.58ID:7UB/ZRy/
今月中に平成の役が始まるからどうやって責めるか考えようぜ

485人間七七四年2017/04/13(木) 09:36:02.88ID:xHr8aLWP
アメリカ様に核ミサイル撃ち込んで貰って殲滅終了が理想かな

486人間七七四年2017/04/23(日) 12:38:26.39ID:wNs3ZcbH
キチガイジャップども早く謝罪しろ

487人間七七四年2017/04/23(日) 14:34:19.31ID:YgEB5ALa
>>486
だれになにを謝罪するの?

488人間七七四年2017/04/23(日) 16:21:47.42ID:7GAYED3t
>>487
世界に対してバカチョンゴキブリを駆除しなかった事を謝罪するのです
日本は半島を豊かにしてしまったので害虫が繁殖して世界中に迷惑をかけるハメに

489人間七七四年2017/04/29(土) 22:44:42.73ID:FESNzZsI
もう朝鮮に関してはネトウヨのが圧倒的に正しいといわざるをえないな

490白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/04/29(土) 23:32:35.36ID:Tmbegf30
>>478-483
東日本の烏合の衆らの鈍重兵力集めても無理じゃわいや、侵攻は速度で。
膠着して長期戦に成ったら地元優位となり敗北撤退の運命は避けられん。
敵側の装備の問題で時間の差が出るだけじゃけぇのう。
朝鮮にとった敵は日本軍での団結じゃし内乱は起きんよ。
内乱なら日本の方になろう。指揮系統と軍令をはき違えとる石田三成さんもおってじゃし。

491白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/04/30(日) 00:10:46.71ID:Bb9+80SU
>>457
日本と朝鮮じゃ対外戦じゃ朝鮮の方が強いとも云えるけぇのう。
新羅が全盛期の大唐帝国に勝ち、高麗が契丹に勝ち、蒙古に負けたが、遊撃戦で手こずらせ、
日本遠征頃は元軍は疲弊しとったけぇのう。
秀吉は兵站云う思考力が無ぁ余りにも日本的な世界じゃ通用せん人物じゃし。調略のみで兵站広げ、
明智勢返り討ち出来たくらいで、敵兵と戦うて兵站広げるんは速度でのんびり調略じゃの日本的な
政治芸なんか通用せんわ。
>>462-463
吉川広家さんは、蔚山の独断奇襲で、石田三成の軍令違反扱いを秀吉にチンコロ(密告) されたけぇ、
状況による機会を失わん戦さの判断も出来ん戦さ知らずのお役人の石田や安国寺の坊さんの愚かさよ。
蔚山で加藤清正さんと共に籠城戦続けた毛利勢も、吉川広家さんは、戦さ知っとる武将としての信用を
持ったわけで、 吉川広家さんを戦さなら当然のことと秀吉に取りなしたんが徳川家康よ。個人として
家康に義理が出来たのう。ほいで、加藤清正は 吉川広家さんの武勲に感心して馬印を呉れたんで。

492人間七七四年2017/04/30(日) 02:24:35.26ID:11+RkJBD
読みにくいから読まんは。
もう1回日本語学校で学びなおせよ。

493人間七七四年2017/05/02(火) 00:18:01.14ID:i6cSmn9D
Q.どうして毎回朝鮮は日本に征服されるの?





A.雑魚だから

494人間七七四年2017/05/02(火) 00:36:16.75ID:JnsHTzfo
>>493
文禄・慶長の役は日本側の敗北じゃし、朝鮮半島を軍事を交えず統治支配した近代の一回だけ
じゃのう。毎回じゃの妄想・捏造してもつまらんど。

495白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/02(火) 01:25:26.82ID:JnsHTzfo
>>477
リーダーなんか関係無ぁよ。>>491の蔚山の独断奇襲も吉川広家さん自身が考えとるわけあるまあ。
戦闘のベテラン勢である部下の国衆の進言からじゃろう。
国衆「殿さんよ、今が好機ですわ、機会逃したら戦闘主導権は奪えませんで」
広家「軍令の通達じゃ、違反に成っとるが、味噌汁(戦闘経験)の数が多いい、皆が云うんならそうせえ!
責任はわしが取るよ」
国衆「わしが距離詰めますけぇ、殿はのう、合図したら指揮だけ執ってつかいや。敵さんの最も強固な
処を皆で潰しゃ勝負が決まりますけぇ。おう、行くど。」
こがあな会話で決まったんじゃろうて。神輿に担がれとる殿さんたる大将たる殿さんが稚拙な命令出したら、
部下は動かんよ。
良き指揮官たぁ、神輿に担がれとる自己を認識し、部下の進言に「「そうせえ!」じゃの「よきに、はからえ」
と部下に任して責任だけは、自分が取る覚悟がありゃあええんよ。

496白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/02(火) 01:57:35.66ID:JnsHTzfo
>>462-463
三成の短絡思考を支えとるんは、秀吉方式の大量兵力動員云う数の合理主義じゃろう。
まあ、明の中国国内でも、大量兵力動員したら数の合理主義で敵さんは降伏する概念があったが、
北方騎馬民族や同系の朝鮮人や日本人は数の合理主義を無視するけぇのう。
明と同様の思考方式の秀吉は数の合理主義の為の調略で自分の陣営に加える兵力増加計算で、
一度負けた家康も兵力動員力で屈し臣下になったことや、関東の北条も大量兵力動員で根を上げた
成功例から安易に朝鮮に手を出したが、朝鮮はレジスタンスの国柄じゃけぇ王族が降伏しても、
義兵が遊撃ゲリラ戦するけぇ、秀吉の無能な計算は破たんしとるんよ。
家康も兵力動員数で秀吉に屈したよう、東国の兵力動員数戦闘ばっかし経験しとるけぇ、
秀吉と同レベルの発想しかあるまあけぇ、家康が朝鮮侵攻しても、結局撤退云う敗北になろう。

497人間七七四年2017/05/02(火) 03:54:25.90ID:Q0ERLPPV
>>496
全く読んでないけどこれだけは言える


タヒね

498人間七七四年2017/05/02(火) 07:31:24.15ID:4+h7+wok
                                     , r '" ⌒ヽ- 、
                                    //⌒`´⌒..\`ヽ
    (.`ヽ(`> 、                         .{ / /  \  ::::::l )
     `'<`ゝr'フ\        国士無能・・!       .レ゙ (◯) (◯) :::::!/
  ⊂コ二Lフ^´  ノ, /⌒)                   .../    ー'  'ー   .:::|
  ⊂l二L7_ / -ゝ-')´                    /   (_人__)   .::::::::|
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499人間七七四年2017/05/02(火) 11:59:39.63ID:bgMu5lFw
朝鮮の農民が王朝に不満たらたらなのを良く理解してれば、現地の民兵を組織して朝鮮人に朝鮮人を侵略させて、日本は上前をはねてれば楽だったんじゃね?
日本につけば、土地やるぞー、年貢は当分免除だぞー、借金チャラにしてやるぞーでいけたと思うが
むしろ、侵攻先が琉球ならなあ
琉球の次に台湾取って、大陸や東南アジアとの貿易路をしっかり整備したほうが儲かるし、海賊を組織して大陸を略奪するのもあり
朝鮮なんて不毛すぎて手を出す場所じゃねー

500白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/03(水) 00:55:53.98ID:HxiMMTgA
>>499
朝鮮の農民は、日本遠征軍の被害じゃけぇ、味方を失うたよ。朝鮮住民を慰撫しとったら、
短期間で朝鮮を攻略む出来とったろう。上前が日本側が多かったら離反するし日本側が負けるよ。
琉球は薩摩が取りたいけぇ、秀吉の邪魔するじゃろうし、台湾はましてや無理で、
日本は海戦力が無ぁし、東シナ海自体の制海権は明が持っとったし、倭冦が隙間ついても、
明の大型船が来たら潰されるけぇ逃げるしかなかった程度で、ポルトガル南蛮船が東シナ海の利権に
海戦力の弱い日本食い込んで来たが、明の中国にゃ弱腰じゃったし、後のオランダも台湾で介入しようとしたが、
ツングース系女真王朝の清に潰されたよ。
中国は17世紀以降の台湾や東南アジアへの華僑の移民で市場確保したが、日本は東南アジアへ売られた
奴隷が日本人町作っても、残っとらんけぇのう。海洋国家としても、日本よりも中国の方が遥かに上じゃし、
19世紀以降西洋や日本が一時、東シナ海を取っても21世紀の現在じゃ中国が回復して取りよるし、
アメリカも譲歩するばっかしじゃけぇのう。

501白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/03(水) 01:07:40.26ID:HxiMMTgA
>>499
占領した現地住民への慰撫の大切さは、昭和の聖将と云われた今村均大将は、先の大戦の敗戦の原因に、
{「軍隊の慈悲心の欠如である。」と、され、 日清、北清、日露、シベリア事変まで守られた
戦陣道徳が昭和期に なると、
「しかるに時代がかわり、支那(日華)事変当初の指導者は、手間がとれ足手まといになる捕虜や市民の
あつかいをいいかげんにし、ただ入城だけを あせったため、いつでも敵の軍隊そのものは逸してしまい、
のみならず 支那兵をして捕虜になることは戦死と同様のことだと観念させ、また荒らされた市民の恨みを
買い、敵軍の抗戦意識と後方の兵站線の不安を 大きくし、進むことは進み得るが、いつまでたっても 敵は
手をあげず、 ついに長期戦にしてしまった。
すなわち、知る! 戦陣道徳。敵対する敵軍以外の者には、慈悲心をもって接することが、迂遠のようで、
じつは戦勝獲得の近道であることを}
文禄・慶長の役の繰り返しを近代でも日本はやりよんじゃけぇ。

502白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/03(水) 01:43:06.85ID:HxiMMTgA
>>498
安倍ちゃんほど無能じゃ無ぁにしても、民進党も馬鹿垂れが多いいけんのう。
{慶応義塾大学名誉教授・小林節氏
細野豪志代議士が憲法改正私案を公表した。
焦点ボケの感が否めない。つまり、まず、@高校教育までの無償化は、現に法律と予算で事実上実現しており、
何も改めて憲法に規定することではない。また、A緊急時に必要なことは、度重なる大震災で学んだように、
現場の実情に合うように現行の災害対策基本法等を修正整備することであり、議員任期の延長ではない。
さらに、B地方自治の拡充も、なぜどのような自治が必要か? が明確でなく、これまでの「掛け声」だけの
地方分権論の域を出ていない。
自民党の草案には問題が山積している。
 つまり、@本来は権力者を縛る規範である憲法を、国民大衆を縛るものに変えようとしているA中国と
同様に、権力者が民衆の表現の自由を規制しやすい体制に変えようとしているB今の憲法の下では自由な
海外派兵は認められない……と自民党でも認めているものを、国会の多数決で海外派兵できる憲法に
変えようとしているC「家族は仲良く」という本来は道徳の分野にまで法が介入することを提案している
D1人1票の原則に反して違憲だと度々指摘されている現行の選挙区割りをそのまま合憲とする提案が
なされているE現在の福祉国家から新自由主義という名の弱肉強食の経済体制に変えようとしている。
政治の使命は国民大衆の幸福を増進することにあるが、今、野党の政治家ならば、自民党から提案されて
いるこのような憲法「改悪」草案と真剣に対峙すべき時ではないか。}
33 :白馬青牛 ◆MSPArYuLmJK6 :2016/08/30(火) 00:50:50.71
今の民主主義憲法の大筋は守るべきで、憲法改正、特に民主主義を破壊する自民党創案にゃ当然
反対ですよ。そもそも憲法たぁ、自国の国家権力者を縛るもので、全体主義のように国民に義務を強制すべき
もんじゃ無ぁですし。 アメリカ第三代大統領・トーマス・ジェファーソン氏の 、
「自由な政治は信頼ではなく警戒心によって作られる。もはや人間への信頼を語るのはやめよう。
悪さなどしないよう、権力者を憲法という鎖で縛るのだ」
権力を得るものは大抵人間の欲望が強うて堕落しとりますから、信頼しちゃいけんし、警戒すべき
存在ゆえ、憲法で縛るんですよ。

503白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/03(水) 02:11:37.82ID:HxiMMTgA
>>498
福島みずほ社民党党首
「わたくしは、憲法は国家権力を縛るものだと思っています。立憲主義です。総理はこれに同意をされますか?
もし同意をされるとすれば、自民党の憲法改正案は、これに則ったものでしょうか?」
安倍晋三自民党総裁
「立憲主義についてはですね、ま、憲法というのは権力を縛るものだ、たしかにそういう側面があります。
ま、しかし、言わば全て権力を縛るものであるという考え方としてはですね、王権の時代、専制主義的な
政府に対する憲法という考え方であってですね、今は民主主義の国家であります。その民主主義の国家で
ある以上ですね、権力を縛るものであると同時に、国の姿についてそれは書き込んでいくものなんだろうと、
わたしたちは考えております。」
無能なパヨクの安倍ちゃん答えになっとらんわ。韓国の朴槿恵同様、安倍ちゃんの権力乱用を防ぐ為の
立憲主義を嫌がる本音丸出しじゃのう。権力者を縛らん北朝鮮のような独裁国家が理想なんじゃろうけど。
近代立憲主義を嫌がり、マグナ=カルタの王権の制限は民主主義時代に成っても権力者への憲法で
鎖で縛る本質は変っとらんし、それ無しじゃ民主主義は成立せん現在進行形じゃにで、安倍ちゃんは
権力を縛るんは専制主義政府対抗で古いと云わんばかりのトンデモ云うんなら、西側自由主義陣営に
媚び諂い外交を止めて絶縁宣言すりゃあええし、今の安倍政権が専制主義丸出しの弁解にも成っとらんわ。

504人間七七四年2017/05/03(水) 03:02:19.97ID:+bQAxJ7u
このとんでも改行からも頭の悪さが滲み出てる

505人間七七四年2017/05/03(水) 11:31:52.71ID:Dp6I/onJ
間接支配を得意とした欧米列強ですら朝鮮半島はスルーした事を考えれば分かると思う

506某研究者2017/05/03(水) 15:50:54.51ID:y+NINMVb
https://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n77960
>防具
連合軍は綿襖甲。(布製の鎧)
明軍は将軍クラスとなればこれに鉄兜。鉄のプレートで一部を補強。
朝鮮軍は将軍クラスとなればこれに鉄兜。鉄の鋲で一部を補強。

綿襖甲も鉄或いは革札が仕込まれた物が有る様だが
どの比率が多いのかだが
http://www.gaopu.com/mindai.html
右の歩兵等は鉄札は部分的に使用と言う可能性も有るのかだが

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E7%A6%84%E3%83%BB%E6%85%B6%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%BD%B9
>ルイス・フロイスが1593年の平壌戦における明軍の装備に言及している。「(明の)兵士たちは身に適当な厚さの鋼鉄の鎧をまとい、同じく鋼鉄製の膝当てをつけていた。それらは馬上にあっても、足のあたりまで垂れ下がり」
>「従来発見されたものの中では最優秀を誇っていた日本軍の刀や槍をもってしても、なんら損傷を加え得なかった」「(日本軍の)刀や槍はたび重なる戦闘によって威力が鈍っており、他方シナ軍の武装はいとも堅固で、日本軍の刀を寄せ付けぬほどであった」

フロイスは誇張癖が有り日本軍の大陸侵攻を無謀と見ていたから
上の記述は少なく共完全には正しく無く
https://www.youtube.com/watch?v=D9OvaL2W6BA
上に有る様に恐らく18ゲージ(1.2mm)程度の板金的鎧でも
刀や槍では可成りダメージを受けるし
2mm程度の厚目の小札鎧でも同様と言う事だろうか

507某研究者2017/05/03(水) 16:09:31.25ID:y+NINMVb
https://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n77960
>弓
明軍では弩が使用されており、射程距離は約150m。
日本軍では和弓が使用されており、射程距離は約140m。
朝鮮軍では半弓が使用されており、射程距離は約120m。

明軍の弩と言うのも数は余り無く
近距離でしか当たらない様な手銃が主体であり
遠距離戦は砲を利用していたのかだが
朝鮮軍の弓は射程は此れよりは有るのかも知れぬが
鏃は鋼鉄製なのかどうかだが

>槍
日本軍の槍は約3.6m。
連合軍の槍は約3m。

日本軍の歩兵の槍は5m程度
明軍の槍も同程度だったかも知れぬが
騎馬武者の槍は2.7mだろうが
鍵や枝の付いた物が多く管槍の様な物も有り
大太刀や長巻等の長い槍迄斬るタイプの武器を持つ騎馬武者も居た訳だろうし
こうした物には明軍は何処迄慣れていたのかだが

508某研究者2017/05/03(水) 17:39:10.51ID:y+NINMVb
http://honkan.jp/8335/
>…兵士たちは丈夫な革の鎧を着用し、私たちは帽子のような鉄兜をかぶっていた。帽子は鋼か鉄で作られていたものだった。…

>…全ての兵士は適当な厚さの鉄鋼で作られた鉄鎧と、下衣用の軍甲を身に着けていた。
彼らは馬に乗っていたため、軍甲はほぼ足先まで覆っていた…

朝鮮軍歩兵は鉄兜+革鎧
騎兵は鉄札鎧を装備していたと言う事なのかだが
明軍は歩兵も鉄札鎧を一部は装備していた可能性も有るのかだが

509某研究者2017/05/03(水) 20:07:44.12ID:y+NINMVb
http://tihourekisimatome.blog.jp/archives/1063800596.html
>騎兵の基本的な単位もまた12名の分隊である。
>騎兵の分隊には分隊長、多様な武器を装備した10名の兵士(マスケット銃2挺、火槍2本、
>三叉の槍2本、槍2本、メイス2本。何名かは同時に弓矢を携帯する)、そして伝令がいる。
>騎兵も歩兵と同様に分隊、小隊、中隊、大隊、連隊、旅団に組織される。
>戦場での騎兵旅団は2699名から2988名にまで増援され、1152張の弓、432挺のマスケット銃、
>60門の虎蹲砲(軽量の野戦砲)をもつ。
>大量の銃と火砲が配備されていることから、これらは騎兵というよりむしろ竜騎兵、
>騎馬で移動する歩兵であったようである。

明軍にも枝の付いた槍は少数は有るのかだが
槍を斬るタイプの大太刀や長巻等の武器には
何処迄対処出来たのかだが

510人間七七四年2017/05/04(木) 01:07:50.37ID:gCRQHrBM
>>504
改行なんか、パソコンとタブレットでも違うが、わしゃそこらへん詳しゅうなぁけん解らんのう。
>>505
間接支配なら今の日本も韓国も属国じゃけぇ、手を引いとらんじゃけど。
>>506
ルイス・フロイスが実際、観戦したわけじゃ無あけど、問題は革札かよのう。
日華事変でも、白兵戦に成っても中国北部の兵士は革武装しとるけぇ、日本刀の斬り込み効果が薄れたけぇのう。
日本でも任侠や被差別民軍団、狩猟民集団は革武装するし、わしら昭和期でも少年期時代相手がナイフで襲うて
来た時に便利なんが革ジャンじゃったけぇのう。たかが革一枚で違うんよ。
むろん首の防禦は出来んし、棒による攻撃のダメージは避けられんのじゃが。
相手が革なら日本刀より槍の方が突くだけええけど、革武装の隙間狙う方が効果があるよ。
>>507
距離は遠距離射撃特性の肥後や薩摩を代表とする九州勢にゃ関心事じゃが、距離を詰めて正面激突の白兵戦に
持ち込む中国地方勢にゃ困らんけぇのう。

511白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/04(木) 01:22:00.12ID:gCRQHrBM
>>510
はコテが抜けとったのう。
>>509
組織的に槍兵作っても、敵さんもお見通しで効果は無ぁんよのう。奇襲や夜襲で敵さんのフォーメーション
崩した時の決勝手段に温存しとくもんじゃ。自軍のフォーメーションに槍部隊頼りじゃ破たんするよ。

512白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/04(木) 01:40:57.36ID:gCRQHrBM
結局戦闘で勝利を得るんは、戦術の常識から外れて、敵さんへの思いもせん非常識な攻撃することなんよ。
http://www.hodaka-kenich.com/history/2014/05/01133931.php
{戊辰戦争で、仙台藩が最大の犠牲者を出したのは、ここよりもひとつ前、浜通りの戦い『駒ヶ岳の
戦い』である。熾烈な激戦となり、仙台藩は数百人の死者を出している。のみならず、官軍側も、
多くの犠牲者を出している。
 広島側の資料を見ると、戦場が「駒ヶ岳山麓」の水田地帯だった。すさまじい仙台の猛攻に
対して遮蔽になるものがない。敵から丸見えの広い田園地帯で行われた。仙台藩が総力をかけた、
猛烈なる防戦で、一兵も進めない状態に陥っている。
 芸州・神機隊が「ここは駒ヶ岳の関門に向って、正面突破を図ろう」と提案した。すると、
「長州藩の隊長はこれには周章(うろたえ)てしまった」と記す。
下関で四か国と戦い、第二次征長でも練磨の、戦い巧者の長州がおびえるほど、仙台藩は強かったのだ。仙台藩は大小砲を激発し「筑前藩も猶予して進まず」。
「この激戦は環視(みているだけ)では解決できず。敵の飛弾を犯し、切り込まざるは利なし。抜刀し突撃するべきだ」
 神機隊はそう主張するが、長州藩、筑前藩の両隊長はついに動かなかった。
『先鋒の神機隊は突貫、突撃した』
 初めのうちは長州・筑前は無謀だと笑っていた。それが驚きになり、やがて賞賛に変わったのだ。
『われらは駒ヶ岳の砲台に登り詰めた。そして、縦横に敵兵を斬殺していく。乱殺に遭った敵は、
兵器や屍を放棄して、仙台藩はことごとく敗走していく』

513白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/04(木) 01:51:27.55ID:gCRQHrBM
>>512の続き。
702 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2013/11/28(木) 01:57:38.57
 実際、相馬方面でも広島の神機隊は最強じゃったよ。緒戦からして、7月23日〜26日に至る、
広野の激戦で神機隊は、 44名の死傷者 (死者十数名)が出とる。8月20日、士官以下軍夫計
193名の派遣となった訳じゃ。緒戦に犠牲が多いんは、戦場の常であるが、 広島神機隊は、
「7月24日、賊の砲台を突貫し、抜刀攻撃で縦横に斬殺し、我兵遂に先登、広野駅を占領。
ただし神機隊の進撃が激しすぎるため、総督府より、「進撃すべからず」の命が伝えられる。
25日朝、 敵兵は広野北西本通から、戦いを挑んで来たが、そのつど撃退。前線の芸州・因州
あわせて六百数十名に対し、同盟軍は十数倍に近く、入れ替わり新手の兵を繰り出し猛烈な反撃を
開始した。26日、因州兵が後退したため、神機隊は孤軍奮闘となった。しかし新たに戦線に
投入された長州、岩国の兵約400名が海上より広野海岸に到着。海岸寄りに対峙した敵に
攻撃をはじめた。その機を失せず、神機隊は左翼に対峙していた米沢藩の部隊に突撃し、敵砲台を
奪取した。奥羽同盟軍は広野を完全に放棄し退いた。」
広島神機隊「駒ヶ峰の激戦」じゃが、寡兵の神機隊が、他の官軍諸藩兵がその無暴を嗤笑する中、
「剣を抜き吶喊して突撃を為し、躍りて駒ヶ峰関門前なる敵の砲台に登り、縦横斬殺し、賊兵は
死屍を捨て 遁走せり。」 四日後は駒ヶ峰奪回をはかる奥羽同盟軍が大挙襲来し、
「賊兵頗る猛烈なりしが、我も亦寡兵を以て奮戦し、遂に旗巻嶺下に撃退し、」
「本通の筑前長州両兵苦戦するを以て応援の命阿り、我兵直に進て奮戦し本通の砲台を奪う。」等
激闘した。
四条総督より特に「芸州(広島)藩は毎戦能く奮戦艱苦して賊軍を挫く。 其の軍事上の好機を
致す、深く大慶に存する所」との沙汰を賜った。

514白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/04(木) 02:08:21.82ID:gCRQHrBM
>>513の続き。
広島県の安芸の賀茂、豊田の芸南と備後の壮丁の福山連隊も、無謀な正面激突で激戦で勝利したし。
「シンゴラで、タイ軍連隊夫人の尻を射って、程度を下げていたので、ここでは闘牛のように暴れ回った。
敵前で橋を渡るなどということは、常識はずれだ。せっかく連隊主力が上流で渡河したのだから、そのコースを
利用するのが常道である。が、本道上に待機していた一部隊は、本隊が対岸で戦闘を始めると、やにわに橋を
突っ走って行ったのである。どういう考えだったのか、それは判らない。 「たいしたこたァ、にゃァ(ない)」
と、思ったのだろう。 しかし、この無謀な突撃で、橋梁付近が一大乱戦場になったのは事実だ。
大戦果には必ず、こういう常識はずれの行動が付随していることが多い。捨て身になって奮戦していた
グルカ兵が、この緒戦に敗れてからは、日本軍の姿さえ見れば、逃散するか、両手を頭上に上げてゴム林から
出て来たのは、この最初の一撃がいかに痛烈であったかの証明であろう。」
『市川少佐は仰天した。(またか!)と思った。しかし今度だけは無茶だ! とも思った。しかし、
放ってはおけない。「各部隊前へ!」より他になかった…。
 仙台幼年学校の区隊長から、この歩兵十一連隊(広島)の第三大隊に転任して来た市川正は、
しばしば戦理に合わぬ攻撃法をやらかす部下たちを、ほとんどあきれていた。
(これが伝統と言うものだろう!)と、そう思うより他なかった。
 彼らは、ー中、小隊長から一兵まで、平生はまるで平凡だった。
しかし、激戦場にぶつかると、てんで頼もしかった。勝つこと以外には何も考えていないのだった。
「とにかく、こうしましょうや」と提案する中隊長たちの方法は、てんで敵を無視していた。
けれどもそれは百発百中、成功するのだった。』

515某研究者2017/05/04(木) 11:09:59.10ID:4wFolEF+
連合軍側の記述で日本刀の活躍が異様に目立つのは
日本軍も明・朝鮮兵の茎の無い槍では
大太刀での斬り込みには対抗困難と見て
騎馬武者では此れの比率を増やしていた可能性も有るのかだが
流石に歩兵迄大太刀は装備しないが
長巻の比率を増やして斬り込める者は斬り込ませた可能性も
有るのかどうかだが

516某研究者2017/05/04(木) 12:03:18.15ID:4wFolEF+
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1224042272/l100
>(一方)賊は、歩兵であって、
>その刀剣は、みな三、四尺の、切れ味無比のものであったから、これと
>衝突激闘しても、(長刀)を左右に振り回して切りつけられ、人も馬もみな倒れ、
>敢えてその鋒先に立ち向かう者もいなかった。

馬は主に歩兵の長巻にやられたと言う可能性も有るのかだが
下馬した騎馬武者の大太刀等でやられた例も多かったのかだが

517某研究者2017/05/04(木) 12:08:38.31ID:4wFolEF+
連合軍騎兵も乗馬突撃が多いから
特段増やしていなかった日本の歩兵の長巻の出番が増え
此れで日本軍に突入した馬が簡単に斬られ
落馬した後の重装甲の騎兵も長巻で容易にやられたと言う様な可能性も
有るのかだが

518白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/04(木) 23:24:35.74ID:gCRQHrBM
>>515-516 >>517
大太刀よりも、長巻よりも槍の方が個人の戦いじゃ有利じゃし、長巻は大太刀よりかは優位じゃが、
武具は適材適所なんよ。
接近する重装騎兵にゃ足つまり馬の動きを殺すことで、無力化させる効果はあるが、それ以前に、
鉄砲で馬を撃って機動力自体を封じるんが先じゃろう。
じゃが、馬から落ちたり、倒れた敵兵狩りよっても、敵さんの精神的ダメージは薄いけぇのう。
お互い五分の白兵戦の方が一番勝負付けが出来るんよ。
火力戦の勝ち負けと違い、接近戦闘、つまり白兵戦で負けた方は、劣等感で負け癖がつくけんのう。
戦闘行動以前に部隊対抗の喧嘩でも同様じゃ。人間の有史以前からの生物的闘争本能と云うべきか。
白兵戦で勝った方は戦闘主導権を握れる。
「白兵格闘ーそれは敵兵と直接肌を接して刺殺し、組みつき、殴りつけ、瞬間の動作が、
そのいずれかの生命を奪うことになる。余程の自信と気迫がなければ、相手に気負けして
討ちとられてしまう。白兵戦は戦闘の最終の場面であり、最も原始的なものである。 いかに
最新兵器を駆使して、莫大な 物量を叩き込んでも、所詮は人間の対決である。」

519人間七七四年2017/05/05(金) 00:24:16.46ID:f5+GxWpK
>>515-516 >>517
>>516他スレに眼を通したが、机上の戦争ゲーム感覚論が多いいのう。
日本人が戦争した先の戦争で戦闘体験者に直接聞いたことも無ぁ、手近代の戦記すら読んだことも無あ
者ばっかしじゃけぇ机上の妄想が広がるんじゃろう。
612の碧蹄館の指揮官云々も可笑しいし碧蹄館で小早川隆景さんが、九州の立花宗茂を配置変えして側面に
廻したんも隆景さんのアイデアかどうか不明じゃが、戸次のように弓で戦う立花勢じゃ明軍を食い止めれん
けぇ、小早川勢の部下の進言かも知れんのう。
小早川勢の安芸国衆のように正面で食い止め、最終的に白兵戦で勝たにゃ戦闘主導権は獲れんよ。
九州勢は土地柄から白兵戦はあんましやらんけぇのう。
熊本師団の鹿児島聯隊の川崎春彦氏も白兵戦がほとんど無かった云われるし、久留米師の福岡聯隊の
高崎伝氏にも動けん捕虜を首切りしても、ガチンコで戦う敵さんと白兵した記述が無ぁのう。
接近戦正面激突ガチンコ戦闘の広島師団は白兵戦闘の連続で日本軍も地域差性格の違いがあるんじゃが、
九州兵は薩摩の釣り野伏せりオカマ戦法のように、側面や尻から攻撃するんが大好きじゃし(笑)。
朝鮮の役でも、日本軍は各地方、地域軍で戦闘方法が違うんよ。
>>514の(これが伝統と言うものだろう!)じゃけぇのう。

520白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/05(金) 00:51:54.61ID:f5+GxWpK
>>517
{525 : 白馬青牛 ◆8mr41B7alChB [] : 投稿日:2012/01/27 00:42:28
 接近白兵戦なら日本軍の方が強いよ。 イギリス軍の負け犬の遠吠えも空しいわ。 越智春海氏の
『マレー戦記』ジットラ戦から、p115、 「日本人の、この白刃をひらめかしての突撃ほど、敵に
ショッキングなものはなかった。彼らの銃剣は一般市民への威嚇だけの物で、戦場では重い
アクセサリーに過ぎないーようだった。
 とにかく銃剣が突進すると、戦勢はたちまち決定してしまう。頭を抱え込んでいる奴は、突き
殺される。運のいい奴は、蹴とばされる ぐらいなものだ。敵兵を突き飛ばして走り去る者もある。
こういうのに出会ったグルカは幸運だった。 「ちくしょうッ。手を上げやがった!」 と、残念
そうに言う兵もある。今の今まで乱射乱撃しやがって! しかし、手を上げられてはだめだ。」
p120「古道少尉などは突撃十数回、まるで血だるまになっていた。松浦も、自身で何人斬ったか
覚えてないほどで、右腕が引きつり、なかなか軍刀が離せなかった。 大谷軍曹は銃剣を刺突
しすぎて、銃身を五寸、六寸も、敵兵の胴中へ突っ込んだのが抜けず、倒れた奴を両脚で踏み
つけて「えいさ、 えいさ」引き抜いた。それを四、五人のグルカ兵が震えながら眺めていたが、
やがて抜けた銃剣によって、彼らも次々に突き刺された。彼らは手を上げるのさえ、忘れていたの
だった。」
長崎の大村聯隊はシンガポールで英軍に完敗したけど、他の久留米菊兵団も打つ手がのう
撤退後退する負け戦演じ、エースの広島師団頼りの憐な依存体質発揮したのう(笑)。}
白兵戦は陣形の糞も無ぁ個々人が身近な敵兵に勝負挑むわけじゃし、距離を詰めた戦闘の決勝戦
じゃけぇのう。距離が詰めんとバラバラの個人ゆえ、左右の両面から一斉射撃されたら終いじゃし、
九州勢は距離詰めずに「薩摩の立ち撃ち」に代表されるような火力戦やりよんじゃけぇ。何時まで経っても
白兵戦慣れ出来んのよ。しかも九州兵は集団組織化のシステムで動くし、個々人の動揺で集団システム組織が
無能化する欠点が多いいけんのう。広島勢の距離を詰めての敵さん正面への白兵戦は、本隊をかく乱し、
集団システム機能を破壊するんよ。側面兵も白兵戦広島勢射撃じゃ本隊に向けて乱射に成るけぇ出来んし、
正面本隊倒したら戦闘主導権は貰うたも同然じゃけぇのう。

521白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/05(金) 01:27:46.53ID:f5+GxWpK
>>517
広島師団は夜襲でも日本軍のマニュアルにある夜襲の時は、無言で敵に近づき刺殺する方法をてんで
無視し、精強広島の伝統で喚声をあげ突入したことは広島師団の戦記から明かじゃが、
喚声突撃の方が敵さん本隊同士の同士討ちでパニックに陥る効果があったんよ。
上陸殴り込み部隊の広島に夜襲の仙台とか云われたけど、東北の仙台師団は戦記からすると本気で無言で
夜襲やったらしいが、広島人はマニュアルを嫌うし、個々人の戦闘能力で動くけぇのう。
広島師団の夜襲は軍靴じゃのうて地下足袋で道具による音を立てん効果で距離を詰めると
喚声あげて攻撃するけぇ、日本軍のマニュアルなんか守らんし糞喰らえよのう。
将兵が個人主義の集いである広島勢の伝統的強さでもある。

522某研究者2017/05/05(金) 11:54:57.59ID:l3yNA6Yp
ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%99%A3%E5%BD%A2%E5%8F%B2
>戦国期に徹底した武装の指定を行ったのは、武田・上杉・北条氏といった東国大名達であり、西国の織田氏はむしろ動員人数すら定めておらず  

西国では山が多い事も有り
横隊利用の備は使用されていない可能性も有るのかだが
大阪夏の陣図(黒田屏風)では旗持ち・銃兵の列の背後に乱雑に騎馬武者と歩兵が並んでいる例が多いが
此れは黒田家の絵師が書いた物なら西国の陣形なのかだが

http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/aa/904afaf8732370650bce08d85bf9be66.jpg
上で銃撃戦をしているのは 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%9D%82%E5%A4%8F%E3%81%AE%E9%99%A3%E5%9B%B3%E5%B1%8F%E9%A2%A8
西国の大野治房隊と前田利常の隊であるから
西国でも銃兵だけを前に出しての銃撃戦はしていたのかだが

西国の大名の場合は鉄砲・弓足軽の後方に整列した槍足軽は居らず
散開した騎馬武者の周囲に群がっているだけなら
此処に連合軍騎兵が突撃すれば長巻兵に当たる確率も高く成り
結果長巻で馬や落馬した騎兵が倒される率も増える訳だろうか
突入後槍が使えない様な乱戦と成った後で
歩兵や騎馬武者の刀でやられる連合軍騎兵も多く成ると言う事だろうか

523某研究者2017/05/05(金) 12:19:16.49ID:l3yNA6Yp
鎌倉・南北朝期の戦いでも
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287476/13
http://livedoor.blogimg.jp/livereak-gekiyaku/imgs/8/0/8062c5d8.jpg
上の様な形で行軍時は歩兵は騎馬武者の周囲に分散しているが
http://blog-imgs-16.fc2.com/t/e/i/teitodennoumou/20071207163240.jpg
上の春日権現験記絵の様に射撃戦時は弓兵が前列に出ているし
こうした古い時代の陣形が西国では続いたと言う事なのかだが

524某研究者2017/05/05(金) 12:42:16.11ID:l3yNA6Yp
https://twitter.com/boukenkyuu/status/859988912734781440
とは言え黒田屏風にも槍足軽の集団が密集している場面も有るが
此れは大阪夏の陣には居なかったと言う
東国の佐竹義宣の部隊の兵の様だが
東国の部隊だからこうした槍足軽の密集隊形が書かれているのか
或いは西国の部隊でも大阪の陣時点ではこうした運用をしていた可能性も有るのかだが

https://twitter.com/boukenkyuu/status/860338515027963904
関ヶ原合戦図(津軽屏風)では家康本陣備の兵種は分かれて行軍しているが
備の無い西国の兵は分散した騎馬武者の周囲に各種歩兵が随伴した可能性も有るなら
こうした事は無かったのかだが

525某研究者2017/05/05(金) 13:22:03.17ID:l3yNA6Yp
戦国期西国の陣形は
https://twitter.com/boukenkyuu/status/860344062414528514
行軍時は上の左の様に分散した騎馬武者(赤)の周囲に
鉄砲・弓足軽(青) 槍足軽(緑)が随伴し
その後方に大将(青紫)と護衛歩兵(赤紫)が居るのかだが
射撃戦時は中央の様に弓鉄砲足軽と弓鉄砲が使える騎馬武者が一部前に出るのかだが
白兵戦時(右)では雑兵物語に有る様に下馬した騎馬武者が前に出て
此れの背後に槍足軽・此れの背後に鉄砲・弓足軽が配置されると言う事なのかだが

連合軍騎兵は中央の隊形から右の白兵戦用の隊形に移行する前に
素早く乗馬突撃して来たから
分散した歩兵の長巻にやられ
突入で槍が使えない乱戦に早期に移行したから
騎馬武者・歩兵の刀にもやられたと言う事なのかだが

526人間七七四年2017/05/05(金) 15:29:08.83ID:4cxQPkO9
バカのひと参上か

527人間七七四年2017/05/05(金) 15:55:31.03ID:qLDrc7UD
軍事板に帰れよ

528某研究者2017/05/05(金) 16:16:04.00ID:l3yNA6Yp
>>518
>接近する重装騎兵にゃ足つまり馬の動きを殺すことで、無力化させる効果はあるが、それ以前に、
>鉄砲で馬を撃って機動力自体を封じるんが先じゃろう。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11157608931
>マスケット有効射程はよくて100m、通常は50mほどです。
>発砲速度は30秒で1発くらい。
>この条件だと騎兵が有効射程を駆け抜けるまでに必要な時間は50mで6秒、100mでも12秒。
>つまり初弾を外したら騎兵に突っ込まれます。

時速30kmの馬の速度を考えると銃を放つ事が出来るのは
1回程度と言う事だったかも知れぬが
この時点では弓が未だ可成り残るから
弓に倒れた騎兵も多いのかだが
騎兵も波状攻撃をするなら相当数の騎兵は残存して突入したが
槍や長巻・刀でやられたと言う事なのかだが

529某研究者2017/05/05(金) 16:31:50.61ID:l3yNA6Yp
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E7%A6%84%E3%83%BB%E6%85%B6%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%BD%B9#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E8.BB.8D
>本来の日本の火縄銃の用法は、西洋における戦列歩兵による弾幕射撃とは異なり狙撃型のものであり、射撃開始距離も1町(約109メートル)程度であったとされるが、
>朝鮮においてはより遠距離からの射撃戦が行われる傾向にあり、遠距離射撃による精度の低下を補うために、一斉の集中射撃も行われた。

140mより遠距離から射撃したのは騎兵突撃に対抗する為と言う事かも知れぬし
騎兵に対し遠距離で数発射撃した後槍兵の背後に安全に退避すると言う事を
考えたと言う事なのかだが

>朝鮮の同時代史料である懲録には「弓矢の技は百歩に過ぎないが、鳥銃はよく数百歩に及び、(中略)とても対抗できない」(東洋文庫版283頁)とある。
>(当時の朝鮮の歩は約118cm) また同書に、尚州での両軍の戦闘においては朝鮮の弓は実射程が100mに満たず(「矢は数十歩で墜ちて」東洋文庫版60頁)日本軍に届かず、開平地の戦闘では火縄銃にアウトレンジされ一方的に損害を被ったことが記されている。

騎兵に対し200m以上での射撃等も有り得たのかだが
精度の高い細筒で装甲の無い馬を狙うと言うのが多用されたのかだが
200m以上では何処迄命中したのかだが
弓もそうした距離から放たれていたのかだが
遠距離からの細筒の射撃は威力が無く共騎兵の動きを鈍らせて
衝撃力を落とし白兵戦で仕留めやすくしたり
第二次以降の射撃を当てる事も可能と成ると言う事だろうか

530人間七七四年2017/05/05(金) 16:32:57.15ID:A1OvMrut
長文
お疲れちゃまー
∧_∧
(・ω・ )    ∧_∧ ,;
と_⌒))💨💨;)д`)∵
  (_ノノ ⊂ O)
      '/  ヽ
      ∪ ̄\)

531某研究者2017/05/05(金) 17:16:33.17ID:l3yNA6Yp
http://blog.goo.ne.jp/cyrilsnow34/e/4099cd2e37084b077eecb3f95cd38bcd
上の銃は恐らく細筒だろうが
100mでも馬になら可成り命中しそうだが
200mではどうなのかだが

532某研究者2017/05/05(金) 17:51:16.94ID:l3yNA6Yp
futabalog.com/thread/24da24bf5b84f3663b8ac78a5fec6917
>狭間筒とか松本城が実験したら100m先のリンゴ撃ち抜けたそうだしな 現代製の火縄銃だからあまり参考にならんが慣れてる人なら立射で36m先の斧に当てて弾を真っ二つに出来るし  

当時の火縄銃で同様の事は出来たのかだが
狭間筒なら200mでも馬は確実に狙撃出来るのかも知れぬが
此れと同精度の銃等は足軽は無い訳だろうか

533某研究者2017/05/05(金) 18:44:42.22ID:l3yNA6Yp
http://www4.airnet.ne.jp/sakura/weapons/weapons.html
>日本の火縄銃の有効射程距離はどの位であろうか。約100メーターと推察する。100メーターの距離なら、かなりの確率で人間の大きさに命中させられる。またその威力もある。

騎兵に対しては鉄砲足軽は100m程度で射撃して槍足軽の後ろに待機
此れを生き残った騎兵は弓足軽が
退避出来るぎりぎり迄射撃を続けると言う様な
方向だった可能性も有るのかだが
ロングボウなら6秒に一発程度は射撃出来るが
弓足軽も騎兵に対して
150m・100m・50m辺りで
2−3回程度射撃していた可能性は有るのかだが

534某研究者2017/05/05(金) 18:56:07.40ID:l3yNA6Yp
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E7%AF%A0%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84#.E9.95.B7.E7.AF.A0.E3.81.AE.E6.88.A6.E3.81.84.E3.82.92.E3.82.81.E3.81.90.E3.82.8B.E8.AB.96.E7.82.B9.E3.81.A8.E8.A9.B3.E7.B4.B0
>『信長公記』には、「武田騎馬隊が押し寄せた時、鉄砲の一斉射撃で大半が打ち倒されて、あっという間に軍兵がいなくなった」という鉄砲の打撃力を示す、描写がある。
>より具体的には「長篠の戦いの緒戦で、武田軍は家老山県昌景を一番手として織田陣営を攻め立てたが、織田軍の足軽は身を隠したままひたすら鉄砲を撃ち、
>誰一人前に出ることはなかった。山県隊は鉄砲に撃たれて退却し、次に二番手、三番手と次々と新手を繰り出すが、それもまた過半数が鉄砲の犠牲になった(要約)」とされる。
>ただし、#両軍の兵力数と損害数に記述されるように、本当にそれだけの損害を与えられたのかは別に疑問が残る。とはいえ、死なずとも負傷兵となれば、
>これを退かせる必要があり、負傷した人間を後送させるにも最低1名、つまり計2人以上を前線から遠ざけることになる(この考え方は現代でも行われている)。
>具体的な運用法は不明だが、鉄砲隊をある程度集中した部隊として機能させていれば、1度の射撃で部隊単位の戦力を大きく消耗させることは不可能ではなく、

1000の火縄銃が75%命中しても
750の馬はやられるか速度が鈍り
残った250の馬も弓で可成り損害を受け
日本軍本陣に高速で突撃出来た騎兵は少数であり
此れが白兵戦で撃退された後は馬を失った騎兵が
射撃武器でもやられた可能性は有るのかだが

535某研究者2017/05/05(金) 19:02:18.95ID:l3yNA6Yp
とは言え日本軍も10倍の騎兵は流石に障害物が無ければ
射撃では1割も減らせず
白兵戦でも10倍の敵には大太刀や長巻が多数でも無いと
何処迄対抗出来るのかだが
連合軍が余り慣れていない鍵槍や管槍は
何処迄効果的だったのかだが

536白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/06(土) 01:20:53.97ID:pUgwqX09
>>522-535
東国は御恩と奉公の縦社会ゆえ、兵を徴発し易いし、西と東の中間の織田勢も兵力動員システムが
機能しとるけぇ、各方面軍が編成出来たんじゃろう。広島は国衆から傭兵まで横の契約関係じゃけん、
しかも国衆は複数の国人領主に仕える契約関係でどっちの領主の兵力動員数かすら把握出来んし、
二重登録も出来るわけで、足りん兵数も計上は出来るが、兵力は員数不足で賄うしか無ぁよ。
広島県東部の杉原氏は、従来の家臣に加え足軽の歩兵にゃ山賊らを召し抱えたゆえ、
要夜討ち、忍び討ちに功名を挙げた。
杉原氏の鉄砲足軽も、その役を終わっては、鉄砲は背に荷負うて、めいめいの太刀を抜いて戦うわけで
弓足軽は槍の者の側を離れず槍合戦の最中でもつきつぎと矢を放つ連携じゃが、
東日本の雑兵物語にゃ鉄砲じゃ無ぁが、弓足軽の小頭の大川深右衛門の言に馬に乗った敵は、
まず馬を射なさい…敵に槍の寸法よりも近づき、隙をうかがい射なさい…刀でも脇差しでも、敵の手や足を
ねらって切りなされ…」槍担小頭の長柄源内左衛門も「乗っている敵よりさきに馬の胴腹を突き…敵が
馬から落ちたところを突き殺しなされ」云う順序マニュアル集みたぁなもんで連携具体性に乏しい。
まあ、関東は杓子定規的な土地柄ゆえ、マニュアル部門役割尊長主義でもあるけど。

537人間七七四年2017/05/06(土) 01:49:22.57ID:pUgwqX09
>>522-535
突入する騎兵時間も杓子定規なもんで、時と場所によって速度も異なるし、段差や蔽遮物があるだけでも、
足止め効果に差が出来る間を作った方が戦術上不利になるだけの相対的なもんじゃろう。
それたぁ、大切なんが計れる銃器の間隔時間よのう。
広島第十一聯隊の戦場の回想録。
『二◯◯正◯氏の回想(第十二中隊) 「我々の分隊長は常日頃我々補充員を教育した。
「ええか。よう覚えとけ。お前たちの家族は一日も早う無事でお前たちが帰還することを
神に祈っとる。強姦するな。強奪するな。住民を殺すな。 これだけ守ってくれたらお前たち
全員を内地に連れ帰り、家族に引き渡す 責任が果たせる」
彼は又戦闘の名人であった。突撃になっても鼻歌交じりで あった。初めて戦闘を体験する
我々から見るとその動作は神業のように思われた。
「重機があそこにおるぞ。チェッコはあそこじゃ」と敵の布陣を指摘してくれる。
「どの銃でも一回の装填数は決まっとる(重機関銃は九十発、チェッコは三十発、小銃は五発)
打ちつくしたらパタッと止む隙間がある。 どの銃でも新しく装填をやり直すまでには少なくとも
五秒はかかる。 その間を狙って走れ。どんな鈍足の主でも二十メートルは走れるはずじゃ。』
要するに戦闘たぁ、まず隙間時間に距離を詰めることで、戦国から桃山期なら弓と銃の時間差で
距離を詰めれるかなんよ。近代戦よりかは距離を詰めれる同士の戦闘じゃけぇのう。

538白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/06(土) 02:16:57.59ID:pUgwqX09
>>522-535
>>537はコテ名が抜けとったのう。
>>534の後送りも日本各地の郷土で違うよ。
伊藤桂一氏は、「広島編成第七十師団は、負傷者はつとめて救出したが、一個分隊十名で行動していたとして、
もし一名の負傷が出た場合、これを後続部隊に任せて放置して行くとすれば、分隊の戦闘員はなお九名残されている。
しかし、この負傷者を救出収容してゆくとすると、担架係に四名とられる。(二人では無理である。装具もあるのだから)。
すると残された戦闘員は半数と減ってしまうのだ。さらにもう一名負傷が出たらどうなるか。戦闘員はいなく
なってしまうことになる。だが、救出された負傷者の身になってみれば、戦友の愛情、郷土兵団の気質に
泣くだろう。そうして再び善戦すべき決意を固めるだろう。同時に、この思いは、まだ負傷していない
分隊員にも、共感として伝わるはずである。こうなると、負傷者の処置に対する考え方はむつかしくなり、
要するにその兵団の気風によって解決すべき問題であるといえよう。
「広島編成の部隊は、もっとも人情味に厚い連帯感を持っているが、そういう連帯感に支えられているから
こそ、思いきった挺身行動もできるのである。」
まあ、日本じゃ伊藤桂一の所属する関東地方の兵団は、無理矢理訓練体罰虐めリンチ殺人で淘汰しよったけど。
 逆に歴戦続出の広島師団じゃ現役兵だけじゃ足りんけぇ、淘汰なんか出来んわ。しかも広島師団は、
負傷者を後方護送するけぇ、戦闘員自体の数も少なうなったんじゃが、寡兵にして闘うことを自覚しとった
けぇ、連戦連勝出来たんよ。

539白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/06(土) 02:25:23.17ID:pUgwqX09
伊藤桂一氏の云われる底に人情がかようことも無い通り一遍の関東地方兵団の自然淘汰も酷いのう。
「教育間、肺炎で就寝中の初年兵を、意気地がない、という理由で、営庭へひきずり出して銃剣術をさせた。
その後亡霊のような姿で厠へ行くその兵隊を下士官がみつけ手当したが死亡した。また、隊内で頭に繃帯を
した初年兵がまじって教育を受けていた。他隊の者がきくと、木銃で叩かれて負傷したのであるという。
それでその隊でも、さっそく木銃で叩く教育に切りかやた。これではまるで初年兵を殺すために教育している
ようなものである。残酷であるーと思われるかもしれない。しかし一歩駐屯地を出ると、そこでの状況は
さらに残酷であった。中共兵との陰湿にして凄惨な戦闘が、際限もなくくり返されていたからである。
どっちみち、初年兵をいたわって教育しても、戦闘へ出せば、みるまに死んでゆくことを、
古参兵は知っていたのである。何度補充をもらっても、死ぬのは初年兵ばかりで、あやふやに
生き残った者だけが、精鋭としての道をたどる。弱者必滅の深刻な真理だけがそこにあった。
 そうした自然淘汰から、つねに巧みに身をかわしてきた古参兵は強かった。それでなければ
精悍な中共軍とは戦えない。」
「あるとき、兵力二千の関東軍が約三百の中共軍を急追して河北省まで入っていった。炊爨の
休養をとっているうち、周辺の山上を約三千の中共軍が包囲した。逃げながら、反撃の機会を待ち、
罠にかけたのである。中共軍の弾雨の激しさのため、いたずらに犠牲を重ねた。
この時、独混八旅の一個小隊二十四名の対中共戦を生きぬいてきた兵隊が、包囲網の一角を開き
二千の関東軍部隊を救出した。しかも自隊は一名の負傷者も出さなかった。 演習と実戦の違い、
そして何よりも戦闘熟練者たちの戦力である。」 と、伊藤桂一氏は弱肉強食をある面肯定されとる。

540白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/06(土) 02:29:41.56ID:pUgwqX09
ところが、伊藤桂一氏は全国武勲一位の広島兵団となると、
「人情味に厚い連帯感を持っているから挺身行動(特殊部隊の遊撃戦)もできる」が、
広島兵団は負傷者をつとめて救出するゆえ、「担架係に四名とられるゆえ、 戦闘員が減り
もう一名負傷者が出たら分隊戦闘員は誰もいなくなってしまうことになる。」とか、数の論理で
負の要素を必死に否定的な願望で語られよんじゃが、そがぁな負の要素なんか実例の現実として、
連戦連勝の広島部隊にゃ無ぁのにのう(笑)。
広島部隊の分隊予備兵員1名は関東地方の優秀兵の5名たぁ、戦闘駆け引きの知恵も戦闘力も
上回るよ。関東地方部隊のように古参の先輩に依頼心云う軟弱な他人任せじゃのうて、
自己の知恵と経験と戦闘駆け引きを愉しむ「好きこそ物の上手」の特質があるわけじゃし。
自然淘汰で優秀な兵だけ残しても、自身が生来の戦闘者じゃのうて、物理的麻薬じゃ国家扇情の、
お国の為に戦う思うた時点で戦場の神様から見放されるよ。
戦場の駆け引きを愉しむ兵隊こそ、戦場の神様に嫌われんけぇのう。
自己克服たぁ自らの心の弱さに向き合うことで、国家や家族の為じゃの思想カルトの麻薬に
逃げたら終いで。敵さんにも当然勝てんわ。生来の戦闘者であることを否定して国家思想に逃げる
精神的軟弱もんは、戦場の神様の最も嫌う行為じゃけぇのう。

541人間七七四年2017/05/06(土) 03:03:17.42ID:vG5QZXQL
>>529
何人かの人が江戸期以前の銃で実射試験して記事書いてるけど
火縄銃の命中精度は良好で意外な程集弾性はいい模様
口径に合わせた鉛弾なら通説のようにあさっての方向に飛んで行くってのは無いみたい

一応、↓のところで実射した銃の弾道を空気抵抗込みで計算してみたけど
http://www4.airnet.ne.jp/sakura/weapons/weapons.html
口径10.2cmで約1.5匁の弾丸を1575ft/sで発射した場合
100mで約8cm、150mで約22cm、200mで約50cm程度の頂点高の山成りの弾道で命中するようだ
訓練すれば相当遠距離のものにも当てられるレベルか?

もっとも、遠距離の移動している対象に的確に命中させるのは難しいだろうけど
そこは相手の密集具合によっては狙ったのと別の対象に当たる可能性が高くなるのも考慮する必要がある
有効かどうかについては、全ての敵が重装の甲冑で覆われた人馬では無いだろうし
200mかは知らないけど、場合によっては想定(1町)以上の距離からの狙撃(集団による、斉射ではない射撃)もあっただろう

542人間七七四年2017/05/06(土) 03:11:53.71ID:vG5QZXQL
投稿規制があるからまとめて書けなかったけれど
>>541
の実験の銃は小さい部類の口径の銃だから
狭間銃までいかなくとも、標準的な2〜3匁程度の弾丸を扱える細筒で
同程度の初速で発射するなら弾道はもっと安定する

543某研究者2017/05/06(土) 11:14:52.37ID:H3gdNCCd
騎兵は100mを12秒で来るなら
早合でさえ装填に18−20秒掛かると有るから
200mで一発目を放っても照準・退避する時間を考慮すると
2発は放てないと言う事なのかだが
300mからの射撃等は果たして有り得たのかだが

火縄銃を鉄砲足軽より多く用意して
装填済みの物を武家奉公人等に交換させると言う方向も有るだろうが
そんな事は行わたのかだが
島津軍の場合は槍足軽や騎馬武者・大将の護衛兵も腰筒が有る様だが
これの精度はどうなのかだが
50mで当てる程度は出来るのかだが

544某研究者2017/05/06(土) 11:37:35.35ID:H3gdNCCd
http://tukitodora.exblog.jp/18008931/
関が原の合戦で 西軍が破れると 島津軍は井伊直政の備えを打ち破って撤退した
 この時 島津軍はみな 腰さし鉄砲を用意していた
 その数 数千挺 
 士(さむらい)も足軽も これを撃ち 井伊殿はひじを撃たれた

関ヶ原の島津軍は3000説も有るが
1000で一人が複数の小型銃を装備していた可能性は
無いと言う事なのかだが

腰さし鉄砲と言うのは
http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0046179
上の雑兵物語に有る右の銃の様な腰に差される物なのかだが
この銃も
http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0046175
上の足軽用の銃よりやや短い様にも見えるが
果たしてどうなのかだが

545某研究者2017/05/06(土) 12:20:45.83ID:H3gdNCCd
http://livedoor.blogimg.jp/netamichelin/imgs/c/c/ccfa70e8.jpg
騎兵を阻止する為の槍衾も3列程度で組まれると言う意見も有るが
最前列に騎馬武者
後列に槍足軽が1−2列
この後方に長巻兵或いは弭槍を持つ弓足軽等が
配置される可能性も有るのかだが

546某研究者2017/05/06(土) 12:35:33.08ID:H3gdNCCd
備も
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%82%99
長柄組 足軽30人
騎馬隊 侍22人

と有るから
槍足軽は騎馬武者の倍は居ないから
槍衾は3列は作れるのかどうかだが
騎馬武者を一部側面等に予備兵力等として
待機させる可能性も有るのかだが

547某研究者2017/05/06(土) 12:45:29.84ID:H3gdNCCd
乗馬突撃し乱入した騎兵に対して
至近距離で上向きに銃や弓を放てば同士討ちの危険は低いかも知れぬが
こうした事は果たして行われたのかだが

548某研究者2017/05/06(土) 13:14:49.08ID:H3gdNCCd
https://twitter.com/boukenkyuu/status/860708547323076608
上の絵の様な形で上向きに銃や弓を乱入した騎兵に対して放てば
外しても銃や弓が着弾する方向に味方が居なければ
同士討ちの危険は低いかも知れぬが
果たしてこうした事は行われたのかだが

549某研究者2017/05/06(土) 13:24:09.58ID:H3gdNCCd
>>548
此れでも下向きに矢や銃弾が跳弾して味方がやられる危険も有るだろうが
其れでもこうした事を行った者は果たして居ないのかだが

550某研究者2017/05/06(土) 14:05:14.47ID:H3gdNCCd
>>546
https://twitter.com/boukenkyuu/status/860721073096073216
騎兵を阻止する為の槍衾も上の様な形で
騎馬武者が15名程度横に並び
此れの背後に槍足軽が同程度の数二列並び
余った騎馬武者は側面等に配置されると言う可能性も有るのかだが

551人間七七四年2017/05/06(土) 14:38:58.15ID:vG5QZXQL
>>544
その腰差し鉄砲について、実銃のデータが無いので全て推定になってしまうが、
大関ヶ原展の福岡展限定で公開されていた、井伊直政を狙撃したと伝えられる鉄砲は
画像より、全長約80cm、銃身長約50cm、口径15.6mm、6匁玉に対応した物であると思われる
島津が使用していた腰差し鉄砲というのはおそらくその程度のサイズなんだろう
弾丸重量と装薬量の比率が一定の場合、大口径ほど反動が大きくなる為、普通は装薬を減らして撃つのが一般的
国立歴史民俗博物館のレポートでは10匁玉10gの装薬(一般的な装薬量の比率、弾丸重量の1/3よりもだいぶ少ない)で320m/s出しているので
一般的な比率の装薬より若干少ない程度でも少なくとも350m/s程度の初速は得られていたと思われる
弾道は、50mで3cm、100mで13cm、200mで68cm、300mで2mの頂点高を持つ山なり
140mで541リンク先実験のお貸し具足の前面鉄板をギリギリ貫通する程度の威力があり、200mでそれの75%、300mで45%に減衰するものと思われる

552人間七七四年2017/05/06(土) 16:27:48.01ID:KB5yn0N8
ゴミの様な方言見るだけで読む気も失せるからNG推奨

553某研究者2017/05/06(土) 18:54:25.02ID:H3gdNCCd
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%95%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84#/media/File:Minggunbattle.jpg
明・朝鮮騎兵が上のサルフの戦いの絵の清騎兵の様に
一部が弓を放ちながら突撃をして来る可能性も有るだろうが
鉄砲・弓足軽だけなら垣盾で可成り防護出来た可能性も有るのかだが

554人間七七四年2017/05/06(土) 19:35:35.49ID:E3ckCFJl
まず、「唐入り」という戦略目標をやめる
適当に守りやすいラインで区切って、朝鮮半島東側を制圧して現地民を追い出して本土から入植し、日本海を内海化する
さらに沿海州まで北上し、樺太も押さえて日本海を完全に内海化。あとは国力を蓄えて、ロシアとの対決に備える
完全に後出しじゃんけんで考えればこうなるかな?

555某研究者2017/05/06(土) 19:50:46.05ID:H3gdNCCd
http://tihourekisimatome.blog.jp/archives/1063800596.html
>騎兵の基本的な単位もまた12名の分隊である。
>騎兵の分隊には分隊長、多様な武器を装備した10名の兵士(マスケット銃2挺、火槍2本、
>三叉の槍2本、槍2本、メイス2本。何名かは同時に弓矢を携帯する)、そして伝令がいる。
>騎兵も歩兵と同様に分隊、小隊、中隊、大隊、連隊、旅団に組織される。
>戦場での騎兵旅団は2699名から2988名にまで増援され、1152張の弓、432挺のマスケット銃、
>60門の虎蹲砲(軽量の野戦砲)をもつ。
>大量の銃と火砲が配備されていることから、これらは騎兵というよりむしろ竜騎兵、
>騎馬で移動する歩兵であったようである。

明軍騎兵の弓の装備率は半数も無いのかだが
火器を持つ者も騎乗突撃時は弓を使用する可能性も有るだろうが
槍を装備する者は弓は無いと言う事なのかだが

556白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/07(日) 01:20:41.74ID:Y3HoMj6R
>>541-542
実戦の弾道と意味が違うで。
{広島第231聯隊、第五中隊の松○龍○氏の「戦場雑感」から。
 『(1)弾道、ある時、敵弾の陵線上から猛射を浴びせられたことがある。一応遮蔽したものの、
恐ろしいもの見たさが人間の常か一体敵はどこから撃ってきているのかと、ヒョイと頭を上げた
途端「バカアーそこはダンドウじゃー頭を出すなー」と怒鳴ったのは歴戦の招集兵だった。
 私にはダンドウの意味が判らない、後で判ったことだが、戦場に馴れた者にはあんな場合でも
弾の通る道即ちダンドウが長い間の感で判るそうな。さすがに戦場の先輩だなーと感心したことがある。}
近畿の丹波篠山聯隊でも、
{歴戦の勇士で弾道が判るのだろう、二人共悠然として前方の敵情を観察していた。
弾道の音で敵の遠近、弾道の高低が判ると、屯営の演習で兵を叱咤していたことが、溝口中尉には今更のように
恥ずかしくてならなかった。
「隊長、敵弾はこの方面、左前方から射って来ます。自分がまず小高い丘まで駆けますから、隊長は自分の後ろから
駆けて下さい」
敵弾は左側方から射たれていること、比較的弾道が高いので、間隔をとって全力疾走すれば大丈夫だと、
清水軍曹が溝口中尉に手をとるように教えて早駆けに移った。}
弾道の方角や高低を判るように成るにゃ実戦経験豊富じゃなぁと無理じゃし演習訓練じゃ駄目なんよ。
ほいじゃが、屯営の演習訓練で兵を叱咤した下級士官の中尉も緒戦の実戦じゃ木偶の坊のデコ人情ゆえ、
歴戦の下士官古参兵が実際は指揮主導権執る場合が多いいけぇのう。

557白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/07(日) 01:59:39.92ID:Y3HoMj6R
>>541-542
われが云うとんは装備や兵器の話じゃろう。「マレー戦記」から。
{しかし、英軍の追撃砲や地雷は、アルミニュウム製品で、日本軍のより、至近距離の死角が少なかった。
そのため、致命的ではないにしても、ここでもかなり負傷者が出た。
 鉄弾は、落下点から約三十五度ぐらいの角度に吹き上げるので、伏さっていれば、弾着点から一メートル
離れていれば、だいたい安全だった。英軍のは、二十度そこそこに爆発し、ほとんど水平に近く破片が飛散するので、
最低二メートル以上離れないと、伏さっていても破片にキスされるのだった。
「ニュウム嬢にやられたわい」
「毛唐のキスときたら、しつこいけんのう」などと茶化せるのは、二、三の破片を見舞わせられた者で、
げっそりしているのは十個ばかり。目ばかり動かして汗をかいているのは、数十個も、彼女たちを抱き込んでいた。
しかし追撃砲が有効なのは最初の数発で、弾速は、日本兵の足には、とてもかなわない。
彼らは例によって、虫が良かった。撃てる間一杯は発射しているが、日本人の姿を見るや否や、すばやく手を
上げてしまうのだ。しかし許してやった。}
死角度なんか実戦で馴れるけぇのう。ほいじゃが、他所から赴任した指揮官らは、「広島の兵士は思い詰めた
悲壮感が無く、激戦の最中でも明るく兵士同士が冗談で笑っている、これが伝統的強さであろう」
と感心するんも、敵さんとの駆け引きも含め戦闘を愉しむ特性が出とるよ。

558白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/07(日) 02:40:34.23ID:Y3HoMj6R
>>544
島津勢は鳥銃装備合理主義じゃけぇ、おそらく機動の邪魔になる槍部隊も少なかったろう。
薩摩を含め九州は近代郷土兵団でも、銃撃戦に拘るし、距離の間隔を詰めんのよ。
司馬史観美化の功利主義の磯田道史が参謀なら、日本帝国の無能な作戦参謀同様の拙劣な戦闘指導するんじゃろう。
 主君・島津義弘ひとりを 無事逃すため全軍が命を捨てるという戦法を取りました これが「捨てかまり」を
肯定しよんじゃけぇ。
毛利家の安芸国衆じゃった粟屋さんも、おそらく、かつて九州征伐での薩摩の連中の異質性を念頭に
しとんじゃろうけど、安芸国衆じゃ主君の為に犠牲じゃの志願するもんは少なぁし、薩摩のような対追尾される
下手な戦闘はせんけぇのう。しかも、薩摩人は頭が悪りいじゃろ。
 薩摩人が筋を通さん変節であること、上の命令に無批判に従うことに、
鹿児島県人の海音寺潮五郎氏は司馬遼太郎氏との対談で、
「これは薩摩人の頭の悪さにもよるので、主体性がないんですよ。それでえらい奴が出て
号令かければ、その通り動くわけです。」
「薩摩人は現実的過ぎてやることに全然筋道が通ってないから嫌いだが、有馬新七だけは大好き
だと賞める人もあるのです。三田村鳶魚翁がそうでした」と、例外を除いて節操が無ぁけんのう。
まあ、鹿児島人は山口人たぁ現実的で利権打算にゃ合理的主義の商売人気質じゃし、
鹿児島人に限らず九州人は昔しっから、戦国期の大友氏に立花氏にしても節操なんか無ぁよ。
じゃが鹿児島も含め九州人は、姑息な策略が好きじゃが、基本的に頭が悪い低脳さんじゃけぇ、
九州人はIQ知能指数秀才も含め思慮深さが欠ける単純馬鹿が多いいけぇのう。
答えの出る数理算盤以外の思慮は頭が痛うなると考えん単細胞ゆえ、主君守りの阿呆なことするんじゃろう。
薩摩は九州征伐でも、長宗我部や豊臣秀長軍にゃ勝てても、中国、山陽道の毛利・黒田勢にゃ手も足も出んよ。
個々の将兵の判断力が精強軍団を作るんで、薩摩の集団主義は脆うて弱いけんのう。

559白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2017/05/07(日) 03:04:33.83ID:Y3HoMj6R
>>553-555
軍の単位組織数なら、日本は歩兵と騎馬の違いはあっても女真満洲族と同じ広義のツングース系ゆえ、「5」
を基本にしたんじゃなあか。>>538の分隊10名でも、「5」の基本数からじゃし、伍長云う名称も、
現実じゃ5人の長じゃ無ぁにしても、基本数を「5」にせんと落ち着かんけぇのう。
民族学者の岡正雄氏が指摘されるよう、五は北方騎馬民族の軍事組織基本数じゃし、
女真満州族の八旗も 「ニル(「矢」の意)とし、5ニルをジャラン(1500人)とし、5ジャランを
グサ(25ニル、7500人)とする」
日本も、5のミヤツコが25のモノノベをひきいた5x5=25となる軍事組織で一緒じゃし、
高句麗や百済も五部族制で一緒じゃわい。
じゃが、女真や日本同様の広義のツングース系でもある李朝時代の朝鮮兵らは 「5」を基本としたかは
解らんのう。中国系「6」単位組織が目立つし。

560人間七七四年2017/05/13(土) 07:00:12.91ID:3tnVlnbl
ジャップども早く謝罪しろ

561人間七七四年2017/05/13(土) 15:45:24.81ID:l3qsWsvf
チョウセンゴキブリに餌を与えて繁殖させてしまい世界の皆様ごめんなさい

562人間七七四年2017/05/15(月) 17:08:41.79ID:85CEy5N7
侵略国家日本が400年前に朝鮮を攻めたのが全部悪い
日本人は全財産と領土を朝鮮に譲渡し、のたうちまわって滅ぼされなくてはならない

ネトウヨは認知症だからすぐ歴史を忘れる

563人間七七四年2017/05/15(月) 17:18:26.91ID:+E9JyXNe
また乞食が来た

564人間七七四年2017/05/15(月) 17:42:21.10ID:VNI3pLoP
やはりチョンを滅ぼさなかったのが最大の罪だよな。

565人間七七四年2017/05/15(月) 20:27:13.46ID:Fx75ibEX
細かな戦術の分析をしてもあまり意味ないな

結局いくら「バトル」で勝とうと、占領政策を上手くしないと「ウォー」の勝利に結びつかない

戦後のことをしっかり考えておかないと、一時的に占領しただけで撤退に追い込まれる

566人間七七四年2017/05/16(火) 09:59:07.33ID:o4fFGwc1
ある清々しい朝の風景
   _
  _/ o・ァ チョンチョン!!チョン!!
 ∈ミ_ノノ
  ヽヽ
       イ ""  ⌒  ヾ ヾ
......... ..ヽ . ;: . / .⌒ _,,..__ ヽ  ) ;. :ノ......... .........
:::::::::::::::::::::ゞ (.   (::.! l,;::) .ノ ノ ./::::::::::::::.......:::::
      ._ゝ,,. .-ー;''""~ ';;; − .._´,
     ._-" ,.-:''ー''l"~:|'''ーヾ  ヾ
    ::( ( .     |:  !     )  )
          .〜'"|   |'⌒〜'"´ ノ
        ""'''ー-┤. :|--〜''""
            :|   |      
             j   i  
          / |   / |
       (゜\./,_ ┴./゜)(  ドッカーン 
       \ \iii'/ /,!||!ヽ      
ファビョ━━ /V,,ニ..,ニ、、 ノ( \━━━ン!!!!
     .  \ヽY~~/~y} `/~,/"
       . | ,k.,.,!,.,.,r| ,!  く 
      ./ <ニニニ'ノ   \

『 ネトウヨ!! スズメは ネトウヨニダ──────!!』

567人間七七四年2017/05/16(火) 15:36:12.99ID:AVq2/unx
>>562
個人的に「朝鮮」に謝罪したいと思うのだが、
その「朝鮮」の代表者の名称を教えてくれ
「朝鮮」ということを念押ししておく

568某研究者2017/05/16(火) 22:44:11.85ID:kfxuCSAe
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E7%A6%84%E3%83%BB%E6%85%B6%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%BD%B9#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E8.BB.8D
>本来の日本の火縄銃の用法は、西洋における戦列歩兵による弾幕射撃とは異なり狙撃型のものであり、射撃開始距離も1町(約109メートル)程度であったとされるが、
>朝鮮においてはより遠距離からの射撃戦が行われる傾向にあり、遠距離射撃による精度の低下を補うために、一斉の集中射撃も行われた。

>朝鮮の同時代史料である懲録には「弓矢の技は百歩に過ぎないが、鳥銃はよく数百歩に及び、(中略)とても対抗できない」(東洋文庫版283頁)とある。
>(当時の朝鮮の歩は約118cm) また同書に、尚州での両軍の戦闘においては朝鮮の弓は実射程が100mに満たず(「矢は数十歩で墜ちて」東洋文庫版60頁)日本軍に届かず、開平地の戦闘では火縄銃にアウトレンジされ一方的に損害を被ったことが記されている。

日本軍も弓の射程外の120m以遠で銃を放ち弓を持つ騎兵を主に減らし弓での反撃を封じ
生き残った騎兵には(生き残った弓を持つ騎兵中心に)弓を撃ち込んでいたと言う事なのかだが

569某研究者2017/05/16(火) 23:00:23.11ID:kfxuCSAe
https://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n77960
>弓
明軍では弩が使用されており、射程距離は約150m。
日本軍では和弓が使用されており、射程距離は約140m。
朝鮮軍では半弓が使用されており、射程距離は約120m。

明軍の弩に対しては日本軍も
銃を150m以遠で発射したのかだが
密集隊形相手で精度の高い細筒なら命中は可能だったのかだが

http://tihourekisimatome.blog.jp/archives/1063800596.html
>3つの連隊が2699名の旅団(323名の士官、2160名の兵士、216名の伝令)を構成し、
>1080挺のマスケット銃と216張の弓をもつ。

明軍の弩の数と言うのは
余り無いと言う事なのかだが

570某研究者2017/05/16(火) 23:22:16.75ID:kfxuCSAe
http://tihourekisimatome.blog.jp/archives/1063800596.html
>車兵旅団の戦車(防御用のワゴン)にはそれぞれ10名の分隊2個が配置されている。
>分隊長、御者、2名のラバ追い、6名の砲手からなる第1の分隊は、戦車のところで
>2門の旋回砲を操作する。

この明軍の戦車と言うのは何なのかだが
https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Sarhu#/media/File:Pan_Zongyan_being_overrun.jpg
上のサルフの戦いの絵で出て来る小型の車輪付き盾の様な物とは違うのかだが
戦車部隊に弩や弓は無いから低精度のフランキ・手銃しか無いのかだが
日本軍の細筒に近距離で装甲を撃ち抜かれるか
大鉄砲で中距離からもやられていた可能性も有るのかだが

571某研究者2017/05/16(火) 23:32:29.32ID:kfxuCSAe
https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Sarhu#/media/File:Kang_Yingqian_being_overrun.jpg
上のサルフの戦いの絵の明歩兵は手銃では無い火縄銃らしき物も可成り多いが
16世紀時点ではどうなのかだが
狙撃では無く弾幕射撃をしていたと言う意見も有るが
果たしてどうなのかだが
こうした物の精度が仮に高ければ
日本軍は車竹束の様な物で防ぎつつ接近し
明軍の戦車の装甲を貫通する様な
近距離での細筒での銃撃を加えていた可能性は有るのかだが

572某研究者2017/05/16(火) 23:32:30.90ID:kfxuCSAe
https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Sarhu#/media/File:Kang_Yingqian_being_overrun.jpg
上のサルフの戦いの絵の明歩兵は手銃では無い火縄銃らしき物も可成り多いが
16世紀時点ではどうなのかだが
狙撃では無く弾幕射撃をしていたと言う意見も有るが
果たしてどうなのかだが
こうした物の精度が仮に高ければ
日本軍は車竹束の様な物で防ぎつつ接近し
明軍の戦車の装甲を貫通する様な
近距離での細筒での銃撃を加えていた可能性は有るのかだが

573某研究者2017/05/16(火) 23:43:03.17ID:kfxuCSAe
http://historum.com/asian-history/80618-some-very-nice-pictures-about-ming-weapons-3.html
http://historum.com/asian-history/80618-some-very-nice-pictures-about-ming-weapons-4.html
明軍の戦車と言うのは上の様な物だろうが
装甲は近距離での細筒の銃撃には耐え得る物なのかだが
現実には銃は手銃も多く
火縄銃は弾幕射撃をしていた可能性も有るのかだが

574人間七七四年2017/05/17(水) 00:11:07.13ID:7kfVzTlz
というか一番の敵は寒さだろ。平壌以北は大陸性気候の影響もあり
冬の厳しさは北海道と同じかそれ以上。江戸時代でも
津軽藩士殉難事件みたいに100人が北海道の警備に当たり
死者が72人という凄まじい事態が起こってるし

575某研究者2017/05/18(木) 15:32:20.19ID:rt8nSrPm
https://www.rekihaku.ac.jp/outline/publication/rekihaku/126/witness.html
>1615(元和元)年の津田重長の秘伝書にも「鎧通玉のこと」「先を三角にした太くて長い竹束玉のこと」、  

竹束を貫通する様なこうした弾が
明軍の戦車や船舶を遠距離から貫通するのに使用された可能性は無いのかだが
騎馬武者用の銃だけに使用された可能性も有るのかだが

576某研究者2017/05/19(金) 18:12:19.91ID:eToJbwEd
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10153700750
http://ameblo.jp/mini1575a3/image-12094866746-13481956100.html
上に有る様な先端の細い弾が竹束玉の可能性は有るのかだが
後端が四角くく先端の尖った弾も有るが
此れは通常の火縄銃から撃たれる物なのかだが

577某研究者2017/05/21(日) 12:26:38.86ID:JE96B3Ft
http://photozou.jp/photo/show/1849954/209294748
蔚山城攻防戦で明軍の梯子が上の様な櫓外しで落とされた可能性は有るのかだが
十文字槍・鍵槍等でも此れは代替出来たのかだが
大型の台座付き梯子等には効果は無いと言う事かも知れぬが
此れは何処迄使われたのかだが
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%94%9A%E5%B1%B1%E5%9F%8E%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84#/media/File:Ulsan_waesung_attack.jpg
上の蔚山城攻防戦の絵には只の梯子しか書かれていない訳だろうか

578人間七七四年2017/05/26(金) 21:26:49.72ID:nRHQG5a0
このスレの韓国人で粘着してるバカすぎて
かかわっちゃいけないと痛感しますな

579某研究者2017/05/29(月) 14:40:52.73ID:1BXL03Cf
http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20120512/1336752249
 弩は近距離では絶大な威力は有るのでしょうが「弓」の強さの割には距離には結びつきません。
 これはまず第一に矢(箭)の形状によると考えられます。
 手持ちの弩の場合機構上「太矢」という短くて太い矢が用いられます。矢羽根も小振りです。弩やクロスボウの矢は弓箭の物に比べ安定性が低く直進し難く空気抵抗によって減速・落下します。曲射でも飛距離はそれほど伸びず貫通力も低下します。
 (追記:ライフリングのある銃弾に比べると)殆どジャイロ回転しない矢は速度が上がると空気抵抗が大きく急速にエネルギーを失います。
 強い弩であっても生身に対しても殺傷可能距離は100mを超える程度、最大で200m程度でしょうか。曲射だと360m位飛ぶらしいですが貫通力は無いでしょう。
   
 そうなると弩の場合毎分発射数の部分が弱点になります。単純なレバー式・ペダル式で1分4射程度、強力ですが複雑な巻き上げ式だと1分1射程度とされます。単純な弓箭を淘汰出来ず、威力の勝るマスケットの登場で野戦からは消える理由がわかります。

明軍の弩も射程はどうなのかだが
空気抵抗で精度も低下すると言う事なのかどうかだが

580某研究者2017/05/30(火) 12:51:00.75ID:g+BcSChR
足軽でも弩射程外の150m辺りからなら
密集隊形に銃を打ち込む事も可能なのかだが
この時期では銃を持つ騎馬武者も多いが
騎馬武者でも2歩(236m)でぎりぎり歩兵密集隊形・騎馬武者に当てるのが
一部の者以外は限界と言う事は無いのかだが

581某研究者2017/05/30(火) 13:02:01.29ID:g+BcSChR
https://twitter.com/boukenkyuu/status/868412352282075136
上の武田軍以外にも有ると言う士鉄砲組と言うのは騎馬武者では無く
銃を扱う専門の徒武者なのかだが
彼等は可成り精度の高い射撃が出来た可能性も有るのかだが
精度より威力の有る士筒を使用する例も多いのかだが
備1つに3−5人しか居ないなら
指揮官の狙撃程度しか現実的には無理なのかだが

582某研究者2017/05/30(火) 16:51:22.60ID:g+BcSChR
雑兵物語では鉄砲足軽小頭が1町(110m)毎に射撃目標を支持と言う記述も有るから
最低でも110mでは射撃しているのかだが
1町毎に射撃を支持していると言う事は
2・3町或いはそれ以遠の射撃も有ると言う事なのかだが

雑兵物語では騎兵を撃つ際は基本的に馬を狙うと有るが
人を撃って馬を暴れさせ敵を混乱させる事も有ると言うが
こうした狙撃の出来る兵は少数なのかだが
敵が密集している状況で無いとこうした攻撃は出来るのかだが

583某研究者2017/05/30(火) 17:00:58.75ID:g+BcSChR
1町(110m)単位で射撃目標を支持していると言う事は
明軍の射程150mかも知れぬ弩や
朝鮮軍の射程120mの弓に対しては2町(220m)で射撃を指示
騎兵に対しても弓をアウトレンジする為に220mで射撃をした可能性も有るのかだが
果たして何処迄命中したのかだが
220mでも命中を期待出来る士等の上手い射手に
鉄砲を短時間で渡して220mから連続射撃をしていた可能性も有るのかだが
220mから騎兵が120mの弓の射程に入る前に12秒程度は有るが
上手い射手に鉄砲を素早く渡してもこの間に3発程度放つのが限界と言う事なのかだが
120m程度の距離なら他の余り上手くは無い射手が当てる事も可能かも知れぬが
220m以遠から当てられる射手等は
大量に居たのかだが

584某研究者2017/05/30(火) 18:03:05.97ID:g+BcSChR
弓足軽や士弓組の弓も1町(110m)程度で放っていたのかだが
士弓組や騎馬武者の強弓も2町(220m)迄は流石に届かないと言う事なのかだが
銃で撃ち漏らした騎兵を弓で垣盾等も利用し矢を防ぎつつ
攻撃していたと言う事なのかだが
射撃は6秒に一発程度なら騎兵の接近前に
果たして2発は放てるのかどうかだが
槍衾の背後に退避する時間も必要と言う事だろうか

585某研究者2017/05/31(水) 12:53:54.96ID:S/mGk5Q/
110mで正確な狙撃の出来る弓兵は少数であるなら
騎兵に対しては
槍衾の背後から近距離で射撃をしていた可能性も有るのかだが
槍衾も後列も一時的に屈めば
背後から弓は放てると言う事だろうか

586人間七七四年2017/06/01(木) 01:57:45.23ID:aMDEugRY
文禄・慶長の役はどうすれば日本軍が勝てたか?
ふざけてるの?
約70年前の、日本の非情な邪悪で残虐な所業を
謝罪してから考えろよww
旧日本軍による「慰安婦強制凌辱」とか「うん千万規模の南京大量殺害」とかは
代表の平成天皇なりの公開全裸土下座謝罪無しの現状は
同じ日本人として恥ずかしいし、中韓の被害者達に申し訳なく思うわ

やっぱ、俺達日本人は醜悪で邪悪だと思うね。
俺達日本人に比べたら、ユダヤやISISなんかは
日本民族と比べたら邪悪でも何でもないわ

その血が俺にも混じってると思ったら
掻きむしって邪悪な血を全部出してやりたいわw                     

587人間七七四年2017/06/01(木) 03:57:55.58ID:TDWCmWsU
やってみたらどうだ?

588人間七七四年2017/06/01(木) 05:19:20.18ID:mAz+DWbm
つうか祖国に帰れよ寄生虫
神州日本でニンニク臭い息吐くなよ穢らわしい

589人間七七四年2017/06/01(木) 10:35:28.20ID:2q3Nv2ym
>>586

>平成天皇
日本人なら今上天皇と書くだろうな

>俺達日本人に比べたら、ユダヤやISISなんかは
>日本民族と比べたら邪悪でも何でもないわ
低レベルな日本語学校ですね

590人間七七四年2017/06/01(木) 16:58:23.84ID:10ynk1+S
日本人も少しくらい邪悪さがあれば半島のヒトモドキなんてとっくに殲滅できてたのにな
いかんせん善良すぎて、あんなゴミにすら情けをかけて餌をやってしまう

591人間七七四年2017/06/01(木) 18:00:03.39ID:TDWCmWsU
日本軍の投降者の大半がチョンでしかも隠れてる場所まで米軍に教えたってまじ?

592人間七七四年2017/06/02(金) 10:25:55.28ID:PlSoQ7XP
まあ、日本軍と言うか軍属だけどな
朝鮮人軍属は戦地で略奪強姦捕虜虐待を好んで行って日本軍からも白い目で見られていた
で、日本軍が劣勢になると連合軍に投降して被害者面をするようになった
だけどそう都合良くはいかず戦犯にかけられた奴も多い
そして現在では、日本軍のせいで死刑になったんだ!賠償しろ!と逆ギレして騒いでいる
むしろ朝鮮人のせいで責任取らされて死刑になった将校も多いし、お前らが賠償しろと言うべきだわ

593人間七七四年2017/06/02(金) 13:29:14.30ID:XzeBVzPq
戦国時代板でホザき続ける脳障害

594人間七七四年2017/06/03(土) 15:02:56.67ID:3bkOrd8f
韓国人による、日本人に対するヘイトスピーチは
善良なヘイトスピーチだからね。
                                       
邪悪で醜悪でクズの日本人と一緒にしないでくれますか?^^;

595人間七七四年2017/06/03(土) 15:07:06.45ID:SQRrd7rq
594 名前:人間七七四年[] 投稿日:2017/06/03(土) 15:02:56.67 ID:3bkOrd8f
韓国人による、日本人に対するヘイトスピーチは
善良なヘイトスピーチだからね。
                                       
邪悪で醜悪でクズの日本人と一緒にしないでくれますか?^^;

596某研究者2017/06/03(土) 17:53:04.29ID:RaFoLZru
https://www.youtube.com/watch?v=rwO_9kd6MJQ
上では55ポンド(24kg)の張力のロングボウで
50ヤード(45m)先の目標を撃っているが
此れで動く馬に命中するのかだが
弩の張力は150kg等であるなら此れより可成り弾速は高速なのかだが
日本の張力50kgの弓では後列も屈んだ槍衾の背後から
近距離で放つ以外銃でやられて散開している騎兵には
命中させるのは困難なのかだが

597某研究者2017/06/03(土) 18:21:27.25ID:RaFoLZru
http://blog.canpan.info/medicalyou/archive/137
>加藤清正が朝鮮から国元へ、”弓、刀はいらないから鉄砲を送れ” と矢のような催促の手紙を書いている。

上の鉄砲以外役に立たないと言う事の意味は

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1127037781
>日本側の主武器であった槍は、この戦いではあまり役に立ちませんでした。明や朝鮮の兵は白兵戦より弓での戦いが主武器だったからです。弓が相手では日本側の刀槍が役に立たないばかりでなく、
>射程や威力で劣る日本の弓も勝てないため、鉄砲が最も頼りになる武器と言う事になります。

騎兵や歩兵の弓をアウトレンジするのは鉄砲以外困難である故と言う事なのかだが
槍衾も銃撃で減った騎兵を阻止するにはそう人数は要らないだろうし
槍を増やしても弓での攻撃は止められない訳だろうか

598人間七七四年2017/06/04(日) 08:22:51.71ID:/OPCfvCk
ジャップども土下座して早く謝罪しろ

599某研究者2017/06/04(日) 10:41:14.48ID:tDjyfq2W
日本軍の刀の活躍が色々記述されているのは
銃撃で敗走した明・朝鮮軍を追撃した際に此れが使われた故なのかだが
攻城戦でも此れは使用されると言う事だろうか
明軍騎兵は弓での攻撃が主体であるなら
銃を掻い潜って突撃して来た騎兵が刀・槍でやられた例と言うのは
少ないと言う事なのかだが
明軍騎兵も弓の射程迄接近して其処からは突入せず弓を使用したが
垣盾等に守られた日本軍には余り有効打は与えられず
銃や弓の反撃を受け敗走していた可能性も有るのかだが

600某研究者2017/06/04(日) 11:35:38.78ID:tDjyfq2W
敗走する明軍騎兵を騎馬武者・馬足軽単独で追撃と言うのは
弓の反撃を受け得るので困難だったと言う事なのかだが
馬上からの銃での遠距離狙撃と言う事は果たして有り得たのかだが
一発程度なら放てるかも知れぬが
再装填中に距離を離されて逃げられる可能性も高いのかだが
敗走する歩兵を騎馬武者や馬足軽が馬で追撃
弩をアウトレンジ出来る射程に入れば銃を放ち装填後馬を飛ばし
再度射程に入れば銃を放つと言う事を繰り返していた可能性は
有るのかどうかだが

601人間七七四年2017/06/04(日) 13:24:17.17ID:aLk3TeMU
594 名前:人間七七四年[] 投稿日:2017/06/03(土) 15:02:56.67 ID:3bkOrd8f
韓国人による、日本人に対するヘイトスピーチは
善良なヘイトスピーチだからね。
                                       
邪悪で醜悪でクズの日本人と一緒にしないでくれますか?^^;

602人間七七四年2017/06/07(水) 23:04:38.74ID:mBpqbGKc
>>597
単純に鉄砲が最も効率的だっただけかと
朝鮮軍、明軍ともに鉄砲を防ぐ竹束の存在を知らなかったからな
木の盾は弓矢、槍、刀は防げるが鉄砲は防げない

603人間七七四年2017/06/08(木) 00:12:24.02ID:RT7mDd+1
こういう素人考えをドヤ顔で主張してくる奴って必ずいるよなw

604人間七七四年2017/06/08(木) 00:23:45.52ID:6fM+fu/v
鉄砲と竹束持って台湾から明に攻めれば良かったんじゃね?
朝鮮経由だとどうしても寒さには勝てないし

605人間七七四年2017/06/08(木) 01:10:57.52ID:xjhyl//m
鉄砲と和弓の中間の威力で連射できるクロスボウは
日本の職人が研究しても当時の技術では無理だったの?
>>604
十万単位の軍団を沿岸沿いか見える島に向かうくらいの
航行しか出来ない航海技術の日本軍が台湾から大陸へ行けるかね?
朝鮮に出陣する前に女真を調略した方が良かったんじゃないの?

606人間七七四年2017/06/08(木) 07:12:21.89ID:rbzsCChq
むしろ医学が発展していなかった当時は暑い地域の方がリスクが高い
明治時代でさえ台湾に出兵した日本軍は敵よりもマラリアや感染症で壊滅したし

607人間七七四年2017/06/08(木) 13:15:58.18ID:Mzp2PfSW
それ暑さと関係なくね

608人間七七四年2017/06/08(木) 17:50:38.80ID:FKjwN1ma
寒い地域にマラリアがいると思っているのか

609人間七七四年2017/06/08(木) 18:58:47.15ID:j83PL6Fx
暑い地域は動植物が多様だし活動も活発だわな。
当然、伝染病やらの危険も増す。

610某研究者2017/06/08(木) 20:50:02.29ID:Nh5JRWlf
>木の盾は弓矢、槍、刀は防げるが鉄砲は防げない

標準的な2−3匁筒であれば200mでは垣盾で止まる可能性は無いのかだが
100mでも或いはどうなのかだが
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%BE#/media/File:Ashigaru_using_shields_(tate).jpg
垣盾越しに射撃する足軽も江戸期の絵には有るが
蓑を置いても50m等で2−3匁筒は防げるのかだが

明軍の騎兵の馬は200mでも倒せるか機動力を低下させられるが
http://historum.com/asian-history/80618-some-very-nice-pictures-about-ming-weapons-3.html
http://historum.com/asian-history/80618-some-very-nice-pictures-about-ming-weapons-4.html
上の様な明軍の戦車相手には可成り近距離迄接近する必要も有るのかだが
大型の銃で手銃や砲或いは弩の射程外から狙撃をした可能性も有るのかだが

余り銃身の長く無い六匁筒では200mの狙撃等出来るのかだが
長距離狙撃可能な十匁等の狭間筒は野戦では使用されているのかだが

611人間七七四年2017/06/08(木) 22:11:38.87ID:X02Mbt5U
>>608
戦前までは日本でもマラリアは度々流行してたぞ
マラリアは気候よりも衛生状態に大きく左右される病気

612某研究者2017/06/08(木) 22:27:07.32ID:Nh5JRWlf
http://photozou.jp/photo/show/1849954/204177021
上は江戸期の鉄砲足軽だろうが
こちらは蓑は無く垣盾のみを使用しているが
こうした小型の物は文禄・慶長の役では使用されたのかだが

613人間七七四年2017/06/08(木) 22:49:26.90ID:6fM+fu/v
大事のは硬度でなく角度。木の盾でも斜めに置くことで竹束と同じ効果は期待できる
だけど明軍が鉄砲対策として斜めに盾を配置する術は知らなかった

614某研究者2017/06/08(木) 23:44:51.63ID:Nh5JRWlf
http://historum.com/asian-history/80618-some-very-nice-pictures-about-ming-weapons-3.html
明軍戦車の装甲は湾曲している様にも見えるが
果たしてどの程度の防御力なのかだが

https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Sarhu#/media/File:Jurchen_cavalry_attacking_the_Ming_camp_from_the_rear.jpg
https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Sarhu#/media/File:Pan_Zongyan_being_overrun.jpg
サルフの戦いの明軍の車輪付きの盾も
防御力はどうなのかだが
此れは文禄・慶長の役では使用されたのかだが
https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Sarhu#/media/File:Minggunbattle.jpg
上には戦車は無いが
円盾を持つ兵の背後から銃撃している例も有るが
盾を持つ兵が居ない列も有るが
射程の短い手銃が未だこの時点でも有るのかだが
弓で此れはアウトレンジされていたのかだが
火縄銃の射撃も西欧の様な弾幕射撃が基本だった可能性も有るのかだが
この円盾は200m程度の2−3匁筒は果たして止まるのかだが

615人間七七四年2017/06/09(金) 00:02:45.25ID:Ui+xe1I3
手盾は古来から剣や弓矢をいなすために湾曲や角度がつけられていた
けどそれじゃ鉄砲は防げないから竹束が考案されたわけ
木の手盾で鉄砲を防ぐ角度をつけようとしたら重く、大きくなり実戦では使い物にならない

616人間七七四年2017/06/09(金) 12:24:00.28ID:Q+q8Z891
>>611
何を言っているのだ
感染症の一部での流行などはどこにでもあるがそんな話は何の関係もない
日本国内で数ヶ月の出兵中に兵士の殆どが感染して1割が死ぬなんて事ないだろ

617某研究者2017/06/09(金) 12:26:34.06ID:Yvrquifs
https://www.pinterest.jp/pin/516928863458704865/
https://www.pinterest.jp/pin/296604325439767336/
http://www.gaopu.com/mindai.html
http://www.xmmuseum.com/index.php?m=content&c=index&a=show&catid=37&id=75
明歩兵の円盾は藤製だろうが
此れで200mからの2−3匁筒は止まったのかだが
銃兵の鎧は鉄札は果たして有るのかだが
弓や手銃なら此れで止まった可能性は有るのかどうかだが
200mからの2−3匁筒は止まるのかだが
重装歩兵も含め小札鎧であるから仮に貫通せず共
銃弾の衝撃は止まるのかどうかだが

銃兵も騎兵も腕に装甲は無いし
手足を斬れと言う雑兵物語に有る様に腕を斬られて
やられた者も多いのかだが
重装歩兵の腕甲は固定式では無い小札鎧なのかどうかだが
騎兵は鎖鎧しか果たして無いのかだが
こんな物では弓も防げず歩兵の槍にもやられる危険は無いのかだが
指揮官は鉄小札鎧を装備していた可能性も有るのかだが

618某研究者2017/06/09(金) 13:19:47.38ID:Yvrquifs
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ming_cavalry.jpg
上の16世紀末の絵では明騎兵の鎧は鎖では無いのかだが
指揮官或いは精鋭部隊以外は鎖の可能性も有るのかだが
http://dragonsarmory.blogspot.jp/2015/08/late-ming-cavalry-armor.html
上の明騎兵も槍を持つ者は少数に見えるし
余り長く無い大刀や刀が主体であるなら
長い槍で馬がやられる例も多かったのかだが
騎馬武者の近接攻撃は弓で阻止された可能性も有るだろうが
大刀や槍を持つ兵は弓は何処迄使用したのかだが

619人間七七四年2017/06/09(金) 13:24:02.91ID:sVQGeu1h
>>616
寒いのと暑いのとどっちがキツいかって話を、これ以上論点ずらしするのやめてくれるか

620某研究者2017/06/09(金) 13:39:23.95ID:Yvrquifs
http://arms.cybrary.jp/db/longhandle/sword/yanyuedao.html
明代の大刀は上の偃月刀なのかだが
12−25kg等と言うのは1.2−2.5kgの間違いの可能性も有るのかだが
長さ1.7−3mと有るが
日本の騎馬武者用槍同様の2.7m以上の物は多かったのかだが

621某研究者2017/06/09(金) 14:02:17.81ID:Yvrquifs
http://4.bp.blogspot.com/-b3OKCxG1ezY/VcI8X1bFCaI/AAAAAAAAAfw/vR7ik8p8Fd0/s1600/1291472619385.jpg
上の絵を見る限り明の偃月刀は1.7mも無いのかだが
此れは日本の薙刀より長巻に近い武器なのかだが
此れで2.7m等の槍で馬を狙われれば果たして防げるのかだが

622某研究者2017/06/09(金) 14:30:50.04ID:Yvrquifs
明軍精鋭騎兵が偃月刀を大太刀の様に利用して
日本側の槍を斬ると言うのは有り得たのかどうかだが

http://bunka.nii.ac.jp/heritages/heritagebig/147207/1/6
朝鮮軍図屏風には偃月刀を持つ明騎兵は無い様に見えるし
槍を持つ兵も少数に見えるが
偃月刀を持つ精鋭騎兵は少数だから絵には書かれなかった可能性も有るのかだが

623某研究者2017/06/09(金) 15:51:45.77ID:Yvrquifs
https://sites.google.com/site/woruzan/home/bunrokukeichou/keichou-no-eki/urusan-sen-eki
>『宣祖実録』には、退却する明軍が30里にわたって日本軍の追撃を受け、大損害を受けた様子が記されている。

足軽胴或いは装甲も無い様な軽装の馬足軽なら明軍重騎兵に追い付き
弓の射程外から銃撃を加えられた可能性は果たして有るのかどうかだが
馬足軽も馬が小さいなら軽装でも追い付けない可能性は有るのかだが
騎馬武者が装甲を軽くして乗馬追撃と言うのは果たして有ったのかだが

624某研究者2017/06/09(金) 15:54:43.68ID:Yvrquifs
何れにせよ明重騎兵が鎧迄捨てて全力で逃げた場合は
追撃は困難と成ると言う事なのかだが

625某研究者2017/06/09(金) 16:26:33.45ID:Yvrquifs
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14102892239
>江戸時代の本『古今要覧稿』には、『四尺(121センチ)の馬をば世の常の馬とするがゆえに、これを子馬(普通の馬)といひ、四尺五寸あるを中馬といひ、五尺を大馬といふ』

馬足軽の馬は小馬であり121cm
騎馬武者の馬は中馬であり136cm
精鋭部隊騎馬武者の馬は大馬も有り151cm超も有り得たと言う事なのかだが

http://www.sengokushi.com/sengokushi/?p=308
>武田軍馬の背高は百二十センチメートルしかない。鹿ほどの大きさだ。しかし、骨太で、筋肉が発達していたことが分かった。

此れは山岳戦用の物と言うが
体重は中馬とそう変わらない可能性も有るのかだが

https://www.jstage.jst.go.jp/article/chikusan1924/28/5/28_5_301/_article/-char/ja/
1. この骨は1333年 (元弘3年), 新田義貞鎌倉攻めの際の新田勢および幕府方の軍馬のものを主体とし, その前後の鎌倉・室町時代の馬の骨を含むと考えられる。これらの馬は関東産馬を主体とし, 甲斐, 信濃等の産馬をも含むと考えられる。
2. 四肢骨から馬の体高を推定すると, 109〜140cm, 平均129.477±1.098cmとなり, 主体は先史時代の中形馬であるが. また先史時代の小形馬も存し, なお両者の交雑による馬も含まれていると考える。これらの馬は軍馬が主体であるから,
当時の比較的大格馬が選択されているものであろうが, 同じ時代により多くの小格馬も存したと考えられる。これら鎌倉時代の馬も, 漸次文化の進展にともない, また軍馬としての必要上, 小形馬は淘汰せられ, 日本内地においては,
わずかに在来馬として現在の木曽馬のように体高124〜143cm平均133cmを有するものが残されたのであろう。

こちらの馬は武田軍の物よりやや大型だが
馬足軽的な軽装兵の馬も含まれている可能性は有るのかだが

626某研究者2017/06/09(金) 18:52:38.46ID:Yvrquifs
https://sites.google.com/site/woruzan/home/bunrokukeichou/keichou-no-eki/urusan-sen-eki
>『朝鮮軍陣図屏風・第三隻』にも、敗走する明・朝鮮軍を日本軍が猛追撃する様子が描かれている。

http://i.imgur.com/cYUTUaR.jpg
http://i.imgur.com/YvP3Dlr.jpg
上の朝鮮軍図屏風の場合
日本軍の騎馬武者・歩兵は同時に明騎兵を追撃しているが
明騎兵の弓での反撃を受けるのを覚悟して格闘戦を挑んでいる様にも見えるが
現実には何処迄行われたのかだが

627某研究者2017/06/09(金) 19:05:40.86ID:Yvrquifs
現実には追撃時も日本軍は銃で弓の射程外から明騎兵の馬を撃った後
落馬した兵も弓の射程外から銃で止めを刺していたという様な例が
多かったと言う事は無いのかだが
碧蹄館等でも明騎兵を追撃していた一部の者が
弓でやられたという記述は有るだろうが
極力弓の射程外から銃を使おうとしたが
奇襲で近距離からやられた可能性も有るのかだが

628某研究者2017/06/09(金) 20:06:58.25ID:Yvrquifs
http://i.imgur.com/MWiRMuN.jpg
上の朝鮮軍図屏風の日本軍の船の一部は竹束が有る様にも見えるが
http://i.imgur.com/Bh04Nzq.jpg
http://i.imgur.com/iwgNrAZ.jpg
上の大阪の陣でも投入された盲船の可能性も有るのかだが
此れは現実に投入されたとすれば
朝鮮水軍の主に手銃を防ぐ為の物なのかだが
此れの射程外から大鉄砲で攻撃を加えるのが基本と言う事では無いのかだが
朝鮮水軍の遠距離の砲を止める為の物の可能性は無いのかだが
絵でも全てが竹束を装備している様にも見えないし
竹束装備の船は切り込みも想定しており
装備しない船は遠距離戦用の可能性も有るのかだが

629某研究者2017/06/09(金) 20:31:04.52ID:Yvrquifs
http://i.imgur.com/MWiRMuN.jpg
上の日本船の装甲の竹束に見える物・見えない物双方は
竹束と異なり平たい様に見えるし

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E8%88%B9
>総矢倉の周囲は楯板と呼ばれる木製装甲で囲われており、戦闘員や艪をこぐ水夫を矢や銃弾から保護しているが[2]、安宅船よりも楯板が薄く防弾性能は低い。軽量化のため竹製の楯板になっていることもある。

この軽量化された竹製の盾板の可能性も有るのかだが
此れは遠距離の弓なら止まる可能性も有るのかだが
此れで遠距離の弓を止めつつ砲や手銃の射程外から
大鉄砲を打ち込むと言う事かも知れぬし
斬り込み用の装備では無い可能性も有るのかだが

630某研究者2017/06/09(金) 20:46:02.93ID:Yvrquifs
http://i.imgur.com/EvopOcY.jpg
とは言え上の船には前部に竹束が有る様に見えるし
正面・側面限定でも竹束が装備されている船が
斬り込み用に投入されていた可能性も有るのかだが

631某研究者2017/06/09(金) 21:29:48.76ID:Yvrquifs
http://i.imgur.com/vy9oNaN.jpg
朝鮮軍図屏風の上の兜を被った袖の無い恐らく歩兵は
士鉄砲組なのかだが
此れとは別に数の多い陣笠装備の鉄砲足軽も
書かれているから
足軽では無いと言う事なのかだが

632人間七七四年2017/06/09(金) 21:30:04.89ID:k46hvM0Y
594 名前:人間七七四年[] 投稿日:2017/06/03(土) 15:02:56.67 ID:3bkOrd8f
韓国人による、日本人に対するヘイトスピーチは
善良なヘイトスピーチだからね。
                                       
邪悪で醜悪でクズの日本人と一緒にしないでくれますか?^^;

633某研究者2017/06/10(土) 14:13:14.79ID:8NykB7yp
http://bunkazai.metro.tokyo.jp/jp/search_detail.html?page=1&id=300
江戸期の戦国期の物を模したと言う関船の模型には竹の装甲が有る様にも見えるが
此れは船体下部迄防護しているのはどう言う事なのかだが
船体下部が弓や弩で貫通され浸水するのを防いでいるのかだが
火炎には油を含む竹は弱い筈だが
朝鮮水軍は火矢は現実には余り使用しなかったのかだが

634某研究者2017/06/11(日) 12:44:10.51ID:9oIW12QJ
http://www.syougai.metro.tokyo.jp/bunkadbpic/20524000102.jpg
上の関船・安宅船の模型の場合上部にしか銃眼は無いが
移動しながらの攻撃を考慮しているなら水夫は銃撃はしないと言う事なのかだが

http://i.imgur.com/MWiRMuN.jpg
上の朝鮮軍図屏風の船は小早であるから
銃丸は下部に有ると言う事なのかだが
毛利水軍・村上水軍等では此れが主力である訳だろうか

635某研究者2017/06/11(日) 12:54:56.82ID:9oIW12QJ
http://i.imgur.com/MWiRMuN.jpg
>上の朝鮮軍図屏風の船は小早であるから

蔚山城から脱出する兵を救出する為に
浅瀬に入れる小早がこの場面では多数書かれていると言う可能性も有るのかだが

636人間七七四年2017/06/11(日) 18:40:11.84ID:OMZlTqBM
ジャップども早く土下座謝罪しろ

637人間七七四年2017/06/11(日) 19:23:40.05ID:OHnrN2VC
>>636
ヘイトスピーチはやめましょう

638某研究者2017/06/11(日) 20:20:40.56ID:9oIW12QJ
http://i.imgur.com/ErDY5vs.jpg
上の恐らく江戸初期の名護屋城図屏風では
安宅船には幕が有るが
此れは装飾では無く防火用の可能性も有るのかだが

639人間七七四年2017/06/11(日) 21:15:59.59ID:AyU7vhFe
>>636
だれに対して?
どんな内容で?
相手が読んでわかる日本語を覚えましょうね
異臭がすごいですよ

640人間七七四年2017/06/12(月) 08:52:25.34ID:bZ7op2uB
ハングル語でおk

641人間七七四年2017/06/12(月) 18:25:22.12ID:Rfq1Vrmz
>>639
世界に対して朝鮮ゴキブリを繁殖させて申し訳ありませんと謝罪しないと
日本が飼育しなければ今でも半島なんて1000万人程度の土人がウンコ食ってるくらいだったのに
日本が餌をやったから1億近く増殖して世界に災いを振り撒く結果に

642人間七七四年2017/06/15(木) 22:00:13.10ID:n4yjYrbW
>>619
そりゃ寒い方がきつい。北朝鮮の真冬は北海道以上の寒さだからな
唐入りの主力は温暖な気候の西国大名が中心だったこともあり
防寒対策が全くなかった。西国大名を中心とした編成軍だったら
琉球を従属させ、台湾を支配した後に本格的な唐入りを始めた方が
成功率は高い

643人間七七四年2017/06/15(木) 23:01:44.46ID:+jsaoUun
>>642
そのまま、香港・シンガポールを押さえて、要衝のマニラとグアムも・・・あれ?

644某研究者2017/06/15(木) 23:04:59.24ID:v8auGaAs
乗馬突撃をする東国の兵も
明騎兵を騎馬武者の乗馬突撃で迎撃と言う様な事は
弓で損害が出るから行うのかだが
歩兵が十分銃撃後
馬足軽の射撃で援護されての
乗馬突撃・追撃なら有り得たのかどうかだが

645人間七七四年2017/06/16(金) 01:05:24.74ID:OT8kP4lS
正面から戦おうなんてしないと思うよ
加藤清正の海汀倉の戦いがとても参考になるかと

646人間七七四年2017/06/16(金) 05:25:04.69ID:1+Twv4TA
わらじじゃ極寒の国は無理だよ
せめて靴があればよかった

647某研究者2017/06/16(金) 14:52:27.60ID:rVUFxQSw
http://www.rekimin-sekigahara.jp/main/exhibition/mingu100/mingu-i/post_62.html
上の様な雪中用の藁の靴も有るが
西国では何処迄有るのかだが

648某研究者2017/06/16(金) 18:28:15.39ID:rVUFxQSw
http://bunnroku.wiki.fc2.com/wiki/%E6%96%87%E7%A6%84%E3%81%AE%E5%BD%B9-111001
>朝鮮の騎兵部隊が騎射戦法により城津の平地で優位に立ち、日本軍は穀物倉庫を盾にしてこれを防いだ[115]。日本軍は倉庫にあった米俵を用いて障壁を作り、
>騎兵の突撃を火縄銃で撃退した。朝鮮軍が翌朝に再度の攻撃を掛けようと計画している間に、加藤清正は伏兵を潜ませて朝鮮軍を待ち受け、二番隊は沼地に面する部分を除いて完全に朝鮮軍を包囲し、撃破した[115](海汀倉の戦い)。

清正軍も朝鮮騎兵の騎射は垣盾や竹束では無く米俵で防いだのかだが
http://sakigakesamurai.blog46.fc2.com/blog-entry-622.html
清正の軍には槍足軽が居ないと言うから
弓だけでは無く騎兵突撃を止める為の物の可能性も有るのかだが

649某研究者2017/06/16(金) 18:31:05.45ID:rVUFxQSw
>この女真侵攻を受けて、女真族の長ヌルハチは明と朝鮮に支援を申し出た。しかしながら、両国ともこの申し出を断った。特に朝鮮は北方の「野蛮人」の助けを借りるのは不名誉な事だと考えたと言われている。

女真族が協力しても明・朝鮮騎兵と同様に
撃破されていた可能性が高いと言う事なのかだが

650人間七七四年2017/06/16(金) 22:47:39.79ID:n4t9hjHH
>>646
八甲田雪中行軍遭難事件なんて事件もあるからな
寒さが原因でただの軍事演習で210人中199人が死亡って凄まじい死亡率を叩きだした

651某研究者2017/06/17(土) 13:47:59.80ID:EZRHS1db
http://www.asahi-net.or.jp/~gr3t-tkhs/profile/column/nagashino.html
>『甲陽軍鑑』によると「長篠合戦で武田軍の各部隊の大将や目付と七、八人の部隊長のみが乗馬し、他の者は騎馬を後に残し、徒歩で槍を取って戦った」と記されている。

長篠は陣地への攻撃であるから
騎馬武者は下馬突撃をしていたと言う可能性も有るのかだが
北条軍等に多い馬鎧も追撃・逃走時に使用される物なのかだろうし
乗馬突撃を想定しての物の可能性も有るのかだが

652某研究者2017/06/17(土) 14:49:01.39ID:EZRHS1db
信長公記
>家康が「滝川陣取りの前に馬防ぎの為め、柵を付けさせられ」とあるだけです。
>すなわち滝川一益(おそらく陣地中央に居た)の陣の前に騎馬突撃を防ぐ柵を置いた、
>しかもそれは家康がやったのだ、という記述です。

>ただし信長公記によると長篠合戦中に一度だけ騎馬突撃があったような記述がある

と有るから柵の排除或いは槍衾が崩れた後等に武田軍が
乗馬突撃をした可能性も有るのかだが

653某研究者2017/06/17(土) 15:02:08.75ID:OSB8wvhP
http://home.att.ne.jp/sky/kakiti/shincho11.html
>三番手に寄せてきた西上野小幡党の赤武者も、馬上巧者として名高い関東衆の名にかけて騎馬で突撃をしかけてきたが、
>身隠しの胸壁の間から射撃を加える織田・徳川勢の前に兵の大半を討たれて退いたM。

信長公記の武田軍もこの部隊以外は関東衆では無いから
乗馬突撃は無かったと言う可能性も有るのかだが

654人間七七四年2017/06/18(日) 02:51:01.59ID:FU0BLAHt
すまん日本語をもっとちゃんと使って

655某研究者2017/06/26(月) 18:56:36.59ID:GPTRtFur
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%95%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
>後金軍は火器への対策として、戦場で下馬した乗馬歩兵が接近して塹壕を突破し、その後に騎兵が突撃をかけるという戦法を編み出しており、この戦いでもその作戦を採ろうとした。

下馬した清歩兵と言うのは果たして防弾装備もなく突撃していたのかだが
其れでも戦車を排除出来たのは
明軍の銃は近距離の一斉射撃しか出来なかったからなのかだが
明の重装歩兵は接近戦で清の下馬騎兵に優位に立てなかったのかどうかだが

656某研究者2017/06/26(月) 19:13:01.74ID:GPTRtFur
http://ncode.syosetu.com/n1045cf/9/
>「壬辰倭乱」で古代からの『弓矢』を主力武器として戦い、日本軍の種子島銃に手痛い打撃を受けた朝鮮王朝は、明朝以上に日本式の種子島のコピーを(朝鮮王朝では鳥銃と読んだようだ)を多数装備していた。
>日本軍の戦力を過小評価していた明軍の諸将も種子島の集団使用による攻撃、防御能力には驚嘆し、鳥銃の装備を進めている朝鮮軍の内部事情も知った上での朝鮮王朝への増援軍依頼であった。
>新鋭の各種大砲を保有する明軍であったが、朝鮮軍が多数装備する近接戦闘用鳥銃の威力を頼むところがあった故の増援依頼であろう。
>その為もあってか、満州に入った朝鮮軍の鳥銃装備率は相当に高く、当時のヨーロッパや日本の軍隊の平均的な銃装備率15%〜30%よりも、この戦役だけで考えると、若干、高かった可能性がある。
>加えるに、長柄の矛を近接防御用の主武器として混用する軍隊が、支援参加の朝鮮軍だった。

とは言え狙撃と言うより一斉射撃的な運用をしていた可能性は
有るのかどうかだが 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be20a4887bc3d3353f527d3636c44e3)

657人間七七四年2017/06/28(水) 17:31:16.26ID:FFMy37LB
ジャップども早く土下座謝罪しろ

658人間七七四年2017/06/28(水) 19:37:55.40ID:GHYmS4LH
火病

659人間七七四年2017/06/28(水) 22:22:40.85ID:sx7MdUjJ
日本でも鳥銃って言ってたよ

660人間七七四年2017/06/29(木) 09:42:31.20ID:6QXEPS7Y
我々日本国民は大韓民国に秀吉の大虐殺と植民地支配、従軍慰安婦の強制連行の代金として
沖縄と北海道を差し出すなくてはならない

661人間七七四年2017/06/29(木) 09:45:55.20ID:QwelqREo
>代金として沖縄と北海道を差し出すなくてはならない
>代金として沖縄と北海道を差し出すなくてはならない

662人間七七四年2017/06/29(木) 11:11:48.99ID:CKdflh6v
そろそろデフォルト寸前なんだよなぁー
可哀想に

663人間七七四年2017/06/29(木) 20:19:59.69ID:mcDmscWZ
明と朝鮮をフルボッコにして更に関ヶ原で内戦してる戦国武将の戦闘意欲の凄さは異常

664人間七七四年2017/06/29(木) 23:17:36.32ID:JEMVUJWN
外国でもそんな感じよ

665人間七七四年2017/06/30(金) 01:54:07.34ID:2dOrk8H1
ハングンマルの優位性に気づいてたら勝てた

666人間七七四年2017/06/30(金) 14:00:47.02ID:/vacVT9o
>代金として
>差し出すなくてはならない

667某研究者2017/06/30(金) 19:17:42.77ID:H+Al8bix
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%95%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
>後金軍は火器への対策として、戦場で下馬した乗馬歩兵が接近して塹壕を突破し、その後に騎兵が突撃をかけるという戦法を編み出しており、この戦いでもその作戦を採ろうとした。

戦車を排除する兵も銃砲を避ける為に乗馬突撃をし敵の至近で下馬後
白兵戦をした可能性も有るのかだが

668人間七七四年2017/06/30(金) 21:52:01.61ID:AvHH899t
このスレに粘着してる朝鮮人の頭が悪すぎる件

669人間七七四年2017/06/30(金) 22:32:45.37ID:nLqqaAIk
明の充実した火砲を避けるために後金軍は荒天や夜間の戦闘を選びがちだったと言われてるけど、
コニェツポレフスキばりの騎兵運用もしてるよね
女真の参戦を明が断らなかったら少し面倒だったかも

670某研究者2017/07/01(土) 00:00:36.69ID:IGkFD02t
雑兵物語を見る限り白兵戦が開始された後の
至近距離での射撃も足軽は可成りしているだろうが
こうした事は明軍は行ったのかだが
清の兵には何処迄有効に働くのかどうかだが

http://tihourekisimatome.blog.jp/archives/1063800596.html
>歩兵の基本的な単位は12名の分隊である。分隊は2種類に分けられる。
>1つはマスケット兵の分隊で、分隊長、10名の銃手、伝令からなる。
>もう1つは"殺手"の分隊で、分隊長、10名の様々な近接兵器をもった殺手、伝令からなる。

上の明歩兵の殺手の分隊の兵装はどうなのかだが
https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Sarhu#/media/File:Kang_Yingqian_being_overrun.jpg
上のサルフの戦いの絵では槍を持つ兵は少ないし
円盾兵ばかりだが
弓には強いのかも知れぬが
此れでは集団的な白兵戦は何処迄出来たのかだが
円盾兵は鎧は無い様にも見えるが
http://www.gaopu.com/mindai.html
銃兵は上の絵に有る矢を防ぐ様な全身鎧が有る様にも見えるが
剣の斬り込みには脆かったのかだが

671某研究者2017/07/01(土) 00:04:47.44ID:IGkFD02t
http://tihourekisimatome.blog.jp/archives/1063800596.html
>騎兵の基本的な単位もまた12名の分隊である。
>騎兵の分隊には分隊長、多様な武器を装備した10名の兵士(マスケット銃2挺、火槍2本、
>三叉の槍2本、槍2本、メイス2本。何名かは同時に弓矢を携帯する)、そして伝令がいる。

明騎兵も槍の装備率は1/3程度であり
下馬しての集団的な白兵戦は何処迄出来たのかだが

672某研究者2017/07/01(土) 00:16:44.79ID:IGkFD02t
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/241149602
一方で16世紀の倭寇図巻を見ると
明軍には槍歩兵が多いが
此れは果たして正しいのかだが

673人間七七四年2017/07/01(土) 04:46:20.42ID:0G8xGve6
>>672
頼むから日本語をちゃんと使ってくれ
読んでて気持ち悪い

674人間七七四年2017/07/01(土) 05:40:34.62ID:37thDGEl
態々ネームつけてるんだからNGネームに入れとけば?
俺はいれてる

675某研究者2017/07/01(土) 11:40:06.53ID:dn+Ojehu
明歩兵に槍が有ろうと足軽の至近距離での射撃や
慣れていない足軽の槍の打撃
大太刀を持つ一部の騎馬武者等の斬り込みで
やられていたと言う事なのかだが
逆に明軍円盾兵の日本軍の槍への切り込みと言うのは
何処迄有り得たのかだが
雑兵物語に有る様に騎馬武者が最前列で
足軽が後方から此れを支援するなら
騎馬武者の割に短く鍵等の有る槍に円盾で斬り込むと言うのは
容易では無かったと言う事なのかだが

https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/241149602
倭寇図巻では明軍も船上では近距離の射撃をしているが
野戦ではどうなのかだが

散開した騎馬武者が槍を振るって敵を接近させない様にし
この背後から足軽が射撃を加えると言う様な事は行われたのかだが
http://i.imgur.com/7VB9tVG.jpg
上の賤ヶ岳合戦図にはそうした事を行うかも知れぬ陣形が有るのかだが
http://i.imgur.com/cNS0tHF.jpg
上の川中島合戦図の槍足軽の背後にも散開した騎馬武者が居るし
此れは槍を振り回して敵を接近させない様にする者の可能性も有るのかだが

676人間七七四年2017/07/02(日) 08:24:06.81ID:BWM9Jkto
>>668
頭の良い朝鮮人なんているの?

677人間七七四年2017/07/06(木) 15:22:40.81ID:qqLqEktF
ジャップども早く土下座謝罪しろ

678人間七七四年2017/07/07(金) 21:58:07.16ID:6HBz56tP
>>677
私達日本人は差別民族で朝鮮人を強制連行して強姦したという歴史的事実があり
もはや謝罪で済むレベルではありません。
日本の領土を朝鮮にあげるべきでます
この腐りきった日本人の血が私も流れていると思うとヘドがでる

679人間七七四年2017/07/09(日) 10:55:59.19ID:UYIkBTCK
謝罪しなくていいよ。それ以上の悪業を現代韓国は日本に犯してるから。

680人間七七四年2017/07/09(日) 15:46:17.72ID:8IxvBf1C
>>678
>日本の領土を朝鮮にあげるべきでます

朝鮮という国の国家元首を教えてください
逃げないでね
べきでます
べきでます

681人間七七四年2017/07/12(水) 05:48:32.47ID:FUAf7fyh
ジャップども早く土下座謝罪しろ

682人間七七四年2017/07/12(水) 23:21:06.66ID:DH9voE7O
なぜ馬鹿は同じワード連投するのか

683人間七七四年2017/07/13(木) 04:38:12.12ID:6pWRA1ZO
どうでもいいこときいて悪いんだが、ちなみに今の日本の国家元首って総理大臣?天皇?

684人間七七四年2017/07/13(木) 07:58:58.25ID:AUboMbjD
いない
日本国憲法下で元首は置かれていないので

685人間七七四年2017/07/16(日) 08:41:37.41ID:nTdMZ2ba
ジャップども早く地面に這いつくばって土下座謝罪しろ

686人間七七四年2017/07/16(日) 09:10:46.20ID:f4VWNaFO
這いつくばってる朝鮮ゴキブリを踏み潰さないとな
害虫は早めに駆除するのが上策と偉い先制も言っていたし

687人間七七四年2017/07/19(水) 02:19:18.24ID:vwOYkpWE
>>684
サミットの記念写真ルールじゃ日本の総理は国家元首では無いと認識されている。

688人間七七四年2017/07/21(金) 13:06:23.95ID:7gewF8CR
あれ?国家元首は天皇じゃなかったっけか
まぁ実権がないからどうでもいいけど。

689人間七七四年2017/07/21(金) 13:32:29.63ID:3dC2zgXw
壬申倭乱で千成瓢箪は肥前名護屋から渡海していない不思議・・・
徹底的に破壊されたのも安土城に似てるな

690人間七七四年2017/07/21(金) 15:03:46.06ID:nS3wO52H
>>688
天皇は外国において国家元首「扱い」。日本国内法で明確な国家元首の規定が無いんで仕方ない。
外国では天皇が元首扱いの為、総理大臣は日本国行政の長という立ち位置だから元首にならない。

691某研究者2017/07/21(金) 15:16:22.85ID:sdBPxx8+
http://www.eniguma49.sak ura.ne.jp/gunnzi,heiki/kanagawa,izu/fuumaitizoku/fuumabuki.html
>大国火矢 火薬を詰めた筒をを弓矢に括り付けて飛ばす所謂ロケット花火付弓矢で
>弓矢を長距離に飛ばす事ができます、  

明軍が日本の銃の射程外から
此れを大量に使用した例等は有るのかだが
精度はどうなのかだが

692人間七七四年2017/07/22(土) 01:58:29.89ID:8GheH36f
ジャップども早く地面に這いつくばって土下座謝罪しろ

693人間七七四年2017/07/22(土) 03:42:40.61ID:tpfQZtXB
>>692
お前が見えてないだけ

694人間七七四年2017/07/22(土) 05:43:49.62ID:U9T6ZN5d
ごめんなさいごめんなさい
半島のゴキブリに餌を与えてしまって世界の皆様ごめんなさい

695人間七七四年2017/07/22(土) 12:49:30.81ID:hDf6+HnJ
無理矢理騒ぎ始めた諸問題が解決しちゃうと自分たちが困るから
いつまで経っても騒ぎ続ける朝鮮人

696人間七七四年2017/07/23(日) 12:28:21.84ID:IkYr2HgF
ジャップは関東大震災の時に朝鮮人が井戸に毒を入れたってデマを流して無実の罪をきせたからな
土下座して額を地面にこすりつけないとな

697人間七七四年2017/07/23(日) 12:51:16.39ID:HW8Ylhsy
なぜ全員始末しておかなかったのか
詰めが甘いわ

698人間七七四年2017/07/23(日) 21:06:35.63ID:5QxsCGE7
これだから朝鮮人は嫌われる

699人間七七四年2017/07/24(月) 10:53:47.90ID:W8DR7CF8
五奉行で佐吉が兵糧奉行だろ
兵站に間違いはないはずだけどな・・・軍監が囲碁ばかりしてたらしいもんな

700某研究者2017/07/25(火) 19:12:40.84ID:sUwCbpjS
https://4.bp.blogspot.com/-U89Gcy9-AdE/V0lP8NOa9WI/AAAAAAAACyA/JyVdtWAdNVwvz_OWCpUjV45td4gHO_4LACLcB/s1600/Ming_cavalrymen.jpg
三叉槍装備の明騎兵の絵が有ったが
此れは妙に短いが
現実の長さを反映していない可能性も有るのかだが
石突には刃が有る様にも見えるが
ペルシャ等の槍にも同様の物は有るだろうか

https://4.bp.blogspot.com/-fYeODdQ0rHc/V0_4G87eNBI/AAAAAAAAC3I/2eTsWUW1ZAIaVwPnlrBm-xowsj3Bhnl7wCLcB/s1600/15870c9679f72e3d7af48022.jpg
上は通常の槍を持つ騎兵なのかだが
こちらも長さは同様に短いのかだが

701某研究者2017/07/25(火) 19:31:05.51ID:sUwCbpjS
http://tihourekisimatome.blog.jp/archives/1063800596.html
>騎兵の基本的な単位もまた12名の分隊である。
>騎兵の分隊には分隊長、多様な武器を装備した10名の兵士(マスケット銃2挺、火槍2本、
>三叉の槍2本、槍2本、メイス2本。何名かは同時に弓矢を携帯する)、そして伝令がいる。

http://4.bp.blogspot.com/-BfjBwsMEZUA/Vcg57xqE07I/AAAAAAAAAs4/ChYGDqSGY8Q/s1600/18902415_2014102809055287491400.jpg
上のメイスがこのメイスなのかだが
斧を持つ騎兵も居るが此れは標準装備の物なのかだが

http://3.bp.blogspot.com/-OEn_L54FEp8/VhWZRiipVUI/AAAAAAAABDc/GbJQFSsHSSc/s1600/Heralds%252C%2BEnsigns.jpg
方天戟(青龍戟)を持つ兵が居るが
此れは横の騎兵用の物なのかだが

702某研究者2017/07/25(火) 20:01:24.01ID:sUwCbpjS
https://i.warosu.org/data/tg/img/0270/12/1378259144774.jpg
上の三叉槍は長く書かれているが騎兵用なのかだが

https://imgsa.baidu.com/%C3%F7%BB%AA%CC%C0%CB%AE/pic/item/f50a446feac682e480cb4a46.jpg
上にはメイス持つ騎兵が大数居るが
こうした部隊は現実に有るのかだが
方天戟装備の兵も多数居るが
此れは歩兵の装備なのかだが

https://imgsa.baidu.com/%C3%F7%BB%AA%CC%C0%CB%AE/pic/item/b56a20ebac2ee4edd739c965.jpg
槍には返しが有る様に見えるが
此れは実用的なのかだが

https://imgsa.baidu.com/%C3%F7%BB%AA%CC%C0%CB%AE/pic/item/6cddb3aef6db99c5faed5090.jpg
飾りの有る方天戟も有るが
此れは騎兵用と言う事なのかだが

https://imgsa.baidu.com/%C3%F7%BB%AA%CC%C0%CB%AE/pic/item/a432c772f91d61228601b08e.jpg
馬鎧の羽飾りは実戦では
長物の操作の邪魔と成るので外される可能性も有るのかだが

https://imgsa.baidu.com/%C3%F7%BB%AA%CC%C0%CB%AE/pic/item/e4991b1e18c9b95df724e485.jpg
上を見る限り飾りの有る方天戟は騎兵用と言う事なのかだが
羽根の生えた冠は下に兜は無いから
非実戦用の物と言う事なのかだが

703某研究者2017/07/27(木) 16:29:06.79ID:QykS13vK
日本軍の場合メイス・斧は打撃の有る槍で代用出来
此れには管や枝・鍵も有るだろうが
武田信玄が使用した様な
木槌が付いた様な物はこの時点では有ったのかだが
大刀と同じ様な薙刀も日本の物は両鍵の有る物も有るが
此れは何処迄有るのかだが
長さは薙刀の方が有るのかどうかだが

明軍騎兵も攻撃パターンの多い
方天戟に装備が統一されないのは
此れは重いからなのかだが
大刀の方が重いと言う事は無いのかだが
馬で走りながら斬る様な攻撃には方天戟は適さない訳だろうか
梢子棍は今の所明軍が装備している絵は見ない訳だが

704某研究者2017/07/27(木) 16:37:16.13ID:QykS13vK
方天戟も敵を掛ける事が出来る可能性は有るだろうが
掛けるのでは無く引いて斬る攻撃なら
通常の十文字槍も有るだろうし
一部の鍵槍や十文字槍は掛ける攻撃も有り
熊手や薙鎌も依然使用されていたなら
日本軍はこの種の攻撃に対処出来ない訳でも無い訳だろうか

705某研究者2017/07/27(木) 17:55:00.12ID:QykS13vK
戦国期には熊手や薙鎌は陸戦では廃れた可能性も有るだろうが
此れの後継として鎌の有る
http://articleimage.nicoblomaga.jp/image/56/2014/2/0/2067b6ceb7c191ecb4931c6f33c9ee843534ccff1410996827.jpg
http://stat.ameba.jp/user_images/20111229/00/takana-ame/a0/39/j/o0800060011700758636.jpg?caw=800
船槍や
http://photozou.jp/photo/photo_only/1849954/218479349?size=1024#content
https://kotobank.jp/image/dictionary/nipponica/media/81306024004342.jpg
http://p.twpl.jp/show/large/K3kIh
https://karatehistorique.files.wordpress.com/2015/11/0213_lance.png
下がった鎌或いは鍵の付いた槍を一部の徒武者等が
装備していた可能性は有るのかだが

http://arms.cybrary.jp/db/impact/flail/duanshaozi.html
上の紀元前から有る短梢子や長梢子の様な武器も書かれている例を見ないが
補助武器として携帯されていた可能性は有るのかだが

706人間七七四年2017/07/27(木) 17:58:54.79ID:QykS13vK
>>705
雑魚的な足軽や徒武者なら下がった鎌の付いた槍では無く
https://karatehistorique.files.wordpress.com/2015/11/0213_lance.png
上の様な下向きの鍵の付いた安い槍を装備していた可能性も高いのかだが
船槍もこうした物が多用されていた可能性も有るのかだが

707某研究者2017/07/28(金) 16:11:34.97ID:OcH/8NKq
youtu.be/i4T7PNbKdU8
11世紀には使用されていた
小型の矢を使用し射程を伸ばすこの種のナーワク等も
明・朝鮮兵は使用したのかだが
銃をアウトレンジは可能かも知れぬが
日本軍の割に散開している隊形に命中出来る精度は
何処迄有ったのかだが

708某研究者2017/07/28(金) 17:26:24.17ID:OcH/8NKq
http://koukisya.web.fc2.com/kayaku2.htm
>モンゴル軍は牛皮を重ね張りした戦車を使用して城に接近し、坑道を掘ろうとしたが、
>城壁に震天雷を下げてモンゴル軍が下にきた所で一斉に爆破した。人も牛皮も皆、跡形なく粉砕された」という。

こうした攻撃は明・朝鮮軍は無かったと言う事なのかだが
読まれれば銃撃されて上で爆破される可能性も有るのかだが
すぐ落下させる等すればどうなのかだが

709某研究者2017/07/28(金) 22:35:49.27ID:OcH/8NKq
https://twitter.com/ma_sa_t0/status/816289164773584898
3mの素槍の横方向の打撃でも 
それなりに威力は有るのかだが 
足軽胴の1.5mm以上の装甲では果たしてどうなのかだが 
3mm以上の物も騎馬武者では可成り多いだろうか
板金鎧の手足なら騎馬武者の2.7m程度の槍の打撃でも可成り凹ませられるのかだが
明軍の鎧に刀や槍が通じ難いと言う様な記述も有るが
板金鎧では無いから衝撃でのダメージは何処迄止まるのかだが

710某研究者2017/07/28(金) 23:18:23.19ID:OcH/8NKq
>>709
https://twitter.com/koroho_goshin/status/808318776479399938
上を見ると3mの槍はそんなに強く叩いている様にも見えないが
http://armoredsamuraibattle.web.fc2.com/heihou.html
叩かれた胴は0.5mmの鉄の2枚重ねと言う事なのかだが
足軽胴より強度は無いと言う事なのかどうかだが

https://www.youtube.com/watch?v=RBNlQisD7PE
こちらは2.1m程度の槍だから
上の物よりは威力は低い訳だろうが
http://shop.japanese-armor.com/
http://www.mesteel.com/cgi-bin/w3-msql/goto.htm?url=/info/carbon/thickness.htm
鎧の厚さは18ゲージ(1.24−27mm)であり鉄と言う事なのかだが
1.5mmの足軽胴よりやや防御力は落ちるか同等程度なのかだが

711人間七七四年2017/07/31(月) 21:13:03.26ID:gL0tf+m4
キチガイジャップども土下座謝罪して靴の裏をなめろ

712人間七七四年2017/07/31(月) 23:10:44.60ID:z+k/CscV
佐吉ほど算盤できるのが兵糧奉行で兵站が崩壊するとは・・・
小田原攻めに奥州・九州と問題なかったが

WWUでも軍令部やら参謀本部がやらかしたがw

713某研究者2017/08/01(火) 18:38:05.89ID:eSNlOq6x
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1186850376
兵糧関係で日本軍が失敗した、というのは正確ではなく、指揮系統が実質的にうやむやであったため(失敗の原因)に戦線が自由気ままに伸びきったせいで、結果的に前線に兵糧が届かなかった、というのが正確です。

なんせ総司令官は20歳の宇喜多秀家であり、のちの宇喜多騒動でも見れるように秀家に統率力はありません。
まして彼に従うのは歴戦の小早川隆景・長宗我部元親や血気盛んな加藤清正や小西行長であり、秀家の軍監といて渡海していた黒田孝高ですら彼らを統率することができなかったのです。
おかげで前線は無駄に北上し、各隊の連携はとれず、各部隊の場所が把握しにくいため輸送も困難になったわけです。

一番の問題は『前線の「兵糧」を一箇所に集めた所、
それを襲撃され全てを失った』ことです。

当時、日本軍は「朝鮮」の首都を落し国土の7割ほどを占領した状態で
「明、朝鮮」との「講和、降伏交渉」を模索する段階でした。

しかし、そういった中で「石田三成」が「小西行長」の背後にあった
「龍山」に「兵糧」を集結したところ「小西行長」が敗退し
「龍山」を「朝鮮義民軍」に襲撃を受けたことで
一挙に自体が転化し日本軍は「和平交渉」を始めました。


等と有るが 何れが正しいのかだが

714某研究者2017/08/01(火) 19:04:14.89ID:eSNlOq6x
>>713
>まして彼に従うのは歴戦の小早川隆景・長宗我部元親や血気盛んな加藤清正や小西行長であり、秀家の軍監といて渡海していた黒田孝高ですら彼らを統率することができなかったのです。
>おかげで前線は無駄に北上し、各隊の連携はとれず、各部隊の場所が把握しにくいため輸送も困難になったわけです。

北上した彼等は別段無謀な前進をしようとした訳では無く
兵糧は日本での常識では現地調達で何とかなる範囲だと思ったら
現地の生産性が低い為に
足りなかったと言う可能性も有るのかどうかだが

715某研究者2017/08/06(日) 18:16:31.34ID:WRR0cxx1
http://blog.livedoor.jp/kaikaihanno/archives/44882488.html
>軽武装の兵士
西国では山岳地での銃撃戦を重視して
足軽の装甲が軽装化されており
陣笠或いは兜+羽織が基本なのかだが
東国では其の限りでも無いのかだが
騎兵同様に徐々に軽装化された可能性は有るのかだが

>重武装の兵士
此れは重装歩兵或いは軽騎兵なのかだが
徒武者も西国では足軽同様に陣笠或いは兜+羽織なのかだが
佩楯の無い越中具足的な
軽装の具足を装備していた可能性も有るのかだが

>指揮者
此れは騎兵なのかだが
西国の騎馬武者は1590年段階では
越中具足的に軽装であり銃を使用しての下馬戦闘主体
東国の騎馬武者も佩楯や草摺・袖等は
前よりは軽装化されている可能性も有るのかだが
此れは乗馬戦闘が銃を持つ歩兵への正面突撃は無謀として
以前よりは減少している故なのかだが

716某研究者2017/08/07(月) 14:05:35.38ID:C6khrwPi
山岳地帯での銃撃戦では
相手よりより早く高所等の有利な位置を占める事が
重要と言う事かも知れぬし
朝鮮でもそうした地形が多いなら
軽装備の西国の兵が有利と言う事なのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561173862/
上の様な明の戦車や盾も高所からの射撃には
装甲は対応出来ない訳だろうか

軽装備の足軽に下馬した騎馬武者は
越中具足装備であれ何処迄追随出来たのかだが
騎馬武者は後に置いて足軽だけで行動した例も多いのかだが
騎馬武者が素肌武者と成って追随した例も有るのかだが

717某研究者2017/08/07(月) 14:34:19.01ID:C6khrwPi
http://photozou.jp/photo/photo_only/1849954/224762579
上の津軽屏風に有る様な
羽織しか無い様な雑魚足軽も西国では多いのかだが
実際は陣笠・兜程度は装備していたのかだが

718某研究者2017/08/07(月) 17:43:03.49ID:C6khrwPi
加藤家騎馬武者馬上鉄砲の事
 加藤家では大小身は共に騎馬は一尺三寸、或いは一尺五寸の鉄砲を馬上で持って、
陣前で打ち放し鑓を入れるという。
 清正家中の老人が後に話すに、
「馬上で火縄銃を持つのは何とも持ち難いものである」
とのことだ。
(常山紀談拾遺)

等と有るがは常山紀談は江戸中期成立であるし
史料価値は余り無いと言う事だっただろうか
西国の騎馬武者は何処迄乗馬戦闘するのかだが
平地に逃げた後に騎乗して脱出する際或いは
平地に逃げた敵を騎乗して追撃する場合は有るのかだが
この際騎乗して銃を放った可能性は有るのかどうかだが

西国の場合下馬戦闘時なら騎馬武者も
銃を使用する例が多いと言う事なのかだが
槍足軽に迄銃を持たせたのは島津軍だけと言う事なのかだが

719某研究者2017/08/07(月) 18:18:41.94ID:C6khrwPi
>>718
槍と銃を同時に構えて撃つと言うのは何処迄出来るのかだが
火蓋は果たして切れるのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561186645/
上のイスラム兵の様に槍を一時的に足に挟む方法も有るかも知れぬが
流鏑馬に有る立ち透かしの乗り方は出来るのかどうかだが
出来ないと精度は低下しないのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561186638/
日本の槍に上の様な腕に掛ける紐は
基本的に無いと言う事だっただろうか

720某研究者2017/08/07(月) 22:58:37.90ID:C6khrwPi
http://www.tsuchiura-hanabi.jp/kanren/
>常時の稽古は、各流派とも弓術と同じ15間(約27m)の藩邸内星場(ほしば)で行われましたが、
>町打ちは領内の広野に100間(約182m)から36町(約3927m)の打ち場を設けました。

10匁筒以上の筒の182mの射撃は有り得たと言う事なのかだが
通常の火縄銃もこの辺りの射撃訓練は多いのかだが
短砲身の士筒では182mの射撃は困難と言う事は無いのかだが

721某研究者2017/08/08(火) 10:05:51.22ID:I37Iqern
胸甲を着ている18世紀のフリードリヒ大王の歩兵
装甲擲弾兵も居ただろうが
彼等の機動性はどうなのかだが
擲弾兵は体力が有るから通常の歩兵に追随するだけの
機動性は保てた可能性も有るだろうが
越中具足装備の下馬した騎馬武者はどうなのかだが

722某研究者2017/08/08(火) 19:30:47.44ID:I37Iqern
https://pbs.twimg.com/media/DGZCDlAUIAA4jZY.jpg
上の場面の様に大斧を大量に装備した騎兵部隊等と言うのは 
現実に明には居たのかだが 
http://theme.npm.edu.tw/selection/Article.aspx?sNo=04001152
上を見るとメイスや刀のみを持つ部隊も居るが
弓を使わなければ 
日本の戦国時代の重い武器を持つ兵の様に軽い槍でやられる可能性は無いのかだが

https://pbs.twimg.com/media/DGZBOlrUwAArzU5.jpg
明人畫入蹕圖には 
方天戟(双戟)が先端に付いた指物の様な物は有るが 
本物の双戟が書いてある場面は無いと言う事なのかだが

https://pbs.twimg.com/media/DGY-8ODVoAA1T7t.jpg
上の場面の三叉槍の石突は尖っては居ないと言う事なのかだが 

https://pbs.twimg.com/media/DGYmZnIU0AAnqmM.jpg
この騎兵は柳葉刀を装備しているのかだが 
装備率は低いと言う事なのかどうかだが
https://pbs.twimg.com/media/DGY_BBrVoAESOn9.jpg
上の場面の兵の刀は大刀では無く 
柳葉刀の可能性も有るのかだが

https://pbs.twimg.com/media/DGYhll0UQAAj7h0.jpg
下には双鈎の様な鈎の有る 
方天戟(青龍戟)が書かれているが 
此れは数は有るのかだが

723人間七七四年2017/08/08(火) 19:42:46.14ID:I37Iqern
https://pbs.twimg.com/media/DGYcea8UwAANzoh.jpg
こちらには大斧と大型のハンマーが有るが 
こうした物は数は有るのかだが 
直刀は両手剣なのかだが

https://pbs.twimg.com/media/DGYarfMV0AARJWM.jpg
こちらの大刀には石突が有るが 
こんな巨大な物を大量に運用していたのかだが 
http://www.gaopu.com/333.html
上の双鈎と同じ鈎が付いた槍も有るが 
此れは騎兵を落馬させられるのかだが 
http://pinterest.jp/pin/343610646561131827/
左上の日本の槍の枝は此れを参考としたのかだが

https://i2.kknews.cc/large/17f20007c548ebe25487
上の大刀は武術用の物と異なり石突は無いのかだが

http://www.gaopu.com/222.html
上の方天戟の石突は尖っているが 
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561201998/
上の絵では尖っていない様に見えるが 
実戦用の物はどうだったのかだが

大刀で槍の柄を斬ると言う攻撃は 
果たして有るのかどうかだが 
大斧や柳葉刀ではどうなのかだが

724人間七七四年2017/08/08(火) 20:18:34.72ID:I37Iqern
https://pbs.twimg.com/media/DGbNiYoVYAAB6Rs.jpg
この旗の付いた冑は精鋭部隊用と言う訳でも無いのかだが 
金の鎧は下腕部の装甲は有るのかどうかだが 
https://pbs.twimg.com/media/DGZCDlAUIAA4jZY.jpg
上の物も無い様にも見えるが 
格が低い騎兵と言う訳でも無いのかだが

https://pbs.twimg.com/media/DGbOUa6UMAEyjXi.jpg
この兵は脚部にブーツが無いし 
重装歩兵の可能性も有るのかだが 
下腕部の装甲は無いのかどうかだが

https://pbs.twimg.com/media/DGbO9TaV0AEenfv.jpg
上の絵の兵の兜はシコロが固定式なのかだが
https://pbs.twimg.com/media/DGbPrYuVYAAwlNQ.jpg
上の兵の兜は 
http://www.gaopu.com/mindai.html  
上の鎖装備の兵の物とほぼ同様なのかだが 
兜で何か階級等の差は有るのかだが

gaopu.com/mindai.html  
左端の明の兜は頂部が尖らないし
http://www.gaopu.com/soudai.html  
上の宋或いは其れ以前からの古い形式の物が残っているのかだが 
鎖を着た騎兵の兜はやや尖るが 
此れは日本のトッパイ形兜が参考としたのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561201883/
上の下腕部に装甲の無い様に見える明の騎兵は 
https://www.pinterest.jp/pin/518265869601435916/
これなのかだが細部はバリエーションが有るのかだが

pinterest.jp/pin/343610646561157869/
上のフィギュアの物に近い肩甲は 
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561158031/
上に有るがこうした物の装備率はどうなのかだが

明の鎧も 
https://www.pinterest.jp/pin/587367976371160951/
上の宋の鎧に比べ草摺正面や後方の隙間を埋める装甲が無いが 
此れは下馬戦闘を考慮していない故なのかだが 
首の装甲は果たして消えたのかどうかだが

725某研究者2017/08/08(火) 20:27:00.72ID:I37Iqern
pinterest.jp/pin/343610646561158796/
上の明時代の絵の関羽の鎧は胸部が明甲鎧的であるから 
果たして明時代に同様の物は使用されたのかだが 
青龍偃月刀の石突は尖っているが 
こうした物を装備した大刀は明時代には何処迄有るのかだが

pinterest.jp/pin/343610646561158819/
上の三叉槍の石突には何か中央に線が入るし 
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561158796/
上の青龍偃月刀の尖った石突にも中央に線が有るから 
同様の物を模した可能性も有るだろうが 
仮にそうでも装備率はどうなのかだが

pinterest.jp/pin/611363718135648001/
上のイラストだと前腕部内側に装甲が有るが 
この部分の装甲は今の所明時代の絵では見ないが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561202393/
この弓を装備していない騎兵の鎧は 
草摺側面上部に隙間が有る様に見えなくも無いが 
後部の隙間と誤認した可能性も有るのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561159477/
上の明騎兵のフィギュアだと草摺の隙間は腰上部に有るが 
腰の構造は現実の鎧とやや異なる可能性も有るだろうが 
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561159468/
上の銃兵だと腰下部に有るが 
此れは動作性の高い綿襖甲だからなのかだが 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f)

726人間七七四年2017/08/08(火) 20:30:56.05ID:I37Iqern
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561180262/
上の明時代の絵の方天戟の石突には刃が無いが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561180781/
上には有るが
刃が無い様に見える物も実は省略された物の可能性は有るのかだが
石突自体が書かれていない例も有るが
此れも同様と言う可能性も有るのかだが

727人間七七四年2017/08/08(火) 22:03:59.00ID:xGdsHkOn
戦場で勝っても服従しないんだから勝つ見込みがない戦争。日中戦争と一緒。逆に元寇が成功する可能性があったと思えない。
九州征伐でも補給がうまくいってなかったというのに、渡海がうまくいくようには思えない。

728某研究者2017/08/08(火) 22:15:04.70ID:I37Iqern
モンゴルの様に服従しなければ
殲滅すると言う手を使う可能性は無かったのかだが
朝鮮半島南部の統治は破綻していた様にも見えないし
モンゴルや女真族も抹殺したのは一部の勢力だけと言う事だろうか

729某研究者2017/08/09(水) 12:31:52.10ID:rGlNKKlv
http://pin.it/7PvvC6o
上の方天戟の月牙下部には房が有るが 
敵を掛ける事は考慮しているのかだが 
甲冑も含め現実の明時代に使用された物なのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561199303/
こうしたブーツ内部の鉄小札も
https://pbs.twimg.com/media/DGwe8fTVoAAjGJv.jpg
上の様な腕に装甲の無い騎兵には装備されないと言う事なのかだが
https://pbs.twimg.com/media/DGZCDlAUIAA4jZY.jpg
上の前腕部に装甲が無い様に見える騎兵はどうなのかだが
https://pbs.twimg.com/media/DGbOUa6UMAEyjXi.jpg
上のブーツの無い様な恐らく重装歩兵も恐らく脛部に装甲は
無いと言う事だろうか

730某研究者2017/08/09(水) 12:52:34.85ID:rGlNKKlv
唐の馬に装甲の無い騎兵の場合 
歩兵+戦車が騎馬民族重騎兵を撃退後 
逃げる重騎兵を追撃する為に 
軽装である可能性も有るのかだが 
一部の騎兵は此れを挟撃する為に別行動を取っている訳だろうか

碧蹄館の場合明軍はこうした基本戦術を無視して
騎兵が単独で突撃して仕舞い
撃破されたと言う事かも知れぬが
戦車・歩兵主体で戦っていればどうだったのかだが
此れも抱え大筒や貫通力の強い竹束玉・鹵獲した大砲等で
アウトレンジされやられた可能性は有るのかだが

731某研究者2017/08/09(水) 13:42:23.98ID:rGlNKKlv
https://digitalcollections.nypl.org/items/510d47e1-0a6a-a3d9-e040-e00a18064a99
右の中国の弓兵は足に槍を挟みながら射撃しているが 
此れは
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561186645/
上のイスラム兵の様に馬上で槍を足に挟んで 
弓を射撃していた事の影響の可能性は有るのかだが 
重い大刀等は果たして挟めるのかだが

732某研究者2017/08/09(水) 14:27:51.36ID:rGlNKKlv
https://www.pinterest.jp/boukenkyuusha1/
上の様な絵は何処迄正しいのかだが
この様な地形では西国の兵であれ
加藤清正の様な指揮官は騎乗しているかも知れぬが
白兵戦に巻き込まれそうに成ったら下馬している可能性も有るのかだが
朝鮮軍図屏風を見る限りは
明・朝鮮軍騎兵は弓での攻撃が主であり
槍での白兵戦は余りしていないと言う事なのかだが
現実にはどうなのかだが

733某研究者2017/08/09(水) 15:09:56.64ID:rGlNKKlv
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%BC%E7%AD%85
>それまでの対倭寇戦では、日本刀で槍の柄を切り落とされて兵が敗走することが相次いでいた。
>そこで、しなって切り落としにくく、近づいて切るにも枝葉が邪魔をする狼筅が発案された。
>急ごしらえの未熟な兵には、枝葉は間合いをはかる役にも立ったという。通常の槍よりも重く、腕力が必要だった。

此れも対正規軍相手では何処迄役に立ったのかだが
雑兵物語を見る限り至近距離でも足軽は銃撃をしているから
これで斬り込まれぬ様に時間を稼いでも
銃撃を受けてやられた可能性は有るのかだが
その前に銃でアウトレンジされて混乱し
槍の列を維持出来ない可能性も有るのかだが
倭寇の火力と正規軍の其れを
同列に論じるのは困難で有ると言う事だろうか
正規軍とは銃や槍の数と
特に白兵戦武器を持つ騎馬武者の存在の差が有ると言う事なのかだが

734某研究者2017/08/09(水) 15:46:33.65ID:rGlNKKlv
https://4.bp.blogspot.com/-U89Gcy9-AdE/V0lP8NOa9WI/AAAAAAAACyA/JyVdtWAdNVwvz_OWCpUjV45td4gHO_4LACLcB/s1600/Ming_cavalrymen.jpg
上の騎兵用三叉槍と
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561201946/
上のブーツの無い歩兵用共見える三叉槍は
枝のサイズが後者が大きいが
歩兵用の物は刀での切り込みを阻止する為に
枝が大型化している可能性も有るのかだが
長さも絵の様に有るのかだが

735人間七七四年2017/08/09(水) 16:01:27.22ID:mFYtZdx5
韓国ドラマで不滅の李舜臣ってあったけど、どこまで本当なんって感じ。
大砲ボンボン撃って日本兵吹っ飛ぶんだけど、それ嘘だろうって。
中国では文禄慶長の役の歴史ドラマはあるんだろうか?
当時マテオリッチが北京にいて、日本が攻めてくるって騒ぎになったらしいけど。

736某研究者2017/08/09(水) 16:19:37.34ID:rGlNKKlv
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561214726/
右の混天截は
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=7739881
上を見る限り残唐五代史演義にしか無い武器なのかだが
現実の戦場で使用した者は何処迄居るのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561214713/
上のTie Gu Duo (鐵骨朵)は
枝が二箇所から出ているが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561130712/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561147585/
日本の上の様な槍は此れの影響は有るのかだが
何れも果たして何処迄使われたのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561214709/
>Mao Lian Tang (茅鐮钂)

此れは軽量で多機能かも知れぬが
通常の絵には有るのかだろうし
果たして何処迄使われたのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561214821/
このタイプの敵を掛ける鈎の有る大刀も
通常の絵では今の所見ないが
何処迄使われたのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561214713/
>Liu Ke Zhu (留客住

此れは四方鈎槍なのかだが
鈎が上向きの物は有るのかだが

737某研究者2017/08/09(水) 16:44:13.75ID:rGlNKKlv
>>735
>韓国ドラマで不滅の李舜臣ってあったけど、どこまで本当なんって感じ。
>大砲ボンボン撃って日本兵吹っ飛ぶんだけど、それ嘘だろうって。

陸戦で銃では砲をアウトレンジ出来ない可能性は有るだろうが
フランキ砲では精度や威力は余り無いと言う事なのかだが
海戦ではフランキ砲より大鉄砲の方が精度は上であり
アウトレンジは可能だったのかだが
日本軍は海戦でも陸戦同様に敵のアウトレンジを考慮していた可能性は
高いと言う事なのかだが

http://www.iobtg.com/K.Ulsan.htm
>さらに当時、明軍の攻城戦での常套手段であった大砲も、この蔚山城に対しては、ほとんど威力を発揮しなかった。
>平原に孤立して立つ小山を改造した城郭であったため、高低差50mもある低地からの射撃では命中できなかったという。

攻城戦ではこうした問題も有るのかだが
他の場所でも山を改造した城が多いのかだが


『清正高麗陣覚書』記述の大砲エピソード
『清正高麗陣覚書』に慶長の役の蔚山城(ウルサン)攻防戦についてのエピソードが書かれているので紹介する。
蔚山城に籠城している加藤清正を討つために明軍が蔚山城北にある小高い山に陣を取った。この山からは城内を見渡すことができた。この山と城との距離は五〜六町(約500〜600メートル)あった。そのためこの山からでは城に弓、鉄砲は届かなかった。
そこで明軍は石火矢をこの山に集め、城内に向けて砲撃させた。
明軍が砲撃を開始したとき加藤清正とその主従はとある曲輪にいた。敵の第一弾が清正のいる曲輪へと命中し、清正の内衆の一人がその砲弾の餌食となり、
胴より上を吹き飛ばされ、下半身のみがその場に残るという悲惨さだった。しかし、この光景を目の前で見た清正ではあったが顔色一つ変えずに、
動揺している家臣たちに『そのままじっとして動くな』と命じた。そして敵の第二弾がまたしても清正のいる曲輪へと飛んできた。人にこそ当たらなかったものの、近くの『芝からげ』に当たり、
その下の地面に大きな穴を開けた。しかし、これにも清正たちは動かない。そして第三弾が清正らの上空を越えて行ったのを見て清正は『さらば退き候へ』といって、一斉に本陣へと避難していったという。

一方で山から砲撃を受けたと言う意見も有るが
清正の行動で正確な射撃は出来なかったのかだが
何れ精度は高められる危険は無かったのかだが

738某研究者2017/08/09(水) 17:03:59.18ID:rGlNKKlv
http://www.tsuchiura-hanabi.jp/kanren/
>關流は、炮術、火術、兵法など全般に及びますが、特に大筒町打(おおづつちょうう)ちを特技としています。
>常時の稽古は、各流派とも弓術と同じ15間(約27m)の藩邸内星場(ほしば)で行われましたが、
>町打ちは領内の広野に100間(約182m)から36町(約3927m)の打ち場を設けました。

と有るから大鉄砲・大筒は
182m程度からも船舶を狙撃する事を行っていた可能性も有るのかだが
フランキ砲ではこの距離で小型の日本船に
直撃させる事は困難だったかも知れぬが
この距離でもロケット火矢が直撃する可能性は有るのかだが
果たして何処迄放たれたのかだが

739某研究者2017/08/09(水) 17:40:39.61ID:rGlNKKlv
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%97%E5%B7%9D%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
>義弘は泗川新城を背に強固な陣を張り、伏兵を配置した。連合軍の攻撃に対し、義弘は大量の鉄砲を使用したり、地雷を埋めるなどして対抗した。
>また、鉄片や鉄釘を砲弾の代わりに装填した大砲も使用した。

逆に日本軍の陸戦での大砲運用も有る様だが
この大砲は鹵獲した物なのかだが
精度の低いフランキ砲であるから至近距離での散弾での攻撃のみに使用したのかだが
明・朝鮮軍はこうした運用は多かったのかだが

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11139078151
1586年の臼杵丹生島城籠城戦において大友宗麟は臼杵丹生島城より島津家久軍の一隊が潜む松島方面に向けて国崩しを発射しました。
この砲弾は松島の背後の小島の柳の大木に命中し、周囲の多くの島津兵が死傷したといいます。
丹生島からこの着弾地点までおよそ330メートルほどだといいます。
この時代の国崩しなどのフランキ砲は射程距離は330〜440メートルほどだとされています。
ちなみに宗麟がこの時に使用した国崩しは改良型で大玉一個に小玉数十個を詰めて、
散弾銃のようにして撃ち出していたため、必ずしも大玉が命中しなくても小玉が周辺に降り注ぎ戦果を挙げていたといいます。
おそらく柳の大木の周囲に小玉数十個が降り注いだんだと思います。

臼杵丹生島城攻城戦の際に島津家久軍がフランキ砲の散弾でやられた経験が有る故に
島津軍は泗川でも散弾を使用したと言う可能性も有るのかだが
300m先にも上手く散弾が届くのかだが

>この時の戦闘で、明・朝鮮連合軍の火薬庫に引火し爆発した。この機に乗じて、島津軍は城門を開き打って出た。

此れは大筒・大鉄砲の長距離射撃に拠る物の可能性も有るのかだが

>また川上忠実は、瀬戸口重治に命じて敵の食糧庫を焼き討ちさせ、これに成功した。

此れは大鉄砲使用ででは無いのかも知れぬが
只の火矢や松明の使用等では無く
焙烙火矢やロケット・棒火矢が使われた可能性は有るのかだが

740某研究者2017/08/09(水) 18:10:06.19ID:rGlNKKlv
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E6%89%8B
>実例として、『土佐物語』巻第十七「熊川船戦 虎の事」に、朝鮮出兵時、朝鮮側の番船に熊手で引きつける記述があり、
>長宗我部元親も熊手・打ち鉤をもって引きつけたと記されている(その間、射られ続け、死傷者多数となったとある)。

熊手は戦国期も依然使われていたのかだが
海戦専用武器に成ったと言う事は無いのかだが
同種の物としては船槍の方が多かった可能性も有るのかだが

741某研究者2017/08/09(水) 21:02:50.46ID:rGlNKKlv
https://plaza.rakuten.co.jp/trimoe/diary/201704030000/
>綿襖甲とは、綿(キルト)の裏側に鉄板などを鋲で貼り付けた中世東アジア一帯で見られた鎧、英名はキルティングアーマー。
>綿なので火に強く、鉄板を縫い合わせてあるので斬撃にも耐性があったが、鉄板が薄く、打撃に弱いと言う欠点と、
>当時の東アジアで主流だった連弩に対する騎馬兵用の鎧であった為、連弩よりさらに飛距離、貫通力に秀でた長弓には弱く、蒙古襲来時には当時の鎌倉武士が用いた長堤に定点長弓戦法によりデメリットが浮き彫りとなり、その後、火薬兵器、鉄砲の台頭により廃れていく。

綿襖甲も基本的に雑兵用なので日本の歩兵用伊予札甲冑等の様に
鉄は薄いのかだが
http://www.gaopu.com/shindai.html
清等の精鋭的な騎兵が此れを着ている例も有るが
この装甲は雑兵用より厚くなっていると言う事は無いのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646560881009/
上の様な宋等の通常の小札鎧は綿襖甲と異なり
胸部は二重装甲と言う事なのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561159477/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561202272/
上の騎兵の胸部は二重構造では無いと言う事なのかだが
雑兵用綿襖甲の鉄よりは少なく共胸部は厚い可能性も有るのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561201883/
上の鎧は胸部は二重構造なのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561158431/
上の様に胸部は二重では無く
護身鏡が紐で付いていると言う可能性も有るのかだが

742某研究者2017/08/09(水) 21:19:09.36ID:rGlNKKlv
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1314345476/132
文禄の役から帰国した下瀬七兵衛頼直って人の記録

大明國しゆこしらへの事面には赤きとろめんを仕り候て裏にはくろかねを二寸四方ほとに切り候て
くさり付候ながき道服のやうに候甲もくろかねを白くみかき候て着候小手もくろかねにて矢も不立候
刀共にて候少もきれず候

https://4.bp.blogspot.com/-U89Gcy9-AdE/V0lP8NOa9WI/AAAAAAAACyA/JyVdtWAdNVwvz_OWCpUjV45td4gHO_4LACLcB/s1600/Ming_cavalrymen.jpg
この鎧は上の精鋭騎兵用の綿襖甲の可能性も有るだろうが
此れは胸部の鉄札の厚みは雑兵用の倍以上有るかも知れぬし
小札が6cm四方と通常の小札より大きいから強度が有ったのかだが
同様の厚みの騎兵用桶側胴や最上胴程の防御力は無いと言う事なのかだが
この種の物は西国の下馬戦闘主体の騎馬武者は
何処迄装備していたのかだが

743某研究者2017/08/09(水) 21:52:06.94ID:rGlNKKlv
https://www.pinterest.jp/pin/427912402066296376/
現実には上の様な物で何処迄衝撃を吸収できるのかだが
https://www.youtube.com/watch?v=EDkoj932YFo
刀の衝撃も板金鎧相手にそれなりに有るし
銃では無く槍の突きを止める為に
最上胴は出て来たと言う事だっただろうか
https://twitter.com/koroho_goshin/status/808318776479399938
槍の打撃の衝撃も可成り有ると言う事だろうか

西国の最上胴・桶側胴も
http://www.tachibana-museum.jp/collection/armor02.html
立花宗茂の最上胴
https://www.pinterest.jp/pin/329677635206374976/
龍造寺隆信の桶側胴も有るし
他にも確か有るだろうが
下馬戦闘に此れは向いていたのかだが

744某研究者2017/08/09(水) 22:02:50.19ID:rGlNKKlv
http://www.museum.or.jp/modules/im_event/?controller=event_dtl&input%5Bid%5D=78839
https://www.pinterest.jp/pin/340444053067120251/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561217197/
http://www.nabeshima.or.jp/collection/index.php?mode=display_itemdetail&id=88
上の小西行長・加藤清正等の胴は
桶側胴なのかだが
皮の中に伊予札が有る可能性は有るのかだが

745某研究者2017/08/09(水) 22:18:17.41ID:rGlNKKlv
https://www.pinterest.jp/pin/37858453087527316/
上の細川忠興の胴は横矧二枚胴と言うが
伊予札が入る可能性は有るのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561217234/
上の鍋島直茂の胴は伊予札の様だが
http://www.nabeshima.or.jp/collection/index.php?mode=display_itemdetail&id=6
上の鍋島勝茂の胴は伊予札では無いと言う事なのかだが

746某研究者2017/08/09(水) 22:28:49.10ID:rGlNKKlv
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561180578/
こうした西欧的なフレイルも1542年には
明に有ったと言う事なのかだが
果たして何処迄使われたのかたが

747某研究者2017/08/09(水) 23:49:11.05ID:rGlNKKlv
https://pbs.twimg.com/media/DGy6HZqVYAAJ8eU.jpg
伊予札甲冑でも赤線で囲まれた部分は 
小札は一体化しているだろうが 
旧来の胴丸と異なり 
正面の一体化した部分は心臓よりはやや上を保護しているのかどうかだが

748某研究者2017/08/10(木) 23:31:43.63ID:2Uu+vEYQ

749人間七七四年2017/08/11(金) 01:14:51.58ID:A1LOm5J7
朝鮮国王宣祖は日本軍が漢城まで迫ると明との国境付近まで逃げ出したが、日本軍は追撃して宣祖を捕らえれば良かったんじゃね?

750人間七七四年2017/08/11(金) 02:54:39.09ID:S4b2EMMA
朝鮮の王子を二名捕らえたんだから、傀儡政権作れば良かった。

751某研究者2017/08/11(金) 15:27:49.61ID:vDGwadZZ
朝鮮国王は民衆の支持も暴動が起きた所を見ると無いだろうし
王子を利用した方が未だましと言う事なのかだが

http://greatmingmilitary.blogspot.com/2014/07/ming-armours-from-military-treatise-wu.html
上には宋の鎧も交じる様だが
上に有る鎧には草摺側面部には隙間が無いが
後部の草摺が無い物も有るが
https://pbs.twimg.com/media/DGcKVPyVoAARn39.jpg
絵に有る様な側面に隙間の恐らく有る物も利用されていたのかだが
数は絵で見る限り此れが多いのかどうかだが
図の物では草摺前部に隙間が有り過ぎる様にも見えるが
現物は果たしてどうなのかだが

752某研究者2017/08/11(金) 15:43:47.91ID:vDGwadZZ
西国の甲冑も袖は無いか小型の物が多いが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561217215/
上の加藤清正の具足の袖は妙に大型だが
時代はどうなのかだが

東国でも伊達政宗の具足には袖は無いと言う事だろうが
草摺は鉄製であり脛当も筒脛当だろうか

753某研究者2017/08/11(金) 16:17:27.29ID:vDGwadZZ
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561013375/
上のモンゴルの鎧の場合は鞍で埋まらない隙間が腰後部に有るが
こうした鎧は多用されたのかだが 
女真族の鎧もこの形式の可能性も有るのかだが 
明の鎧も同様の形式にも見えるが

http://pin.it/aYGeV6o
明の綿襖甲も草摺上部に隙間が有る様にも見えるが 
此れは腰後部の隙間と誤認している可能性も有るのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561239289/
水色の綿襖甲の草摺側面の隙間は 
腰下部迄に見えるが 
他にこうした描写の例は有るのかだが

pinterest.jp/pin/343610646561239380/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561239272/
上の様に斧やメイス等の重い武器を持つ明の騎兵は
下腕部の装甲は無い様にも見えるが 
武器が重いから腕の装甲を軽装化して 
反応性を増しているのかだが 
槍に対抗出来る様な反応性は有るのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561239577/
唐や明の鎧もドラマだと佩楯が騎乗時には後ろにずれている例が多いが 
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561226377/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561158716/
現実には上の様に前部のカバーは可能と言う事だろうか
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561240049/
上も同じ鎧だが或いは動作に依っては
脚前部が露出する可能性も有るのかだが 
絵ではこうした描写は見ないし 
後ろに行かない様に日本の佩楯の様に紐等で固定されている可能性は無いのかだが

754某研究者2017/08/11(金) 16:25:25.70ID:vDGwadZZ
http://greatmingmilitary.blogspot.com/2016/06/scale-and-lamellar-armours-of-ming.html
明の鎧も胴の小札の袖が長く成っている例も多いが 
此れは
http://www.gaopu.com/gishin.html  
左の筒袖鎧の様に脇の隙間は埋まっていると言う事なのかだが 
動作性はどうなのかだが
小札脇引同様に脇部への衝撃は何処迄止まるのかだが

pinterest.jp/pin/343610646561201946/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561158819/
綿襖甲にも袖がやや長い物が有る様に見えるが 
脇部の衝撃吸収力及び動作性はどうなのかだが

pinterest.jp/pin/343610646561240529/
上の様な漢の時代から有る筒袖鎧の脇部の構造は今の所見ないが 
https://pbs.twimg.com/media/DG7M5w5VoAISvO9.jpg
上のイラストの様な形で 
袖を胸甲の脇の隙間よりやや太くして付け隙間を埋めているのかだが 
明の袖がやや長い鎧は右端の様な形で脇を埋めているのかどうかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561240690/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561240706/
西欧甲冑でも脇が埋まる物も有るが 
こうした物は殆ど見ないし
実戦では何処迄使用されたのかだが
放熱や動作性に問題が有るのかどうかだが
筒袖鎧は此れよりは恐らく動き易い訳だろうか

755某研究者2017/08/11(金) 16:37:31.28ID:vDGwadZZ
雑兵物語では弭槍で脇を狙えと言う記述は無いが
草摺の隙間や顔を狙えと言う記述は有るから
明の騎兵も此処を突かれたか
槍の打撃で手足等をやられた例が多いのかだが

とは言え脇引が有る以上はこの部分を余り意図的では無いが
狙われた例も多いのかだが
明の兵も此処が埋まっている様に見える鎧が有るなら
脇を狙う技は有ると言う事なのかだが

756某研究者2017/08/11(金) 19:11:55.59ID:vDGwadZZ
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561241632/
ヌルハチの甲冑及び 
https://www.pinterest.jp/pin/505880970614661695/
左の同種の清の鎧の腕甲は 
明の鎧に似ているが胴体は恐らく同じでは無いと言う事なのかだが 
ヌルハチの物は兜以外は可成り明の鎧に似ているが 
同一の物なのかだが

757某研究者2017/08/11(金) 20:32:09.18ID:vDGwadZZ
blogs.yahoo.co.jp/yamabuki517/folder/517831.html?m=lc
>明朝廷の近衛兵(御林軍)[日本刀部隊(静)(粛)隊]  

此れは15世紀から有ったと言う事なのかだが 
日本側の槍を此れで斬る様な事は有ったのかどうかだが

pinterest.jp/pin/343610646561242296/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561202242/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561202241/
上の騎兵の刀は 
日本刀では無くシミター系の物なのかだが

758某研究者2017/08/12(土) 09:03:05.04ID:+YNRz3fb
http://pin.it/gprFkNB
左の明皇帝の鎧は脇が妙に開いているが 
実戦用なのかどうかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561241632/
上のヌルハチの鎧は 
こうした大きい脇の隙間を塞ぐ為の脇引の様な物が有る様に見えるが 
果たしてどうなのかだが

http://armsandantiques.com/extremely-rare-late-ming-early-qing-dynasty-late-16th-mid-17th-c-brigandine-dingjia-armor-set-emperor-shunzhi-period-1644-1661-ca1043
上の清の鎧も矢張り脇は可成り空いていると言う事だろうし 
この部分に脇引の様な物が装備される訳だろうか

https://www.pinterest.jp/pin/427912402066296376/
上の明の鎧も脇は空いているが 
袖の無いタイプはこの形式なのかどうかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561243427/
このフィギュアの明の鎧では 
特段脇が大きく空いている訳では無いだろうか

759某研究者2017/08/12(土) 10:39:59.94ID:+YNRz3fb
http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0046179
左の雑兵物語の足軽は騎馬武者の銃を持っていると言うが 
足軽では無く奉公人が持つのが基本と言う事は無いのかだが 
彼等は此れの装填もしたのかだが 
銃を短時間で連射する為に多数の銃を奉公人に持たせる騎馬武者も居たのかだが

http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0046179
左の足軽の騎馬武者用筒は 
http://www.xn--u9j370humdba539qcybpym.jp/legacy/hinawajyu/shurui/index.htm
左を見る限り30匁程度は有るのかだが 
右の物は6−10匁筒辺りなのかだが 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f)

760某研究者2017/08/12(土) 10:54:01.49ID:+YNRz3fb
>種子島久時は、馬や従者にもたせた鉄砲を次々と使いながら戦場で敵を屠り続けた。  

こうした事をした騎馬武者は何処迄居るのかだが

>「泗川の戦い」では、10倍の敵軍に対して百発百中の鉄砲の腕前と銃を次々取り替える事で速射する技での一斉射撃を家臣と共に披露して  
>史上最大規模の釣り野伏せを成功させるのに尽力し

この家臣と言うのも多数の銃を奉公人等に装填させて 
高精度の連射をしていたのかだが

761某研究者2017/08/12(土) 11:22:34.87ID:+YNRz3fb
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A6%E5%AD%90%E9%BE%8D
明水軍副将ケ子龍は味方の砲或いは焙烙火矢の命中後
日本軍に乗り込まれてやられたのかだが
そう簡単に行動不能と成るのかだが
被弾して速力が低下した所を捕捉された可能性も有るのかだが
日本側のフランキ砲が命中してやられた可能性も有るのかだが
此れは大鉄砲の可能性も有るのかだが

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%B2%E6%A2%81%E6%B5%B7%E6%88%A6#.E6.9D.8E.E8.88.9C.E8.87.A3.E3.81.AE.E6.88.A6.E6.AD.BB.E3.81.AB.E3.81.A4.E3.81.84.E3.81.A6
>「懲録」では、李舜臣の死のことを『李舜臣は日本軍を大いに撃破し、これを追撃している最中に鉄砲の弾丸で戦死した』と記しているが[20][21]、
>同じ朝鮮側の文献である「乱中雑録」では「砲賊伏於船尾、向舜臣斉発、舜臣中丸、不省人事」(鉄砲を持った賊(倭人)が船尾に伏せており、舜臣に向け斉射したところ弾が当たり人事不省となった)と記述されている。
>中国の史料の「明史」では、『舜臣はケ子龍を救援に赴き戦死した』とのみ記されている[22]。

李舜臣も高精度の狙撃が出来る種子島久時或いはこれの家臣に
狙撃された可能性も有るのかだが

>舜臣は危険をものともせず、みずから力戦していたが、飛来した弾丸がその胸に命中し背中に抜けた。

こんな威力が有るのは
基本的に城や船舶から使用される10匁狭間筒以上の銃なのかだが

762某研究者2017/08/12(土) 11:36:44.47ID:+YNRz3fb
http://www.xn--u9j370humdba539qcybpym.jp/legacy/hinawajyu/shurui/index.htm
>狭間筒  
>城の狭間、船舶などに固定して射撃されたもので全長が150cm以上ある。口径は大きく重量も重い。10kgくらいある。2-300mの距離を照準したものと思われる。

こうした狭間筒も船舶に対しては火矢の射程外の
120m以遠からの狙撃が多かったのかだが

http://najira-earth.blog.so-net.ne.jp/ten160410-1
>さらに真田軍は狭間筒(さまづつ:165cm30kg)という3人がかりで撃つ城を守る時に使う銃があったそうです。
>この銃は20発の弾を同時に射てる散弾銃のようなもので1度に5〜6人倒したといいます。

こんな物は大量に使用されていたのかどうかだが
野戦ではどうなのかだが

763某研究者2017/08/12(土) 11:50:32.86ID:+YNRz3fb
https://twitter.com/shiro_meglist/status/588645532333047808
大狭間筒・閻魔王は朝鮮で使用されたと有るが
船舶用大鉄砲と言うのは10匁狭間筒では無く
20匁以上の大鉄砲を長くした物が使われた可能性も有るのかだが
此れで李舜臣がやられた可能性も有るのかだが

http://blog.goo.ne.jp/okaocnto-gooid15/e/3abead256a1aa8686fd77751c67deaa2
>これら三カ所の築山の位置には、共通点が在ることが分かって来た、それは、どれも真田丸との距離が、
>110m、110m、140mと、100m余りであったことだ!城郭考古学者の千田氏のたまうに、当時の火縄銃の有効距離が”100から150m”であったと云う、

110mでも弓はぎりぎり届くには届くが
命中し難いと言う事なのかだが

764某研究者2017/08/12(土) 12:00:46.20ID:+YNRz3fb
>>763
110mと言うのは通常の2−3匁の火縄銃の射程外では無く
通常の竹束で十匁狭間筒が止まる距離と言う事は無いのかだが

765某研究者2017/08/12(土) 13:28:11.25ID:+YNRz3fb
http://i.imgur.com/MWiRMuN.jpg
朝鮮軍図屏風に有るこの船は小早だろうが
このサイズの船から20匁大狭間筒は
正面以外に放つのは困難なのかだが
屋根の上に登れば或いはだろうか
狭間筒より短い20匁大鉄砲でも
120mで船に命中する精度は無いのかだろうし
火矢は120mも届くのかだが

766某研究者2017/08/12(土) 14:04:56.18ID:+YNRz3fb
http://www.miyasakakoukokan.com/hinawaju.html
上の20匁筒で狭間筒程とは言わぬ迄ももう少し銃身が長く
120m先の船舶も狙撃出来る様な物は
作れる可能性は有るのかだが

>・侍筒競技(姿勢自由)
>十匁級侍筒による豪壮な火縄銃による競技  距離50m、日本公式種子島標的(仏陸軍200m標的準拠) 13発射10発採点

https://blogs.yahoo.co.jp/japaneseweapons/60614196.html
上の様な10匁筒でも50mで可成りの命中率は有るが
20匁筒を120mで当てるなら
銃身は1m以上は欲しいのかだが

http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/010/006/92/N000/000/000/131903152994013218933_20111016-houjyutu-06.jpg
20匁で上程度の長さの銃身の物を
小早でも正面辺りから
上手い者が銃を交換しながら短時間で連射すると言う程度なら
出来る可能性も有るのかだが

767某研究者2017/08/12(土) 14:22:11.14ID:+YNRz3fb
https://blogs.yahoo.co.jp/japaneseweapons/50035421.html
>弾丸を安全に発射するためには銃身の厚さを半分にしても十分だ。
>なぜにこんな重いものを作ったのだろう。

鉄を厚くしたのは重くして反動を抑える為と
何発も放った場合の耐久性を考慮したと言う事なのかだが

768某研究者2017/08/12(土) 18:31:01.69ID:+YNRz3fb
http://sunputeppou.hamazo.tv/e7356660.html
十問目士筒も上の直径40cmの的の黒い部分に
上手い人間が撃つと50mからほぼ命中するのかだが
腹上部辺りを狙えば上下にぶれた分は
有効弾と成るのかどうかだが
120mではどうなのかだが

769某研究者2017/08/12(土) 19:34:12.14ID:+YNRz3fb
朝鮮の現物の甲冑の史料と言うのも
非常に少ないが
https://glimja.deviantart.com/art/Joseon-Dynasty-Armors-625760241
中央右の腕の装甲の現物は有るのかだが
http://www.gaopu.com/gendai.html
上のモンゴルの物にも似ているが
http://www.gaopu.com/shindai.html
上の清の袖の様な鋲が有るが
鉄小札が入る物なのかどうかだが

https://ameblo.jp/kzkalf/entry-11906690299.html
上の様な鉄が露出する黒い鎧は現実には多用されたのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561254587/
上のモンゴルの鎧にも似ているが
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/heritagebig/147207/1/6
上の朝鮮軍図屏風ではグレーの鎧が確かに書かれているが
https://www.pinterest.jp/pin/518265869604631219/
http://ww3.sinaimg.cn/large/75888d63gw1e3v9si2gcij20f10km0uz.jpg
http://www.gaopu.com/mindai.html
此れは明軍騎兵の上の鎖鎧の可能性は無いのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561254707/
倭寇図巻でも明騎兵のグレーの鎧が多数書かれるが
此れは鎖なのかどうかだが

770某研究者2017/08/12(土) 20:39:41.81ID:+YNRz3fb
https://www.youtube.com/watch?v=nM_ljxw9g68
上では通常の二十匁筒を射撃しているが
此れは火矢の射程外の120m先から人に当てられるのかだが
http://image16.poco.cn/mypoco/myphoto/20141218/16/66498974201412181604174583836684773_003.jpg
上の板屋船程度のサイズなら船体に当てるのは可能かも知れぬし
人に直撃せず共破片での牽制は可能なのかどうかだが

771某研究者2017/08/12(土) 20:53:13.68ID:+YNRz3fb
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%86%E5%B7%9D%E6%A2%81%E6%B5%B7%E6%88%A6
漆川梁海戦では陸海で朝鮮水軍を挟み撃ちとしたと言うが
陸上の(船に対する)砲の射程はフランキ砲であれば50m程度だろうし
大鉄砲も120m程度が限界かも知れぬなら
こんな狭い範囲に朝鮮水軍が自ら入り込む可能性は有るのかだが
水上からの大鉄砲の攻撃で機動性や戦意が低下した後
白兵戦でやられたと言う可能性も高いのかだが
海上で大鉄砲で包囲銃撃されて陸上に向けて逃走し
フランキ砲の射程にさえも
入った可能性も有るのかだが
此れを受けた後白兵戦でやられたと言う事なのかだが
海上に逃げる選択肢は機動性の差で無かったと言う事なのかだが

772某研究者2017/08/12(土) 21:28:24.72ID:+YNRz3fb
http://legendch.blog.jp/archives/6240525.html
玉浦海戦 朝鮮の勝ち
閑山島海戦 朝鮮の勝ち
↓輸送用船から戦闘船に変更、極力陸からの援護可能範囲に行動する
釜山浦海戦 日本の勝ち
熊川攻撃 日本の勝ち
第二次唐項浦海戦 講和交渉開始の為朝鮮撤退
漆川梁海戦 日本の勝ち
順天城の戦い 朝鮮撤退
露梁海戦  日本の勝ち 李舜臣戦死

とは言え日本軍も陸上の砲・大鉄砲の射程の
50−120m程度の範囲で
常に艦艇を配置していた共思えないが
果たしてどうなのかだが
朝鮮水軍もこうした布陣に態々飛び込んだのかだが

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%B4%E6%A2%81%E6%B5%B7%E6%88%A6
鳴梁海戦では日本軍は何故か陸上からの攻撃をしている様に見えないし
藤堂高虎は海上で襲撃を受ける可能性も考慮していた様だが
漆川梁海戦で朝鮮水軍はほぼ壊滅したと見て
海上のみから侵攻したのかどうかだが

773某研究者2017/08/12(土) 21:45:20.59ID:+YNRz3fb
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%86%E5%B7%9D%E6%A2%81%E6%B5%B7%E6%88%A6
>7月14日、再三閑山島の本営を出撃し、15日夜半には巨済島と漆川島(現・七川島)の間にある漆川梁に停泊していた。
>この情報を得た日本軍は水陸から挟撃する作戦をたてた。16日の明け方より藤堂高虎らの日本水軍は海上から攻撃し、陸上部隊がこれを援護した。

元均も攻撃命令が出ていたから
陸上の援護範囲で待ち構えている日本艦隊に
無理やり突撃した訳では無く
海上で日本軍の奇襲を受けた後陸近くに追い込まれたと言う事なのかだが

774某研究者2017/08/12(土) 22:30:12.36ID:+YNRz3fb
学研・日本武器集成を見ると
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561255786/
9mmの一匁程度の筒でさえ
50mからヒノキ板に36mm迄食い込んでいるし
http://www1.cts.ne.jp/fleet7/Museum/Muse056.html
亀甲船の盾板の厚さは12cmなら
100mで10匁狭間筒程度でも貫通するのかだが
板の素材や弾速等の問題も有るだろうか
20匁の通常の短い銃身の物ではどうなのかだが

775某研究者2017/08/12(土) 22:51:50.17ID:+YNRz3fb
100m迄通常の弓の火矢が飛ぶのかは不明だが
弩の火矢もどうなのかだが
ロケット火矢は飛んで来る可能性も有るだろうが
何処迄数は有るのかだろうし
100mで
日本側の船を炎上させられる程に命中はするのかだが

776某研究者2017/08/17(木) 15:17:32.49ID:SmIIYQMF
http://home.att.ne.jp/sky/kakiti/shincho14.html
>丹羽勢は城東の攻撃を請け負い、井楼を二つ高々と組み上げて城内へ大鉄砲を打ち込み、
>堀を埋め築山を築いて攻めたてた。さらに滝川一益は南から東の攻め口を担当し、金堀衆を入れ、
>井楼を組み、大鉄砲で塀・櫓を打ち崩し、櫓へ火を放って焼き落とす成果を上げた。

こう言う攻撃は朝鮮での城攻めでは何処迄行われたのかだが
大鉄砲は20匁主体なのかどうかだが
塀を破壊するのには此れで十分なのかだが
火矢や砲での反撃も100mでは恐らく無いかも知れぬが
ロケット火矢が飛んで来る可能性は有るのかだが

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B8%E5%B7%9E%E5%B1%B1%E5%9F%8E%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
幸州山城は一ヶ月で作られた城であるし
1日しか保たなかったと言う事なのかだが

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E8%8E%B1%E5%9F%8E%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
>東莱城にはすでに釜山鎮の戦いにおいて日本軍が火縄銃を使ったという情報が伝わっており、
>朝鮮軍は長い板の防弾盾を大量に作ったが、日本の火縄銃に対しては役に立たなかった[2]。

城壁で通常の弾は止まった可能性は高いだろうが
此れで防げない高所から一部銃撃を受けた可能性は有るのかだが
此れを防ぐ盾はこの時点では無いと言う事なのかだが
後ではどうなのかだが

>日本軍は腰につけていた幟を長い棹に結びつけ、片手で高く掲げて朝鮮軍の狙いを狂わせ、城内に侵入することに成功した。

此れは矢を防ぐ事も考慮した可能性は有るのかだが
幟は竿では無く槍に装備した可能性は有るのかだが

777某研究者2017/08/17(木) 15:31:54.10ID:SmIIYQMF
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E5%8E%9F%E5%9F%8E%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
>南原城の戦い
>戦闘は先ず射撃戦で始まり、日本軍は散兵を城に接近させ火縄銃を撃ちかける。これに朝鮮兵は勝字銃筒という原始的な火器で応戦するが命中しなかった。一方、日本軍の放った火縄銃の弾丸はしばしば城を守る朝鮮兵に命中した。

この時点でも明・朝鮮軍の火縄銃は少数なのかだが
日本軍の命中した銃と言うのは銃丸に命中した訳では無く
大鉄砲で壁が貫通したのかだが

>攻城4日目、日本軍は攻城用の高櫓から城内を猛射し、その間に濠を埋め、
>長梯子をかけて城壁を登り城内に突入する。

此れは壁で防げない上方から
銃撃はしたのかどうかだが

778某研究者2017/08/17(木) 16:15:36.43ID:SmIIYQMF
http://4.bp.blogspot.com/-0N_p2PqhZI0/UIklH0auSiI/AAAAAAAAAJc/HEY3ao36CYE/s1600/2009_1030_082951-CIMG5159.JPG
明の従軍絵師が書いたかも知れぬ順天城も有るが
こんなに城壁は湾曲しているのかだが
http://yorimichi2012.blogspot.jp/2012/10/blog-post_26.html
上の縄張り図を見ると幾らかは湾曲はしているが
絵程では無いと言う事なのかだが
良く見ると銃丸が上下二列或いはそれ以上等も有るが
こんな密集しての装填射撃は出来たのかどうかだが

779某研究者2017/08/17(木) 16:21:13.56ID:SmIIYQMF
http://castle.jpn.org/shimousa/sakai/5.html
高台にこうした物を設置すれば
城壁のカバー出来ない上方からの銃撃も
火矢の届かない遠距離から一方的に可能かも知れぬが
果たして何処迄使われたのかだが

780某研究者2017/08/17(木) 18:00:28.71ID:SmIIYQMF
通常は越中具足装備の者でも 
攻城戦の際は重装備の具足を使用した可能性は 
果たして有るのかどうかだが

https://rekijin.com/?p=15617
晋州城以外は亀甲車等無く共
落城していると言う事なのかだが
晋州城攻防戦でも果たして決定的な力には成ったのかどうかだが

781人間七七四年2017/08/18(金) 06:30:24.20ID:NKkY1mlc
靖康の変を参考にして、明を江南まで追い込めた可能性もある。

782某研究者2017/08/18(金) 11:35:25.83ID:tmcBrQZ+
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561330011/
上の様な壁の構造では井楼等からの上方からの銃撃でも
壁の直後に居る兵は倒せるのかだが
補給や白兵戦支援の為等に後方に移動する必要も有るなら
この際に銃撃を行う可能性も有るのかだが

783某研究者2017/08/18(金) 12:51:18.81ID:tmcBrQZ+
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%9C%E8%B7%8B%E6%AF%98%E6%B2%99%E9%96%80%E5%A4%A9
兜跋毘沙門天の海老籠手と言うのは
明の甲冑の籠手に似ているが
古くパルティアの騎兵が使用した物が
トルファン辺りで残っており此れを明が模したと言う可能性も有るのかだが
唐の時代等では有ったのかだが

784某研究者2017/08/18(金) 15:29:28.43ID:tmcBrQZ+
唐や明等の耐衝撃性が高いと言う山文甲は
そう言う名称は古くは無く現物も発見されておらず
山型のディテールは鎖を模した物であり
兜跋毘沙門天に有る様な
金鎖甲の間違いと言う様な意見も有っただろうが
果たしてどうなのかだが

785某研究者2017/08/18(金) 16:18:07.43ID:tmcBrQZ+
http://greatmingmilitary.blogspot.com/2015/08/myth-of-shan-wen-kia.html
山文甲も上等に鎖説も有るが
未だ確定的では無いと言う事なのかだが

786某研究者2017/08/18(金) 17:17:24.33ID:tmcBrQZ+
http://greatmingmilitary.blogspot.com/2014/07/ming-armours-from-military-treatise-wu.html
上の明の鎧を見ると
円盤状の板金・護身鏡は無い様に見えるが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561241596/
上の明皇帝の鎧や
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561239272/
上の様な一部の鎧には有る様に見えるが
装備率はどうなのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561159219/ 
こう言う甲冑表面の模様の下に 
鉄板札が仕込んである可能性は有るのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561241632/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561241614/
上の様な明の鎧の腕甲を模した様な清の鎧も有るが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561331343/
上の明の腕甲の場合は肘関節部に迄装甲が有るが
現実はどうなのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561202272/
通常の絵では前腕は外側しか
鉄板札は無い様に見えるが

787某研究者2017/08/19(土) 11:10:20.87ID:FotWnMxc
スペインの明制服計画等も有っただろうが
スペイン軍の緩発式火縄銃では明・朝鮮軍の弓をアウトレンジ出来ず
密集隊形に弓や砲を撃ち込まれて
短時間で壊滅する可能性も有るのかだが
ピストル騎兵も弓騎兵の前に短時間で壊滅するのかだが

788人間七七四年2017/08/19(土) 11:29:09.57ID:FotWnMxc
http://blog.goo.ne.jp/cyrilsnow34/e/7154ce870dc9afcf32bcd283060ea539
50mで短筒でもそれなりには精度は有る様だが
動いている馬に対してはどうなのかだが
弾速或いは弾が見えないと言う差は有るだろうが
馬上で明騎兵の弓をアウトレンジは出来るのかどうかだが
通常の長筒で馬上から
明騎兵をアウトレンジと言うのは有ったのかだが
一発放った後離脱し
生き残った騎兵を
歩兵等の伏兵が居る所に誘導と言う様な戦術は有ったのかだが

789某研究者2017/08/19(土) 11:54:56.23ID:FotWnMxc
http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0046179
上の雑兵物語の足軽が持つかも知れぬ
騎馬武者用腰筒なら馬上筒より精度は有るだろうし
馬上なら騎兵の弓をアウトレンジも或いは可能なのかだが
http://photozou.jp/photo/show/1849954/242633907
上の様な形で通常の火縄銃を背面に携帯し
腰筒・馬上筒も更に装備と言う様な事は有り得たのかだが

790某研究者2017/08/19(土) 12:25:02.35ID:FotWnMxc
http://www7b.biglobe.ne.jp/~hitosugi/hojoukasin.htm
1581年の北条家着到定書では
足軽は基本的に皮傘装備だろうが
陣笠も鉄が後に多くなったと言う意見も有るが
鉄製は槍足軽用の物が大半の可能性は無いのかだが
皮傘には鉄芯が入ると言う意見も有るが
皮を型に入れて固めたと言う記述も学研・戦国甲冑集には有るが
現物の皮傘は可成り変形している物も有るから
鉄芯は無い物も有るのかだが
紙製の傘も残るが此れには鉄芯は有るのかだが

紙・皮・木の足軽胴も有るが
此れは弓・鉄砲足軽用の物が多いのかだが

791某研究者2017/08/19(土) 17:48:44.98ID:FotWnMxc
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%8B%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
>騎乗した火縄銃兵が残余のフランス騎兵を包囲し潰走させたが、  

騎馬鉄砲部隊や騎乗した鉄砲・弓足軽が
明騎兵の追撃時にこうした事をした例は有るのかどうかだが
銃装填時に引き離されて逃げられる危険も多いのかだが
歩兵なら追撃出来るのかどうかだが

792某研究者2017/08/20(日) 12:01:13.90ID:VWvMBLYv
http://d.hatena.ne.jp/settu-jp/20120506/1336314040
>現代のアーチェリー競技では20〜25kgの弓で最大90mの距離まで的を狙います。
>生身の「的」だと狙えるのは直射が90m〜120mまで、まぐれでも当たれば殺傷力が認められるのは200mまで、
>曲射の場合は余程当たり所が良くないと甲冑に対しては効果が無いが人体への殺傷可能な飛距離は200mから400mまであるでしょうか。

明・朝鮮の弓も曲射すれば120m以上は飛ばないのかだが
弩では曲射では特に精度は低下すると言う事だっただろうか

793某研究者2017/08/20(日) 13:10:53.87ID:VWvMBLYv
http://tihourekisimatome.blog.jp/archives/1063800596.html
>騎兵の基本的な単位もまた12名の分隊である。
>騎兵の分隊には分隊長、多様な武器を装備した10名の兵士(マスケット銃2挺、火槍2本、
>三叉の槍2本、槍2本、メイス2本。何名かは同時に弓矢を携帯する)、そして伝令がいる。

明には銃を持つ騎兵も居ると言うが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561015436/
上の宋の弩を持つ騎兵が
弩を銃に持ち替えた可能性も有るのかだが
銃は手銃或いは瞬発式火縄銃なのかだが
印・トルコ・西欧系の緩発式火縄銃の可能性も有るのかだが
宋の槍を持つ騎兵には弓は無い様に見えるが
明の槍を持つ騎兵は弓は基本的に装備している様にも見えるが
果たしてどうなのかだが

794某研究者2017/08/20(日) 13:14:12.25ID:VWvMBLYv
https://www.pinterest.jp/pin/510314201501550975/
清の鎧も腕は平たく潰せるなら
湾曲した鉄板は入っておらず
大きな鉄板は入っているのかどうかだが

795某研究者2017/08/20(日) 13:48:35.73ID:VWvMBLYv
https://s-media-cache-ak0.pinimg.com/originals/68/49/8a/68498a306b80b59a338caaf9495eb4b7.png
上の様な朝鮮の鎧の籠手の現物が見当たらないと前に書いたが
https://www.pinterest.jp/pin/53409945556939414/
上の清の鎧に類似した物が有るが
同様の物は朝鮮の鎧に装備されていたのかどうかだが
http://img.kaikai.ch/img/6487/240
左の鎧にも籠手が有るが
此れは本物なのかどうかだが

https://www.pinterest.jp/pin/7881368079278873/
清の鎧も上を見る限り脇引の様な物に
鉄板は有るのかどうかだが

796某研究者2017/08/20(日) 13:58:33.89ID:VWvMBLYv
https://www.pinterest.jp/pin/830210512531265077/
https://www.pinterest.jp/pin/519391769511398064/
上は明の板金的鎧なのかだが
鎖で接合されるタイプなら弓相手の防御力はどうなのかだが
弓対策で上に小札鎧を装備していた可能性も有るのかだが
日本の南北朝期の最上胴或いは桶側胴かも知れぬ金胴が
此れの影響で作られた可能性は有るのかだが

797某研究者2017/08/20(日) 14:16:58.93ID:VWvMBLYv
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561357012/
明の板金的鎧は面具も有るのかだが
此れは通常の絵には書かれていないが

http://img2.itiexue.net/2067/20675378.jpg
上の元時代の板金的鎧は青銅製なのかだが
鉄製の物が存在する可能性は有るのかだが

798某研究者2017/08/20(日) 14:26:13.48ID:VWvMBLYv
>>797
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1314345476/132
文禄の役から帰国した下瀬七兵衛頼直って人の記録

大明國しゆこしらへの事面には赤きとろめんを仕り候て裏にはくろかねを二寸四方ほとに切り候て
くさり付候ながき道服のやうに候甲もくろかねを白くみかき候て着候小手もくろかねにて矢も不立候
刀共にて候少もきれず候

上の明の兵は綿襖甲の下に
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561357012/
https://www.pinterest.jp/pin/519391769511398064/
上の様な板金的鎧を装備していた可能性も有るのかだが
こうした兵は果たして数は居たのかだが

799某研究者2017/08/20(日) 17:23:39.78ID:VWvMBLYv
雑兵物語では弓は鉄砲を装填している際に放てと有るが
2町(220m)以遠の遠距離射撃では弓は曲射していたのかだが
この距離では明の騎兵相手には命中しないと判断すれば
射撃はしていない可能性も有るのかだが
至近距離での射撃戦も雑兵物語や合戦図を見ると行っているが
この際も鉄砲足軽の装填時のみに矢を放っているのかどうかだが

800某研究者2017/08/20(日) 19:41:49.00ID:VWvMBLYv
合戦図だと10mも離れていない距離で
射撃戦をしているが
こんな状況で鉄砲は装填していたのかだが
後方に退避後に行っていた可能性も有るのかだが

801人間七七四年2017/08/21(月) 03:25:06.80ID:YYlHRGlg
不思議なのは西生浦倭城の石垣は朝鮮人が作ったのか日本人が作ったのか。
日本の百姓人夫あそこまで連れていったのだろうか?

802某研究者2017/08/21(月) 14:58:26.94ID:N2ys3HMe
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E6%B4%A5%E5%BF%A0%E9%95%B7
>忠長は100の兵で10,000の明の大軍を撃ち破り、義弘の窮地を救うという神業をやってのけた。

一人辺り100人等は銃だけで倒せるのかだが
一人が携行出来る弾は基本的に最大30発だっただろうが
陣地からの攻撃なら弾は更に使用出来ると言う事だろうか
10000の半分程度は銃による物の可能性も有るだろうが
障害物が有るとしても此処迄の数を倒せたのかどうかだが

803某研究者2017/08/22(火) 14:54:44.96ID:2lD9PyAF
http://dragonsarmory.blogspot.jp/2016/10/song-dynasty-armor.html
唐の時代なら変わり兜の様な物は有るのかだが 
以後の時代の絵では見ないから 
此れは廃れたと言う事なのかだが
http://blog-imgs-18.fc2.com/n/a/i/naigaiko/promise03.jpg
上の様な物は唐の時代でも有るのかだが

804某研究者2017/08/22(火) 15:00:54.62ID:2lD9PyAF
http://dragonsarmory.blogspot.jp/2016/10/chinese-tiger-helmets.html
979年からの宋の時代以後は
上の様な虎皮の有る兜も廃れたのかだが

805某研究者2017/08/24(木) 19:55:26.37ID:S2lWgsh6
下馬した騎馬武者の鈎装備の槍は
乗馬騎兵に対しては馬を突くのが先決であり 
鈎で騎兵を落馬させるのは二の次の可能性も有るのかだが 
鈎は歩兵を転倒させるのに使用される方が多かった可能性は無いのかだが

馬上で敵の騎兵を掛けると言う攻撃は
何処迄有ったのかだが
http://image.tnm.jp/image/1024/C0055233.jpg
春日権現験記絵では騎馬武者が熊手で敵乗馬騎兵を掛けているが
落馬させると言うより拘束している間に他の味方が
敵を攻撃すると言う様な方向だったのかだが

歩兵に対しては鈎での引き倒しは多用されたのかだが
http://image.tnm.jp/image/1024/C0090835.jpg
十二類合戦絵巻に歩兵が歩兵に熊手を使用する場面は有るだろうか
歩兵を引き倒すなら
ウェルシュフックやロングソードの鍔・鈎槍の鈎の様な
直線的な鈎でも欧州の武術書を見れば
十分出来る可能性も有るのかだが

806人間七七四年2017/08/27(日) 03:33:24.53ID:QN9tXJkj
キチガイジャップども
早く土下座謝罪しろ

807人間七七四年2017/08/27(日) 12:53:02.60ID:wsIBZy9e
>>806
だれに謝罪すればいいの?
名指ししてくれますか

808某研究者2017/08/28(月) 17:27:51.67ID:rRO1zXLQ
https://www.pinterest.se/pin/507992032953596826/
この朝鮮の綿襖甲は装甲が表面に出ているが
裏返しと成っている訳では無いのかだが

https://www.pinterest.se/pin/646125877759369628/
上の朝鮮の綿襖甲も装甲が表面に出ているが
7.7kg有り鉄板の厚みも有る様に見えるが
銃を防弾する事を考えた可能性も有るのかだが

http://i.imgur.com/48eKa.jpg
上の朝鮮の綿襖甲は草摺側面に隙間が有るのかだが
明の綿襖甲も同様なのかだが
上のタイプは脚に装甲は有るのかだが
http://i.imgur.com/lpxPo.jpg
上の物は脚にも装甲は有る様に見えるが
首部の隙間が妙に大きいが
内部に鎖等が装備される可能性は有るのかだが
鱗の下に通常の綿襖甲の鉄札が
仕込まれている可能性も有るのかだが

809某研究者2017/08/28(月) 22:14:09.46ID:rRO1zXLQ
http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000158228
軽いと言う本多忠勝の具足も15kgなのかだが
現存する物は本物では無いと言う説も有るが
本物なら胸甲は10kg程度有る可能性も有ると言う事は
細分された伊予札とは言え一定の耐弾性は考慮しているのかだが

810人間七七四年2017/08/29(火) 00:22:18.82ID:zLrh8oHU
某研究者さん、HP作ったらどうですか?

811某研究者2017/08/29(火) 11:41:59.14ID:jioaJsyZ
大概の当世具足の重量は15−20kgと言うから
胸甲は10kg以上は有ると言う事なのかだが
日本軍の主力の2匁筒なら100m程度では止まるのかだが
弓も少なく共100m程度なら致命傷には至らないと言う事なのかだが

812某研究者2017/08/29(火) 18:36:40.80ID:jioaJsyZ
朝鮮軍の言う弓の120mの射程と言うのは
散開した兵にも直撃率の高い直射での事だろうし
船舶に火矢を当てるのは300mでも
小型の小早相手でも出来るのかだが
日本艦艇も火矢は恐らく大鉄砲でもアウトレンジ出来ないが
射程50m程度と言う砲ならアウトレンジ出来ると言う事だろうが
火矢でやられた例は何処迄有るのかだが
日本側の火矢も鉄甲が無いと言う朝鮮艦艇に一定の打撃は
与えていたのかどうかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561255786/
上の実験を見る限り
1匁程度の筒で50mで5cmの板を3.8cm程度貫くのが限界なら
主力の2匁クラスの筒では50mで
板屋船の12cmの盾板を貫通できぬ可能性も有るなら
大鉄砲+火矢を主に使用していた可能性も有るのかだが
50mなら4匁筒程度なら12cmの盾板を
貫通出来る可能性も有るのかだが
この程度の筒なら大量に装備は可能だろうが
ノーダメージで勝利するには火矢の防火対策が必要である訳だろうか

813某研究者2017/08/29(火) 18:48:13.50ID:jioaJsyZ
防火の為に鉄甲を装備した大型船も日本側に居たと言うが
此れは速力が遅く
明・朝鮮艦艇の砲の射程に接近される危険が有るだろうが
その前に盾板を貫通できる程度の銃を大量に放ち
敵を行動不能にする等の戦術は有るのかどうかだが
防火に鉄甲では無く黒漆が使われていたと言う意見も有るが
此れは小型船には使われたのかどうかだが

814某研究者2017/08/29(火) 19:04:46.23ID:jioaJsyZ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%B4%E6%A2%81%E6%B5%B7%E6%88%A6
鳴梁海戦では来島通総がやられているが
此れは流れ弾が指揮官に当たったのか
或いは敵船を捕獲する為に迂闊に攻め込んで突出した所に
火矢を大量に受け速力が低下した所を追い付かれ
砲でやられたと言う可能性も有るのかだが

815某研究者2017/08/29(火) 19:17:03.53ID:jioaJsyZ
鳴梁海戦等で
沈没した日本側の船と言うのは砲でやられたと言うより
火矢で炎上したか
衝角突撃でやられたと言う事なのかだが
朝鮮艦艇には衝角が無いと有るが
船体サイズを生かしての突撃はしていたと言う事なのかだが

http://xn--nckg3oobb8359c2mhmwm7iu.com/%E3%83%90%E3%83%88%E3%83%AB%E7%B7%A8/%E6%88%A6%E5%9B%BD%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%80%81%E6%9C%80%E5%BC%B7%E3%81%AE%E6%B0%B4%E8%BB%8D%E3%81%AE%E5%B0%86%E3%81%AF%EF%BC%9F.html
>このときの毛利水軍は村上水軍を主体としたもので、小回りの利く小さな船団から九鬼水軍へ雨のように火矢を放ち、合わせて柴を積みあげ火をつけた小舟を突っ込んできた。
>この戦術に九鬼水軍はなすすべもなかったという。

来島水軍も村上水軍系統だろうが
こうした攻撃はしていたのかだが
焼き討ち船で朝鮮の板屋船は攻撃していたのかだが
焙烙火矢だけでは無く通常の火矢も数は有ると言う事なのかだが
大鉄砲や盾板を砲の射程外から貫通出来る様な銃の装備率は
朝鮮では増していたのかどうかだが

816某研究者2017/08/29(火) 19:25:00.24ID:jioaJsyZ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%B4%E6%A2%81%E6%B5%B7%E6%88%A6
>水路の危険を考えて全軍のうち関船(中型船)数十隻(朝鮮側記録では百三十余隻[4])だけを選抜して鳴梁渡へ向かった。

鳴梁海戦で水路の危険を考慮せねば
来島通総も安宅船に乗る等していたのかだが
仮に砲撃や火矢では無く
突出し大量の火矢で動きが鈍った所に
船体の突撃を受けてやられたのであれば
サイズの大きな安宅船に乗っていれば
やられなかった可能性も有るのかだが

817某研究者2017/08/29(火) 21:03:19.73ID:jioaJsyZ
>>813
http://panorama.pw/tiiki/saikib/gozasen.html
江戸期の非軍船は漆が可成り塗られているが
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%AE%85%E8%88%B9#/media/File:Arakebune_in_Hizen_Nagoya_Castle_byobu.jpg
戦国期の安宅船の描写では
漆は無い様に見えるが

818某研究者2017/08/30(水) 12:56:32.87ID:u4/1mSra
https://kayahapaipu.tumblr.com/post/122570834265/%E9%A7%BF%E6%B2%B3%E6%B9%BE%E6%B5%B7%E6%88%A6-%E5%8C%97%E6%9D%A1%E6%B0%B4%E8%BB%8D%E3%81%A8%E6%AD%A6%E7%94%B0%E6%B0%B4%E8%BB%8D%E3%81%AE%E6%BF%80%E7%AA%81%E5%9B%B2
>しかし北条氏の安宅船は全体が堅い椋(むく)の木で囲われていたので、玉が通らなかった。

この椋の木の装甲は何処迄使われたのかだが
近距離でも手銃程度なら防げるのかだが
上の椋の装甲の有る安宅船には
通常の火縄銃も通用しないと言う記述も有るが
50mで六匁筒程度なら貫通しないのかだが
この距離に接近する前に安宅船側の銃でやられると言う事なのかだが

https://kotobank.jp/word/%E5%AE%89%E5%AE%85%E8%88%B9-25758
>安宅船
>総矢倉には厚さ約2〜3寸(約6〜10センチメートル)ほどのムクやクスなどの堅木(かたぎ)を用いて装甲板とし、
>ときにはその上に薄い鉄板を張り巡らした。

等と有るが朝鮮の板屋船の12センチの装甲に比べれば
船体サイズがやや小さい事を考えると厚みは無いのかだが
厚くしても砲は防げないだろうし防火を重視するべきかも知れぬが
銅板等の防火対策は後期では可成り成されていた可能性は有るのかだが
盾板が薄いなら薄い銅板を装備しても重量は余り問題無い可能性も有るのかだが

青竹は燃えにくいと言う記述も有るし
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561492649/
朝鮮軍図屏風では青い竹を装備した様に見える船も有るし
此れは火矢を防ぐ事を考えた可能性も有るだろうが
全てがそうでは無いが
防火性の高い木材が盾板に使われた例は有るのかだが

819某研究者2017/08/30(水) 14:32:29.80ID:u4/1mSra
https://www.taketora.co.jp/special/porustakesumi.html
>「今まで50年間もの間、何度も竹林の中で火を焚くけれど、青々とした竹に火が付いたことはないです。」と話す山本さん。
>竹は油分だけでなく水分を豊富に含み、また竹林そのものも湿度が高いため防火機能に優れているので、適度に管理しながら焼いていけば山火事の心配もないのだそうです。

斬った竹も枯れた枝の様な物から延焼しているが
青竹に火矢を受けた場合何処迄保つのかだが
木よりは防火力は有るのかどうかだが

http://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no54/02.html
>日本の場合、地域によって使える材木が違うのが船の異なる原因です。瀬戸内・太平洋ではクスが船材として好まれました。しかし、クスは温暖な地域にしか生育しないため、日本海ではスギのような直材が船材の主役でした。

スギや楠の木は耐火性は低いと言う意見も有るが
朝鮮の板屋船も松で出来ているから
耐火性は余り無いと言う事なのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561492654/
https://fr.wikipedia.org/wiki/Fichier:Atakebune4.jpg
安宅船等に幕が装備されている例も1593年には有るが
此れは防火を考慮した物の可能性は有るのかだが
幔幕と同様の素材なら麻だろうし
此れは特段燃え難い訳でも無い様だが
戦闘時には水を含ませている可能性は有るのかだが
白い壁が有る船も多いが
此れは防火性の有る漆喰を塗っている可能性も有るのかだが
薄い銅板の方が軽量の可能性も有るのかだが

820某研究者2017/08/30(水) 14:49:18.77ID:u4/1mSra
http://blog.livedoor.jp/waruneko00326-002/archives/42683184.html
朝鮮出兵で使われた船
馬船 主に軍馬輸送用
戦船 1500石内外のクスノキ造りの装甲船
内櫂船 200石以上の快速船
早船 斥候用の小型船 いわゆる小早船
囲盾船 2000石積前後、二層以上の天守台を持つ、いわゆる大安宅船
井楼船 300石以上、400石以内 前面・両舷を装甲し、高い井楼から火砲で攻撃するための砲艦 
幕盾船 80丁立て以下の関船。天守台は持たない。全部を装甲していない場合は幕をもって盾の代用としたので幕盾船と呼ばれた

幕盾船と言うのは防火用の幕が有る関船なのかだが
絵ではこうした物も目立つが
幕だけで装甲が無い船と言う訳でも無いのかだが
明・朝鮮軍の銃が近距離以外なら命中しないなら火矢や弩を防ぐ幕だけで
十分と見た可能性も有るだろうが
手銃でも大型の船体には50m程度では命中する危険は無いのかどうかだが

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%86%E5%96%B0
>また、多くの城郭の壁に使用されており、室町時代末(1565年)に信貴山城(奈良)を訪れた宣教師イスマン・ルイス・ダルメイダは、「今日までキリスト教国において見たことがなき甚だ白く光沢ある壁を塗りたり。

日本でも1565年には城に漆喰が使われている様だが
船にはどの時点で使われたのかだが
絵に有る様に1593年時点では有ると言う事なのかだが

>他にも、この時代、西洋圏から鉄砲が伝来したため、漆喰にも防弾性が求められた結果、
>足利家が築いた中尾城では、漆喰に礫(こいし)を混ぜ込んで塗るといった対策も取られており[4]、漆喰bフ城壁にも防御瑞ォを高めるためbフ工夫がとられbス。

船舶には石を混ぜた漆喰迄は
有るのかどうかだが

821某研究者2017/08/30(水) 15:39:44.02ID:u4/1mSra
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Atakebune4.jpg
上の1593年の絵には緑色・黒緑色の部分が有る船も有るが
此処は青竹板或いは銅板が有る可能性も有るのかだが
屋根や甲板の色も船体の色とはやや違う例も有るが
難燃性素材が有るのかだが

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Atakebune3.jpg
上の絵は果たして1593年の物なのかだが
船体が黒いのは幕で覆えない船体に
防火用の漆を塗って有るのかだが
他の絵では見ない訳だが

http://www.wikiwand.com/zh-mo/%E6%9D%BF%E5%B1%8B%E8%88%B9
板屋船も古い絵は何処迄有るのかだが
色の有る部分の板は防火性は有るのかどうかだが
日本軍の火矢で意外にやられていた可能性も有るのかだが

http://bunnroku.wiki.fc2.com/wiki/%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E6%83%85%E5%8B%A2-111001
>なお、朝鮮の船は竜骨を持ち日本船を体当たりで撃破したという記述も各種書籍等に根強く見られるが、
>これは朝鮮役研究の基本書とも言える陸軍参謀本部編纂『日本戦史 朝鮮役』の誤った記述に端を発するものであり、
>実際には船体の構造自体は日朝共に大きく変わるところはない。どちらも起到式のマストを持つが漕走を主とし、
>沿岸部での使用を前提とした平底船であり竜骨も体当たり戦用の衝角も持たない。ただし、朝鮮は良好な船材に恵まれず、
>堅くて節が多く加工しづらい上に長尺・幅広の材が取り難いという、本来は船材としては不適な松材を角材や厚板状で主用していた[要出典]ため、
>船材の強度自体は、軽い杉や檜の幅広の板材を外板に使用していた[79]日本船に勝るということは言える。

等と有るが大型の板屋船に体当りされれば
関船以下の船はやられる危険は有ると言う事なのかだが
板屋船は低速と言うが火矢で炎上したら
小型船も追い付かれる可能性は有ると言う事だろうが
そうした戦術は何処迄使われたのかだが
そう成る前に板屋船が大型銃で盾板を貫通されたり
火矢で炎上していた例の方が多いのかだが

822某研究者2017/08/30(水) 16:23:34.73ID:u4/1mSra
https://www.pinterest.jp/pin/301881981259290300/
上を見ると板屋船の砲は基本的に棒火矢なのかだが
通常の砲は50mでも中々船には命中しないと言うが
此れは50mで関船に命中するのかどうかだが
動いている関船に此れは命中するのは困難かも知れぬが
六匁筒は動いている船から50m以遠で当てる事も可能なのかだが
日本の棒火矢は慶長年間には有ると言うから
慶長の役では使われたのかどうかだが
日本側の船舶の大型砲も此れが主流の可能性も有るのかだが

棒火矢であれば日本軍の鉄甲船なら直撃しても焙烙弾の様に
耐え得る可能性も有るだろうし
速力の遅い鉄甲船では板屋船に追い付かれる危険は有るかも知れぬが
至近距離から火縄銃を撃たれると装甲が貫通する危険は有るのかだが
日本軍の鉄甲船のフランキ砲の縦射を近距離で受ければ
板屋船も相当の打撃を被る危険は有るのかだが

日本軍も機動性の低い少数の鉄甲船で敵を支えている間に
関船や小早が敵を包囲し遠距離から大型銃・火矢で打撃を与え
反撃力が低下した後に斬り込みをしたと言う可能性も有るのかだが

823某研究者2017/08/30(水) 16:39:54.04ID:u4/1mSra
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E7%94%B2%E8%88%B9
文禄の役から鉄甲船は投入されていると言う事なのかだが
此れは棒火矢に対する有効性を見ての投入と言う事なのかだが
至近距離の通常サイズ火縄銃に対する耐弾性も考慮されていたのかだが
薄い銅板では近距離の銃や
質量の有る棒火矢は止まらない可能性も有るのかだが
漆喰や濡れた布・漆でも棒火矢を防ぐのは困難と言う事なのかだが

824某研究者2017/08/30(水) 17:59:10.88ID:u4/1mSra
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%B8%B8_(%E5%AE%89%E5%AE%85%E8%88%B9)#/media/File:Atakebune4.jpg
日本丸が盾板を殆ど打ち落とされた等と言う記述も有るが
此れは現実的なのかだが
鉄甲船では無いなら棒火矢の直撃で
盾板が
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%B8%B8_(%E5%AE%89%E5%AE%85%E8%88%B9)#/media/File:Atakebune4.jpg
上を見る限り漆喰は有るかも知れぬが
破壊炎上したと言う可能性も有るのかだが
大破炎上した盾板を船体への延焼を防ぐ為に
自ら投棄した可能性と言うのも有るのかだが
秀吉の大船建造命令以後は
安宅船は鉄甲船の比率が多く成ったのかだが

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E7%94%B2%E8%88%B9
>「関白はこのたびの朝鮮征服のために幾隻か非常に大きい船舶を建造させました。
>それらの船は弱体で、船骨に欠(陥)があったために、幾隻かは裂けて沈没してしまいました。

文禄の役時点でも最低でも3隻程度の鉄甲船は
有ったと言う事なのかだが
慶長の役の藤堂高虎等の旗艦は鉄甲船だったのかだが
鳴梁海戦では関船しか使用しなかったから
投入はされていないと言う事なのかだが
漆川梁海戦では投入されている可能性も高いのかどうかだが
藤堂高虎の旗艦だけと言う可能性も有るのかだが

藤堂高虎…2,800人
加藤嘉明…2,400人
脇坂安治…1,200人
来島通総…600人
菅達長…200人
水軍合計…7,200人

と有るし慶長の役の水軍は彼等で全部なら
5人の指揮官の乗る旗艦は全て鉄甲船の可能性も有るのかだが
其れ以外にも有る可能性も有るのかだが
兵が200名の菅達長の旗艦も鉄甲船なのかだが 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f)

825某研究者2017/08/30(水) 18:06:23.18ID:u4/1mSra
http://www.warbirds.jp/ansq/2/B2000793.html
100隻以上の敵船との交戦で、その様子は、「棒火矢が飛んでくれば用意の綱で海中にはたき落とすので、
船には当たらない。近くから半弓で射ても、三重の幕の二重は通るが、最後の一枚で受け止めてしまう、
近距離まで迫って石火矢(火砲)を射放したときは、日本丸の中柵三尺四方を打ち破ったが、
かねて用意の大工たちに言いつけ、即座に修理して海水をとめ、日本丸は動揺すらしなかった。」(志摩軍記)

と有るがこの記述に信憑性は有るのかだが
日本丸以外も棒火矢は網で落としていたのかだが
石火矢と言うのも板屋船の砲は棒火矢が主体なら
数は何処迄有るのかだが

826某研究者2017/08/30(水) 18:36:29.56ID:u4/1mSra
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561493922/
板屋船も上を見ると棒火矢が8門有る様に見えるが
片舷3門であり
棒火矢以外は無い様にも見えるが
通常砲は安宅船と同程度しか無かった可能性も有るのかだが
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%99%E7%83%99%E7%81%AB%E7%9F%A2#/media/File:Hiya-zutsu_and_bo-hiya.jpg
日本の場合は棒火矢は通常の大筒から放っている様に見えるし
板屋船の棒火矢も通常弾が撃てる可能性は有るのかどうかだが
鉄甲船等に棒火矢が通用しないと見れば此れを使った可能性は有るのかだが
日本軍の慶長年間に作成したと言う棒火矢で
板や船が炎上していた可能性も有るのかだが
網等で迎撃された可能性も有るのかだが

板屋船の棒火矢も瞬発式なのかだろうし
照準も自由度は大筒に比べ無い様に見えるが
どの程度の距離で関船には命中したのかだが
同時多数の飛来で無ければ網で迎撃されたのかだが

827某研究者2017/08/30(水) 18:52:56.93ID:u4/1mSra
https://www.youtube.com/watch?v=y1NkKO0OvZE
こう言う小口径の棒火矢を同時多数に放たれれば
網での迎撃も何処迄出来るのかだが
そうした攻撃で炎上した板屋船は有るのかだが

828某研究者2017/08/30(水) 19:19:31.98ID:u4/1mSra
http://www.rekishi.info/forum/forum100/20050911173204.html
>朝鮮側の記録に乱後、加藤清正に「板屋船」を造った罪で殺された船匠がいます。

と有るがこうした船や鹵獲した板屋船は
鉄甲船に改造された例等は有るのかだが
漆喰や幕等で防火対策が施されたのみの可能性も有るのかだが
砲は射程が短いから一部は外された可能性は有るのかだが

829某研究者2017/08/30(水) 19:32:47.56ID:u4/1mSra
板屋船の砲力を考慮すると
鉄甲船の鉄甲も奇襲等で多数の板屋船に攻撃された時の保険であり
至近距離の銃撃や多数の棒火矢・火矢に対抗する為の物かも知れぬし
砲でやられる様な接近戦を自ら挑む事は無いと言う事かも知れぬが
漆川梁海戦でも鉄甲船は板屋船の砲の射程での
接近戦を行う事は無かった可能性も有るのかだが

830某研究者2017/08/30(水) 20:09:20.36ID:u4/1mSra
http://www.rekishi.info/forum/forum100/20050911173204.html
元均は釜山沖へ進出、釜山絶影島沖合で日本水軍の本隊と遭遇するのです。ここで日本水軍は朝鮮の軍船に近づいては離れ、近づいては離れるという戦術をとったようです。朝鮮水軍はこれを追撃しますが、陣形が乱れ、艦隊は四散
(沖合でのこの状況は、亀船を含め朝鮮水軍の軍船の特質を考える上で示唆的です(後述))。

日本側の戦勝報告も、朝鮮船を全滅させた15日夜〜16日未明の漆川梁での闘いについてなされていますが、実際の戦闘は7日以降の戦闘で朝鮮水軍が四散してしまったことによって決着がついているのです。漆川梁の戦闘は言ってみれば残敵掃討にすぎません。

16日の記録(舜臣は水軍の壊滅をまだ知らない。)軍船の漕ぎ手で、戦闘から逃げてきた世男(奴隷身分)の言ったこととして「(略)闘おうとしたが、
倭船は散り散りになって回避し捕縛することが出来なかった。自分(世男)の乗った船と他の6隻は船を制御することができず、
漂流して西生浦に至り、上陸すると倭兵にほとんどが殺されてしまった。」

等と有るから漆川梁海戦では日本軍は
大型銃での砲のアウトレンジ戦法に
徹していた可能性も有るのかだが

朝鮮の役の従軍日記『高麗帰陣物語』の作者はこの板屋船を「いかにも良く作りたる軍船にて」と絶賛しています。(なお、同氏は援軍にきた明軍の軍船(帆船)を「軍船には向き候はず」と評価し、日本側の軍船観を示していて興味深いです。)

とは言え鹵獲した板屋船は鉄甲船に迄改造されたのかだが
明軍の軍船の評価が低いのはどう言う事なのかだが

「天字銃砲」銅製、口径13p、砲身長130p、射程96m
「地字銃砲」銅製、口径10p、砲身長88p、射程64m
「玄字銃砲」鉄製、口径5.7p、砲身長80p、射程160m
「黄字銃砲」鉄製、口径4.3p、砲身長52p、射程 不明
「勝字銃砲」鉄製、口径2p、砲身長56p、射程 不明
(そういえば、多くの議論で船のスペックばかりが問題にされ、武装が議論されていないのは不思議です。)
 基本的には、鉄丸を撃ち出す「天字銃砲」以外は、火箭=棒火矢という焼夷薬を付けた火矢を捕鯨砲のように射出するもので、相手の船を撃沈できる性格のものではありません。
「天字銃砲」でも火箭を撃つこともあり、「天字銃砲」「地字銃砲」射出の火箭は「大将軍箭」、「玄字銃砲」射出の火箭は「次大箭」とあるので、火箭にも大小があるようです。加えて、
「勝字銃砲」は口径が小さく、火箭の射出器というより、日本軍の記録にある「手筒矢」(おそらくは銃筒から射出する短い矢)を撃ち出すものと考えられます。

多数の小型の砲から棒火矢を同時に放たれれば
網での迎撃も困難かも知れぬが
この種の物は何処迄数は有ったのかだが
小型の物なら動いている関船に50mで当てられるのかどうかだが
小型の物では命中しても漆喰や幕等の防火対策の有る船を
何処迄炎上させられるのかどうかだが
先に日本側の火矢で松材の板屋船が
炎上する事も多かったのかだが

831某研究者2017/08/30(水) 20:50:48.10ID:u4/1mSra
http://www.rekishi.info/forum/forum100/20050911173204.html
>釜山沖の海戦において、九鬼嘉隆が船上に二重三重に不燃性の絹布を張り火箭を防ぐ話が残っていますが、
>これが銃兵への「火箭」対策だとすれば合点がいきます。)。

こうした絹の布は大量に用意出来たのかだろうし
船に多く書かれる幕は麻製かも知れぬが
戦闘時は水で濡らされている可能性も有るのかだが

>もっとも、接舷切り込みを行う日本側も、分捕った船をそのまま持ち帰って使うということはほとんどしていないようです。
>基本的な動力が人力なのですから、これは考えてみれば当然のことと思います。分捕った船を暢気に引いてきたり、貴重な漕ぎ手を移らせて帰ろうとしたときに敵の逆襲を受ければひとたまりもありません。敵に再利用されないよう焼いてしまうのが一番なのでしょう。

漕手では無い兵士に奪った船を漕がせると言う可能性は
無いのかどうかだが

現存する大型の火縄銃(大鉄炮や置き筒)と呼ばれるものには長大な射程(300〜1,000m)を有するものが存在し、遠距離用の照準装置(ややこしいですがこれも「やぐら」と言います。)も発達していました。
当時の記録には本国に鉄炮とこの「やぐら」を送れといった命令を発したものが見られます。こうした大型銃は船体破壊こそできないものの、朝鮮の火砲より命中精度と射程、可搬性に優れ、
安定性の高い停泊中の大型船や地上で使用すれば、高い命中精度を持つ文字通りの「アウトレンジ攻撃」が可能になります。朝鮮側の銃砲や火箭が破壊力はともかく命中精度や有効射程が日本側の銃砲よりも劣ることを考えれば、
泊地奥の日本船に火箭や砲弾の有効打を浴びせるべく近づくと、船体はともかく、船上の兵士の損害が必然的に大きくなることが予想されるわけですが、記録を見ても朝鮮水軍は指揮官を含め多くの死傷者を出していますし、舜臣自身銃撃を受けています。

この種の大鉄砲は射程が長いが連射は効くのかだが
長時間の戦闘で且つ縦射をする様に仕向ければ
戦果は可成り挙げられる可能性も有るのかだが

>また、この頃から日本側の火箭対策が目に付くようになります。九鬼の御座船日本丸は、釜山の泊地が襲われたときは、
火箭対策に不燃性の絹布の幕を二重三重に張り(前述したように、これは甲板上に待機する銃兵を火箭の火から守るためのものでしょう)、
舷側には突き刺さった棒火矢・火箭をたたき落とせるように、縄で縛った丸太や切り株を下げていたといいます。
棒火矢が命中したときは、これを落として火矢を海中に叩き落とすわけです(これは鉄板装甲していれば無用の装備です。この点、九鬼の日本丸には、毛利水軍と闘った安宅船のような鉄張り装甲は無かったと考えられす。)。

文禄の役で既にこうした防火装備は
充実していたのかどうかだが

832某研究者2017/08/30(水) 21:14:49.59ID:u4/1mSra
http://www.rekishi.info/forum/forum100/20050911173204.html
>肥前名護屋城図には3艘の安宅船が描かれそのうち1艘は3層と2層からなる二つの天守様の矢倉を載せています。
通常船のトップヘビーを招き安定性を失わせる上に、帆走するのにも不利なこうした構造物を単に乗船者の権威を高めるためだけに設けるでしょうか?
他の欠点に目を瞑るくらいやはり軍事上の利点が高かったと考えるべきでしょう。なお、この3層の矢倉を持つ安宅船はその色から鉄板装甲の可能性が指摘されています。

http://i.imgur.com/ErDY5vs.jpg
肥前名護屋城図の上の三層の櫓の有る船は
他の白い船と違い色が青いし
1593年の鉄甲船を書いているのかだが
鉄甲船なら防火用の幕は必要なのかと言う事は有るだろうが
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%AE%85%E4%B8%B8
銅板を貼った安宅丸には幕は無いと言う事だろうか

833某研究者2017/08/30(水) 21:57:16.87ID:u4/1mSra
http://blog.livedoor.jp/waruneko00326-002/archives/42683184.html
>秀吉の時代には書状・宣教師による船への鉄板による装甲の記述が残っており、可能性はあると思う。
後装カートリッジ式の仏郎機砲3門と、銃身長が2m近い大鉄砲を多数装備していた。
朝鮮の役では、日本側の大鉄砲が朝鮮軍の船体を貫通して、中の人員を殺傷し悩ませている。

朝鮮の役のときは鉄板を全国から徴収しているが、筑紫の大船を装甲するためだ、とある。
江戸初期には、イギリス人が鉄板を張り巡らした幕府の軍船を見たという記録もある。

銃身2mの大鉄砲(此れは20匁筒か)等
何処迄使われたのかだが
発射速度は遅いが敵の前・後方に機動力で回り込み
縦射を繰り返せば可成り打撃は与えられた可能性は無いのかだが
盾板の厚さを考えれば此れを用いていさえ棒火矢は兎も角火矢は
完全にアウトレンジ出来ないと言う事かも知れぬが
防火装備の有る船ならほぼダメージは受けなかった可能性も有るのかだが

834某研究者2017/08/30(水) 22:51:26.96ID:u4/1mSra
亀甲船が日本軍の陣形を乱す為に突撃したり
板屋船が砲の射程に接近或いは体当たりの為に接近を試みると言う様な
記述も有るが
接近すると言う事は敵に正面を晒す瞬間は確実に有るだろうし
この瞬間に大鉄砲を正面に撃ち込めば縦射を受け
漕ぎ手が大量にやられれば接近所では無くなる可能性も有るのかだが
接近を試みなく共日本船に機動力を利用され包囲されれば
何処かで正面や後方を晒し縦射を受けた可能性も有るのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561481070/
上を見る限り縦射も高さが合わないと難しいかも知れぬが
関船でも低い位置からの射撃なら
板屋船の漕ぎ手を倒して動きを止める事は出来るのかどうかだが
上甲板の敵を縦射するには
甲板よりやや高い位置に台でも設けないと困難かも知れぬが

835ななっしー2017/09/01(金) 06:00:36.31ID:jp9SuDUm
反省しないジャップに未来はない

836某研究者2017/09/05(火) 16:12:55.17ID:EbnCsRdI
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561493922/
日本側の大鉄砲は兎も角
西欧の砲よりは上の様な棒火矢は射程は長いかも知れぬし
防火対策の無い西欧の船が此れでアウトレンジされて炎上する可能性は無いのかだが
レパントではトルコ軍の同種兵器や火矢では炎上していないと言う事なのかだが
鄭成功の軍にオランダ艦がやられているが
銃砲の射程外から火矢や棒火矢を受けて
やられた可能性も有るのかだが

837某研究者2017/09/05(火) 20:41:19.94ID:ntr1AHUo
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E5%98%89%E6%98%8E
>『土佐物語』巻第十七に記された逸話として、朝鮮出兵時、少数の船で攻め出ようとした際、諸将に異議が多く、同調を得られなかったため、甥の加藤権七と共に密かに手船20艘ばかりで向かうも、
>朝鮮方の番船に気づかれ、多数の船に包囲され、弓を放たれ、死傷者多数の事態となり、嘉明自身、矢を二、三射立てられる。
>熊手で引き寄せようとするも失敗したため、郎等に対し、「我を敵船に投げ入れろ」と言い、やっと番船に家臣の塙団右衛門共々乗り込み、3艘を乗っ取ることに成功したと記される。

20隻と言うのは小早でさえ無い可能性等も有るのかだが
小早から板屋船の上に人を投げ入れると言うのは現実的なのかだが
旗艦のみ大型艦だった可能性も有るのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561481070/
上を見る限り関船なら板屋船の上に投げ込めなくも無いのかだが

838某研究者2017/09/05(火) 21:45:40.70ID:ntr1AHUo
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561493922/
関船や安宅船から上の様な板屋船に人を放り込んだとしても
包囲されてやられる危険は無いのかだが
同時に多数の人間を放り込み壁等を背にして戦えば
そうした事態は避けられ得るのかだが

839某研究者2017/09/05(火) 23:07:44.35ID:ntr1AHUo
pbs.twimg.com/media/C2MXC9KUkAAPWk5.jpg
上の肥前名護屋城図屏風の右側の船は 
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_9/view/id/2443187/page/8
名護屋城博物館では全長38mと推定されているのかだが 
左側の鉄甲が有るかも知れぬ船は此れよりやや大きい様に見えるが 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%AE%85%E8%88%B9
1573年に琵琶湖に
信長の55mの船と言うのが有った様だが 
左側の船は果たして此れなのかどうかだが 
琵琶湖から名護屋城に移動出来る物なのかだが
同程度のサイズの別の鉄甲船の可能性は有るのかだが

840某研究者2017/09/06(水) 17:49:40.38ID:MrK+FQGS
https://twitter.com/boukenkyuu/status/905253802869112832
肥前名護屋城図の2つの大型艦のサイズは 
上を見る限り同程度なのかだが 
絵師の頭の中では上の櫓が高い物の方が 
可成り大きいと言う可能性は有るのかだが

841某研究者2017/09/06(水) 19:17:51.89ID:MrK+FQGS
慶長の役で投入された鉄甲船なら
装甲は棒火矢の防御を考慮している可能性は有るだろうが
他の船の漆喰や幕等の防火対策や
棒火矢を落とす為の網等も
完全に装備されたと言う事なのかだが

842某研究者2017/09/06(水) 20:00:24.81ID:MrK+FQGS
棒火矢も小型の物の同時発射は網では対応出来るのかだが
上部の火矢に対する防火は幕や漆喰で出来るが
船体に漆は無いとすると火矢が此処に命中した場合は
やられていたのかだが
海面が荒れている場合は波で火は幾らかは消えたのかどうかだが
棒火矢をアウトレンジして大鉄砲で攻撃をする場合は
火矢では何処迄やられたのかだが

843某研究者2017/09/06(水) 20:23:52.38ID:MrK+FQGS
http://www.syougai.metro.tokyo.jp/bunkadbpic/20524000102.jpg
上の関船には船体部分に竹板らしき物も有るが
此れは防火対策なのかだが
青竹であれば炎上はし難いと言う事なのかだが
現実の船には何処迄装備されたのかだが

http://sv107.wadax.ne.jp/~sengokushi-com/sengokushi/wp-content/uploads/2011/08/sv_010.gif
関船なら櫓迄の高さは低いから
船体部に火矢が命中しても火が波で消える可能性も有るのかだが
海が荒れている時は特にだろうか

844某研究者2017/09/06(水) 21:05:43.38ID:MrK+FQGS
>>812
上に有る様に50mでも4匁筒なら
板屋船の12cmの盾板を貫通するかも知れぬが
縦射で人を大量に倒したいなら10匁筒等を使う必要が有るかも知れぬが
陸戦用の10匁の士筒が海戦にもその侭
投入されていた可能性も高いのかだが
https://blogs.yahoo.co.jp/japaneseweapons/60614196.html
此れの精度は50mでも可成り高かった訳だろうが
船体内に居る漕手は甲冑が無いから同時多数の貫通は可成り出来るのかだが
上甲板に居る甲冑を着た兵の同時多数貫通は
10匁筒でも限度は有ると言う事は無いのかだが
陸上野戦用の標準装備でない10匁以上の筒は
海戦では何処迄使われたのかだが

船体が射撃に対し斜めに成っていれば
銃弾が跳弾する可能性も有るだろうが
機動力の高い船で敵を包囲していれば垂直に命中する状況は
何処かで生じ得ると言う事だろうか
突撃用の亀甲船等が大鉄砲の縦射を考慮して
正面の装甲を厚くする可能性と言うのは
果たして有るのかだが

棒火矢も盾板に斜めに命中すれば
刺さって炎上はしない可能性も有るのかだが
日本側も此れを考慮した機動と言うのは何処迄したのかだが
朝鮮水軍も敵に対して装甲を厚くする為に
船体を斜めに傾ける事等は有るのかだが

845某研究者2017/09/13(水) 20:37:21.77ID:W/X+XGKF
http://itworks.lolipop.jp/MyBlog/seventies/index.php?mp=&post=505
火縄銃の遠距離照準器のやぐらと言うのは上に有る物なのかだが
20匁狭間筒の500mの関船への射撃では
こうした物迄果たして必要なのかだが

http://itworks.lolipop.jp/MyBlog/seventies/index.php?mp=&post=510
10匁・全長2mの狭間筒でさえやぐらの装備を考慮していると言う事なのかだが
遠距離では威力は可成り低下する可能性は有る訳だろうか

846人間七七四年2017/09/30(土) 18:40:46.61ID:Hpss2yDl
勝ち負けに拘らず、釜山周辺の加羅(任那)占拠にとどめるべきだったと、佳那晃子と佐伯伽耶が言っていた

847人間七七四年2017/10/02(月) 17:15:42.06ID:mpEpxz+F
できれば日本海沿岸を占拠→さらに沿海州を押さえて間宮海峡に到達して日本海を内海化してほしかった

848人間七七四年2017/10/02(月) 17:41:52.93ID:Qw9KqsAS
かなり長大な距離になってしまうな

849某研究者2017/10/05(木) 17:49:12.00ID:EFNRQm2k
https://www.youtube.com/watch?v=DcBOnQiVx8Y&t=190s
上の動画には朝鮮の鎧の内部構造が有るが 
https://pbs.twimg.com/media/DLW53MDUMAAfHUJ.jpg
https://pbs.twimg.com/media/DLW531wU8AAsiK3.jpg
上腕部は筒袖鎧の様に鉄札では埋まっていないと言う事なのかだが
腿部は完全に鉄札は無いのかだが 
胴前後部中央には隙間が有る様に見えるが 
現実には鉄札で埋まっている可能性も有るのかだが

https://pbs.twimg.com/media/DLW62UhVoAA-IXY.jpg
https://pbs.twimg.com/media/DLW62-yV4AAoZ_P.jpg
草摺正面の隙間を埋める鉄札も有ると言う事なのかだが 
此れは現物や文献に記述は有るのかだが 
手甲の装甲も同様の物が明や清の鎧にも有るが 
現物や文献の記述は有るのかどうかだが
脇引の様な物も有るが 
https://www.pinterest.jp/pin/7881368079278873/
この部分には上の清の鎧には鉄札は無い様にも見えるが 
https://i.pinimg.com/736x/81/9a/00/819a007a7a7071ed2c0947261d7a8dd2--horse-armor-chinese-embroidery.jpg
鋲が有る物も有るし
鉄札が入る物も有るのかだが

850某研究者2017/10/05(木) 18:01:51.35ID:EFNRQm2k
youtube.com/watch?v=DcBOnQiVx8Y&t=190s
上の4:14辺りからの映像では 
綿襖甲は矢では貫通していないが
https://www.youtube.com/watch?v=B756AYVvoo8
上の120ポンド(54kg)の張力の弓ではラメラーアーマーが貫通しているが 
小札のサイズ・固定法の違いも有るのかだが

youtube.com/watch?v=EVV5my415VA
上でもラメラーアーマーが矢で貫かれているが 
https://www.youtube.com/watch?v=OSxFY917UH8
上を見るとラメラーアーマーは銃でも貫通は中々しないだろうが 
衝撃で骨折し弓をまともに放てなく成り 
接近戦でも容易に止めを刺される危険は有るのかだが

851某研究者2017/10/05(木) 18:13:25.37ID:EFNRQm2k
明・朝鮮軍の鎧の強度は
大型の鉄札の入る
脚迄完全に鉄札が入るかも知れぬ綿襖甲を装備し
鉄小札の有る籠手の有る
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561158819/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561159403/
上の様な明の兵が一番上と言う事なのかだが
朝鮮軍も胴鎧の強度は綿襖甲が多いなら
平均的には明軍より高い可能性も有るのかだが

852某研究者2017/10/06(金) 21:03:24.87ID:jbX6cDWs
https://www.pinterest.jp/pin/343610646562005822/
上の様な籠手は仕付袖が妙に長いが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561202241/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561241488/
上の様な明の篭手を参考としている可能性も有るのかだが
此れと異なり肘に鉄板札が無いのは曲がり難く
組打時に問題が生じ得るからなのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561158535/
上を見る限り可動範囲は余り制限されぬ可能性も有るのかだが

853某研究者2017/10/06(金) 22:01:35.60ID:jbX6cDWs
https://www.pinterest.de/pin/511440101418149247/
この兜の頬部分は清や朝鮮の兜に似ているが
兜鉢も尖っているし眉庇の形状も似ているから
こうした物を参考とした可能性も有るのかだが

854某研究者2017/10/10(火) 17:04:48.88ID:FNFVO7HI
http://ncode.syo setu.com/n9653cs/112/
>三番目としては、水密区画が細かく存在している点である。このため一旦船殻の一部に穴が開いても、すぐにその区画だけを閉鎖すれば航行が可能であったとされる。
民間船でも水密区画は存在しているが、かなり大きな割り方になっているため、
暗礁などで一か所が大きく損壊しても航行不能まではいかないものの、かなり危険な状況に陥る可能性は高い。
現存している和船の最古の設計図と言われる七尾丸は関船に相当するが、全長50メートル程、全幅25メートル程で300程の水密区画を持っていたとされる。
更に、櫂は片側50丁、2丁の舵を有し、四方を板で囲う押し廻し造りと呼ばれる構造になっている。前後に櫓があり、まさに「浮かべる城」であった。

関船でさえ水密区画は300も有るのかだが
板屋船は船殻は二重だが水密区画は無いと言う事だったかも知れぬし
大鉄砲で貫かれた場合は浸水でやられる危険も有るのかだが

855某研究者2017/10/13(金) 17:52:02.84ID:NcFEZdDW
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E8%8A%B1%E5%AE%97%E8%8C%82#.E8.B1.8A.E8.87.A3.E6.99.82.E4.BB.A3
>城将・大知越前守は弓隊を伏兵として立花軍を奇襲した。立花軍は矢の当たりにくい森の中へ500の城兵をおびき出し、十時連貞と小野鎮幸率いる300が反転して迎撃、

立花宗茂も碧蹄館等でも
こうした弓を防ぐ為の対策をしていた可能性は有るのかだが

856某研究者2017/10/13(金) 18:14:18.41ID:NcFEZdDW
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E8%8A%B1%E5%AE%97%E8%8C%82#.E8.B1.8A.E8.87.A3.E6.99.82.E4.BB.A3
>立花・高橋軍およそ3,000は敵本陣へ突撃し白兵乱戦になるも、宗茂自身は馬を乗って飛将のように飛び出していて長槍や長刀を提げ、一騎駆し敵兵将15人を斬殺。

一騎駆けで此処迄倒せるのかだが
白兵戦突入後は明軍は日本軍と異なり飛び道具は使わないなら
こうした事も出来ると言う事なのかだが

857某研究者2017/10/19(木) 23:43:12.06ID:pDsW/zGi
https://twitter.com/Chinaswordbot/status/920427186103795712
【日本刀vs抗日大刀】
中国の番組企画による抗日大刀と日本刀の性能比較
@豚を試斬
日本刀:一度で両断
抗日大刀:両断まで三度の斬り込み
A車のバンパーで荒試し
日本刀:刀身が歪み、刃が捲れる
抗日大刀:最後まで歪み/刃の捲れは無し

重装甲の甲冑を装備する西欧でも
柳刃刀と同種のファルシオン一辺倒に成っていないし 
中国でも細い刀(腰刀)の比率の方が明時代
或いは其れ以前も多いだろうから 
軽い剣も長い間合いから高速で装甲の隙間を狙う等の一定の需要は有る訳だろうか 
重い剣が鎧を凹ませるより軽い剣が鎧の隙間を突く方が 
大概は早い可能性も有るのかだが
軽い剣の斬撃も装甲の薄い部分では打撃を受けると言う事だろうし
重い武器では軽い武器の速度に追随出来ぬ場合も有る訳だろうか

858某研究者2017/10/19(木) 23:47:44.24ID:pDsW/zGi
>>857
重い武器が軽い武器を破壊する様な攻撃を出す可能性も有るだろうが 
此れも重さ故に速度が遅いなら 
受け流される或いは回避される可能性も高いのかだが

859某研究者2017/10/20(金) 11:18:57.14ID:gD5BUIpu
重い武器が一番強いならバルディッシュが一番重いだろうが 
軽いウェルシュフックが最強武器と言う意見も有るだろうか 
バルディッシュではウェルシュフックの早い攻撃を余り受けられず 
バルディッシュの遅い攻撃はウェルシュフックに受け流されるか回避される可能性も高いのかだが

860某研究者2017/10/20(金) 11:31:21.07ID:gD5BUIpu
https://twitter.com/Chinasword_kari/status/882996695490887683
此れは明の鎧と同形式なのかだが
12kgだと当世具足よりやや軽いのかだが 
ブーツに装甲が仕込まれていれば 
やや重くは成ると言う事なのかだが 
果たして何処迄の装甲が有るのかだが
銃や打撃武器には相性の悪い物である訳だろうか

pinterest.jp/pin/343610646561158819/
上の明の綿襖甲は絵を見る限り腿部にも完全に鉄板が入る可能性も有るだろうし 
清の明形式と言う綿襖甲とは異なり重い可能性も有るのかだが

pinterest.jp/pin/343610646561241488/
上のヌルハチの鎧も明形式の物かも知れぬが 
こちらは腿部に鉄板は完全に入る物と言う事なのかだが

861某研究者2017/10/20(金) 12:56:32.83ID:gD5BUIpu
https://twitter.com/Chinasword_kari/status/882996695490887683
pinterest.jp/pin/343610646561241488/
フロイスの言う刀の通用しない鎧と言うのは
果たして上の様な物なのかだが
刀では手足を斬るのが雑兵物語を見ると基本だろうし
この極度に鉄札が細分された籠手では弓は兎も角
刀の打撃を止められるのかだが
pinterest.jp/pin/343610646561158819/
上の絵では余り細分されていないが
絵の省略の可能性も有るのかどうかだが

ブーツに装甲が仕込まれていなければ斬られる危険も有るのかだが
佩楯部が完全に鉄で覆われていない例も清には有るが
明の鎧では覆われている可能性も有るのかだが


https://www.pinterest.jp/pin/343610646561201943/
幅広の柳刃刀を持っているらしき部隊も書かれては居るが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561202242/
この部隊以外は上の様な細い腰刀を装備している様に見えるが

日本軍で柳刃刀に対応する重い武器は長巻と言う事かも知れぬが
こちらの方が数が多い可能性も有るのかだが
此れは基本的に備大将の護衛歩兵が
突入して来る馬を斬る為の物である訳だろうか

862某研究者2017/10/20(金) 13:02:38.97ID:gD5BUIpu
明騎兵も現実には槍の打撃で動きが鈍った所に
草摺等の隙間を突かれてやられると言うパターンが多かったのかだが
白兵戦突入前に銃が貫通せず共打撃を受けて
動きが鈍っていた兵も多い可能性も有るのかだが
大刀や大斧は動きが重く槍の前にやられ
騎兵の枝・鈎付き槍の装備率も日本の方が
関ヶ原合戦時には8−9割等と言うなら多く
鈎で転倒させられてやられた兵も多い可能性も有るのかだが
管槍は何処迄有ったのかだが

863某研究者2017/10/20(金) 13:16:10.67ID:gD5BUIpu
https://twitter.com/Chinaswordbot/status/919400362791944192
大刀は30kg有る等と言う記述も有るが
実戦用の物は上の物の様に6kg程度なのかだが
重さを考えると日本軍の槍に追随出来ず
やられていた可能性も有るのかだが

864某研究者2017/10/20(金) 13:33:46.94ID:gD5BUIpu
日本軍の明・朝鮮軍の鹵獲した手銃も
近距離で限定的に使用された可能性は有るのかだが
甲冑も鹵獲はされているだろうが
騎馬武者は此れは耐弾性の問題で用いず
貸し具足の回らない歩兵に歩兵用の甲冑が回っていた可能性も有るのかだが
重い騎兵用鎧も胴・兜だけ歩兵が使う様な可能性も有るのかだが
立花宗茂・加藤清正等の歩兵に胴を装備しない軍の場合は
此れは使わないかも知れぬが
機動性を利用しない攻城戦・陣地戦・海上戦では貸具足も含め
装備していた可能性も有るのかどうかだが

865某研究者2017/10/20(金) 16:57:28.14ID:gD5BUIpu
https://twitter.com/boukenkyuu/status/920990543793946625
方天戟も絵では大量に出て来るが 
装備率は三叉槍よりは低いのかだが 
大刀と比べても少ないのかだが

866人間七七四年2017/10/20(金) 21:07:56.10ID:gD5BUIpu
>>859
同様にファルシオンではロングソードの速度のある攻撃を余り受けられず
装甲の薄い部分或いは無い部分をロングソードで先にやられ
ファルシオンの遅い攻撃はロングソードで受け流されるか
回避されると言う可能性も高いのかどうかだが 
日本刀と柳刃刀でも同様の事に成るのかどうかだが
鈎槍と大斧・大刀でも同様の事に成る可能性も高いのかだが

867某研究者2017/10/20(金) 21:15:25.97ID:gD5BUIpu
>>866
とは言え雑魚足軽は日本刀のスピードや間合いを生かせず
柳刃刀を受け流したり回避は出来ず
装甲の薄い或いは無い部分を上手く攻撃出来ない可能性も有るだろうが
柳刃刀も雑魚歩兵には装備されず
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561201943/
上の様に恐らく一部騎兵のみの装備の可能性も有るなら
彼等に対するのは基本的に騎馬武者であると言う事なのかだが

868某研究者2017/10/20(金) 21:41:20.00ID:gD5BUIpu
https://www.pinterest.jp/pin/343610646562193181/
倭寇図巻だと歩兵が柳刃刀を装備しているが
此れは最前列に居るから精鋭歩兵の可能性も有るのかだが
剣より数はやや少ない様に見えるが
倭寇は雑魚兵士ばかりでも無いし
大太刀を使う兵は雑魚兵では無いなら
リーチや速度を生かされてやられた例も
当時の記述に有る様に多いと言う事なのかだが

869某研究者2017/10/20(金) 21:45:11.23ID:gD5BUIpu
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?search=%E5%80%AD%E5%AF%87%E5%9B%B3%E5%B7%BB&title=Special:Search&go=Go&searchToken=968h2xp3z30tjy0cxm95iqgpe#/media/File:Wolf_troop2.png
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/df/Ming_soldiers_02.jpg
倭寇図巻の長柄歩兵の剣は何故か書いていないが
細い腰刀主体の可能性も有るのかだが

870某研究者2017/10/20(金) 21:55:47.52ID:gD5BUIpu
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/af/Mingarmy88077849.jpg
上にも柳刃刀を持つ兵が居るが
この兵は雑魚歩兵では無い様にも見えるが
中央に座る騎兵も綿襖甲を装備する兵は後方に多数居るから
階級は最前列の金色及び銀の小札鎧を装備する兵の方が上なのかだが

871某研究者2017/10/20(金) 22:16:50.32ID:gD5BUIpu

872某研究者2017/10/20(金) 22:59:34.28ID:gD5BUIpu
明の一部の歩兵が柳刃刀を振るう前に
銃撃と前衛の騎馬武者の槍突撃及び
足軽が此れを後方から長槍で支援している最中に明兵が敗走し
足軽が刀を振るう局面が余り無い可能性も有るのかだが
一部の騎馬武者が槍では決着が突かず刀で
柳刃刀も持つ兵と斬り合いと成る例も有る程度なのかだが
籐牌兵に槍の間合いの内側に斬り込まれた場合も同様なのかだが

873某研究者2017/10/20(金) 23:20:57.06ID:gD5BUIpu
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0d/Kang_Yingqian_being_overrun.jpg
上のサルフの戦いの絵の明の銃兵も
装甲は多いが白兵戦では何処迄戦えるのかだろうし
藤牌兵は鎧は無い様にも見えるから
清の騎兵に白兵戦を挑まれれば容易に撃破されていたと言う事なのかだが
銃兵には柳刃刀は無いかも知れぬし
彼等は足軽の刀でも倒せたと言う事なのかだが

874某研究者2017/10/21(土) 15:50:06.80ID:l3X0JKHQ
https://www.pinterest.jp/pin/343610646562193181/
上の倭寇図巻の藤牌兵は兜は無いが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646562203326/
上のサルフの戦いの絵では兜・脛当が有る様にも見えるが
胴鎧や篭手も現実には装備されている可能性は有るのかだが

875某研究者2017/10/21(土) 18:19:12.22ID:l3X0JKHQ
https://www.youtube.com/watch?v=-KzpTLZ_e40
籐牌兵も上の様に槍兵を一方的に撃破出来る物なのかだが
同種の円盾兵はテルシオでは後で編成から外されていただろうが
足軽は兎も角騎馬武者相手では踏み込んでも組打ちに持ち込まれて
盾で拘束される左側からやられると言う様な事も有るのかだが
鈎槍で盾で防護出来ぬ足(特に左足か)を
正面から突き斬られて装甲が有れば斬られぬ迄も転倒した後
槍で打撃或いは突かれてやられる様な可能性も有るのかだが

876某研究者2017/10/21(土) 19:30:58.49ID:l3X0JKHQ
通常の槍でも足を斬る攻撃は出来るだろうが
装甲が有る場合は余り打撃を与えられない可能性も有るのかだが

http://ejercitodeflandes.blogspot.jp/2012/06/rodela-rodelero.html
スペインのロデレロも足に装甲は無いし
一番重装備なハルバード兵や
ドッペルゾルドナーも腿に迄装甲は無いだろうが
藤牌兵はどうなのかだが
装甲が確実に装備されている古い絵は見ないが


https://www.pinterest.jp/pin/67483694388574283/
ローマ兵もダキア戦争時はダキア人の両手剣ファルクスを防ぐ為に
https://www.pinterest.jp/pin/343610646562204628/
通常は装甲の無い手足に鉄板が追加されているし
ファルクスで盾で防護し難い手足が狙われた事を意味している訳だろうか
兜も筋が補強されている訳だろうか

877某研究者2017/10/23(月) 19:58:29.39ID:nu1baX3w
https://www.pinterest.jp/pin/343610646562232821/
上の騎兵が持つ方天戟は装飾が多いが
儀礼専用なのかだが
装飾が余り無い物を歩兵が持つ例も有るが
此れは戦闘用の可能性も有るのかだが

878某研究者2017/10/24(火) 15:57:54.02ID:CAvqGfxT
足軽の刀は雑兵物語に有る様に
手足を斬る訓練は幾らかしているかもしれぬし
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561201946/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646562232817/
上の明軍槍兵は手足に恐らく装甲は無いから
明軍槍兵の刀が足軽の胴に打撃を与える前に
手足が日本刀で斬られる可能性も有るのかだが
胴の無い足軽の場合は其の限りでは無いと言う事なのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646562232816/
上は日本刀を持つ親衛隊・静粛隊だろうし
足には恐らく装甲は無いから歩兵だろうが
こちらには腕には装甲は有るが
此れは精鋭歩兵と言う事なのかだが
藤牌を持つ兵はこうした装甲は有るのかだが

879某研究者2017/10/24(火) 23:19:11.78ID:CAvqGfxT
https://www.pinterest.jp/pin/343610646562248736/
上の抗倭図巻の右の盾とフックを持つ兵は腕にも装甲は有るのかだが
こうした兵は何処迄居たのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646562248590/
上の倭寇図巻のフックを持つ兵の装甲は胴鎧だけなのかだが
兜が有る可能性は有るのかだが
フックは機能が限定されるし
実際は鈎槍装備と言う事は無いのかだが

880人間七七四年2017/10/24(火) 23:33:40.09ID:CAvqGfxT
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561158616/
右の様な重装歩兵は古い絵では今の所見ないし
鎧は唐の時代の形式の物に類似しているから
現実に使われた物では無い可能性も有るのかだが

881某研究者2017/10/30(月) 08:00:45.65ID:PVYK5yDX
小田原城攻城戦では大鉄砲+大筒が1000門使われたと言うし
此れの一部は船にも搭載されていたと言う事なのかだが
大部分は当初陸戦に回っていたのかだが
後で船の装備率は増えたと言う事なのかだが

882某研究者2017/10/30(月) 17:45:15.18ID:PVYK5yDX
https://www.pinterest.jp/pin/343610646562322586/
上の1520年成立の清水寺縁起絵巻の歩兵の兜は
https://i.pinimg.com/originals/3f/a6/1e/3fa61e57fbb0e2eade60cb84213bf858.jpg
上の明歩兵の兜に似ているが
こうした兜は明が15世紀に日本人を師とした
日本刀部隊を導入する事に伴う
軍事交流の影響で日本に入った可能性も有るのかだが
宋の軍にも似た様な兜は有ったかも知れぬが
南北朝期の絵にはこうした兜は無い訳だろうか
こうした兜も大量生産に適した陣笠に置き換えられたが
騎馬武者に似た様な形状の兜鉢が
変わり兜等で残ったと言う事なのかだが

http://photozou.jp/photo/photo_only/1849954/242051720/?lang=ja
上の秋夜長絵巻にはシコロが短い簡易兜の様な物が有るが
此れは明の兜の影響で出て来たのかだが

883人間七七四年2017/10/30(月) 21:34:33.67ID:8kFcc8JE
日本史を大局的に見て、
勝つ必要なかったろ

884人間七七四年2017/11/01(水) 20:14:07.48ID:WorznKot
>>883
朝鮮半島の東岸をある程度の幅で領有して、そのまま沿海州にまで進出すれば日本海を内海化できるぞ

885人間七七四年2017/11/03(金) 17:15:07.16ID:HbhKPt86
北島万次が資料集出してるけどあれどう?

886某研究者2017/11/11(土) 15:45:37.92ID:RK6ysS+5
サルフの戦いでは女真兵は
戦車を下馬した騎兵で排除後乗馬突撃をしたと言うが
日本軍が明軍戦車部隊に対して同様の事は有るのかだが
戦車に対し手銃の射程外から大筒で出来る限りダメージを与えた後
下馬突撃をし戦車排除後
近距離から雑兵物語に有る様な射撃をしたと言う可能性も高いのかだが
必要なら明軍の奪った戦車も盾にした可能性も有るだろうが
長尾懸かりの様な騎兵突撃は無いと言う事なのかだが

https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Sarhu#/media/File:Pan_Zongyan_being_overrun.jpg
女真兵も盾で防護され銃もそれなりに有る明の陣地に
こんな突撃をすれば大損害は必至だろうが
士気の高さで何とかしたのかだが
鎧も12kg程度なら下馬突撃は出来ると言う事だろうか
明軍の砲も散弾が詰まるかも知れぬが
綿襖甲でも近距離では貫通していた可能性は有るのかだが
装甲が無い顔等に散弾が命中した例も多いのかだが

887某研究者2017/11/11(土) 16:00:57.81ID:RK6ysS+5
明軍の砲等の散弾を日本軍の垣盾や車竹束が止めた例は有るのかだが
明軍の手銃の通常弾も近距離では
車竹束は兎も角垣盾は貫通する可能性は有る訳だろうか

888某研究者2017/11/11(土) 17:34:21.22ID:RK6ysS+5
https://twitter.com/fuwarin/status/730729541254053888
この垣盾も然程大型では無いし
銃の時代の厚みを増した物なのかだが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561347188/
上の垣盾もほぼ同じサイズに見えるが
厚さは可成り有るのかだが
こうした物でも明軍の手銃は近距離では
貫通していたのかだが
 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E6%9D%9F
対大筒用の幅120cmの竹束も有るが此れは移動式では無いだろうが
フランキ砲迄止まる物なのかだが
石を詰めても果たしてどうなのかだが

http://www.eniguma49.sa kura.ne.jp/gunnzi,heiki/sonota/senngokuheuki/senngokuheiki1.html
>大阪夏の陣に登場した鉄製の装甲板を全面に施した押車です、2名ないし3名の兵が後から車を押して2名程の兵が台車に登場し鉄砲、弓を撃ちかけながら前進する仕組みです、
全面の装甲板は厚さ五寸(16,5cm)の木製板の上に厚さ3寸(10,5cm)の鋼鉄製の板が張り付けれていました、更にその装甲板は鉄製の支柱で補強されています、
>、この大盾車も大筒の様な大口径の大砲の砲弾は無理としてもフランキ砲や大鉄砲などの比較的口径の小さい大砲の砲撃からは十分に身を守れたのでしょう。

幾らか移動出来る様な
10cm等の鉄板でフランキ砲も防ぐ様な盾も大阪の陣では有ったが
大阪の陣以前にこんな物は有ったのかだが


http://photozou.jp/photo/photo_only/1849954/187731504
大阪冬の陣図では土を詰めた米俵が防弾に使われているが
大筒を止める様な厚みの物は構築されたのかだが
竹束が置き難い地形のみの使用なのかだが

889人間七七四年2017/11/16(木) 18:12:10.12ID:+hHnRHK0
したたかさが無いよ
明には手を出しません、朝鮮内の要請で兵を出したまで
とかのらりくらりやっとけば怒らせない方が良いのに太平洋戦争でも大国怒らせた
正直日本が統治し税収が上がり一部配当を明に渡せばお互いwinwinだよ、明も生き延びたのに
ロシアの進出を許してしまった

890某研究者2017/11/20(月) 21:07:19.59ID:cQqsa4Tn
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1017093315
>文禄二年七月二十七日、秀吉、朝鮮沿海築城の守備兵数を規定(中略)また、城に備えつけの兵器・弾薬・糧秣などの数量も決めた。
小早川隆景の加徳島城(支城を含む)や鍋島直茂の金海城(支城を含む)の例をあげれば、次の通りである。
一、士卒人員 五千人
一、鉄砲 二百挺(内訳、大筒一、五十匁筒一〇、三十匁筒一〇,二十匁筒一〇,十三匁筒四、六匁筒一〇、ニ匁半筒一五〇
また島津義弘の巨済島城では
一、士卒人員 二千人
一、鉄砲 百挺(内訳、大筒一、五十匁筒一〇,三十匁筒五、二十匁筒五,十三匁筒二、六匁筒一〇、ニ匁半筒七二

板屋船の12cmの松の盾板を100mで貫ける様な筒は
13匁以上かも知れぬが
水軍では無いが小早川軍は35門
島津軍は23門程度と言う事なのかだが
50mなら6匁でも貫けるかも知れぬが
棒火矢の射程に入る可能性も有るのかだが
100mでは果たして貫通出来るのかだが

891某研究者2017/11/20(月) 21:23:09.35ID:cQqsa4Tn
明・朝鮮軍の砲は大型の物は
片舷に集中は出来ないかも知れぬが
日本軍の50匁筒以下の物等は集中可能と言う事かも知れぬが

明・朝鮮軍の小型砲の棒火矢は
何処迄装備されているのかだが
射程・威力はどうなのかだが
鉄甲船の装甲は貫通出来ぬ可能性も有るのかだが

892某研究者2017/11/22(水) 15:25:44.92ID:x9dPPNCd
http://tihourekisimatome.blog.jp/archives/1063800596.html
>騎兵の基本的な単位もまた12名の分隊である。
>騎兵の分隊には分隊長、多様な武器を装備した10名の兵士(マスケット銃2挺、火槍2本、
>三叉の槍2本、槍2本、メイス2本。何名かは同時に弓矢を携帯する)、そして伝令がいる。
>騎兵も歩兵と同様に分隊、小隊、中隊、大隊、連隊、旅団に組織される。
>戦場での騎兵旅団は2699名から2988名にまで増援され、1152張の弓、432挺のマスケット銃、
>60門の虎蹲砲(軽量の野戦砲)をもつ。
>大量の銃と火砲が配備されていることから、これらは騎兵というよりむしろ竜騎兵、
>騎馬で移動する歩兵であったようである。

明騎兵は大刀でさえ標準装備では無いのかだが
標準で無い装備をした騎兵が居た可能性は有るのかだが
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e6/Ming_soldiers_04.jpg
上の抗倭図巻には標準装備では無いかも知れぬ斧を持つ兵も居るが
馬印的な意味合いが強いのかだが

893某研究者2017/11/22(水) 15:56:30.12ID:x9dPPNCd
http://tihourekisimatome.blog.jp/archives/1063800596.html
>歩兵
歩兵の基本的な単位は12名の分隊である。分隊は2種類に分けられる。
1つはマスケット兵の分隊で、分隊長、10名の銃手、伝令からなる。
もう1つは"殺手"の分隊で、分隊長、10名の様々な近接兵器をもった殺手、伝令からなる。
同種の分隊を3つ合わせて37名の小隊になり、3つの小隊がさらに112名の中隊を構成する。
マスケット兵の中隊は合計で90挺のマスケット銃をもつ。
4つの中隊が449名の大隊を構成し、2つの大隊(マスケット兵と殺手)で899名の連隊になる。
3つの連隊が2699名の旅団(323名の士官、2160名の兵士、216名の伝令)を構成し、
1080挺のマスケット銃と216張の弓をもつ。

明軍歩兵の様々な近接兵器と言うのも
倭寇図巻等を見る限り
藤牌+刀(或いは剣)・槍・大刀・フック系統の武器の
4種類程度と言う事なのかだが
此れ以外の武器を持つ兵も小数居た可能性は有るのかだが

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%90%BA%E3%83%8F
歩兵用の鐺鈀は戚継光登場以前は
標準装備では無い可能性も有るのかだが

894人間七七四年2017/11/25(土) 15:54:50.84ID:PpxCLaaF
諦めろ

895某研究者2017/11/27(月) 14:50:58.86ID:WWEaW/8N
https://twitter.com/boukenkyuu/status/935021854019874817
朝鮮歩兵の鎧も
この構造だと肩の外側に重量が掛かるが 
腕の動作性はどうなのかだが 
甲冑が軽ければ問題は生じず 
古い大鎧や清の鎧同様に腹のスペースで矢の衝撃を吸収し 
貫通し難くも出来ると言う事なのかだが

896某研究者2017/11/27(月) 14:56:31.15ID:WWEaW/8N
>>895
歩兵は低コストの綿襖甲が基本かも知れぬし 
この小札鎧は騎兵用の可能性は無いのかだが

897某研究者2017/11/27(月) 19:46:16.98ID:WWEaW/8N
足軽胴は大き目に作ってあると言うから
同様に胴にはスペースが有るかも知れぬが
草摺の重量は腰の帯で支えると言う方向だろうか

898某研究者2017/11/27(月) 22:35:07.90ID:WWEaW/8N
騎馬武者の甲冑は胴下部にはスペースは無いかも知れぬが 
厚みは足軽胴より増していると言う事だろうか
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561202272/
明の上の甲冑も胴下部にはスペースは無いが
http://www.gaopu.com/mindai.html
(腹にスペースの有る)歩兵用甲冑より恐らく装甲は厚いと言う事だろうか

足軽胴も確か胴を帯の上に乗せて 
重量を腰部に負担させていたかも知れぬが 
腹にスペースが有る状態でも此れは出来るのかどうかだが
https://i.imgur.com/sl39glz.gif
上の様な形で揺糸を帯で引く事で可能と言う事なのかだが

899某研究者2017/11/27(月) 23:06:37.75ID:WWEaW/8N
http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0046166
雑兵物語だと刀は胴の下に有るが
鉄砲・弓足軽の刀が天神差では無いし
現実を反映していない可能性も有るのかだが
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0c/Kuroda_Nagamasa.jpg
上の恐らく可成り古い黒田長政の肖像画や
https://ameblo.jp/oshijo-omotenashi/image-10724422914-10893568010.html
右の足軽の格好をした者と同様に
胴直下の草摺と胴の隙間の揺糸部分に
巻かれると言うのが正しいと言う事かも知れぬが

900某研究者2017/11/27(月) 23:37:08.02ID:WWEaW/8N
揺糸の胴と草摺の隙間の部分は
http://ikkaiyoroi.com/kenkyuu.htm
鎧直垂の帯と
上ではやや上に有るが佩楯の帯が下に有り
場合に依っては更に鎖や亀甲金も下に有るだろうから
戦国期の狭い隙間の部分であれば
革の草摺程度の防御力は有り得ると言う事なのかだが

901某研究者2017/12/05(火) 14:17:49.37ID:rq2Y7Byd
大袖や馬鎧で明軍の弓を
野戦で防いでいた可能性は果たして有るのかどうかだが
銃でのアウトレンジと高速の追撃・離脱を考慮して
馬鎧はそう多くは無く
装備率は精々大阪冬の陣図に書かれる
程度の可能性も有るのかだが

902某研究者2017/12/08(金) 15:02:39.53ID:T/1ycyj0
http://tihourekisimatome.blog.jp/archives/1063800596.html
>後期明軍の話が出てたので参考のために
戚継光「練兵実紀」にある対モンゴル戦のための部隊編成
(というか洋書からの引き写しです)
車兵

車兵旅団の戦車(防御用のワゴン)にはそれぞれ10名の分隊2個が配置されている。
分隊長、御者、2名のラバ追い、6名の砲手からなる第1の分隊は、戦車のところで
2門の旋回砲を操作する。
分隊長、4名のマスケット兵、4名の近接武器をもった兵士、伝令からなる第2の分隊は、
戦車に乗るか、またはその周囲で戦う。
2つの戦車が小隊を構成し、2個小隊が中隊、4個中隊が大隊、4個大隊が連隊、2個連隊が
旅団となる。旅団にはさらに別の17台の戦車が付属し、その内8台は"大将軍"と呼ばれる
大型砲が搭載され、残りの9台には太鼓や火箭やその他の物資を積んである。
合計で、3109名の車兵旅団は145台の戦車と、8門の大型砲、256門の旋回砲、
512挺のマスケット銃を装備している。

この明軍の戦車の装甲は対モンゴル用なら
銃を防ぐ様な物では無い可能性も有るのかだが
対倭寇・日本軍用に重装甲の物が
別に用意された可能性は有るのかだが
碧蹄館の火器部隊がそうした重装甲の戦車を装備していた可能性は
有るのかどうかだが
こうした物が有るとしても10匁筒以上の筒で砲・手銃の射程外から
装甲を貫通されていた可能性も
有ると言う事なのかだが

明・朝鮮軍の鳥銃部隊も
精度はどうなのかだが
投降した日本人が教官なら精度を重視している可能性も有るだろうが
そうした兵は日本軍の火縄銃の上手い者が
遠距離から優先的に狙撃していた可能性も有るのかだが
遠距離から奇襲を受ける率は高まる可能性は有るだろうが
此れは弓でも行える事だろうか

903某研究者2017/12/08(金) 15:38:21.75ID:T/1ycyj0
http://koukisya.web.fc2.com/kayaku4.htm
>この後台頭してきた、優秀な騎兵兵力を有する後金との戦闘でも、明軍の火器部隊は、野戦において完全に圧倒されている。
1618年のサルホの戦いでは、4月21日 南下する後金軍に対し明軍は迎撃のため、撫順城に一万の援軍を送り、郊外で対峙した。
明軍は火砲を使用したが、風向きのため自らの発砲煙に邪魔され、そこを突撃されて大敗する。

こうした場合は風向きを考慮して遠距離では弓を使用し
火器は上手い者の小数以外は
至近距離での発砲をすれば未だましと成ったのかだが


>三月初め、吉林に立てこもった後金軍に対し、悪天候の中、杜林は松明を建てて砲撃した。後金軍は逆にそれを利用し、接近し松明の付近に矢を集中し、また明軍の本営を霧にまぎれて攻撃し潰滅させた。
その報を聞いた馬林軍は塹壕を掘り、防御陣形をとり、また本営から離れた所に車兵を配置して騎兵突撃を防ごうとしたが、後金軍は騎兵の一部を迂回させ馬林軍を挟撃し大敗させた。また劉廷軍は三方面から包囲され潰滅し、
劉廷軍所属の朝鮮の鳥銃隊も、一度斉射をした間隙に騎兵突撃を受けて崩壊した。

この鳥銃部隊は多段射撃は無かったのかだが

904某研究者2017/12/14(木) 18:56:57.34ID:rmJ8XVI7
サルフの戦い等の籐牌兵は胸甲が無いが
弓は兎も角銃弾は防げたのかどうかだが
http://ejercitodeflandes.blogspot.jp/2012/06/rodela-rodelero.html
スペインのロデレロも板金の胸甲が有る例は少ないが
こちらは盾が鉄製だろうが
100mの2匁クラス筒程度は止まるのかも知れぬが
6匁は無理と言う事なのかだが

905某研究者2017/12/17(日) 13:11:34.34ID:kxmwKxv9
https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Sarh%C5%AB
サルフの戦いの絵の明軍を見ると車輪付き盾や
低い土塁は有るが
馬防柵や戦車は使用していないし
これが有れば清の下馬騎兵・乗馬騎兵共に簡単に突入は
許さなかった可能性も有るのかだが
フス派の様な戦車陣や
長篠の様な野戦築城が成されていれば
山海関の様なヌルハチの戦死迄有り得たのかどうかだが

906某研究者2017/12/17(日) 13:29:09.67ID:kxmwKxv9
https://blogs.yahoo.co.jp/baron0742/68795733.html
長篠の陣地の場合土塁の上に馬防柵が有り
その後方にも銃丸の様な溝の有る土塁が有ると言う構造なのかだが
この様な物を清騎兵も下馬してさえ何処迄突破出来るのかだが
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E7%AF%A0%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84#/media/File:Battle_of_Nagashino.jpg
長篠合戦図を見ると全体にこうした物迄は無いと言う事なのかだが

907某研究者2017/12/17(日) 13:45:10.61ID:kxmwKxv9
https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Sarh%C5%AB#/media/File:Pan_Zongyan_being_overrun.jpg
上を見ると明軍陣地は清下馬騎兵突入前にも
土塁後方が盾で完全に塞がれていた訳では無い様に見えるし
最初から隙間が有って此処にも
歩兵敗走後騎兵の突入を可成り受けたと言う事なのかだが

908某研究者2017/12/17(日) 15:15:52.31ID:kxmwKxv9
>>907
日本軍に野戦築城された陣地が無い場合でも
碧蹄館の様に地形を利用すれば
同様の結果と成る可能性も有るのかだが

909某研究者2017/12/17(日) 16:19:54.88ID:kxmwKxv9
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%95%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
>ヌルハチは夜襲によって銃砲の優位を封じたうえで
混乱した敵軍を各個撃破することにより大軍を打ち破った。

夜間でも馬防柵やフス派の戦車を盾にしての至近距離からの銃撃は
防げる訳では無いだろうが
碧蹄館の様に地形しか無い場合では厄介な可能性も有るのかだが
馬防柵や戦車陣が有っても
視界の悪さを利用して兵を一点集中される可能性は
有ると言う事なのかだが
こうした事をしても籠城した明軍は破れなかった訳だろうか

910某研究者2017/12/17(日) 16:40:04.68ID:kxmwKxv9
>>909
>馬防柵や戦車陣が有っても
>視界の悪さを利用して兵を一点集中される可能性は
>有ると言う事なのかだが

そうした場所に備の機動力を利用して
予備兵力を迅速に移動する必要も有るだろうが
同様の夜襲に日本軍は割に慣れているかも知れぬが

911某研究者2017/12/17(日) 21:01:01.07ID:kxmwKxv9
https://weaponsandwarfare.files.wordpress.com/2016/06/2248153548_0638f1fc71_o.jpg
馬防柵から上の様な至近距離で弓を撃たれれば
清の綿襖甲でもダメージは受け得ると言う事なのかだが
柵を登る敵を槍で攻撃も出来るだろうが
清の弓での反撃は垣盾や土塁の銃丸で
防ぐ必要は有ると言う事だろうか
泗川で島津軍が用いた
散弾を詰めた砲での攻撃も
夜間の一点集中攻撃を目論む敵の威嚇には
有用なのかどうかだが

912人間七七四年2017/12/18(月) 19:17:49.59ID:anmZfisp
戦略が間違ってるというか戦争の最終的な目標が曖昧模糊なので、
そもそもこれでは勝てません。

ベトナム戦争、イラク戦争とかもそうだけど、
しっかりした分析と目標と過程への構想がなくて、
強大な軍事力があるんだから、事態が万事都合よく上手くいくという
阿呆な妄想でおっぱじめた戦争が勝った試しはないのです。

913人間七七四年2017/12/18(月) 23:09:08.34ID:VwQ808CG
>>912
もともと戦略とか目標とかは無くて、国内の軍事力を外に向けておかないといつ自分に向かってくるか分からないっていう焦りから始めた戦争なんじゃね?
戦の才能と個人的なカリスマで天下統一までは果たせたけど、その後の安定した統治システムを築くことが出来なかった秀吉の限界がそこだった

914人間七七四年2017/12/23(土) 01:04:53.48ID:0E3/LYPQ
前提、当時は兵站学のような秩序だった理論はなく、補給は策源地からの輸送と現地調達を適宜組み合わせて賄っていた
1、本土からの海路輸送は敵海軍の妨害を受けつつも補給不全には至らなかった
2、朝鮮軍が弱体過ぎたため一気に兵站線が伸び切った
3、朝鮮半島の痩せた土地では現地調達が困難だった
敗因、朝鮮軍の敗走が結果的に焦土戦術の様な状況になり日本軍を苦しめた

どうすれば勝てたか
内陸へ攻め込まず、本土からの補給が十分届く範囲に強固な防衛陣地を形成する
長距離行軍してくる明軍に決戦を挑み、防御の利を活かし之を粉砕する

915人間七七四年2018/01/23(火) 16:30:56.03ID:aB52pBuN
勝ってはいけない戦争
かかわっちゃいけない相手

916某研究者2018/01/27(土) 23:19:30.42ID:BK2VbK5L
騎馬民族が得意な
シミターの馬の速度を生かして横に斬り抜けると言う様な攻撃を受ければ 
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/35/The_helmet_of_a_Mongolian_army.JPG
こうした尖った兜は引っ掛かって首がやられる危険は無いのかだが

止まってシミターを切り下ろす場合でも 
半身に構えている相手に真上から切り下ろす様な 
命中率の低い攻撃は何処迄するのかだが 
打撃武器でも同様なのかだが

三叉槍の枝の突きが尖った兜に掛かり 
体勢が崩されたり落馬する危険も有るかも知れぬが 
三叉槍登場は明時代以降であり 
清の兵は此れを用いたのかどうかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646562248736/
https://www.pinterest.jp/pin/343610646562248590/
倭寇図巻等での明歩兵の大量の鎌の様な武器の装備は 
尖った蒙古鉢を掛ける為の物の可能性も有るのかだが

https://www.pinterest.jp/pin/343610646561241614/
清の兜のこう言う頂部の軸も 
鎌で掛けられていたのかだが  
https://www.pinterest.jp/pin/343610646561239380/
明騎兵の兜は余り尖らないが 
頂部に軸の様な物が有るから 
此処を日本の鍵槍で掛けられていた可能性は有るのかだが

917某研究者2018/01/27(土) 23:32:52.66ID:BK2VbK5L
頭形兜に革や紙が被された烏帽子形等の
上に長い変わり兜が馬の速度を利用したシミターを受けた場合
烏帽子部分は上手く切断され首がやられる危険は無いと言う事は有るのかだが
革では流石に衝撃を受ける危険は無いのかだが
立物も紙や真鍮・木の薄い物では容易に曲がる或いは
切断されるのかだが

918某研究者2018/01/27(土) 23:40:00.18ID:BK2VbK5L
立物を鍵槍で掛け落馬させると言うのも 
基本的に太い木の物や本物の鹿等の角を使用する物でも無い限り・基部の鉄の部分以外は困難なのかだが 
やや体勢を崩したり拘束する事は可能なのかだが 
頭立や脇立の基部の鉄芯は掛けられ易いと言う事は無いのかだが

919某研究者2018/02/03(土) 22:42:55.14ID:auu0Wfdr
碧蹄館で立花宗茂等が以前した様に
木を弓に対する盾とした可能性が有るのでは無いかと前に書いたが
https://www.pinterest.jp/pin/343610646563605793/
前九年合戦絵巻で木を盾にして射撃をしている様な場面も有るから
宗茂以前もそうした戦術は使われていた可能性も有るのかだが

920人間七七四年2018/02/14(水) 10:02:46.19ID:wQVmlPDV
西日本の弱兵ではなく精強な東日本の兵を派兵していればな
特に我慢強い東北の兵は寒さにも強いので活躍できたはず

921人間七七四年2018/02/14(水) 15:10:07.77ID:01X8/iJE
>>920
九州勢は精強だったろ、寒さに弱いだけで

922人間七七四年2018/02/18(日) 22:11:11.07ID:dOJH622b
せめて東北で雪中行軍の演習をするべきだったな

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