大坂の陣はどうすれば豊臣方が勝てたか?Part7 [無断転載禁止]©2ch.net

1人間七七四年2017/08/06(日) 12:37:18.99ID:lLKkXzHa
大坂の陣はどうすれば豊臣方が勝てたか?Part6 [無断転載禁止]©2ch.net
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564人間七七四年2018/01/24(水) 17:32:17.93ID:xzpPFIpc
家康だって外様に心服なんかされてないだろ
反抗できない体制を作ったのが勝因
太閤はその大事な時期に外征したり秀次を殺したり

565人間七七四年2018/01/24(水) 18:03:35.52ID:ni8PibZE
すくなくとも心服している連中もいたのが徳川
豊臣はひとりもいない

566人間七七四年2018/01/28(日) 16:05:30.95ID:RBEH9jXQ
幸村を総大将にして采配を任せれば良かったんじゃ

567人間七七四年2018/01/28(日) 16:15:22.73ID:wgKqaPts
信繁どころか昌幸でも位が足りなすぎるわ
側近の大野治長を差し置いて秀頼名代として総大将を任せるなら元大大名か高官位か
名実ともにこれという人物がいなかったから合議制になったのだろうし

568人間七七四年2018/01/28(日) 18:04:33.07ID:Q7B7VSnU
真田信繁は負けたからまだ有名になれただけだよな
あの時代ではせいぜい昌幸ならまだ名前が知れてたが息子は大して評価されてない

569人間七七四年2018/01/29(月) 17:38:04.14ID:RH36XuLB
真田も毛利も長曾我部も戦前の評価は○○の息子の域を出てない

570人間七七四年2018/01/29(月) 18:33:34.06ID:1Bk0LZXc
>>569
まさにそれ
ああ、せめて息子でなく親父だったらという話

571人間七七四年2018/01/29(月) 19:48:14.62ID:eh25A7nZ
個人として名が通っていたのは後藤又兵衛ぐらいかね?彼の将としての前評判はどんなものだったんだろう

572人間七七四年2018/01/29(月) 20:22:38.78ID:RH36XuLB
あとは明石
薄田はどんなものだったのだろう

573人間七七四年2018/01/29(月) 21:32:55.30ID:F72VuBAk
>>572
薄田は仇討ちやヒヒ退治の虚名だけじゃないの?
そもそも岩見重太郎は実在したんかね?

574人間七七四年2018/01/29(月) 22:41:05.01ID:hOvPoWJk
>>571
有能だけど器としては侍大将から武将の中間くらいじゃない?
実績としても個人の武勇の比率が高め

575人間七七四年2018/01/29(月) 22:42:17.11ID:hOvPoWJk
真田と毛利はむしろ前評判はなくて事後に名声を高めたタイプだと思う

576人間七七四年2018/01/30(火) 02:02:17.91ID:+oDY0LTD
>>571
個人の武威が評判だったけど、指揮官としてはどうだろうね
予定とおり行かないけど突撃とかやるバカだし

577人間七七四年2018/02/15(木) 02:15:22.87ID:nuIa86Tf
>>567
大野ってそんな偉いの?

578人間七七四年2018/02/15(木) 02:41:51.76ID:Gvnt/nYp
そりゃ淀のお気に入りって時点で察してくれ

579人間七七四年2018/02/15(木) 17:41:44.09ID:Dl9Naoj1
>>577
織田一門を除いたら大坂城ではトップじゃないの
合戦に限定したら七手組の古参も発言力があったかもしれないけど

580人間七七四年2018/02/15(木) 17:52:27.20ID:IHnciVED
大坂の陣での軍事監督だものなあ大野
ろくでもない連中のよせあつめで苦労しただろうな
まあそういう立場だから仕方ないのだが。

581人間七七四年2018/02/15(木) 18:28:30.73ID:Dl9Naoj1
淀の縁者・お気に入りと秀吉家臣の出涸らししかいないのだよなあ
大野兄弟や木村がそこそこできたからまだマシだったというか

582人間七七四年2018/02/16(金) 21:13:14.02ID:YGZhGfoO
家臣「殿、島津が大阪城に入城したよしにござりまする。」
 家康「な、なにぃっ! 島津ぢゃと!? して、兄か、弟か?」
 家臣「弟のほうにござりまする。」
 家康「な、なんてことぢゃ(( ;゚Д゚))ブルブル」
 
 家康「わ、わしは腹を切る!」
 家臣「殿、落ち着いて下され!」
 家康「ええい止めるな、あやつが大坂方についた以上我々には勝つ見込みなどのうなったわ。
    敵にワシの首を絶対に渡すでないぞ、よいな」
 家臣「分かり申した。では私めが介錯をおつとめいたしまする。」

583人間七七四年2018/02/17(土) 00:42:02.06ID:0PBygGJS
結局、秀頼を大将に出来なかったのが敗因
やっぱ女はダメだな。淀が悪かった
秀頼が出てくれば戦争にもならない

584人間七七四年2018/02/17(土) 02:09:34.27ID:T25mU/X4
一番悪いのは成人にもなって何もしなかった秀頼だろ

585人間七七四年2018/02/17(土) 02:11:32.12ID:JeDWLti7
主導権を手放そうとしない茶々とそれにさえ勝てない秀頼はどっちも問題だ

586人間七七四年2018/02/17(土) 04:37:05.30ID:1Ap1i/kb
つまりは豊臣家はクソだったわけだ

587人間七七四年2018/02/17(土) 05:11:59.18ID:Jt0WGuYX
片桐且元
無能とは思わんけど役不足
10万石以下の器

大野一族
屑揃い

七手組
揃いも揃って(世代交代後は)雑魚だらけ

こんな手札やししゃーない

588人間七七四年2018/02/17(土) 06:32:40.37ID:c201TJ/7
>>587
片桐かつもとは有能だと思うよ
でなければ徳川の取り次ぎなんて任せられない
板挟みでよくやったほうだ
それを無責任にお鉢をまわす豊臣連中の無責任ぶりがまた際立つ

589人間七七四年2018/02/17(土) 11:42:33.27ID:2Js3LBul
信雄を大将に担ぎ上げる動きってのは認知してたけど
背景まではわかんなかった(単に知名度があるから程度に思ってた)
先日の番組だと秀頼の傍流(つまり織田家)に
秀頼が頼りないなら(かつての主筋の)織田が主導権を取るべきみたいな
イデオロギーがくすぶってたということらしい。
天皇家に反感持つ竹田恒泰が自分が自ら天皇になると言ってるようなもんか。

590人間七七四年2018/02/17(土) 11:56:31.06ID:gjfQC949
>>589
片岡愛之助の歴史捜査ね。
大野と織田が組んで片桐を追い出し、危険を察知した信雄は逃走

591人間七七四年2018/02/17(土) 12:10:17.46ID:DlSPyWI5
>>589
どんだけあてにされてないんだよ秀頼

592人間七七四年2018/02/17(土) 12:19:46.74ID:JeDWLti7
首謀者があの織田頼長だから秀頼個人の資質ともまた微妙に別問題かな

593人間七七四年2018/02/17(土) 12:43:32.38ID:9aIJpm7D
大坂城から出たことがない秀頼が出陣しても役に立つわけがない

594人間七七四年2018/02/17(土) 13:33:20.84ID:gjfQC949
>>589
織田家を簒奪した木下家から奪い返す、一種の王政復古みたいなもんじゃないの。

595人間七七四年2018/02/17(土) 16:08:37.30ID:fP2qLxrl
織田頼長がそういう策謀をしてた(という噂があった)ちゅうだけで信雄は御免被るだったし有楽もそんな動きはしてないし
単に信雄しか司令官実戦経験がないかったからというだけの話だろう

596人間七七四年2018/02/17(土) 16:35:46.21ID:w5t5g0KZ
豊臣家の責任回避という側面もあるのでは

597人間七七四年2018/02/17(土) 16:38:25.26ID:DlSPyWI5
御伽衆におとしめた信雄に頼らざるを得ないって人材少なすぎだな

598人間七七四年2018/02/17(土) 17:25:09.39ID:8Ixwiu/J
>>595-596
信雄は元内大臣で位負けしないうえに淀の一族で名門の織田家
秀頼代理で負けた時の人身御供には格好 それがわかってるから本人は逃げ出したけど
若いころもしくは信雄がアホなら勝って天下を獲ろうとか考えたかもなw

599人間七七四年2018/02/17(土) 17:29:47.68ID:8Ixwiu/J
>>597
在野で総大将に担げそうなのって元大老の宇喜多秀家くらいじゃないの 八丈島だから無理だが

600人間七七四年2018/02/17(土) 18:15:43.75ID:DlSPyWI5
>>599
まあはじまる前から豊臣連中は詰んでいたわけで。
せめてもっと徳川と外交戦でやりあえたらよかったのにね

601人間七七四年2018/02/17(土) 18:19:15.98ID:Jt0WGuYX
>>600
自分を虎と思ってる鼠が外交なんて出来るわけないんだなぁ

602人間七七四年2018/02/18(日) 15:35:15.88ID:v5Kn7L3m
まあ最初に話を持って言った前田に断られた時点で察しなきゃいかんよなあ

603人間七七四年2018/02/18(日) 16:07:18.17ID:VL62k4Xh
大坂の陣前あたりからの豊臣の外交で優れてた場面はあっただろうかってレベル

604人間七七四年2018/02/18(日) 18:54:18.54ID:xSEE5bsR
関ヶ原から14年もなんとか持った…ていうのがプラスの材料かな

605人間七七四年2018/02/18(日) 19:22:01.63ID:YvbjSAPl
一瞬だけ譲歩して二条城会見行ったのがプラスの材料かな・・・

606人間七七四年2018/02/18(日) 19:25:02.76ID:5AH2APUq
逆にやるならあのタイミングが限度だったかもな
どうせ秀頼に指揮はできないから成長を待つ必要は無かったし
真田安房が入城したら狸ガクブルだろw

607人間七七四年2018/02/21(水) 04:30:53.54ID:tCM8dHcd
>>583
うつ病だったんでしょ淀さん

608人間七七四年2018/02/21(水) 23:39:46.71ID:svRIul2r
信雄は秀吉に取りつぶされたのでなく自ら大名やめたのかもしれん。面倒くさくなって。
毛利輝元も廃業しようとしたら黒田如水か誰かに引き留められた。

609人間七七四年2018/02/22(木) 00:01:50.35ID:evtft+Fq
>>583
ここの議論見ると、意外と劉禅って名君かも知れん。
ちゃんと采配任せるべき相手に任せてるし、中傷する馬鹿が出ても信じるべき相手を信じてる。
孔明死んだ時に悪口言った男を処刑してるし、忠義をつくした挙句粛清される恐怖が無いだけでも
ましかも知れん。

610人間七七四年2018/02/22(木) 01:01:44.35ID:qieJP1IE
秀頼が主将をやってたら豊臣宿老と外様浪人衆の対立は起きなかった
冬は大野兄が一応主導権を握っていたが、これも軍義の議長的な立場でしかない
結果、豊臣宿老と外様が対立して幸村は居場所がなくて真田丸をどうでもいい場所に作って陣取った
冬が終わった後、主導権が大野弟幸村後藤の主戦派に移って、合議だけしてまとめる人間がいなくて連携も取れずに、ただ迎え撃つだけしかできかった。
そして淀の口出しだけは通る状態になった。まず豊臣方は戦争をやる以前に組織が出来ていないから話にならん

611人間七七四年2018/02/22(木) 01:46:04.48ID:QRT1/UOM
>>609
中国では親不孝の人間としてあるけど、割とまともな判断してるよな劉禅。

612人間七七四年2018/02/22(木) 01:46:44.38ID:HLee5fXF
言うちゃなんだけど秀頼に裁決権があってもどうにもならんやろ
これまで殆ど決断した事無いんやぞ

わかってるのは字が上手くて素早いデブってだけでしょ?

613人間七七四年2018/02/22(木) 06:58:40.32ID:2cWZ4w2X
結局豊臣は秀頼の成長を待てるだけの体制作りができてない無能集団
秀吉の先々を考えるだけの力の無さをあらわした好例だな
ま、種なしでは仕方のない話なんだよな

614人間七七四年2018/02/22(木) 08:47:04.64ID:FNMnDKVx
>>609
国を滅ぼす切っ掛けを作った宦官の黄皓を重用したのは劉禅だし
宦官は後漢末期の動乱の原因になってるし、何も学んでなかったから馬鹿にされてるらしいね

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