石田三成は豊臣の忠臣なのか?

1歴史マン2017/12/22(金) 11:31:44.64ID:+ZT2FfX9
豊臣秀吉、秀頼に仕え、豊臣政権五奉行として辣腕を振るい、関ヶ原で実質的な首謀者となり、処刑された石田三成。

彼は豊臣氏にとり忠臣だったのか? それとも佞臣だったのか?

関ヶ原、秀次事件、その他諸々から語り合いましょう!

2人間七七四年2017/12/22(金) 11:32:22.38ID:+ZT2FfX9
わたし自身は、石田三成は忠臣ではない、ような気がします。

3人間七七四年2017/12/22(金) 16:01:56.84ID:O8KrrySL
三成が挙兵しない方が良かったという人もいるけど、しないならしないで、
上杉、宇喜多、毛利と順々に屈服させ、1603年ごろには征夷大将軍に任ぜられていたと思う
あのタイミングでイチかバチかの賭けに出るのは悪い判断とは思えない

4人間七七四年2017/12/22(金) 22:12:02.51ID:LnYdIhHi
>上杉、宇喜多、毛利と順々に屈服させ、

信長や秀吉が一番苦労したのは敵を個別撃破しなければならなかったこと
これでは時間も手間もかかるうえに勢力単体ならそれなりにまとまっているので倒すのが難しい
逆にもしも地方に散在する敵が全員一箇所に集まってくれれば外様同士はいがみ合いバラバラになり弱くなる
弱体化した敵を一回の戦で倒せるから個別撃破よりも遥かに楽で手間もかからない
三成は奉行に返り咲きたいという私欲により信長や秀吉が望んでやまなかったプレゼントを家康に与えた
まさに三成が豊臣を滅亡に導いたと言って過言ではない

5人間七七四年2017/12/22(金) 23:10:24.26ID:YEPm2Pdr
家康って超現実化で、政宗みたいにどんなに無理で天下を取りたいって奴とは逆の存在なんだよな。ようするに無理だと思ったら関八州で250万石で我慢して幕府を開こうなんてまず考えない。

6人間七七四年2017/12/23(土) 03:28:06.22ID:LigwoZxX
>>3
信長無き後の秀吉の天下の掌握ほどの苦労は無かったろうよ

関ヶ原を待つまでもなく
政略という手段で着々と事は捗っていた

7人間七七四年2017/12/23(土) 09:08:18.75ID:LlBfXpDl
>>5
要するに秀吉と奉行が立派な政治をしていれば家康は何もしなかった
三成たちが秀吉をきちんと補佐せず豊臣の失政を招いたのが悪い
関ヶ原以前に三成の働きが悪かったというのが致命的な責任だろう
武断派が働きの悪い三成の解任を要求したのは当然の対応だった

8人間七七四年2017/12/23(土) 09:16:53.65ID:MGeSjrqU
>>7
秀吉晩年の失政もある。

9人間七七四年2017/12/23(土) 09:55:13.40ID:G2fr1OK3
加藤清正や福島正則なんかより三成の方がよっぽど忠臣って自分は思う

清正や正則は公私混同しすぎ
名将だとは思うけどどうにも好きになれない

10人間七七四年2017/12/23(土) 10:19:38.92ID:MGeSjrqU
>>9
三成も充分、公私混同してるよ。

11人間七七四年2017/12/23(土) 16:32:15.94ID:ahVkPyrQ
>>5
まあそうはいっても関東250万石の力って基本的に天下大乱を引き起こす力あるからな
豊臣の蔵入地より大きいし

12人間七七四年2017/12/23(土) 16:49:28.49ID:xHB4a9n6
>>7
封建制から緩やかな中央集権への強化を目指しつつ
無理な外征も同時に実行してたんだから
奉行の働きが悪いのではなく
課題が大きすぎたんだよ

13人間七七四年2017/12/24(日) 11:42:25.55ID:uuGm+sfy
悲運の忠臣三成 今こそ名誉回復を!

14人間七七四年2017/12/25(月) 12:24:50.99ID:98BdGG3m
三成は自分=豊臣家だと思いこんでいて、客観的な視点を持てなかったんじゃないかな
実態は単なる使用人の一人に過ぎず、政権の主が交代すれば大人しく身を引くべき存在にすぎなかったのに

15人間七七四年2017/12/25(月) 12:55:14.55ID:Ly3rW/AO
>>14
自分が豊臣家とか自惚れも甚だしいな。
たかが19万石の官僚のくせに。

16人間七七四年2017/12/25(月) 13:11:43.41ID:1cG/7H/W
三成が自分=豊臣と思ってたのは事実だろうな
それは客観的にみたら間違いだけど、歴史的にみると正しいというか、家康の乗っ取りを止められる可能性があるとしたらここしかなかったのが面白いな
まあ仮に勝っていたところで関東に撤退した家康250万石を三成19万石がすぐに倒せるわけないし、その場合は黒田が考えてた戦乱の再来か

17人間七七四年2017/12/25(月) 14:51:16.85ID:P757Jujp
人望が無い時点で忠臣たりえない
実際主家を滅亡に導いた

18人間七七四年2017/12/25(月) 15:33:33.24ID:O6tWF4RF
加賀大納言が生きてるうちに決戦に持ち込めなかったのがダメ

19藤壮司2017/12/25(月) 16:32:06.57ID:DwqnXY3R
三成は、筆記科やぞ

20人間七七四年2017/12/25(月) 16:33:53.28ID:NOz8L6S5
それで、福島正則や加藤清正にネタまれたんだろ

21藤壮司2017/12/25(月) 16:34:54.72ID:uQ/c+dOF
そのとおり
無知な加藤清正や福島正則には、筆記の重要性が
わかってなかった

22人間七七四年2017/12/25(月) 16:36:35.19ID:88Irv4Oq
まことみたいだよな
昔、まことは、事務作業は、肉体労働より
はるかにラクだと言っていたなあww

23藤壮司2017/12/25(月) 16:37:48.29ID:EYcy5wfl
そんなことを言うとったん ?
まことが、いかに低学歴か、その一言でわかる

24人間七七四年2017/12/25(月) 16:39:20.60ID:rPFKBGHH
デスクワークが、肉体労働よりラクなんて
やったことがないやつが言うことなのにな

25藤壮司2017/12/25(月) 16:40:57.87ID:nSMzbFvX
まことは、ただのヒキコモリやん

26人間七七四年2017/12/25(月) 16:43:01.26ID:qVF7Btpf
事務職は、指示をするだけ
と、肉体労働にはネタまれるらしいけど、どうにもならないことを
頼むのはしんどい、と、友達が嘆いていた

27藤壮司2017/12/25(月) 16:44:44.02ID:D/rB8FUp
勉強も同じやろ
普通にやって出来ないのなら、やり方を変えるしかない
まことは、そういうことを怠ってきた

28人間七七四年2017/12/25(月) 16:46:33.99ID:QT2wkeKa
わからないことがあったら、安易に訊けばいい
と、まことは、思っているからなあ
人生の成功者で、安易に訊くやつはいない

29人間七七四年2017/12/25(月) 18:19:40.09ID:98BdGG3m
>>16
問題は三成が勝って徳川を滅ぼすところまでいけたとしても、それは毛利、上杉、宇喜多の資本で得た勝利であって、第2徳川が誕生しちゃうだけなんだよね
その第2徳川が豊臣家を傀儡化するにあたって三成を利用して立ててくれるんなら、徳川家康に天下を取らせるより良いって心理が働いていたんじゃないかな
そうだとしたら三成の動機には最初から自己欺瞞が含まれていたんだと思う
本人がこれに気づかなかったんなら、相当なエゴイストだったということになるかな

30人間七七四年2017/12/26(火) 03:34:16.80ID:w+nYinqn
小早川秀秋に関白にさせてやるって言ったの?
そしたら秀頼はどうすんの?

31人間七七四年2017/12/26(火) 05:20:11.10ID:w6uaDliI
>>30
秀秋の関白は秀頼が元服するまでの期限付きの約束らしい。最も、三成に関白云々いう権限なんかないけど。

32人間七七四年2017/12/26(火) 11:25:52.65ID:x4PJoZay
太閤秀秋、いいね

33人間七七四年2017/12/27(水) 01:05:01.56ID:91ZTjI4j
>>9
石田は横に置いといて
福島はちょっと酷すぎる・・・

34人間七七四年2017/12/27(水) 11:46:32.18ID:neubxvCz
ぶっちゃけ豊臣の忠臣なんていなかった
秀吉は人たらしって言われてたけどさ
三成、清正、正則ら子飼いの武将でさえも
忠臣とはとても思えん行動してるでしょ

あえて言えば毛利勝永だと個人的に思う

35人間七七四年2017/12/27(水) 13:09:05.40ID:ucooxNyK
秀吉が織田家の忠臣じゃなかったのに
都合のいい話だ

36人間七七四年2017/12/27(水) 13:17:25.25ID:bQedlhOn
そりゃ秀吉本人には忠誠心あっても自分が大名として独立したら自分の家や家臣の方が豊臣家より優先になるのは当たり前だからな

37人間七七四年2017/12/28(木) 02:33:18.81ID:aQXOZ7OG
賤ヶ岳の七本槍で唯一、大坂の陣で豊臣方に就こうとしたのが
これまた唯一大名になれなかった平野長泰だけってのは皮肉ではあるな

脇坂でさえカス扱いの清正や正則からすりゃ
平野なんてゴミ以下だったろうに、
後世には加藤家も福島家も、そのゴミ以下やからな

38人間七七四年2017/12/28(木) 23:14:14.60ID:Uj++ZfoH
忠臣なら関ケ原での敗戦の後、切腹しただろうよ

39人間七七四年2017/12/28(木) 23:53:37.10ID:bm3DEluq
言い方は悪いけど、三成の忠義は
イスラム国の連中が好き勝手に暴れて自分はアラーに忠義を尽くしたと言い張るのと同じレベル
自分が好き勝手に暴れるのが三成の脳内では豊臣への忠義になるというだけだ

40人間七七四年2017/12/29(金) 01:06:00.00ID:Czzw+mT9
三成は豊臣秀吉個人に対して忠臣だったんじゃないかな
秀吉亡き後の豊臣家なんか知った事じゃないとか

41人間七七四年2017/12/29(金) 10:06:41.92ID:gSu1tThN
三成は豊臣秀吉個人に対してだけ忠臣だったので
ある意味で秀吉死後の豊臣家にとって最も言うことを聞かない脅威でもあった
武断派の行動は単なる好き嫌いではなく豊臣に従わない脅威と化した三成を討つという大義名分に基づく行動といえる

42人間七七四年2017/12/29(金) 15:22:50.50ID:1mfqrXG6
秀吉も信長個人に対してだけ忠臣だったからな

43人間七七四年2017/12/29(金) 17:18:16.91ID:7f9ad/vn
高橋紹運みたいな人を本当の忠臣っていうと思う

まああそこまでいくと凄すぎて少しひいてしまう自分がいるが...

44人間七七四年2017/12/29(金) 22:04:52.91ID:h4cUu+OS
高橋紹運って忠臣か
岩屋城を島津に攻められた際、降伏を申し出たが条件が合わずに総攻撃を受け半日で落城・戦死しただけの人物なのに

45人間七七四年2017/12/30(土) 01:52:50.94ID:/bzqmJos
死に様は忠臣というより子を助けたい親心の塊のように思う
ところで>>44の解釈は一般的なのか?
その程度なら兵が散り散りに逃げ出して、とても全滅は無いと思うが

46人間七七四年2017/12/30(土) 06:03:40.90ID:MLZhOD93
むしろ紹運の兵たちの忠臣っぷりの方が凄い
普通は大将が切腹したら降伏する

47人間七七四年2017/12/30(土) 06:58:13.05ID:kYPmI/KJ
>>45
上井覚兼日記の事言ってるんだろうけど
一般的には岩屋城の戦いの紹運は徹底抗戦の後、玉砕の方だと思う

48人間七七四年2017/12/30(土) 09:22:54.43ID:f2OPE+AA
一般的なことなら石田三成も忠臣ということでよくね

49人間七七四年2017/12/30(土) 10:47:53.19ID:RFNCvXsA
忠臣の大前提は上から制御できる存在であることだからな
末期の三成に対して豊臣は完全に制御を失っていた
ある日突然何をするかわからない管理不能な人間は忠臣とは呼べないよ

50人間七七四年2017/12/30(土) 13:52:06.81ID:HpBGrf+w
忠臣なら主家に迷惑がかからないような形で行動しないと

51人間七七四年2017/12/30(土) 14:05:26.50ID:S71idR2T
歴史って、正義の忠臣を逆臣に仕立て上げるんだよ 怖いな
だまされちゃいけないぞ 勝者のつくった歴史なんか嘘だよ!

52人間七七四年2017/12/30(土) 14:13:44.40ID:GSaZ7Flk
秀吉も勝者だな

53人間七七四年2017/12/30(土) 14:14:20.54ID:HpBGrf+w
敗者は敗者で自分に都合のいい事しか語らないという視点も必要だよ

54人間七七四年2017/12/30(土) 20:14:22.11ID:X3GZYmhJ
もし関ヶ原で勝ってたら秀頼を傀儡にするの

55人間七七四年2017/12/31(日) 00:28:59.54ID:PwG6eqlv
>>2
その理由を書いてくれないと、まとめサイトお得意のネタ振りに思えてならない

56人間七七四年2017/12/31(日) 12:23:29.94ID:OYntUS8Z
>>54
小学生みたいな幼児になにができる?
だれかが政治を仕切らなければならない

57人間七七四年2017/12/31(日) 13:12:31.28ID:j0+YBcqz
家康がしっかりと仕切っていたんだから問題なかったよな
それに秀頼にきちんと事前報告を入れていたからちゃんと豊臣家を立てていたし
三成の私欲でこれまで築いてきたものが全て破壊されてしまった

58人間七七四年2017/12/31(日) 16:00:34.41ID:IgUHJD7H
家康の乗っ取りだから

59人間七七四年2018/01/01(月) 09:49:25.64ID:MV0lDFl/
政治をすれば誰かが権勢を握るのは当たり前だろ
三成は自分が権勢を握れそうにないと思うと過剰反応して
関白殺せ、筆頭大老殺せと騒ぎ出す
三成のせいで豊臣政権は滅亡へと追い込まれた

60人間七七四年2018/01/02(火) 14:27:52.60ID:41Wr9Sk+
いつも思うんだが、三成が忠臣だというのなら関ヶ原に参加するなよ。
天下大乱になりかねない挙兵に同調してどうする。
忠臣だというなら大坂にかけつけて西軍首脳部に対して、
『このような暴挙はやめよ!』と謀殺されるの覚悟で説得すべき。

61人間七七四年2018/01/03(水) 10:31:06.54ID:fffJ8Mdt
そら、家康が乗っ取りを既成事実路線にもってきたからだろ。
中国様が攻めてきたら白旗上げますと同じ考え方やで、それは。

62人間七七四年2018/01/03(水) 11:03:32.42ID:w+dpNvD5
関ヶ原以前の家康はあくまで豊臣政権下での地位を固めて権勢を握るくらいしか考えていない
秀吉が死んだから天下を取って江戸幕府を作ろうというのはドラマ向けの脚色に過ぎない
三成の暴走がなければ豊臣政権は鎌倉政権に近い形で存続していた

63人間七七四年2018/01/03(水) 11:31:59.92ID:/S8Zk73z
秀吉も最悪そういう形で豊臣家存続を願ってたかもな
だから秀頼が生まれたあと淀の妹の江を秀忠に娶らせたり、千を秀頼の許嫁にしたりで何とか徳川を一門化しようとしてる
名目上豊臣トップで実権は徳川の緩やかな連合政権ともいうべきか
三成が全てをぶち壊した

64人間七七四年2018/01/03(水) 12:43:52.65ID:LcjcKBDR
秀吉的には家康も遅くとも10年後くらいには死ぬと思ってたんじゃないかね
そう年齢の変わらない家康が自分の死後20年近く生きるとは想像できなくても仕方ないような

65人間七七四年2018/01/03(水) 13:19:46.56ID:QBydrUhM
譜代の部下も成人した世継ぎもいないのに
豊臣を過大評価しすぎ

66人間七七四年2018/01/03(水) 13:23:57.67ID:fffJ8Mdt
そんなことはねーだろう。挑発行為を繰り返し軍事的暴発を様々な手で待っているところからも。
将軍様になって緩やかに豊臣家解体だろう。
秀吉が徳川にしたように。
淀殿が暴発しなければ、見えた着地点と同じところに落ちるだろう

67人間七七四年2018/01/03(水) 14:21:27.14ID:jgVzdArc
関ヶ原無しでどーやって将軍様になるの?
ある日突然「俺、将軍ね!」て宣言するわけ?

68人間七七四年2018/01/03(水) 15:53:24.13ID:8mLVI4K1
>>63
秀吉は死後に淀殿を家康に嫁がせようとしてたって話もあるくらいだから
家康を父として秀頼の後見
秀頼と千姫の子が後を継いでいく
そうした平和的な豊臣徳川の合体を望んでいたかもしれない
家康も豊臣政権の執権徳川としての地位で十分だと考えてたかもしれない

69人間七七四年2018/01/03(水) 17:32:18.84ID:SfSzrDeH
>>64
数年でも油断ならんと思うけどね
単に秀吉が甘いというか信じて信じて信じまくってただけかと。

70人間七七四年2018/01/03(水) 18:49:40.09ID:jgVzdArc
秀次を殺してしまった後には家康を頼るしか無くなっていた
信じまくるとかじゃなくて他に選択の余地が無い

71人間七七四年2018/01/03(水) 19:45:23.91ID:SfSzrDeH
つまり詰んでた

72人間七七四年2018/01/03(水) 19:57:56.08ID:SabvN/MY
>>70
前田利家は?

73人間七七四年2018/01/03(水) 20:07:21.36ID:A0NEsTz4
>>72
まあ、利家と家康に縋ったってのはあるな。
ただし官位や豊臣との縁戚関係を見る限りは、利家と家康のどっちをより頼りにしていたかは明白だし、
利家死んだ途端に奉行が前田排除に走っちゃったからな。
前田征伐のきっかけになった、利長による家康暗殺計画を家康に訴え出たのって奉行の増田長盛と長束正家だし。

74人間七七四年2018/01/03(水) 20:29:07.19ID:SabvN/MY
秀吉は利家を一番頼りにしてたと個人的には思う
家康は頼るというよりは気を使わざるをえない存在だったんじゃない
戦では結局勝てなかったのもあるし、無視できない大勢力だよね

75人間七七四年2018/01/03(水) 21:24:07.56ID:ETLYk14x
利家がもっと長生きしてたら
時代は変わったのかな・・・

76人間七七四年2018/01/03(水) 21:36:25.18ID:eaYXrvvZ
誰かの寿命を延ばせるなら秀吉が長生きすりゃ良いんだよ

77人間七七四年2018/01/03(水) 22:03:39.61ID:jgVzdArc
>>72
前田は柴田を裏切った前科者だよ
秀頼のお祖母さんがそれで死んでんのに、そんなヤツを秀吉の死後に頼れと?
視点を変えてみな
秀吉、淀、秀頼にとって柴田&市を裏切った前田と、淀の妹が嫁いでる徳川と、どっちを頼りにすると思う?

で、豊臣家は唯一の選択肢を選んで最悪の結果になったわけ

78人間七七四年2018/01/03(水) 22:18:58.75ID:fffJ8Mdt
そもそも関ヶ原に勝利しても豊臣家臣であることにはかわりなく
征夷大将軍になっても豊臣家には気を使いつつであったわけで、
徐々に既成事実化していたプロセスは変わらないだろう。

家康は関ヶ原以前にも領地を好き勝手采配していたことからも、
関ヶ原以降になればなるほどジリ貧なのは目に見えている。
もう少し遅ければ島津、長曾我部は西に加担しなかっただろうし
上杉は領土を減らされて影響力はがた落ちになっていたと思われる。

79人間七七四年2018/01/04(木) 01:20:13.00ID:c7OXdvbB
>>77
若い頃に信長の茶坊主を切って牢人した話とかだと、単純に計算ずくの人でも無いんだよね。
牢人してんだから、織田見限って他の大名仕えても良いんだし。
秀吉はさ、別に甘い男でも無いけど侠気も有るから傅役頼めば働いてくれるはずって計算でしょう。
しかしさ、初めは秀次の娘が秀頼の許嫁だったんよね?それ信じ無くて千姫人質で収まるって甘いとしか。

80人間七七四年2018/01/04(木) 02:49:21.21ID:d4nm2QK1
三成がおとなしくしてたらどうなった?
征夷大将軍にはなれない?

81人間七七四年2018/01/04(木) 06:10:57.00ID:OV26zEIw
>>80
可能です。
三成が危機感を覚えたのは法を無視した家康の拡大と既成事実化です。
かなり露骨です。時間と共に反徳川の戦力は摩耗され、軍事的に対抗できなくなったでしょう。

82人間七七四年2018/01/04(木) 07:56:14.68ID:fVYMueo2
>>79
甘いとか甘くないとかじゃないんだ
もうそれを信用するしか秀吉は自分の心の平静を保つ手段が無いんだよ
裏切り者の前田も、もともと敵の外様大大名も信用できなければ、外戚として充分な利益を将来に渡っても与え続けることを確約している徳川家なら、他の大名よりはマシなんじゃないかとね
少しもマシでは無かったんだけどさ

83人間七七四年2018/01/04(木) 08:10:18.92ID:fVYMueo2
>>80
関ヶ原のような対立する可能性の有るものが全部まとめて潰せるような事態が起こらなければ、征夷大将軍になって幕府を開くところまではいけないでしょう
言い掛かりをつけて相手を屈服させるを繰り返しても、相手を滅亡させられるわけでは無いから潜在的な対立は残り続けます。そんな連中に野合する理由を与えてはいけない
家康も自分の寿命を考慮すればそんな危険な賭けに出るより、ずば抜けた政治力で執権的な立場を確立する方を選ぶんじゃないかな?
後継者の秀忠の政治性から見ても看板だけは豊臣政権が続くと思うよ

84人間七七四年2018/01/04(木) 08:20:24.39ID:0ws5Wijb
>>81
すまんがそれの何が問題なのかわからん。
秀吉死後から関ヶ原前までの家康の行動って、朝廷における藤原氏や
鎌倉政権における執権北条氏とほとんど変わらんのだが。
確かに両家とも政権内での権勢維持のために滅茶苦茶なことはしたよ。
けれどその結果、朝廷や鎌倉幕府は滅亡したのかね?むしろ逆だろう。
家康が豊臣政権を専横してる?結構なことじゃないか、むしろどんどんやれ。
本当に困るのは関ヶ原を起こしたせいで、豊臣政権が中央政権としての信頼を失ってしまった結果、
当時最大の力を持っていた家康に朝廷が政権を委任してしまったように、家康が豊臣政権から独立、敵対することだよ。
『政権内での専横』と、『政権からの独立、敵対』では豊臣政権にとってどっちがマシなのか、よく考えたほうがいい。

85人間七七四年2018/01/05(金) 00:30:54.45ID:R5w1u9ao
>>84
専横は豊臣中央政権を徳川中央政権へ意図的に権力移譲する流れで進んでいます。
征夷大将軍就任時、骨抜きにされた豊臣との関係は尚も良好です。いわゆる禅譲のようなもので独立ではりません。
秀吉が織田家から緩やかに骨抜きにした姿と同じです。

86人間七七四年2018/01/05(金) 13:13:58.05ID:zARohHeC
家康に喧嘩売るなんて強気すぎ

87人間七七四年2018/01/05(金) 13:24:03.89ID:Vogy+J9q
まあ関ヶ原があろうがなかろうが家康の天下は変わらんだろ
秀頼は立ち回り次第で信雄みたいに
公家として残ることは十分可能だったろうけど

88人間七七四年2018/01/05(金) 13:30:53.85ID:UaAnJlQx
プライドを守って滅亡を選んだだけの豊臣

89人間七七四年2018/01/05(金) 17:34:24.01ID:Kh1RX/Ge
大河ドラマにすべき最高の素材だな

90人間七七四年2018/01/06(土) 09:19:20.92ID:XaulE2tK
葵徳川の三成側の描かれ方良かったよな〜
あれは大河ドラマって感じした

特に大谷吉継役の細川俊之さんが最高だった

91人間七七四年2018/01/06(土) 23:44:29.98ID:QCrcnGtI
大願成就のためと処刑の直前まで健康に気を使ってた
これは忠臣

92人間七七四年2018/01/07(日) 06:21:20.73ID:LbHeaZj+
>>91
あれは創作だよ。

93人間七七四年2018/01/07(日) 14:53:44.30ID:krJAN9BU
柿の話ならマヌケって話だよね?
本当に1流は成功してから言うもんだと
空気読めないバカは成功する前に語ってバカと思われると

94人間七七四年2018/01/07(日) 15:08:40.18ID:rGSvcKNd
わずか3日くらいで堺まで行って晒されるって
すっげえ強行軍だよな

95人間七七四年2018/01/07(日) 23:08:20.67ID:9PqP1gVW
>>90
お主も阿呆じゃが、わしはもっと阿呆じゃ

96人間七七四年2018/01/08(月) 00:39:36.84ID:pXGaSbrO
スレ趣旨とズレるけど、地元で慕われてた伝承が気になる。
清正もものすごく慕われてたよね
秀吉子飼いの二人にああいう慕われてた伝承が残ってるということは、主の秀吉の政治の中になにかがあって、二人がそれを発展させた可能性大だと思う

97人間七七四年2018/01/08(月) 01:38:17.81ID:GJklCZOY
三成の善政はガチやろ
ちなみに井伊直弼も地元じゃとても慕われてる

勘違いされてる歴史上の人物はまだまだ多い

98人間七七四年2018/01/08(月) 02:31:11.86ID:hdviBsGM
善政って田舎の町おこしに引っ張り出される武将は大抵言われるから
その地ならそいつの時代で格段に発展した、同時代なら全国平均の倍以上に発展したってデータがないと説得力ないわ

99人間七七四年2018/01/08(月) 02:41:02.70ID:FUFzULQA
>>98
三成の佐和山支配はわずか5年。
井伊直弼は彦根で10年。
ただしどちらも中央政権に参画していた時期も長い。

100人間七七四年2018/01/08(月) 03:12:37.68ID:wRx/mIV9
何をもって忠としてるんだ?

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