大坂の陣はどうすれば豊臣方が勝てたか?Part8

1人間七七四年2018/09/12(水) 21:07:26.62ID:k/dK3GE0
大坂の陣はどうすれば豊臣方が勝てたか?Part7
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/sengoku/1501990638/

2人間七七四年2018/09/12(水) 22:11:31.78ID:LGue1j5c
おつおつ

3人間七七四年2018/09/12(水) 22:21:15.42ID:JcA0jeDh
統治能力あるのか。その豊臣が、勝ってな、どうするつもりか?

4人間七七四年2018/09/13(木) 06:10:20.55ID:l0zCAoqh
豊家存続の可能性なら十分あったが
あの時期に幕府軍に勝つのは不可能だろ。

5人間七七四年2018/09/13(木) 15:07:51.53ID:x9WHcxNg
大坂の陣の勝利条件ってなに
幕府的には豊臣が舐め腐ってるからお灸据えたろなのはわかるんだけど
豊臣は徳川になにをすれば勝ちなの、総大将討ち取るみたいなミラクル抜きで

6人間七七四年2018/09/13(木) 15:26:03.60ID:f+2faX1z
状況的にミラクル抜きの勝ちはないでしょ

それか普通どう観ても負けてる状況を「勝利条件」と言い張るか

7人間七七四年2018/09/13(木) 15:35:06.80ID:b/srOdj/
>>5
徳川軍撤退だろ
冬の陣で淀がもう少し粘ってれば兵糧と寒さから
徳川軍撤退してたろうに

8人間七七四年2018/09/13(木) 16:01:48.42ID:R5rPOTjH
冬の陣で兵糧不足起こってたっけ?

9人間七七四年2018/09/13(木) 16:55:08.62ID:f+2faX1z
聞かない

てか大阪で越年できず毎年包囲解ける?

10人間七七四年2018/09/13(木) 19:48:11.93ID:XKE+C0R+
聞くよ
しょうがないんで牛を食べたとか

11人間七七四年2018/09/13(木) 20:37:39.38ID:x9WHcxNg
ああ、前スレに答えあったわ

254人間七七四年2017/08/23(水) 14:47:44.84ID:Z3VqMKZm>>255>>296>>345
10月1日に板倉勝重が大坂にあった幕府蔵米5万石の回収に成功して伏見に移送し着陣した順に軍勢に支給され
京と尼崎を兵糧の備蓄基地にし万全の態勢を整え後に奪還した堺もくわわり
11月28日には包囲戦用に蔵米8万石と大坂方からの接取米6万石の配給を開始
さらに日本一の木場の大坂仙波の木材が無傷で幕府軍の手に入ったから柵や小屋作り放題、当然薪も使い放題
史料上では20万の軍勢を半年賄える兵糧を配給してる幕府軍は盤石やね
逆に史料上で物資の欠乏が見えるのは大坂方というこの

12人間七七四年2018/09/13(木) 20:46:47.28ID:b/srOdj/
寒さの問題は大丈夫なの?

13人間七七四年2018/09/13(木) 21:07:05.92ID:bf/3N5zP
寒いと言っても大阪だし地べたで野宿でもしてると思うかい?

14人間七七四年2018/09/13(木) 21:32:04.28ID:ji2YcxWv
町屋等を借りて分宿は可能だと思います。分宿捕物帖

15人間七七四年2018/09/14(金) 02:12:39.62ID:tbojA77q
スターリングラード攻防戦のようにはならんわな。

幕府方は補給万全で大坂方はあくまで籠城策。
冬将軍とかの気候イベントもなし。

16人間七七四年2018/09/16(日) 19:18:34.01ID:DbWeg7us
夏の陣で秀頼が出陣してたら士気が上がって
もっと家康を追い詰められたんじゃね?

17人間七七四年2018/09/16(日) 20:58:07.85ID:cGI8zsw7
今さら・・・

18人間七七四年2018/09/16(日) 22:29:51.33ID:f6kwasC7
むしろ一番の手柄首がノコノコ出てくるんだから寄せ手の士気があがる
逆に豊臣方は守らなきゃいけない役立たずの足手纏いが増える

19人間七七四年2018/09/16(日) 22:41:24.10ID:nMqGbqIa
それはどの段階で出るかにもよるんじゃないの

20人間七七四年2018/09/17(月) 22:04:10.94ID:Que+M4ZA
関ヶ原に秀頼が出て来てたら勝ててたよね。

21人間七七四年2018/09/18(火) 02:20:38.04ID:NXOlvuG9
普通に元服している歳な秀頼が前のめりでいたら楽勝だったろうね

22人間七七四年2018/09/22(土) 07:15:59.61ID:fvuvKWXk
清正が生きていて
熊本城に秀頼を迎え入れて徳川を迎え撃ってたらどうなっただろうな
幕末でさえ難攻不落だったんだから
いい線いったんじゃないか

23人間七七四年2018/09/22(土) 12:22:39.33ID:nrOvnwRz
難攻不落ではなく
南下する政府軍の援軍が到着する前に落とす必要がある
南下してきた政府軍に体する為に田原坂に兵力を割いた

薩軍が熊本城舐め腐って大打撃受けたのは確かだが熊本城で孤立したら間違いなく落城する

24人間七七四年2018/09/22(土) 13:46:02.37ID:jflXng7k
小田原より堅固かね?
そもそも、当時最強の城だった大坂でも孤立したらダメだったよな

25人間七七四年2018/09/22(土) 14:20:08.09ID:WkL0ItFJ
そもそも幕末当時の熊本城の規模にしたのは後任の細川氏じゃね?

26人間七七四年2018/09/22(土) 14:38:50.25ID:CGJcxOGP
そもそも熊本城の戦いは状況的にしょうがないとはいえ
装備のそろった籠城側に薩軍が無策の万歳攻撃して損害出しただけな戦いやでな

27人間七七四年2018/09/22(土) 17:37:23.22ID:RgAloAtE
>>25
でも基本的な武者返しとかの堅固な石垣とかは
清正時代にできてるぞ
清正は築城の名人だからな

28人間七七四年2018/09/22(土) 17:52:11.20ID:nrOvnwRz
因みに田原坂も清正が北からの敵に備えた防御施設のひとつやで

29人間七七四年2018/09/22(土) 18:23:12.51ID:WkL0ItFJ
>>27
二様の石垣とか細川時代に本丸も結構いじってるよ

30人間七七四年2018/09/23(日) 13:15:57.60ID:VIUula4F
清正公への人気っぷりって今でもかなり凄いんだなって

31人間七七四年2018/09/23(日) 13:30:03.78ID:1QRIpxxI
【震災を容認、原爆脳】 安部「小型核なら合憲」 ロシア「偽装実験は容易」 読売「原爆で人工地震」
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1537583222/l50
【ガンを容認、原発脳】 1m=8000人、20m=16万人、事故責任はとっくに、菅から安倍に移行
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1537669964/l50

32人間七七四年2018/09/23(日) 13:47:40.77ID:irg/HDDj
>>5-6
家康が討ち死にしたとて、若干の遅れが生じるだけで
大勢に影響なんてほぼないと思うけどなあ

33人間七七四年2018/09/23(日) 13:48:19.23ID:irg/HDDj
却って弔い合戦じゃあー!って幕軍の士気が上がるだけでは?

34人間七七四年2018/09/23(日) 19:47:15.12ID:n6zsfc1y
>>32
>>6だけどそのくらいじゃダメだと思う

大御所将軍が殺し合いを始めるとか、西軍だけがかからない死病が蔓延するとか、真田幸村無双で東軍の首が全て飛ぶとか
そういう文字通りミラクルが必要だと思う

35人間七七四年2018/09/24(月) 00:37:25.10ID:Aq+DgS71
突如自衛隊がタイムスリップしてくるとか
秀頼が実はドラキュラで兵をゾンビにして無双するとか
秀頼の子孫がドラえもん送り込むとか
ベーゴマで世界戦略目指す謎の組織がバックに付くとか

くらいのミラクルでなんとかなるな

36人間七七四年2018/09/24(月) 16:29:03.23ID:Jf513hux
大坂以外日本沈没するとか

37人間七七四年2018/09/24(月) 21:08:43.45ID:h911MYSh
それも大坂の陣が本格的に始まってからだとあやしいな
逆に逃げ場を失った寄せ手は大阪落とさんと後がなくなる

38人間七七四年2018/09/27(木) 19:08:25.50ID:KujNUnSq
大坂城以外全部沈没でいいだろ

39人間七七四年2018/09/27(木) 20:02:22.35ID:UkvKSTg0
食料尽きたら終わるな

40人間七七四年2018/09/28(金) 10:37:07.66ID:eLzNARxy
その場合大阪城の兵糧が尽きるより東軍が溺死する方が早いので🅾k

41人間七七四年2018/09/28(金) 17:10:04.17ID:aTxgzSLV
インフルエンザが大流行すればわんちゃんあるよ

42人間七七四年2018/09/30(日) 04:14:24.09ID:9mOvbxN7
>>41
それ大坂城内の連中のほうがヤバくねw

43人間七七四年2018/10/02(火) 19:58:11.42ID:zNrR/hZR
冬の陣の講和条件を淀殿引き渡しのみにする。堀は絶対埋めさせない。

44人間七七四年2018/10/02(火) 20:30:35.37ID:D/LsPj7E
そのまま戦闘が続いて坑道戦術で総構が爆破されて、
年内に突破される

45人間七七四年2018/10/02(火) 21:15:24.11ID:jcco1Est
そして茶々が家康の子を産む


でも女子で全然解決しない

46人間七七四年2018/10/02(火) 22:12:39.64ID:D+IcJfBr
その淀人質が飲めてたらそもそも戦にならんのでは?

47人間七七四年2018/10/02(火) 23:06:58.39ID:zNrR/hZR
堀→籠城戦に不可欠 淀殿→うるさいおばさん
淀殿引き渡しは豊臣側にはプラス

48人間七七四年2018/10/03(水) 00:10:07.06ID:nHywczod
まあいくら難攻不落の名城でも堀全部埋められたらすぐ落ちるんだね

49人間七七四年2018/10/03(水) 00:21:24.67ID:XHZfqndm
秀家「八丈島のほうが難攻不落」

50人間七七四年2018/10/06(土) 12:07:40.10ID:jE7f+Lhz
>>49
太平洋という天然の最強の堀w

51人間七七四年2018/10/06(土) 14:28:31.62ID:vShl3PuG
だれも攻めないし

52人間七七四年2018/10/06(土) 16:06:56.85ID:DbDKvX3H
石山本願寺に籠っていても最終的には退去
跡地の大坂城に籠っていても最終的に炎上敗北
時は流れ跡地の新大坂城に籠っていたけど形勢悪く逃亡

あの地を拠点に戦ったことがそもそもの間違いなのでは?

53人間七七四年2018/10/06(土) 16:42:41.86ID:aoK/8jEd
籠城戦は援軍が来るか敵が補給線に問題を抱えていないと落ちるものだし

54人間七七四年2018/10/06(土) 17:58:59.92ID:Feqn3waI
城や土地の問題じゃなく籠城にいまる戦略的失敗の問題だな

55人間七七四年2018/10/06(土) 18:23:53.39ID:E3wsUPcQ
>>52
重要拠点だから存在価値があり、立て籠る価値があり、奪う価値もあるから落城もする
不細工で性格も頭も悪く、財産も持っていない女なら誰も手を出さず、結果的に不落の乙女になるのと同じ

56人間七七四年2018/10/08(月) 22:33:19.08ID:kHuNaCom
まあなんだかんだの言っても豊臣氏は暖房器具メーカーのトヨトミや
豊富温泉で名を残してますから

57人間七七四年2018/10/08(月) 22:47:14.82ID:6WPWNbry
秀忠の命令として太閤殿下の家名存続をせよ、と命を受けたのが
近江羽柴家3000石(のち木下家に改称)だったような
本姓はむろん豊臣
大名家としての木下家を押しのけてこちらが豊臣宗家になっている
一応上級武家として名前は残っているといえば残っているな

58人間七七四年2018/10/08(月) 22:57:22.04ID:2Gmep/g/
>>11
それウソが含まれているぜ?
大坂にあった徳川方の兵糧5万石は豊臣方に接収されてる
のちに兵糧の手配をなんとかしたのは事実だが、最近の発掘で
犬猫や牛を食べていた形跡があり、一時期でも食料が不足しているのは事実

59人間七七四年2018/10/09(火) 07:33:20.94ID:+n/QXAJU
>>58
それは三の丸埋め立て跡の発掘で、馬等は埋めてに伴う死亡で
その後に食されたとの認識

60人間七七四年2018/10/11(木) 07:36:02.03ID:yRgtX5+o
リアル猫鍋

61人間七七四年2018/10/13(土) 00:03:23.75ID:CrQxqWb3
>>45
家康の室に淀が入るようにって秀吉の遺言があったらしいな

62人間七七四年2018/10/13(土) 21:10:32.33ID:LBh9drAK
せめて伏見城くらいは奪取しておかないとどうしようもない。いくら大阪城が堅固でも
一城だけでは戦略も戦術も意味を成さないわ

63人間七七四年2018/10/14(日) 02:54:36.59ID:LcGksZMm
戦力分散してしまうのか(困惑)

64人間七七四年2018/10/14(日) 06:00:12.28ID:EEA5I123
侵攻される場合、兵力は防御力が高い城に分散させておくのが定石。
それによって敵方に後詰めを意識させたり、兵糧への懸念を抱かさせる等が可能

65人間七七四年2018/10/14(日) 09:02:46.62ID:oqFphf4J
1城が2城になった程度でそんな変わらんだろ

66人間七七四年2018/10/14(日) 10:10:13.50ID:McrCpcix
焼け石に伏見城

67人間七七四年2018/10/14(日) 12:25:39.43ID:XerpQRId
>>62
北条小田原城

68人間七七四年2018/10/14(日) 19:53:52.13ID:DjQVNEwo
小田原城には領内に後詰、付け城、応援を期待する拠点があまたあったがそれを無意味化するほどの軍勢に攻められ意味がなかった

大阪城はそれ以上に彼我の戦力差が開いてしまったもうどうしようもないって言いたいのか
なるほど全く道理の通りで反論など一切できない状況だな

69人間七七四年2018/10/15(月) 22:47:42.37ID:sQVf5R/J
>>62
討って出ていれば豊臣領の兵糧は徳川から奪い返せてたし大砲や火薬を大阪城に送らせることも滞らせただろうな

70人間七七四年2018/10/15(月) 23:00:21.05ID:mmmIEBLQ
そして大阪方は戦線が伸び切って各個撃破

71人間七七四年2018/10/16(火) 09:34:48.66ID:b3UjSimt
>>52
琵琶湖から淀川、大和から大和川を通り瀬戸内海に抜ける畿内の中心であるあの場所に敵対勢力があると都合が悪いので
時の為政者が滅ぼそうとするだけ

秀頼も大和郡山への転封を受け入れてたら家は存続してただろうね

72人間七七四年2018/10/16(火) 10:16:07.89ID:Is1E+Z+c
劔城に立てこもっていればあるいは・・・

73人間七七四年2018/10/16(火) 19:03:48.13ID:iKyMf2Mr
存続する訳がない
正妻すら、軟禁後惨殺するのに
何故担がれる危険のある秀頼を生かすのかと

74人間七七四年2018/10/16(火) 20:34:12.37ID:z5rgEIux
まともにごめんなさいして臣従してりゃ高家くらいの扱いで生き残れたというか
京都所司代の役人派遣してまで豊臣家保つようしてた訳だしなぁ

75人間七七四年2018/10/16(火) 20:38:33.19ID:R4TM3Age
当時の家康は豊臣家の大老でもあるのだから主家の政務をとるのは普通では

76人間七七四年2018/10/16(火) 20:43:13.80ID:iKyMf2Mr
単に大き過ぎて潰せなかっただけじゃね?
豊臣恩顧と言われる大名の動向も気になるし
あと、朝鮮戦争の始末もあるし
豊臣滅ぼした後の体制整備もある
家康忙しいよ
朝鮮戦争から一連の流れ
1592:第1次朝鮮戦争
1593:第1次朝鮮戦争休戦
1593:秀頼誕生
1595:秀次死去
1597:第2次朝鮮戦争
1598:秀吉死去62歳
1598:第2次朝鮮戦争撤退
1600:関が原の戦い
1603:江戸幕府成立
1605:朝鮮戦争後の和平交渉
1614:冬の陣
1615:夏の陣
1615:禁中並公家諸法度と武家諸法度の発布
1616:家康死去73歳

77人間七七四年2018/10/16(火) 20:59:04.44ID:z5rgEIux
自分とこの領地の年貢の徴集まで他人に任せるのはさすがに政務ですらなく寄生レベルだと思うの

78人間七七四年2018/10/16(火) 21:04:57.97ID:R4TM3Age
だから他人じゃないだろ
それ言い出せば大名家の家政をみさせている大名本人は家臣に寄生しているのか

79人間七七四年2018/10/16(火) 21:07:32.21ID:z5rgEIux
年貢の徴集を別組織の長に面倒見させるのがどこにおんねんって話なんやが
普通なら最低限直臣にやらすことやろ

80人間七七四年2018/10/16(火) 21:21:39.37ID:z5rgEIux
ついでに言えば元の話は確かに引用してない私が悪いとはいえ
家康が秀頼を生かす気があるかどうかって話で
生かす気がないなら所司代の連中引き上げさせて豊臣家干からびさせりゃええもんを生かしてたって話がしたかったんやが

81人間七七四年2018/10/16(火) 21:27:48.46ID:hWofV9iD
名目上は別組織じゃなかったからでしょう

82人間七七四年2018/10/16(火) 21:31:08.93ID:4xhbk1s0
流石に別組織だろ、徳川幕府と毛利家とか島津家が同組織だといってるようなもんでしょ

83人間七七四年2018/10/16(火) 21:34:21.03ID:T+bZdfq6
領内の経営を丸投げってのは全くもって普通ではねえよ
羽柴宗家の武家としての面目丸潰れだし

84人間七七四年2018/10/16(火) 22:15:13.58ID:CD5Rt0gn
別組織かどうか決めるのは今を生きる我々ではなく、当時の人間
少なくとも家康が豊臣から独立を宣言した事実はない
そして天下の政務は秀頼成人まで家康がみるという建前があるからなぁ
秀頼の直領でも天下の一部には変わりないし

85人間七七四年2018/10/16(火) 22:21:26.46ID:z5rgEIux
徳川家の当主に豊臣家の直轄領丸投げとか普通の武家せんことくらいちょっと学んだらわかることやろ

86人間七七四年2018/10/16(火) 22:26:18.92ID:CD5Rt0gn
返してくれ、と言っているけど家康が返さなかったらどうしようもないでしょ
そろそろ政権返してよ、と色々言っているうちに返すつもりがない家康がケンカ
吹っ掛けてブッコロしたし

87人間七七四年2018/10/16(火) 22:28:43.25ID:z5rgEIux
いやお前まじでひどいな
自分の意図が通らなけりゃ当時の人の考えはーって逃げて
それを批判されたら今度は大坂の陣の起こりから否定とか

とりあえずまず前提知識つけてくんねぇと話になんねぇんだけど、わざとやってんなら荒らしだぞ

88人間七七四年2018/10/16(火) 22:32:15.90ID:CD5Rt0gn
家老が政務をとるのは当然、という言葉で議論終わっているでしょう?

89人間七七四年2018/10/16(火) 22:37:17.46ID:CD5Rt0gn
あと自分の認識と違う奴は荒らしとかやめろ

90人間七七四年2018/10/16(火) 22:39:47.70ID:z5rgEIux
自分の認識と違うからじゃねーよ
最低限の知識もないのにいっちょ前なこと言ってると思い込んでるから荒らしだつってんだよ

いいか?家老というなら片桐たちのことを指すべきで天下の政務任されてる徳川家当主の家康は別だ
大老と家老を一緒くたにすんな

91人間七七四年2018/10/16(火) 23:53:27.67ID:4GgDHpEL
さすがに江戸幕府開いた後もその主人である将軍、大御所が豊臣家家臣のままでいるという解釈は無理

92人間七七四年2018/10/16(火) 23:58:17.45ID:WTzEyDDK
家康自体が否定してないのだからしゃーないよこれ
否定したら大義名分が崩れるから言わなかっただけだろうけど
当時の武家の棟梁は武家関白で将軍は義昭の情けないイメージでガタ落ちしてたし

93人間七七四年2018/10/17(水) 00:06:00.45ID:TQgjchDe
そうだな、主従関係の否定をしたかったら秀忠の秀の文字返上と千姫の返還ぐらいやるべきでしょ
はっきり言って征夷大将軍の位そのものはただの称号で私的な主従関係に介入しない
主従関係は神前に起請文を以て誓うものだから、朝廷とはいえ他者が云々するものじゃない

94人間七七四年2018/10/17(水) 00:18:18.25ID:TQgjchDe
失礼、豊臣家に対しての千姫の返還要求な
ただし従属関係をやめてしまえば伏見城にいる大義名分もなくなり、全国の鉱山や
商業都市からの利益も返さなくてはならなくなるけど、これはリスクも大きいから名より実
を取ったんでしょう

ただし、名よりも実を取るという事はあくまで家康は豊臣家臣
二条城の会見の際も御成りの形式で秀頼を迎えているので、これは主人と認めている事
になる

95人間七七四年2018/10/17(水) 00:21:27.08ID:PEPiC2BH
家康と秀忠は将軍就任時に全国の大名に忠誠を誓わせているわけで
それが豊臣家の大老に対するものではないって言うのが大坂の陣ではっきりした事だな

96人間七七四年2018/10/17(水) 00:30:14.93ID:TQgjchDe
そりゃあたりまえだわな
豊臣家の大老の名で諸大名に忠誠を誓わせられる根拠がないし
だから将軍職をなんとかとってこれた
でもその将軍職を得られた力の根源が太閤遺命だから豊臣家をを否定することも
できなかっただけ
領地宛行の朱印状も家康の名前でできていない

97人間七七四年2018/10/17(水) 00:42:08.91ID:PEPiC2BH
にもかかわらず大名が豊臣から徳川に鞍替えしてる時点で
本来ならこちらが主君でございって威張ったってどうしようもないのに

98人間七七四年2018/10/17(水) 00:54:10.27ID:iR7H9zL6
上下関係の逆転に関しては、両者の最低限の合意があって初めてできるもんだしなぁ
実力持ってる片方が臣従してくれ言うてるのにそれが認められないで兵起こして負けてを2回もやってるわけで

この点に関してはおとなしく追放に従った義昭や臣従した秀信よりも秀頼がこじらせすぎてたとしか

99人間七七四年2018/10/17(水) 06:21:17.75ID:dTQ+W14S
家康は豊臣姓ではなく「源氏姓」で将軍に就任しているのだから、その時点で任官は基本的に豊臣姓で行われる
豊臣体制から離脱しているのははっきりしている

100人間七七四年2018/10/17(水) 08:08:03.27ID:RcuIVG/X
二条城で秀頼を御成の形式で迎えるのもそうだが、大名領地の承認と加増を己の名前でやれないってのは致命的な事なんだがなぁ
依然として豊臣大老であることが確実にわかる話なんだけど
源氏姓については秀吉存命中から使い分けてる形跡があるので秀吉も認めていた可能性あるし

101人間七七四年2018/10/17(水) 11:42:06.82ID:i66ZTKVT
姓 源→藤原→豊臣→源
家名 松平→徳川

102人間七七四年2018/10/17(水) 22:13:04.15ID:ZzyLIZWY
大坂の陣は主殺しってことだな

103人間七七四年2018/10/17(水) 23:52:55.62ID:iR7H9zL6
主殺しで全国の大名が一切主側に付かないっていう余計にアレな結果が残るけど

正直な話、お飾りの主が暴走の末誰も味方してくれず滅んだってだけの話やし

104人間七七四年2018/10/17(水) 23:59:07.38ID:sGMM/FW0
家中も領内も全く統制が出来ず開戦まで暴走した結果がアレだからなぁ

105人間七七四年2018/10/18(木) 00:32:55.50ID:o15/6ohY
この時点で豊臣家に加担・支援した大名関係は

七手組ら
毛利秀元主導の「佐野道可」一団派遣
福島家一部家臣団
細川家一部家臣団
福島家兵糧支援
古田家

これくらいのもんかね
あとは紀伊や大和付近の土豪が大坂方についているらしいけど
だから「誰も味方しない」というのは語弊がある

106人間七七四年2018/10/18(木) 00:42:29.22ID:+oNviW2n
ああそうか、七手組は大名か

誰も味方しないって言い方で十分やと思うで
家を挙げて豊臣家に助けに入った大名が皆無なんだし

107人間七七四年2018/10/18(木) 00:43:56.26ID:LWdBJ/LS
情けな

108人間七七四年2018/10/18(木) 00:56:35.76ID:EZP82OaM
>105
細川は入らないし入れるなら真田でも入るぞ

109人間七七四年2018/10/18(木) 01:42:17.62ID:AB7xhxta
そんな状態で開戦したのが謎

110人間七七四年2018/10/18(木) 03:10:44.78ID:Oip8ZmJJ
伊達政宗が関ヶ原後に出した手紙で、秀頼を大坂城に置いとくと
曲者が担いで謀反を起こすかも知れないから家康の手元で
養育したほうがいいと書いてるんだよな
関ヶ原の勝利で家康の対抗派が一掃されて唯一無二の存在になった時点で
大坂城に乗り込み淀殿と秀頼を押さえて豊臣家を完全に掌握すべきだったのに
家康はなぜか大坂城と豊臣家をそのままにして遠く離れた江戸で独自の政権づくりを始めた
結果政宗の懸念通りになったんだからこの時の家康の対応はちょっと詰めが甘い感がある

この政宗の手紙は他に秀頼が成人して天下人の器でないと家康が判断するなら
2〜3ヶ国もやっておけばいいとも書かれていて、関ヶ原後大名の豊臣家への
意識がはっきり変化したことがわかって興味深い

111人間七七四年2018/10/18(木) 05:17:16.69ID:mUf15AOl
家康は秀頼のやらかしに期待してたのさ

112人間七七四年2018/10/18(木) 08:10:49.66ID:9+1UXpWr
土倉で無様に命乞いするなら何のために蜂起したのか
豊臣の名誉のために立ち上がったんじゃないのか
まさか勝てると思った訳じゃないだろうに

113人間七七四年2018/10/18(木) 08:42:36.72ID:mUf15AOl
>>112
思い出作り

114人間七七四年2018/10/18(木) 11:01:31.65ID:M7BpGGTW
>>112
蜂起したのは家康側だが

115人間七七四年2018/10/18(木) 12:30:41.01ID:ag0WHXfi
関ヶ原の事後処理であからさまに秀頼の身柄に手を出すのは逆に政局化する争点になる可能性はあったんだと思うよ
大阪乗り込んで拉致しちゃうのは主君押込であり明確な謀反だから

秀頼は政治的には無力化した状態で放置して江戸に政権を建てたのはむしろ英断でしょ
秀頼の命だけ考えたら押込て貰った方が良かったろうけど徳川方から見たら大阪の陣も無事納めて大成功かと

116人間七七四年2018/10/18(木) 13:18:56.51ID:3dLZErTZ
関ケ原の後、加藤や福島に大封を与えたことで
すぐに豊臣を潰す気がない、潰せないことは明らか

117人間七七四年2018/10/18(木) 13:24:18.17ID:PlpDBlp8
いくらなんでもそれは……wwww

118人間七七四年2018/10/18(木) 14:37:14.89ID:63WEnk4w
むしろ江戸幕府の新政権樹立がうまく行きすぎで、大坂の陣まで大きな抵抗もなく来てしまったことが豊臣家にとっては不幸だったんかもなぁ

関ヶ原はあくまで名目上豊臣政権内の主導権争いでそれには勝ってるけどその後幕府として大きな動員をしての戦勝はない
全国の大名が江戸に屋敷持って普請役を課されたり実質的な支配関係は構築してたとはいえ豊臣家との主従関係解消もまた明示されてない

このまま大御所が死んでまた一波乱の可能性を残すのは危険ってなったのはわからん話じゃない

119人間七七四年2018/10/18(木) 15:27:33.66ID:Oip8ZmJJ
関ヶ原で豊臣政権内での反徳川派を一掃したはいいけど
その結果実質的には徳川家が天下人で諸侯も内心それを認めてるのに
秀吉以来の豊臣家の権威はまだそれなりに残ってる、しかも豊臣家は幼い秀頼一人だけで
徳川家が支えなければ自領の統治もおぼつかないほどやせ細って弱体化
こういう権威と実力がチグハグな、何だかスッキリしない曖昧な状態だったんだよな

こうなると力のない豊臣家が徳川家に臣従するか、徳川家が家を挙げて豊臣家に献上するか
(役人レベルまで豊臣家には人材がいなくなってた)
ないんだが、豊臣びいきの人は家康は恩義あるんだから徳川家まるごと豊臣家に献上して当たり前だ
みたいなこと言うけどちょっと虫が良すぎるというか· · ·
正直家康は豊臣家に恩義を感じてたとは思えないんだよな
むしろ豊臣政権に協力したんで貸しがあるのはこちらのほうだと思っていたとしてもおかしくない
よくいわれる関東移封は北条攻めの武功第一に対する当然な報奨だし
縁戚関係を含むいろいろな優遇も秀次一族を滅ぼして以来秀吉が一方的に徳川家を頼りにしたものだし

120人間七七四年2018/10/18(木) 15:59:38.05ID:PlpDBlp8
石田三成が居なくなって大阪城内やべーって言ってたのは浅野長政だったかな?

121人間七七四年2018/10/18(木) 17:59:00.08ID:56eJrKdU
秀次が気を強く持ち自害さえしなけりゃな

122人間七七四年2018/10/18(木) 18:13:19.77ID:/m1vUBnv
それをいうなら秀吉が秀頼を諦めて秀次に行く末を任せてしまえばよかったんじゃないの?
秀頼を家康に預けてしまえば秀次でも手出しは出来ないだろうし

まあ、それはそれでまた内紛の芽が残ることにもなるけど、秀次の周りがきちんと支えていけば安泰のような気はする
よほどのことが起きなければ、秀次よりも家康のほうが先に亡くなるわけだし

123人間七七四年2018/10/18(木) 19:43:47.43ID:56eJrKdU
秀頼を三代目武家関白とする代わりに秀次の娘を正室として迎える事が決まっていた
このままでよかろ
秀次なら最初から豊臣家の人間なので秀頼を部屋住みのまま置いても豊臣家の天下は
続く事になる
家康に後見任すとか本来はもってのほかだろうし

124人間七七四年2018/10/18(木) 21:02:35.49ID:u44UlI++
どうして関ケ原の前の話をしてんだ?
もしかして

125人間七七四年2018/10/20(土) 00:13:52.04ID:I6WP5TL7
>>99
はっきりしてない
家康の源姓はもともと秀吉が奏上して認められたもの
つまり豊臣姓とは別に秀吉の承認の上持っていたという事よ

126人間七七四年2018/10/20(土) 13:39:47.10ID:cgY0OSYB
>>125
家康の源姓は近衛が口利きしたんだろ
家康が三河守になったとき、信長は存命中だ
秀吉ごときの出番はない

127人間七七四年2018/10/20(土) 16:32:16.97ID:ldXeU/qf
家康が三河守になり徳川の苗字に改姓した時は源姓ではなく、藤原姓だったんだけど

128人間七七四年2018/10/20(土) 17:02:54.82ID:/cDwWV14
利家、清正・正則の間の世代に有能で頼れる子飼いがいれば
まだ違った結果になってたかもなぁ

129人間七七四年2018/10/20(土) 17:07:38.22ID:RxhYeiOJ
>>128
秀次付きになって全滅√

130人間七七四年2018/10/20(土) 17:10:47.59ID:MHepaXDD
>>126
ああ、すまん
なんか秀吉が実質的にあたえたみたいに書いてしまったが、秀吉が政権持っていた時に秀吉
が出した奏上文に家康の源姓が見えるから認められていたということさ

131人間七七四年2018/10/20(土) 19:28:58.32ID:Jqb3ndBP
レスの内容がスレタイのどうやったら勝てるかから、大坂の陣の本スレや二重公儀論スレでやった方はいいんじゃ無いかって
なってきているね

132人間七七四年2018/10/20(土) 20:08:19.79ID:DK/v50jr
ifスレにはありがちな展開だけど(検討しようと皆が思う)現実的な勝ち筋が見えなくて
設定や前提条件の見直しから入らないとどうしようもないからな

133人間七七四年2018/10/21(日) 08:34:41.54ID:kLOHG/ot
大坂方が有能になりがちな大坂ifスレ
有能なら大阪の陣が起きないというジレンマ

134人間七七四年2018/10/21(日) 08:58:47.09ID:ptOD4bXP
大坂の陣そのものはどんな支離滅裂な理由でも起こそうと思えば起きる

現実にも且元が主命に反して高野山に入らずに城に立て籠もり反抗したのを
成敗に行ったらなぜか大坂討伐例をだしてるし
それこそわしの気分が悪いから、でも起こせるでしょう
その後の事は別にして

135人間七七四年2018/10/21(日) 11:10:27.71ID:xAtmC46b
成敗しに行った訳でもなく
秀頼が片桐を説得中、大野治長が大坂城に牢人連れて立てこもったせいでご破算になってる

136人間七七四年2018/10/21(日) 14:32:15.82ID:lUDb0u4K
主命を無視して弟の城に籠城すれば豊臣家に対する反逆とされてもしかたない
これを秀頼側がとがめたらなぜか徳川方が宣戦布告してきたという話でしょう

137人間七七四年2018/10/21(日) 14:49:55.88ID:xAtmC46b
咎めるとかじゃなく、まず説得で双方の兵を解散させるといった行動を行ってたのに
大野治長が明らかに秀頼の意向を無視した行動で大坂城に牢人を入れて結果和解がご破算になってるって話をしてるんやが、理解してる?

138人間七七四年2018/10/21(日) 15:05:59.07ID:cvCQ8a4L
そこまで大野程度に政務やりたい放題されるようじゃ豊臣家はどの道終わりやろ

139人間七七四年2018/10/21(日) 15:21:31.77ID:lUDb0u4K
直接の原因は且元が大坂から討伐軍がさしむけられたとして板倉勝重に救援を要請したから、ではないかね
徳川方が宣戦布告する理由にならないことを無理やり理由にしてる現実があるから豊臣方が有能か無能か関係なく起きるときは起きますよ、と指摘しているだけよ

140人間七七四年2018/10/21(日) 15:24:49.35ID:xAtmC46b
いやそもそも取次を処罰するのは十分宣戦布告の理由になるってのが現状の説なんやが

141人間七七四年2018/10/21(日) 15:42:55.19ID:gTY/35Yn
徳川との取次だった片桐を追放して後任の取次を指名していないからな
取次を勝手に処分して宣戦布告したのは大坂方だよ

142人間七七四年2018/10/21(日) 18:02:21.17ID:lUDb0u4K
>>140
>>141
それは徳川ひいきの現代人の考えでは
且元改易は早馬で知らせているから宣戦布告するつもりなら行動がおかしいやろ

143人間七七四年2018/10/21(日) 18:08:24.49ID:mZgtJ2FI
徳川贔屓もなにも、同じ理由を元に開戦したことがあるのが他ならぬ豊臣秀吉やけど

とりあえず、疑問に思ったなら調べてみたら?

144人間七七四年2018/10/21(日) 18:13:34.23ID:gTY/35Yn
現代人よりむしろ当時の常識として宣戦布告なわけだが
徳川からも禄をもらっていた唯一の外交ルートである片桐を勝手に追放
しかも後任の取次を決めることもないのだから言い訳の余地もない

145人間七七四年2018/10/21(日) 18:30:43.30ID:lUDb0u4K
うーん
要は先に軍を挙げたのは徳川方って事では
取次を追放は開戦理由になりえると言うが、それは状況に依るだろ 秀吉と信雄の場合は主従関係ではないし
主命に反して武力蜂起した且元を放置しておけないし、それを好機とみて徳川が謀反したのは事実だな

146人間七七四年2018/10/21(日) 18:35:17.98ID:xAtmC46b
お前さんとりあえず真面目にいっぺんちゃんと戦国時代について調べ直してこい

あとお前のさも自分が一番当時の人間の立場に寄り添って物事考えてますみたいな舐めた態度たたき直してこい

147人間七七四年2018/10/21(日) 18:36:25.06ID:lUDb0u4K
>>144
徳川から禄というのはちょっと違うやろ
天下の代理人からもらうことはひいては秀頼からもらうってこと
スレ違いになるから掘り下げないけど、当時の常識や認識を今の人間が決めるってのは疑問があるが

148人間七七四年2018/10/21(日) 18:39:09.02ID:xAtmC46b
こいつどこまで他人を舐め腐ってるんだ?
自分の意見と違うものは当時の常識や認識を今の人間が勝手に決めたものだと抜かすとか

まずは自分の知識不足を認識しろや

149人間七七四年2018/10/21(日) 20:43:53.88ID:gX6pBUGP
大阪城を浮上させて台風の中に隠れインドラの矢で駿河・江戸城を焼き尽くせば勝てたな

150人間七七四年2018/10/21(日) 21:57:26.15ID:wIcmxbeE
>>148
当時の常識なんてどうやって図るんだ?当然のことながら常識なんぞ人それぞれだし
取次を追い払う事は戦争をする口実にされるないなんてのは個々の条件によって全然違うだろ
(秀吉-信雄間と秀頼-家康間では条件があまりにも違う)
また主命に反したり、内通を疑われたら処分されるのも常識だよ
もし且元の主張通り、大坂城から且元を成敗する軍勢が来たのならそれは且元が主命に反して
武力蜂起したからであって別に徳川に軍勢を向けたわけではない

つか、大坂方が徳川に戦争仕掛けたいならそもそも弁明に向かうする必要もなく、徳川討伐令
をだせばいいだけのこと、且元改易の事もわざわざ早馬で知らせる必要などない
つまり大坂方があの時点で徳川に戦争を仕掛けたとみなせる証拠がないのだよ
少なくとも豊臣方はその認識だろう、豊臣方も当時の時代の人間だから常識を構成する一員だ
それを無視して豊臣方が暴走した、なんて上の方に書くのは明らかに徳川びいきの現代人の考え
と断言できるわ

151人間七七四年2018/10/21(日) 22:07:24.31ID:xAtmC46b
>>150
流れ読んでないの?
他人に対してずっと当時の常識がうんぬんかんぬんと大上段で語ってたのがこいつだぞ
豊臣がその認識だったとしても、当時の大名の常識として取次を連絡も後任も決めずに排除するのがもっての外って話
豊臣が当時の武家の常識を知らなかったというならそれはそれで大問題でしょ

152人間七七四年2018/10/21(日) 23:13:56.89ID:Sj/iLamj
主 こ ろ し するまでは徳川は豊臣の臣下。臣下が取次を理由に滅亡させた常識なんてない

153人間七七四年2018/10/21(日) 23:34:37.67ID:/5z6fuZf
壊れたスピーカーやな

154人間七七四年2018/10/21(日) 23:34:59.07ID:xAtmC46b
絶対君主かなんかと勘違いしてるんか?
当たり前だけど部下に対してでも戦争になるほど無礼なマネを働くことはどんな当主でも認められてないぞ、当たり前のように主君押込だってあるし主上謀反という認識もある

もしかして帝制とかそういったものと同一視して戦国期の君主と臣下の関係語ろうとしてるんか?大間違いやぞ

155人間七七四年2018/10/21(日) 23:38:45.52ID:Y3l9Xl73
謀反を起こした三成にビビッて何もできなかった豊臣が
偉そうに主君面する資格はないでしょ
子飼いの三成くらい首輪付けて管理しろよという話だ

156人間七七四年2018/10/21(日) 23:41:54.15ID:jKNha6YP
戦の原因なんて互いに言い分はある
だけれども且元追放が悪いから豊臣が勝手に自爆しただけ、なんてのは
一面的な物の見方

単に徳川びいきの者が言っているだけってこと

157人間七七四年2018/10/22(月) 00:01:32.50ID:v1j0B+c7
当時としちゃ戦争になるほど無礼とされることを権威はあるけど実力のない主君が、実力のある部下に対して働き
案の定味方になる大名がほとんどおらず滅んだことを自爆と言わずになんていうんだ?


他人を徳川びいきとかバカなことを言う前に、自分が贔屓してないか、自分の知識不足はないか確認する方がよほど建設的だぞ

158人間七七四年2018/10/22(月) 00:20:59.04ID:LXT7xgKu
取次であろうと且元はあくまで豊臣家臣
不作法あれば逆心あるものとして処分されても致し方ない
これもまた常識
しかもこの件は早馬で且元改易の報を入れて徳川の顔も立てている

しかし且元は主命に反し、武力蜂起までしている
ここまで且元がやれば成敗せざるを得んだろ
なんの名目で徳川が豊臣に謀反を起こすんだ?
且元が救援要請を入れた時点で大坂討伐令をだすというのは
はっきり言って大義名分がほとんどないってことに等しい


お前様の言い分を使えばそれもまた当時の常識

159人間七七四年2018/10/22(月) 00:28:37.27ID:v1j0B+c7
後任を入れてもないのに?
徳川がうんとも言ってないのに取次処罰しましたんで事後承諾よろしくではだめだろ

また武力蜂起に対して成敗したってのもかなり誤解がある言い方だね
実際は和解に向けて秀頼が動いてるのに大野治長が暴発しただけ

だから贔屓してないか確認しろつってんのに

160人間七七四年2018/10/22(月) 00:38:23.59ID:+rIX83Qw
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/sengoku/1518176864/468

IDコロコロ失敗ですか?
とにかくレス乞食はやめましょうね

161人間七七四年2018/10/22(月) 00:56:31.83ID:LXT7xgKu
後任の事までは単に記録に残っていないだけという事も考えられるだろ
本当に秀頼側に戦争する意思があるなら徳川に且元改易を伝える必要すらない

成敗したとまでは書いてないぞ
あくまで且元側が京都所司代に救援要請した内容が正しいのなら、という前提だ
彼は大坂方から軍勢を寄せられている、としていたはずだが
いずれにせよ且元が成敗されようが許されようが、軍を起こそうが起こすまいが
徳川が豊臣を討つ理由にはならんだろ

162人間七七四年2018/10/22(月) 01:01:50.00ID:LXT7xgKu
>>160
自己紹介乙
他スレに書いて何が悪い?

ともかく荒らす意図もなし
ただの歴史談義をレス乞食とは面白い事を言う
気持ち悪いストーカー行為するなら黙ってろよ

163人間七七四年2018/10/22(月) 01:11:08.63ID:v1j0B+c7
記録に残ってないものをある前提で語るのがおかしいだろ

そもそも片桐暗殺疑惑事件に対して適切な対処を取れず、連絡は事後承諾だわ大野は暴発しとるわで家中統制すらできてない状況だぞ
不手際散々やらかしてもう軍事介入しかないレベルの事をしたつってんだよ

164人間七七四年2018/10/22(月) 01:24:02.61ID:LXT7xgKu
記録に残っていない事でも且元改易の通報、しかも早馬ですること自体が対話の意思の
表れ、ってことだよ。人間の合理的な行動を推察することはできるだろ

>不手際散々やらかしてもう軍事介入しかないレベルの事をしたつってんだよ

・・・これが徳川びいきの現代人の考え以外に何があるんだ?
徳川がいきなり大坂に攻撃されたとかならまだしも、そうではないのに主従関係がある者
で臣下が主に弓引いてこれを討つなんてただの下克上だし、謀反だろ

165人間七七四年2018/10/22(月) 01:33:59.91ID:v1j0B+c7
改易の通報が早馬だったかどうかは問題じゃねぇんだよ
相談もなしに改易するな、事後承諾なんてもってのほか

主従関係あろうが主君が家中すら統制できてなかったら軍事介入は普通だぞ
本来であれば家中の統制すら取れない当主とか切腹もんだぞ、それでも主君ということで配慮されて秀頼や淀が江戸に来ることやら国替えで済まそうとしてるのを全部蹴っ飛ばしたのも秀頼だろうが

だから主君押し込めや主上謀反という言葉があるって書いただろ、読めよ

166人間七七四年2018/10/22(月) 01:48:21.26ID:LXT7xgKu
>改易の通報が早馬だったかどうかは問題じゃねぇんだよ

いや問題だろ
対話の意思があるってことだし誠意でもあるからな
家臣の処分権は主君にあり
徳川が口出しする事じゃないのよ
主君押し込めってのは御家の存続は基本だぞ、国松斬ったらただの下克上で謀反

167人間七七四年2018/10/22(月) 01:58:55.89ID:v1j0B+c7
対話の意思を見せるならまず家中の統制くらいしろって話なんだよ
それすらもできないから介入せざるを得ない状況にまでこじれてんだろうが

御家の存続はかなり最後の方まで粘ってたろうが、それすら全部蹴っ飛ばして戦争続けたのが秀頼って話で
和睦の条件すら守れないで暴走されたらもう滅ぼさざるを得ないだろ

お前さん起きた事象だけを切り取るんじゃなくその間にどういった交渉が起きてたのか、ってのも調べなよ

168人間七七四年2018/10/22(月) 01:59:53.10ID:v1j0B+c7
ついでに言えば徳川は豊臣家をその後復興もさせてるぞ

169名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2018/10/22(月) 08:33:52.52ID:+4/hgHxg
対話の意思はあったと思うよ
でもそれまで徳川との交渉の窓口であった片桐を死を含めた処罰をしようとして、それでも対話の意思はありますというのは
ミサイルを打ち込んでおいて対話の意思はあるという北朝鮮並みの瀬戸際外交すぎるのじゃないか?
少なくとも片桐処断が徳川との断行と解釈される危険性は認識していないといけないし、していないならその時点で問題
もちろん豊臣もそれぐらいわかるから早馬で使者を送ったり、大野が兵を集めたりしたんだろうけど、早馬を送るより事前に連絡を取るべきだし、兵を集めて何をするつもりだと言われたらどうするのかと
結局豊臣は効かない薬ばかり飲んで対象した気になってただけで、「自分の方が主君」という危険極まりない意識の捨て所を失っていたんだよ
「徳川の謀反」クンの主張は豊臣の主観だとほんとその通りなんだろうけど、だから滅ぼされたんだなと
徳川の主観でいくなら「まさかここまで現実が理解できていないとわ」じゃないかな。その辺、片桐がなんとかごまかしてたのかな

170名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2018/10/22(月) 08:58:11.35ID:5aNqiF5w
太閤立志伝5ってゲームだと秀頼は片桐にも大野にも よきにはからえ、て言ってるだけのお飾りだけど
史実もそう見えるグダグタっぷりだな

171名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2018/10/22(月) 10:21:28.96ID:yROAdOG2
大野も片桐もあの局面で豊家を切り回すには小物だよなぁ

172名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2018/10/22(月) 10:40:55.45ID:+4/hgHxg
しかたがない。片桐より大物だと自分の家を第一に考えて、豊臣家なんてさっさと見捨ててしまう
むしろ関ヶ原から14年も片桐はよく頑張ったほうだよ
大野は能力的にいろいろ問題のある人かもしれないけど、秀頼と一緒に死んでるから忠臣ではあったんだろう。末期の豊臣家では、それだけでも価値があったと思うしかない

173人間七七四年2018/10/22(月) 12:25:47.04ID:mRw8alPf
大野は生き永らえても、どうにもならないことが明白すぎたからな

174人間七七四年2018/10/22(月) 20:52:01.77ID:pDbTLux7
>>168
羽柴利次を秀吉直系の家として認める措置を言っているんだろうが、怨霊信仰がまだ
生きていたから絶家させる事自体、畏れ多いとされてた時代だからだろ

>>169
武器弾薬を購入していたのは徳川方も同じ
支離滅裂な難癖もそうだが
一方だけの史観で判断すること自体ひいきという他ない
当時の常識とやらも勝者の理屈
現代人がその呪縛に囚われるのはおかしいだろ

175人間七七四年2018/10/22(月) 21:00:03.66ID:v1j0B+c7
ここまで説明されて支離滅裂な難癖とか言ってる時点でよほど自分が贔屓した目で見てることくらい分かれよ

あるいは聞く気さえないなら書き込まないで自分だけで思い込んでろよ

176人間七七四年2018/10/22(月) 21:25:07.25ID:pDbTLux7
こちらは公正に物事を見たいだけだよ
徳川方の理屈は百も承知だけど、大坂方の理屈も理解しないと

177人間七七四年2018/10/22(月) 21:26:24.43ID:v1j0B+c7
理解したうえであの当時の常識として非常に無礼なことしてるつってんだろ
てめぇの判官びいきに他人を巻き込むな

178人間七七四年2018/10/22(月) 21:36:11.65ID:pDbTLux7
>理解したうえであの当時の常識として非常に無礼なことしてるつってんだろ

それは徳川方の理屈だろ
勝者の理屈を妄信していたら苦労はせんよ
第三者の目から見て豊臣が無礼と書いた手記でもあるのかよ

179人間七七四年2018/10/22(月) 21:48:18.06ID:v1j0B+c7
じゃあ豊臣が正しいことしてました!と書いてある書状でもあるか?
言っとくが当時の民衆からしても豊臣が天下の静謐を乱したって認識されてるレベルだからな


結局お前が判官びいきしたいだけなんだから他人に絡まず一人で人形遊びしてろや、くだらない

180人間七七四年2018/10/22(月) 21:56:17.84ID:v1j0B+c7
どんなに史料があっても全部勝者の妄言、で片付けてる時点でへどが出るほど贔屓してることくらい分かれ

お前は、さも自分が客観視してますって思ってるかもしらんが最大限に判官びいきしてるだけ

181人間七七四年2018/10/22(月) 21:58:23.63ID:pDbTLux7
>言っとくが当時の民衆からしても豊臣が天下の静謐を乱したって認識されてるレベルだからな

当時の人間でも様々な立場の者がいる
こういう認識の人間がいても不思議はない
それだけのことよ

182人間七七四年2018/10/22(月) 22:08:54.81ID:v1j0B+c7
お前が欲しいのは豊臣がこんなに正しかったんですって史料が出てくることだけだろ
弱者に都合のいい史料を期待してるだけじゃんお前 その態度に客観性の欠片もねぇよ

お前に 歴史を 語る資格はない

183人間七七四年2018/10/22(月) 22:16:59.45ID:pDbTLux7
>お前が欲しいのは豊臣がこんなに正しかったんですって史料が出てくることだけだろ

違うな
こちらは勝者の理屈を妄信したくないだけよ
それを始めたら歴史の探求はできなくなる

184人間七七四年2018/10/22(月) 22:27:21.23ID:v1j0B+c7
客観的な史料を勝者の妄言とか言って切り捨ててるだけじゃんお前
ほんっと自分を客観視出来てると思ってる妄信の輩はタチが悪いな

185人間七七四年2018/10/22(月) 22:55:49.49ID:pDbTLux7
客観的な史料?
なんのことだ?

186人間七七四年2018/10/22(月) 23:07:38.09ID:v1j0B+c7
客観的な史料で取次の排除の事後承諾と書かれているものを、取次に対して精通した研究家が小牧長久手の戦など取次の戦国期の扱いを基に豊臣家の無礼と判断してる訳だ

それに対して君はいやこれは勝者の妄言つって突っぱねてる訳だろ?

自分がどれほど当時の情勢に精通してると思いあがってるの?お前のその妄想も大概にせぇよ

187人間七七四年2018/10/22(月) 23:08:57.19ID:v1j0B+c7
自分が好きな結果の出てる史料だけ集めて悦に入るだけなら歴史について語るのやめてしまえつってんの

188人間七七四年2018/10/22(月) 23:11:52.67ID:pDbTLux7
権威主義者にはかける言葉がないな

189人間七七四年2018/10/22(月) 23:17:53.69ID:v1j0B+c7
確度の高い史料を基に戦国期の他の取次への処罰が引き金の戦闘の事例まで参照して、それでも客観性がないって抜かす訳だろ?

お前のいう客観性ってのは弱者にも正義がありましたー!って言いたいだけの主観極まりない願望でしかない

そんなことにも気づけないんだったら歴史の学び方からやり直して来い、胸くそ悪い

190人間七七四年2018/10/22(月) 23:19:39.82ID:bUa256wY
>>188
お前関ヶ原スレでも暴れてるだろ
頭足りてないのか?

191人間七七四年2018/10/22(月) 23:21:35.06ID:pDbTLux7
>確度の高い史料を基に戦国期の他の取次への処罰が引き金の戦闘の事例まで参照して、それでも客観性がないって抜かす訳だろ?

どこの誰様であろうと異論を口にするのは自由だろうが?
秀頼-家康間の関係は他の例で考える事は不適当なんだよ
事情が全然違うのだから

192人間七七四年2018/10/22(月) 23:27:05.49ID:v1j0B+c7
異論を口にするのは自由だが、その異論に対して批判が入るのも自由だろ

まぁそもそもお前のそれ異論どころか自分がなんとなく気に入らないの事に無理くり理屈つけて駄々こねてるだけだがな

193人間七七四年2018/10/22(月) 23:27:55.91ID:v1j0B+c7
自分がなんとなく気に入らないことを客観的に見られてると思い上がんな

194人間七七四年2018/10/22(月) 23:38:28.73ID:pDbTLux7
>異論を口にするのは自由だが、その異論に対して批判が入るのも自由だろ

自由じゃないよ
お前にこちらの考えを口汚く中傷する権利などない

195人間七七四年2018/10/22(月) 23:42:54.80ID:v1j0B+c7
ははは、笑わせるのも大概にしろ

お前の場合自分の妄想を5chという公共にぶちまけとる訳だ
お前の吐いた唾が汚いつって批判されとるのに何被害者面してやがる

だから自分一人で人形遊びしてろつったろ、パブリックとプライベートの見分けもつかんのか

196人間七七四年2018/10/23(火) 00:02:13.06ID:eXcRLeMc
片桐を追放しなければ家康の存命中は大坂の陣は起こらなかったということだな
スレタイ的に言えば家康が死去するまで片桐を手元におき、徳川による主 こ ろ しを防ぐ
その後、戦下手な秀忠の時代に再起を掛ける。多分これが答えだな

197人間七七四年2018/10/23(火) 00:02:24.53ID:7DaYY8qx
史料で議論できないから中傷に走るわけだ

198人間七七四年2018/10/23(火) 00:05:34.49ID:uh4f9v6+
史料を基にこうこうこういう理由で豊臣家の無礼とされてるよ
と懇切丁寧に伝えても、納得できないきっと違う多分勝者の妄言だ

そんな議論すら聞かない駄々っ子に中傷以外の言葉はない

話の通じない人間相手に議論しろとかいう無茶を言う前に、議論できる人間性を身につけろ

199人間七七四年2018/10/23(火) 00:16:58.24ID:7DaYY8qx
豊臣家の無礼であることは研究者が勝手に言っている事だ
ひいては勝者の理屈だ
こちらは敗者の理屈も検証すべきだと言っているだけ

200人間七七四年2018/10/23(火) 00:21:06.40ID:uh4f9v6+
勝手に勝者の理屈ってお前が決めつけてるだけだって何度言ったらわかるんだろうなぁこいつは

日本語わかってても話通じない相手に議論しろとかいう無茶を他人に頼むなよ

お前が勝手に勝者の理屈つってるだけなんだから黙って反証探すなりしろよ、それすらせず駄々っ子したって見苦しいだけだぞ

201人間七七四年2018/10/23(火) 00:25:37.82ID:p46/fu6Q
>>199
死ねガイジ

202人間七七四年2018/10/23(火) 00:27:24.94ID:7DaYY8qx
それを言うなら豊臣家の無礼である事も研究者が背景を無視して勝手に言っているだけだ

203人間七七四年2018/10/23(火) 00:28:11.54ID:p46/fu6Q
>>202
死ねガイジ

204人間七七四年2018/10/23(火) 00:31:50.82ID:7DaYY8qx
>>203
お前が死ね

205人間七七四年2018/10/23(火) 00:31:59.12ID:uh4f9v6+
背景まで研究したうえで提唱されてるのをお前が読もうとすらしないだけ、あるいはそれすら勝者の妄言とかいうレッテル張って認めてないだけ

お前の主観極まりない妄言これ以上垂れ流すな、本気で迷惑

206人間七七四年2018/10/23(火) 00:34:43.95ID:7DaYY8qx
だったらその研究者と史料を出してみろよ
史料とか研究者とかいえばこちらが黙るとでも思ってんのか

207人間七七四年2018/10/23(火) 00:35:00.31ID:p46/fu6Q
>>206
死ねガイジ

208人間七七四年2018/10/23(火) 00:35:47.16ID:7DaYY8qx
>>207
お前が死ね

209人間七七四年2018/10/23(火) 00:38:47.43ID:OVzsE+2c
>>202
すまん、ROMってたけどさすがにその意見はどうかと思う
その道の専門家や研究家が毎日のように資料や記録を調べて
学会で発表したり、同業者と議論したり、書籍としてまとめ上げて来たものを
自分の感想や想像と一緒にしちゃいかんと思うぞ

そりゃあね、自分だって想像や憶測でしかない意見をここや他スレに書き込んだ事はあるよ
けどね、いわゆる専門家の研究結果とか、資料での記録と
自分の妄想を同格で見る気は今までもこれからもないよ、それは傲慢に過ぎる

210人間七七四年2018/10/23(火) 00:41:47.50ID:uh4f9v6+
だったらじゃねーだろ、教えてくださいすら言えないのかこの常識知らずは
しかも読みもしないで研究家の研究を勝者の妄言とか決めつけてたのかどんだけ舐め腐ってんだこいつ

丸島和洋氏の本くらい読んでから語れや恥知らず
取次について少しでも調べりゃいやでも出てくる研究家の名前でもあるのにクレクレしてるっていうすっげぇ恥ずかしいこと言ってること自覚しろよ

211人間七七四年2018/10/23(火) 00:46:04.13ID:sLY9tHq8
>>174
俺昨日の169なんだけど、そう言うことを言っているんじゃないんだよ
徳川が武装するのは当たり前なんだよ。豊臣を滅ぼす為の戦を仕掛ける計画も既にあっただろうからね
それに対して豊臣は相手に絶対に口実を与えてはいけない立場なのよ。戦ったら間違いなく負けるから
戦いを絶対に避けるというのが本来豊臣がするべき戦いだったのに、徳川との取り次ぎである片桐を処断してしまうことを「主君として当然のこと」と思ってしまうんなら、それはもう豊臣が浮世離れしていると非難されて当然なんだということを言ってるの
だから当時の世間の人も呆れたり嘆いたりしたし、現代の学者さんも豊臣に非があると判断しちゃうのよ
きみは学者さんが勝者の主観で語っているだけと簡単に言うけど、専業の学者さんはそんないい加減な仕事はしていないからね
主観というのは誰にでもあって当然だけど、豊臣の「自分が主君である」という主観は危険だからどこかで捨てなければいけなかったのに、結局最後まで捨てられず、対処も間違い続けたから「愚かだった」と非難されてるの

212人間七七四年2018/10/23(火) 01:09:44.03ID:7DaYY8qx
>>210
>しかも読みもしないで研究家の研究を勝者の妄言とか決めつけてたのかどんだけ舐め腐ってんだこいつ

背景が全然違うものを比較している時点であまり意味はないのよ
わかる? ここを全然無視しているよね? 研究者がーというばかりで
印籠じゃないんだから研究者といえばこちらがまいるとでも思ってんのか?

213人間七七四年2018/10/23(火) 01:15:03.07ID:p46/fu6Q
>>212
死ねガイジ

214人間七七四年2018/10/23(火) 01:17:17.25ID:uh4f9v6+
研究者がなぜ研究者なのかすらわからないんだったらお前に物を語る資格なんだ1ミリもねーよ

お前のぽっと出の思いつきと研究者の研究を一緒くたに語るとか本気でろくでもねぇ脳みそしてるんだな

ほら、教えてやったんだからありがとうの一言でも言って、読み終わるまで黙ってろ「

215人間七七四年2018/10/23(火) 01:54:33.50ID:7DaYY8qx
結局は豊臣家は選択を誤ったから滅びたのは事実だが、世の中には「無理が通れば道理が
引っ込む」「勝てば官軍負ければ賊軍」というのがあるわけであり、勝者に有利な史観ってのは
疑ってかかる必要があると言っているだけ

君君たらずといえども、臣臣たらざるべからず、という価値観もある時代だし、臣下の者が主君の
との取次役を主君が追放した事を理由に武力蜂起して殺して構わないなどという価値観は
とんと聞いたことがないな

>お前のぽっと出の思いつきと研究者の研究を一緒くたに語るとか本気でろくでもねぇ脳みそしてるんだな

失礼承知で言うが、理系研究者と違って史学研究とかはっきり言って誰でもできるレベルだぞ?
理系研究者は本当に専門的知識がいるが、史学は素人が談義できるレベルだから皆がやって
いるのだし、研究者という権威に無条件にひれ伏すほど馬鹿ではない
秀吉が信雄を攻めた理由になったから家康が秀頼を攻めるのは当時として当たり前だ、など
と糞も味噌も同じにするのは正気の沙汰ではない 関係性も背景も全く違う
こんなこと考えればすぐわかる事だ

216人間七七四年2018/10/23(火) 02:11:16.00ID:uh4f9v6+
権威にひれ伏せつってんじゃねーよバカ

せめて読めよ、読みもしねぇで批判するバカの妄言に人を付き合わせるな、一人で勝手にやれ
お前は自分の気に入らない記述もなにも読んでないか勝者の妄言っつー便利な言葉に叩き込んでるだけ

どういう史料を基にどういった提唱がなされてどういった批判があってそれにどういった反論があったのか、そういったことをずっとやってんのが研究家だ
そういった潮流も理解できないならマジで歴史語るのやめろ、さんざ周りから批判されてもわからないんだったらせめて黙ってろクズ

最低限勝者史観というものを捨てるために実証主義になろうつって現代の研究が成り立ってること位知っとけ

217人間七七四年2018/10/23(火) 02:15:13.41ID:uh4f9v6+
疑ってかかる必要があるって言うだけならここまで文句は言われねぇよ
てめぇハナから難癖とまで抜かしてるじゃねぇかド阿呆

当時の君臣の関係について少しでも研究してるのかテメェは?
どういった関係が現在定説になってるのかすら踏まえた上で丸島氏の研究が出されてるんだから

てめぇのあっさい知識で研究家否定してんじゃねぇよ恥知らず

218人間七七四年2018/10/23(火) 02:18:34.29ID:uh4f9v6+
ついでに、人にどの研究家なのか聞くときは「お願いします」
答えてもらったら「ありがとう」

言えるようになっとけ ほんっとろくでもねぇなぁ

219人間七七四年2018/10/23(火) 03:17:26.06ID:P0DK3Vat
お前にそう言ってもらえる価値が無いんだろ
そんなこと言わないでもお前がイライラするだけならプラスしかないわな

220人間七七四年2018/10/23(火) 21:24:34.40ID:7DaYY8qx
実証主義は結構だが、言っている事が滅茶苦茶だろうが

豊臣家は選択肢を誤ったから滅びたが、「勝てば官軍負ければ賊軍」「無理が通れば道理が引っ込む」の通り
徳川方の理屈が正しいから豊臣家が滅びたとは限らぬ、と言っているだけだが

且元家臣の手記の通り、方広寺鐘銘事件の時から徳川方も含めて「騙しあい」と書いてあるので
元々徳川方に豊臣家に対する逆心があったとみなせる
そんな下心がありながら且元改易の件をもって「徳川方に無礼だから戦争を起こされても仕方ない」
とは徳川方の物の見方でしかない

だいたい、臣下が取次役を処罰されたからと言って武力放棄する常識など聞いたことがない

221人間七七四年2018/10/23(火) 21:37:32.69ID:hID/FBAy
>>220
お前、まだやるの?
自分が書き込んだ訳じゃないけど、>>211とか凄く良い事かいてると思うぞ
なんで反発されてるのか少し考えた方がいいよ、ホントに

222人間七七四年2018/10/23(火) 21:37:46.41ID:uh4f9v6+
お前まだすんの?まともに本も読まずに?

そしてずっと気になってたけど小牧長久手時点で織田当主が誰になっていたのかもわかった上で言ってるの?

223人間七七四年2018/10/23(火) 22:33:27.85ID:6PiM1zQO
そう言えば他のスレでだが信雄が織田宗家になったと書くと
それを言っているのは一部の研究者だけと反論する莫迦がいたな

224人間七七四年2018/10/23(火) 22:43:55.08ID:uh4f9v6+
まぁ正直な話研究家が信用ならんみたいな話もわかるのよ
井沢元彦やら明智憲三郎みたいなのも名乗っとるからね
それでもそういう連中は呉座氏なんかが痛烈に批判したりここでもボロクソ言われててちょっとアンテナ伸ばせば避けられる訳よ

十把一絡げに研究家が信用できん、だから自分の主張だけ信じるってのは
怪しい医者が一部いるからって医者全員信用しないで民間療法に頼るレベルの事な訳でさ

他の研究家の主張と見比べるくらいの事も図書館やらなんやらでできるんだからさ
自分で信用できる研究者見つけるくらいの事は努力せんと

225人間七七四年2018/10/23(火) 23:00:49.66ID:7DaYY8qx
>>211のように徳川の豊臣に対する逆心がある事を理解した上で、それを避けられなかった豊臣は
愚か、という意味であるなら何も言わんよ
徳川が何もしていないのに豊臣が一方的に挙兵して自滅したなどというのは明らかに事実に反す
るから反発しただけだし

信雄の件は秀吉側から清須会議の決定を破棄してまで信雄を主としたんだろ
だから何度も言っているが個々で事情や背景が違うのだから比較することにあまり意味は
ないって
しかも秀吉側から担がれている立場と最初から秀頼に頭を下げている立場の家康とも
また事情は全く違う
糞も味噌も一緒にするなと何度言わせるんだよ

226人間七七四年2018/10/23(火) 23:11:31.73ID:uh4f9v6+
徳川が圧力かけてたのはわかっとるわい
ただちに合戦になるレベルのものじゃなく臣従を迫る程度だったけども

それに対して過剰に反発して結果軍事介入招いたから自爆つっとるんやろが

そして開戦理由に関しても当時としちゃ十分大義名分の立つものだったって話をしとるんやろが

誰がヒーローで誰がヴィランなのかみたいな話したいならほんとマーベラスの作品でも見ててくれ

227人間七七四年2018/10/23(火) 23:13:52.59ID:uh4f9v6+
大義名分と善悪を一緒くたに考えるようなことを戦国時代ちょっとでもかじってるならやるな

228人間七七四年2018/10/23(火) 23:21:15.60ID:7DaYY8qx
>そして開戦理由に関しても当時としちゃ十分大義名分の立つものだったって話をしとるんやろが

十分大義名分が立つならなぜこれを理由にしないのよ
理由にしていない時点で立たないってことの証でしょうが
直接の理由は且元謀反の鎮圧のための軍事行動を徳川への攻撃とみなして、だろ

229人間七七四年2018/10/23(火) 23:26:24.85ID:uh4f9v6+
だから、なっとるやろがい!
取次の片桐への攻撃が徳川方の動いた理由に!

230人間七七四年2018/10/23(火) 23:31:49.33ID:7DaYY8qx
>取次の片桐への攻撃が徳川方の動いた理由に!

これは且元が救援要請出したからでしょうが
且元も高野山に行けという主命に反して武力蜂起したのだから豊臣家としては
鎮圧するのは当たり前の話だ
つまり徳川が動く理由は何もないのだよ

231人間七七四年2018/10/23(火) 23:32:58.09ID:uh4f9v6+
主君に臣下が取次を処罰されたことを理由に武力行使した常識はないとか抜かすから事例として小牧長久手を挙げりゃ、比較は意味がないとか抜かすし
似た事例を認めずにお前は何を基準に物を語りたいの?グダグダじゃん

お前のコロコロ変わる基準に人様巻き込むなよ本気で

232人間七七四年2018/10/23(火) 23:39:22.95ID:uh4f9v6+
そら片桐からしたら救援要請くらい出すわいな
まさしく攻撃されてる取次なんだから

だから片桐は一度大坂屋敷内で暗殺計画を聞いて兵を集め、上記の通り大野が暴発し秀頼の交渉がご破産になって初めて改易が言い渡されてるやろが

233人間七七四年2018/10/23(火) 23:39:39.01ID:7DaYY8qx
>>231
事例として適切なのか、ということだよ
信雄の事は上にも書いた

234人間七七四年2018/10/23(火) 23:43:21.47ID:uh4f9v6+
事例として百%同じものなんかねーよ!屁理屈こねて煙に巻こうとするな!
臣下が主君を攻撃する大義名分として取次処罰があることを知らないつったお前に、こういう事例があるつって存在を確認した以上
お前が言わないといけないのはごめんなさいありました、だ

235人間七七四年2018/10/23(火) 23:44:55.13ID:uh4f9v6+
そして自分でおかしいと思わんのか
片桐が援軍要請したその日に宣戦布告がなされてることに
あの時代電話もねーぞ

236人間七七四年2018/10/23(火) 23:50:40.16ID:eXcRLeMc
片桐みたいな例で主家を滅亡させた常識など何処にもないけどな。脳内常識も大概にしておいた方がいい

237人間七七四年2018/10/23(火) 23:55:20.44ID:uh4f9v6+
当たり前じゃん
まず主君が臣下の取次を攻撃するなんて事例がほぼ異例なんだから

238人間七七四年2018/10/23(火) 23:56:19.33ID:7DaYY8qx
>臣下が主君を攻撃する大義名分として取次処罰があることを知らないつったお前に、こういう事例があるつって存在を確認した以

常識があるといわれてもさ、事例が不適切すぎるんだわ
臣下が主君を攻撃する大義名分って謀反人の言い訳くらいのもんよ

信雄はそもそも秀吉が担ぎ上げた存在でしかなく、小牧長久手以前にも安土城から追い払われて
いたり、はっきり言って信長にとっての足利義昭のような存在だ
これを「主」とは詭弁が過ぎるわ
秀頼は家康が担ぎ上げた人物ではなく、最初から頭をさげていた存在だ、全然違う

239人間七七四年2018/10/24(水) 00:00:26.18ID:Zn0t5qL0
お前の主観極まりない君主論ぶちまけられても

当時織田家当主は信雄で、それに取次処罰を名分として秀吉が攻撃をしかけた

そこにお前さんの主観でこれは主じゃないからノーカンつーのは虫が良すぎる、てめぇの判断基準が当時の常識とでも思ってんのか

240人間七七四年2018/10/24(水) 00:01:03.21ID:CxNhAFWm
>>236
そりゃ普通はそんな破滅状態になる前に頭下げるなり手打ちなりするからな、信雄のように
御家大事って概念があればそういう決断をすべきでしょう
でも秀頼、というより豊臣家はそんな事してないよね?
念のためだけど、夏の陣の最後の最後にやった命乞いをもって頭下げたとか言うなよ
そんな破滅状態の時じゃなくて、もっと早い段階でって話

241人間七七四年2018/10/24(水) 00:06:09.36ID:4uRqpN9F
本気でお前さんのネジ曲がった主観歴史観叩き直すためにも図書館でこの辺りについて研究されてる本いくつか読んで来い、話にならん

242人間七七四年2018/10/24(水) 00:09:38.42ID:I2GLn0Tq
取次処罰を臣下が主に弓引く理由になるのなら、他の事例はあるのかね?
常識というなら多数ゴロゴロしているはずだろ

243人間七七四年2018/10/24(水) 00:13:28.65ID:XbQM9xEJ
>>240
秀頼は生まれてから20年以上甘やかされ続けて
秀吉や淀から自分が日本の全てを支配する天下人と刷り込まれてきた
家康と二条城で面会した時以外はずっと大坂城の奥に篭って世の中との接点もないし
そもそも現実が徳川の天下になっていること自体を理解していないからな

夏の陣になるまで自分が王様だと本気で信じているのだから
早い段階での手打ちなど無理だろう

秀頼みたいに現実世界との繋がりがなく自分の世界で完結してしまっている人間は非常に厄介だよ

244人間七七四年2018/10/24(水) 00:13:56.60ID:I2GLn0Tq
>そら片桐からしたら救援要請くらい出すわいな
まさしく攻撃されてる取次なんだから

そりゃ臣下が主命に反して武力蜂起したら討伐されるに決まっておろうが?
取次処罰が大義名分ダーなんて怪しげな理屈よりもはるかに常識的な事実がな

245人間七七四年2018/10/24(水) 00:20:55.45ID:4uRqpN9F
お前さんもうここまで言い合いになって引けないのはわかるけど、真面目にここでごめんなさいつーのが人として最低限の礼儀だぞ

上にも書いてある通り、主君が臣下の取次を処罰すること自体が異例、そうゴロゴロ転がってるものでもない
ただ取次がかなり外交上非常に重要な存在で、それを害することの危険性は十分に予測できる

また、攻撃した貴重な事例として小牧長久手の戦があり、それを複数の研究者も支持している

246人間七七四年2018/10/24(水) 00:29:08.29ID:q/ptfimR
>>243
> そもそも現実が徳川の天下になっていること自体を理解していないからな
これよく言われてるけど本当なんだろうか
実際公卿の年頭の挨拶は
羽柴家よりも京都所司代のほうが優先されてたのに理解できんもんかね
最近では秀頼は一貫して主戦派だったなんて説もあるし
理解した上での宣戦布告だったんじゃねえかと

247人間七七四年2018/10/24(水) 00:48:04.04ID:I2GLn0Tq
>主君が臣下の取次を処罰すること自体が異例、そうゴロゴロ転がってるものでもない

あなた常識という意味をわかってる?
そういう事例が少ないほど常識とは言えなくなるってわかってて書いてない?

>攻撃した貴重な事例として小牧長久手の戦があり、それを複数の研究者も支持している

背景も事情も何もかも違う事例をごっちゃにするなと何度言わせるの
研究者が支持しているから正しい事だ、なんてあほらしい事この上ない

248人間七七四年2018/10/24(水) 00:55:56.24ID:I2GLn0Tq
だいたい大義名分論を言い出せばそもそも徳川が不利になるだけ
家康が政権を秀頼成人後も持つ事は明らかに太閤遺命違反だし
それが当時の現実に合わないことは理解できるが、そんな違反だらけの
徳川には大義名分を持つ資格がないってこと

単に徳川が力があったから難癖をつけて取り潰した、というだけでいいじゃないか

249人間七七四年2018/10/24(水) 00:59:37.80ID:4uRqpN9F
そして真ん中に書いてある文章は読まないし、自分に都合の悪い文章も全部無視してまともな研究者の支持や意見すら聞く耳を持たないし
そもそも読んで誰がまともな研究者なのか調べようともしないんだね

分かった、君はもう人の話を聞くこともできないし、ただ自説は間違ってないんだって鳴き声上げるだけのお猿さんなんやね
話のできる人間かと思って損したわ、ほら、最後に相手が逃げたつって勝ち名乗りでも上げて二度とこのスレに戻って来んなよ

250人間七七四年2018/10/24(水) 01:13:37.40ID:I2GLn0Tq
豊臣家が選択肢を誤ったのは事実だし、そういう学者がいるって事は理解したが
おたくのいう「常識」は賛同しかねる、って話だよ

且元が主命に反して武力蜂起して鎮圧に向かうという真っ当な行動を何も考慮もしてないだろ
だからそういうのは「徳川びいき」というんだよ

史学を学問とするなら曲学阿世の徒という

251人間七七四年2018/10/24(水) 01:48:08.94ID:4uRqpN9F
ああ失礼、調べ直したら徳川出兵の理由は片桐への処罰、つまり改易に処したことやね

攻撃が出兵理由と書いたのは完全にこちらの手落ちだわ、申し訳ない

252人間七七四年2018/10/24(水) 01:52:09.77ID:4uRqpN9F
まぁ、片桐が茨木城に詰めた同日に宣戦布告してるんだから、片桐の救援要請は出兵理由じゃないってのは上にも書いたとおり

253人間七七四年2018/10/24(水) 22:52:11.25ID:oy7JOAGV
自分の持っている本ではこんな感じ

茨城城にいる片桐を討伐する情報を聞いた家康側が片桐の保護のために挙兵

254人間七七四年2018/10/24(水) 22:55:35.91ID:4uRqpN9F
ほー、研究者によって言ってることちゃうんやね
その本どなたの?

255人間七七四年2018/10/25(木) 21:34:53.83ID:DCQUoTQ6
せめて常識というのであればそんな例が複数ないと
少ないのに常識って矛盾していると気が付かないの?

佐竹家文書に徳川家からの手紙で大坂の陣の出兵に対する
考え方が残っている史料がある
それによると秀頼の周辺にいる浪人を成敗しにいくための挙兵という趣旨

実際には秀頼は殺されているが、こんな事をわざわざ書く時点で
大義名分が薄いという事を意味する
秀頼が無礼であれば無礼なので挙兵したと書くであろうし

256人間七七四年2018/10/25(木) 22:20:24.10ID:De9E7lsu
まだやんの?
羽柴家崩壊なんかでも記述されてるけど
徳川の目的は淀秀頼親子と大野治長ら側近衆の分離を目的としていたともされているね
どうも秀頼の指示としてでなく、大野らの暴走として認識してた節があるのはその通り
実際大野が片桐斬り申すべしつったり、大坂城に浪人衆入れて立てこもったりしてるわけだしね

あと、当時の取次の各国の待遇を見れば取次排除がよほど無礼なことはわかるから、ほんと調べてみ
それこそ当時の常識を図る分に参考になるとされた甲陽軍鑑でも取次の解任というのは礼を失するため、別の取次を定めるよう体裁を整えてくれとも書かれてるし
取次排除の事例はないが取次を変えただけで軋轢を生んだ事例として古河公方家と新田岩松氏の事例や相良と大内の事例もある

257人間七七四年2018/10/25(木) 22:39:37.43ID:De9E7lsu
あとずっと気になってるんだけど
戦国期に主が部下の面目を潰すようなマネをして、大義が立った事例ってあんの?
鎮圧すりゃあ主が正しいですになるけど、それこそお宅がおっしゃる勝者の理屈やし

細川晴元なんかは味方についた国衆へ処罰したことで国衆が全員三好長慶につくといった感じに
主の無礼だから無条件に許されるってもんでもない事例はぱっと出てくるけど

基本的にあの当時、部下であっても絶対に正当な理由なくメンツ潰しちゃいけないってもんだと思うけど?

258人間七七四年2018/10/25(木) 22:48:12.41ID:XDpPqEKp
武田義信とか?

259人間七七四年2018/10/25(木) 22:50:06.92ID:+pDUHTXv
>>255
戦国時代と言えど主こ ろ し の大義名分は稀だからなあ。取次程度の問題で主 こ ろ しが
正当化出来るならわざわざ大義名分なんて考える必要すらない

260人間七七四年2018/10/25(木) 22:52:03.88ID:De9E7lsu
だからなんでそこで取次程度って言えちゃうのかがよくわからない
いきなり外交途絶しますってされてなんで部下がキレないと思うの?

その辺りの認識を真面目に聞きたい、あと取次についてちゃんと調べてるのかも

261人間七七四年2018/10/25(木) 22:55:16.05ID:De9E7lsu
あと、大坂の陣は冬夏2度に分けての戦闘なのにどうして最初っから秀頼殺す前提だと認識してるの?
それこそやるなら有利な状態で大砲ぶち込める状態だった冬の陣で仕留められる状態だったけど

冬の陣和睦から戦闘始まるまでの交渉とかはちゃんと調べた?

262人間七七四年2018/10/25(木) 23:13:08.04ID:0o8jHiJD
>それこそやるなら有利な状態で大砲ぶち込める状態だった冬の陣で仕留められる状態だったけど

当時の大砲にそんな精度ないよ

263人間七七四年2018/10/25(木) 23:15:19.52ID:De9E7lsu
いや大砲で仕留めるんじゃなく、大坂方が大砲撃ってこられてるのに手も足も出ない状態だったと伝えたかった、わかりにくい記述で申し訳ない

264人間七七四年2018/10/25(木) 23:16:59.99ID:0o8jHiJD
>正当化出来るならわざわざ大義名分なんて考える必要すらない

君君たらずといえども臣臣たらざるべからず、という価値観もあるしね
これが主たるものとは言わないけど、主殺しってそれほど軽いものじゃないよな

265人間七七四年2018/10/25(木) 23:22:01.47ID:De9E7lsu
その古文孝経に載ってる一節をなんでそんなに気に入ってるの?
当時それを武家全員が知識として知っているではなく常識として絶対守らなきゃって思ってたと言いたいの?

266人間七七四年2018/10/25(木) 23:31:30.83ID:0o8jHiJD
よく読んでよ
これが主たるものとは言わないけど、無礼だからと言って主人を殺す事が
簡単にできるほどのものとも思えないって事よ

267人間七七四年2018/10/25(木) 23:32:08.14ID:eMVW2cEo
そもそも主君がどうであってもいうなら秀吉が織田家に政権返して平伏してればいいんじゃね

268人間七七四年2018/10/25(木) 23:32:14.14ID:+pDUHTXv
>>260
で取次程度でキレて主 こ ろ しを犯した大名は家康以外に誰がいるんだ?
常識と言うなら事例には事欠かないよな。最低でも5件くらいは挙げてみよう。

269人間七七四年2018/10/25(木) 23:37:45.57ID:WdvWw2nk
>>268
死ねガイジ

270人間七七四年2018/10/25(木) 23:42:08.13ID:De9E7lsu
ああ、聞かれてることに答える気ない輩なんやな?

少なくとも徳川出兵=秀頼殺しという認識は問題があるのでは、ということ
取次の無断処罰は当時の常識として無礼であること
主が無礼を働いた場合、必ずしも主側に正当性が生まれるものではない
また実際に主が取次を処罰したことで戦闘に発展した例として小牧長久手があること

という旨をもって主であっても取次処罰は無礼であることを答えたけど、君は全く答える気はないんやね?

ていうかそもそも君とID:DCQUoTQ6は同一人物なの?それとも騒ぎに便乗して荒らしたいだけの輩?

271人間七七四年2018/10/25(木) 23:48:23.52ID:lWVuUIC0
>>266
三成だって秀次を妻子もろとも殺したり、武装蜂起して秀頼を監禁したりしているし
豊臣は新興だけあって、そういう主従の部分が緩いよ

272人間七七四年2018/10/25(木) 23:51:59.70ID:De9E7lsu
>>266
ああごめんなさい
上にも書いたんだけれど大坂の陣で秀頼を殺すという判断に至ったのは片桐処罰の時点ではなく
もっと後の夏の陣直前の可能性のが高いと考えてるから、その認識は違うかなとも思う

273人間七七四年2018/10/25(木) 23:52:52.48ID:0o8jHiJD
>という旨をもって主であっても取次処罰は無礼であることを答えたけど、君は全く答える気はないんやね?

無礼であることと戦争を吹っ掛ける、あるいは主を殺す理由になる事とは別だろ
(そもそも無礼を言うならば徳川は完全に太閤遺命に反しているし、叩いて埃がでない身でもない)

小牧長久手の時の信雄秀吉間の関係を杓子定規に考える事はできん
臣下に居所を追い払われる主がいるんかよ

274人間七七四年2018/10/25(木) 23:53:41.30ID:+pDUHTXv
ただの壊れたスピーカーか。常識と言うなら他の事例も示せといってるだけなのに
あと小牧長久手も主こ ろ し はしてないぞ。まあ信雄は秀吉の主てはないけどな

275人間七七四年2018/10/25(木) 23:55:39.43ID:De9E7lsu
>>273
ん?太閤遺命?秀吉の遺言のこと?
太閤遺言に秀頼成人時に政務を返せって記述はなかったと思うけど
ていうか、そもそも豊臣家に政務を回せる官僚団いないけど、徳川の官僚団全部渡せってこと?

276人間七七四年2018/10/25(木) 23:57:53.28ID:De9E7lsu
当時取次の一方的解任は非常に無礼という常識については書いたけど
そもそも確実に断交するのにそんな取次処罰しまくるバカ大名がいると思ってるの?

277人間七七四年2018/10/26(金) 00:04:57.27ID:l4yk814C
小牧長久手を例外にするっていう意見もよくわかんねぇんだよなぁ
自分で押し上げた当主だったらいくらでも虐げてOKで最初から当主だったらNGっていうその謎判定がわからん

278人間七七四年2018/10/26(金) 00:13:08.18ID:YbpZehrU
秀頼も冬の陣の後浪人の為に家康に加増を要求して断られてるから
家臣に加増を要求して断られる主君なんて構図も君臣関係とはいえないんじゃね

279人間七七四年2018/10/26(金) 00:17:47.40ID:QETcz55u
実権が家康に預けているという前提で制限されていたらそうならざるを得ないだろうな

冬の陣の浅野家に秀頼が直接加増したこともあったが、それも限界があるし

280人間七七四年2018/10/26(金) 00:22:08.91ID:N0XNsBQZ
この難攻不落の大阪城の落とし方を徳川家康に教えたのは生前の豊臣秀吉って知ってた?

281人間七七四年2018/10/26(金) 00:23:29.39ID:YbpZehrU
成人になっても実権取り戻せないんだったら喪失と同義じゃないか

282人間七七四年2018/10/26(金) 00:23:35.94ID:QETcz55u
失礼

×冬の陣の浅野家に秀頼が直接加増したこともあったが、それも限界があるし
〇冬の陣の数年前に浅野家に秀頼が直接加増したこともあったが、それも限界があるし

283人間七七四年2018/10/26(金) 00:50:47.89ID:vIATk3pP
>>280
そもそも豊臣が大坂城に篭るということは
東日本と畿内を敵に征圧されて豊臣が支配圏を喪失したということだから
城が難攻不落かどうかなんて実質的に意味がないんだよな
敵が大坂城に来た時点で事実上のゲームオーバーだ

難攻不落というのは単なる秀吉の見栄でそう造っているだけであり
篭城が単なる悪あがきでしかないことは秀吉も知っているから
秀吉が落とし方を教えることはありえるな
むしろ淀や秀頼が無意味な悪あがきに走ったことの方が秀吉にとって予想外だろう

284人間七七四年2018/10/26(金) 02:34:24.70ID:PTtPmQWi
>>283
制海権が保たれてる状況なら、籠城に意味は有ると思うよ。
瀬戸内の制海権が有る状況ならね。

コンスタンティノープルだって、結局湾内にオスマンの艦隊入れるまでは難攻不落だったし。

285人間七七四年2018/10/26(金) 09:23:30.58ID:nDrvMJdL
制海権あっても城に押し込まれたらなぁ
兵糧の輸送には苦労するだろうけど

海軍が暴れて短期間で西日本勢を切り崩すか
國松を九州に派遣して征西府でも作らせる?

286人間七七四年2018/10/26(金) 11:10:08.59ID:UQC+RLIM
肝心の制海権が無いから無意味な仮定では?

287人間七七四年2018/10/26(金) 18:22:32.53ID:QETcz55u
>>286
曽根氏によればあの時点ではまだ大坂周辺の制海権は保ってたと書いてる

288人間七七四年2018/10/26(金) 18:28:13.26ID:dptUjqFe
>>287
根拠は?制海権どころか大阪城周辺以外の制陸権すらないのに

289人間七七四年2018/10/26(金) 19:50:51.96ID:nDrvMJdL
制海権ってほど船あったっけ?

290人間七七四年2018/10/26(金) 21:40:52.09ID:QETcz55u
制陸権って造語はじめてみたけどこれがない根拠とは何かな

291人間七七四年2018/10/26(金) 22:36:36.24ID:dYafoi3c
くだらねw

292人間七七四年2018/10/29(月) 02:23:21.62ID:CIpvvsCc
大坂城の外堀埋めないでイスパニア調略してキリシタン煽ってたら勝てたかもな

293人間七七四年2018/11/02(金) 20:08:51.52ID:UnawNao9
戊辰戦争はどうすれば旧幕府軍が勝てたか?
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history2/1541053322/

294人間七七四年2018/11/05(月) 19:59:11.57ID:x0hOz2IG
秀吉が死ななかったら勝ってたんじゃない?
つか戦もないか

295人間七七四年2018/11/19(月) 21:02:57.00ID:BjwaT9i0
フィリピン出兵してマニラを本城にしていれば家康も追っては来なかったろう

296人間七七四年2018/11/19(月) 21:34:33.76ID:s7VF+vXu
高山右近と一緒に追放すればいいんだな

297人間七七四年2018/11/20(火) 01:10:35.31ID:eEwKunBE
スペインの総督を追い出してマニラを占領できると?

298人間七七四年2018/11/20(火) 21:10:34.46ID:g0kl0RCl
大した戦力もなく湾港抑えてるだけだからガチるなら追い出すのは簡単。実行しても何のうまみもないけど

299人間七七四年2018/11/20(火) 21:23:38.49ID:eEwKunBE
いやマニラまで軍勢送るのがまず無理だろ

300人間七七四年2018/11/21(水) 20:48:55.35ID:jE1aQ3cT
無理ではないな壮大な無駄だが

301人間七七四年2018/11/24(土) 13:40:46.46ID:azOxZyA6
柴田錬三郎の小説にそんなのがあったな、確か猿飛佐助か真田幸村がタイトル
だったと思うが。

302人間七七四年2018/11/27(火) 17:18:39.61ID:h+uOqUei
このスレッドは終了しました
もう書き込めないので
新しいスレッドを立ててくださいです。

303人間七七四年2018/11/27(火) 17:21:15.84ID:aTrzs8Gm
>>302
いやどす

304人間七七四年2018/11/27(火) 17:24:24.83ID:XcgdqkMj
>>302
いやどす

305人間七七四年2018/11/27(火) 19:54:44.12ID:zSwCKIQn
まいこどすどす

306人間七七四年2018/12/21(金) 10:19:51.08ID:zy0YyBBb
このスレって太平洋戦争でどうすれば日本が勝てたのかって妄想に似てる
勝つためにはファンタジーレベルにしなきゃならないし、まず開戦しないのが最良であること
泥沼化するまえに退かねばならなかったこと

で、過去スレで幸村を総大将にしてればとか野戦にでればワンチャンあったっての見ると
なぜ豊臣家が臣従せずに勝ち目のない戦争に突っ込んでいったのか分かった
結末や力関係を知っている現代でさえこれだもん、当時なら相当な声だったろうね

307人間七七四年2018/12/21(金) 10:23:28.46ID:sIGJki3C
関ヶ原スレも勝機が見いだせない
関ヶ原より厳しい大坂の陣ならさもありなん

308人間七七四年2018/12/21(金) 10:25:18.37ID:Nr8eN8tZ
野戦にでればワンチャンってより野戦で奇跡起こすしかないからしゃーない
そもそも勝てねーんだから

309人間七七四年2018/12/21(金) 10:30:56.53ID:SLOWvq2e
大坂の陣は大勢が決まった後の言うなればケジメみたいなもんでしょ。
豊臣家の落としどころをどうするかっていう。

310人間七七四年2018/12/21(金) 16:47:00.60ID:8RC3d6l2
まぁ、太平洋戦争前に全ての大陸占領地から撤退して軍備を縮小して、
アメリカの傘下になるという決断はそれが最適解でも当時の日本人
にはできなかった

それと同じことが方広寺鐘銘事件の豊臣家にも言える訳で

311人間七七四年2018/12/22(土) 03:50:07.05ID:8IXA5Kkf
>>306
でもさ、どんなに下準備しても野戦が博奕なのは事実だからね。
近代以前は、不確定の要素が相当大きいんで、クラウゼヴィッツが戦場の霧とか言ってる
くらいだし。

ヘイスティングズの戦いの時、ウイリアム征服王が戦死したって流言が流れて味方が動揺して
しまったんで、兜脱いで顔を見せて回って動揺を鎮めたとかの逸話有る。
ムガルの内戦では、味方が優勢なんで象の上から降りて一休みってしたら「総大将が戦死」って
流言流れて総崩れに成って負けたとか。

当日の天候とか、突然食あたりで下痢とかまでは予想出来ないしね。
実際、家康も地震のおかげで助かってるし。

312人間七七四年2018/12/22(土) 11:23:47.43ID:ka7fU8g4
まさかまさかの積み重ねが戦の常だと家康公も言っている。

313人間七七四年2018/12/22(土) 16:01:24.80ID:hGPLOdaT
関が原は西軍が戦力の集中していれば勝機が皆無でも無いでしょ
大阪は・・・家康秀忠の首が取れていたかも?ってロマンゆえかな

太平洋戦争は2・3年で終わらせるしか道無いだろうなぁ
核武装でもしてたら可能性あった?

314人間七七四年2018/12/22(土) 16:26:07.98ID:q0219KPb
戦力を集中しようとした形跡もなければまともな連絡将校がいなかった節もある
戦力を集中させる能力があったかどうかすら疑わしいから皆無なんだよなぁ
そもそも仮定に仮定を重ねるなら何でも可能世有りになるわ

315人間七七四年2018/12/22(土) 18:00:28.21ID:n1ib1npd
関ヶ原スレでは勝機があるとされるのは岐阜城後詰め決戦案
家康が来る前に東軍先発隊を撃破しよう、とのこと
家康が到着した時点で勝ち目は殆んど無い
何故なら半分敵対している小早川秀秋と完全に敵対するから

316人間七七四年2018/12/22(土) 20:11:13.76ID:hGPLOdaT
>>314
敢えてそれをするスレでそんな事言われてもなぁ

317人間七七四年2018/12/22(土) 20:41:32.65ID:EXd/12Xj
歴史にIFはないとか、ネット掲示板で語っても結果は変わらないとか

そんなんわかった上での遊びな訳だがわからん人っているんだよな

318人間七七四年2018/12/22(土) 21:04:41.65ID:YhBwCtQu
野戦に出た結果即壊滅させられたのが夏の陣なわけじゃん
近場ですら統率取れておらず迷子になってる集団だよ、まともな野戦なんてとても
冬の陣の段階で野戦に出てれば夏の陣がなく1回で済むわけで、そのほうが徳川としては楽だろうね

319人間七七四年2018/12/24(月) 22:27:18.36ID:rCPwjMEa
全ては秀頼だよね。

淀が馬鹿すぎて三成の進言を聞かなかったのが根源。
関ヶ原の時点で秀頼が立っていたら徳川の勝ちは0

大阪の陣も同じ。
豊臣家は淀が滅ぼしたと言っても過言ではない

320人間七七四年2018/12/24(月) 22:30:12.06ID:/Jky83bv
>>319
三成は秀頼の膝元で謀反を起こした犯罪者定期

321人間七七四年2018/12/24(月) 23:28:40.57ID:vpldg8D/
淀は少なくとも冬の陣の段階では和平派だから、秀頼が母親の言うこと聞いていれば滅びなかった定期
秀頼を無能にしたくないから、母親のせいで人生狂わされた可哀想な人として描写するんだろうけど
それって無能じゃねっていう

322人間七七四年2018/12/25(火) 14:05:54.41ID:PvanLYUQ
100歩間違って大坂の役で豊臣側が勝ったとしても、秀頼とその取り巻きの面子を見ると長期政権は無理。
そう遠くない将来に他の大名に取って代わられるのがオチ。
あとは滅亡を防ぐ事が出来るかどうかの問題。

323人間七七四年2018/12/25(火) 19:18:21.05ID:u9tJZIby
政権は担えないんじゃない?
よくて東西に別れての抗争
徳川の状況しだいでは群雄割拠に後戻りじゃないのかな

324人間七七四年2018/12/25(火) 19:20:53.24ID:z7iJLerK
江戸の陣でリベンジや!

325人間七七四年2018/12/25(火) 20:30:22.34ID:fg/zFCtS
>>322
次は1000歩間違って政権が維持できてしまうんだよ

326人間七七四年2018/12/27(木) 17:01:18.76ID:Dye1CUvr
既に2度落城の疫病神を城外に出す

327人間七七四年2018/12/27(木) 17:27:31.76ID:p0KtAL5C
大蔵卿が居なければ平和裏に収拾してただろう

328人間七七四年2018/12/28(金) 01:31:30.43ID:X9/Ff0pH
家の存続ってだけなら秀頼時代からでも簡単
もし豊臣の天下を望むなら朝鮮出兵あたりまで、遡らなければならんね

329人間七七四年2018/12/28(金) 14:12:54.21ID:hansGQMQ
浅慮な知識しかない人間には簡単に思えるだけ情けない

330人間七七四年2018/12/28(金) 14:24:34.79ID:c6Th/AFR
頭下げて大坂離れときゃ家の存続は少なくとも秀頼の代なら安泰だったろうね
なんなら高い官位を活かして幕府と朝廷とのパイプとして重用されるってのも充分あり得た

それすらできなかったのは完全に秀頼の器量不足

331人間七七四年2018/12/28(金) 14:41:22.27ID:Esugyd/+
家康は豊臣を滅ぼそうとはしていない
ノブや謙信玄なんかの優秀さなんて誰も求めていない
普通の大名としての時勢を見極める力があれば家は存続できた、大名としての能力は平均以下かと
出された条件、国替え・江戸参勤・淀を江戸に
どれも、過去に秀吉が家康へ求めたことを考えても無理難題とは言えない

332人間七七四年2018/12/29(土) 06:03:35.59ID:sI8cQg93
>>331
家康の性格だと、過去に太閤に臣従してたってだけでデスノートなんでは?
呂后が、韓信見てるみたいなもんで、消す事しか考えて無いと思う。

独裁者って、屡々有る時期自分の上位だった存在を許さないよ。
太閤が、蜂須賀正勝を大名にしたみたいなのは、飽く迄例外。

333人間七七四年2018/12/29(土) 10:27:59.87ID:ugCDxkZk
史料上で豊臣に無理難題も吹っ掛けてなければ、夏の陣の直前までなんとか秀頼生かそうとしてる書状まである
自分の妄想で勝手に家康の性格なんてものを断定する前に史料を読め

334人間七七四年2018/12/31(月) 12:38:12.30ID:K7un54cS
完全同意、冬の陣前は徳川の命ではなく豊臣側より自発的に譲歩を申し出るよう
交渉しているし、夏の陣前も6年〜7年後に修築した大坂城に戻すという一時移封
でよいとしている(いうまでもなく大坂再移封などは実現しないだろうが
、こういった形であれば豊臣側の面目は保たれる)
なんとか穏便に豊臣家を徳川体制に面目を立てつつ組み入れようとしたが
すべて裏目になった

335人間七七四年2018/12/31(月) 12:57:58.06ID:ehIAhbsh
今川氏真は家康に消されていた・・・?

336人間七七四年2018/12/31(月) 13:18:43.21ID:K7un54cS
は?そんな説あるの?冬の陣終結しばらく後に品川で病死でなかったか?

337人間七七四年2018/12/31(月) 13:28:12.82ID:+ywxsulk
過去に臣従してただけでデスノートとかいう反応に対して
過去に主君だった今川氏真の存在を出して皮肉りながら批判してるんでしょ

338人間七七四年2018/12/31(月) 16:16:10.28ID:K7un54cS
ありがとうそういう事ね。たまたま冬の陣終結したばかりの時期なので、
大坂城の堀埋めたて条件の講話も成立し、秀頼抹殺に自信をもった
家康が江戸に使者を走らせ氏真暗殺したみたいな話かと思ったので
確か家康が有力武将を次々に暗殺したという本もあったような

339人間七七四年2018/12/31(月) 16:44:18.93ID:+ywxsulk
なんでもかんでも暗殺ってことにしとけば
インパクト強いしまともに史料読まないような層はエンタメとして面白がるから、まぁ本はあるだろうね

340人間七七四年2018/12/31(月) 17:12:11.09ID:TAjKOIHf
池田輝政まで暗殺された扱いでかわいそう

341人間七七四年2018/12/31(月) 18:23:38.63ID:3Rue5a6Y
物語的に家康は腹黒狸親父じゃないと様にならないしね

342人間七七四年2018/12/31(月) 18:34:55.61ID:K7un54cS
物語類で一番近いのは山岡荘八氏の小説かな(さすがにあそこまでではない
だろうけど)

343人間七七四年2018/12/31(月) 20:02:29.56ID:QkMqVdLV
堀の埋め立てのついでに大阪城も壊してしまえば夏の陣はなかった。

344人間七七四年2019/01/18(金) 14:42:06.31ID:0JBe0tEK
「彼は30歳を超えざるに、甚だ肥満し、自由に身体を動かすこと能わず」
「この春(慶長13年2月1608年2月)、大坂の秀頼公は疱瘡をお患いになり、はなはだ危急」

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  _-'"         `;ミ、      /:::::::::::::::::::::::::\〜
 _-"ミ;ノリ人ノノヘ/リ; `゛゛ ミ    /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\〜
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 了| "~`、  "~"`   {,',; ;} 。  |;;;;;;;;;;ノ∪  \,) ,,/ ヽ〜
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   `  ー---    /|` +     \       ⌒ ノ
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     `i、-- '´   |ソ:
      ↑               ↑
   想像上の秀頼         現実の秀頼

345人間七七四年2019/01/18(金) 14:48:12.29ID:u1rVGjb8
身長2メートル

346人間七七四年2019/01/18(金) 14:58:48.11ID:0JBe0tEK
豊臣秀頼
身長196cm
体重161キロ
BMI41.91
適正体重84.52kg
適正体重より+76.48kgオーバー
https://keisan.casio.jp/exec/system/1161228732

BMI 体型イメージ
http://pbs.twimg.com/media/CBy3u20UsAEefCo.jpg

疱瘡 後遺症
https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E7%96%B1%E7%98%A1+%E5%BE%8C%E9%81%BA%E7%97%87&search.x=1&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&fr=top_ga1_sa

347人間七七四年2019/01/18(金) 15:02:51.88ID:0JBe0tEK
アドレスが長いのでヤフーにしたけど、もっと見たい人は天然痘でググって画像タグをクリックしてくれ

348人間七七四年2019/01/25(金) 15:40:33.92ID:/9FyASog
秀頼はメガネかけていないだろ
多分

349人間七七四年2019/01/25(金) 21:25:46.10ID:ivg+KEGL
秀頼の体重は流石に誇張だと思うがな

350人間七七四年2019/01/25(金) 21:42:20.30ID:Pxc5bHc2
最盛期の貴乃花を10センチ大きくした体格か
流石に真に受けるものではなかろう

351人間七七四年2019/01/26(土) 09:25:19.23ID:BFRsbNS4
16歳「この春(慶長13年2月1608年2月)、大坂の秀頼公は疱瘡をお患いになり、はなはだ危急」当代記
20歳「彼は30歳を超えざるに、甚だ肥満し、自由に身体を動かすこと能わず」セバスチャン・ヴィスカイノ(1612年面会)
22歳「世になきお太り」長澤聞書 長澤九郎兵衛
                   
+          +  。     
 *  、-'ヾ'''ヾ`"''','、、 ,       ヽ:r‐'、  __
  _-'"         `;ミ、      〉‐r '´      `丶
 _-"ミ;ノリ人ノノヘ/リ; `゛゛ ミ    ,':::::::ヽ.         '、
 >ミ/         'γ、` ミ   ,':::::::::::ヽ.   ∵∵∵  '、  呪殺
 了| "~`、  "~"`   {,',; ;} 。  |;;;;;;;;;;ノ∪  \,) ,,/ ヽ〜
 "7 `⌒`   ⌒   }ミ:. {   |::/6∪  <@> <@>)〜
  '|   /       レリ*    |ノ  (∵∴ ( o o)∴)〜
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   `  ー---    /|` +     \    ∵∵⌒  ノ
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     `i、-- '´   |ソ:         
      ↑               ↑
   想像上の秀頼         現実の秀頼

豊臣秀頼
身長196cm
体重161キロ (明良洪範)
BMI41.91
適正体重84.52kg
適正体重より+76.48kgオーバー

BMI 体型イメージ
http://pbs.twimg.com/media/CBy3u20UsAEefCo.jpg

疱瘡(天然痘)の顔 塩田三郎
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/eb/Saburo_Shioda.jpg

352人間七七四年2019/02/04(月) 13:05:05.20ID:eSgCZOoM
冬の陣での大阪城で 全体に大筒を設置して後真田丸みたいな塞を造り完全防御にして敵を迎え打つ
それで心配ご無用!徳川も手出しできない

353人間七七四年2019/02/04(月) 13:23:14.67ID:VgNChRI0
それより、塹壕掘って機関銃を並べとけばOK

354人間七七四年2019/02/04(月) 14:45:32.10ID:dljABcmb
大阪以外の主要都市すべて核ミサイル落とせば楽勝

355人間七七四年2019/02/04(月) 14:48:29.85ID:DumupcPx
5chとはいえ、これほどおもしろくないことを書き込むのも勇気がいるんだろうなあ

356人間七七四年2019/02/04(月) 19:55:46.23ID:rdzjmCYE
秀頼がアシガールみたいに現代に転移して韓国あたりで顔面整形手術を受けたうえで
脂肪吸引手術を受ければ豊臣方が勝てたんじゃないのかな

まぁとりあえず体重を70キロ削ることだな。

357人間七七四年2019/02/04(月) 20:09:53.22ID:rdzjmCYE
しかし、秀頼のダイエットを成功させるのは難しいな。エクササイズも食事管理も並行してやって70キロだ。

無理にダイエットさせれば体を壊すから、まぁひと月で5キロ減量させたとして、リバウンドもあるだろうから2年は見積もる必要がある。
食生活はデブから食い物を取り上げるわけだから、恨みをかえば殺されるかもしれない。家臣は大変だ。

朝納豆 昼いちご 夜サラダ。まぁ食生活はこんな感じだな。果物と野菜中心でカロリーカット
そして足腰に負担をかけずに運動しなきゃならない。
堀に放り込んで水泳でもやらせるか? 食事制限と運動。家臣にとって命がけの事業になるだろう

358人間七七四年2019/02/05(火) 21:25:21.24ID:naFBd1jx
もう20年早く生まれて戦場を駆け回っていればなぁ

359人間七七四年2019/02/05(火) 23:19:57.52ID:6OQPnpn1
秀頼が病気になったとき大阪城に馳せ参じた大名って福島正則以外に誰なの?

360人間七七四年2019/02/10(日) 11:47:06.73ID:rEIoVUlv
徳川側は散らばって配置してるんだから
10万で家康に突撃すれば首とれないかな

361人間七七四年2019/02/11(月) 10:42:27.03ID:7oqXKqFQ
>>360
将棋倒しで自滅

362人間七七四年2019/03/02(土) 23:35:21.58ID:fXVzaEZL
秀頼が総大将の時点で勝てません

363人間七七四年2019/03/03(日) 20:45:03.99ID:79kdgO7U

364人間七七四年2019/03/16(土) 17:52:19.95ID:h8a0opKL
生き残れば勝ちなら国替えと母人質を飲めばよかったのに

365人間七七四年2019/03/16(土) 22:21:55.36ID:035fCKvC
「母上こそお目をお覚ましあれ 昔の栄華はいざ知らず、今の豊臣家には牢人を召し抱える金銀がこざらん!」
「そなたは太閤殿下の子ぞ おめおめと他国へ追われるよりは潔く城を枕に討ち死にせよ!」
「(ぐぬぬ・・・)」

366人間七七四年2019/03/17(日) 06:51:11.57ID:ln6rmcqI
城を枕に討死どころか、親子して蔵に逃げ込み、命乞いしたんだが

367人間七七四年2019/03/17(日) 08:23:28.96ID:tyVaRjQC
戦前に千姫と離縁しないどころか自分の命乞いさせたしな
全くもって武士の風上にも置けぬ卑劣漢

368人間七七四年2019/03/17(日) 09:31:18.41ID:Gu+0ZN35
そもそも秀頼って武家としての教育受けてないんじゃないか
家康の斡旋で公家の明経博士舟橋秀賢から進講を受けた記録はあるそうだが
武家の棟梁としての教育を受けた形跡がどうもない
秀頼は誕生以来将来の関白たるべく公家として育てられたのだとしたら、
武家の気概などハナから持ち合わせていない何でも臣下任せの長袖者流だったわけで
あの命惜しさの意地汚い最期も実に公家らしくて納得

あんな育ちでは例え徳川がいなくても武家の棟梁としてやっていくなどまず無理だったろう

369人間七七四年2019/03/18(月) 16:04:27.80ID:lGLo0L9I
石清水八幡宮に一部隊配置して東軍の兵糧の輸送を邪魔し続ける

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