50年以上昔の鉄模

1鈴木2018/07/22(日) 16:27:42.17ID:49Aa7EDn
つまり、1969年よりも古い鉄模の話、という事になります。
過疎スレ覚悟。
投稿意見に対する批判はOKだが、
投稿者者の人格に対する批判は禁止。

113鈴木2018/11/13(火) 23:07:13.45ID:N2ST7Ost
>>106名無しさん@
>9mmゲージの開発にも 合わせたのだろうか?

お説の通りと思います。
山崎氏は、1964年1月ミキストで、
「今後TTはアメリカでも少し盛んになってくるだろうと思う。TTが欧州で盛んな事は」
と書いてるが、「OOOゲージの進出も英国Lone Star社とドイツのArnold社によって行われつつあり」と書いて、この時期が山崎氏の9mm選択の結節点と思われます。

結果として山崎氏の9mm選択は、国際情勢からみて的中した事になります。
そして山崎氏は加藤金属に対して、TTではなく9mmを勧めた。
もう一つ、私が気にしてる事は山崎氏は、
ほとんどの場合加藤氏に好意的だったという事。

TMS創刊の理念は、暮らしの手帖を見倣って、
メーカーや模型店への御追従はしない、
という事があったにもかかわらず、です。

これは加藤氏が、山崎氏主宰のまくらぎ会の会員であり、
当時としては無謀な、まくらぎ会の16番推進運動に協力したのが
根底原因としてあるんじゃないか? と疑ってるのです。
以上の最後のパラグラフは、根拠が見つからないままの、
私の勝手な推測です。

114鈴木2018/11/13(火) 23:19:03.53ID:N2ST7Ost
>>108名無しさん@
> 楽しいHO、鉄道模型、HOゲージと大きく書いてある。
>どこにも16番とは書いてないんだから、罪だよね。

"楽しい鉄道模型"というTMS特集シリーズは持ってませんが、
ほぼ1ページを費やして目次を羅列した1964年TMSの発売広告内では、
「HO」用語は見られません。この当時はまくらぎ会の人も多いし、
山崎氏の検閲も厳しかったはずです。
一方でこの広告中に「16番」用語もみられません。
鉄模と限定無しで言えばこの時点では、自動的に「16番」であり、
まだ多数残存してたはずのOゲージはほとんど無視されたのでしょう。

115鈴木2018/11/13(火) 23:35:24.46ID:N2ST7Ost
>>108名無しさん@
>どっかで「違う!!」と言わなかったのは、祖師谷の罪

日本敗戦直後の時点で一番ファンが多かったのは、
1/30,35mm(=1/30スケール模型)模型だったと思います。

16番国鉄型は1/65+1/80の蟹股スケール模型なのだから、
当然1/30スケール模型主張者からの批判はあったと思うのですが、
それが見つからない。
そういう批判が無かったのか? 山崎氏が知らないふりをしてたのかは、
解らない。
なお、
機芸の初期の所在地は、文京区の鉄道模型社の住所。
後に機芸=文京区の鉄道模型社の住所でかつTMS編集室=世田谷区成城。
さらに後に機芸=世田谷区祖師谷に移転。

116名無しさん@線路いっぱい2018/11/14(水) 00:10:16.91ID:p6175Sw/
>>110 名前:名無しさん@線路いっぱい 2018/11/13(火) 22:39:47.76 ID:WACcw/hQ
>>111 名前:名無しさん@線路いっぱい 2018/11/13(火) 22:40:12.91 ID:WACcw/hQ
>>どっかで「違う!!」と言わなかったのは、祖師谷の罪

>故人に鞭打つなど言語道断。
>どういう育ち方してきたんだか。親の顔が見たいわ。

どこに個人名が書いてある、出版をした以上明確に責任はある。

故人に鞭打つなど言語道断と言うなら、死刑囚すら批判話許されんのかい?
(まあ、死をもって償ったとの考えはあるがね・・・・)

117名無しさん@線路いっぱい2018/11/14(水) 00:14:29.76ID:p6175Sw/
>>107名無し ID:qSm/GhT/
>>109名無し ID:qSm/GhT/

あんたも巡回監視してる暇があったら、模型でも作っててれば・・・楽しいXX模型

118名無しさん@線路いっぱい2018/11/14(水) 00:21:41.06ID:p6175Sw/
>>112 名無し ID:WACcw/hQ

>大事なことだから二回書いたぞ。
  大事なことだから書く、出版も新聞もテレビ・ラジオも公の器だ。
  テレビ・ラジオは放送法で縛られるから、ある程度普遍性が求められる。
  出版や新聞は、発行責任者に「主張した」責任があると私は考える。

  自分の主張した考えが、間違った方向で広まったなら「校正」「修正」する努力は必要だろう。
  知っていて行なわなかったら怠慢だ、批判は甘んじて受けるべき。
  少なくとも「HOゲージ」では無い、米国との交流もあった発行者は理解していたハズだ。

  どこかで気が抜けてる。
  

119鈴木2018/11/14(水) 07:12:14.82ID:Tk/hJwOB
>>111名無しさん@
>故人に鞭打つなど言語道断。

相手が故人だろうが生きてる人間だろうが、鞭打たない方がいいだろうね。
鞭打っていいのは、誰かがやった行為そのものや言動そのものに対してだけだ。

ヒットラーそのものや、スターリンそのものや、を鞭打つのは感心しないが、
ユダヤ人虐殺行為だの、ロシア人虐殺行為だの、はヒットラーがやろうが、
スターリンがやろうが、他の誰がやろうが、鞭打たれて当然。

キリスト教徒がよく言う「その人を憎まず、その罪を憎め」だな。

故人を鞭打つな、などという>>111は、
そんな事書く暇があねなら、
当該個人が、「鞭打つ必要がない程立派な行いをしていた」という事を証明するべきだろうね。
>>111の書き方は、個人を誉め殺ししているだけだね。

120名無しさん@線路いっぱい2018/11/14(水) 08:35:57.29ID:0XQ3cd/I
>>113
「陸蒸気からひかりまで」にまとめられる前、
「陸蒸気からこだままで」がTMS誌の連載で1961年頃から掲載されていたようです。
この連載のスケールは1/150だったのでしょうか?
Nという規格は1961年にはまだ確立されていないはずで、
1964年頃から1/160 9mmがアーノルドのカタログに掲載されたそうですから、
1961年に1/150で作図していたら、それはTMSが世界で初めてだと思うのです。

121鈴木2018/11/14(水) 13:37:27.07ID:ZBFU9cZ2
>>120名無しさん@
> 「陸蒸気からこだままで」がTMS誌の連載で1961年頃から掲載されていたようです。
>この連載のスケールは1/150だったのでしょうか?
      ↑
「陸蒸気からこだままで」の開始号は、
TMS,No.1591961年9月p408です。p408には
「ペン画はカット等をのぞき大体1/120又は1/160。」
と説明されてます。
因みに最初の「ペン画」はSharp Stewart 製5000型0-4-2で、
 実物動輪径1371mmφを、
 ペン画の実測値では9mmφにしてあるから、1/152という事になります。
P412には、Vulcan Foundry製7030, 0-6-0で
 実物動輪径1067mmφを、
 ペン画の実測値では5mmφにしてあるから、1/210という事になります。
しかし、次号、10月以降は、ほとんど1/50で統一されてます。

>Nという規格は1961年にはまだ確立されていないはずで、
>1961年に1/150で作図していたら、それはTMSが世界で初めてだと思うのです。
      ↑
これが一番の問題です。Nゲージwikiに拠れば、
最初のNは
1962年、1/160・軌間9mmでアーノルト・ラピード(Arnold Rapido)がNを売った。
1965年、「関水金属彫工舎」(現関水金属、KATO)が9mmゲージ・1/150を売った。
とあります。

1961年の時点でTMSが「陸蒸気からこだままで」を連載し始めた時点で1/150をとったのは、
@実物の編成姿ペン画をB5版やB4版にレイアウトするには、
 従来多く用いられた1/120では大き過ぎるから1/150にした。
A日本型レイアウトの為に16番より小さい模型を考えた場合、
 TTより、欧州でぼっこうしつつある1/160の日本適用版1/150が良い
の2つが考えられますが、私個人の推測では、少なくとも初期は@だったんじゃないかと思います。
証拠はありませんが。

122名無しさん@線路いっぱい2018/11/14(水) 14:41:30.81ID:Dyf55Jds
>>121
>「ペン画はカット等をのぞき大体1/120又は1/160。」

今では、TTスケールかNスケールになるのでわかりやすいですが、
当時は少なくとも1/160は名もない、あるいはOOOであり、
当初なぜこの縮尺をとり、次号以降1/150としたのか、
それは作図をした片野さんが決めたのか?
後に日本で最も普及することになる1/150のルーツが
TMSの「陸蒸気からこだままで」にあったことは
間違いないかも知れませんね。
日本初の9mmゲージ関水金属C50の設計は1964年に始めたのですから。

123鈴木2018/11/14(水) 15:17:09.38ID:ZBFU9cZ2
>>122名無しさん@
>それは作図をした片野さんが決めたのか?

片野氏はTMSに対して、群馬県から1954年頃より
熱心に投書したり、イラストを送ったり、デザインコンクールに応募してますが、
本文記事として最初に採用されたのは、
1960年9月で "安楽マニアもまた楽し" という自由形車イラスト集です。
そして2番目の本文記事が、僅か1年後9月の"陸蒸気"ですから、
未だ、模型の縮尺問題にも拘わる重大な決定権は無かったんじゃないでしょうか。

後の片野氏が沢山の模型製作でTMSを支えるとは、
当時想像も出来ませんでした。 しかも記事には名文もあった。

124名無しさん@線路いっぱい2018/11/14(水) 23:14:54.84ID:0XQ3cd/I
>>123
>2番目の本文記事が、僅か1年後9月の"陸蒸気"ですから

なるほど。片野氏に1961年10月分以降は1/150とするように
誰かが依頼した可能性はありますね。
あるいは原版は大きく書いてあって、印刷時にTMSで1/150とした
可能性もあるかと。

16番規格の時は、蒸機の正面観で比較していましたが
新規格では列車単位の側面観で検討したのかも知れません。

125鈴木2018/11/15(木) 04:03:15.48ID:4A1m4r66
>>124名無しさん@
>あるいは原版は大きく書いてあって

原版は一度天賞堂の階段の壁に展示され、
私も見ましたが、
ほぼ1:1のような気もしたが、ガキンチョだったので記憶に自信がありません。
特に原版は1/120か? 1/150か? と接近した比率なると全く自信がありません。

126名無しさん@線路いっぱい2018/11/15(木) 09:18:00.79ID:JUS7tWPT
「ペン画はカット等をのぞき大体1/120又は1/160。」
の文には続きがあって
「すなわち、16番の2/3又は1/2に縮小してありますが」
と書いてますね。これは1/80が序列的に的確な数値であることを
言っている感じです。
では、整合性のとれた縮尺がなぜ1/150に変更され、
のちにNゲージの縮尺に採用されるまでになったのか?

チコちゃんに聞いてみたいですね。

127鈴木2018/11/15(木) 13:55:52.40ID:qa1pBffn
>>126名無しさん@
単行本 "陸蒸気からひかりまで" のp156には、
新幹線が載ってるのですが。
これが1/150なのか? はたまた和式「N」の山崎式規則をふまえた1/160なのか?、 
が問題になりますね。

相手がペン画なので、1/150なのか? 又は1/160なのか? kの判別7はむずかしいです。
勿論私が、実物新幹線の寸法に疎い事もあります。

128名無しさん@線路いっぱい2018/11/17(土) 01:55:50.09ID:ePAz8HN6
過渡は当初TTゲージ(12o)に進出を予定していたが、山崎主筆の助言によりNゲージに進出したそうです。
この説を裏付ける資料はありますか?

129鈴木2018/11/17(土) 06:44:52.06ID:E9FrvNGK
>>128名無しさん@
>過渡は当初TTゲージ(12o)に進出を予定していたが、山崎主筆の助言によりNゲージに進出したそうです。
>この説を裏付ける資料はありますか?

山崎主筆が、ミキストでそう言ってる事以外、裏付け資料は、私には見つかりません。
カトー会社は、それについて何も語ってないと思います。

130名無しさん@線路いっぱい2018/11/17(土) 08:07:22.88ID:Wp91Ga84
KATO Nゲージ生誕50周年記念誌の第5章、Nゲージ生誕の頃に、故加藤会長の貴重なインタビューがあります。

131鈴木2018/11/17(土) 10:41:56.64ID:amwWSWRq
>>130
その本は読んでないので、何が書いてあるのか解りませんが、
""KATO Nゲージアーカイブス"という本のp6には、
加藤祐治氏の「ごあいさつ」があり、
「Nゲージ」を世に送り出して50年という区切りに関して述べてますが、
氏が、「Nゲージ」をやる前に、TTサンプルを山崎氏に持ち込んだ、という話は書かれてません。

なお、この本のp7には、関水金属・KATOの50年に関する年表が載っていて、
「1957年、文京区関口水道町に関水金属彫工舎を設立」
「1958年、鉄模各社へのパーツ供給を始める」
から始まってますが、
TMS,1951年、1月号p39には既に、
「加藤金属、世田谷区世田谷1-164。台車新発売、電車の窓抜き加工をします。」
の広告があります。

132名無しさん@線路いっぱい2018/11/17(土) 13:47:59.54ID:bCxUUCuL
>>131
>「加藤金属、世田谷区世田谷1-164。台車新発売、電車の窓抜き加工をします。」

KATO Nゲージ生誕50周年記念誌には、16番のドロップ台車を作っていた頃の話も
たくさん書いてあるので、50年以上前の鉄模の話をするには、必読書だと思いますよ。

133鈴木2018/11/17(土) 14:09:00.32ID:amwWSWRq

134名無しさん@線路いっぱい2018/11/17(土) 15:13:00.86ID:bCxUUCuL
>>133
お安くなりましたねぇ。
この本は買いだと思いますが。

135名無しさん@線路いっぱい2018/11/17(土) 15:30:06.33ID:1fnFPyI0
当初、ソニーのマイクロトレーンに使用する予定だったリレーラーの金型が過渡に譲渡された経緯も気になります。

136名無しさん@線路いっぱい2018/11/17(土) 22:12:31.66ID:Wp91Ga84
>>135
リレーラーの話は、KATO Nゲージ生誕50周年記念誌67ページに
故加藤会長の談話が掲載されています。

137名無しさん@線路いっぱい2018/11/18(日) 03:19:17.87ID:NZWU1hcG
御教示賜り、ありがとうございます。

138名無しさん@線路いっぱい2018/11/18(日) 08:18:58.99ID:swrXhLk9
珊瑚模型店が年内で閉店するようだ方南町に店を開いて50余年。昭和が遠くなる

139名無しさん@線路いっぱい2018/11/18(日) 08:43:42.66ID:NCXMfZU+
平成も終わりますからねぇ。
16番はユーザーが減少し、メーカーが消えていく一方ですね。
Nゲージだけが鉄道模型として残っていくかと思いきや、
Nゲージすら知らない人も多くなってきたようで、
鉄道模型の消滅を杞憂しなければならない時代となったようです。

140名無しさん@線路いっぱい2018/11/18(日) 08:50:22.92ID:6GQpRXft
オオタキ(現アリイ)のSLプラモは50年過ぎてもずっと現役なんだから凄いよな
https://ameblo.jp/creorippa900/entry-12245105346.html

141名無しさん@線路いっぱい2018/11/18(日) 08:56:15.39ID:NCXMfZU+
方南町と西落合は、クルマで移動すると20分かからない位近い場所。
共に50年以上経過して、新社屋と閉店の差。
16番とNの差なのか、としみじみ思う。

142名無しさん@線路いっぱい2018/11/18(日) 13:03:26.03ID:Jf8ibpOd
西落合は16番も元気だね

143名無しさん@線路いっぱい2018/11/18(日) 13:05:36.98ID:NCXMfZU+
>>140
KATOのトキ15000は、1966年発売で現在も売られています。
50年以上ほぼそのままの貴重なモデル。

144名無しさん@線路いっぱい2018/11/21(水) 14:53:59.60ID:ex2vrbUi
>>127
陸蒸気からひかりまで、買いました。
新幹線も1/150で描かれていますね。

145名無しさん@線路いっぱい2018/11/21(水) 17:22:57.24ID:A8oBhQrf
>>141-142
Nはもとより、16番も海外向けHOも、元気だね
KATOUSAのHOとかも

>>143
未だに「ワンコイン貨車」が健在というのもなにげにうれしい

146鈴木2018/11/22(木) 21:14:43.09ID:vPg9BciL
>>132名無しさん@
>KATO Nゲージ生誕50周年記念誌には、16番のドロップ台車を作っていた頃の話も
>たくさん書いてあるので、50年以上前の鉄模の話をするには、必読書だと思いますよ。

図書館で読んできました。予想以上に内容が深く、
特に金型製作における放電加工技術や、微細な車体票差しの色差しなど、
これはもう、個人の自作では太刀打ち出来ないんじゃないかな? とも思います。

勿論私には疑念もあり、プラ模は所詮量産模型だから、
模型屋が選ぶ、有名実物形式しか買う事が出来ないし、
模型屋が選ぶ、縮尺やゲージしか買う事が出来ない、という事はありますが。

147名無しさん@線路いっぱい2018/11/24(土) 23:30:21.90ID:Rs/D8tuu
>>146
>これはもう、個人の自作では太刀打ち出来ないんじゃないかな? とも思います。
かなり高度な技を持つモデラー以外は、買って来る方が良い車両を持てるでしょう。

>模型屋が選ぶ、有名実物形式しか買う事が出来ないし、
初期段階では量産模型だからたくさん売れる車種しか発売できなかったでしょうが、
量産が進み購買層が増えると、それほど有名ではない車種も発売することになったり、
そのような車種でも採算ラインを超える数を購入する購買者がいれば、
有名でない車種でもプラ量産化できているのが現実ですね。

148鈴木2018/11/25(日) 22:05:42.01ID:q/EkXoIJ
>>147
>量産が進み購買層が増えると、それほど有名ではない車種も発売することになったり
    ↑
実物鉄道に対する追求が深まれば、そういう傾向は表れますが、
同時に有名車両に対する追求の方も深まるので、有名形式は、
製造番号だの、活躍時代によって細分化されるでしょう。

1つの形式で色々出しても、金型は簡単に償却出来るし、
一旦償却すれば、技術が進歩した新しい金型も作れるという事じゃないでしょうか。
一方、不人気車種は1つの金型作っても償却できる程は中々売れません。
明治時代の輸入機関車などはほとんど作られません。

プラ射出商品は、この点一番困る物であり、
真鍮ハンダ付け商品は、この点次に番困る物であり、
個人自作品は、この点一番番困らない物、と言う事が出来ます。

米国の実物蒸気機関車の形式数は、日本の十倍を超えると思いますが、
米国プラHO蒸気機関車は、10年一日同じように、
有名形式だけ売ってるのを見ても解ると思います。

149名無しさん@線路いっぱい2018/12/02(日) 04:16:08.70ID:IzehusTV
TMSの購読者数は最盛期の1970年代には3万人いたそうですが、近年は1万人くらいで推移しているそうです。
Although the circulation of Tetsudo Mokei Shumi has declined to one-third of its peak of 30,000 copies in the 1970s, the number has stabilized in recent years.

ttp://www.japantimes.co.jp/news/2014/02/11/national/model-train-mag-reaches-milestone/

150鈴木2018/12/02(日) 12:34:41.50ID:0HmL5yO1
>>149名無しさん@
貴重な記事の紹介ありがとうございます。

大雑把に考えれば、実物鉄道の衰退が、
鉄模人口減少と、シンクロナイズしてる気がします。

50年前は国内交通の王様は、まだ鉄道でしたから。
今じゃ長距離は飛行機、短距離は自動車の時代。
鉄オタによる鉄道取材用途でさえ、
運賃が高く、使い勝手の悪い鉄道利用は敬遠されがちです。

151名無しさん@線路いっぱい2018/12/02(日) 12:41:35.72ID:anUBHelQ
鉄道軌道旅客数・人キロは近年伸びているのですが・・
http://www.mlit.go.jp/k-toukei/tetsuyu/kekka.html

152名無しさん@線路いっぱい2018/12/02(日) 15:34:06.93ID:gN5R6MYa
>>149
私は小学校低学年の時に親に買ってもらったTMS1970年1月号から欠かさず定期購読していたのですが2014年12月号を最後に購入を止めました。
そして翌年の春に1990年の1月号から2014年12月号までの288冊全部処分しました。
処分先はブックオフで値段がついたのは最後の3年分のみで残りは全部0円。
でも一気に本棚スッキリ!!
よって当家のTMSの最新号は1989年12号です。
空いたスペースには16番の車両達が入りました。

153鈴木2018/12/02(日) 22:03:18.99ID:Gz7ajYrA
>>152名無しさん@
>288冊全部処分しました。

ウ〜ン。勿体ないと言えば勿体ない。

154名無しさん@線路いっぱい2018/12/06(木) 20:46:25.06ID:rDRo8mpe
>>152
東京近郊の方なら都立図書館に寄贈してもらいたかった。古いTMSが保存してあるが結構欠本があるので補充に使えるはずだった。

155鈴木2018/12/06(木) 23:08:58.68ID:QQCC+kGc
>>154
都立図書館だと、雑誌の場合多分広尾本館でなく西国分寺になりますね。

156名無しさん@線路いっぱい2018/12/09(日) 11:51:06.63ID:L2paCL17
都立の鉄道模型趣味は1-3号のぞいて全部あるぞ

157名無しさん@線路いっぱい2018/12/09(日) 11:53:48.98ID:L2paCL17
都立はとれいんもあと16冊でコンプリートだな

158名無しさん@線路いっぱい2018/12/11(火) 01:15:43.18ID:UfLGyKS6
国会図書館はどうでしょう?『模型とラジオ』や『科学と模型』、『模型と工作』等、まだまだ揃っていない雑誌があるようです。

159名無しさん@線路いっぱい2018/12/11(火) 13:12:58.88ID:WngR/pNW
古い模型とラジオはどこにもないね
科学と模型はデジタル化されている。模型と工作は国会図書館の勝ち

160名無しさん@線路いっぱい2018/12/12(水) 00:02:33.02ID:EH1TC4rE
模型とラジオは一部が立川の図書館にあったようです。

161名無しさん@線路いっぱい2018/12/12(水) 00:06:08.11ID:B/vaftdf
都立が立川あったときに閲覧したが古いのは切り取りだらけでひどいもんだった

162名無しさん@線路いっぱい2018/12/12(水) 20:24:51.73ID:LZxKPZDd
'69年といえば、過渡が最初のEF65を発売した年ではないか(ただし、台車はEF70のものを使用)。

163鈴木2018/12/12(水) 21:20:51.29ID:Xmmx1+MX
>>162名無しさん@
関水のEF70は1969年に改良新発売されてますね。
関水のEF65は見つけられませんでした。
あと、関水は連結器をアーノルト式に変更。

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